シナリオ詳細
<グレート・カタストロフ>『100%の恋』と『1%の愛』を求め<ウラルティアの忘願>
オープニング
●病巣にて
「先日の会談は良い物でした」
そう穏やかなる笑みを湛えて男は笑う。
赤みの強い金髪の下に仄暗い赤の瞳、男の名をハルディア・フォン・ルーベン。
幻想王国南部、オランジュベネ地方に領地を持つ幻想貴族の一人である。
「さて、ルーベン卿、そろそろ計画について共有を戴いても宜しいのでは?」
眼鏡を光らせ、新田 寛治(p3p005073)は目線をあげて問う。
「テレーゼ様を狙った仕立て人がローレットの者を取り逃したという話があります。
それも、貴方とその少年が会話していたという話も」
「……そうですか」
「このままでは貴方は今回の事件に関する首謀者となる。
私としてもアーベントロートの名代として足切りする必要も出てきます。
しかりと絵図は描けているのでしょうか?」
寛治の言葉に、ハルディアは静かな物だった。
「……えぇ、そのようですね――計画は変更しなくてはならないようだ」
そう、ハルディアは笑った。
「テレーゼ様は、眠っているはずです。
えぇ、『そうするように』命じたのですから、彼女には死んでもらっては困るのです」
ハルディアはそう続けた。
「それでは、どのように」
「本来の狙いとしては、彼女を眠らせた上でシドニウスに出張って貰ってくることでした。
シドニウスを殺し、起きたテレーゼを虜として私の妻に迎える――そうすれば彼女との間の子供がブラウベルクを継ぐ。
たしかにその絵図は潰えた……ですが、まだやりようはあります」
「お聞かせいただいても?」
「まず、テレーゼの影――彼女には死んでもらいませんと始まりません。
ブラウベルクへの布石は既に打ってありますから、これを動かす必要があります」
「……ふむ、それで?」
「えぇ、息に良い娘を見つけました。
――テレーゼに直接迫れないのなら、娘を1人、シドニウスに差し向けてみようかと」
そう語るハルディアの表情は悪意に満ち満ちていた。
「――私はルーベン。アナトリウス氏族の血脈は、本来なら私が先導するべきものです。
奪われた立場を取り返さねばならない……私達ルーベンの決意は今も昔も変わらない……はずですから」
そう言って微笑むハルディアの笑顔は悪意に彩られていた。
(……なるほどな)
その様子を盗み聞きしていたのはヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)と芍灼(p3p011289)である。
(気の遠くなる話だが……それが本当にできるのなら、男爵がテレーゼを手にしたい理由には充分だな)
ヤツェクは盗み聞きする内容に渋い顔をした。
(理由は分かったが……認められるかどうかは別の話だ。結婚は、幸せでなきゃな嘘だろうが!)
思い起こすは領地で自分を待つ最愛の妻。
ヴィーグリーズ会戦で没落したオースティンの忘れ形見。
(……悪いな、ヘレナ。場合によっちゃアンタの名前を利用させてもらうぞ)
ヘレナは潜り込むのなら寧ろ自分を利用してでも身の安全を――といわれていた。
ヤツェクが男爵の懐に潜り込むためには、それっぽい名分があったほうがいい。
ヘレナから提示されたその理由は、彼女の立場を貴族として取り戻す――という体だ。
(男爵がまだ何かしら秘密を抱えているか次第だが……あの様子だ、秘密を持ってない方が嘘だろうな)
ちらりと視線を巡らせた先には、芍灼がじっと隠れ潜んでいるか。
(うぅん、真っ黒でござる! あとは、あの少年の事も気になるところでござる)
思い起こすのは以前に遭遇した少年だ。
テレーゼ襲撃の首謀者とも目されるその少年を巻いてから少し、アセナと呼ばれていた少年の姿は見当たらない。
(そういえばあの日、『隠れてなさい』と言われていたでござる。ここにはいないのやも)
そう思案しつつも、残っている理由は男爵自身に関しての調査をしたかったからだ。
それとほぼ同時刻、ルーベン男爵領とゲルツ男爵領の境界線付近にも人影があった。
ユーフォニー(p3p010323)とリスェン・マチダ(p3p010493)は前回、ゲルツ男爵の依頼でルーベン領との境界線の魔物の撃破に活動した。
多くのメンバーと別れ、事前に夜半より徹夜で活動を進めた2人は、魔物たちがルーベン領からの流入した存在であることを突き止めている。
「黄昏の瞳の魔物……長いですし、昏瞳種と仮に名付けましょう。
あの魔物が終焉獣なのだとしたら……ルーベン男爵領から流れてきたのはどうしてでしょう」
ユーフォニーはそう呟くものだ。
「潜入してみます? 着いていきますけど」
そうリスェンが応じる。
「それもいいですけど、流石に2人だと危ないような……他の人も集めませんか?」
「それもそうですね……」
応じつつ、リスェンは少しだけほっとしていた。
●『100%の恋』と『1%の愛』
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)は視線の先にいるシドニウスへと問うた。
リースリットはファーレル家の家宰に頼み、ルーベン男爵家に関する経歴を集めていた。
「家宰の調査によれば、ルーベン家は本来的にはブラウベルク家やオランジュベネ家から見て宗家筋あたるそうですね。
幻想建国以前、アナトリウス氏族に端を発する因縁である可能性。
……貴方がこの事実を知らなかったとは思えません。知ってる情報を教えていただきたいのです」
「そうですね。ただ、これは隠していたわけではないのだということはご理解いただきたい。
ノイズになると判断したので、ひと先ずは省いておいたのです」
「ノイズ……なるほど、テレーゼ様を狙ったのかを考えるだけでいいのなら、たしかに氏族の話はノイズと言えるでしょう。
……ですが、同時に貴方はそのことを警戒もしていたのではありませんか?」
「えぇ……それはまぁ。私も彼を警戒していました。
アナトリウス氏族長の直系たるルーベン家が、突如として妹に縁談を持ち掛けてきた。
それもあの子が襲撃を受けた直後の事です……もしも、という前提があったのは否定できません」
リースリットが改めて問えば、シドニウスはそう応じて目を伏せる。
「ルーベン家は私達から見れば宗家筋の家です。常にある程度の素行調査は行っています。
それでも現ルーベン男爵――ハルディア卿は叔父イオニアスの反乱に応じぬ程度の理性があった。
砂蠍の反乱の際も、ヴィーグリーズ会戦でも……常に体制派として活動するような方です。
道理を弁え、冷徹に人と情勢を観察できる方です」
そう続けたシドニウスは瞳を開き、リースリットを見据えた。
「……ところで、リースリット様。今更ではありますがご成婚、おめでとうございます。
私が言うまでもなく貴女はご存じでしょうが、フェリクス公子は人格的には素晴らしい方です。
……リースリット様、私はね、貴族の成婚にも『愛』は必要だと思うのです」
そう言って笑う表情には他意のようなものは見受けられなかった。
意味を曲解されないように配慮しながら言葉を選んでいるのがわかる。
「当然、我々貴族の縁談に政治的な理由を1つも混ぜないのはほとんど不可能でしょう。
それでも……『100%の恋が無い』のだとしても、『1%でも愛が有る』べきだと、私は思います。
……私は、『それ』がない婚姻の結末を、嫌という程に思い知らされました。
親愛、信愛、敬愛、恩愛、慈愛、家族愛、恋愛感情……ただの性愛でもこの際、良いでしょう。
けれど愛がそこになければ――形だけ取り繕った家族の形は最悪を呼び寄せてしまう」
そう語るシドニウスの瞳は真剣そのものだった。
「……そうですね」
リースリットはそう頷くものだ。
イオニアスの妹は、ブラウベルク家の先代――シドニウスやテレーゼの父に嫁いでいた。
イオニアスの乱は元を辿れば理想に殉じ、それに潰された男の自暴自棄であった。
反乱の過程でブラウベルクの兄妹はイオニアスの妹と彼女の子――即ち『継母と異母弟』を失っている。
家族というものを持つことへの警戒は、当然と言えるのだろう。
「テレーゼに相手が出来るのなら、せめてあの子を1%でも愛せる男であってほしい。
……ですが、そうも言ってはいられないのかもしれません」
不意にシドニウスはティーカップを置いた。
「実際、彼がもしも我が家を乗っ取ろうとするのなら、安易な対策自体はあります」
「……貴方がご成婚されることですね」
リースリットが言えば、シドニウスは短く頷いた。
聞く限り、シドニウスには妻はおろか、婚約者もいない。
「私に妻が……子供、あるいは養子でもあれば、テレーゼに夫が出来ても『ただそれだけで』しかない。
ブラウベルクの家督を継ぐのは私の子ないし養子であって、妹の夫が口をはさむ権利はない。
恥ずかしながら、その相手がいないのですが」
そう言いながら、シドニウスは苦笑する。
リースリットは目の前の青年の言葉に黙したままに考える。
(一方、貴方が結婚せず、テレーゼ様とルーベン男爵が結ばれればどうなるか。
……向こうの狙いはそこにあるのかもしれませんね)
「リースリット嬢、いかがなさいました?」
「いえ、なんでもありません。シドニウス卿、ひと先ずはまだ、王都に居てくださいますか?
今、推測を立てたことが彼の狙いならば、貴方がブラウベルクに行くのは得策ではありません。
それから、本邸との連絡手段だけは切らずに」
リースリットが笑みをこぼすままにそう釘を刺せば、青年は短く頷いた。
「……えぇ、分かりました。妹のことを、頼みます」
リースリットは頷いてから、ちらりと後ろを見やる。
そこに控えているのはアーマデル・アル・アマル(p3p008599)とルブラット・メルクライン(p3p009557)だ。
●翳りある旭光
「シドニウス殿、連続して悪いが、良いだろうか」
「えぇ、もちろんです」
アーマデルの言葉に、シドニウスは短く頷いてみせる。
「アーマデル君や黄昏の瞳の魔物たちの情報を含めて、彼女の容体をある程度は纏めることができた。
ついては貴方のご許可を戴きたい」
「本当ですか? それは良かった……ですが許可、とはなんでしょう」
「その前にまずは彼女の異変の正体についての話をさせてほしい。
どうやら敵の仕込みが既に使用人にわたっていたようだ。
黄昏の瞳の魔物と使用人たち、それにテレーゼ殿。
この者たちは恐らく、全く同じ存在による統制下にある」
「証拠はまだないが、私達ローレットはその存在が何かを知っている」
沈黙するシドニウスをよそに、ルブラットの説明は進む。
「滅びの気配を纏い、他者の動きや意識を支配して『洗脳』したような状況に置く。
そして治療法は強い衝撃で意識を刈り取ること……即ち不殺での撃破、これらの対処法を持つ存在」
「複製肉腫と呼ばれるものにも似ているが、こちらは滅びの気配を纏わない。
終焉獣と呼ばれる存在の一種に『対象に寄生』するものがある。
それはある場所特有の存在と思っていたが、その場所で彼の地が終焉に通じていたことを知った。
ならば『俺達が今まで遭遇してこなかっただけで混沌にも存在する』ことに他ならない」
「シドニウス君、端的に言おう。これからテレーゼ君の本格的な治療を開始したい。
私達の予想が正しければ、テレーゼ君に寄生する終焉獣の『排除』を試みようとすれば何らかの動きを見せるはずだ。
黙って引き剥がされてくれるとは思えない」
「そうでしょうね……詳細はよく分からない部分もありますが、黙って引き剥がされてくれないというのは頷けます。
それを踏まえて考えると……許可、というのはもしもの場合、テレーゼにその対処法を実行すること、ですか」
「……そういうことになる」
「――それしか、方法はないのですね?」
「あぁ……私達の知る限りそれしかないだろうね」
「分かりました……ですが、なるべく傷を付けぬように……トラウマなどを与えない方法でお願いします」
「承知した」
アーマデルの言葉に、シドニウスはホッと安堵の息を漏らした。
●影に踊る
「……私が、狙われる? 本当に?」
ルーベン男爵家に潜入中のイレギュラーズより、そんな情報が齎されたのは数日前の事。
オーディリアの声は震えを堪えようとしていた。
「ならば私達が見つけた連中は貴方の下へ仕込まれた毒、二の矢ということでスかね」
佐藤 美咲(p3p009818)がリュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)と共に毒矢を見つけていた。
現在は別々の隠し部屋に隔離されている2人の使用人は、表向きには自分の身に起きたことが分かってないようだった。
(しかし……聞いた対処法の話を参考にすると、私が捕まえた方はもう『二の矢』としての価値もないような気がしまスが)
黙するままに思案するのは美咲だ。
黄昏の瞳の病――仮称『黄昏症候群』は『不殺攻撃による鎮圧』によって解除できるらしい。
この使用人を捕らえる際に気絶させてしまっている以上、あまり意味はないか。
(ですが、直接のカウンターは出来なくとも黄昏症候群に罹る前の情報を集めることはできるはずでス。
向こうがブラウベルクへ仕込みを行なう方法が分かれば十分でしょう)
「本当に彼らなのね?」
黙したままの美咲を見たオーディリアは少しばかり悲し気に瞳を揺らしている。
「うん、変なにおいがするんだ……」
そうリュコスがそう頷けば、オーディリアは短く嘆息すると。
「……片方は最近になって採用された子ですが、もう片方はわたしがブラウベルクの使用人になる前からの使用人と聞きます。
そんな人までも敵の手が伸びていたとあっては、目覚めた後のテレーゼ様の心労を考えると……」
「つかまえてもらった人はまだに『黄昏症候群』かかってるはず。なにかできないかな」
ぽつり、リュコスは続けた。
「絶対に守る。だから離れないでいてほしい」
「え、えぇ……ありがとう」
ヴェルグリーズ(p3p008566)の言葉に、オーディリアは何度も頷いて見せる。
「……話は変わるのだが、オーディリア殿。少し良いだろうか?」
ヴェルグリーズはふと疑問を抱いて女性へと問いかける。
不思議そうに首を傾げた娘は上目遣いにヴェルグリーズを見る。
「キミは何故、テレーゼ殿の影武者をすると決めたのだろう。
何かキミの狙いもあっての事だろうけど」
「……それは」
ヴェルグリーズの問いに、オーディリアは少しだけ口を閉ざした。
「……わたしも人の子だから、父や母がいて……妹がいたわ。
父は殺されてしまったらしいけれど、母と妹は奴隷として買われていったの。
もう少しイレギュラーズの皆様があの屋敷に突入するのが遅ければ、わたしだってどこぞの誰かに買われていたわ。
テレーゼ様も、シドニウス様も仰ったの。わたしが役目を全うするのなら、家族を探す機会も、助ける機会もあるだろうって」
「そうだったんだね、しかし、そうか……」
オーディリアは元奴隷の娘だ。
リーグルの唄とも呼ばれたヴィーグリーズ会戦に至る一連の騒動。
奴隷商の一斉摘発の最中にヴェルグリーズを含むイレギュラーズが依頼を受け、摘発しに向かったの先にいたのがオーディリアだった。
先に買われていってしまった家族がいてもおかしくはなく、それを助けるための手段と機会を望むのもおかしくはない。
「この国は奴隷自体を違法とはしないわ。
そもそも奴隷と一口に言ったって労働力という側面もあるわけだものね。
それでも、離れ離れになった家族を、わたしは取り戻したいの」
「そういうことか……ご家族の消息は掴めたのかい?」
「多少は……ね。聞いた話では、ルーベン方面に昇って行ったらしいわ」
「何の因果か……というべきだろうか」
ヴェルグリーズは思わずそう言えば、オーディリアは短く「そうね」と、どこか切なく目を伏せた。
●宵の月は綺麗だろうか
分かっていた、つもりだった。
私は女らしくないんだって、そんなことは分かっていたつもりだった。
可愛い仕草と声で人々を魅了することなんて出来ない。
茶会を開いて貴族の子女と交流したりも、してくれる人さえほとんどいなかった。
人間種の両親から生まれたのに何故か角が生えていた。
小さい頃から身体は大柄で、同い年の子供達と比べても膂力があった。
人によっては粗暴だって陰で後ろ指をさす。
そんな連中に負けたくなくて、貴族の娘らしくありたいと勉学に励んだ。
斧術を始めとした武闘を学び、力の使い方を学んだ。
常に美しくあろうと、どんな陰口を言われても、背筋を保って立っていた。
おかげで両親は私のことを愛してくれた。
家業でもある宿場は中興の祖が始めたものだった。
混沌に馴染むために彼の始めたその宿を領主直営としてゲルツ男爵家は代々守り続けてきた。
だからこそ、その一切を取り仕切ることが出来るのは、一族の栄誉だった。
――そうよ、栄誉なのだということを、私は理解しているつもりだったの。
でも、私に角が生えているのが『彼の血が濃く出たから』だって知ってしまった。
――それって、本当に認めてもらえたからなの?
それとも、体よく私を箱(しゅくば)に閉じ込めるための理由が出来たからなの?
ぐちゃぐちゃな心は誰にも言えるはずがなかった。
泣きそうになる気持ちを全部、宿場に来る人達への接客で見ないふり。
そうやって自分を演じながら、私は生きてきた。
だから、私は可愛くなんてない。
女の子らしくなんてありもしないって。
そう思って生きてきた。
そんな私、強くありたい私。
可愛くもない、年嵩ばかり重なった娘。
そんな私を、あなたは撫でてくれた。
ただの連泊してくれる客と、主人でしかない関係性。
たったそれだけなのに、あなたは私のことを撫でてくれたわ。
それがどれだけの救いか、あなたは知らないのでしょう。
私に出来ることは、そんな貴方に与える事だけ。
領地を、立場を、出来る事なら望むもの全てを与えたい。
だから、どうか私をみていてほしいの。
――だけど、きっと、貴方はそんな私を知らないの。
ねぇ、ジェラルド、私はどうすればいいの。
――教えてよ、あなたの望む私になるからって、そう言えたらどれだけいいの。
その一言が全てを終わらせてしまう気がして――それが言えないでいた。
「……ジェラルド、今日は良い天気ね」
冬空の中、ゲルタ・ギーゼラ・フォン・ゲルツがそう呟くのをジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)は確かに聞いた。
月明かりに見下ろされるゲルツの町は穏やかな静けさを持っていた。
「月が綺麗ね」
「あぁ、そうだな」
ジェラルドは静かにそう応じて空を見上げる。
冬の夜空、雪のない空は澄んでいて、確かに月が美しく輝いている。
「――月はずっと綺麗でしたよ」
しんとした夜景を穏やかに――けれど悪意に染まった言葉が裂いた。
「先日ぶりですね、私の名前はご存じですね?」
たっぷりの余裕と共に、黄昏色の瞳が光を宿す。
「ルーベン男爵? 何か事情がございましたら使者を出してくださればよろしかったのに」
ゲルタは不自然性なく、不思議そうに問いかけた。
対して、ジェラルドは静かに太刀を抜けるように手を添える。
「ふふ、可哀そうに。振られてしまいましたね、ゲルタ嬢」
「――ッ」
穏やかに、微笑むままに語ったハルディアにゲルタが息を呑む。
「アンタ、何しに来た」
「何と言いましても、ただ少し、用事があるのですよ、彼女に」
そう微笑む男爵の表情には悪意が滲んでいた。
●空は蒼く、けれど昏く
隔離された部屋の中、ゆっくりと乙女は体を起こす。
さらりと蒼髪が揺れて、ゆっくりと開かれた瞳には強いハイライトがあった。
物音に最初に気付いたのはサイズ(p3p000319)だった。
「……テレーゼさん?」
サイズは思わずその人の名を呼んだ。
「……サイズさん、こんばんは」
ゆらりと頭を揺らしてテレーゼが表情を綻ばせた。
「目が覚めたみたいだね、良かったのかな?」
そう首を傾げるルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)だが、その視線は真っすぐにテレーゼに向いている。
「そうだな、『本当にテレーゼだったのなら』良かったで済むだろうが」
応じるのはルナール・グリムゲルデ(p3p002562)だ。
「テレーゼさん、じゃないんだな……じゃあ、やっぱりお前は」
サイズも己の本体を構えながら問うのだ。
そうだ、目の前て起き上がった娘はテレーゼ・フォン・ブラウベルクに違いない。
だが決定的に、絶対的に違う『差』が一つ。
「まったくだ。確かに俺達夫婦はテレーゼとあまり面識はないが……彼女を装うのなら、せめてその気配を隠すべきだろう」
驚いた様に目を瞠ったテレーゼの身体に纏わりつくは終焉の気配。
「……はぁ」
そう、彼女は深いため息を漏らす。
「騙されてくれると思ったけど、そうでもなかったわけね。
そうよ、私はテレーゼ・フォン・ブラウベルクではないわ。私は終焉獣――クルエラとも呼ばれる存在よ」
「クルエラ――ってなんだっけ」
「たしか、終焉獣の上位固体……だったか」
そうルーキスが首を傾げれば、ルナールはそう補足する。
「ふふ。よくご存じで」
「……テレーゼさんの身体を返してもらうぞ!」
「サイズさん……駄目です。止めてください」
震えるように、テレーゼの声でクルエラが鳴いた。
「――なんてね……それよりほら、『次』がくるわよ」
クルエラが笑って窓に向けて手を伸ばす――刹那、その窓が砕け散った。
変わって、そこから飛び込んできたのは、1人の少年だ。
夜を思わせる黒髪に夜空に掛かる雲の尾をもつ姿は獣種にも見える。
明るい青色のラインが輝く衣装と拘束具に身を包んだ少年は、同じ色に輝く直刀を手に黄昏の瞳をこちらに向けた。
「迎えにも来たけど、ルーベン卿からの命令もあるから、速く来て」
「獣遣いの荒いやつね」
クルエラはそう言って肩を竦めた。
「――まぁ、いいわ。で、仕事ってなに?」
「お前の影武者を殺す」
「あぁ――そういうこと。じゃあ、さっさと始めないとね」
いうや、クルエラが周囲に魔法陣を展開していく。
「まぁ、でも、この身体って攻撃手段に乏しいのよ。頑張りなさいな、アセナ」
周囲から、喧噪が聞こえ始めていた。
多くの使用人や家臣団にも状況の変化が気取られ始めているのだろう。
- <グレート・カタストロフ>『100%の恋』と『1%の愛』を求め<ウラルティアの忘願>完了
- GM名春野紅葉
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年01月29日 22時10分
- 参加人数20/20人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 20 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(20人)
リプレイ
●鳥籠の青い鳥Ⅰ
階下から響く音は隠し通路で直接通じる執務室にまで当然の如く届いていた。
「な、なにかしら……」
「オーディリア殿、こっちだ!」
びくりと身体を震わせるオーディリアの手を取り、『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は既に動き出していた。
「この部屋ならここが一番守りやすいだろう。
離れないように貴女はここにいてほしい。俺は下の応援に行くよ。
大丈夫だ、近くにいる精霊に近づく者がいれば知らせるようにお願いしているから」
「わ、分かったわ。気を付けて」
怯えながらもそう語るオーディリアに頷いて、ヴェルグリーズは下へと通じる通路を開いて走り出す。
(あれがマルク氏の……初めて会うのがこんなタイミングとはなんとも間が悪い。
いや、主導権を奪われていたほうがマルク氏の話にならないからむしろ都合がいいのか?)
メイドに扮する『無職』佐藤 美咲(p3p009818)はヴェルグリーズの先導をするように通路を通り、その女を見やる。
「あら、そんなところに通路が……なるほど、道理でこの部屋に外と通じる道が見当たらないわけね」
緩やかにこちらを見た蒼髪の女は展開した魔法陣のままにちらりと終焉獣を見る。
「すみませんね。私その人と面識ないんで揺さぶりとか効かないんスよ」
「そう、それは残念ね。多少でも揺れてくれた方が仕留めるのに時間もかからないでしょうに」
「おや、随分寝起きが良いようだな。
折角なら顔でも洗ってきてはどうかな?
貴方の本当の顔を見せてくれれば、どんなに麗しいか称えてあげてもいいよ」
「なら、そこを通してくれるかしら? 顔を洗う水もないわ」
戦意を露わに告げる『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)にクルエラは微笑を零す。
「本当に行かせるはずもないだろう。
寝起きでそんな知恵が回るのなら顔を洗う必要もないようだ」
短く応じるまま、ルブラットは腕を振り抜いた。
毒を塗布された暗殺針は至近距離にいる昏瞳種達に突き立ち、その内側に呪毒を流し込む。
「大勢で自室に押しかけるとかマナー違反だぞ」
その手に魔力を束ねた『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は既に臨戦態勢にあった。
いうが早いか、ルーキスの放つ魔術が戦場を奔る。
「拘束魔術――これは面倒ね」
目を瞠ったのはクルエラだ。
「知らない間に乗っ取られてしかも悪事に加担させされるとか。
見事に真っ黒じゃないか、こんな状況で婚姻話持ってくるとかろくでもない奴だろうねきっと。
久しぶりにスイッチ入れてくれてありがとう」
「あら何の話? そんなものを入れてあげたつもりはないわ。
まぁ、あいつがろくでもないのはそれはそうね」
ルーキスの言葉へクルエラはさらりと答えながら笑みを作る。
「こういう権謀術数は見ると徹底的に潰したくなる性分なもので。
不幸大前提の結婚とかマジ許せんぶっ壊す、頑張ろうねルナール先生」
「乗りかかった船とはいえ、実にとんでもない話だな?
やれやれ、こういう莫迦げた話は俺ら夫婦ですら好まない。
好まないを通り越して即ゴミ箱に押し込むレベルだなぁ」
応じる『片翼の守護者』ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)も既に戦闘態勢にあった。
「普通に求婚してどうこうなる問題じゃなかったんだろうが、それにしても胸糞の悪いやり方でしかないな」
ルナールはその胸の内に宿る熱情を戦場へ放出する。
「こんな碌でもない案件はさっさとぶっ壊そう」
淡々と告げたルナールの戦意に煽られるように敵の意識がルナールを向いた。
「まさか寄生型終焉獣が混沌で出てくるとはな……あれは無機物に取り憑かれると一巻の終わりだからな……
練達の深部に入りこまれたら色々とまずい敵だ……それがテレーゼさんに取り付くとは……胸糞悪い!」
鎌を構えた『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は自らへと支援術式を付与してながら眉を潜めた。
(……くそ、やっぱり勝手に冬白夜の呪いが吹き出る)
サイズの本体たる鎌から溢れ出す冷気がその身体を蝕んでいく。
(寄生型終焉獣……ルーベン男爵の背後関係は終焉の使徒繋がりで確定ですか。
はたして、彼は何時からそうだったのか……
解っていた事とはいえ。冠位色欲の長年の潜伏と合わせて、未だ潜んでいる闇は本当に深い)
思わず嘆息したくなる現実に短く息を入れて『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)は緋炎に魔力を束ねた。
速攻で払われた精霊光は眩く戦場を照らしだし、迫る前衛たる昏瞳種達を拘束する。
「そこに陣取られると影武者とやらを狙えなさそうね……仕方ない。
アセナ、行けるわね――なら進みなさい」
そう語ったクルエラが魔法陣を押し広げた。
鮮やかな光を放つ魔術がルーキスが張り巡らせたばかりの拘束魔術を取り除く。
「分かった」
応じた少年が飛び出す。
アセナと呼ばれた少年はリースリットやヴェルグリーズを越えんと駆け出していた。
「黄昏色の瞳の刺客……確かに、黄昏色の瞳。
『黄昏の瞳の病』の話では、確か、やがて味覚が変質して強い臭いや水、大きな音、光を苦手とするようになる……でしたか。
最後かは兎も角、目や耳を自ら潰して自死するという挙動は本当のようですが……貴方もそうなるのですか?」
払われた直刀と愛剣を合わせながら、リースリットは少年へと問いかけた。
「……知らないよ、そんなの。僕はあの人の命令をこなすだけだ」
同時、ヴェルグリーズもオーディリアへの扉を前に剣を構えた。
「行かせるわけにはいかない。オーディリア殿は守り通すし、キミ達は帰さない。
迂闊に踏み込んだことを後悔させてあげるよ」
踏み込んできた敵諸共に振り抜く剣撃が無数の刃となって昏瞳種達を切り開く。
(――今度こそ、守らなきゃ)
既に始まった戦闘の中、『灯したい、火を』柊木 涼花(p3p010038)は思う。
(代償行為でしかないかもしれないけれど、何もできなかったあの日とはもう違うんだ、って。
『ボク』に、『わたし』にできる精一杯をするんだ――だから)
見下ろせばいつものようにそこにあるギター。
きゅっと握った相方に深呼吸をして、涼花は敵に視線を向ける。
「だから……戦場に歌を、心に灯を!」
降り注ぐ熾天の宝冠、優しい光が攻撃を受ける仲間の傷を癒す。
戦闘が始まる中、『神殺し』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)の姿は邸宅の内部にあった。
(匂いの正体は黄昏症候群だった。テレーゼに盛られた毒の正体も多分これ……
いいこと……ではないけど、黄昏症候群のせいで本来の意思とは無関係にあやつられてたのなら
使用人は最初からテレーゼを裏切っていたわけじゃない)
夜の帳の中に潜むようにひっそりと辺りを警戒するリュコスの視線の先には、1人の使用人の姿がある。
(だとしたら『いつ』『どうやって』感染させられたかが問題になるけど……
今、ぼくたちが把握している『黄昏症候群にかかっている使用人』は一人しかいない)
襲撃の気配は邸宅の中を駆け巡り、騎士風の甲冑に身を包んだ者たちが使用人たちの避難誘導にいそしんでいる。
そんな中で、件の使用人はというと、その流れから孤立していた。
(いずれ死にいたる病ならはやく気絶させて治すのが正解なんだろうけど……)
本当の意味で『病』というべきか怪しい代物ではあるが、それはさておくとして。
(黒幕が『まだ使える』と判断しているなら、このタイミングでオーディリアを、
それか『万が一』洗脳がとけたテレーゼを狙わせるはず)
じっと息を潜めて追うその相手はまだ動きを見せない。
寧ろ見つからないように動いている様子を見れば、リュコスの懸念は正しかったと言えるか。
●鳥籠の青い鳥Ⅱ
戦いが始まって少し時間が経ち始めていた。
(――動いた!)
人々の流れが続く中リュコスはピクリと耳を立てた。
(……あっちは、外?)
足早に動く使用人の後を追えば、1つの部屋に入っていく。
扉を開けば使用人は部屋の窓から飛び出そうとしている。
(合流するつもりだ!)
飛び出したリュコスはそのまま盾に魔力を籠めて使用人を殴りつけた。
蹲った使用人は意識を失ったようだ。
(……治し方はわかっている。
助けるのは手遅れになる前でもいい、はず)
使用人に息があるのを確認して、リュコスはほっと胸を撫でおろす。
(――『わたし』の役目)
戦い続く中、涼花は深呼吸をしていた。
自分の役目、『ボク』の――『わたし』の役目。
数の多い敵とそれに比べて少ない味方、この状況で何をすべきか。
それはいつもと変わらないことだった。
「いつもと同じ? ――ううん。違う。
いつも以上に! わたしは、この戦場で歌い続けるんだ!」
胸に宿る鼓動を、震える指のかき鳴らす音色を。
心強い仲間たちが全力で戦えるように。
この地に集った人たちの想いが形になるように、いつも以上に強く歌い続ける。
それこそが自分の歌い続ける理由だ。
(黄昏症候群患者に命令を実行させることができるなら、命令の入力がどこかで行われているはず……
テレーゼ氏が倒れてから、クルエラが起きるまでの期間、もしくは罹患後に使用人に接触したのは何だ……?)
その最中にも美咲の脳裏にて過る思考は敵の動きだ。
機械仕掛けの神、あらゆる悲劇を強制回避するデウスエクスマキナの『解決的救済』を織りなしながらも、美咲の思考は止まらない。
(……それとも罹患させるときにしか入力はできないのか?
もしくは寄生している何かには自己判断できるレベルの知能があるのか)
少なくとも、目の前のクルエラに限って言えば後者だろう。
(ですが、このクルエラのような個体ばかりというわけでもなさそうでスし)
「さて――トラウマにならないように、だったか。医師としての腕の見せ所だね」
ルブラットは剣を抜き、一気に飛び出していく。
肉薄するままに、振り抜いた剣は美しき軌跡を描いてクルエラの身体を瞬く間に切り刻む。
人体への理解が目の前の敵にとっての都合が悪い場所を暴けだす。
確かな動きで切り刻んだ軌跡はクルエラの身体から黒い靄を溢れ出させた。
「いったはずだ、通さないって」
ヴェルグリーズは剣を手に一気にアセナへと肉薄する。
星の瞬きを宿す美しき刀身に煌く星空が神聖なるを纏い、より強く輝きを放つ。
あらゆる悪と魔術を逃さぬ最高の神気を纏いし究極の太刀筋が幾重にも重なっていく。
十字は小さな少年を斬り伏せるには過剰ともいえる数をその小さな体に叩き込む。
「うそ、だ。僕、負け――やっぱり、お前、こわ……い――つよ……」
小さな呟きは怯えと羨みと憧れのような物が滲んでいた。
崩れ落ちた少年から視線を巡らせれば、既に戦況は決しつつあるか。
「俺は念のため、これからオーディリア殿の直衛に戻る。後は任せてもいいかな」
その問いかけに攻勢を受け止めるルナールが応じる声。
「ありがとう!」
ヴェルグリーズは後ろへ下がり、扉を閉めて階段を駆け上がった。
「やれやれ、行動不能に追いこめと来た。ただ倒すだけより厄介だね。
しんどいだろうけど付き合ってねルナール先生!」
ルーキスは短く呟き笑みをこぼす。
「――深淵より到れ、資格ある者よ、宿業よ、彼方からの呼び声を聞け」
ソトースの銀鍵、異界よりの魔術師が紐解く外への扉。
名状しがたき不可解な術式の猛威が憐れな犬たちを呑みこみ、内包する数多の権能に晒していく。
「そのようだが……ルーキスと一緒に居るといつものことだ」
ルナールは応じながらも近づいてくる雌型の昏瞳種めがけて愛銃を向けた。
ルーキスを守るための盾たるその在り方が変わることなど無い。
至近距離用の術式を仕込んだ弾丸は真っすぐに正面から向かってくる人狼を穿つ銀の弾丸となる。
「――大丈夫、大丈夫。『わたし』が支える! 支え続けます!
だから、心に灯を灯して、突き進みましょう。
オーディリアさんを守るためにも、テレーゼさんを救うためにも!」
紡ぐ歌は涼花の出来ること。
魔性の色の灯る歌は仲間たちの動きを正し。
響く優しくも神秘なる曲は疲労感を取り除いてくれるだろう。
魔術知識をフル活用して考察を続けながら、美咲は念のためにハッキングも試みていた。
『古アナトリアの我が同胞達よ、くれぐれもよく聞きなさい。
計画を次善策に移すわ。私はこれからこの身体を貰って退く。
お前達は上の階にいるあの娘を殺してシドニウスを引きずり出す準備をしなさい』
「おっと、それは困るんでスよね!」
傍受した刹那、美咲は爆ぜるようにクルエラへと銃弾をぶちまけていた。
「――盗み聞きとか、恥ずかしい奴!」
展開された魔術障壁の向こう側、クルエラが舌を打つ。
「これでもそれが専門だったもので! 『元』でスが!」
「――ツぅ、身体が上手く動かない!」
美咲に続かんとしたルブラットは確かにその言葉を聞いた。
「あぁ、漸くか。それがキミの身体を蝕む病魔だよ。
血を失い、病毒に侵された身でどこまでもつだろうね」
ルブラットは赤い薬品の籠められた注射針を投擲する。
クルエラへと炸裂した薬品が熱く熱を持つ。
「――焼け石に水という感じが否めんが無いよりマシか……!」
その気配を感じ取りつつもルナールは愛銃に弾丸を込めた。
愛銃に仕込む術式を変化させ、ルナールは引き金を弾いた。
放たれた弾丸は天井に浸透して術式を展開する。
それは戦神の齎す加護、勝利を謳う術式。誓うべき詩歌は仲間たちを奮い立たせる。
「やーもうちょっとだろうから頑張って!」
掌にエメラルドを浮かべたルーキスはそれを一斉に放射する。
放たれたそれはクルエラとその近くにいた昏瞳種達の足元に突き立つ。
撃ち込まれたるは楔、地毒を吸い上げた無数の棘が一斉に獲物の自由を奪い取っていく。
「そんなにもこの身体が大事なのね――そう考えると、もったいないけれど」
「なにをするつもりか知らないが、させるかよ!」
そこへと飛び込んだのはサイズだった。
組みつくようにしてクルエラへと肉薄すれば、取り出した鎖を振るってクルエラを縛り上げていく。
「あらら、残念――」
縛り上げられるままに、クルエラが驚いたように笑みを刻む。
「最初から戦場に居てくれてありがとうな!
不意打ちで戦闘後に戦場に出てくる方が死にたくなるほど厄介だからな!」
「ふふふ、ご期待に沿えなくてごめんなさい。そうね、その手もあったわ。
それは完全に私のミスね」
「噂の『黄昏の瞳の魔物』を貴女達が使役しているのなら、既にそれなりの数も揃っていそうですね……違いますか?」
リースリットはクルエラの意識を引き付けるように問うた。
「ふふ、どうかしら」
「生け捕りに出来るのならば、貴女からも情報を聞きたいところでしたが……テレーゼ様の身体に負担をかけるわけにもいかない」
振り払うシルフィオン。風神の極撃を受けたクルエラが大きく身体を揺らす。
●化かしあい
「――以上がこちらの策となります。
こちらも申し上げたのですから、そちらの本意についても、そろそろ教えていただけますか?」
「なるほど、そちらの意図するところは理解できました」
穏やかに見える涼しい顔で語ったハルディアに『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)も涼しい顔で応じるものだ。
「『どうしてアーベントロートがルーベン男爵を支援するのか』という疑問についてですね。尤もな疑問ですから、ここはご説明いたしましょう」
ここからが本番だと、寛治は臆面にも出さず穏やかに続ける。
「まず、より厳密に言うなら、本件は『アーベントロートの新田』の支援とご理解ください。
アーベントロートという家から見れば私は新参の外様に過ぎない。
この機に乗じて『手柄が欲しい』というのが、こちらのメリットであり、動機の根本です。
そしてルーベン男爵家に肩入れする理由は、大きく2点」
「ふむ、『手柄』と。それならばローレットの優秀なる一員でもあると聞く貴殿には充分とお見受けいたしますが……して、その2点とは?」
「あれは『ローレットの新田』の功績です。私以外も多くの者が活躍していますから」
「なるほど、それも道理ですね」
「……話を戻しましょう。時間もそう長くは取れないでしょう。
まず1点目。ブラウベルク周辺の情勢が現状から変わらないのであれば、私は何も得られない。
『変化』こそが成果を手にするチャンスなのです。これはご理解いただけますね?
「これは失礼。情勢の変化を求む、なるほど。
それならば確かに、こちらにつくのが良い。では、もう一点というのは?」
「2点目。私はギャンブルが弱いものでして。博打を打つなら賽の目に仕込みを入れるタイプなのですよ。
『ルーベン男爵家という賽の目』に仕込みを入れるために、私は此処に居るのです」
「……貴方達は常に不可能に近き不利を入念なる準備と策と不断の勇気をもって超えてきたとは聞き及んでおります。
仕込みを入れたいというのは理解できます」
「では、信頼していただけますね?」
実際、嘘は言っていなかった。
ただ『何を取って勝ちとする』のかと『賽の目にどんな仕込みをするのか』を言ってないだけだ。
向こうが全てを言わないのだから、こちらとて全てを言ってやる筋合いもなかった。
「ええ、信じはしましょう。どちらにせよ、私は出なくではならない。
貴方はここで待機していただきたい。くれぐれも、外には出ないように」
「分かりました」
ハルディアの言葉に何か引っ掛かるものを覚えつつも、寛治はそう頷くものだ。
(外との連携を警戒されている? どうあれ、本邸内にて動く許可を得たのは大きい。
このまま邸宅の中を散策させて貰いましょう)
●ルーベンⅠ
(ぐぬぬ、忍者なのに存在に気付かれるとは滅茶苦茶悔しいでござる~!
しかしながら、ルーベン男爵が黒と判明したのは大きい収穫。
この調子で更なる情報を集めましょうぞ!)
闇の帳に隠れながらじっとしていた『忍者人形』芍灼(p3p011289)はそそくさと移動を始めた。
(気にかかるのは昏瞳種と寄生型終焉獣、でござるな。
昏瞳種と関係ありそうなあの少年がなぜルーベン男爵に従っているかも不明でござるし)
思い浮かべた黄昏色の瞳の少年は今どこにいるのか芍灼は知らない。
(……もしも本当に寄生型終焉獣の場合、言葉でボロを出させようとしても難しいのは経験済みでござる)
特に、自らの知性で行動するタイプであれば、それはなおさらのことだ。
「ともかく、なにかしらの証拠を集めた方がよさそうでござる」
小さく呟いて、芍灼は足早に歩きだした。
「昏瞳種がルーベン男爵領から流れ出ているということは、やっぱり怪しいのはルーベン男爵邸……ですよね」
ぽつり呟くのは『竜域の娘』ユーフォニー(p3p010323)である。
「昏瞳種が魔物ルーベン男爵領から流れ出てることは間違いないですし、どう考えてもルーベン男爵が怪しいですよね。
潜入してみましょう。この件は放っては置けないですし、ちょっと悪い子になります」
「なんと、リスェンさんが悪い子に……!
でも思い切りがいいのは大事です。とことんやってみましょうか!」
応じる『救済の視座』リスェン・マチダ(p3p010493)にユーフォニーは少しだけ驚いて。
でもすぐにどこか悪戯っぽく、自慢げにも見える笑顔で応じるものだ。
2人は芍灼がこっそり開けておいた窓からこっそりと潜入を果たす。
「とりあえず昏瞳種の居心地のよさそうなところ、暗くてひっそりとしたところなどを中心に探しましょう」
率先して先を進むリスェンの後を追いながら、ユーフォニーもそれには頷くものだ。
「空っぽの部屋、クローゼットの中、ベッドの下、地下室……そういったところがあれば確実な気がするんですが」
「え、クローゼットにベッドに地下室?
地下室はともかく、そんなドラネコさんが好きそうなところにはいないんじゃ……?」
「どうでしょう。小動物ならばそう言ったところに入り込んでいても不思議はないと思いますけど」
そう首を傾げるユーフォニーにリスェンは応じるものだ。
「男爵の部屋にも行ってみませんか?」
「それはいいかもしれませんね……」
●ルーベンⅡ
「聞いたところによると昏瞳種は寄生型の終焉獣に取り憑かれてるかもしれないというじゃねえか。
こっちでの終焉獣はあまり関わりはねえが、プレールジールじゃさんざっぱら相手にした奴らだからな。
混沌でも煩わされるのは癪だ」
そう呟く『老いぼれ』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)はルーベン領の集落の1つに訪れていた。
「ああいった黄昏色の瞳の人間はここには多くいるのか?」
バクルドの問いかけに、その村人は不思議そうに首を傾げ。
「えぇ、まぁ……近頃はとみによく見られるようになりましたね。
あれらは同じく黄昏色の瞳をした魔物に噛まれてしまった者があぁなってしまうのです」
「聞いた話じゃ感覚が変化して最終的にま耳や目を潰して自殺するって話だが?」
「あははは! まるで狂犬病ですね。
もちろん、暴れ始めてしまう者もおりますが、死んだ者を見たことはありませんよ」
軽く笑い飛ばしている様子は嘘ではあるまい。
(なんだそりゃ、聞いた話と違うぞ……ここにいる連中と、よそのお伽噺はまた別なのか?)
「……あの、もう行っていいです? もうそろそろ休憩時間も終わりますし」
「ん? あぁ、ちょっと待ってくれ……少し聞きたいんだが。
動くはずのないものが動いたり、不思議な出来事は起きたりしてるのか?」
(向こうじゃゼロ・クールにも取り憑いた、というよりメインが其れだった。こっちなら人形や、ゴーレム等が該当しそうだが)
「さぁ……知りませんね。それでいえば、それこそあの黄昏色の瞳の魔物達の姿は最近見るようになりましたね。
黄昏色の瞳の個体もいれば、そうではない個体もいて。
これが、黄昏色の瞳じゃない個体はそれほど狂暴ではない場合もあるんですよね」
「もしわかるなら、そういう連中がいる場所を知らないか?」
「それでしたら……ここから少し行った場所に小さな遺跡があるんで、そことかにいたりすんでは?」
「分かった、感謝する。色んな話を聞かせてもらったが実際のところ出会したほうが手っ取り早い」
「お気をつけて」
手を振って見送ってくれる彼と別れ、バクルドは歩き出した。
「はぁ、黄昏症候群ですか」
村人がよく分かっていない様子でそう呟く。
「あぁ、そうだ。黄昏の瞳になってしまった人はいるだろうか?
もしいるのなら安心してくれ、この貴族騎士が調査に乗り出した!」
聞きかじった症例を語った『最期の願いを』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)に対して、住民の表情は要領を得ない。
「そのような病気が流行っているとは。
確かに、黄昏色の瞳をした魔物が発生しております。
それに噛まれた者が黄昏色の瞳になってしまうのもそうです。
ですが、お聞きしているような症状を出して死ぬ、といったことは起きていません」
そう言って住民は首を傾げる。
「そうか……話に聞いているものとは違うようだ……」
「あぁ、でも。もしも癒せるというのなら、こちらへ。
貴方のいう黄昏症候群? なのかは分かりませんが……魔物に噛まれてから、目を覚まさない者がいるのです」
そう言って歩き出した住民に従っていく。
辿り着いた家は、酷く重い空気を漂わせていた。
「任せてくれ!」
扉を開けば漂う重苦しい滅びの気配。
思わず眉を潜めそうになりながら、シューヴェルトはその気配の中心に向かって行く。
寝台の上、寝ころぶのは1人の青年だ。
目を閉じて深い眠りに付いた彼は、それ故に食事もとれてないのか、少しやせているようにも思えた。
「貴方のように暴れだして自分の耳と目を潰すことはありません。
感覚が過敏になるのはあるらしくて、暴れだしてしまった子を鎮めたらそれ以降、目を覚まさないのです」
「なるほど……ならば、宿っている悪を取り払え! 願う星のアレーティア」
取り出した星の意志を握り締め、シューヴェルトは力を籠めた。
(強い臭いや水、大きな音、光を苦手とする……即ち刺激に弱い、つまり鋭敏。
臭覚、聴覚、視覚、水は触覚だろうか……味覚は?)
ある集落の墓地にて『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は考え事をしていた。
傍らあるのはスパイスを練り込んだ団子だ。
もしも昏瞳種や黄昏症候群の患者がいれば食べさせてみるつもりだった。
その臭いを嫌う人には何人か遭遇した。
恐らくは潜伏期間中の人々だろうが、それを理由にいきなり飛び掛かるのはいくら何でも無茶だ。
(魔物達の目撃情報は少ないな……これは仕方のない部分もあるのだろうが)
いくつかの集落に滞在して、アーマデルが感じていることはそれだった。
強い臭いや水、大きな音、光を苦手とする、その性質上、昏瞳種達は明るい場所は不得手だろうとは想定できる。
自然界と比べれば強い臭いも水も光も人里には必要だ。
結果として大きな音が鳴る事だって――というより、人々の喧噪そのものが『大きな音』となりかねない。
要するに、人間の文化圏では棲息できない可能性すらある。
それでも町の外へ出向いて襲撃を受けてしまった者というのはいるのだろう。
この墓地にはそう言った襲撃で亡くなった人が眠っていると考えていた。
「どうだろう。あれらをけしかけたり使役するものがいなかったか? あるいは、どちらから来たか」
滞在する霊たちへと問いかける。
いくつか情報を整理してから、アーマデルは霊たちの言っていた方角へ向けて歩き出す。
「プーレルジールの終焉獣と、こんなとこで繋がるなんてな。しかも貴族だなんだまで関わって面倒すぎる」
そうぼやくのは『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)である。
「けど放ってもおけねーか、土地の住人まで巻き込むやり方、ムカつくしな」
「ニルは、くるしいのもかなしいのも、いやです。
ひとが、自分でなくなってしまうのは、とってもとっても……かなしいことなのです。
だから……とめたいのです」
飛呂の言葉を受けながら『おいしいを一緒に』ニル(p3p009185)はぽつりとつぶやく。
「飛呂、ニルは……昏瞳種の皆さんも助けたいのです」
「魔王城のようなゲートがあるのか、そこから持ってきた何かを利用して広げてるのかはわかんないけど……
あの魔物たちはあくまで、昏瞳種に『させられた』ものなんだ」
それは飛呂も頷くところだ。
昏瞳種と呼んでいた魔物が、外的要因からそうさせられてしまっているのなら、あの魔物達もまた、被害者ともいえるだろう。
「……昏瞳種が寄生型終焉獣……なら、不殺で倒すことで、引きはがすことができるかも……?」
ぎゅっと、杖を握りしめた。
プーレルジールでは、エイドスの力を借りないと、ゼロ・クールを助けられなかった。
だが、向こうでは生き物ならば奇跡に頼らずとも、何とかできた。
ならばこちらでも――そう思っていた。
「……試してみる価値はありそうだ。魔物にアレーティアとエイドスが通用するのかは分からねーけど」
ニルが言えば、そう飛呂は応じる。
「だれが、なんのために、こんなひどいことをするのでしょうか」
ぽつり、ニルはそう声に漏らす。
「それを知るためにも調べねーとな」
2人が探し求めているのは魔物の出所だ。
●恋路は宵の月に曝け出され
夜の空に瞬く星々の光は優しく。
ひときわ大きく感じる最も近くの星は――月は妖しく見下ろしているように見えた。
立ち込める空気が悪化しているように感じるのは、きっと気のせいじゃない。
(こりゃ厄介なヤツと出くわしたって感じかね
穏便に済みそうな空気感じゃねぇ……さて、どう出てくる?)
穏やかな笑顔――のように見えるルーベン男爵の様子を見ながら『不屈の太陽』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)は警戒を露わにしていた。
「……ジェラルド?」
どうせこちらの警戒の事などバレているだろう、そう判断して一歩前に出れば、背後からゲルタの声がする。
ジェラルドは複雑そうな声色の彼女がどういう意識を持っているのかはさておき。
「アンタ、急になんだってんだい? ゲルタの様子じゃアポってヤツは取ってねぇみてぇだが?」
「ふむ……それを言われると痛いですね。
ですが――えぇ、なるべく早く、お会いしたいと思いましてね」
「そうかよ……なぁ、ゲルタは世話になってる店主ってだけかもしんねぇ。
それでも彼女に何かやろうってんなら見逃す事は出来ねぇぜ?」
「ふむ……ならばなおのこと。私は貴族として彼女と話をしようというのです。
世話になってる店主という間ならば退席をしていただいた方がよろしいのですが」
「なぁ、ルーベン男爵」
ふらふらとそこに割ってはいったのは『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)だった。
「おや、誰かと思えば。このようなところで何をしてらっしゃるのです?」
「この間ぶりだなぁ……この間はオースティン家再興の手伝いをするために、助けを乞いに来たが今『点数稼ぎ』はできないか?」
「……ふむ、この場で? それは随分な話ですね。
私も私でそちらのゲルツ男爵の令嬢と話がありましてね。
いえ、正確には彼女の御父君になるのですが」
「父と、ですか?」
ゲルタがその言葉に後ろから顔を覗かせる。
(まぁ喧嘩腰で居続けんのも平行線になるか…何点か聞いてみるのも手かね)
ジェラルドはふと息を吐いて愛刀から手を放して男爵の方を見やる。
「とりあえず要件がまずは先なんじゃねぇか?
ゲルタも何も聞かず大人しくアンタに着いてくような女でもないだろ。
貴族間で重要な話があるのかもしれねぇがよ、それにしたって話に来た顔じゃねぇぜ、アンタ」
「……なるほど、それは道理です。では単刀直入に要件を申しましょう。
実は縁談のお勧めをしようかと思いましてね。聞くに、貴女は未だ夫も婚約者もない。
同じく私の知り合いにも三十路を過ぎているというのに夫も婚約者もない男がいましてね。
彼の性格は悪くありませんから、もしよければと思いまして」
「……縁談の、勧め」
唖然とした声がする。
「なぁ、男爵よぉ……そろそろこっちの話を聞いてくれねぇか?」
ちらりとゲルタの様子に目をやったヤツェクは助け舟を出すように声をあげる。
彼女の表情は酷かった。青白い表情は恐れと困惑だろうか。
きゅっとジェラルドの服を摘まんで彼の表情を窺っているように見えた。
「……はぁ、分かりました。先にそちらの話を聞きましょう。
ゲルタ嬢、此度は申し訳ありません。どうやら私は気を急いてしまったようだ。
またいずれ――正式に御父君に縁談の推薦を差し上げますので、今宵はこれにて失礼します」
ハルディアは溜息を吐いてそう礼を取って踵を返す。
「後、ジェラルド。ゲルタ嬢はしっかり守ってやれよ。
しっかり見つめて、思いの丈を受け止めてやれ。
彼女を信じて、声を聞くんだ。これがおっさんの助言だ」
「あぁ……分かったよ、おっさん。それよりいいのか、アイツを追わなくて」
「……あぁ、そうだったな。お前さん達はここから逃げるんだ」
ジェラルドはこくりと短く頷いてゲルタの手を取った。
走り出そう――として、足を止める。
「……ゲルタ?」
「ジェラルド、わた、私……私は――どうすればいい?」
「おい、どうしたんだよアンタ! 顔色が悪いぞ!」
「そうかしら……あぁ、そうなのかもしれないわ。
だって――だって、ジェラルド! 私……私、あなたと結婚できないかもしれないのよ!?
愛してるあなたじゃない、他の誰かと結婚する羽目になるかも!
そんなの、そんなの嫌よ! どこの誰か知らないけど、今まで私を好いた男なんていないのに!」
一呼吸で一気にまくし立てた娘は、そのまま目を見開いた。
「あ、い、言っちゃった……そんな、そんなつもりじゃなかったのに――ご、ごめんなさい、ジェラルド!」
パッと手が離れ、女が走り出す。
突如の事に驚くあまり、ジェラルドはその手をもう一度掴むことが出来なかった。
それは思いもしない言葉だった。
「それで。点数稼ぎ、でしたか? 何をしてくださるのでしょう。
点数稼ぎでしたら、あそこで素直に黙っていてくださった方が余程の点数稼ぎになったと思いますが?」
酷く昏い路地裏にまで移動したハルディアは建物に背中を預けヤツェクを見る。
「悪かった悪かった。この通りだ! けど、あのまま話し合ってもアンタの思うようなことにはならなかったんじゃないか?」
「……そうですね、それは否定できません。それなら代替案の1つでも頂けるのですか?」
「それは……今のところは思いついちゃいないが」
「話になりませんね……まぁ良いでしょう。
たしかオークランドの未亡人を妻に迎えられたのでしたね」
「……あぁそうだが」
「なら――少し、頼みたいことがあります」
少し考えた後、ハルディアは薄い笑みを浮かべた。
ぞわりとする悪意の気配には何の意味があるのだろうか。
「あの地には魔物が眠っております。
その中で最も美しく、最も気高き女王は人と交わることを望み、悲恋の元に果てました。
その嘆きは彼の一族を末代まで呪ったわけですが……私はその残滓を見たい」
(……銀麗狼か。今更また、あの狼の事を?)
「最も……あれは古アナトリアとは体型の異なる魔物。見たところで意味はないかもしれませんが」
「古アナトリア?」
「おっと、これは申し訳ない。うっかりしてしまいました。
話は終わりです。良い返事を待っています――それでは」
そう言って、ハルディアは踵を返して暗がりへと歩き出す。
やがて、影が空を舞った。それは翼の生えた大型の犬のように見えた。
●ルーベンⅢ
ルーベンの領内を探索していたメンバーは合流を果たしていた。
「俺のきいた話では、こちらから魔物が来たという話だったんだが」
そう呟くのはアーマデルだ。
その道のりはどんどんと南に向かって下っていく。
辿り着いたのは、大きく広がる森だった。
街道からは離れた場所だ。そう人が立ち寄るような場所ではない。
「霊魂もこの奥で遭遇したと言っているようだ……行ってみよう」
「……おい、昏瞳種ってのはあれか?」
森には行ってすぐ、バクルドは暗がりに見える黄昏色の瞳を見た。
「あぁ、そのようだ」
アーマデルがそれに応じて、剣をすらりと抜いた。
飛び出してきたのは翼のないグリフォンのような魔物が3体。
「試してみたいことがある……1匹は残しておきたいところだ」
応じるアーマデルは愛犬を振るう。
それは未練の結晶が奏でる逡巡の音色、規則正しくも焦れる不思議な音色の斬撃がグリフォンたちの身体に後遺症を齎してみせる。
「あんま暴れたくないけど……」
圧倒的な速度で打ち出した飛呂の弾丸が一斉にグリフォンたちへ向けて撃ち込まれていく。
続くままにニルは杖に魔力を籠めた。
放たれた輝きはグリフォンたちの身体を包み込み、その定めを書き換える。
「この貴族騎士が相手だ!」
それに続けシューヴェルトは駆ける。
「貴族騎士流秘奥義『鬼気壊灰』!」
厄刀『魔応』はその赤き刀身に蒼炎を纏う。
その身に刻まれし呪詛の力を、数多の死線より得た怨念を刀身に。
その手に籠る力は鬼神の如く。
振りぬかれた斬撃は赤と蒼、双炎を纏いグリフォンたちを一刀のもとに両断する。
「さて真実はどんなものやら……」
そう呟くバクルドがそれに続く。
杖銃が撃ちだす弾丸は強かに、グリフォンたちの肉体に風穴を開いて打ち落とす。
戦いを終えたイレギュラーズはグリフォンの1匹を見る。
「念のため、試してみるぞ」
そう言ったのは飛呂だ。
死せる星のエイドスを手に、倒れるグリフォンに触れる。
淡く輝くエイドスの輝きがグリフォンの身体を包み込み、言い知れぬ黒い靄が地上に還っていく。
「……これは」
「飛呂、どうです?」
「……出来たみたいだ」
そう呟いた飛呂にニルはほっと胸を撫でおろす。
「ともあれ、奥まで行ってみよう」
飛呂が立ち上がれば、それを否定する面々はない。
そのまま、イレギュラーズは森の奥めがけて進んでいく。
やがて辿り着いたのは、遺跡のような場所だった。
「……これ以上進むと連中にばれそうだ」
森の奥、開けた場所にぽつんと存在する小さな遺跡。
その周囲にはバリケードがめぐらされ、遺跡の入り口にも数人が待機している。
銃で武装した彼らは恐らくは男爵の私兵か。
「……あの人たち、眼が黄昏色なのです」
ニルが小さく呟いた。
そう、そこにいる者達の瞳は全員が黄昏色だった。
「……これ以上進むのはまずそうだな。
俺達は一応、ファミリアー連れてきたから、そいつらに後を任せて退こう」
飛呂は蛇を、ニルが鳥をそちらに向かわせながら、イレギュラーズはその場を後にする。
●ルーベンⅣ
「……でも、どうして」
ぽつり、ニルは呟いた。
「プーレルジールでは『寄生した相手を利用する』ものはいても、
『寄生した相手が死ぬ』ようなものは、ニルは見なかった気がします。
プーレルジールと混沌の違い、なのでしょうか?」
「……いや、グリフォンへもエイドスの意味はあったようだ。
それを踏まえると、恐らくその2つは『違い』ではない」
ニルの言葉にアーマデルは言う。
「僕は町の中で一度眠ってから目を覚まさなくなった人を見た。
その時の彼からはエイドスを使用しなかったグリフォンと同じ気配を感じたな」
「それに、ルーベン領内では他の領地と違ってそんな噂は流れてないみたいだな。
暴れている個体もいるが、そうでない個体もいるみたいだ」
アーマデルを継ぐように語ったシューヴェルトを捕捉して、バクルドが続ければ。
「……ええっと、つまりどういうことだ?」
「――つまり、ルーベン領の外に置いて『寄生された相手が死ぬ』のは、『寄生した相手を殺す』という方法で利用しているから、ということだ」
「なんだそれ……なんでそんなことしなきゃいけないんだよ」
「そうやって死ねば病のようにみえる。
本当は寄生した存在がそう誘導して殺しているのだとしても
何も知らなければ噂も相まって、そういう病気だと思われてしまうだろうな」
驚愕する飛呂にシューヴェルトは静かに応じた。
「それじゃあ、寄生型終焉獣がかわいそうなのです……どうして昏瞳種たちはそんなことを」
ニルは思わずそう呟いていた。だってそうだろう。
昏瞳種と呼ばれる寄生型終焉獣は、自らの意志で宿主を殺していたということになる。
いかに相手が終焉から溢れ出した生き物なのかさえもよく分かってない存在だとしても。
自殺するように指示を受けて、その指示を全うしているなんて。そんなかなしい話はない。
「分からないな……ただ、世界は滅びるのなら自分たちの役目が何であれそれでもいいのかもしれない」
そう呟くアーマデルさえ、それが本当とは信じきれないでいた。
●ルーベンⅤ
(……さて、散策を始めはしたものの……どうするべきか)
すれ違う使用人や私兵からは警戒された様子はない。
「少しよろしいですか? 男爵に確認を忘れてしまいまして」
しばらく散策して寛治が取り次いだのは1人の男だった。
先祖代々ルーベンに仕えているという彼は家宰を務めるらしい。
「えぇ、もちろんですとも。新田様より何かあればお答えせよとの命令は受けておりますれば」
ニコニコと笑いながらも抜け目のない印象を受ける老爺である。
「私、こう見えて臆病なもので。もしもブラウベルクと事を構えるのに充分な戦力がなるのか、と」
「……では、少しばかりお見せしましょうか」
家宰は着いて来いと言わんばかりにこちらを見やり、そのまま歩き出す。
辿り着いた先は邸宅の内部にある図書室のような場所だった。
「……これは?」
「古アナトリアの家伝……とでも申しましょうか。最後の方をご覧ください。
そこに記されるのはルーベンの始祖がクラウディウス氏族に併合される際にこの地に封じた魔物達です。
ここ数ヶ月、あれらが黄昏色の瞳を宿し姿を見せるようになりました。
ある日、あれらの討伐に出向いたハルディア様が従える術を見出してくださったのです」
(……昏瞳種と呼ばれるようになっている存在の事ですね。
そうなるとこれらの魔物は先史時代の魔物ということになりますが)
「……待ってください。今、何と?」
「ある日、あれらの討伐に――「その前ですよ」
「ここ数ヶ月、あれらが黄昏色の瞳を宿して姿を見せるようになりました、と」
「なるほど、ありがとうございます」
(……共通した特徴としてこの瞳が上げられるのであれば、この古文書にも特徴として記す方が自然。
つまり黄昏色の瞳は後天的に発生したものといえるでしょう。
この黄昏色の瞳が『寄生型終焉獣の一種』という話も出てましたか……
これらの情報が全て『正』とすれば――もしや)
寛治は何となく、ある可能性を思い浮かべた。
だがその推測が正しいかどうかを判定するには別種の証拠が必要になってくるだろうか。
(この家の中には黄昏色の瞳をした方はおられぬようでござる)
芍灼はひっそりと潜入してからというもの、じっと待機して行き交う使用人や私兵を見ていた。
今のところ、行き交う人々には黄昏色の瞳の気配はない。
(むむむ……瞳の色が変わってないだけという可能性もござるが)
自分のこめかみをぐりぐりとやってみた。気のせいかちょっと目が覚める気がした。
(寄生型終焉獣の存在が浮かび上がったのであれば、そもそもルーベン男爵自身も寄生されている可能性ありそうでござる)
あくまで仮定の域を出ないどころか、仮定の域にすら達していない推測に過ぎない。
(それが幻想のお国柄と言われてしまえばそれまでやもしれませぬが……
『高潔な騎士』と評された人物と、今回の一連の騒動の首謀者という印象がちょっとかみ合わないように思えまする)
その推論を補強するのは原罪の呼び声だ。
ルーベン男爵からはそれを欠片も感じなかった。この本邸に入ってからも、呼び声は感じない。
そもそも、呼び声が響いていれば狂気の伝播ですぐわかるはずだが、周囲の人々に狂気的な言動は見受けられない。
それが尚更の事、魔種とは直接的には異なる存在であることを補強していた。
「それにこんな所業、高潔な騎士とはあまりにもかけ離れているにござる!
それともそんなに告白を成功させる自信が無いでござるか!」
思わず言葉に漏れてしまったものの、運が良いのか周囲には誰もいないようだった。
ほっと胸を撫でおろしつつ、芍灼は更に調査を進めていく。
家の中に黄昏症候群の兆候のある者はいない。
それは同様に潜入を果たしたユーフォニーとリスェンも感じていることだった。
途中で遭遇した使用人には今日から働く新人という体で潜り抜けた。
暫く探索を続けた2人は漸く男爵の部屋を見つけ出していた。
「当たり前ですけど鍵かかってますね。リスェンさん、お願いします!」
「分かってましたけど、わたし、人のお家ですごく悪いことしてますよね」
「ほんとに今更ですね……でもちょっとだけわくわくしません?」
「……少し」
言い淀みながらリスェンが言うのを見て、ユーフォニーは小さく笑って鍵の開いた部屋へと踏み込んだ。
「なんというか、落ち着いているというか……地味ですね」
思わずリスェンが言う。
「そうですね! 貴族の方の自室というよりも軍人さん達の部屋みたいです」
煌びやかな調度品の数々――といった物のない、統一された落ち着いた空間だった。
「質素に見えるだけですごい高いかもしれませんが……」
暫くの探索を続けていた2人はやがて執務机に意識を向ける。
「……リスェンさん! ここ、ここの鍵を開けてもらえませんか?」
机のすぐ下、一番開きやすい位置にある引き出しに付けられた鍵。
「本が何冊か入ってますね。ええっと……これは、日記?」
それは日記だった。ここが男爵の部屋であることを踏まえれば、男爵の持ち物だろう。
「最後の日付は……数ヶ月前ですね。あれ? でもおかしくありませんか?」
ユーフォニーは一番上にあった日記帳を開いて首を傾げた。
「どうかしました?」
リスェンもまた覗き見れば、ユーフォニーの言わんとするところはすぐにわかった。
「たしかに変ですね。こんなにも几帳面に……ほとんど毎日つけてた物を急に止めることありますかね?」
それは彼の日記の日付だ。
数日ほど間が空くことはあっても、ほぼ毎日続いている。
直前の内容が察するに空いている期間は出兵中だ。
恐らくは戦いには日記を携帯しないのだろう。
それ自体はもしもの機密保持と考えれば不自然ではない。
「この最後の内容、昏瞳種との戦いにいくって」
それ以降、彼の日記は途絶する。
それはまるで『昏瞳種討伐戦』前後でがらりと人間性が変わってしまったかのように。
「これ、念のために録画しておきましょうか」
ユーフォニーは念のために2、3冊の日記の内容を録画してからそれを元の順番通りに戻してしまい込んだ。
ふと、周囲の気配に騒がしさを感じる。
「――しなさい! 今日入ってきたとのたまっていた新人を探すんです! あれらは鼠です!」
恐らくは家中の人事辺りにまで話が上ったか。
「……バレたみたいですね、逃げましょう!」
頷きあい、2人はそそくさと部屋を後にする。
●蒼穹の貴族令嬢
「ふ、ふふ。やってくれたわね……でもいいわ。
私を殺したところで、この身体には私が残した滅びのアークが残り続ける!
うふふ! どちらにせよ、お前達の検討は無駄! この娘が目覚めることはないわ!」
「――たしかに終焉獣との遭遇が初めてであれば、対処に困る所だったでしょうが……
我々はプーレルジールでそれに対処してきました」
クルエラの高笑いを聞きながら、リースリットは短く告げる。
「上位個体のクルエラに対してどの程度効き目があるのか、というのは試してみなければ何ともですが。
同じ終焉獣であるならば、やりようはあるはずです」
「はぁ――何よ、それ!」
輝くは死せる星のエイドス。
「――テレーゼ様から去りなさい、クルエラ」
握り込んだエイドスが紅焔の如く光を放ち、テレーゼの身体を呑み込んでいく。
「――それは聞いてない! 聞いてないわよ!」
後に残るのは人型を取る黒い靄。
同時、支えを失ったようにテレーゼの身体が崩れ落ちていく。
「テレーゼさん!」
その寸前、サイズはいち早く跳びだした。
床へ落ちんとするテレーゼを何とか支えれば、床に寝かせてやる。呼吸は一定、眠っているだけか。
「俺のパンドラは妖精用何だが……ここでパンドラ使わなきゃ気分が悪……
いや、あの死んだ軍師に顔向け出来ないからな」
くるりと鎌を構えなおし、視線を上げる。
そこには黒い靄の塊があった。
「クルエラよ、お前らの陣営に植え付けられた冬白夜の呪いの破滅(パンドラ)を食らってテレーゼさんから剥がれシネ!」
一気に飛び出した。鮮血色に輝く鎌がより光を強めた。
全霊の力を籠めた斬撃は死神が死すべき命を刈り取るように静かに鮮やかにクルエラらしきアークの塊を両断する。
その様子を見ていたルーキスはテレーゼへと近づいていく。
本の僅かながらに彼女から感じる滅びの気配はクルエラが残していった置き土産。
あるいは悪あがきとでもいうべき代物だろう。
「さて気付けの時間だ、お姫様を起こさないとね」
懐から取り出すのはエイドス。
「確かに私は悪魔だし私利私欲万歳のドロドロは慣れてるけど。
だからといって無抵抗な人間を利用して好き勝手に操るっていうのは無いでしょう。
どういう思惑があったにせよ一から出直しなさい、私の目に入ったのが運の尽き。
キミ達への劇薬になるなら喜んでパンドラを叩きつけるとも」
「別に行きつく先の結果に興味はないさ。
ただ、ルーキスが成したい事が其処にあるのなら話は別だ」
それに応じるのはルナールだ。
そっとルーキスの肩に手を置いて、彼女の手に自らのそれを重ねた。
「彼女を置いて逝くのも、彼女に置いて逝かれるのも嫌なんだ。
最期まで付き合うのが夫として当然、俺らしいだろう?」
「私は果報者だね」
笑みをこぼすルーキスもエイドスへとパンドラを捧げていく。
「テレーゼ氏は他の人に任せ……クソッ!
あの男……死んだ後にばかりアーカーシュでの貸しを回収しにきやがる……!」
悪態つきながらも美咲も同じようにエイドスを取り出した。
「本来やるべき奴が死んでるなら私が冗長系をするしかないじゃないスか!」
寄生型終焉獣からの解放であれば、さほどのリソースは必要なかったはずだ。
とはいえ、もしも分け合って負担が軽減できるのであれば出来た方が良い。
「私は応急処置を行なおう。
トラウマを与えない方法にと頼まれたが……切り刻みすぎていないかな?」
ルブラット念のためにテレーゼの容体を確かめる。
「目立つ外傷は……無し。内臓の損傷もこの様子であれば大丈夫だろう。
うん、後は……彼女自身にクルエラであった時の記憶があるかどうかだね」
ふと息を吐く。
「……んん」
小さくテレーゼが唸る。
「――――!?」
ゆっくりと瞼を開けた空色の瞳と重なり、その目が驚いたように見開かれた。
「おっと、済まない。驚かせてしまったかな」
ルブラットはそっと座りなおす。
意識を取り戻して最初に見るのが近距離のペストマスクは驚かれても仕方ないか。
「わ、たし……は、うぅ……」
頭を押さえて、ゆっくりとテレーゼが体を起こす。
「あれ、リースリットさんとサイズさん……それに、皆さんは……そう言えば、私は。
たしか、夜に目が覚めてから――襲われて」
「初めまして。私はルブラット・メルクライン。医師だ。
状況の整理も必要だろうが、ひと先ずは挨拶をさせてほしい」
「……初めまして?」
突然の自己紹介にテレーゼが首を傾げた。
「ふう、流石に大仕事だこと」
「大仕事、といえばそうだな?」
ルーキスとルナールはその様子を遠めに見ていた。
「ワガママに付き合ってくれる旦那様とか私は果報者かな?」
「妻の我儘に付き合えるのは俺しかいない、というか俺の役目だからな」
「手伝いありがとうルナール、今日も愛してるぞー!」
「あぁ、俺もだ」
少なくとも、今だけは穏やかな空気が流れていた。
「まずは目が覚めたようで何よりです。あとは……この子をどうするかでスね」
美咲はちらりと視線を巡らせる。
そこには手足と念のための猿轡を嵌められた黄昏色の瞳の少年だ。
クルエラからはアセナと呼ばれていたか。
「この少年はただの終焉獣というわけでもなさそうですね」
リースリットもそう呟くものだ。
「……夢を、見ていました」
リースリットはその声を聞いてテレーゼを見た。
「ひとまず、皆さんにだけは先にお伝えします。
どうやら、眠っていた間にずっと見ていた、あの長い夢を」
「ヴェルグリーズ様」
「……終わったみたいだね」
オーディリアが小さくヴェルグリーズの名前を呼んだ。
精霊達からの情報をオーディリアに告げれば、彼女はほっと息を吐いて。
「――テレーゼ様は……テレーゼ様は、ご無事ですか?」
「大丈夫、戻ってきたみたいだね」
はっと顔を上げ、縋るような声で呟くオーディリアに頷いて教えてやれば、オーディリアは小さく「良かった……」と呟いた。
「わたしも……下に行ってもいいですか?」
「あぁ、分かった。行こう」
ヴェルグリーズは短く頷いて、オーディリアの前に立ちながら通路を下っていく。
隠し部屋に入れば、オーディリアがテレーゼへと足早に近づいていく。
ヴェルグリーズはその様子を静かに見つめていた。
(……ひとまず、2人とも無事でよかった。彼も死んではないようだね……
これから先がどうなるのかは、詰めた方が良いんだろうけど、そのあたりは頭が回りそうな人たちに任せようか)
ちらりと視線を送る先には、自分がトドメの一閃を叩きこんだ少年。
今は眠りに付いているこの少年からも、話は聞けるだろう。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
大変お待たせしました。
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
お待たせいたしました、長編第2弾となります。
早めの公開といいつつ遅くなりました。申し訳ありません。
●オーダー
【1】オーディリアの生存およびテレーゼの生存
【2】ゲルタの生存
【3】何らかの情報を得る
●フィールドデータ
【1】オーディリア護衛作戦
オーディリアを護衛して襲撃犯らと戦います。
戦場はブラウベルク本邸内部となります。
襲撃犯は当初こそテレーゼの匿われていた部屋に存在します。
リプレイ開始時、オーディリア自身の居場所はその部屋から直接つながっているテレーゼの執務室となります。
素通りする場合、何もしなければ1ターン後にはオーディリアが捕捉されます。
【2】ゲルタ護衛作戦
遭遇したルーベン男爵とゲルタに対応します。
戦闘になるかは不明ですが、不穏な雰囲気です。
【3】ルーベン男爵の調査
ルーベン男爵および『黄昏の瞳の魔物(昏瞳種)』に関する調査を行います。
・ルーベン男爵本邸
怪しまれれば使用人や私兵のような者たちが襲ってくるかもしれません。
・ルーベン領内
特に『黄昏の瞳の魔物(昏瞳種)』と直接戦い情報を集める場合、昏瞳種に備えておきましょう。
通常の集落にて情報を集める場合も、もしものための準備はしておきましょう。
●エネミーデータ
【1】オーディリア護衛作戦
・『黄昏の瞳の少年』アセナ
夜を思わせる黒髪に黄昏の瞳、夜空に掛かる雲の尾をした少年。
明るい青色のラインが輝く衣装と拘束具、同じ色に輝く直刀を握ります。
テレーゼ襲撃の張本人で手数と反応、機動、回避などに優れます。
・昏瞳種×10
前段でも出現したいわゆる『黄昏の瞳の魔物』です。
昏瞳種は字数が多いので用意された略称とします。
翼の生えた犬のような個体はヒーラータイプ。
対象の傷を舐めとることで単体回復、遠吠えによる範囲回復を行ないます。
鰐のような個体はアタッカータイプ。
強靭な顎で噛みつき、【致命】や【出血】系列を与えるほか、【HP吸収】を行ないます。
新種として雌の狼人間のような個体がいます。
反応が高めの物理アタッカータイプ。手数と弱点を駆使して攻撃します。
鼻が良く効くので、取り逃すとあっという間にオーディリアを捕捉するでしょう。
・『クルエラ』テレーゼ・フォン・ブラウベルク
終焉獣の上位個体クルエラに主導権を奪われたテレーゼ・フォン・ブラウベルクその人です。
いわゆる神秘ヒーラータイプ。
基本的には単体および範囲回復で支援を行います。
このほか、自域相当に【足止め】系列のBSや【呪い】を与える攻撃および【致命】【狂気】などを与える攻撃を行ないます。
直接的な火力こそありませんが、生き残るために多くの動きを止めることを優先するような構成です。
不殺攻撃により撃破することでクルエラを引き剥がすことができます。
また、『確実・安全』に解除するのであれば、『死せる星のエイドス』を使用しても構いません。
エイドスが無ければ『願う星のアレーティア』でも構いませんが、エイドスに比べると多少、確率がさがりより強く願う必要が出てきます。
解き放つことが出来なかった場合は『滅びのアークが体内に残った状態』で深い眠りにつきます。
【2】ゲルタ護衛作戦
・『ルーベン男爵』ハルディア・フォン・ルーベン
幻想貴族のルーベン家当主。
本格的な戦闘になるかは不明ですが、警戒はしておきましょう。
周囲には滅びの気配が漂いつつあります、もしかすると終焉獣ないし昏瞳種が姿を見せる……かもしれません。
●NPCデータ
・『蒼の貴族令嬢』テレーゼ・フォン・ブラウベルク
ブラウベルク家の領主代行、幻想貴族ブラウベルク家のご令嬢です。
目を覚ましました……が、その意識はクルエラによって乗っ取られています。
・オーディリア
ヴェルグリーズ(p3p008566)さんの関係者。
ブラウブルク家の使用人兼テレーゼの影武者、今回の依頼人の1人。
無事にテレーゼの影武者としてハルディアとの会談を済ませました。
現在は影武者としてテレーゼの執務室にいます。
リプレイ開始後に移動させるでも襲撃犯撃破の為に動かずにいてもらうもよし。
・『蒼羽潜影の策士』シドニウス・フォン・ブラウベルク
マルク・シリング(p3p001309)さんの関係者で今回の依頼人の1人。
テレーゼの実兄でブラウベルク家の現当主。今回も王都でお留守番。
普段から王都でより貴族らしい対貴族対応の『政治』を行なっている人物。
・『ゲルツ男爵令嬢』ゲルタ・ギーゼラ・フォン・ゲルツ
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)さんの関係者。
幻想貴族ゲルツ男爵の娘の一人。突然姿を見せたハルディアと遭遇中。
・『ルーベン男爵』ハルディア・フォン・ルーベン
幻想貴族のルーベン家当主。
貴族として領地の経営を行う一方、賊や敵国との戦いにも積極的に参加する高潔な騎士――とのこと。
赤みが強めの金髪と暗い赤に近い金色の瞳をした青年。
・『黄昏色の瞳の少年』アセナ
夜を思わせる黒髪に黄昏の瞳、夜空に掛かる雲の尾をした少年。
明るい青色のラインが輝く衣装と拘束具、同じ色に輝く直刀を握ります。
テレーゼ襲撃の張本人です。
●参考データ
・黄昏の瞳の病(仮称:黄昏症候群)
近頃になって幻想の一部地域で噂が立ち始めた伽噺です。
月の輝く晩に姿を見せ病を運ぶ青年の話。
発症した者は黄昏色に瞳を輝かせ、やがて味覚が変質します。
そのまま強い臭いや水、大きな音、光を苦手とするようになり、最期には目や耳を自ら潰し、自ら死に至ります。
【新情報】
プーレルジールで遭遇した終焉獣、寄生型終焉獣を思わせる雰囲気を持ちます。
現状の状況証拠などから寄生型終焉獣の一種であるという仮説が生まれています。
・ブラウベルク子爵家
幻想南部の肥沃な穀倉地帯『オランジュベネ』の幻想貴族です。
遠い昔、幻想建国の頃アナトリアと呼ばれていた一帯を収めていた氏族の分流。
同じく分流のオランジュベネ家の当主イオニアスが反転して起こしたクーデターをイレギュラーズの活躍で鎮圧しました。
皆さんの功績で鎮圧された地域なのでオランジュベネは皆さんに開放されています。
領主代行としてイレギュラーズや民衆とかかわる表舞台にいたテレーゼが突如として襲撃を受け意識不明になりました。
変な噂が流れて民心が乱れることのないように影武者のオーディリアが領内の視察を行った直後にテレーゼ宛の縁談が上がりました。
・ルーベン男爵家
幻想南部の肥沃な穀倉地帯『オランジュベネ』の幻想貴族です。
【新情報】
現在のオランジュベネ地方に存在していたアナトリウス氏族の氏族長直系の子孫とされます。
ブラウベルク家やオランジュベネ家にとっては宗家筋にあたります。
かつて当主と嫡男が同時に倒れて力を失い、継承問題から政争が発生。
この時に先んじてフィッツバルディの軍門に下ったブラウベルクやオランジュベネに出遅れ没落していました。
・ゲルツ男爵家
ルーベン男爵家と境界線を持つ男爵家です。
ゲルツ領はブラウベルク領とルーベン領の中間あたりに存在しています。
派閥としてはフィッツバルディですが、どちらかというと立地上のせい。本質は王党派貴族。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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【1】オーディリア護衛作戦
オーディリアを護衛して襲撃犯らと戦います。
戦場はブラウベルク本邸内部となります。
襲撃犯は当初こそテレーゼの匿われていた部屋に存在します。
リプレイ開始時、オーディリア自身の居場所はその部屋から直接つながっているテレーゼの執務室となります。
素通りする場合、何もしなければ1ターン後にはオーディリアが捕捉されます。
また、テレーゼを救出するための行動もこことなります。
【2】ゲルタ護衛作戦
遭遇したルーベン男爵とゲルタに対応します。
戦闘になるかは不明ですが、不穏な雰囲気です。
【3】ルーベン男爵の調査
ルーベン男爵および『黄昏の瞳の魔物(昏瞳種)』に関する調査を行います。
フィールドはルーベン男爵本邸もしくはルーベン領内部。
領内では町や森などの調査となります。
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