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シナリオ詳細

<美徳の不幸/悪徳の栄え>私は人の子であった

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


(ンンン、我らが麗しのスポンサー様は例を見ぬほどあらぶっておられる様子!
 あのお方が直接的に姿を見せて正面から殴らんとは!)
 顎の下をさすりながら、男は眼下の道行く人々の姿を眺め見る。
(これは麗しのスポンサー様の愛しオニーサマとやらへの癇癪であろうなぁ。
 愛い愛い、そういう意地汚さ、身勝手さ……愛を望む姿勢こそ、某が御身に従う理由に相違ないのだから!)
 今はまだ、平然と道を行き交う人々には混乱の兆候はない。
「しかしながら……実際の所、例の連中は貴方にとっての愛しき方の直隷を受ける者に違いないとすれば。
 それに怒れり、癇癪を起こしたというのは何ともはや……乙女心とは面倒極まることだ!」
 吹き出すように笑い、唸るように男は独り言つ。
「あぁも面白い女、なるべく近く、けれど少し遠くから見ておきたいという気持ちは抑えられぬ」
 男はそう言って、にやりと笑みを刻み、くるりと身を翻す。
「さて……」
 ぎぃと木製の床が軋み音を立てた。
 そこにはこの家本来の持ち主達が黙々と動き続けている。
 人差し指をそのうちの1人――妙齢の女に向け、ひょいと招くように指を跳ねる。
 刹那、その女の顔がぐんと天井を向いた。
「某もそろそろ動かねば……ンッフッフッ」
 笑みをこぼすままに、男はゆったりと動き出す。
「隠れ家を提供いただいた御礼をせねばなりませんなぁ」
 そう言ったまま、男は次に別の家人に指を向けて、同じように指を動かす。
 すると、その家人はゆっくりと動き出して壁に立てかけられた護身用の剣を抜いて――鮮血が家屋を染めた。
 鮮血を描く者たちの眼に浮かぶ涙は、きっと痛みだけでなかっただろう。


 あの日のことを、私――俺は忘れたことはない。
 俺とて獄人の子であった。
 八百万(グリムアザース)や神人(ウォーカー)なれば、概念のようなものが形を取ることもあろう。
 だが、俺は獄人(ゼノポルタ)だ。鬼人の子である以上は親があった。
 神逐に至るローレットの英雄たちによる奮闘が成る以前。
 鬼人種の迫害、『巫女姫』と反転した魔種『天香・長胤』による魔種と肉腫による政治。
 そのただなかに、隠遁を余儀なくされていた頃は、故郷へと帰ることなど出来なかった。
 ゆえに、それが成り、帝がお目覚めになった後、俺は数年ぶりの故郷へと凱旋を果たした。
 ――いいや、違う。故郷のあった場所へ、凱旋を果たしたのだ。

 俺が中央に出仕することを喜んでいた両親は傀儡のようにぐったりと、絡み合って死んでいた。
「兄者、兄者」といつも後ろに着いてきた妹も、兄上と慕っていつも稽古を望んでいた隣人の子も。
 阿鼻叫喚、酒池肉林、おぞましい地獄の景色の中から救い出した人たちを鎮め。
 何とか聞き出したその元凶たる男を追い続けて早数年。

 刑部の武人として、各地に出向しながら奴を追い続けた。
 刑部のままでは動きづらく感じるようになって、魔種を狙うならローレットの方がよいかと職を辞した。
 元より新任の刑部卿とは距離を置いて隠遁しているようなものだったが故、それは良い。
 それでも、未だに奴を捕捉できずにいた。


 幻想王国の都『メフ・メフィート』は言わずと知れたローレットの存在する町である。
 暗躍を続けた冠位色欲ルクレツィアはイレギュラーズの活躍によりその計画の悉くを挫かれた。
 バグホールを始めとする終末(Case-D)接近による破滅的な影響は世界規模な異変。
 その対処に奔走するということは、ルクレツィアの担当する『幻想』の守りは多少なりとも薄くなると言える。
 生まれざるを得ない隙を突くように、冠位『色欲』は己が駒たる麾下の魔種と共に乾坤一擲の策に出た。
 それが此度の異変――王都メフ・メフィートへの直接攻撃である。
 中核を破壊し、今度こそ冠位ここにありと見せつけんとする彼女の目論見を達成させてやる理由など、あるはずもない。
「ローレットの諸君、初めての者の方が多いだろうか。
 私は各務 征四郎 義紹と言う。以前は刑部省に所属していた者だ。
 今はもう、ただのローレットに属する神使の1人に過ぎぬ。
 神逐の件も随分と昔のことに感じられるな、祖国でも様々な事件があったと聞く」
 そう語るのは青髪の偉丈夫である。
 黒曜石の双角は彼の者が鬼人種である証。
「私は神逐の後、刑部省所属としては半ば隠遁しながら流浪の旅をしていた。
 方々を渡り歩いて色々と見聞きしながら、ある魔種の男を追っていた。
 その男の姿が近頃この国――否や、この王都で目撃された。
 此度の騒動を踏まえれば、否応でもわかる。奴めは冠位色欲指揮下の魔種であったのだろう」
 そう表情に険しさを乗せて義紹は語る。
「……あれは『やることなすこと一切の一貫性もない癖に足だけは速い』男だ。
 冠位色欲の攻勢命令に応じて動く此度の機会を逃せば、また直ぐに雲隠れしかねん。
 そうすれば……また、多くの民に被害が出る――どうか、手を貸してほしい」
 その声色からは神威神楽から追ってきたという以上の『熱意』のようなものも感じられようか。
 恐らくは逃し続け、追い続けてきた以上の個人的な理由があるのだろう。
 それでも怒りに呑まれているような無鉄砲さを見せないのは、かつては刑部(警察職)であった男の矜持という物だろうか。


「ンンン、何ともはや、まさか! こんなところにまで追ってくるとは!
 暇な御仁だ。それとも、某に惚れでもしたか? ンッフッフッ。
 ともすれば男にまで好かれる美形で済まないというべきか!」
 おでこに指を置いて「むむむ」と抑えた男は、賈と思えば「たしっ」とおでこを叩いてみせる。
 総髪の体に僧侶を思わす装束を纏い、頭頂部には黒曜石を思わす二本角。
 鬼人種の面影みせるその魔種は、もう片方に握る錫杖をしゃなりと鳴らす。
「……諸君、気を付けてほしい。奴の能力は『傀儡』のように人々を操るものだ。
 外道ここにありといったところか、ご丁寧にも人の心をそのままに、だ」
 すらりと刀を抜いて構えた義紹の言葉の通り、人々が姿を見せる。
「た、たすけて」「殺さないで!」「痛いのは嫌だ――」
 そう叫ぶ人々の声は今から起こることを彷彿とさせた。
「苦しければ耳を防いでくれても構わん。
 だが、耳は貸さない方が良い……あれは人々の声ではない。
 あぁやって、被害者の声帯から声を出させて手を緩ませる……そういう下郎だ」
 そう語る義紹の声は明らかに荒さが滲んでいた。
 にやりと笑う向こうの男の厭らしい顔を見れば、それが正しいことを証明していた。

GMコメント

そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】『傀儡僧鬼』源岌の撃退

●フィールドデータ
 幻想王国王城へと至る道の1つ、メインストリートの一角です。
 敵はイレギュラーズが王城へ至るのを邪魔するように展開しています。

●エネミーデータ
・『傀儡僧鬼』源岌
 冠位色欲配下、色欲の魔種。
 総髪の体に僧侶の装束、手には錫杖を握ります。
 割と美形で線が細い鬼人種の男を思わせます。

 義紹いわく、『やることなすこと一切の一貫性もない癖に足だけは速い』とのこと。
 義紹自身もカムイグラでの神逐後からずっと追ってきましたが、常に逃げられ続けていました。

 戦闘能力は不明ですが相手は魔種です。くれぐれもお気を付けください。

・傀儡兵×5
 幻想王国軍に属していたと思しき兵士達です。
 恐らくは元貴族か何かでしょうか。
 うち一人は騎士のような装いをしており、両目から血涙を流し続ける異様の有様です。

・傀儡衆×10
 源岌の影響下にある民衆です。
 ただの一般人です。正直みなさんの相手にはなりません。
 ただし意識は正常そのもの、自分の意志で声を発したり行動できないだけとのこと。

●友軍データ
・『カガミの君』各務 征四郎 義紹(p3n000187)
 元刑部省所属の鬼人種、神使(イレギュラーズ)です。
 イレギュラーズと同等程度の実力をお持ちます。

 回避、反応がやや高めな物理アタッカーです。
 怒り付与も一応は出来ますが、タンクほどには頑丈ではありません。

●参考データ
・『カガミの君』各務 征四郎 義紹(p3n000187)
 神逐で死んだ前任の『刑部卿』近衛長政の代に長政の魔手を逃れて下野。
 神逐騒動の頃はカガミの君と名乗って隠遁中でしたが、ローレットと関わりを持って復帰。
 一連の戦いをローレットと共に駆け抜けました。

 神逐後は長らく源岌を追って神威神楽各地を流浪していました。
 最近になって源岌を追うには刑部省よりローレットに属した方が速いと考え離職しました。

 現任の刑部卿については『優れた御仁だ』ぐらいしか知りません。
 本人曰く『元より前任の知己は隠遁するぐらいがちょうどいい』とのことで距離を置いていました。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <美徳の不幸/悪徳の栄え>私は人の子であった完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年01月26日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
カイン・レジスト(p3p008357)
数多異世界の冒険者
ラムダ・アイリス(p3p008609)
血風旋華
八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉
三鬼 昴(p3p010722)
修羅の如く

サポートNPC一覧(1人)

各務 征四郎 義紹(p3n000187)
カガミの君

リプレイ


「判っている、手を緩めるつもりは毛頭ない」
 各務 征四郎 義紹(p3n000187)の言葉を聞いた『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は静かに告げる。
「野郎に興味はねえが、救いようのない屑は殺すまで。
 今まで散々逃げ回ってたみたいだが、年貢の納め時だ、覚悟しろ」
 視線を上げ、戦場の奥、僧侶の体をした男を見据えた。
「ンッフッフッ。それは困りますなぁ、この程度の事で、逃がさないつもりでおられるとは」
 嘲笑う男の姿には嫌悪以外を抱けというほうが難しい。
「胸糞わりぃなァ、オイ」
 深く息を吐いて『祝呪反魂』ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)はそう声を漏らす。
 それは寧ろ、自分の心を落ち着かせるための深呼吸だった。
「心はそのまま、身体は傀儡にして残忍な事をさせる──下衆の極みだ。今、此処で滅する」
「いやはや、それは残忍なことで! 某、滅されたくありませんが!」
「下衆野郎、今にその口を開けなくしてやるよ」
 白々しい言葉を吐く男へ自然とヨハンナは半身に刻まれた術式を展開していく。
「操られて戦わされる……これ程酷い事は無いのだわ
 戦うなんて事は、自らの意志でなければ耐えられない事なのに」
 口元を隠すように抑えた『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)も華蓮なりの嫌悪を示すか。
「ンッフッフッ! これは異なことをおっしゃる!
 自らの意志ですら耐えられぬ者に、力を貸してあげているのではありませんか!」
「悪いやつの考えることは大体同じ。あなたもよくマンネリって言われない?」
 それに続けるのは『無尽虎爪』ソア(p3p007025)だった。
「むっ! むむむっ! なんということをおっしゃる! いえ! いえいえ!
 同じようなことをおっしゃる方はたくさんおられるが!
 何度聞いてもその話は失礼極まるではありませんかな!」
「ほんとに言われてるんだ……」
 これにはソアも言わずにいられなかった。
「まったく、人を操って言葉で迷わせてくるとか……質が悪いなぁ……元に戻せるかも解らないし」
 敵陣を見やる『血風旋華』ラムダ・アイリス(p3p008609)はある1人を見てとめる。
「そこの騎士さんとか血涙を流してるじゃない……相当意にそぐわない事やらしたのじゃないの?」
「ふむ? どれのことですかな? おぉ! 誠に!? どうしたというのでしょう!
 王家に忠誠を尽くし、民の避難を指示していた高潔なる騎士様がどうしてそのような!」
 どこまでも白々しい驚きようで源岌がいう。
「もしや避難誘導をしていた人々を操って貴方の部下を攻撃させたせいでしょうか!
 それとも、貴方を操って襲ってきた民衆を殺したことでしょうか!
 あぁ、どれもこれも悲しい話なことで!」
「これはまた趣味と性格の悪い相手だ。彼らを助ける、なんて約束は出来ないけれど……
 可能な限り何とかしてみようじゃないか、冒険者としてね!」
 そう告げる『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)はすらりと愛剣を構えた。
 余裕そうな笑顔はその実はポーカーフェイスと変わらない。
「ほほう、冒険者と。それはそれは。某も流浪の旅をする身、似た者同士かな?」
 顎を撫で、首を傾げる様は本気で言っているようにさえ見えた。
「義紹さんの話からして、すでに大勢を手に掛けたということっすね。
 しかも故郷の豊穣でとなりゃ、殊更逃せません」
 明らかな怒りを言葉の端々に滲ませる『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)に、魔種がにんまりと口角を釣り上げた。
「その上、さっきの話が本当なら尚更、碌でもない奴です」
「ンフフフ! たしかに、某とも同族のようで。鬱屈した日々を過ごされたのでは?
 ほら、某らは抑圧される日々を過ごしてきたではありませんか。
 ほんの少しぐらい構わないではありませんか」
「主さんのことを悪く言うつもりっすか?」
「ンフフフ!」
 こらえきれぬとばかりに魔種は笑っていた。
「冠位色欲の動きに合わせて配下も動き出したか。それも気に食わない悪辣な奴らが……」
 金剛石を思わす黄金の闘氣を纏い、『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)は敵を見る。
「ンンン? 配下、とや?」
 片眉を釣り上げて源岌は不思議そうな声をあげる。
「いやはや、違いまするぞ。某はスポンサー様の配下ではございませぬ。
 あくまで、スポンサー! 某はあの方の乙女心に絆された憐れな小鬼にございますれば」
「どうあれ……まずは操られている者たちからだな」
 黄金の時をそのままに、燃え滾る闘志は破砕の気配を纏って交じり合う。
(どんな呪術か知らねぇが……『知らねぇものを知る』能力は持ってるんでね)
 ヨハンナは圧倒的な先手を以て弓を引く。
 月華葬送より放つ禁術は憤怒ノ焔。
 己が血を媒介に呼び起こすは紅蓮の焔。
 それを細く、長く矢の形状に再構築するまま引き絞る。
 多少の生命力が奪われることなどなんだ。
 放たれた矢は炸裂の寸前に綻び、その本性を曝け出して源岌を飲み込んでいく。
 続けざまに放った矢は源岌の周囲を取り囲み、炎の牢獄を作り上げる。
「むむむ、これは面倒くさそうな!」
「――遅い。『復讐するは我にあり』」
 指を立てて何かを詠唱せんとする源岌めがけ、第三の矢は既に放たれた。
 源岌のみならず、その周囲をも呑みこむ復讐の炎が冷たく宿命を翻弄する。
「てめぇらの相手は俺だ」
 アルヴァは引き金を弾いた。
 放たれた鋼鉄の弾丸は傀儡の如き人々の周囲のみを打ち据えて注意を引き付ける。
「むむ、これは厄介なことを!」
 言えば、男は指を2本立てて何かを口ずさむ。
 アルヴァの方へ向かわんとする兵士達の動きを止めようというのだろうか。
(ただ問題は……戦闘手段も持たないただの人だけあって……俺達の範囲攻撃だと直ぐに沈むな)
 アルヴァは先のヨハンナの矢を受けて倒れた2人ほどの民衆を見やり、少し考える。
(このレベルで簡単に倒れられると運ぶのにも時間がかかるぞ)
「数合わせというにもあまりにも弱すぎる……この人たちを連れてきた理由はなんだい?」
 カインは倒れていく民衆を見て源岌へ問うた。
 返答の代わりにあるのはにやりとした笑顔だった。
「答える気はない、と。だろうね」
 カインはその様子に小さく呟き、足元を鳴らす。
 足元から広がる一本の蜘蛛の糸はするすると伸びて兵士の1人に触れた。
 瞬間、糸が巣を作るように周囲に広がっていく。
 それらはまさしく蜘蛛の糸。
 絡みとられた憐れな獲物の足を奪う束縛の呪い。
(ふむ……取りあえず傀儡な人達は動きは封じるとして……
 妙な命令をされる前に術者をサクッと始末するのが早道かな?)
 改めて傀儡の民衆の有様を見渡したアイリスは術式の準備を整えていた。
 憐れなほどに弱い民衆は、精神的な物を除けば足止めにすらなるまい。
 きゅっと足を踏みしめる。
「対群拘束術式――展開、『神狼繋ぐ縛鎖』」
 地面へと魔力を通し、展開するは影より現出する無数の縛鎖。
 大量の鎖は戦場を爆ぜるようにして駆け巡り、憐れなる傀儡たちを締め上げていく。
「ごめんね、痛いよ」
 その身に纏う雷霆の出力を活性化させるまま、ソアは空に向けて咆哮を放つ。
 雷の因子を帯びた咆哮は空で雷雲を呼び起こし、幾つもの雷霆を戦場へともたらした。
 数多の雷霆は普通の人間と変わらぬ傀儡衆達を瞬く間に沈めていく。
 その最中に轟く悲鳴はまるでその人たちが上げているもののようで、眉を潜めそうになる。
 華蓮はボロボロになっている人々に視線を向けた。
 心の奥で何を思っているかは分からないけれど、それが辛いことだけは確実だろう。
「少しだけ、眠って待っていてね」
 優しく、華蓮は手を伸ばす。
 それが華蓮の心を象り続ける赤棘の連弾であっても、結果的にこの戦場では救いとなる。
 不殺の魔弾が強かに苦しむ人を貫いてぷつりと糸の切れた人形のように地面へ落とす。
「ツラも見たくないですが、少々お付き合い願いましょうか」
 合わせ、慧はその身に宿る呪われた鬼血を呪符の形状に変えて構えた。
 鬼血の呪力そのものとでもいうべき高濃度の呪符を接近すると共に源岌めがけて払う。
 呪力を帯びた呪符は鋭く素早く魔種の身体へと炸裂すれば、その内側にまで浸透していく。
「む、むむ! 何を為さった!」
「今に分かるっす」
 呪力を籠めれば、源岌の腕が動いて錫杖を揺らす。
「よく判りかねますが、どうやら面倒な御仁であることだけはたしかなようだ!」
 そんな言葉と共に一気に慧めがけて突っ込んでくれば、自分の役割がきちりと果たせている証拠に外ならない。
「無理やり操られているだけの相手か……」
 昴は破砕の闘氣を脚部に収束させ、一気に飛び込んだ。
 特にただの一般人たちは半数近くが既に倒れている。
 操られるままに壁を作る人々へと迫り、昴は大きく踏み込んだ。
 軸足に力籠めて踏み込み、地面を蹴り飛ばす。
 薙ぎ払うように振るわれるのは脚撃、横薙ぎに振るう連続する蹴撃の乱打。
 物理的衝撃に人々の肌が裂けて血が溢れ出す。


「私が皆の追い風になるのだわ」
 祝詞を上げた華蓮は稀久理媛神の加護を得て、前線へとその身を押し出した。
 前線にまでその身を躍らせた刹那、華蓮ははらりと裾を払う。
 そのまま自然に始めた舞は白蓮華。
 攻勢をかける仲間たちの背中を押し、精神的疲労感を取り除く優しい風。
「待たせたか」
 昴は源岌に肉薄すればそのまま拳を作る。
「ンンン! これはまた面倒くさい話ですな!」
「先程までは加減していたが、ここからはそれも不要だ」
 握りしめた拳に破砕の闘氣が集約されていく。
「竜をも落とす拳だ、良く味わえ」
 渾身の力を籠めた拳が魔種の腹部めがけて奔り出す。
 穿たれる一打が確かに突き刺されば、魔種が腹部を抑えながら後退していく。
「こ、このような……」
 錫杖をたしかに杖として支えとしながら、腹部を摩り、ギラリと視線をあげた。
「なれば――なれば! こちらも地獄という物をお見せしましょう!」
 目を見開き、錫杖を体に中心に持ってきた男が何やら呪文を唱えだす。
「――懇請いたします。十方にまします羅刹女よ」
 しゃなりと錫杖が音を奏でた。
「護法を為さる罪深き者どもよ。某を救いたもう」
 もう一度しゃなりと錫杖が音を立てる。
「罪深き者どもに冷火の裁きを与えたまえ!」
 言い切った途端、地面から溢れ出した炎が広域を包み込み燃え始めた。
 熱はなく、寧ろ酷く冷たい炎はイレギュラーズの身体を凍えさせ、動きを阻害せんと絡みつく。
「今の私は傷を受けてもただ受けるだけじゃないのだわ」
 華蓮の身に宿る稀久理媛神の加護が風の刃となって溢れる敵の炎に対する反撃を織りなした。
「大丈夫、大丈夫……。私がここに立っている限り、長引きはしても敗北は無いのだわ」
 華蓮は柔らかに静かに笑む。
 念のために持ってきた保険はまだ出さなくても済むだろう。
 ならば、背中を押す風をもう少しだけ強く。
 神より注がれる大いなる慈悲の光が戦場に降り注ぐ。
 それは最前線に立ち向かい合う仲間に立ち続ける力を授けるだろう。


「落とさせませんよ、まず俺らをどうにかしないとね」
 慧も同じく呪力を籠めた呪符を地面へと叩きつけた。
 呪力を帯びた符は地上に浸透し、春の息吹を一足早く呼び起こす力を生む。
 降り注ぐ天上の陽光、暖かなる風光が優しく仲間たちの傷を癒していく。
(魅了の類というわけではないっすね。どちらかというと、傀儡のように糸を使う形式……ですが)
 慧の狙いは寧ろこちら――源岌という男の使う呪術の解析にあった。
 戦闘を開始してから不快ながらにずっと相対し続けて解析を試みていた。
(――ほんと、あんたほど悪趣味なヤツもそういないでしょうよ)
 この呪術は、傀儡に近く、けれど致命的に違う部分がある。それは糸を使わないこと。
「呪力で作った糸を相手の身体に付けて、上から呪力の鎧みたいな物で覆いつくすなんて」
 しかも呪力に触れることができないところは特に質の悪い。
「ンンンン? 何故それを! は、もしや……某の呪術を解析して!?
 いやん、プライバシーの侵害ですぞ!」
「……あんたの『いやん』ほど気持ち悪い台詞もないっすね」
「んっふっふ! ですが、ここまでバレていてはたまりませぬ!
 逃げさせていただくとしますかな!」
「逃がす訳ないだろう」
 昴は拳を作り直す。
 その手に帯びた闘氣は揺らぎを収め、幾重も重なっていく。
「源岌、これは城を壊すほどの力を持つという。果たしてその貧弱な体で勝てるか」
 強く、強く。昴は拳を握り込んだ。
 渾身の闘氣を集めた拳は最早『対城絶技』の域に到達する。
 全身の体重移動をも乗せた渾身の拳は鋭く飛び男の腹部に突き立った。
「げぇ!? ごほ、ごほ……城を壊す? そのような物、人に使うなんてとんでもないことでは!?」
「下衆野郎、俺達から逃げられると思うなよ?
 お前を葬ると言う、義紹殿の執念…必ずや果たして見せよう」
 ヨハンナの鷲の目は確かにその光景を視た。
 視たならば、掴み取るには充分だった。
 変質を遂げた左腕を伸ばす。
 距離の問題を無視して、竜腕は男の身体を確かに『掴む』。
「がはっ……ぬぅ!」
「不都合が起きたからハイ撤退、それが許されると思うなよ」
 そこにアルヴァの追撃は走る。
 その圧倒的な機動力をもって一瞬で距離を詰めたままに、愛銃をくるりと回す。
 銃身を握るままに振るう渾身の連打はさながら千の手を持つが如く。
 多重に生じる全ての残像が質量を以て魔種を打ち据えるが如く、打ち据えていく。
「地の利はこちらにある。ここで仕留める」
 カインがそれに応じるように仕掛けたインタラプト。
 蜘蛛の糸はするすると伸びてただ一匹の獲物を絡め取り、その足を地面に固定する。
 伸ばした掌、源岌の足元に展開した魔法陣がぽっかりと大地に穴を開く。
 それは鮮血乙女の圧殺劇を受けた魔種の身体から滂沱の血液が溢れ出す。
「……逃す気はないよ? というかボクの全力をもってキミみたいな輩は処す」
 続けるままに、アイリスは愛刀に手を添えていた。
 高密度に収斂された魔力を鞘に束ね、その秀麗なる機刀は絶好のタイミングを待っていた。
 ぐらりと身体を揺らす源岌の体重移動の癖。
「げふげふ、ンンンン! これではスポンサー様を嗤えぬ有様ですな」
 男が口元を拭うのと、アイリスの手が動くのは同時だった。
 竜語魔術を組み込まれた決戦魔術砲撃は戦場を薙ぎ払うように撃ちだされた。
「ぬ!?」
 迫る閃光に、男が目を瞠る声がした。
「ほら、あなたの番だよ」
 ソアはそれに続くように源岌の懐へと飛び込んだ。
「ぬぅ!」
 険しい表情を浮かべる源岌が指を2本立てて何かを念じんとする。
 それはソアの後ろ、ゆらりと立つ倒れたはずの人が起き上がる気配。
「だーめ、お見通しなんだから」
 ばりりとスパークが爆ぜるままにソアは後方を蹴り飛ばす。
 放たれた雷霆の衝撃が起き上がったばかりの人物を吹き飛ばす。
「さぁ、今度こそあなたの番だよ」
 元より、この種の輩が失神した人を盾代わりにする可能性を考えていた。
「ぬぅ! どこまで読んで!」
 咆哮を上げるまま、先程後方に伸ばした脚を曲げ、飛び掛かるように回し蹴りを叩きこむ。
「げほ、げほげほ……こ、このままで……! ええい、最終手段ですぞ!」
 くわっと目を見開き、源岌は何か呪文を紡いだ。
 その身に生まれた戒めを振りほどく。
 イレギュラーズを後方から雁字搦めにしたのは、失神しているはずの人々の姿。
「死んでいては流石の某も動かせぬが、生きているのならこれこのように! しからば、これにて失礼!」
 ぴょんと跳躍一つ、大きく後退した魔種は羞恥心の欠片も持たず、あっという間にどこかへと逃げて行った。

成否

成功

MVP

八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉

状態異常

八重 慧(p3p008813)[重傷]
歪角ノ夜叉

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。
MVPは敵の能力を見抜いた貴方へ。

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