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シナリオ詳細

<神の王国>禍福倚伏の渦雲

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――混沌各国で、遂行者の行動あり。警戒されたし。
 義弟からの文(ふみ)を受け取り兵の差配に追われていた『刑部卿』鹿紫雲・白水(p3n000229)の元へ、伝令が来た。彼の執務室まで来るものは、その殆どが火急の用である。
 要件は簡易。『手配書の男、目撃報告あり』。そうかと顎を引いた白水は立ち上がる。
 ならば急がねばならない。直にこの地にも『帳』が降りるのだろう。
 民の平穏と命を守るため、警察業を携わる刑部の長として出すべき命は既に下している。執務室で出来ることは――補佐官が。後はこの事態が収束されてから山と持ち込まれることだろう。未来の残業を思えば憂うが、それも国の無事あってのこと。
「御用改めに出る」
 戦装束へ着替えた白水は精鋭の兵等を伴い、多くの刑部兵等に都度命を下しながら御所を出た。
 向かうは遂行者の元。
 降りたる帳の定着の阻止と民たちを避難させるために。


 ――『とある遂行者』からタレコミがあった。
 当然名は記されてはいないが、その筆跡は『グドルフ・ボイデル』の物として間違い無いだろう。
 そう口にした劉・雨泽(p3n000218)が記されていた内容の説明を続けていく。「まず、僕等がやらなくてはいけないことは二点」と右手と左手の人差し指を一度立ててから、下げた。
「ひとつ、『理想郷』を破壊して権能を挫く」
 神の国――否、神の王国にある理想郷。これはルスト・シファーの権能の大部分を占めている。神の御業と言えば『天地創造』・『生命の息』・『知恵と言』を与える事。理想郷の中に様々な生命を創造し、生かし、死を与えない――それはまさしく神の御業であると理想郷に住まう者、そして『知恵と言』(聖痕)を与えられた選ばれし者(遂行者)たちは信じている。
 理想郷はルストの権能で作られている。だが、手広く何かを行おうとすれば、全てに目が届かなくなる。傲慢故にそれくらい大したことではないと思っているのだろう。――それを狙って破壊し、綻びをより大きくしよう。
 詳しく説明を終えた雨泽は右手の人差し指を上げた。
「ひとつ、各地に降ろされんとする帳を『制圧』する」
 ルストは世界全て――幻想と終焉以外に帳を降ろそうとしている。世界を全て塗り潰し、神の王国にするためだ。
 勿論、各国もイレギュラーズたちもこれに抵抗せねばならない。
 左手の人差し指も上げ、二本の指をクロスする。
「『神の国』と『混沌各地』からの二面作戦。神の国に引きこもっているルストを引っ張り出そう」
 ルスト本人が表舞台に出し、全面対決を行なう。そのための段取りとしての作戦である。

 ――――
 ――

 雨泽はローレットのイレギュラーズたちとともに担当区でもある豊穣へと向かった。
 いつ来るのか、そしてどの地点を中心に帳が降りるのかも、解らない。
 怪しい人物はいないか、何か気になった物事はなかったかと、来るその日まで警戒を続ける必要があった。
 そうして、帳は降りた。
 広がっていく帳はかなり遠方で、急いで向かわねばならない。豊穣に到着する前から知らせを出してあった刑部卿へと報せのファミリアーを飛ばすとすぐにイレギュラーズたちは移動を始めた。
「……いやな感じ、する……ね」
 チック・シュテル(p3p000932)が眉を寄せて空を見ていた。降り注ぐ帳だけを見れば神の恩寵のように見えなくもない。けれどあれはその地に住まう者たちにとっての害でしかない。
「……と、連絡が」
 刑部からですと告げるのは物部 支佐手(p3p009422)だ。
 その連絡には、刑部の兵たちは豊穣各地に散り、現れ始めた終焉獣や影の天使との戦闘を開始したこと。
 そして――
「あの方は先に動き、どうやら既に交戦を始めとるようです」
「あの方って刑部卿? へぇ~お偉いさんなのに前線に出るんだ~?」
 私ちゃんは見たこと無いけど八扇のことは簡単になら知っているよ、と茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)。
「普段静かそうにしてるけど……あの人、戦闘狂(バーサーカー)だよ」
「え……?」
 雨泽から溢れた単語に、ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が聞き間違えたかしらと小さく呟いた。
「数年経っても未だに空席だらけの八扇の刑部卿に納まった人だよ?」
「そう言われると……確かに?」
 説得力もあるような、と結月 沙耶(p3p009126)は思うけれど、豊穣での仕事を通して人物像を思い描いていたジルーシャにはちょっと信じがたいことのようだ。チックも不思議そうに目を瞬かせている。
「少し驚くかもだけれど……まあ急ごうか」
 白水が遂行者の足止めをしてくれているであろうことは明白なのだから。


「その角……うちの一族ですか」
 名前は……と『救い手』雲類鷲・氷聖(p3n000352)が首を傾げるが、豊穣貴族は元服で名が変わる者が多い。彼ら『雲の一族』もその例外ではなく、幼名しか氷聖は知らない。
「そんなものはどうでもいい。それよりもお前、部下に対して何も思わぬのか」
 氷聖よりも前方には沢山の白服を纏う者たちが倒れていた。みな完全に意識が落ちているらしく、身動ぎもしない。
 じゃらりと分銅鎖が揺れる金棒を肩に担いだ柄の悪い男がそう言って、色付き眼鏡(サングラス)越しに睨めつける。男の更に後方には武器を構えた刑部の兵たちが影の天使等と戦っているが、男は彼らを信じているのか振り返ることはない。
 対する氷聖は微笑を浮かべたまま「いいえ」と首を振る。
「俺も胸がとても悲しいです」
「チッ」
 そっと胸を抑える氷聖へ、白々しいと思っている態度を隠さないが――男はどの状態であろうと常に冷静だ。苛立たしげに目を眇め、思案する。
 ――待つべきだろう、と。
 男は既に傷を負い、対する氷聖には汚れひとつない。
 社殿の階段に悠々と立ち、男を見下ろしていた。
「これも誼(よしみ)でしょう。少し俺と話しましょうか」
 どうやら俺も君も、同じ子を待っているようだから――。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 氷聖と決着、そして神の王国降臨を阻止しましょう。

●成功条件
 氷聖の撃破

●シナリオについて
 世界各地に遂行者が現れ、大掛かりな帳が降りています。
 神の王国降臨を阻止すべく、遂行者を倒しましょう。
 現場には白水と氷聖が居り、氷聖の信者たちは倒されています。ですが、氷聖は力のある遂行者。白水はあなたたちが来るまで氷聖が移動しないように足止めをしていましたが、あなたたちが駆けつけるとその場を任せます。
 ふたりが睨み合っている(氷聖はニコニコしています)ところへあなたたちは到着し、タッチ交代となります。
 長期戦となることが予想されます。

●フィールド『豊穣』帳内
 氷聖はとある大きな神社の境内にいるため、そこが戦場となることでしょう。
 氷聖は社殿の前に居ます。
 核となるのは、氷聖の『神霊の淵』です。

●エネミー
◯『救い手』雲類鷲・氷聖(p3n000352)
 多くの信者に『先生』と呼ばれ、慕われている有翼の男性。遂行者です。
 『雲の一族』の者であることが明らかになっています。自身が魔種に堕ちる原因となった雨泽に執着しています。
 彼の傍には多くの信者たちが倒されています。息はあるようですが戦闘不能となって転がっているので、皆さんからすると少し邪魔かも知れません。(戦闘時の足場的な意味で)

・『絶対的な皓』
 白を黒に、黒は白に。彼の言葉は本物になる。
 虚実を真実に、黒を白にする聖痕による奇跡の力。そのため氷聖の聖痕は舌にあります。
 例えば「君の翼は白ですよね」と言えばそう塗り替えられ、「もっと強いはずですよね」と言えば人体のリミッターを解除させて戦わせること、歩けない人を歩かせること、声が出ない人に声を与えることも可能です。
 だが、『信徒』(下記『信仰』を受けた者も含む)のみにしか効かないため、彼は姿を見せて信徒を増やしていたのです。

・『呪符』
 たくさんのヒトガタの呪符が飛んでおり、防御も攻撃も務めます。
 基本的には遠距離の攻撃、単体と範囲持ち。【呪い】【重圧】【致命】【雷陣】【疫病】【無策】等のBS付与や【ブレイク】【Mアタック】が行なえます。

・『信仰』
 氷聖に対して絶対的な信頼を抱く『信徒』となり、氷聖が有利となる行動をとります。戦闘時なので大抵の場合は「かばう」か「一等総合計のダメージが出る攻撃を行う」(一人に対して2000より、三人巻き込めて合計2100ならそちらを使って攻撃する)でしょう。別に命令が下ったた場合はそれに従います。
 対象:氷聖からR3位内、自身(イレギュラー)の行動時に判定
 判定:氷聖のステータスのみに因り、FB時失敗
  A:遭遇回数が3回以上……約3割の確率
  B:遭遇回数が5回以上……約5割の確率
 解除方法:強く殴る!(体力の1/10程度の被ダメージ)

・聖遺物『忘我の十字架』
 信仰の象徴たる十字架。くるくると姿を変えることが可能で、依代にもなります。
 装備効果【BS無効】【棘】/毎T自動付与【神無】【物無】
 ダメージを通すのはかなり困難ですが、十字架にダメージが入った場合、雨泽へ半分のダメージが分け与えられます。破壊されると雨泽が戦闘不能になります。

・『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』
 遂行者は『聖痕』を与えられ、ルストに謁見した時点で『神霊の淵』の契りを交しています。
 氷聖の体力が1/4を切ると出現します。缶ジュースくらいの大きさの紫水晶めいた形をしており、浮かんでいます。中には氷聖の心臓の半分と角の欠片が収められています。
 これが出現すると遂行者のリミッターが解除され、とても強化されます。『信仰』は一段階上がります。(初見でもAになります)
 ですがこれには制限時間があります。皆さんが10T耐えきると効果がなくなり氷聖は極度の疲弊で弱体化します。また、これが破壊された時点で遂行者は聖痕の『盟約』で灰となって消滅します。

・『原罪の呼び声』
 直接的には雨泽に対してチクチク言葉を発しておりますが、余波はあるでしょう。
 雨泽は氷聖を倒すぞ! になっているので、精神的な大打撃が無い限りは「うわ、うざ」と跳ね除けます。

◯終焉獣や影の天使 … いっぱい
 刑部が引き受け、寄せ付けないようにしてくれるため、気にしなくて大丈夫です。氷聖に専念してください。

●味方
◯『浮草』劉・雨泽(p3n000218)
 先日まで浚われたり操られたり小さくなったりしていましたが、姿も戻って元気にピンピンしています。氷聖は雨泽にとっては恩人に当たりますが、今は「アイツうざい」の気持ちでいっぱいです。ぶん殴ってやりたいです。(とどめを刺させる必要はありません。死を見届けに来ています。)
 十字架(依代)と繋がっているからか、『信仰』に対する耐性があります。氷聖がかけた呪いは薄れており、体の自由も奪われません――が、何らかの要因があればその限りではありません。
 基本的には前~中衛として戦いますが、側に居て欲しい等あれば後衛側で「かばう」をするでしょう。してほしいことがあればプレイングで指定してください。回復は不得手です。
 氷聖の十字架が破壊されると戦闘不能になりますが、氷聖と決着つける気満々なので基本的にはパンドラ復活します。もしくは、誰かが特定の携行品を持ち込んで渡すことでも立ち上がれます。

◯『刑部卿』鹿紫雲・白水(p3n000229)
 世界規模で帳が降りたとあっては、刑部卿も御所から指示を出している訳には行きません。
 白水はイレギュラーズたちが来るまで氷聖と問答をしたり、信者たちを分銅鎖と金棒で打ちのめしていたので怪我をしています。が、イレギュラーズたちが来ればその場を任せて下がり、部下たちから怪我の治癒を受け、終焉獣たちが近寄らないように立ち回ってくれます。(なので絶対に挟み撃ちにはあいません。)
 戦後処理(確定残業)に当たれるよう、めいっぱいストレスを発散します! オラー!

・with刑部兵
 帳から逃げ遅れた人々の救出と、暴れまわる終焉獣や影の天使たちの討伐を行っています。刑部卿直属の部下にあたる精鋭たちなので練度が高く、連携もよく取れています。
 白水に「ッシャオラー、テメェ等行くぞ!!!!」と言われると、うおおおおおおと士気が爆上がりします。

◯豊穣の民
 一般的な民たちはみな、神使に対して協力的です。
 逃げ遅れている者も「あっちの方が安全だ」と言えばそちらへ逃げます。ただ、イレギュラーズではない一般人だけでは帳からは出られません。関係者のイレギュラーズは彼等を外に出すことが可能です。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。
 帳に巻き込まれた関係者のみ採用可能ですが、救助活動のみになります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

 それではイレギュラーズの皆さん、どうぞご武運を。

  • <神の王国>禍福倚伏の渦雲完了
  • GM名壱花
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月20日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束
日向寺 三毒(p3p008777)
まなうらの黄
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
咲花・百合華(p3p011239)
白百合清楚殺戮拳

サポートNPC一覧(3人)

劉・雨泽(p3n000218)
浮草
鹿紫雲・白水(p3n000229)
刑部卿
雲類鷲・氷聖(p3n000352)
救い手

リプレイ

●氷雨
『雲の一族』がひとつ、雲英家に待望の男児が生まれた。
 その赤子が産声を上げると、晴天だった空から雨が降った。
 一族の長老たちは「この子は恵みを齎す子ぞ」と喜んだ。

 それは一族の者であれば誰もが知っている話で、一族の者たちはみなその子供のことを期待し、そして羨んだ。一族にある全ての智と術を授けられるであろう子供。その才有りと認められし子供。多くの者が彼になりたいと思い――そして己が彼でなかったことに喜んだのだ。
 たまの休みに刑部の宿舎から家へと戻れば、偶然その子供を見かけた。ひと目でわかるのは、その子供が5歳というまだ『神のうち』である齢であるというのに、常にひとりだったからだ。
 次の授業への移動の最中だったのだろう。書物を手に渡り廊下を抜けていた少年が、ふと足を止めた。理由は知れている。庭で遊ぶ同じ年頃の子どもたちを見たのだ。立ち止まるのは一瞬で、ぱちりと瞬く間にも少年は前を向いて歩いていってしまった。
 可哀想だと思った。けれど、変わってやりたいとは思わない。
 期待をされるということは、自由がないと言うことだ。
 凡夫である己には、才ある者の苦悩は解らない。
(見守っている者も居る、か)
 暁の角持つ少女が世話を焼いているようだし、青い角の少年もまた――

 ああ、と『救い手』雲類鷲・氷聖(p3n000352)から吐息のような声が溢れた。
「君はあの時の子ですか。確か鹿紫雲の家の」
 大きくなりましたねと朗らかに笑う氷聖は『刑部卿』鹿紫雲・白水(p3n000229)にとっては親世代で、縁的に少し離れた叔父に当たる。『翠雨』が神隠しにあった時、氷聖は既に成人して刑部省に入っていた。
「あの子が家を出て、一番に得をした子ですね」
 過去を知っているから、氷聖は白水が嫌がる言葉を知っていた。睨むばかりで口を挟まない白水がじゃらりと分銅鎖を揺らすだけで向かってこない理由も解っている。
 時間稼ぎと、時間潰し。
 けれど口を開いてくれなくてはつまらないと氷聖は肩を竦めた。
「俺も君には興味がないので良いですけど」
 笑みを浮かべながら取り留めのない話をする氷聖と、鋭く睨みを利かせながらも周囲の様子を探る白水。
「――――――!」
 誰かが白水を呼ぶ声が遠くから聞こえれば、「ああ来ましたね」と氷聖が顔を上げた。
 神社の参道を駆けてくるのは、イレギュラーズ。
 そこに笠を被った鬼人種の姿を見つけ、氷聖が嬉しそうに笑った。

●氷炭相容れず
「うぇいよー! 白ちゃん氷ちゃん、こんちゃーっす! ぴーすぴーす!」
 駆けつけたイレギュラーズの第一声は、『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)の明るい声だった。
「うおっと、何かいい雰囲気だしてたのに、空気よめねえウチが邪魔しちゃった的な? うむ、お邪魔いたしました。ごゆるりとって空気じゃないな! ぶはは!」
「丁度よい頃合いでしたので大丈夫ですよ」
「お、そうなん? あざす!」
「物部 支佐手、ここに」
 駆けつけた『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)が遅くなったことを詫びながらも白水へと頭を垂れれば、金棒を肩に担いだ白水は身を引く素振りを見せた。
「……やれるな?」
「は、必ずや。身命を賭して」
 氷聖の足止めを終えた白水は、境内を囲んで警戒していた刑部兵の元まで下がって行く。『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)や『夜明けを告げる鐘の音』チック・シュテル(p3p000932)が回復を申し出ようとしたが、サングラス越しの瞳は一度の瞬きで気力や体力は温存した方が良いのだと拒否を示し、ただすれ違い遠ざかっていった。
「ぶはははッ、よう氷聖の旦那! 今日はちょいと説法を頼まぁ!」
「……ようやく追いついたわよ、氷聖。アンタのことだから、また『礼儀がなってない』とか言ってきそうだけれど……お生憎様、アタシ育ちは悪い方なの」
「元気そうな御仁。君が俺の『信徒』であるならば喜んでと応えますが、俺は無駄が好きではありません。君は……ああ、香りの。夏頃には素敵な贈り物をありがとうございました。そんな、俺に会いに来てくれた方にそんなことは言いません。それに、礼儀という物は後からでも身につくものですよ」
 快活に笑った『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)と孤児院育ちなのと口にした『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)へ、氷聖が微笑んで応じた。『身につけようとしなかったからじゃないの?』と言われたジルーシャは「相変わらず言うわねぇ」と微笑んで、そんなふたりの笑顔を見た劉・雨泽(p3n000218)はうわぁと言いたげな半眼になった。矛先を向けられたくないからゴリョウの背中に隠れておこう。
「おや。君が此処に来たということは、看取ってあげなかったのですか?」
 氷聖の視線がニルへと流れ、告げる言葉。その言葉にニルは肩を跳ねさせた。
 看取っていたら此処には来られないはずだから、ひとりで死なせたんですねと氷聖は告げたのだ。
「……氷聖様は、ハーミル様のこと、どう思っていますか」
「勿論、大切に思っていましたよ。俺の元に望んで来た信徒たちに、俺は心を砕いてきています」
「じゃあ、どうしてハーミル様は!」
「あの子が望んだのです。『先生の力になりたい』と」
 だからそうあれるようにしたまでだ。鎌が鈍らないように守るべき存在を与え、鍛え、戦闘経験も積ませ――けれどもあの子は優しすぎた。やはり『家族』を与えたのは間違えだったのではないかと、氷聖は少し思っていた。
「此処に神の国を定着させたら、弔いたいと思っています」
「そう、ですか」
 でも、とニルは杖を握る。
「定着はだめ、です。これ以上のかなしいことはニルはいやだから……ニルは氷聖様を止めます」
「俺を止めるということは、俺を殺す、ということですよ?」
「……はい」
「酷いことを君は出来るのですね」
「ちょっと氷聖! 小さい子を苛めるのはやめてくれない? ニルだけではないよ。君のせいでどれだけ雨泽が苦しんできたか……!」
 酷いことしているのは君の方だよね、と『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)がニルを庇うように立った。
「あの日は逃がしたけど今日こそは君を倒すんだからね! あの時と同じと思っては困るよ?」
「楽しみにしています」
「……全然期待をしていませんと言っているようにみるのは私の気の所為でしょうか」
「私にもそう見えるので……そう、だと思います」
 氷聖とは初見の『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合華(p3p011239)が口元を覆いながら密やかに口にすれば、傍らに居た同じく初見の『新たな一歩』隠岐奈 朝顔(p3p008750)が顎を引く。
「今日はお喋りだから、だな」
 幾度か姿を見てきた氷聖は、微笑みだけでやり過ごすことも多かった。けれども今日の彼はひとつひとつ言葉を返している。そこにあるのはなんだろうなと『まなうらの黄』日向寺 三毒(p3p008777)は見据えた。

 盾となるべくゴリョウが動いた。
 けれども氷聖の至近距離へ近付くことは適わない。
 バラララララと音を立てて飛んできた数多の呪符が阻害し、それより先へと進めず、ゴリョウは足を止めた。術者である氷聖が近接を赦すわけが無く、攻撃も防御も呪符が行う。呪符が尽きた時、それがきっと至近へと迫れるタイミングだ――が、翼持つ氷聖は飛んで距離を取るだろう。
 発光――夜の室内で生活できる程度の光量では、夜でもない外では然程明るいものでもない。この豚獣人は派手好きなのかなと氷聖は思えど、それは彼(ゴリョウ)の趣味だろうと口を挟まない。例え金ピカの服を着てこようと、まあそういうのも個性ですよねと氷聖は笑顔でやり過ごすことだろう。沢山の癖の強い信者たちに囲まれてきた『先生』は大変なのである。――と言うのもあるが、氷聖自身も後光で元より光っているし、多分彼の光の方が強かったりもする。
 氷聖の素振り無く、自然と呪符は――どうやらある一定の距離に近付かれると呪符が自動的に反応するようだ――『トラウ』も近付けられないように展開する。だが、彼が攻撃をする様子を見せないのを見て、氷聖は「ああ、なるほど」と呟いた。
「彼等を案じているのですか?」
「ああそうだ」
 バレてしまっているのならば、隠しても仕方がない。正直にゴリョウが応じれば、チラと氷聖が信者たちを見た。
「俺が移動してあげてもいいですよ。君たちの攻撃に巻き込まれては命を落としてしまいますからね」
 踏まれたり識別のない範囲攻撃に巻き込まれれば。
 アンタにも悼む気持ちはあるのかと三毒が口を挟み掛け、やめた。氷聖は大神殿でイレギュラーズ等に殺された信者の遺体をそのままにせず、わざわざ引き取り、丁重に弔っている。
 社殿前にいる氷聖が後方へと下がれば階段となってしまうため、飛んだ氷聖は社殿の屋根へと乗った。
「チッ、高いところへ」
 だがそれは、ゴリョウがトラウへ信者等の運搬を頼んだせいだから仕方がない。
「ちと、失礼! お掃除、ウェーイ! 汚部屋はダメだぜー!」
 刀に紫の光を纏わせた秋奈が駆けていき、信徒らへとブンと振るう。その一撃はダメージを与えず、ただ人々を吹き飛ばすだけの不殺の一閃。私ちゃんは曲がりなりにも巫女だからねなんて笑いながらも、社殿側へと飛ばさないようにだけは気をつけた。
「下がらせた者は荷車へ」
 配下数名を連れて駆けつけた弓削・真賀根は支佐手に一瞥もくれずに指示をする。白水とは此処へ至る前に会い、話はついているのだろう。信を置いているからこそ支佐手を案じる必要はないと真賀根は配下とトラウとともに伏した信徒を回収して下がっていく。
(まさか私が獄人を救う日が来るとは、巡り合わせとは分からぬものだ)
 まだまだやることは多い。命ある者は救わねばならない。嘗て命(めい)により奪った命(いのち)を救わんとする。罪滅ぼしのようにも感ぜられながら、真賀根は近寄る終焉獣へと雷槌を打ち下ろし屠った。
「トラウさん、あちらへ」
 振るいかかる火の粉を払うのは真賀根に任せ、「そーじきちゃーん! かもんかもーん」と道中で秋奈に(見つかってしまい)呼ばれた争治姫もまた、倒れている信徒や逃げ送れている人々の誘導に当たった。豆腐メンタルな彼女は、正直こんな場所にはいたくはないが、有事の際に国を守る軍部――兵部へ身を置く身。警察業の刑部の長も有力者も傍で頑張っているのだと己を奮い立たせ、避難活動に奔走した。

 前衛のBS解除のために前衛の傍へと移動しようとしたチックがふらりと揺れた。
「……チック?」
 雨泽が不思議そうに呼んでも返事は返らなくて、チックはふらふらと歩いていってしまう。
「いけません!」
 小さくを息を飲み、ニルが叫んだ。チック様はあやつられています、と。
『信仰』を経験したのはニルだけで、そして『信仰』を観測できたのは雨泽だけだが――彼も意識を奪われていた。
「止めればいいんだよね!?」
 チックの直後に行動できる沙耶がチックへ接近し、ごめんねと口にしてから当身をする。それでも氷聖へ歩まんと――彼のヒーラーにならんとするチックを、傍に居た百合華がEXAで叩き過ぎてしまわないように気をつけながら頬を張った。
「おれ……」
「叩いてしまってごめんなさい」
 余った行動回数でルリルリィ・ルリルラと口遊む。
「だいじょうぶですか、チック様!」
「うん、だいじょうぶ。迷惑かける、して……ごめん」
 チックは夢から醒めたような顔で口にして、気にしないでと仲間たちへと告げた。
「厄介ですね……」
 告げた朝顔へ「ですの」と支佐手が顎を引いた。
 けれどもですが、と続ける。
「殴れば正気に戻すことが可能であることが解りましたの。ほれ、雨泽殿、しゃきっとしんしゃい」
 現時点において『信仰』に対する情報が足りていない。範囲も解らないが……中距離(20m位内)に居るチックが掛かったのだからそれ以上だろう。遠距離以上の距離を保たねば、信仰の範囲に入ってしまう。となれば、自域(自分を起点に10m)の回復手段では都度範囲内――それも作戦で前衛たちは散るように立っているから、誰かに近接している状態で使わねば複数人を範囲に含むことは叶わない――に入らねばならない。
 20m以上はあるという情報と、正気に戻すことも可能という情報。それらを頭の中で反芻しながら明るく支佐手は告げた。この場には、雨泽を気落ちさせる要素で溢れている。雨泽にはまだ休んでいて貰いたかった支佐手は彼の姿を確認せず、氷聖へと召喚した蛇神をけしかけた。
(身体云々もありますが、魔種とは言え恩人の最期を見せることになるっちゅうんはどうにも……)
 友人故、しょげている姿なんて見たくはない。いつもみたいに甘味を抱えて笑い、(支佐手に振り回され)怒り、元気にあればいい。
 蛇神は敵味方の区別がつかぬため、巻き込まれたゴリョウと秋奈からぬわーっと声が上がった。……ふたりとも防御技術も抵抗も高いから、すみませんで済む話なのが幸いだ。
 氷聖の聖遺物が何であるか、そしてその聖遺物にどんな能力があるのか。それは今までに明らかになってはいない。彼は今まで『何故か』何もしなかった。ただ姿を現すだけで――それは手の内を見せようとしない慎重さがあることである。
 故にイレギュラーズたちは対峙して早々に『あの十字架を奪おう』とはならないはずだ。何がどう作用していて、その原因が解ってからでしか動けはしない。何せ『信仰』状態に陥ったことのあるニルでさえ、その原理をまだ知らないのだから。
「どうして俺がひとりなのか、考えてはいないようですね」
 答えは簡単。信徒という存在は増やすことが可能だから。それ以外にも理由はあるが、それは告げる必要はないだろう。
 それに、と氷聖は告げる。
「この帳内全域に呪詛をかけることも可能なのですよ」
 海洋の帳内に廃滅病が蔓延していたように、氷聖にもある程度の自由が可能だ。
 けれどそれもしないでいる。
 何故かと問う者は居ない。そこに雨泽が居るからだと予想がつくし、彼が『傲慢』の魔種だからだ。傲慢故に、そこまでしなくとも勝てると信じている。
「どうして雨泽さんにそんなにも執着するのですか? 本人が拒絶しているのに……そうですよね、雨泽さん」
 記憶をなくしている朝顔が確認を取れば、同意が返った。
「執着、ですか」
「……もしかしなくとも無自覚か?」
「あの子は俺のものなので、普通ではありませんか?」
 三毒が顔を顰めるが、氷聖にはやはりその認識はない。自分の持ち物だから自分の元に居て当然で、付き従うべきで、それが自由にウロウロとしているから手元に戻るよう促している。そのことをおかしく思わないのは、彼が魔種である故なのだろう。

 氷聖は社殿の屋根の上に居て密かに近寄ろうにも目立ちすぎるし、呪符は阻む。
(きっとあれが聖遺物……だよね)
 氷聖が所持しており、たまにいじっている十字架。超視力でそれを確認した沙耶はカマをかけてみることにした。
「そんな十字架に頼っていないとまともに戦えないのかな?」
 沙耶の挑発に、氷聖がくすりと笑う。
「俺ひとりに対して多勢で襲いかかってくる身でよく言いますね? ……先に告げた通り、これは俺と繋がっているものです」
 口の悪い子供に何かを言われ、嗜めるような口調でそう言った。手放せるものでもないし、装備に関して如何を問うのであればイレギュラーズたちも単身無手で挑むべきだ。
「俺は『先生』と呼ばれておりますし、教えてあげましょうか」
 指先で鎖を持ち上げれば、シャランと音を立ててクロスが揺れた。
「例えばですけど」
「えっ」
 無造作に掴んだそれを思いっきり氷聖がぶん投げたものだから、ニルの口からは驚きの声が上がった。勢いよく投げられた十字架は放物線を描いて飛んでいき、見えなくなる。――けれど、これはただの十字架ではなく神秘を宿した聖遺物だ。
「ほら。便利でしょう?」
 次の瞬間には氷聖の手元へと現れており、氷聖は両手をパッと広げて十字架を見せた。
「君たちはこれを奪いたいようですが、奪ったところで無意味です。これの主は俺で――俺と、その子と、繋がっています」
「……僕?」
 くるんとクロスを雨泽によく似た人形へと変化させながらゆっくりと手のひらを雨泽へと向けると、彼は驚いて。
「うわ、まじか、最悪」
「やば。氷ちゃんヤンデレってやつ?」
 心底嫌そうな声が秋奈の声と重なった。
「……繋がっているとは、どういうことですか?」
 問うチックの声が冷え切っていたから、驚いた雨泽が振り返る。チックは冷えた銀色の瞳を氷聖へと向けており、強く拳を握っていた。
 ひどく、嫌な予感がしたのだ。
(だって、雨泽の眸は……)
 まだ治っていないことをチックは見舞いに行った折に確認している。雨泽は姿も戻って元気に過ごしているけれど、彼がまた眼前から失われるのではないかと思うとチックはずっと恐ろしかった。
「クルーク君の。……君は実弟よりもその子に執着していますね。恋人なのですか?」
 冷めた瞳を受け止めて、氷聖が少しだけ興味を引かれたように笑う。その間にも呪符がイレギュラーズたちの攻撃を受け止め、また跳ね返しもしていた。
「違うよ」
 チックが唇を開くよりも先に雨泽が答え、氷聖からの射線を遮って背に隠せるように移動した。
「恋なんてもの、僕には許されていない。そうでしょ」
「ええ、そうですね。君はそうあるべきです」
「……話逸らさないでさっさと答えて」
「そうね、繋がっているってどういう意味?」
 ちょっと気になる話題が聞こえはしたけどとジルーシャも問うた。
「言葉の通りです」
 十字架とふたりは繋がっており、ふたりへのダメージは『ある特定の条件下』で十字架にも通る。氷聖が持ち主であるため、氷聖から十字架へと至ったダメージは雨泽へも向かう。
「『いい感じに当てれば』ってところか?」
「話が早いですね」
 口を挟んだゴリョウへ、賢い人は好きですとにっこりと氷聖が微笑んだ。
 装備を容易に破壊できるのなら、今までの敵たちがイレギュラーズの武器や防具を破壊してきたはずだろう。況してや十字架という小さくも一等に特別な装備。ただ狙うだけで容易に破壊出来るものではない。
 ――いい感じに。それが可能そうなのは秋奈だろうか。ジルーシャとニルも通る可能性が高いと、これまでのイレギュラーズたちの動きを氷聖は観察してきていた。
「つまり、僕を攻撃すれば聖遺物を壊せるってこと?」
「まあ、最終的には」
 条件下のダメージが行くわけだから、ひたすら雨泽を攻撃して回復をし続ければ、いつかは。
 その条件に嵌る攻撃を氷聖へ繰り出すよりも、きっと雨泽へ攻撃した方が条件に嵌る攻撃を繰り出せて効率が良い。その考えに至った雨泽はこともなげに提案した。
「じゃあそうしよう。それがいい」
「駄目!」
「そうです、だめです!」
「ええ……僕、痛いのは嫌いだけど、我慢は出来るよ」
 チックとニルが強く反対する。
 沙耶も「良くないと思うかな」と告げているし、朝顔も駄目だと頭を振った。
 百合華は――『姉妹』ならばどうするだろうと考えた。
 彼女ならばきっと、血路を拓く。どんな困難にも仲間とともに立ち向かい、仲間を救う。
 だから。
「如何に強力な能力であろうと、私たちは勝てます」
 姉妹ほどの勇気を皆には与えられぬだろうけれど、百合華は彼女の代わりに微笑んだ。

●氷柱
 ――どうしよう。
 眼前に、手札(カード)が配られている。
 囁き声が言うのだ。
 どの手札を選んでも『皆が助かる』。
 手札を引くためにBETするのは自身の命。
 ひとつの命でこの帳内に居る全員の命が救えてしまうのだ。
 不安の火種が胸内で大きく揺れている。
 朝をくれる彼が操られた時、それは大きくなった。
 空色は見逃さず、楽しげに瞳を細めていた。
 ――どうすれば、いいのだろう。

「これはヤバイかもしれねぇな」
『神霊の淵』と呼ばれる聖遺物の容器が現れると、氷聖の全ての能力が上がった。それは『信仰』もだ。仲間たちが信徒となる確率が上昇し、目を覚まさせようとした者が信仰していまったり、目を覚まさせた端から信仰してしまったりと混乱を来し、ゴリョウ自身も危ないと感じていた。
 強い攻撃を受けたり強い攻撃を放つ度に消費されていた呪符も補充され、イレギュラーズたちは自身等のことで手一杯で攻撃が出来ぬのにBSを与えてくる。氷聖の攻撃が他の魔種等と比べると火力が低いため助かっているのが現状だ。
「抗わず、受け入れてください」
 その方が俺も君たちも楽なはず。
「オレは言葉が上手くねェし、お前の中の答えも揺らがねェんだろうが、思うだけじゃ死んでも届かんから声に出させてもらうぞ」
 問答は好きだろうと三毒が告げれば、どうぞと返った。
「神に縋って盲目に、一遍に塗り替えるんじゃなく。小さくとも弱くとも、一歩ずつ前へ進もうとする者に寄り添って。一つ一つ、一人一人、積み上げてようやく変わり始めた豊穣を守るために」
 故に揺るがない。呼び声も聞き入れぬし、信仰にも屈しはしないと三毒は声に出して告げる。
 声に出すのは自らのためでもあるが、雨泽のためでもある。余波でも嫌な気持ちになっているというのに、きっと彼はもっと浴びているのだろうと察して――特に『神霊の淵』が出現してからは辛かろうと声を掛けている。
 ――だが。
 ゴリョウとジルーシャ、支佐手と三毒が『信仰』した。
 えっぐと眉を寄せる秋奈の後方で、ああと雨泽の唇からは吐息めいた諦観が零れ落ちた。胸に絶望が広がっていく。チックが信仰した時も酷く衝撃的ではあったが、ともに戦ってくれていた仲間たちが氷聖を庇うのも、此方を攻撃してくるのも、酷く心をえぐった。
『全部、君のせいです』
(そう、なんだ。全部俺のせい)
 氷聖の力は強力になっており、信仰から目覚めさせるために必要なダメージも上がっている。特にゴリョウを起こそうとするのは厄介であるし、動こうとする度に信仰するかどうかが発生するのも厄介だ。一手使ってゴリョウ以外の仲間を起こしても、その仲間が行動しようとした時、また信仰してしまうのだから。
「ゴリョウさんはひとまず置いておきましょう!」
「だね。堅い! ……私ちゃんも操られちったらめんご!」
「笑えない冗談ですが……」
 でも、百合子ならば笑い飛ばし、秋奈のように突撃するのだろう。フッと口の端を上げた百合華が、どなたから起こしましょうかと問うた。起こすのは得意だ。
 仲間たちは諦めない。けれど、雨泽は動けない。
 氷聖が視線を向けていた。
 ――どうしますか?
 そう問うている。
 自害をすれば、この場に居る者たちの命を守ることが出来る。
 呼び声を受け入れれば、戻る道は絶たれるが皆を守る力が手に入る。
 奇跡を願えば――。
 みっつも選択肢をくれている氷聖が俺は優しいでしょうと言わんばかりに微笑んでいる。追い詰められれば追い詰められるほど、雨泽は傲慢にも『自分ひとりが犠牲になれば皆が救える』と思ってしまうから。
『雨泽!』
 信仰せぬようにと後方へと下がったチックは雨泽を振り向かせるためにハイテレパスで声を掛けた。
 けれど、それが念波とならなかったことでチックは息を飲む。そういえばと思い返すのは天義の町。千歳へと告げ口をした氷聖はチックのハイテレパスを感知していた。つまりはハッキングが――それを行えるということはジャミングも使えるということだ。微笑を浮かべた氷聖の瞳が自身に向けられていることに気が付き、チックは唇を噛んだ。
「雨泽! おれを見て!」
 自身の一手――一手で足りなければ何手でも――をかなぐり捨て、雨泽へと駆け寄り袖を掴んだ。手を伸ばせば掴める距離に居る限り――否、掴めない距離に行ったとしても、チックは諦めない。
「大丈夫、だから! 絶対!」
「……チック」
 でも俺はと紡ごうとする隙を与えず、チックは自身が振った髪が顔に当たるのも構わず頭を強く振って続けた。
「雨泽の所為なんかじゃない。……犠牲になろうと、しないで」
 自刃をさせないようにギュッと袖を掴んで、真っ直ぐに目を見て否定する。絶対に駄目だと繰り返した。
「……おれを、おいていかないで」
 雨泽が息を呑んだ。悲しみの感情を封印しているチックに悲しさは感じないけれど、そこには切実な『それは嫌だ』という感情があった。
「一緒に帰るって、約束……して」
「チック……」
「そう、です。雨泽様は、ニルたちと帰るのです!」
 遠方から《ケイオスタイド》で複数人の仲間を巻き込ませ、ニルは諦めないでくださいと雨泽へと叫んだ。
「ニルは雨泽様がいないのはいやです。こころにぽっかり穴があくのは、もういやです」
 雨泽はシャイネンナハトを楽しみにしていた。ニルが贈ったアドベントカレンダーも最初にいっぱい開けてしまったけれどゆっくりシャイネンナハトまで楽しむと約束してくれたし、シャイネンナハト限定菓子もいっぱい食べに行こうと約束した。
「これが終わったらニルはブッシュドノエルを食べるのです!」
「いいねいいね! 私ちゃんはチョコのログハウスもーらい!」
 ジルーシャの攻撃を受けながらも秋奈が笑った。ゴリョウの代わりに盾役を担う彼女は信徒となった仲間たちの攻撃をよく捌いてはいるが、ジルーシャの攻撃はどうにも受けてしまう。それでもJKらしく明るく笑って、呪符を切りつけ氷聖をブレイクする。
「この間も言ったがオレ等の傷は気にするなよ。自分で選んだ結果だ」
「三毒……」
 だから心を強くもて、揺らぐな。オレたちを信じろ。百合華に起こされた三毒がそう言って、《アイアース》で支佐手を叩き起こした。ニルも三毒もチックも、雨泽が自身よりも彼等が傷つく事の方が苦しいことを知っている。
「おんし、またウジウジと考えてたんですか」
「……支佐手には言われたくない」
「ほ、ほー……まあ、それだけ言う元気があれば大丈夫でしょう」
 三毒を謝辞を告げ、支佐手が構える。
 状況は――よくはない。正直に言えば、悪すぎる。
 各自使いたい技はあれど、都度信仰してしまっては使えない。
 けれど仲間たちは諦めては居ないし――チラと視線を向けた雨泽も大丈夫そうだ。
「少し下がります。わしの攻撃の後、時間が稼げるかと思います。ですんで、立て直しを」
 心を強く持っても塗り替えられる信仰心。
 けれども時折失敗しているようだから、何らかの抜け穴があるのは確実。
(呪詛には呪詛を、っちゅうもんです)
 百合華がBS無効を無効にし、秋奈がブレイクを入れてくれている。賭けに出るには今が頃合いあろう。
「待ってて下さい。今、開放します……!」
「少し痛いよ?」
 我慢してと沙耶と朝顔がジルーシャを攻撃する中、信仰を受けないように下がった支佐手は呪詛の巫術を編んでいく。
 ――雨泽殿を巻き込み、神威神楽に災禍をもたらした罪、ここで償って頂きましょう。

●氷解
 我が一族の『寵児』が姿を消した。一族の者たちが探しても見つからぬと、刑部に居た俺の元にも情報が入った。
 所謂、正義心、というものがあった。上が首を縦に振らない組織を追っていた俺は、その組織が同朋(獄人)に対して非道な行いをしていることを知っていた。ただの家出ならいい。けれどそうで無ければ――救わねばならない。家でいくら天才だと謳われようと、外へ出たことのない子供が悪しき者の手から逃れられるわけがない。俺は単身で組織の塒へ近付き、獄人の少年を捕らえたとの話を耳にし、そうして――。

 俺に馬乗りになった隻眼の獄人が嗤っていた。
 単身で乗り込むなど馬鹿なやつだと、取り囲む周囲の下衆どもの嗤っていた。顔中を己の体液で濡らす俺の姿はさぞ滑稽だったことだろう。
 気がつけば、周囲には誰も居なかった。反応が薄れて飽いて男たちは立ち去ったのだろうと、何とか這って俺は動き出した。
 ――あの子を救わねばならない。
『救えると思っているのか?』
 ……救える。
『ただの凡人が、天才を?』
 才など関係ない。俺が救うのだ。
 傲慢だと、何処からか聞こえる声が笑った。傲慢でもいい。救える力が得られるのなら。そうでなければ、あの子の未来は此処で己のように閉ざされてしまうのだから。
 今、少しだけ。たった一時でいい。
 幼い子供を救うだけの力が欲しかった。
 まだ二桁にも行っていない子供を救うだけの力が――。

 ――――
 ――

(――救わないといけません)
 あの子も、世界も。
 不要なものは切り捨てて、理解してくれる志を同じくする者の屍の上に立ってでも。
 この歪みきった世界を救えるのは、人々を救えるのは『神』だけ。
 その正義を遂行し人々を救うために遂行者は居るのだ。
(俺が救わないと、あの子は――)
 ゴホッと新たに口から溢れた大量の血が白い衣を染めていく。
 強い力には大きな代価が必要だ。氷聖にはたくさんの『縛り』があった。そのせいで殆どの攻撃手段は呪符と呪詛となった。
 ぬるりとした己の血で足を滑らせ、墜落する。そうだこの身には翼があるのだと、衝撃を防いだ。
 支佐手の策が成り、イレギュラーズたちは立て直し、そうして10ターンをやり過ごした。――強い力には大きな代価が必要だ。呪符が通さないように溜めていたダメージが一気に体を蝕んだ。
(俺が救わないと)
 それでもこの身は、この思考は、『救い』に固執していた。
 呪符は全て消え失せた。けれどもと呪詛を手繰る。――救わねばならない。
「……もう諦めてください、氷聖さん」
 自らの恋を売った朝顔には氷聖のような執着は解らない――けれど『解る』。断ち切れなかったからこそ、手放したのだから。
「氷聖さん。もう、貴方の思いは失練(しつれん)してるんです……!」
 は、と氷聖から吐息が溢れた。笑ったのだろう。
 雨泽さんと朝顔に促されて近寄った雨泽が膝をついている氷聖を見下ろした。雨泽が何処にも行かないようにと彼のマントを摘んだチックが心配げに視線を向けている。
「僕は貴方を知らない。貴方も、僕の本当なんて知らない」
 自分のせいで犠牲になってたことを知ったのだって、一年前のことだ。
 一方的に氷聖は知っていたとしても、それは翠雨で雨泽ではない。
(……アタシは、アンタを可哀想に思うわ、氷聖)
 あれだけ居た信者は今傍におらず、執着していた雨泽からも拒絶されている。何とか操った呪詛にはこれまでの力の半分も出せておらず、支佐手に呪詛返しを受けた上に、その身はゴリョウによって取り押さえられた。
「でもね」
 いつの間にか落としていた棍を百合華から手渡された雨泽が、案じるような視線を向ける沙耶とニルの前で静かに口を開く。そんな彼に三毒が『為すべきを為せ』と視線が向けていた。
「……ありがとう。『俺』を救ってくれて」
 命を救われたからこそ今があって、こうして多くの人たちに囲まれている。
 ありがたいことに、別れを告げる時間まで貰っている。
「さよなら、叔父上」
 手にした棍が『神霊の淵』を打ち砕いた。
 裡に氷聖の心臓半分と角の欠片を有したそれが打ち砕かれると、ルストの盟約によりその身も神霊の淵も崩れ、灰となって消えていた。

成否

成功

MVP

チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠

状態異常

ゴリョウ・クートン(p3p002081)[重傷]
黒豚系オーク
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)[重傷]
ベルディグリの傍ら
日向寺 三毒(p3p008777)[重傷]
まなうらの黄

あとがき

 本来、エスプリや防具に【BS無効】がついているとシステム的には外せないのですが、シナリオである点と難易度を下げるために条件下での破壊を可能としてあります。
 こぼれ話としては……氷聖は遭遇回数ギミックがあるため、あまり出てこないように調整していました。決戦まではフル遭遇で5回(今回ので6回)となるよう、そして優先を絞る、氷菓では会うかどうかを自分で選択等……その調整がこの天義編で一番難しかったことです。

 MVPは、何かあれば自分の命を天秤の皿に載せようとする雨泽を気にかけ、傍で支え続けてくれていた貴方へ。
 雨泽は3回位迷ったし奇跡を起こす運命力も足りてしまっていたので、ぶん殴って怒ってもいいです。
 お疲れ様でした、イレギュラーズ。

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