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シナリオ詳細

<グレート・カタストロフ>庇護下叶わぬ刻の跡

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


『今日は、とてもいい天気でした!』
 まだ日付の遠くない日記にはそんな丸い文字で始まっていた。
 可愛らしいピンク色の小さなノートに、男の手が伸びる。
『お祭りの日! お父さんもお母さんも忙しそうにしてたけど、楽しそうです!』
 日付はまばらだったが、どの頁にもその日起こった楽しい出来事が鮮明に書かれている。
 男は、更に頁を捲った。
『最近は、イレギュラーズ? って人がよく見回りにきてくれてます。なんだか前より大変そう』
 これは俺達の事じゃないな、と思いながら、指は次の頁に重なった。
 日記からはこれを書いた者が、いかに長閑な場所で暮らしていたかを記している。
『お兄ちゃんが帰ってくるんだって! なんか月ぶりだろ! たしか、ほかの国まで行ってたから、帰ってくるのもっとずっと先だと思ってた!』
 男は一度目を離し、置かれた机と反対側に目を向ける。
 そこに、身を屈めた女性が背を向けていた。
 戦うにしてはやや華奢な身体。一本結びの長い茶髪を垂らした足元には、その見た目には似合わない大金槌。
 男は、その女性に向かって訊ねる。
「お兄ちゃん、ってのは隣の部屋のモンか。心当たりは?」
 武器を置いたままではあるが、両手は何かの作業をしているのか動いたままだ。
 女は、背を向けたまま溜息を吐きながら答えた。
「有る訳ないでしょ。私達がどっから来たと思ってんの」
 男は頭を振った。
 手元の頁はまだ先があるようだ。
『明日はお母さんの誕生日! だからお兄ちゃん帰ってきてたんだ! 今日はふたりでお出かけし』
 文字はここで途切れている。
 余白の頁が続くノートの先を捲り続け、男の口から大きな息が漏れた。
 そして再び振り返る。
 女の背中越しに、銀色の髪と衣服の裾を破かせた少女が横たわってるのが目に入った。
「……やるせねぇな。どうにもよ」
 日記を閉じ、立て掛けた槍を持って女の元に歩み寄る。
「容体はどうよ」
「うん、大丈夫。応急手当は済ませたし、気を失ってるだけみたい」
 女はそう言いながらも、その顔は曇ったままだ。
 そして、付け加えるようにまた口を開く。
「……身体はね」
「……だよな」
 幻想国の村の中、一つの小さな二階建ての家の一部屋。
 少女が手当てを受けている壁を一枚挟んで、隣の部屋にこの娘の家族が寝ている。
 三人だった。母親は居間で。父親は玄関手前で。兄はこの少女の扉に手を掛けたまま。
 もう息をしない家族に男女が出来る事は、一緒に並べ寝かせて布を顔に被せてやるくらいだ。
 男女がこの村に到着した時には、既に村としての機能はほぼ全て失われていた。
 元は幻想国の村の偵察。それだけだった筈だ。
 凶暴な魔物が出現したとの連絡を受け、本隊の編成までの情報収集と村民の保護に向かった。
 依頼を受諾してから一夜も経っていない。
 到着する前から村の方角に煙が見えたのは変だとは思ったのだ。
 現地に着いてみれば、そこら中に村民の遺体が転がっている。
 家屋はどれも崩壊寸前。周辺からは魔物の雄叫び。唯一マシなこの二階建ての家に潜り込むと、三人の遺体とこの少女を見つける事が出来た。
 少女の身体には爪痕が残されている。
 家の前に多数の足跡が残されていた事から、一度家族で脱出を図ったのだろう。
「お前『センサー』付いてる?」
 男は徐に女に問うた。
 助けを求められれば反応する脳内センサー。
「有るけど、反応してない」
 男を見上げながら女は答える。
 情報としては、村の惨状を目の当たりにした時点で引き返しても良かった。
 明らかに生き残りの見当たらない村に執着するより、その後拡大しかねない被害を抑える方向に動くべきだったかもしれない。
 それでも諦めきれはしなかった。
 武器を手にしたイレギュラーズの意地か。それとも何処からか沸々と湧く、怒りに似た感情に動かされたか。
 結果を言うならば、後悔はしていない。
 生き残りは居た。たった一人だが、それでも居たのだ。
 しかし、この村を離れられないというのもまた事実ではあった。
 男はサングラス越しに壊れかけた二階の窓辺から外を見る。
 魔物の咆哮は鳴り止んでいない。
 加えて。
「……あれか」
 男はサングラスを額に上げてあるものに着目した。
 村の外側ではあるが、謎の大きな黒い球体が付近の平地や山を飲み込む様に出現している。
 書物で見るブラックホールの形状に近いだろう。
 黒い球体の周りには電気のような火花が散り、その直径は数メートルからこの家くらいなら簡単に呑み込めそうな大きさまで観測出来た。
 恐らく、村民が逃げ遅れたのはアレの影響も有る。
 身体に違和感を感じるのだ。具体的に言えば、重圧を感じる。腕も足も鉛が入ったように重い。
 この村の周辺には一つか二つ。小さな黒い球体は、それでもこちらの身体を蝕んでくる。
 この家を出たとして、これでは周辺の魔物に袋叩きだろう。
「さて……どうしたもんかね、この状況」
 一先ず優先したいのは、外にこちらの現状を伝える事。
「ファミリアーは?」
「有るけど……届くか? ローレットまで」
「違うわよ。飛ばすの、上に」
「狼煙代わりか」
 男は、召喚した小鳥を空へ飛ばす。
 十秒も経たなかっただろうか。
 彼らの居る家に、黒い影が落とされた。
 鋭い嘴、大きな翼。一体何処に潜んでいたのか。いや、ずっとこの家の真上に鎮座していたのか。
 慌てた様子で小鳥が男の手元に戻って来る。
「悪かった、よしよし、良く喰われなかったな……クソ、飛行種も居やがンのか」
「地上から行くしかなさそうね。数、判る?」
「正確なのは判らん。が、獣の群れだ。庇いながらでも何とかなる」
 男は少女をチラリと見た。
 応急手当は済ませたとはいえ、傷を治すには一度ローレットへ戻って得意な者に看て貰うしかない。
 待てば待つほど事態も悪化していく。
「あの黒い球のとこさえ抜けりゃこっちのモンだ。ちっとばかし、腹ァ括るか」
「片方がその子背負って、もう片方が一点突破ね」
 二人が頷き合い、そして次の結論に至る。
 男、荒瀬功慈が少女を片手に抱え。
 女、美船真智が両手に大金槌を持って前面に。
「……逆じゃない?」
 と訝し気な顔をする真智に、功慈は空いた右手に槍を持つ。
「オメーの武器は両手持ちだろうが」
「アンタの槍だって本来両手でしょうが」
「俺はまだ片手でもいけるさ。っし、行く……」
 と、男は二階の窓から下に大きな影を見た。見てしまった。
 二つの獅子の頭に蛇の尾。背中には小さな翼。
「……ぞ」
 身体の表面は堅そうな鱗に覆われており、その巨体は悠々と自分達の居る家の裏手に四足歩行で歩いていく。
「腹、括れそう?」
 冷や汗が伝のを感じながら、真智が問う。
「……ちょっとだけ」
 片腕でお姫様抱っこをして少女を抱えた功慈は、槍を持ったままの手で頭を押さえた。
「ちょっとだけ待ってくれ。頭、痛くなってきた」


 偵察に行った二人が戻らない。
 その情報を元に改めて依頼が出されたのは、二人が向かったその日の午後の事だ。
「何度か、村の上空に不思議な行動を取ってる小鳥が確認されてるんだ」
 恐らく二人からの何かしらの合図なのだろう、と前提した上で、『黒猫の』ショウ(p3n000005)は話を続ける。
 発見出来たのは、村に直接向かった二人の他に遠目からも様子を伺っていた者が居たからである。
「同時に、村を襲ってる魔物の中に飛行型も確認されてる。それで上手くいってないみたいだね」
 今のところ、こちらに入って来ている情報としては襲撃に遭った直後の村からのものだけだ。
 幻想国の村。突如襲撃した凶暴な獣の群れ。そして。
「村の周辺に多数のバグ・ホールと思われるものが確認されてる」
 まだ聞いた事も無いイレギュラーズも居るかもしれない。
 現在、混沌世界の各地で出現している謎の黒い穴。
 混沌の終焉の接近に伴って現れたと見られ、その存在は次元の歪みなるものとされている。
 次元に干渉している事もあり、迂闊には近寄るべきではない。
「『触ったら消滅する』なんて事も言われてるからね。絶対に近付いてはいけないよ」
 村に近い場所で出現したバグ・ホールは二つ。
 近付かなければ良いとも思えるが、その存在はそこに在るだけで周囲に多大な異常をもたらす事も予測される。
「二人がその村に留まっているのもその影響か、それとも別の理由が有るのか……それは解らないけど、君達に頼みたいのは二人と村の状況を見て来て貰う事。その際、出くわした魔物については討伐をお願いしたい」
 情報が足りていない中で向かわせるのも心苦しいが、先に行った二人の安否だけでも確認してほしい。
 そう言って、ショウは目深に被ったフードを手で押し上げた。

GMコメント

●目標
・村を囲む魔物、終焉獣(ラグナヴァイス)計十体の討伐。
・荒瀬功慈、美船真智と共に村を脱出する。

●敵情報
終焉獣(ラグナヴァイス)・計10体
いずれも『滅び』が貼りつき、凶暴化している。

・ヴァイオレットウルフ×8
狼型の終焉獣。
滅びのアークそのもので作られた獣であり、強まった滅びのアークが貼りついた事により凶暴化が進み村を強襲した。
姿は狼ではあるが、非常に攻撃的で集団で動く。
普段なら何ともない敵だろうが、闘気のようなものを帯びた爪と牙で一斉に襲われれば一人では防ぎぎれない可能性もある。

・ロックイーター×1
ロック鳥、と呼ばれる魔物すら捕食対象にするのでは、とされる巨大な鷹型の終焉獣。
空中に存在する者を優先的に狙う飛行タイプ。
巨大な嘴の刺突、その体躯から出る咆哮は【ショック】の力を持つ。
地上に居る者に対しては範囲的な風切り刃の風圧斬撃を行う。

・キマイラ×1
二つの獅子の頭、堅い鱗の胴体、蛇の尾を持つ合成獣の終焉獣。
獅子の頭は二つそれぞれが連続して攻撃してくるので注意。
牙と爪による単純な攻撃も有しているが、火炎も吐く可能性が有る。
また、背中側に回り込むと蛇の毒牙が襲い掛かる。

●ロケーション
幻想国・崩壊した村。
到着した頃には既に村としての見た目は失われている。
約二十人程と小さな村であったが、この村に居ながら生き残った者は居ない。
いや、居た。たった一人だが。

外には多数の遺体がそのまま放置されている。
逃げ惑っていたのだろう。中には武器を持っている村民も居るが、無惨にも息はしていない。
到着すると、一手早く打って出た美船真智と少女を抱えた荒瀬功慈が村の中心でヴァイオレットウルフに囲まれているところに遭遇するだろう。
二人はバグ・ホールの影響も有ってか、思うようには前に進めていない。
バグ・ホールがどのような影響を与えているかは後述する。
戦闘場所となっているのは村の中央、屋外だ。
付近には損壊した家屋しかなく、身を隠せるような場所は無いと思って貰って良い。

ヴァイオレットウルフ、だけならまだ良いのだが、二人が出て来ると同時に上空からはロックイーターが、背後からはキマイラが彼らを狙ってきている。
一度出てきた以上、二人が後退する事はない。
少女の傷の具合を見ても二人が前にしか進まないのは確実だ。

村へ向かう途中、功慈が召喚した茶色い猫が貴方達の元へ駆けて来るだろう。
猫に導かれても良いし、勝手に戻っていく猫の先を見て村の場所を判断しても構わない。

●バグ・ホールについて
突如として混沌世界に出現した奇妙な黒い穴。
『触ったら消滅する』という話もあるので、見掛けても近付いてはならない。
現在見られている大きさは様々だが、依頼に向かうイレギュラーズの小隊なら簡単に呑み込んでしまうだろう。

今回のシナリオにおいて、このバグ・ホールはイレギュラーズの行動を阻害するものとなる。
現地到着後、そして戦闘中に【泥沼】【麻痺】が常に付きまとう。

●NPC
今回登場するNPCの二人は、皆さんが依頼に出発する直前に家を出ます。
普段は再現性東京で依頼をこなしています。

・荒瀬功慈(アラセ コウジ)
ローレット所属。23歳。
銀のショートヘア。青い瞳を隠すように普段はサングラスを付けている。
武器は槍だが、今回は片腕に少女を抱えているので充分な攻撃は行えないだろう。
『ファミリアー』を所持している。

・美船真智(ミフネ マチ)
ローレット所属。22歳。
茶色のポニーテール。武器は大金槌。
華奢な体躯だが、攻撃寄りの性能。
『人助けセンサー』を所持している。

・生き残りの少女
気を失っている。
傷の集中手当にはこの場と二人には難しいと判断し、功慈によって抱え運ばれている。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <グレート・カタストロフ>庇護下叶わぬ刻の跡完了
  • GM名夜影 鈴
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年01月22日 22時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ニャンタル・ポルタ(p3p010190)
ナチュラルボーン食いしん坊!
安藤 優(p3p011313)
君よ強くあれ

リプレイ


「あれから来る重圧…我等で之なら普通の者なら相当じゃろうな……」
 世界の各所に無粋に現れた黒の塊、その重圧を脇目に『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)は限りなく地面に近い位置で浮遊し道を急ぐ。
 彼女が感知する先には敵味方含めた多数の確かな気配。ニャンタルが一層顔を引き締めれば、同じくして四足亜竜の馬車に跨る『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の顔も厳しく。
「バグ・ホール……酷いな。ただの終焉獣の襲来とはわけが違う」
 今、世界を覆う未知の恐怖。
 今から、イレギュラーズ達に出来る事は何なのだろうか。
「……どうしてでしょうか」
 『君よ強くあれ』安藤 優(p3p011313)は、目を伏せながらも静かに口を開いた。
「戰うのは怖いはずなのに……今のぼくは、それよりも」
 バグ・ホールからの負荷を感じ、その身に英雄の闘志を鎧を付与させ前を睨み据える。
 どれだけ臆病だったとしても、譲れない確かなものは彼の中に芽生えていた。
「バケモノのせいで誰かの明日が奪われるのが許せない!」
 向かっている先にどれだけ悲惨な事実が待っているのか。
 ただ、その事実の一つにそれを行った存在と、皆を信じて切り開こうとしている者達が今も耐えているのだ。
 それを思えば、『策士』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)の手にも一段と力が入った。
「どんな障害であろうと、この貴族騎士が切り開いてみせる!」
 皆より大きく離れて先導する『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)は、その更に前を駆ける一匹の茶色い猫が右に曲がったのを確認した。
「こっちっす!」
 久しぶりの人命救助依頼。ウルズの活力も充分。
 数々の依頼をこなしてきたが、あたしと言えばやっぱりこれだ。
 人を助けて、護って、敵を撃滅する。
 駆けながら跳躍直前のように身体を縮め、ウルズはその機動力を持って愛用のランニングシューズと共に一気に加速した。
 野生並の速度で駆け抜けるウルズと猫の先を超人的視力で追いながら、優は行く先を俯瞰し、交戦間近とその腕に炎の魔術を付与して仲間へと伝える。
「皆さん、そのまま真っ直ぐです!」
 同じく遥か遠方を目視した『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)のオッドアイが見たその直線上。
 多くの獣に囲まれる二人の人間の姿。見つけた。林の中、最短距離は目の前の獣道。
 彼女と感情連鎖して、『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)の珠緒と同時に視線を変える。
 蛍は珠緒に、というより皆への報告で口を開く。
「接敵してるわ!」
「参りましょう、蛍さん」
 珠緒の左手薬指の輪に光が灯る。猫の行く先を定め、飛翔した。
「滅びを止め、一人でも多く助けるために」
 近付くにつれ臭いが濃くなる。
 戦いの臭い。醜悪な忌みの臭い。そして、無念な死の臭い。
「私達がもう少し早かったら、被害を減らすことが出来たのかしら」
 『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の横目にも、次第に終焉獣の爪跡が散見される。
 薙ぎ倒された木々。踏み荒らされた草花。傍らに見えるのは血の跡か。流した者は何故だか見当たらない。
 代わりに助けを請う様に落とされた誰かの手。
「……それは後で悔やむべきことですわね」
 ヴァレーリヤは視線を横から前に移す。
 今、私達に出来るのは。
「三人を助ける事だけ考えましょう」
 一方で、その村の中心。
「流石に数が多いわね!」
 大金槌を振るいながら、美船真智は出口までの距離を目測する。
 左腕の中に少女を抱えた荒瀬功慈は、振るう槍の右腕に噛みつくヴァイオレットウルフを振り払い叫んだ。
「おい、右側空けらんねぇか! 良い加減、右腕がしんどい!」
「左……じゃなくて?」
「バカお前、こっちは千切れても離せるか!」
 言いつつ、功慈は再度槍を払って狼を退ける。
 歯ぎしりが止まらない。
 そんな折、先に気付いたのは真智であった。
「見えたっすね」
 それは大地を駆ける俊足の音。真智と同じく茶髪のポニーテールを揺らし。
 誰よりも一足早く、心ばかりの吉報を届けに来た者。
「……誰!? 加勢!?」
「救助隊だろ! 助かるぜ!」
 ウルズは、少女を含めた三人を見るなり猛然とその輪の中に突っ込んで行く。
 相手取っている敵は八体の狼。
 彼らをあそこから抜け出させるには流石に一つ二つ数を減らさねば厳しいか。
 バグ・ホールの影響も有る。
 更にウルズが対面する先には大怪鳥と合成獣の影。
(……あれ、ちょっと後輩のハードル上げすぎた?)
 まぁ、良いだろう。ウルズは小さな息を吐く事は有れど、脚がそれしきで止まる事は無い。
 人を助けて、護って、敵を撃滅……。
 全部しなきゃあいけない、ってのが後輩の大変なところである。


 時は同じく、ウルズが一つ速く敵の群れへ向かった後ろ。
 その中でも最も速く惨状を目の当たりにした珠緒、並びに蛍はその反応速度を持って最速で状況を把握する。
 ヴァイオレットウルフ、上空からは既にロックイーターの影、程無くしてキマイラ……その身に直ちに影響は無いが、恐らく他の者は蝕まれているであろうバグ・ホールの存在。
 ともあれ、まずは目の前の三人。
 既にウルズもその中に居るが、三人共を引き連れて離脱するには少々狼達の数が多い。
 珠緒が指輪から刀身を形成、その刃に紅蓮の意思を蓄積すると同時に蛍が簡易装置の翼で上空へと舞い上がる。
「義を見てせざるは勇無きなり」
 自身と同じ高度に入った人物を見て、廃屋と化した屋根に乗っていたロックイーターが大きな鳴き声を上げた。
 標的の変更、狙いは蛍へと。
「少女を救わんとする貴方達の正義、加勢させてもらうわ!」
 その蛍が最速で放つのは剣輝に染まる舞桜。但し、相手は既にこちらを捕捉しているロックイーターではない。
 花が舞い散る先は地上のキマイラへと。
 しかし初手の位置取りとなると、キマイラは功慈達の背後。
「……来たか!」
 そこへ珠緒の後ろより飛び出たのはイズマだ。
「今行くから少しだけ辛抱してくれ!」
 珠緒、蛍の動きに合わせて馬車を駆る。
 広域からの俯瞰情報。このまま突っ込めばキマイラよりも僅かに速く中央へ着く。
 鋼の細剣を抜いたイズマは柄に手を当て目を瞑る。願う音階は一番高く。
 剣から発する音波がウルズとイズマ自身を包めば、中央のウルズ達が身体に感じていた負担も軽くなっていくだろう。
 そうとなれば話は早い。
「おうっ!?」
「きゃっ!」
 右脇に少女を抱えたままの功慈、左肩には真智を担ぎ、ウルズが目指すは目前に駆け付けるイズマへ。
 多少狼どもが付いて来るだろうが、何、心配は無い。
 羽根の白馬に乗り、赤刃の刀を構えるシューヴェルトが見えたからだ。
 彼の背後に鬼が昇る。怨念すらも力となり。
「離れろ! 鬼気壊灰!」
 ウルズの脇を通り抜けて背後の狼を撃ち抜けば、周囲に纏わりつく狼も。
「退けぇい!」
 ニャンタルの突進が切り開いてくれる。
 次いで聞こえるのはヴァレーリヤの声。
『主の御手は我が前にあり。煙は吹き払われ、蝋は炎の前に溶け落ちる』
 紅の十字架に炎が灯り、翳す手の先に炎の壁、その火はヴァレーリヤの身体を巡る。
 その間にウルズがその場を離脱。ウルズの機動力なら容易く……。
「一匹、横から入って来る!」
 担がれていた真智が叫ぶ。
 だが、勿論気付かぬイレギュラーズ達ではなかろう。
「どっ……」
 振り上げたるは炎のメイス。地面を軋ませるのは小柄な背丈。
「せえーーい!!!」
 可憐な見た目とは裏腹の豪快な咆哮と共に、ヴァレーリヤが狼の横っ腹にぶち当たる。
「さ、行くわよ! 早く!」
「お、おぉ……スゲェな、アンタ……色々……」
 それにサングラスの下で面食らいながら応えた功慈。
 すれ違い、ウルズはイズマの馬車へと到達する。
「頼んだっす」
「あぁ。行くぞ、ここから脱出だ!」
 イズマが反転、運ぶ合間に少女へ慈愛の息吹を施すと、迎えるように立つのは腕に炎を纏わせた優。
(英雄の兜……ぼくに勇気を貸してください……!)
 一時の祈り。この間だけは、応えるのはきっと邪神ではない何かの筈だ。
「かかってこい、バケモノ! これ以上、もう何も奪わせない!」


 空に炎花が交じり散る。
「その嘴、その爪牙。もはや何者の命を奪うことも許しません」
 蛍が巨躯二体への注意を引き付けた事で、珠緒は高度を下げる。
 しかし目線は変わらず上に。抜刀するは猛火の斬切。
 交差するように蛍の桜は地上のキマイラへと。次いで珠緒の封印術と共に、空中のロックイーターへも散華の舞が降り注ぐ。
 ロックイーターの嘴は変わらず最高度の蛍に向けられている。
 本来ならば敵有利の空中戦。だが目を見張るは蛍の回避力。
 この空においても衰える素振りを見せはしない。
 桜の幻影を身に纏い、蛍は己を鼓舞する。
「さぁ、釘付けにしてあげるわ」
 大きく動いたのは地上もだ。
「その子は頼んだ」
 祝福の付与を功慈と真智に施し、イズマは眼前の狼達に向かう。
 混じるキマイラは蛍に向くが、攻撃が届かぬと知れば地上も全くの安全ではなくなるかもしれない。
 ふぅ、と立って一息吐いたウルズも前に腰を倒してその方へ。
 ひとっ走りの往復、快調だ。気分も高揚してきた。
 イズマが闘争の波による衝撃波を狼達に奏で、ウルズが立ち塞がるはキマイラの眼下。
 二つ頭の両方に向け、ウルズは立てた四本の指先で挑発する。
「固めた方が良いな」
 その後ろでは側面より狼達を追撃するシューヴェルト。
 頷くニャンタルが躍り出たのは群れの中心。
 そして今一度視界に入るのは村に転がる物言わぬ骸達。
 村には二十の姿が有った。
 このたった十匹の終焉獣さえ来なければ。
「一体二回……いや、それ以上潰さんと気が収まらん」
 誰かは見たか。功慈に抱えられた処女の、失った意識の中で流していた涙を。
「死んであの子に詫びを入れろ!!」
 狼達が一斉にニャンタルへ、そして優へと飛び掛かった。
 複数からの爪と牙。食い込んだ身体で優がカウンター気味に繰り出したのはその場での高速回転。
 やがてその回転は風を生み、風は突風、竜巻へと果て狼達を切り刻む。
『主よ』
 吹き飛ばされた狼、その直線上からヴァレーリヤの祈りが聞こえる。
『天の王よ。この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を』
 天はその罪をどう清める。安息は誰にこそ与えよう。
『どうか我らを憐れみ給え』
 ヴァレーリヤが振り下ろしたメイスの先から、吹き上がる炎の濁流が狼達を飲み込んだ。
 せめて来世では、どちらも安寧な道を歩めますように。


 刀を鞘に納める音。
 それは戦闘終了の合図ではなく、更なる一撃をその赤き刀に込める為のもの。
 呪いの力を呪詛の刃に。放つのは形無き刃の飛翔。
「抜刀術……」
 貴族騎士流、『翠刃・逢魔』。
 刃が狼の群れを薙ぎ払う。その軌跡に傷跡は無し。
 しかして呪詛は狼の身を蝕み、あの世へと導く。
 はぐれた一匹の狼に駆けるはイズマの細剣。まるでそこに来る事を予測していたかのような動き。
 細剣が狼の身体を貫く。巡る旋律が狼を内部より破壊に至らしめた。
 残る狼に乱撃を重ねていたニャンタルは切っ先を殺人の剣へと変える。
 一の衝撃で踏み込み振り下ろし。
 二の突撃で怒涛の突き。
 三に払い上げる一片の舞い。
 そこに降ろされるは満開桜の結界。
「さぁ、もうどこにも行かせないわよ?」
 蛍の笑顔が鷹と合成の終焉獣に刺さる。
 結界の輝きは珠緒が降ろす堕天の光へ、その対象はロックイーター。
 地上のキマイラは多頭の牙とその身一つでウルズが渡り合う。
 牙、爪、爪、牙、大きく息を吸い込んだ。
 そこだ。
 ウルズの身に雷が迸る。
 突いた僅かな隙、吸い込んだその顎下。
 そこに雷を置き去りにし、ウルズは雷撃と共に拳をキマイラへと叩き込む。
 不発の火炎が口の中で燻る。
 離れた位置でワイバーン、リオンへ騎乗上昇したイズマの横を抜けるヴァレーリヤの灰燼の炎。
 合わせるように地上近くから払われた珠緒の斬撃がロックイーターの身体で交差する。
 その真下で巻き起こる優の竜巻刃。
 空中で耐える蛍もその間に自身の傷を修復。不屈の誓い、敵を滅するまでは倒れぬと守護の心。
 大打撃の一つで地上に落とされかねない蛍が選んだ空中戦、その覚悟も並ではなかろう。
 だが、狼達が一掃された今、有利と化したのは間違いない。
 それに地上に落とされるのは何も蛍だけではない。勿論だ。
 ロックイーターの更に上を覆ったリオンの翼。
 振り上げられた細剣。奏でる音は、中程の衝撃音。
 強烈な音波と共にその剣はロックイーターを斬る。
 いや、斬るというよりこれは。
「叩き落とす!」
 刀身が怪鳥の身にめり込んだ。
 そのまま垂直に落下、ロックイーターの身体が地面へ叩き付けられる。
 並んだ。地上に。
 二匹の大怪物が。


「君達はこの貴族騎士が相手する!」
 二体の前にシューヴェルトが塞がった。
 彼を含め、皆がここまでバグ・ホールの影響を受けずに動けているのはイズマの祝福響奏術、そして優の聖なる闘衣によるものが大きい。
 シューヴェルトはそのままキマイラの懐へ、間合いを図り、聖なる刃の一閃を獅子の身体へと。
 重ねて頭上より、烈火を纏ったウルズの業炎。
 炎の波は止まらない。
 力強い踏み込み。当然と言うにはあまりに愛嬌の溢れる小柄な身長から。
 ヴァレーリヤは、鉄騎の馬力で炎を纏ってロックイーターへ突撃する。
「もう一発、喰らって行きなさい!」
 更にそのまま身体を捩り、振り抜いたメイスでのもう一打。単純ながらに強力な殴打。
 続く、優の剛炎腕。
「負けるもんか……!」
 尚起き上がろうとするロックイーター、彼の攻撃をかろうじて迎撃。
「いきなりバケモノに明日を奪われるなんて……」
 出来ない。
 何故ならその身は地上に縛り付けられている。
 イズマの、囚われの呪術によって。
 優の拳が、ロックイーターの顔面へ到達する。
「そんな理不尽が罷り通っていいはずがないんだ!」
 そうだ。いくら混沌であろうと、これを許す事など到底出来はしない。
 だからこそ集ったイレギュラーズ。
 振るわれる猛火。
 ニャンタルの殺人邪剣。
「足りん!」
 頭部へ穿つ刀身。
「足りんな!」
 身を斬り裂く葬送の剣。
「全く足りん!」
 黒蝶が如く閃く二刀の剣。
 そして訪れる一瞬の静寂。
 天から降る光の加護が珠緒の傷を修復していく。
 その光は彼女の指輪の中へ。
 圧縮される魔力、静寂の後に訪れたのは高速で起動する術式。
 それを感じ取るや否やで、上空より降り立った蛍は、より傷の少ないキマイラへと迫る。
 仕掛ける花の名は雪月花。
 美しき流れの三連撃。地を這うか、宙に舞うか、それすらも蛍の手の中に有り。
 珠緒と多くの息を合わせた動きは有れど、恐らくこの二人ほど言葉も要らぬ者達も居ないだろう。
 蛍が最後の一閃からその場を跳び離れる。
「では、参ります。獣ごときにくれてやる時間は刹那も無いと言えましょう」
 珠緒が声を掛けたのは蛍ではなく、獣達だったのだろう。
 散る覚悟を悟らす為の。
 そして、砲撃に近い斬撃に仲間を巻き込む事なく、二体の終焉獣を屠る為の。

「う……ん……」
 馬車の上で小さく呻き声が聞こえ、イズマはその中に問うた。
「……目が覚めたのか……?」
 真智は首を横に振る。丁度、功慈が手頃な布を少女に被せたところだった。
「音に反応しただけ」
 ニャンタルは、そんな少女を見てから村の中に再度目を通した。
「もっと早く来れたなら……助けられた命もあったじゃろうな……」
 無念そうに俯くニャンタルの視線の先には二人。
 膨らんだ地面へと祈りを捧げるヴァレーリヤ、傍らに立つシューヴェルト。
 村は最早その機能を果たしていない。元々の人数を考えればこのまま廃村となるのだろう。
 そんな惨状に蛍も胸を痛めた。後悔ではないが、何をすればこの村は救われたのか。
 シューヴェルトは視線に気付き、一言ヴァレーリヤに声を掛けると皆の元へと歩み寄った。
「出来る範囲の御遺体は埋葬出来たわ」
 けれど、とヴァレーリヤは振り返る。
 寄せた眉根が、埋葬出来た遺体は全部では無い事を物語っていた。
 それでも戻ったのは、シューヴェルトの勧めが有ったからだ。
「望みを聞き届けたからな」
 彼は語る。それは、あの少女の家族のものも含まれていたのだろう。
 すぐに叶えてやれる望み。少女にも果たして貰う望み。
「『あの子の事を頼む』……だそうだ」
 言って、シューヴェルトは帽子を直すように手を当てた。
 ならば一刻も早くこの場を去らねばなるまい。
 元々、少女の傷の手当ても有る。
 途中のバグ・ホールをイズマは一睨みしたが、察した功慈はそれを引き止めた。
「止めとけ。この距離で影響受けてんだ、わざわざ危険に飛び込む事もねぇさ」
 兎も角、珠緒も感じるように優先すべきは早々の帰還と少女の手当て。
 今はその為に止む無く離れるしか道は無い。
 蛍は、少女の手を優しく握って誓った。
 村人達全員の埋葬。この少女と、必ず。
「……絶対に、戻って来るから!」
 これは勝利か。破滅の足掻きか。
 失った意識の中で弱々しく握り返された少女の手は、前者を果たしたと信じたい。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です、お待たせ致しました、依頼完了です。
炎の乱舞、でした。キマイラの火炎がマッチのように感じます。
劇中はシリアスながら、プレイングからラストら辺を書くうちに攻撃行動が噛み合ってきて思わず「おっ……!」って言っちゃいました。夜影、画面越しの握り拳で御座います。

さて、メインストーリーも大変な事態となって参りましたね。
このままで終わるのか。いや、きっとそうじゃない筈。
この依頼で灯された炎、次に繋がる灯火であると私は信じています。
では、有難う御座いました!
またの機会にお会い致しましょう。

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