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シナリオ詳細

<プルートの黄金劇場>冥王公演

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●黄金劇場
 有り得ざる空間、存在しない場所。
 隔絶された未来、誰の手も届かない無明の世界。
「これで宜しくて? いえ、宜しいわね。
 この一流の舞台は招かれざる客を許さない。
 演目が始まっても居ないのに雪崩れ込むような不品行を認めたりはしないでしょう!」
 未だ誰も居ない――これから無数の『観客』を飲み込む黄金劇場の目の前で彼女は久し振りに余裕のある意地の悪い笑みを浮かべていた。
 そう、黄金劇場だ。この混沌の『何処』とも指定出来ない、正確な座標を持たない魔種の世界に煌びやかな黄金のあしらわれた王宮よりも豪奢な神の劇場が浮かび上がっている。それは物理的な建築に非ず、さりとて確かにそこに存在している。
「流石は『スポンサー殿』だ」
 貴族が高名な芸術家に常識外の贈り物をした事例は人間の社会にも幾つもあろう。
 そう考えれば『冠位』たるルクレツィアがダンテという音楽家に与えたこの劇場は似たようなものと言えるだろうか?
「後はこの劇場に相応しい調べを仕上げるばかり。
 ご期待なされよ。これ以上の『不具合』が無ければきっとそれは上手く行く」
「そうである事を望みますわよ」
「……いや、そうでなくて困るのはむしろ貴方より私の方なのだ」
 後半生全てを捧げ、妻も娘も糧にする『煉獄』はダンテの苦しみの人生そのものだ。
 拍手をしてみせた彼もこの時を迎えれば幾分かは高揚しようというものだった。
「スポンサー殿。一応確認しておくが、この黄金劇場は外からの侵入を許さないのだな?」
「勿論。貴方の半端な結界を私が弄りましたから。同じ『冠位』でもそう易々とは侵入出来ない。
 まぁ、連中なら時間を掛ければこじ開ける方法位は思いつくかも知れませんけど。
 何れにしても『人の領域』を出ない特異運命座標に出来る事ではありません」
「……しかし、彼等には幾多の不可能を覆してきた『奇跡』の実例がある。それも山のように」
「ええ、ええ。『何処に黄金劇場が存在するのか』が分かるなら。
 問題に正対する事が出来るのなら。
 あの連中は知恵の輪をゴリラのように引き千切り始めるような連中でしょう。
 しかし、誰も知らない座標外の劇場にどうして彼等の奇跡が効果を及ぼしたりするでしょうか。
 目標を取れないのなら、その力さえ無いものと同じ。素敵な合理性でしょう?」
「増幅の性能も問題は無いかな?」
『冠位色欲』ルクレツィアの権能は他者の心を弄ぶ事と『増幅』だ。
 ルクレツィアは一人で戦う事を(冠位なりに)然程得意とはしていないが、こと搦め手を撃たせたら面倒極まりない女である。今回の黄金劇場なる結界は『ダンテの異能を冠位並みに強化した産物』である。その能力の性質上、彼女は原則的には自分一人で動く事を前提としないが、裏に回ったならば本人の自認にも劣らぬ程度には厄介である。かつてジャコビニという男がルクレツィアの干渉により暴走めいた『二重反転』の症状を見せたのも、『原罪の反転の増幅』という実に冒涜的な権能の発動をトリガーにしていたという事だ。
「……貴方ね。私は冠位ですわよ? 不敬でなくて?」
「成る程、確かに冠位だ。
 いや、その力を疑っている訳ではないのだよ。
 しかし、今回の舞台は失敗出来まい。それは貴方のオーダーだ」
「ああ言えばこう言う。本当に面倒臭い男ですわね」
 口煩いダンテにルクレツィアは少し閉口したようだった。
 巨匠(マエストロ)は形から入る必要のある男では無いが、巨匠だからこそ舞台に求める注文は多い。
 音響は? 賓客を迎え入れる格式は?
 最高の料理が味だけで決まる訳ではないように、ミューズに愛された彼は全ての準備に水さえも漏らさない覚悟である。
「兎に角。貴方の空間を私が仕上げました。『冥王公演』の為にも必要だった手順ですし、ね。
 まぁ――その手順を『冥王公演の為にではなく冥王公演を始める為に使っている』なんて。
 そんなものは全く業腹極まりなくはありますけど」
「満願の成就がそう容易いものならば、感動も薄れようというものだ」
「『感動』に到ればね」
 ダンテの言葉をルクレツィアは強烈に皮肉った。
「私の方よりご自分の曲の方を心配なさいな。
『冥王公演』には私と貴方の『煉獄』の双方が不可欠。
 そして貴方の曲は、貴方の娘という最高にして究極の楽器なしには語れないのでしょう?」
 ルクレツィアの言葉は全く正しい。
 そも『冥王公演』とは何か。
 冥王公演とはダンテの『煉獄』を披露する一大ステージである。
 そも『煉獄』とは何か。
 それはダンテという巨匠が生み出した『究極の呼び声』である。
 人の苦しみを解放する――全てを無かった事にするもの。
 今自分が到る昏く穏やかなる境地に人を誘う極上の音楽である。
 さて、その上で『煉獄の器』とは何か?
 答えは道理の上にある。リア・クォーツ(p3p004937)という女がどんな特性を持っているかを考えれば難しい想像ではない。彼女はクオリアだ。他者の総ゆる感情を旋律として受け止めてしまう『受信機』だ。彼女の性質が反転したならばそれは『発信機』ともなろう。即ち『煉獄の器』とはダンテの曲を増幅し、世界中に届ける為の装置である。
 要約をするならば『煉獄』はリアとルクレツィアにより増幅され、幻想中、或いは世界中に拡散する。
 それはまさに史上最強の呼び声(スーパー・クリミナル・オファー)である。
 世界中で無数の反転が生じ、数限りない魔種が生み出されよう。
 ウィルスのように広がった悪意と破滅の嵐は滅びのアークを満たし、神託を大きく成就へと傾けるだろう。
『世界中が最効率で最大限に無茶苦茶になる』。
 これはまさに『兄弟如きには出来なかったルクレツィアの特別製』そのものだ。
「正直、何度も念を押されるのは不愉快ですが、これまでの事もあります。
 幾分か少しマシな連中を用心の為に用意しておきますから、巨匠(マエストロ)。
 貴方は安心して――早く娘の心を壊しておしまいなさい」
「ああ、嬉しい! 愛しい方! ぼくの名を呼んでくれるなんて!」
 ルクレツィアが溜息を吐くと同時にアタナシアをはじめとした複数の魔種が黄金劇場に現れた。
「うるさい。鬱陶しい。前回の失態を忘れてあげた訳ではなくてよ。
 いいこと。アタナシア。今度こそ、私に相応しい忠誠を示しなさい!
 オーダーは『冥王公演』発動まで黄金劇場を守る事――とは言っても。
 あくまで心配性の巨匠(マエストロ)の為の保険です。
 この場に現れる敵なんて誰一人居ないでしょうけどね!」

●陥穽のアリア
 音楽は彼女の友人だった。
 音楽はきっと彼女の理解者だった筈だ。
 しかし、今――頭の中に常在鳴り響く不快なノイズはリアの知る大切なものの顔をしていなかった。
「……っ……」
 暗闇の中を走る。
 時間感覚はとうになく、自己の喪失に到る粘つく闇は彼女に執拗なる『捕食』さえ思わせた。

 ――おまえさえいなければ。

 碌に目の前も見えないのに、良く聞き知った声だけが追いかけてくる。
 血に濡れて動かなくなった弟(ドーレ)が囁く。
 目を見開き、舌をだらりと出したガブリエルの死相が囁く。

 ――すべて、おまえがいなければ。

「……っ……」
 本来より『幼く』なったリアはまるで子供の姿に変わっていた。
 時間が経つ程に彼女は弱く、小さくなっていく。
 他ならぬ父の手によって設えられた陥穽は彼女を追い詰める『煉獄』の最後のピースであった。
 ドーレやガブリエルの姿が『幻影』に留まったのはリアの知らない友人達の活躍だが、クオリアを掌握され、罠に落ちたリアにとってはこの状況は簡単に跳ね除けられるようなものではない。
 いや、だがこれは幸いの内であった。
 もし悲劇が現実になっていたならばリアは既に消え去っていたと言い切って間違いないのだから。
「ひっく……っく……」
 嗚咽し、とぼとぼと歩き続ける他はない。
 彼女が小さく弱り切り、この世界から消えた時こそ『煉獄の器』は完成しよう。
 されど、攻め苛まれる彼女は『それ』を正しく理解していない。
 否。そもそも『今のリア』は現在と過去がごちゃ混ぜになっており、正確に状況を理解していない。

 ――まるで暗闇の中、親を探して泣く子供のようだ。
   だが、彼女をこの奈落に貶めるのは探し求めている当の父親に他ならない。

 恐らくは『何も』無かったのなら、これはそれまでの話だったのだろう。
 彼女が――或いは特異運命座標が何時も運命に愛される存在でなかったのなら好機さえも無かっただろう。
『彼女がリア・クォーツでなければこんな事件には巻き込まれず。同時にリア・クォーツでなければこれは絶対に起きなかったに違いない』。
「……めそめそと泣くな、喚くな。凡百が」
「……?」
「人に知った顔の節介を焼く割に、どれだけ無様な有様なのだ。貴様という女は」
「……お兄ちゃん、誰……?」
 リアの記憶の混濁に『彼』は心底からの溜息を吐き出した。
『冠位色欲』の後押しを受ける煉獄の檻は実に面倒臭い作りをしていた。
 全知全能、人智のルールの外にある『彼』と言えどもこの突破は容易ではない。
「……直接干渉をさせん辺りは能書きを垂れる程度の力はあるか。
 まぁ、それでも小生をシャットアウトしようとは全く度の過ぎた思い上がりに他ならないが」
「……ええと……」
 不意に現れた『彼』に驚き涙を引っ込めた子供(リア)に当然子供が苦手な彼は苦笑いをする。
「『これ自体は小生にもどうにも出来ん』。
 要するに、貴様自身がどうにかするしかないという事だ。理解しろ、リア・クォーツ」
 一方的にそう言った彼が魔道コンソールを連打すれば小さく縮んだリアの身体が元の成熟した女のそれへと戻っている。
「……」
「……………」
「……………………」
「……………………………」
「……は、アンタ何でこんな所に居るのよ?」
「……………御挨拶過ぎて頭が痛くなる。本当に、本当に、本当に!!!」
 やり取りは実に滑稽めいていて、しかし実を言えばそんな余裕は何処にもない。
「チッ……品のない三流が。これだから魔種如きを相手にするのは嫌なのだ」
『干渉』に気付かれた『彼』は舌を打つ。
 周囲に粘つく闇が『戻った』リアに反応して無数の獣、無数の人型に変化して悪意の牙を剝いていた。
 リアを溶かすように呑み込めないと判断し、直接的な手段に出たという事だ!
 同時にこの世界に強引に介入した『彼』の立場は一瞬の内に強烈なまでに弱められていた。
「良く聞け、凡百。『そのうち』貴様には助けが来る。
 だが、どうしてもすぐには間に合わん。
 貴様が『ここ』で敗れれば話はそれでおしまいになるという事を忘れるな」
「ちょっと、説明しなさいよ――」
 リアの抗議の声にも取り合わず、或いは間に合わず。
『彼』の姿にノイズが走り、その幻は解けて消え去った。
「……冥王公演……!」
 記憶の混濁が徐々にクリアになり、リアは『こうなる前』を思い出す。
 父は――巨匠(マエストロ)ダンテは自分を利用して何かをしようとしている。
 たった今、自分の置かれていた状況が『最悪』の開始地点である事を想像するのは余りに容易い。
「……あとでとっちめてやるから」
 あの生意気な『弟』(但し彼女の自認による)が『何か』をしたのは明白で――
 神なる彼の言葉を疑わないとするならば、友人達はやがて自分を救い出す。
 ならば。
「負けられる訳、無いのよ……! どいつもこいつもかかって来い!」
『自分』を取り戻したリアを簡単に折れる者は世界の何処にもいやしない!

●大例外
「……と、言う訳だ。何か質問は?」
「……」
「……………」
「……………………」
 その日、ローレットは有り得ざる光景を目にする事になっていた。
 ローレットの本拠でブリーフィングが行われる事は日常だ。
 そこに何の不思議も物珍しさも無い。
 通常の風景を異様な光景に変えている理由は一つ。
「……何か無いのか。実に剛毅ではないか。
 小生は暇では無いのだが? 貴様等もそう暇ではない筈ではないのかね?」
 何時もの皮肉を垂れる混沌の神――『スターテクノクラート』シュペル・M・ウィリー本人がローレットに居る事に他ならない!
 あろう事か自身で『黄金劇場』とリアの現状、更には『煉獄』と『冥王公演』の説明までしてみせた彼は、当然と言うべきか憤懣やるかたない不機嫌顔でそこにある。
「……一応聞いとくが」
「うん?」
「どういう風の吹き回しだよ、オマエ」
 最も付き合いの長いレオンだからこそその言葉には実感が籠っていた。
 一昔以上前、塔を踏破したレオンは『ローレットへの助力』を願ったが、この傲慢な男はその時も随分と『ゴネた』経緯がある。
 取り分け、塔を出る事を嫌う彼が下界に存在している事例を元・世界一の冒険者でさえも見知っていない。
「は? 偶然だが? たまたま所用があったからここに寄ったに過ぎないが???」
「……」
「フォウ=ルッテと茨紋という竜を知っているかね?
 アレ等が塔を登ったから、願いを叶えただけだが? 別に小生は特別な事は何もしていないが???」
「オマエは子供か」
 苦笑をしたレオンにシュペルは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「……煩く強請るから前にリングをくれてやった事があった。
 そうしたらめそめそめそめそと似合いもしない泣き声を届けて来る。
 ……嗚呼、小生が安眠妨害でこの素晴らしき脳細胞を損ねさせたらどうするというのだ?」
「オマエ寝ないだろうが」
「……」
「……………」
「……レオン・ドナーツ・バルトロメイ。貴様はギルド員の無事を願っていないと見えるな」
「悪かったって」
 素直に謝ったレオンは状況を整理する。
「ええと、つまり。オマエは塔を登ったフォウ=ルッテと茨紋の願いを叶える為の助力をしに来た。
 そんな事は大いに不本意だが、安眠を妨害するリアの鳴き声が邪魔臭くてかなわなかったから仕方ないな。
 うん、偶然たまたま所用で近くに来たついでだしな。普通だ普通」
「……言い方に釈然としないものはあるが、まあそういう事だ」
「直接来た理由は何だ? 実際問題、その黄金劇場とやらに俺達は手詰まりだ。
 助けようにも場所さえ特定出来ない。オマエの言い様じゃ外部からの干渉は難しいんだろ?」
 ここまでの手間を払っている位である。
 直接どうにかなるならばシュペルが既にどうにかしているだろう。
 逆を言えばシュペルが直接どうにかならないものをローレットがどうにかするのは不可能だ。
「小生がルートを作る事に専念すれば、乗り込ませてやる事位は可能だ」
「……それはそれは」
「時間を掛ければあの程度の式、完全解析して無効化してやるがね。
 時間がない以上、無理矢理で非効率な方法を取らざるを得ない。
 小生が神なのは確かだが、あれ等も邪神のようなものだからな。
 まあ、そこそこ歯ごたえのある相手である事は否定しない」
「つまり?」
「現状でどうにかするなら全力で無理矢理こじ開ける必要がある。
 それ以外の通信やら遠隔干渉やらこなしている余力が無い。
 だから、直接ここに来てやったという訳だ。合理的だろう?」
 面倒になったのか最早『救出の助力に来た』事を隠していないシュペルは深く溜息を吐いた。
 ローレットに直接乗り込む為の風穴を開けてそのルートを全力で保持する――彼にとっては然程難しい仕事ではないが、乗り込んだ先には『冠位色欲』がある可能性が高い。そこの『他人任せ』は彼にとっては不本意極まりないのだ。
 何せ彼は素直ではない神だから。自分の御業は全て完璧に済まなければならないと思っている。
「感謝するよ」
「しなくていいから、今後塔を荒らすのは辞めろと伝えておけ」
 嘯いたシュペルがコンソールを叩けば、ローレットの真ん中に異界に通ずる穴が開く。
「いいか。可能な限りの戦力――まぁ時間を重視して速やかに集まる者を放り込め。
 連中はどうも『最悪の事態』に備え、兵隊を用意しているようだし……
 冠位色欲もこの期に及べば嫌いな戦いをするかも知れん。
 あのお節介女が野垂れる前に――ううむ、まあ。兎に角何とかしたまえ!」

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 プルート第三章、決戦編。
 以下、シナリオ詳細。

●依頼達成条件
・ダンテの撃破
・『冥王公演』が発動しない事

※リアさんの生死は成功失敗に含まれません

●黄金劇場
 魔種の異空間(ダンテの能力で形成された特殊空間です)に出現した黄金の劇場。
 本来のダンテの実力ではこれ程のものは形成出来ませんが、ダンテの異能が『冠位色欲』ルクレツィアの権能『起源増幅』により冠位級の能力に引き上げられた結果、これを形成しています。
 通常外界から完全に隔絶されており、干渉手段は無かった(冠位でも苦労するとのこと)のですが……
 人智に出来ない事と安心していたら、人智でない奴の干渉によりルートを開けられてしまいました。
 黄金劇場は<プルートの黄金劇場>を冠した他三シナリオでも登場しています。
 それぞれのロケーションは各シナリオに記載の通りですが、本シナリオの舞台は『メインステージ』です。
 観客席を有した大舞台がリアさんを救う為のダンテ(やルクレツィア)との決戦場です。

●ダンテ・クォーツ
 巨匠(マエストロ)の名で知られる大音楽家。魔種でリアさんの実父。
『煉獄』なるスーパー・クリミナル・オファーを全世界に届けんとする『冥王公演』という企みを持っています。
 皆魔種になっちゃえばもう誰も苦しくないよね、という巻き込み思想。
 それ位に愛の為に反転して以降の彼の後半生はただ辛いものだったのです。
 魔種としての戦闘能力は不明ですが、雑兵と同じではないでしょう。
 どちらかと言えば後衛タイプで、めちゃくちゃヤバ目のバッドステータスを撒き散らしてきたりもします。

●『煉獄篇第七冠色欲』ルクレツィア
 冠位色欲。
『繰魔操心』という権能と『起源増幅』という権能を持ちます。
 その他能力は不明ですが所謂『戦闘タイプ』ではない模様。
 言うて冠位が戦闘タイプだろうと違おうとまあ絶望的な戦闘力には違いないのでしょうが。
『冥王公演』は捨てる気がないようで今回は退きません。

●シュペル・M・ウィリー
 ツンデレ神。
 黄金劇場へのルートを維持するので手一杯。
 援護は期待出来ませんが、さてどうなるか。

●ガブリエル・ロウ・バルツァーレク
 止めても乗り込みます。
 黙っちゃいられねえんだよ!

●陥穽のアリア
 リアさんの閉じ込められている精神牢獄。
 精神体のリアさんはこの場に出でる総ゆる敵の猛攻をしのぎ『自身』を保持し続けなければいけません。
 何が出て来るかは分からないので、リアさんにとってこのシナリオは『Nigtmare』です。
 リアさんが倒れた場合、『煉獄』による『冥王公演』が発動します。
 また、その時リアさんはロストします。

●サポートの特殊ルール
 本シナリオのサポートは二種類から選択可能です。
 一行目に該当する行動の数字を【】でくくって書いて下さい。
 シナリオ内容柄或る程度の追加戦力がある事が望ましくはあります。
 但し描写についてはプレイング内容と場合によります。

1、黄金劇場で戦闘支援をする

 ダンテやルクレツィアとの戦いを支援します。

2、精神世界のリアさんを支援する

 強く願い彼女の無事を祈り励ます事でその想いの力が彼女に届きます。
 リアさんにバフや回復や何らかの奇跡的援護が掛かります。(内容はプレイングにより様々)

3、その他

 その他有効そうなプレイングを思いつく方はどうぞ。
 ハードルはやや高めです。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

 本シナリオは大変難しく厳しい内容です。
 また、優先参加者の参加は自由ですが、リアさんに限っては参加しなかった場合自動的に重篤な結果が想定されます。
 くれぐれも参加タイミングにはご注意下さい。

 以上、宜しくお願いします!

  • <プルートの黄金劇場>冥王公演Lv:85以上、名声:幻想100以上完了
  • ほろびのうたがきこえる
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2023年12月23日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費250RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC50人)参加者一覧(10人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと

サポートNPC一覧(2人)

ガブリエル・ロウ・バルツァーレク(p3n000077)
遊楽伯爵
シュペル・M・ウィリー(p3n000158)

リプレイ

●第一楽章
「一世一代の正念場が文字通りの大舞台!! ……ってか」
 見目にも煌びやかな空間はどんな貴族も作り得ない幻想じみた特別な場所だった。
 力ある王が望んでも叶わない――『黄金で出来た劇場』はまさに性質の悪い冗談さえをも思わせていた。
「正直かなり冗談キツイが、俺はやると決めたらやる。そこはアイオンにも譲れねぇよ」
 辺りを見回すのもそこそこにそう言い切った『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)の視線の先には一組の男女が居た。
 豪華絢爛なるステージの中央で異様としか言いようのない存在感を放っている。
 片方は正装、燕尾服に身を包んだ四十過ぎ程の音楽家。もう一人は煽情的な赤いドレスに身を包んだ美しい少女であった。
「ドブ川の底の底、女の腐ったニオイってやつ? ……本当につくづく嫌になるわ」
「こんな所でこそこそと、散々鼻につく上、とんでもないコトをやろうとしたモノですね?
 変な空間を作るのもクソ鴉とそっくりです」
『夢の女王』リカ・サキュバス(p3p001254)、『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)の言葉に辛辣な言葉が躍る。
「やぁ、ダンテ君。どうやら公演には誰もお招きいただけないようだったから、勝手にお邪魔させて貰ったよ」
 幾分か皮肉めいた『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)の冗談に男――『巨匠』ダンテは肩を竦め、少女――魔種の長にして七罪の一、『冠位色欲』たるルクレツィアはその柳眉を不愉快そうに持ち上げていた。
「ようやく会えましたね……冠位色欲ルクレツィア」
「……どういう事ですの? どうしたらこの黄金劇場内にこれ程多くの特異運命座標が」
「……………」
 押し殺したような『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の声に当然のように『気付いていない』。
 困惑の色を見せるルクレツィアが黄金劇場と称したこの空間はダンテの力によって作り出された結界――異空間の内部である。特異的とはいえ、一介の魔種の異能に過ぎないその結界を『黄金劇場なる特別』に昇華せしめたのは他ならぬルクレツィアの権能『始原増幅』の力である。
「全世界に呼び声を届けるなんて!
 そんなことをすればどれだけの人の命が失われると……
 いや、それだけじゃない! どれだけの被害が出るのか想像もつかない……!」
「スーパー・クリミナル・オファー……其れで一気に滅びのアークを集めてしまおうという。
 勿論そんな企みを放っておくことなんて出来ませんし。そちらには、双竜宝冠の借りもありますから」
 憤るムサシ、冷静に言ったチェレンチィの言う通り、ルクレツィアが外敵(イレギュラーズ)の入場を拒む姿勢を見せたのは、ダンテと彼女双方の肝煎りである『冥王公演』――即ち、囚えた『煉獄の器』リア・クォーツ(p3p004937)を拡散機にした極大なる原罪の呼び声(スーパー・クリミナルオファー)を放つ計画――の完全遂行の為だった事は知れている。
「一人反転するだけでも大変だというのに……
 混沌中にクリミナル・オファーを撒き散らされるなど冗談ではない。
 それぞれの国が良くなろうとしている所を、壊させる訳にはいかないな」
「実に効率的で素晴らしい戦略です。
 敵でなければ称賛……いえ、敵であっても称賛したい実に見事な策略だったんですけどね」
「ふふ、この混沌には随分とお節介な神様がいたみたいでね」
「神? 何処の誰だか何だか知りませんけれど、随分と大きく出たものですわね?」
 重く言ったゲオルグ、軽口めいたマリエッタとマリアに応ずるように吐き捨てた言葉に強い憎悪の色が乗っていた。
 冠位魔種であるルクレツィアが直接対決を避けたのも、その癖こうして『失敗』したのも。実に彼女のプライドに障る出来事だったに違いない。
 要するに『そこまでやってこの有様』なのだから、彼女からしてこの状況は最悪に最悪を重ねていると言う他は無い。
「『頼りになるスポンサー殿だ』」
「……っ! 貴方ねえ!」
 ダンテの溜息にルクレツィアが声を荒げた。
 黄金劇場のメインステージには軽く数十人を超えるイレギュラーズの顔がある。
『冠位戦』を考えれば決して十分な数とは言えまいが、マリアの言った神――シュペル・M・ウィリー――の助力はリアを救い出し、魔種の計画を挫かんとするローレットに確かな希望を灯したのは事実だった。

 ――敵方を抑えつけ、くれぐれも帰路を確保しろ。

「埒外、埒外で本当に嫌になりますけど」
 溜息を吐いたドラマは内心だけで考える。
(自力ではこんな所には辿り着けなかった訳ですから、今回だけはシュペル氏の『御業』に感謝しますけど――)
 しかし、黄金劇場の結界強度は流石に冠位らしいものであり、あのシュペルをもってしても座標を固定しルートを繋ぐので手一杯との事であった。故にこの場にいる全員だけではなく、黄金劇場内部に侵入したイレギュラーズはルクレツィアの配した魔種戦力達を相手に大立ち回りを演じている筈である。
「本当にどいつもこいつも、この私を苛立たせてくれる……!」
「……ルクレツィア」
 その名を呟いたシフォリィの美貌が何とも複雑な色合いに歪んでいた。
(この公演を止めてリアさんを助ける、その気持ちに偽りはありません。
 ですが、今私は『私』含めてこの舞台に立って――感情が爆発しそうなのは否めない)
 父と婚約者の死の遠因。親友を歪めた女。
 そして、彼の――あのアイオンの作った国に巣食う病巣そのもの。
「誰かを想う心を歪める魔種!貴女達の思い通りになどさせるものですか!」
「ああ! リアは――手が届かない所なんかに居ないんだ。
 リアは、まだ絶対に助けられる。こんなの絶対に乗り越えてくれる……!」
「……うん、絶対助けたいよね。
 ワタシがそっちの立場だったら絶対そうなる――だからどうしても助けてあげたい……!」
 頷いた『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)の決意に『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が気を吐いた。
 救わねばならない『当のリア』の姿はここには無い。
 ダンテ得意の異空間――『陥穽のアリア』なる精神の牢獄に閉じ込められた彼女はここではない何処かで今も『戦っている』筈だった。
 シキの、サンディの、仲間達の為さねばならぬのはそんな彼女を信じ、彼女が戻って来れる場所を作り出す事だ。
 冠位の企みを挫き、煉獄を奏でる実の父を食い止めたならば――孤独な戦いに身を焦がす彼女に届く何かもあるやも知れぬ。
「――こういう公演でなかったら金出してもいいチケットってヤツか?
 けど、アドリブの出来ない巨匠の相手はしたくないし、何より。
『実の娘』を楽器扱いしてる巨匠とか、気に食わないんでね」
「まったくよ。娘を楽器扱いとは大した巨匠もいたものね。
 そんなに『煉獄』がお好きなら、止めやしないから――自身が行ったら如何かしら」
 強大なる魔種の苛立ちもどこ吹く風に、カイトとアンナが不敵に言った。
 元より今日の難題は深い闇に囚われたリアが自身を喪失するよりも先に、ダンテやルクレツィアを『何とか』する事なのだから是非も無い。
『敵が強大な事等、最初から分かっているのだ。彼等はその上で決着をつけるべくここに在る』。
「……哀しいものね」
 ごく親しい身内を『余人には理解出来ぬ事情』で亡くしたばかりだからかも知れない。
 ダンテを真っ直ぐに見据えた『祝福の風』ゼファー(p3p007625)声色はまるで皮肉めいてはいなかった。
「形も事情も違えど、親殺しという帰結は避けられない。
 そして、其れを乗り越えなきゃ前に進めないのも一緒なのよね――」
 実の娘(リア)を贄にダンテが巨悪を為そうとするのなら、彼女はそれを止めずにはいられまい。
 横たわる障害が如何に困難に満ちていたとしても、彼女の良く知る友人の凛然はそれに負けるようなものではなかったから。
「……なら。私は貴女達のハッピーエンドにオールインよ。
 だって、素敵な結婚式を挙げるんでしょう?」
 独白めいたゼファーの視線はこの鉄火場に同道したガブリエル・ロウ・バルツァーレクを向いていた。
「勿論ですとも。振られないようにいい所を見せないと……『腕が鳴りますね』」
「此方は任された。其方は其方の為すべきを為せ」
「色男の脚代わりでも上等だろ?」
「あちらからすれば目の前に手放したカードが戻ってきた状況。
 リアさんの手前も考えて、黙って見ているとも思えませんからね」
 冠位等の発する強烈な威圧にも怯まぬガブリエルの周りには汰磨羈やルナ、グリーフそれ以外にも一級と言っていいイレギュラーズがついている。
 この場が少数精鋭に限るのならば連れて来る余地は無かっただろうが、迫力不足なりに総力戦の様相を呈した現状ではルクレツィア達も容易にガブリエルにちょっかいを掛ける余裕等あるまい――と、言うよりイレギュラーズは無論そうさせる心算は無い。
「今日の相手は冠位魔種……!
 倒しちゃったらアトさんがワタシに惚れ直しちゃうかも?? なんて――
 ――今日はそれどころじゃないけどね……!」
 フラーゴラは別にそんな可能性も否定しない。
「アトさんへの愛、愛って色欲なのかも知れないけど……!
 気合入るなぁ! 冠位色欲を乗り越えたらもっとすごい、これって最強って言うしかないじゃない!?」
「ポジティブねぇ。でも嫌いじゃないわ。
 ええ、ええ――夢魔としてこの悪夢は終わらせる!」
 フラーゴラにリカ。
「シキ……いくぜ」
「サンディくんだけじゃ心配だからねっ!」
 サンディに息の合ったシキ。
「やりましょう」
「力一杯、ですね」
「そう。本気の八つ当たり――本物の逆恨みってヤツを見せてやるわよ」
 ドラマにシフォリィ、更にはゼファー。
「マリィ、宜しくて?」
「勿論だよ」
 そして、言わずと知れた『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)にマリアが頷く。
「要はリアが『こっち』に出て来られるように、あの極太ネクタイをボコボコにして床にめり込ませれば良いのでしょう?
 分かりやすくて良いですわね! リア、待っていて下さいまし。今、助けて差し上げますわ!」
「そうだね、ヴァリューシャ」
 直情径行にして至極分かり易いヴァレーリヤの結論にマリアはニッコリと笑う。
「ボッコボコにしてやりますわ!!!」
「ああ!
 ……さて、君達。リア君を返してもらおうか。
 私の友人をこんな目に遭わせたんだ。ただで済むと思うなよ……!」
 お喋りもやり取りも長いようで僅かな時間。
 それもその筈、冠位共は長広舌も辞すまいが、今日のイレギュラーズには時間が無い!

●断章 I
 粘つく闇が無数の人型を作り出し、精神を絡め取る触手を伸ばす。
 唯の人型のみならず、それは時に獣の格好をし。また時に羽の生えた『何か』を象る。
 何れにしても共通するのは『それ等』がリアと洒落たアフタヌーン・ティーを愉しむ気は無いという事だけ。
「本当に無茶苦茶だったらありゃしない!」
 その表情に持ち前の勝気と強気が戻ったのは或る意味で最大の朗報だった。
 果ての無い闇、出口のない闇の中で気を吐くリアはすっかり何時もの彼女らしさを取り戻していた。
「生憎と素直に諦めてやる位、可愛い女じゃいられないのよ!」
 展開せしは、英雄幻奏第一楽章(レプ=レギア・ファーストオーダー)。
 その名を『蛮勇のレジェロ』と称する。
 その力強い旋律は聴く者の身を包み、降り掛かる凡ゆる困難も弾き返す自信と勇気そのものだ。
(負けられないのよ……!)
 リアは我が身を守る幻奏と共に迫り来る闇の渦に立ち向かっていた。
 何度も何度も侵食され、苦痛と絶望を意思の力で跳ね除ける。
 幻想の中の戦いは何処から何処までが『本当』なのかは知れなかったけれど、確かな力はそこにあった。
「『だって、声が聞こえるんだもの』」
 それは顔を出すだけ出していなくなった可愛くない弟(シュペル)の『サービス』か何かだったのだろうか?
 それとも意地悪な神様が今日、この瞬間にだけリアに見せてくれた情けか何かだったのだろうか?
(分かんないけど――)
 答えはなくとも嘘のような現実がそこにある。

 ――姉を助けるのも妹の仕事!
   いっぱいお話ししてやるからな! うるさいくらいが丁度いいってかー!?

「何よ、それ」
 リアは思わず笑ってしまった自分に気付いた。
 状況はこんなに絶望的なのに、先行きなんて少しばかりも見えないのに。
 手のかかる妹(あきな)の声は、台詞は何時もの通り全く気楽なままなのだ!

 ――こんな所で折れる貴女やないと信じとりますから。恋する女は強いもの!

 ――頑張って、リアさん……君は生きて、大切な人達とまた会うんだ!

 クォーツのロザリオを胸に抱いて祈るそんな姿が見えた気がした。
『聞いた事のある声』の主は蜻蛉やヨゾラのものであろうと思われた。
 それだけではない。実に孤独な戦いを続けるリアには次々と『声』が届き続けていた。

 ――死地でこそ人は輝く。主演ならばとくにな。
   期待『以上』を見せてくれるな?

 ――俺の父は魔種になった。弟も魔種に殺された……
   悲しみの旋律を世界に広げてなるものか。
   そんなモノの為に、優しいリア殿を犠牲にしてなるものか!

 少し捻くれた励ましは鈴音のもの。
 幽かに歌の旋律を帯びながらも力強く真っ直ぐな言葉はきっと弾正のものだろう。
「分かってるわよ!」
 言葉はきっと一方通行。
 されど、声が届く度に。
 幾度と無く侵されかけたリアの輝きは強くなる。
 多勢に無勢と呼ぶ他無い終わりのない戦闘がリアを容赦なく傷付け、その体力を奪い続けても。
 何処までも絶望的な状況にもへこたれていない。
 不利は承知で、圧倒的ながら――それでもその勢いは強まっているようにすら思われた。
「ああ、もう随分と景気良くやってくれるじゃない!?
 全員、叩きのめしてやるから全部まとめてかかってきなさい!」
 気を抜くとすぐに押し潰されそうになる、それが現実だ。
『リア・クォーツの物語はきっと大変なばかりなのだろう』。
 困難のその先に『叩きのめせた』としても、それは父との別れの時で――

 ――貴女を照らす、光が届きますよう、に。
   またあの可愛らしい笑顔を、見せて下さい。リアさま。

「分かってるわよ、任せておいて」
 メイメイに『応じる』。

 ――闇の中に、もう泣いているだけの少女は居ない。

●第二楽章
「自己紹介は要らないと思うけど。お初にお目にかかるわ、冠位色欲。
 鴉殿の舞台を散々荒らした騎兵隊よ」
 不躾にして有難くない挨拶と共に動きを見せたのはイーリン率いる【騎兵隊】だった。
「クソ鴉がどうであろうと私には関係ありませんけれどもね!」
「頭痛持ちに声を掛けるのも好いが『此方』が最適は間違い無かったか」
 鬱陶しそうに空間を『引っ搔いた』一撃をイーリンの前の『壁』になったロジャーズが受け止めた。
「さあ、出番ですよ。切り込み隊長」
 そう言葉を発した黒子は騎兵隊の連携の中核を担う『潤滑油』である。
「――騎兵隊先鋒、鳴神抜刀流の霧江詠蓮だ! 義によって助太刀する!」
 ロジャーズにせよエーレンにせよその狙いはルクレツィアに少なからぬ圧力を加える事である。
 事実上、リアの限界なる時間制限のある戦いにおいて無駄な手を打つ暇は無いのだ。
(……要するに、消去法ですよね……?)
 深い淵を覗くマリエッタは『経験』を十分に役に立てていた。
 シュペルによればルクレツィアの権能は『繰魔操心』と『起原増幅』という事なれば――

 ――『陥穽のアリアはダンテの能力に起因する可能性が極めて高い』。
   壊すべきは増幅役ではなく、その大本の方である事は間違いない。

「シンデレラ城にも勝るとも劣らない素敵な大舞台ですね。
 しかし、意地悪な貴女にガラスの靴は似合わなそうだ。
 今宵の主賓はリアさん故に――貴女にはご退場願います、冠位色欲ルクレツィア!」
 即ち、寂静の剣を振るうトールにはルクレツィアを『黙らせる』理由がある。
 イレギュラーズは持ち得る戦力を二つに分けていた。
 片方は【騎兵隊】に同じく冠位色欲ルクレツィアを抑えつけ、その行動を阻む戦力達である。
「リュクレースさんの仇の思い通りになんて絶対させないよ!」
「……鬱陶しい……!」
 支援に入ったフォルトゥナリアに舌を打つ。
「随分と嫌な顔をしますね?」
 そんなルクレツィアに冷え冷えと言ったシフォリィに冷たい笑みが張り付いていた。
「しかし、貴女に無くともこちらには付き合って貰う『理由』があるんですよ」
「は――」
「――転んじゃえ!」
 シフォリィに気を取られかけたルクレツィアをフラーゴラの展開した『泥』が襲う。
 煌びやかな舞台を混沌に染めるそれに彼女のみならず、同様に多数の敵を相手取るダンテまでもが嫌な顔をしていた。
(このスピードには、流石のダンテさんルクレツィアさんもついてこれないはず!
 ワタシが立ってるだけで有利になるんだ。踏ん張るよっ!)
 連鎖的連携の起点としてフラーゴラは重要な役割を負っていた。
 技量の程は兎も角、捨て置けぬという意味では間違いなく捨て置けまい。
『彼女が引っ張る限り、引っ張れる限りの仲間は敵陣営に先んじる』。
 戦い慣れたイレギュラーズが良く取る戦術の一つだが、少なくもフラーゴラの徹底は凄まじい。
「なーんか名乗りもやり方も気に入らないのよ。
 同族嫌悪って言えばそれまで、だけどね!」
 続け様にリカの繰り出した夢魔術の奥義こそ彼女の持ち得る渾身最大の『誘惑』だ。
 その全てを司る『冠位色欲』にそれはカエルの面に何とやらに違いない。
「効く訳ないでしょうけど。知ってるけど」
 されど、他ならぬルクレツィアに喰らわせてみせたのは彼女一流の宣戦布告といった所か。
 成る程、唇を舐めたルクレツィアの纏う温度が一気に極端に低くなっている。
 シフォリィ、フラーゴラ、リカ、それに【騎兵隊】を含む多数のイレギュラーズがルクレツィアに相対する一方で、無論ダンテ側にも手厚い戦力が向かっていた。
「時間はない。短期決戦といこうじゃないか!」
「ええ、行きましょうマリィ」
「ヴァリューシャ! 君の破壊力に期待してるからね!」
「大丈夫、私達ならきっとやれましてよ!」
 黄金の床を蹴り上げたマリアとヴァレーリヤが連携良くダンテへと仕掛けていた。
 どちらかと言えば矢面に立つタイプではないというダンテは猛然たる猛攻にまずは受けに回っている。
 とは言え、予想していた話ではあるのだが――『恐ろしく技量が高い』。
(ヴァリューシャ、かなり『戦る』みたいだ!)
(……最近の音楽家は体でも鍛えているのかしらね!?)
 刹那のコンタクトは二者間でのみ通ずる見事な意思疎通であった。
 ヴァレーリヤの文字通りの鉄槌は唸りを上げ、マリアの乱打は閃光のような瞬きを見せていたが敵もさるものといった所である。二人の評価通り、ダンテの『直接戦闘向きではない』という評価は能力よりも気質や消去法を理由にしたものと言えるだろう。
 蟠る闇のような男の姿が身を翻す。
「二度目まして、マエストロ! 自己紹介が遅れたけれど許してね?」
 ダンテの動きにすぐに反応して見せたのは、
「私はシキ。あなたの娘の親友だよ!」
「……サンディだ。理由があって来た以上、絶対にこの場は譲らねえ」
 屈託ない真っ直ぐな言葉で名乗りを上げたシキと、それよりはもう少し『男の子』なサンディの二人だった。
(……面倒だな)
 サンディは見事な名乗り口上でダンテに向かったシキの動きを見てすぐに状況を察していた。
 ルクレツィアにせよ、ダンテにせよ同じく現状まで攻撃の誘導が効いていない事に彼は気付いていた。それが『色欲』なる精神を司る魔種の特徴なのか、圧倒的な技量や精神抵抗の力なのかは分かりかねたが、ペースを簡単に得るのが困難である事は間違いない。
「大した手札は無いが、少しは遠慮して頂こう!」
 大仰に指揮棒を振るったダンテに応じるように『雑兵』なる魔種がその姿を現した。
 強力な個体は成る程、黄金劇場の各所でイレギュラーズと戦いを繰り広げているのだろうが、その程度の手勢は残していたらしい。
「あん? やっぱりおいでなすったな?
 ま、障害を取り除くのは俺らの役目だ、主賓は主役をぶん殴ってこい!」
「あー……! 地獄だろうなと思ったらやっぱり地獄だった! 畜生!!!」
 先刻承知のバクルドが声も枯れよと気を吐き、言葉とは裏腹に美咲はすぐさまに迎撃の準備を済ませている。
「リアさんの援護に来たよ!
 そんなに個人的な親交がある訳じゃないけど、助けられた事は沢山ある。
 今度はこっちが助ける番だから――」
「――本当はリアさんも気になるけど……
 ヒーラーである以上、この場は譲れないからね。サクラちゃん!」
「うん!」と頷き、加速して敵に肉薄したサクラと戦場の重しとして完全に機能するスティア、【宿木】の二人も何時も通り息の合った所を見せていた。
「バルツァーレクの旦那はラサのお得意さんだ。
 何よりイイ女(リア)を壊すなんざ見過ごせるはずもねえ――そいつがリアの親でも、な!」
 砂漠の猛犬(ルカ)の繰り出した牙が魔種の『喉笛』を食い千切る。
 持ち前の獰猛さを隠さない彼は「次!」と更なる獲物に鋭い視線を向けている辺り『彼らしい』。
 何とも頼り甲斐のある連中である。
(実際助かる。だが、まだ手品も隠し持ってそうだな……?)
(うん。油断は出来ない!)
 サンディのアイコンタクトにシキが大きく頷いた。
 ダンテが手駒を動かしてきたのは予想の範囲だ。
 今回の魔種連中の手管は兎角、他人を操る事に特化している。
『予想以上の何か』が無いとはとてもとても言い切れぬ。
 気を強く持ち、状況を正しく理解出来ねば予期せぬ崩落で致命傷を浴びないとも限るまい。
「俺が抑える――」
「――うん! こっちは――翼が消える前に、ありったけをぶち込んでやる!」
 サンディが覚悟を以ってダンテへと肉薄し、シキは思いの丈と裂帛の気合を込めて赤き衝撃を叩きつけた。
 効かぬ筈はない。捉えた手応えは確かある。
 されど――妻さえ、娘さえ捧ぐ彼の妄執は、やはり容易に断ち切る事叶わぬ凄絶であった。
「では、冥王公演を前に――前奏を差し上げるとしよう!」
 高らかに宣言した巨匠はあくまで強烈なまでの対決姿勢でそんな二人を迎え撃つ。

 おおおおおおおお……!

 煉獄の怨嗟が場を包む。
 狂気の音色にして凶器たる『演奏』はダンテの放つ怖気立つまでの悪意であった。
「滅茶苦茶をしてくれる……!」
 汰磨羈が思わず臍を噛む。
「傍を離れず」
「……はい」
 ガブリエルを背に剣を構え、その音さえ切り裂いたドラマは可憐な外見を裏切るようにまさに『物語の王子』のようであった。
 やはり一筋縄ではゆかぬ。
「皆、頑張って……絶対勝って!みゃー!」
 祝音が気を吐く。
「全てを平等に幸福にするのと、全てを平等に不幸にするのはもしかしたら等価なのかも。
 その曲は耳に障りますが……わたしが自らの意思でここに来ている事を意識するなら却って丁度よいのかも知れません」
「突然だけど演目変更! これから即興劇(エチュード)始まるよ!」
「かなしいのはいやです! だからニルは、ここにきたのです!」
 この場にはガブリエルをフォローする者も多いが、『ガブリエルでなくともダンテは脅威である』。
 祝音に続きシルフォイデア、茄子子、更にはニルが魔曲に強烈な混乱をきたした味方の動きを立て直すも、彼女等をしても完全ではない。
(理屈は兎も角、リアさんを囚えているのがマエストロの能力だとしたらば。
 この状況に亀裂を入れるには、彼女を救うにはやはり彼を叩く他は無い筈……!)
 ドラマがほぼ同時にマリエッタと似たような結論に到ったのも『経験値』が故だろう。
「お父様へのご挨拶、というやつですね。男性にとっては中々緊張するイベントだとか――」
『ニュース・ゲツクに挨拶する誰かを連想してすぐに打ち消す』。
「つまらない冗談でも、いい気付けになるものです。
 ここは完全に相手側に都合の良い空間です。『全てを疑え』――」
 冗句めいた彼女はしかしながら何の油断も無く真っ直ぐにダンテを見据えていた。
「どうも、マエストロ。実はリアさんとは、一緒に歌なんかを歌わせて頂いたりしていましてね?」
「『付き合うわよ』。
 リアを取り戻すには冥王公演を止めるしかないなら――やるべき事なんて決まってる」
 動き出したドラマと自然な連携を組むようにゼファーが速力を増し、並びかけた。
「加減やペース配分を考えられる相手でも、状況でもない。
『却ってやりやすいってこの事だわね』」
『ついこの間』の師との戦いはゼファーをより素直に解き放ったのかも知れなかった。
 自身をして『最高最強の八つ当たり』と称する彼女の槍さばきは成る程、あの老人の獣性さえをも思わせた。
「――――そこッ!」
 目前を塞ぎかけた魔種の腹を穿ち抜き、即座に続いたドラマの青い一閃がその姿を斬り散らしている。
「見事だな」
「あら、ありがと」
 冷笑を浮かべたダンテの賞賛の言葉にゼファーは前髪を払って応じた。
「でも、世の中にはどうにも迷惑な大人が多すぎますこと。
 振り回される側の気持ちも考えて欲しいもんだわ……ほんとにね」
 戦いは続く。
「ごきげんよう、冠位色欲。わたしの事は覚えてるかしら!」
「あら、私に塵芥を覚えていろだなんて。特異運命座標は『傲慢』の属性でも持っているのかしら?」
 セレナとルクレツィアがやり合う。
 比較的無勢な敵方に対してイレギュラーズ陣営は手数での攻めを展開していた。
(冠位色欲、ルクレツィア。恐らくその権能の真骨頂は人を操る類のそれでしょうね……)
 成る程、リースリットの考える通りである。
 一方のルクレツィアはそんなイレギュラーズの精神と動きを掌握する事で陣営に激しい混乱をもたらしていた。
 特異運命座標としての力が故か、それとも攻め立てている事が奏功しているのか。
「繰魔操心は多分人を操る能力……
 誰かが操られたならワタシが何とか止めにいくけど……
 ワタシが操られたなら思いっきりビンタやっちゃって!」
 フラーゴラはそう言うが、『繰魔操心』なるは冠位魔種の権能だ。
『幸いにして』現状はそれが完全に機能するには到っていないようだったが……
(単に一時的に身体の自由を奪われる程度で『済む筈が無い』)
 双竜宝冠、例えばリュクレースの事件を鑑みても『雑魚』の増幅だけでああまでした女が相手なのだ。
 ……リースリットは確信している。つまりは『時間の問題』であると。
 密やかに忍び寄る毒の正体が気付いた時には回避出来ない破滅だとするのなら、余りに冠位色欲には『似合い』と呼ぶ他は無い。
(この貴重な機会に仕留めたい、のは山々ですが、戦力的にも戦略優先度的に見ても流石に無理がある。
 今すべきは、マエストロ側に意識を向けさせない事。兎に角注意を引き付け続けるしかないですね……)
 多くのイレギュラーズがそう考えていた通り、この戦いに長期戦が許されないのは明白だ。
 それは『冠位戦』で勝ち切るにはやや足りないであろう戦力然り、敵方主導で始められた戦いである事然りである。
 ローレットの戦いは常に薄氷であり、積み重ねた栄光と勝利も一歩間違えれば全て失われていたに違いないのだから。
 ローレットの勝利条件を挙げるならそれはあくまでダンテの撃破であるべきだ。
 そして、下手に受けては危険なれば、寄せるべきは必然である。
「ルクレツィアと言いましたか。
 他人の心をもてあそぶ……そういう人を僕は知っていて、だからこそ看過してはいけないのです。
 どうありたいかは僕自身が決める。皆様を操り人形になどさせません!」
「私が珍しくも何度か嫌いと云ったのは――魔種に成るとつまらなくなるから、なのですよね。
 ……ですので、無差別拡散は御遠慮願いたい所です」
 ジョシュアの精密極まる一撃がルクレツィアの爪の一本をへし折った。
 ヘイゼルの降ろした聖骸の闘衣が総ゆる悪意の手管を展開する敵に向かう力となっている。
「あの子を――エルメリアを歪めた元凶ッ!
 絶対に許す事の出来ない『私達』の因縁の宿敵、冠位色欲ルクレツィア!!
 ようやく……ようやく、その面に剣を向けることが出来たわッ!
 これ以上、貴女の思い通りになどさせるものか!」
 猛然と間合いを潰し、美しく剣を振るうアルテミアの姿が今日ばかりは憤怒に染まっていた。
 親友(シフォリィ)の、或いは妹(エルメリア)の仇と思わば彼女の切っ先は一際に鋭さを増していた。
「は! 宿敵だなんだと言うのなら――私こそ『兄弟』を何人やられたとお思いですの!?」
『思っても居ない言葉』はアルテミアを一層に苛立たせよう。
「リア殿は大事なローレットの仲間だ、彼女の危機に駆け付ける動機はそれで十分だけれど――」
 伸ばした爪で剣戟を奏でたルクレツィアに更にはヴェルグリーズが打ちかかる。
「――ルクレツィア、キミが関わってくるとなれば話は『もっと』だ。
 双竜宝冠の落とし前、今日に上乗せさせてもらおうか……!」
「……っ、この!?」
 猛烈な複数の攻め手にも異常な反応速度で対抗するルクレツィアだが、見事な波状攻撃には苛立ちを隠せていない。
 過去に幾度と冠位を屠り、実戦で練り上げた彼等の戦いは同じ冠位のルクレツィアにさえ手を焼かせているのは間違いなく、彼女自慢の『一張羅』或いはその柔肌には細かい傷が幾つも刻まれていた。
「チャンス、かな……!?」
「軽い弱いと笑わば笑え!
 ずっと――ずっと積み重ねてきた私達の想い、受けなさい!」
 フラーゴラの魔弾は絶対に逃さぬと執拗にルクレツィアの影を追い、やがて捉える。対照的に密度の高い弾幕のように炸裂したシフォリィの極大斉射(マグナス・オーケストリオン)は彼女の言葉を裏切る事無く、回避を諦め防御姿勢を取ったルクレツィアに次々と直撃し魔力の華を咲かせていた。
「しゃらくさい――」
「――ええ、ええ! そうでしょうとも!」
 小術式を無数に展開したシフォリィの狙いは冠位の防御を崩す布石にこそある。
 シフォリィは理解している。感情的なこの女は勘気を発する程に隙が出来る――
(……まぁ、隙が出来る事と危険性が上がる事は切って切り離せない話かも知れませんけど)
 ――何れにせよ、今日のシフォリィには如何なる問題も蹴倒すだけの理由がある。
『ルクレツィアを放置すれば何をするか分からないのなら、彼女に一切の余裕を与えないのは最適解になるだろう』。
 どうにもルクレツィアという女は偶然も必然も、相手を『その気にさせる』のが上手いらしい。
 黙っていられないと言えばシフォリィだけではなく『色欲』に一家言あるリカも同じであった。
「この戦いはね、要はプライドの問題なのよ」
 単身で敵わぬと知っていてもリカはこれを譲れない。
「私は夢の女王、魔王リカ・サキュバス!
 それだけが心の拠り所だから――現し世を快楽で満たす我が理想の為には滅びは邪魔なの!
 まして私以外の『色欲』なんて、ぞっとするってもんだわよ」
 分の良い賭けではないが、分の悪い賭けなんてものはこの世界に幾つもある。
『そして賭け事というのは却って分が悪い方が上手く行く瀬もあるという事なのだろう』。
「――調子に乗るんじゃないわよペチャパイ娘が!!!」
 冠位決戦の鉄火場に些かそぐわない――しかして強烈なリカの否定の声が力を帯びた。
 てこでも動かぬ奇跡は気まぐれだが、願わずば決して訪れる事は無かろう。
 リカは誇らしく――誇らしく、彼女の想う力を振るう。
 噴出したまさに『夢魔の女王』たる威厳と威風は『それを騙る』不届き者を魔力の奔流に飲み込んでいた。
「――」
「――――やった!?」
 思わず息を呑んだフラーゴラが目を見開いた。
 視界を灼く程の強烈な『白』に戦場の誰もが一瞬注目した。
 程無く取り戻された光景の中に焼け焦げた襤褸のドレスに身を包んだルクレツィアが居る。
「やってない……ね……!」
「……こんな、私を傷付け……有象無象がッ!」
 可憐な美貌を怒りと憎悪に歪めたルクレツィアの圧力が一気に増し、喰らい付いてきた複数の前衛を不可視の衝撃波で吹き飛ばした。
「遊びと思っていれば調子に乗って――何時も何時も、何処までも不愉快な連中……!」
「神に近い男が手を貸す好機は逃す手は無いわよね。
 冠位でも引き際を誤ったら痛い目見るってコト、お忘れなく」
 リカの軽口に一層殺意を強めた彼女は襤褸になった赤い衣装を破り捨て、遂に本気の貌を見せる。
 これまでの冗長さはない。確かなダメージを受けた冠位色欲の帯びる空気は先程までとはまるで別の物だった――

●断章 II
「はぁ、はぁ――」
 英雄幻奏第五楽章(レプ=レギア・フィフスオーダー)。
 そして、第六楽章(シックススオーダー)
 その名をそれぞれ『安寧のアマービレ』、『慈愛のカルマート』と呼称する。
 穏やかな福音、しなやかにして挫けぬ慈愛はまさに今困難に立ち向かうリアの助けとなるものだった。
「――はぁ、はぁ、は――」
 呼吸は浅く肩は大きく揺れている。
 豊かな胸は『この空間においては必要かも分からない』酸素を求めて波を打つ。
 全身に刻まれた痛みと疲労感はもう隠して隠し切れる状態では居てくれなかった。
「しつっこいわね」
 嘯いたリアは幾度目か力を振り絞る。
 第七楽章(セブンスオーダー)――『激越とスピリトーゾ』は闇の中に強き勇者の型を作り出し、彼女に纏わる敵の影を切り裂いた。
「あたしは独りじゃない」
 よりディティールを増した敵影は気付けばリアの見聞き、知る人々の姿を取っていた。
 弟(ドーレ)の形をした何かを屠る。母(ベアトリクス)の形をした何かを穿ち抜く。
(嗚呼……)
 リアは『黄金劇場』なる舞台で自分の為に多くの友人達が尽力している事を知っていた。
 それが無ければ――そして声が無ければ未だに立ち続ける事等出来なかっただろう。

 ――仲間とあらば、居るのが当然と御覧じろ。
   あの矢の前に、この刃の下に、かれら全てを孤立させるな。
   この人間(じんかん)を縁なく無援と思わせるな。
   共に具して天を戴け。刃の堅きを、かれらの背の支えとせよ。
   ……わが亡夫、獅子郎どのの教えにございますれば。

『らしい』至東のその声が言霊のように作用する。
 寄せる波のような敵を一度ばかり振り払い、疲れ果てたリアを『守って』居た。

 ――諦めるな、折れるな。

「……そうよね」

 ――その痛みを堪えて前を向け。オマエを待っている者達を裏切るな!
   そうして悪夢を振り払い……戦い抜け、帰って来い……リア!!!
   耐え忍び戦い続ける、オマエの心にオレの炎を重ね合わせよう……!

「強面の癖に随分優しいじゃない……?」
 ウォリアの声に応じるかのように幾つかの闇が砕け散る。
 この世界は酷く不安定だ。リアに侵食するのが父(ダンテ)のイメージだとするならば、売る程の奇跡と可能性を抱えた特異運命座標ならば干渉にも届こうという事だろうか。
 彼だけではなく届けられる声はリアを励まし、各々がほんの少しの奇跡を以って彼女を支え続けていた。

 ――リアさん…あなたにはこの世界に来て初めて家族の大切さを教えてもらったわ
   あなたには普通の事だったかも知れないけれど……
   あの、修道院に行ったあの日……温かな時間は今だって忘れてないんだから!

「エルス」
「負けないで。負けると思っても居ないから」と届けられた声は癒しとなって動かなくなったリアの足にまた一歩を踏み出させる。

 ――クォーツ院も、皆も魔種の攻撃を受けました。
   でも、皆で持ちこたえたんです。リアさんのお帰りを待ってくれているです! 無事を祈ってくれているです!
   院の人たちだけじゃない。メイもクラリーチェねーさまも。お帰りを待っているのです!

 軋みを上げる自分自身がメイの言葉で急速に巻き戻る。
「『あたしは独りじゃない』!」
 何度も、何度も繰り返した。
 現実とはまるで違う時間の流れの中、数多の想いを背負って『やり直した』。
 ……だが、戦いはやがて押し切られる結末の決まった『一進一退』に過ぎなかろう。
「そうよね、あたしの大切な人達。
 差し出される手を取って、ここから飛び立ち貴方達の元へ帰るから!」
 それでも神曲を奏でるリアの双眸に諦めの色ばかりは宿らない。

●第三楽章
「俺はかつて、あの女に賭けた。
 あいつは勝ってみせた。なら、俺が駆けつけぬ理由はあるまい。
 まだ俺は賭けたいんだ。あいつの見せる劇場のフィナーレに!
 観客席からの、俺なりの喝采の拍手を!」
 何処か芝居がかったかのようなブランシュの声には独特な熱が籠っている。
「『色欲』には借りがある。
 ……護衛依頼の延長戦だ。彼女(リュクレース)の無念、晴らさせて貰うぜ!」
「リアちゃんは大事な仲間で戦友なんだ!」
 ベルナルドが、セララが強く気を吐いた。
 ルクレツィアとの戦いが熾烈さを増す一方で、ダンテとイレギュラーズの戦いも佳境を迎えていた。
「バッドエンドになんてさせないよ。
 ボクらがリアちゃんを救ってハッピーエンド。それがボクらが掴む、希望の公演だ!」
 セララの放った一閃が目前を塞いだ魔種を完全に打ち滅ぼす。
 イレギュラーズ側もある者は傷を負い、ある者は疲労困憊の有様ではあったが、
「僕は愛する人の為に頑張る全ての人を応援しております。
 最近恋が叶った以上、今は特に気合が入ってる身の上だから――」
 嘯くウィリアムはアルテミアの事もあってか実に意気軒高であった。
「お守りもたまには役に立つじゃねぇか」
 対策(カラビ・ナ・ヤナル)に感謝するサンディのみならず、イレギュラーズ側はあくまで『敵に合わせる』名手であった。
 敵を知れば百戦危うからずとは言うが、少なくとも敵に見目も向けないよりは上手く事が運ぼうというものである。
「……」
 色欲に傲慢のついたルクレツィアは言うに及ばず、そういう意味では芸術家肌のダンテも似たようなものだったかも知れない。
「確かにお前は名指揮者で、この場のコーディネートも立派なのかもな。
 ルクレツィアなんかパトロンみたいなもんで――そりゃあ偉大な『芸術面』も分かるってモンだわ」
 サンディの言葉は皮肉めいていて、的を射た評価だったかも知れない。
 サンディはありとあらゆる阻害と呪い、『曲』の織り成す強烈なまでの破壊のプレッシャーを凌ぎ、危険を濯ぎ続けて来た。彼の仕事はあくまで敵への対応という後手を踏んでいたが、常に意味を持っていた。『好き勝手に演奏していたダンテとは大いに違う』。
「……だけどな、指揮者とパトロンだけが演奏を決めるわけじゃねー。
 劇場の主役は、演者と、観客だ。その演者を塗りつぶそうってのは、どうにも納得できねーな!」
 サンディの『減らず口』は決して止まらない。
「前回の一番は、やっぱリアを置いてきちまったことだ。
 一人で背負う、背負わせる――どっちも『違う』よな? そういうの!」
「我 フリック。我 フリークライ。我 墓守。
 死者 心 護ル者。最後マデ娘ト夫愛シタ ベアトリクス ソノ心ヲ護ロウ。
 既ニ亡キ人トシテノダンテ ソノ心ヲ護リ続ケヨウ……!」
 気のせいか、フリークライの無機質な声にすら僅かな熱が籠っている気がした。
 彼等は倒れない事を役割と請け負った。仲間達を支え続けたからこそ今があるのだ。
「何度だって――」
 何れにしても『時限式の翼をとうの昔に失ったとしても』サンディの言葉に勇気と勢いを増したシキとは対照的と言えるだろう。
 ダンテ側で徐々にイレギュラーズの攻勢が強まっているのは、ルクレツィアが殆ど連携という思考を持ち合わせていない事も大きい。
 特にリカが『意地の一撃』をくれてやった後のルクレツィアは感情的になっている。
 元々の視野の狭さが輪をかけている――その分、彼女を抑え込むイレギュラーズは手酷い目に遭っているのだが。
(……ねぇ、リア。聴こえてる?)
 互いの鼓動の音すら聞こえそうな至近距離の戦闘でシキは遠く――何処かに居る筈の親友に語り掛ける。
(私の音色。私の感情。君とサンディ君が、無機質だった宝石(わたし)にくれたもの。
 大好きだって、愛してるって――空がどこまでも続いているように、どこにいたって繋がってるって。
 ……こんな照れるやつ、一片だって聴き洩らさないでよ!)
「まさか、これ程に――」
「――これ程ってのはどれ程だよ?」
 獰猛な笑みを見せたクロバがダンテの驚嘆を鼻で笑った。
「やるぞシキ、サンディ、皆! 頑張り過ぎてるあの馬鹿をそろそろ迎えに行ってやるぞ!」
「ああ! 地獄の底も、天の果てでも共にいる。一人になんかさせない。もう二度と、この手が届かないなんて言わせない!」
「助ける時なら近寄って。助け終わったら、ササッと離れる。
 それが、『サンディ・カルタらしさ』ってヤツなんだけどさ。
 今ここでそれじゃあ、あまりにも他人行儀だよな?」
 ……この物語に一片でも救いがあるとするのなら、正念場である事は知れていた。守り役の大半を失ったダンテに攻勢が集中していく。戦闘力を失った者も含めイレギュラーズ側の被害も甚大ではあったが、押し切るには『ここ』しかないのは明白であった。
「espressivo――素晴らしいが、『もう少し』なのだ」
「マリアさん、一気に削り取りますよ!」
 感嘆めいて漏らしたダンテにドラマが鋭く叫んだ。
「勿論! 黙って見過ごす筈が無いだろう?」
 分かっていたように同時に飛び込んだマリアの渾身の乱撃が突き刺さる。
 体を折ったダンテの繰り出した至近距離での衝撃にマリアの身体が跳ね飛ばされる。
「はは……! 流石にきついね! だが!メテオスラークの苛烈さは! こんなもんじゃなかったぞ!」
 ステージの床に三度もバウンドした彼女はそれでもその身を起こしていた。
「私は絶対に諦めない!!
 どちらが正しいとか間違っているとか、そういう問題じゃあない!!!
 私は君のやっていることが気に入らない――私は、私の全存在を賭けて君を否定せずにはいられない!」
「……っ!?」
「どっ、せええええええええい――ッ!」
 マリアの啖呵に注意を奪われたダンテの横腹をヴァレーリヤ渾身のフルスイングが捉えていた。
「ナイスアシストですわ! マリィ!
 さぁ、ここで一気に決めに行きましょう!」
 状況の加速が彼に隙を作り出していた。「もう少し」と称した不吉な何かも影響を与えたかも知れなかった。
 何れにせよ度重なるマリアの乱打に余力を削られ、今ヴァレーリヤの暴力的な一撃を直撃させたダンテからは既に余裕の色が消えている。
「言われないでも――」
「――それはそうです!」
 そしてゼファーは過去最大の八つ当たりを実施中で。ドラマはこの父親に言ってやりたい事は山のようにあるのだった。
「言っちゃなんだけど、アンタの自慢の娘はガッツのある子よ。
 ハッキリ言って、結構真剣にいい女だわ。
 花も女の子も、綺麗なだけの飾りじゃないの。それ以上にだってなれるのよ――」
 ゼファーの槍が闇を穿つ。
「何時までも掌の中にあると思ったら大間違い。親が無くとも子は育つものなの。
 ソースは私だから間違いないわ――」
 長身のゼファーの一撃をブラインドにするかのように間合いに潜り込んだドラマが隙だらけのダンテを睥睨していた。
(――全く、リアさんには言いたいコトがいくらでもあるのですよ!
 あの時貴女がどうにかしなければ、全員帰られるかさえ分からなかった。
 そんなの、わかっています。それでも、ですねぇ! 感情は追い付かないのです。
『そんなに簡単では無いのですよ』!)
 スローモーションのような時間の中で、逃れようとするダンテを『見切る』事はドラマの技量ならば簡単過ぎた。
 伯爵は取り返した。
 本来ならば留守番でもさせておく方が良いのだろう。
 だが、理屈じゃないから彼も今ここに在る。
 ドラマが彼を背に守り続けたのは――彼がここに必要な人間だからだ。
『物語のお姫様』みたいに囚われて、何時ものあの不敵な顔を見せてくれない寝坊助を叩き起こす為に必要だと思ったからだ!
「――だから一緒に、帰りますよ!!!」
 リトルブルーが『喝采』を産む。
 マリアと共に刻み続けた足跡は遂にダンテの魔力の全てを削り取ったかに思えたが――

「――成ったぞッ!」

 ――全てを略奪され、滅びゆく死に体のマエストロの絶叫は希望的観測を砕くものになる!
 
●断章 EX
 少しだけ、少しだけ時間を遡る。
「……」
「……………」
「……………………」
 ローレットで黄金劇場への門を維持するシュペル・M・ウィリーは難しい顔をしたままだった。
 自他共に認める『自称神』である彼はやたらに形状を変化させ、リンクを断ち切ろうとする厄介なパズルへの集中を余儀なくされていた。
「……」
「……………」
「……………………」
 そんな彼が一層難しい顔をしているのは単純な難題によらぬ理由があった。
「やっぱ先生はツンデレと言うか、素直じゃないなァ」
「……」
「俺はシュペル先生の弟子。故に全力で先生の手助けをするぞ!
 そうでなくても仲間の命が懸かってるンだ、なんでもやる。先生、何か出来んだろ?」
「……………」
「なあ、先生!」
「煩い!!! 第一が! 小生は断じてツンデレ等ではない!」
 自称弟子ことレイチェルが傍らで肩を竦める。
 堪えないとは彼女の事で、相変わらずの渋面をもっと渋くしたシュペルに錬が言葉を添えた。
「縁の下の力持ちも職人の誇りだが、事ここに至っては直接手を貸した方が後悔せずに済むぜ。
 それにしたって――シュペルを目指してもう三年にもなる、もう足元位には及んでるさ」
「傲慢だな」と鼻を鳴らすシュペルに錬は「まあまあ」と続けた。
「レイチェルも言ってたが、ほんの少しでも足しになる話の筈なんだ」
「……」
「必要なのはアンタが一瞬でもリアに再干渉する『余裕』だ。
『向こう』の様子は知れないが、そんなに優しい状況じゃない筈だからな」
「そう、それだよ!」
 レイチェルが我が意を得たとばかりに言う。
「俺は先生に後悔して欲しくないんだよ!
 リアを助けられなかったら後悔するだろうから。後悔して欲しくない!
 男だろ、今行かないで、いつ行くんだ!!!」
 レイチェルの一喝にシュペルは過去最大の溜息を吐き出した。

 ――友よ! ルートの維持で手一杯なのは分かってる! けど、もうひと踏ん張り頼めないか!?
   あの姉の為なんだ!!!

(知ってるが?)
 どれもこれも悲惨極まる。
 シュペルからすれば理解不能のポンコツだ。
「……酷い勘違いがあるようだ。
 事実誤認著しいが、訂正は面倒だから割愛する。
 だが、まぁ。凡百共でも使い潰す程度の仕事は出来るだろうよ。
 ほんの十秒ばかり、情報処理を貴様等の『脳』に押し付けるから、死なない程度に何とかしたまえ――」

●断章 III
(ああ……)
 リアは満身創痍であった。
(……ああ、もう『ダメ』だ)
 信じられない位に長い時間敵を払い。
 信じられない位に強靭に自分自身を守り続け。
 ……信じられない位に傷付いて、信じられない位の絶望に身を浸していた。

 第一楽章は蛮勇のレジェロより始まり。
 第二楽章は盲目なるマエストーソを過ぎ。
 第三楽章は熱涙とリゾルートを迎え。
 第四楽章は狂愛スケルツァンドに到り。
 第五楽章は安寧のアマービレを経て。
 第六楽章は慈愛のカルマートと共に。
 第七楽章は激越とスピリトーゾを越え。
 第八楽章は絶望のドルチェを見て。
 第九楽章は嘆きのコン・フォーコに結ぶ。

 強くとも乗り越えられないものはある。
 例えそう望んでも、手に入らない結末もある。
(……もう、力も入らない。頭もぼうっとする……)
 リアを励まし続けた暖かな声すら遠い。
 彼女を絡め取った濃密な闇は十重二十重に彼女の自由を許さなかった。
 緩やかな廃滅の中で、胡乱とした彼女は酷く疲れて目を閉じる。
 そう、彼女は驚く程に頑張ったのだ。
 彼女でなければ、仲間が居なければ決してこんな健闘は無かったに違いない。
 だから、この終わりは仕方のない事だったのだ。
 リア・クォーツという少女の見せた足掻きは伝承にさえ賞賛され得るものだったのだから。
 物語は終わりだったのだろう。

 ――『あの』僅か十秒が無かったのならば。
   しつこい弟子だかライバルが彼を説き伏せなかったなら。
   最後の声は絶対に届く事は無かったに違いない!

 ――! ……!

「……?」
 意識を失いかけたリアは不意に自身を取り巻く闇の濃度が薄れている事に気が付いた。
 遠く、自分に呼びかけ続ける声が『近く』なっている事を自覚する。

 ……――! ――……!

(……あ、これ……)

 ――あ、リアさん聞こえてます?

 何処か惚けて淡々とした調子に正純だ、と思った。

 ――私もう星の巫女でもなんでもないので、いわゆる謎パワーみたいなのは届かせることは出来ませんし。
   ちょーっとバタバタしてて戦場に駆けつけることは出来ないんですけど……
   普段あれだけパワフルに立ち回って、向こうみずに突っ込んでいくんですから。
   ……大丈夫だって思ってますよ。
   今回もなんてことないでしょう? 王子様も迎えに向かってますし、ね。

(何それ!)
 ……と思うと同時に心臓が跳ねる音を聞いた気がしていた。
 正純の調子は何時もの通りで、却ってリアはそれで冷静さを取り戻したが、聞き捨てならないのは最後の言葉だ。

『王子様も迎えに向かってますし、ね』。

「まさか――!?」
 もう出ないとすら思っていた声が殊の外ハッキリと外に出た。
 そうしてリアは僅かばかりに呼吸と活力を取り戻す。
 魔種の――それも冠位の居るような戦場に、まさかあの人は顔を出している……?
 面倒臭い運命ばかり背負った、こんな可愛くない孤児の娘のその為に!?

 ――リアさん!!!

 強い、強い想いがリアの全身を貫いた。
「な、何やってるんですかガブリエル様……!」
 自分自身が消えかけだというのに、もうそれ所ではない。
 彼が居ると言うのなら止めなければならない。いいから早く戻って貰って、そして――
 リアに差し出された細い希望の糸は――『彼女』の力で強く頼りがいのある救いへと姿を変える!

 ――R.O.Oの時も、メテオスラークの時も、リアちゃんが大変な時に一緒にいられなかった。

 燃えるような願いの奔流はもう一人の親友の声だった。
 口惜しさと悔しさとが綯い交ぜになった決意は絶対に譲らないという強い想いに満ちていた。

 ――それなら、ボクのやることは!
  『ボクの全てを燃やし尽くしてでも、今度こそリアちゃんを助ける事だけだ』

 リアに圧し掛かる無数の闇が渦巻く炎に焼き尽くされる。
 その炎は全てを壊す力の塊でありながら、驚くべきかリアにはかすり傷一つ負わせない。
 それ所か、黒く染まっていた彼女の身体から侵食していた『何か』を追い出してさえいる。
「馬鹿……」
 リアは誰が何をしたかを知っていた。
 腐れ縁の相棒は……他人の事を言えない位に無鉄砲ばかりなのだ。
「こんなので燃え尽きたりしたら……こっちが許さないわよ。焔ァ!」

●第四楽章
「――成った!」
 その言葉と世界が『割れた』瞬間は殆ど同時の事だった。
 破砕音に目を見開いたのはダンテであり、ルクレツィアであり、或いはイレギュラーズだったに違いない。
 完全に『詰んで』いたリアは確かに闇に飲み込まれた筈だったのに。
「戻ったわね」
「リアさん!」
「リア!」
「リア!?」
「リアさんだよ……!」
「リアじゃない」
「リアさんですね!」
「姉!」
「貸しが百万個ですわよ!!!」
 リカ、ドラマ、シキ、サンディ、フラーゴラ、ゼファー、シフォリィ、マリア、そしてヴァレーリヤ。
 歓喜の声達はたった一つの事実を示す。

『煉獄は完成しなかったのだ』。

「……え、ええと……」
 ぺたんと座り込んだ格好でそこに現れたリアは、
「戻ってこれたみたい。その……」
 どうしようもない位にリアのままだった。
 口下手に何とも罰が悪く、上手くモノが言えない彼女にガブリエルは微笑む。
「――おかえりなさい、リアさん」
 その言葉は無論、全ての仲間の代弁になろう。
 しかし、温かな時間を満喫するには少々状況が悪過ぎた。
「――マエストロ!」
 事態を察したかヒステリーじみたルクレツィアの声が響く。
 もうどうしようもない位に怒り、極上の美貌を歪めに歪める彼女にダンテは溜息を吐き出した。
「失敗だ。スポンサー殿」
 よろけるダンテは既に戦う以前の問題である。
 ルクレツィアは兎も角、戦いという意味でダンテとイレギュラーズの決着はついていた。
 そして今、ダンテに残された『煉獄』すらも破壊された。最早彼に打てる手は無かろう。
「……だが、或る意味での成功でもある。口惜しい事はこの上なくも」
 状況が把握し切れないリアを見た彼は呟く。
「『煉獄』は成らず、しかし『英雄幻奏』は完成した。実に皮肉な話にはなるが――」
「――御託は結構!」
 ピシャリと制したルクレツィアはこの結末を受け入れる気は無いようだった。
「この期に及べば是非もありません。『冥王公演』が中座ならば、全て私が殺し尽くすのみ。
 マエストロ。勿論、貴方も例外ではありませんわよ」
「性の悪い女ね。最後に八つ当たりぐらいあったって当たり前ってワケ?」
『お互い様』のルクレツィアに冷たい汗を流したゼファーが槍を構え直していた。
「……っ……まずい、かも」
 怒りに燃えるルクレツィアの言葉にフラーゴラが細く呟く。
「色欲を司る貴女の策が、愛によって全て掌から零れた気分はどうですか、なんて。
 訊いてやろうかとも思いましたけど。はいそうですか、と諦めるようなタマじゃありませんよね」
「この、ヒステリー!」
 シフォリィにせよ、リカにせよ既に満身創痍である。
 ルクレツィアと激戦を繰り広げた面々は特に傷みが酷く、ダンテ側にも余裕がある訳ではない。
 荒ぶる冠位は多少のダメージを負ってはいるようだったが、七罪なる魔種が『多少』でどうにもならない事をイレギュラーズは知っている。
 同時に濃密さを増す彼女の魔力の浸透は『何が起きるとも分からない最悪の権能』の発動がすぐ傍にある事を知らせていた。
「――実に、実に煩い。劇場では静かにしろと紳士の兄は教えてはくれなかったか」
「!?」
「殺されずとも、じきに滅ぶ。
 嗚呼、そう考えればスポンサー殿。私も言いたい事を言えるというものだ。
 これ程の敗退を経てそう騒がれては観客も演者も何処までも興が冷めように」
「マエストロ――」
「――貴方の無作法は正直、我が劇場の目に余る」
 言葉と共にルクレツィアの姿が消え去っていた。
「……これは一体」
「『起源増幅』で繋がっていた故に、弾き出す事も可能であった。
 ……まぁ、そんな事は大した話ではないな。
 何れにせよ、諸君は勝ち私は敗れたのだ。
 私は私の公演の結末をこれ以上汚されるのは勘弁ならなかったに過ぎない」
「それも、魔術でしょうか」
「……どちらと言えば芸術だ」
 ドラマの言葉にダンテは何とも分かり難い返答をした。
 起源増幅から切り離された黄金劇場の輝きが褪せ、世界は色を失い朽ち果て始めていた。
「願いは一体何時から腐り果ててしまったのだろう。
 私は確かにベアトリクスを愛していたのに。
 アベリアが産まれた時、全てを賭けて守ると誓ったのに。
 私の曲(あい)はどうして褪せてしまったのだろうか?
 何一つ間違っていなかったのに。間違っている筈も無かったのに!」
 それは慟哭。
 崩れ落ちたダンテの息は細く、最後がそこにあるのは誰の目にも明らかだった。
「ああ、もう! 公演がどうの煉獄がどうのと、何をフニャついた事を言っていますの!
 リアはたった一人残った貴方の家族でしょう!?
 魔種の本能なんかに踊らされて――その癖、最後には色欲を外に放り出して!
 そこまで来たなら男を見せなさい! 貴方だって、分かるでしょう!?」
「……」
「……リア」
 ダンテを一喝し、唇を引き結ぶリアを促す。
(魔種は倒したら遺体が残らないから、いつか最後の審判が来てもきっと再会は叶わない。
 だから、リアとダンテが最後に言葉を交わす時間くらいは取ってあげたいと思ってございましたわ。
 ……あの時言っておけば良かった、最後にもう一度声を聞いておけば良かったなんて後悔、しない方が良いに決まっていますものね……?)
 ルクレツィアの邪魔が入るなら身を挺してでも阻止する心算だった。
 だが、問題(ルクレツィア)は他ならぬダンテによって除かれた。
 公演を理由にした彼の言葉が額面通りであるとは思えない――或いは、思いたくはない。
「ヴァリューシャ……」
「……本当に世話が焼けますわ」
「うん、そうだね」
 それはマリアが誰よりも知る人並外れて無軌道で、人並よりずっと情に厚いヴァレーリヤという女らしい物言いだった。
「……父さん」
 歩み寄ったリアからその一言が漏れていた。
「……」
「……父さん」
「『英雄幻奏』は理解したかね? リア・クォーツ」
 ダンテは『マエストロ』としてリアに問う。
 コクリと首を縦に振ったリアは言う。
「地獄の暗闇に取り残され、煉獄の焔に焼かれたとしても。
 光を信じ周囲を見渡せば、人は孤独ではないと気付ける。
 一人でなけば手を伸ばせる、居ると分かれば手を掴める。
 この曲はきっとその為のものだった」
 物心もつかない内からリアの中に眠っていたその曲は愛する娘と、魂の色を同じくする『もう一人(ミシェル)』の為に若き天才が贈ったギフトだ。
 それは孤独に苛まれた前世を、或いはクオリアに苦しむリアを守るように、諭すように。父が贈った最初で最後のギフトだった。
「――宜しい。君は素晴らしい生徒だった」
 全ての楽章をなぞり、辿り今答えに辿り着き――リアの目の前には野望果て、嘘のような穏やかさを取り戻した父が居た。
「……ん?」
 ドラマの耳がピクリと動いた。
『探し物』に僅かな反応があったのだ。それはきっと、もしかしたら――
「遠回り過ぎるのよ」
 第一楽章は蛮勇のレジェロより始まり。
 第二楽章は盲目なるマエストーソを過ぎ。
 第三楽章は熱涙とリゾルートを迎え。
 第四楽章は狂愛スケルツァンドに到り。
 第五楽章は安寧のアマービレを経て。
 第六楽章は慈愛のカルマートと共に。
 第七楽章は激越とスピリトーゾを越え。
 第八楽章は絶望のドルチェを見て。
 第九楽章は嘆きのコン・フォーコに結ぶ。
 ……結ぶ。いや、嘆きで結ぶのは間違いだ。
「ここまで来るのに時間が掛かっちゃったけど。
 父さんが願い、母さんが紡いで……だから、あたしは願いの先に行く」
 最終楽章は『歓喜なるカランド』。
 音色はやがて途絶え、しかし未来に続くだろう。
「大好きよ、父さん」
 リアの言葉に溜息に似た声が応えた。

 ――私もだ、アベリア。

●最終楽章
「……もう行くのね?」
 名残惜しそうに尋ねた女に男は「ああ」と頷いた。
「罪を飲み干し、数多の罪を重ねた。
 そうする他が無かったとはいえ、そうしたのは自分自身の責任だ」
「……私達を守りたかっただけなのに?」
「君達を守りたかったのは私の欲望だ。
 そして、君達を傷付けてしまったのも同じ話だ。
 ……ままならないな。輝かしい夜の聖女のように、全てを収める力があれば良かったのに」
『あの頃』の面立ちに戻った男に女は小さく首を振った。
「……貴方は貴方。他の誰でもない。他の誰にも代え難い。私の最良の夫で、あの子の父親」
「そうか」と応じた男は女の頬に手を触れた。
 否。二人の双方に『実体』は無い。
 故にそれは強い、強いイメージだ。
 他の誰が目にする事も叶わない、唯の幻想に他ならない。
 他ならないのだが――
「……ダンテ」
 女は背伸びをして男に深く口付ける。
「ベアトリクス」
「今度こそ、さようなら。ダンテ」
 男は女の言葉に微笑み「ああ、さようなら」と淡く応じた。
 終わりの道を共には行かない。
 男は妻を『取り込んだ』。されど、彼は彼女を消滅させてはいなかった。
 迷惑をかけた愛娘への『お返し』を妻に託し、彼は永遠の旅に出る――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)[重傷]
白銀の戦乙女
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)[重傷]
優しき咆哮
サンディ・カルタ(p3p000438)[重傷]
金庫破り
リカ・サキュバス(p3p001254)[重傷]
瘴気の王
マリア・レイシス(p3p006685)[重傷]
雷光殲姫
ゼファー(p3p007625)[重傷]
祝福の風
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)[重傷]
星月を掬うひと

あとがき

 YAMIDEITEIっす。
 劇場版PPP第三弾『プルートの黄金劇場』をお送りしました。
 サポ50とはいえ24000はめちゃくちゃやりすぎた気がします。

 尚、サポート参加ですが焔ちゃんがPPP発動でパンドラ値を-22しています。
 あとシュペルに超負荷労働を押し付けられたレイチェルさんと錬さんは頭がパァンしたのでパンドラ値を-7しています。
 上記はシステム的には記載されませんのでこのあとがきでのご報告となります。

 以上、お疲れ様でした。

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