シナリオ詳細
<プルートの黄金劇場>会議は踊り、進むは惨劇の謳歌
オープニング
●<プルートの黄金劇場>会議は踊る、されど進まず
――遊楽伯爵、攫わる。
その情報は市井にこそまだ伝わらねど、貴族の間では目まぐるしく駆け巡っていた。
すわ双竜宝冠のような事態の再来か――?
斯様な、物騒な噂が出回らんともしていたか。ただ幸いと言ってよいかは分からぬが……バルツァーレクにはフィッツバルディとは異なり後継者問題は存在していない。あの事態程の衝突が発生はしないだろうというのが大方の見方ではあった。
ただ、それでも。
「これは一体どうした事か……!!」
「とにかく伯爵をお救いせねば……!」
「しかし伯爵の護衛が突破される程だぞ、相手は!」
貴族間の――特にバルツァーレク派の――混乱は相当なものであった。
彼らは幻想貴族の中でも特に穏健派にして善良な者達で構成されている。長の不在に関して『では出し抜いて派閥を我が手に』などと考える者はほぼ皆無。それよりもガブリエルの身を案じる者が多かったか。
故に彼らは秘密裏の会合を開いていた。
議題は無論、この不測の事態に関してどう動くべきか――というもの。
……が。議論は混迷と混乱の極みにあったか。
バルツァーレク派の欠点とも言うべき所が此処にある。要は(長であるガブリエルもだが)この勢力は覇気に欠けるのだ。ガブリエルを立てよう、という考えの者は多いが故のリーダー気質の不在――まぁそう言った野心高い者はフィッツバルディなりアーベントロートにこそ属する所もあるが。
とにかく『会議は踊る、されど進まず』ばかりの情勢が現状だ。
決定的な打開策を誰も打ち出せずにいる――その中で。
「……フン。どいつもこいつもこれが限度か」
「ご老体、そう言われずに。こうであるからこそバルツァーレク派は一枚岩だったのです」
「一枚岩? 離れれば瓦解する小石の集まり――が正確だろう。
……まぁなんでもいいがとにかくさっさと帰れ。
此処は私の家だぞ。なんで片っ端から此処に集まってくるのだ」
「仕方ないでしょう――長年国に属した貴方の知見をお借りしたいのですよ」
事態を見据える者がいた。
一人はラジエル・ヴァン・ストローンズ。
彼の傍にはシルト・ライヒハートに、ホルン・G・トリチェリなる比較的若い者達もいようか――それぞれやはりバルツァーレク派に属する者達だ。ラジエルはやや達観したというか、遅々として進まない会議に吐息を零すものだが……
彼の吐息の最大の原因は――そう。実はこの会合が開かれている場所は、ラジエルの邸宅である。
ラジエルは半ば隠居生活を送っている者だが、長年国に携わり知識者として有名な者。この不測の事態に対し彼の知恵を是非と……そんな事を考えていた者が次々と訪れて、追い返そうと思っていたのに何故か広間で会議が開かれる始末。頭が痛い。
……とはいえまぁラジエル自身、別にこの事態に無関心ではない。
幻想三大貴族の中でも温和で慈悲あるガブリエルには多少世話にもなっているのだ。
それに奴には、知古が経営しているクォーツ院にもやはり関わりがある。
その知古から直に――
『――なんとか力を貸してくれないかね、ラジエル』
あぁ、クソ。あんな事を言われては、無視を決め込む訳にも行くまいよ。
「……とにかくバルツァーレク卿の顔はそこかしこに知れている。
そんな有名人たる奴を連れて遠く、どこまでも逃げられる筈はない――」
「存外近くにいるかもしれない、と?」
「可能性としてはな。廃屋か、山奥か、知らんが」
「成程――道理ですね、ストローンズ卿。是非それを声高に踊る会議の場で告げて頂きたいですが」
と、その時。ラジエルが視線を滑らせた先にいたのは麗しき令嬢――
トリシャ・フェリンか。例に漏れず彼女もバルツァーレク派の一員だ。
「必要ならば兵は出しましょう。
こういう折にこそ兵を出せずして、何がバルツァーレク派でしょう」
「まぁ待つんだフェリン卿。今、僕の『影』達がガブリエル――様の位置を探っています。近く正確な位置は分かるかと。それまでは兵は留めておいた方がいい。叛乱の兆しありなどとフィッツバルディやアーベントロートに付け込まれたくはないでしょう」
「……トリチェリ卿の言う通りかと。あまり大々的に動かせば、賊に気付かれる恐れも十分に。ならばここはやはり、少数で事を成せるイレギュラーズに頼むのが正解では。既に僕の……知り合いに連絡はとってあります。もうすぐ来てくれるかと」
「あぁ噂の恋人かい? ライヒハート卿」
「いやそれは……ははは」
そして先の言を皮切りとして、ホルンやシルトもそれぞれの思考を告げるものだ。
皆がそれぞれ事態の解決に向けて動き出さんとしている。
結果として何が至上たる未来を呼び込むかは分からないが――
この場にいる誰しもの意見は一致していた。
ガブリエル・ロウ・バルツァーレクは必ずお救いする。
あの方こそ弱き者達を救済しうる光なのだから。
そして我らは、あの光の暖かさを知り、その光に準ぜんとする者達なのだから。
「フン。よく分かっているではないか……これならば私の出番はなさそうだな。
私室に籠らせてもらうぞ。先日届いたばかりの錬金術の本を読まねば――」
瞬間。ラジエルが『後は好きにしろ』とばかりに踵を返さんとすれ、ば。
――悲鳴が轟いた。
なんだ? 今のは警備の騎士の声、か……?
「――何があった!」
「ぞ、賊です! 大量の賊がこちらに向かってきております!!
いつのまにこれほどの数が……!! お逃げ下さい! 此処は我らが押さえます!!」
同時。広間に飛び込んできたのは、多数の負傷の跡が見える騎士だ。
直後には奥から賊と交戦しうる戦闘の気配も感じ得るか――馬鹿な。
なぜこのタイミングで? 一体どこの誰がやって来たというのか?
生じうる疑問。そしてあまりに都合の悪いタイミングだと思考を巡らせた、その時。
「――ストローンズ卿!」
ホルンの声が響き渡った、が。遅かった。
遠くより投じられしは弓矢の一閃。
――それが。ラジエル・ヴァン・ストローンズの胸に、深々と刺さっていたのだから。
●
悲鳴と怒号が鳴り響く。
邸宅の警備は勿論存在していた――が。内部にいる人数に比しては少なすぎる。
皆が慌てて最小限の護衛と共に訪れたからだろうか。まぁ、なんにせよ。
「ルクレツィア様の命を果たすには、実に都合がいいわねぇ……」
それは。襲撃の主犯たる魔種にとっては思わず笑みがこぼれるような話であった。
奴の名はフィラメント。色欲の罪に属する存在である――
彼女は冠位七罪の一確たるルクレツィアより、一つの命を受けていたのだ。
不測の事態が生じ『リカバリー』の為に時間を稼げ、と。一言で言うならそんな所の命を。
「さぁ殺して。殺すのよ。皆、みーんな殺してしまいなさい。
一人でも多く。一人でも凄惨に。生きている事を後悔する程に。いいわね?」
「……えぇ勿論。これは復讐の機会。豚な貴族たちを縊り殺す絶好の機会ですから」
が。フィラメント自体はあまり積極的に前に出る様子はなさそうだ。
代わりに。彼女に導かれるようにして往くは、一人の女……
ノエル・ファレスト・テラントなる者。
体のあちらこちらに傷跡が見られる。戦闘の跡――? いや。
まるで。それは抵抗出来ぬ儘に、何者かに嬲られた跡かのような……
「貴族。貴族……ぶくぶくと太ったこの国の癌め……!」
ノエルの瞳には、強い憎悪ばかりに染まっていた。
そして彼女の瞼の裏には――忘れられぬ日の想い出がある。
自身が捕らえられた日の記憶。
イレギュラーズによって自らは拘束された事があるのだ。
彼らにとっては、きっと、あぁ只の依頼だった事だろうが。
しかし。
「許さない」
あの日から全ては変わったのだ。
許さない許さない何が英雄だふざけるな奴らは悪魔だ死神だ!! 薄汚い畜生め!!
イレギュラーズなんて皆殺しにしてやる。
イレギュラーズと親しい者たちも皆殺しにしてやる。
貴族共も同罪だ。お前達から受けた屈辱を、忘れはしない。
――全員殺してやる。
「全員殺せ。貴族なんぞクソばかりだ。殺せ。一人も逃すな」
「ま、待て、よせ君達! 罪を犯すな、今ならまだ何も無かった事にして――」
邸宅に踏み込む。されば、命乞いをする貴族の一人が見えようか。
あぁなんだか見た事のある顔だ。
たしか孤児院を経営し、善性紡ぐ民からも人気の高いアラント卿だったか?
「死ね」
「ご、ぉ」
だが。ノエルは携えし棍棒を何の躊躇もなく――喉の奥へと叩きこんだ。
頭蓋が割れる音がする。あぁ、心地よい音だ。
思わず腹の奥底が昂ってしまう程に。
また一人。ゴミを片付けてやった。
――誰一人として逃がしてなんか、やるものか。
「どうせあの悪魔どもがやってくる。その前に、一人でも多く」
殺してやる。
ノエルの瞳の憎悪と憤怒の感情は更に深淵へと潜りつつあった。
――その感情の乱れ。フィラメントにとってはやはり実に都合がいい。
「フフフ。良い。良い。そのまま行きなさい」
ルクレツィア様の命を果たすのです――
フィラメントは笑う。嗤う。
躍る会議は血によって止まり、惨劇によって終焉と成したのだから。
- <プルートの黄金劇場>会議は踊り、進むは惨劇の謳歌Lv:50以上完了
- GM名茶零四
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年12月08日 22時35分
- 参加人数10/10人
- 相談5日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
血の臭いがした。
正面扉。其処には護衛の騎士であったろう死体も存在している。
奮戦していたが突破されたか――既に内部には賊共が入り込んでいよう、と。
「むぅ。なんたる事態か……この窮地、脱するより他あるまいよ。ここは幻想貴族、夢心地派代表である麿が、バルツァーレク派の者共を助けて進ぜよう――」
任せよ、麿がなんとかしてやるのじゃ。
そう告げながら邸宅に踏み込んだのは『殿』一条 夢心地(p3p008344)か。いつから幻想貴族に……まぁそれはともかくとして、だ。あちらこちらから殺意が垂れ流されている。だからこそか敵を見つける事はそう難しくはなかった。
むしろ賊共もこちらを認識すれば狂気の笑みと共に向かってこようか。
故になぎ倒す。抜刀からの一閃が敵を切り裂きて。
「火も付けられておる以上、籠城しての防衛戦も叶うまい。救える者を見つけねばな」
「畜生! 貴族どもの多くがクソって意見には同意だけどな……見境なく虐殺皆殺しってのは違うだろうが! なんだってこんな……やる事が極端なんだよバカ!」
「貴族であればとにかく殺戮対象と言う事なのでしょうか。或いは、他に何か目的が……? 伯爵不在の混乱を狙った状況、見過ごせませんね。他人を勝手に罰し、殺していい理由なんてありません……!」
必ず救い出します! と、決意露わにするは『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)である。隣には既に犠牲となった穏健派たる貴族の亡骸に、渋い顔を見せる『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)もいようか。
犠牲になってしまった者はいるが、されど生きている者もいる。
ならば救える者を救ってみせよう――
シフォリィと風牙はファミリアーの使い魔を放つ。ソレはイレギュラーズ達の進行方向とは別の方向へと、だ。一刻を争う事態……索敵範囲を広げ賊にしろ貴族にしろ見つける為に。
「……どうも首魁には魔種が紛れているようですね。賊達の狂気は、只事ではありません」
次いで『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)も周囲の偵察の為、鼠を使役しよう。
二匹の使役。内一匹は救助対象の保護に向かう側へ。
もう一匹は先行させて屋敷の状況を把握せんとする。
いずれの場合も己の感覚と共有させようか――優れし視力。優れた聴力を用いて。
……警戒すべき魔種がどこにいるかも把握しておきたい所だから。
「とーにかく賊共をぶちのめしていかないとね!
全く。あちこちからも胸糞悪い気配を感じるわ……
ちょっとアタシ蹴散らしてくるわねー、いってきまーす、あっはっはー!」
同時。風牙らとは別に『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)は敵意を感知する術を巡らせながら動いていた。脚に力を。地を踏み砕かんばかりの勢いと共に――跳躍。
彼女が優先して探すのは賊の方だ。
自らの限界を突破しうる加護を得れば、彼女は全てを置き去りにしかねない圧倒的な速力を得る。誰が追いつけようか。誰が捉えられようか。賊共の認識圏外からまるで強襲するように、彼女は敵を穿とう。
「伯爵様やリア様の事だけでも大変ですのに、どうしてこうも次々と火種が放り込まれて……! いや、むしろ『だからこそ』なのでしょうか……くっ。しかしまだ間に合うはずです……トリシャ様、どうかご無事で……!」
「面倒事というのはいつだってこちらの事情を鑑みてはおくれないものだな。
――しかし。あのバカはいつも厄介事の渦中にいる。
そういう運命の下に生まれたのか? ……いやむしろ飛び込んでいくから無為、か」
続け様には知古らが巻き込まれた事を嘆く『風のテルメンディル』ハンナ・シャロン(p3p007137)や『薄明を見る者』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)も邸宅内を駆け抜けている姿が見えた。
銀の銃弾を装填。まずは保護対象との接触を優先せんとハンナは赴くのだ。
壁を透視し、敵が先で待ち構えていないかと警戒しながら。
まだ間に合う。必ず助ける事が出来る筈だと――心で幾度も繰り返して。
一方でブレンダは諦めのような吐息を零そうか。今までも何度か奴は危険な事に巻き込まれた事がある……シルト自身の善性が起因している所もあり『もう少し自分の事を考えろ』などと、言ってやりたい所だが。
(――無駄か。私だって人の事は言えないんだから)
どうにも。説得力が付いて回らない。
……続けて見えた苦笑のような感情は、自嘲か。それとも似た者同士だな、というものか。
「雑魚に構っている余裕はない。退けッ! 退かぬなら覚悟する事だ、その命を!」
いずれにせよ救う選択に変わりはない。助けを求める声を感知せんと彼女は往く。
邪魔な賊がいるのなら斬り捨ててでも!
「派手にやってやがるな」
直後。館内に転がる犠牲者の亡骸を見据えば『竜剣』シラス(p3p004421)は舌打ち一つ。
自然と零れる程に『酷い』状況だ。
亡骸の損傷が過剰すぎる。ただ殺すだけならば不要な程の傷跡が付いているのだ……
それでいて金品に手を付けている様子が無い。
貴族であれば身に着けている服や装飾品だけでも、それなり以上の値となるだろうに。
つまりはこの賊達は『普通』ではないのだ。
もっと別の目的の為に動いている――殺戮。憎悪。或いは『復讐』その辺りか。
「……こういう手合いは止まらねぇんだよな。俺達が来ても尚に、ってパターンだ」
「道理が通じぬ領域に在る、と。仔細が知れませんが、今は止めねばなりませんね」
「ああ――惨劇を止めるぞ! これ以上の犠牲を出さたりなんてしない……!」
シラスの分析と概ね同じ事を想うは『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)に『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)もだ。三者が狙うは先のブレンダ達とは異なり救助ではなく……賊達の排除を主軸としたもの。
特に襲撃の中心人物と思われる者へと、だ。
最も強い殺意の持ち主はどこにいるか――
ヘイゼルは、狂気に蝕まれた尖兵たる者ではない……明確な意思をもって動いている『音』がどこかにないかと耳を澄ませ探らんとし。イズマもファミリアーの力を用いて索敵の範囲を広げようか。
この事態の収束には賊の討伐は元よりとし。
中核になっている魔種――或いは近しい思想を持っている者――を一刻も早く討つ必要があるのだから。
駆け抜ける。が、その狭間にて……シラスはどこか、妙な感覚を抱いていた。
「……なんだろうな、コイツは」
首筋がチリチリとする。
己が直感が危険を示しているのか? だが危険な状況など、今まで幾度も経験してきた。
その時々とは何か『違う』感覚が、己に張り付いている気がするのだ。
――嫌な気配だ。
この先に控えているのは一体『何』なのか。
軽く。首筋をさすりながら――それでも今はと、歩みを進めるのであった。
●
邸宅内に火の手が広がっている。
急がなければならない状況が為にイレギュラーズ達は三手に別れていた。
「――たぁっく! どいつもこいつも虚ろな感じで人殺しだなんて、冗談じゃないわ!」
その中で賊の殲滅を行わんとしていた京は、新たな影を確認。
今ぞ正に貴族を手に掛けんとていた者の横っ面を――殴り飛ばしてやる。
「なっ、イ、イレギュラーズか!? た、助かった……!!」
「そらそら、御礼は後で良いから逃げた逃げた、中は修羅場だよ!」
「然り然り。さぁ麿らが来た方向へと駆け抜けるが良い。
一心不乱に後ろを振り返るなかれ! き奴ら賊は――任せよ!」
だが賊は、京の拳を受けても尚立ち上がる。
痛みはしかとある筈なのだが――狂気が故の精神性が痛みを感知していないのか。
アレは恐らく真に限界を迎えるまで動き続ける事だろう。
――憐れにも感じる。夢心地は斯様な精神に至っている者らの注意を引き付けるべく、あえて大仰に立ち回ろうか。名乗り上げるように声を張り上げ、同時に光り輝く夢心地シャイニングにて物理的にも目立とう――!
然らば『狂気に染まっている』が為にこそ敵は誘導に掛かりやすかった。
夢心地の光に導かれるように彼を優先して打ち倒さんとする――
その間に。
「お兄様、やはり此方の方にいらっしゃいましたか!」
「――シフォリィ!? 何故此処に……いやそうか。
ライヒハート卿がイレギュラーズを呼んでいたとは聞いたが、それか……!」
「お話は後で。此処は私が受け持ちます、お兄様は貴族の皆様を……」
「分かった。だが連中の殺意は尋常ではない、深追いはするな。
特に主犯のように見える女が二人――あれらには気を付けておけ」
シフォリィは賊を切り伏せつつ、貴族らの姿の中に自らの兄を見た。
リシャール・リオネル・アルテロンド。彼もまたバルツァーレク派――厳密にはバルツァーレク派に『近しい立場』という所だが――ともあれ。ガブリエル誘拐の一報を受けた彼もまた状況を把握する為に会合に出席していたのである。
幸いにして無手の武術『サドー』を極めている彼は自らの身を護る事は出来ていた。
とは言え……多数の賊に加えて魔種らしき者もいるのであれば、自分やその近くの者を導くのが精一杯であったが。故にこそシフォリィらイレギュラーズの援軍は正に光明。彼女よりファミリアーの使い魔を一匹預かりつつ自分が見た情報を伝えておこうか。
「女性二名……分かりました。そちらはお任せください。
さぁ賊は排除してきましたし、潜んでいる者はいません。ご安心を」
然らば瑠璃も自ら達が通って来た道筋の方を指差すものだ。
事此処に至るまでの道のりは確認してきたのだ。ファミリアーによる複数の視点から敵がいるかいないかは見当がついている。それに、やはりと言うべきか狂気に染まっている者達が……例えばファミリアーらの索敵の目を掻い潜って潜む、と言った芸当が出来るとは思えない。
安全なる道を指し示しつつ――彼女は遠くに見えた敵影の方へと至ろうか。
発見次第近付けさせぬ為に掃射たる撃を成す。
「来たれぃ賊共よ! お主らの狙いし幻想貴族、夢心地はここぞ!!」
「もう誰も殺させたりなどしません。来るのならば――打ち倒します!」
更に夢心地による誘導や、シフォリィの斬撃も加わろう。
夢心地はあえて煙の多い場所に引き込んで火や煙による阻害が出来ぬかと。
ほんの少しでも動きが鈍ればそれで充分。シフォリィによる撃が、襲い掛かるのだから。
「くそ、ホルン。どこにいやがる……!? 殺されてんじゃねぇぞ……!!」
「慌てるな風牙。反応はある――きっとそう遠くない所にいる筈だ」
そして――同じ頃、風牙にブレンダは邸宅内の中を駆け巡っていた。
知り合いが失われるかもしれぬ可能性など潰したい。だが、それにはまず見つけねばならぬのだが流石に一直線に急行とは行けなかった。助けを求める感情の声はあちらこちらから発せられている――賊に個別に応戦している騎士達も救援を求める感情があれば尚更に。
故に風牙は耳を澄ませた。
知古らの声が聞こえぬかと。微かにでもいい。この耳が捉えることが出来れば……と。
さすれば。
「――いた! この先だ!! ホルン! 余計なことはせず身を縮めてろ!」
集中の果てに遂に発見する事に成功した。
今にも賊に襲われんとしている――シルトは果敢に賊に抗し、トリシャはナイフを構えていようか。その背後では重体となっているラジエルを背負うホルンの姿も見える。
故に突っ込んだ。風牙は跳躍せし勢いの儘に、先へ先へ。
槍の一振りが敵を払いのけよう。全速全霊たる一撃が道を切り開きて。
「トリシャ様、ご無事ですか!!
お怪我は!? ハッ、ラジエル様……! くっ、なんとか血だけでも……!」
「ハンナ……!? そうですか、イレギュラーズ――間に合ってくれましたか」
「シルト! お前は――無事だな、無事じゃなくても後回しにするが!」
「あぁ僕は大丈夫だ、それよりストローンズ卿を頼む!」
然らばハンナとブレンダは即座にラジエルへと治癒の術を紡ごう。
胸元より流れ出でる血流をせめて押し留めんと。
……ラジエルの様子は朦朧としている様子であった。
これではこの場では応急処置が精々だろう。一刻も早くこの場を脱出せねば。
「風牙か――助かった。だがストローンズ卿は、この状態だ」
「まずいな、だけどよ此処は少し位置がよくねぇ……
部屋の隅に行ってくれ、まずは安全を確保する!」
同時。ホルンと言を交わせながら風牙は、賊を近付けさせぬ為に力を振るう。
先程も述べた様に脱出したいのは山々――
だが先程シフォリィらによってリシャールらが救出されたのとは、やや状況が異なっていた。ラジエルという負傷者がいる為に動き辛いのがまずかったのか賊の姿が多い。シルトが前面に出る事によって凶刃は防いでいた、が。奥に、奥に追い詰められている状況だったのだ。
これでは下手に動く方が危険。
まずは邪魔な連中を排そうと風牙は槍を構え、ブレンダも小剣をその手に。
ハンナもラジエル達に干渉されぬよう、周囲を警戒しながら戦闘態勢を整え、て。
「――あら。こんな所にいたのねぇ、生き残りの貴族が」
「逃れられるつもりだったのか? ――誰一人として零しはしない」
その時だ。聞こえてきた声は、明らかに今までの賊とは異なる声色。
――魔種か! あぁ垂れ流される狂気が『そう』だとありありと示している。
傍には、やはり主犯の一人と思わしき棍棒を持った女もいようか。
……その棍棒の先には紅き液体がひしめき張り付いていた。
此処に来るまでに更に幾人かも殺して来たのか。
くそ。斯様な存在が近くにまで来ていたとは。
守るべき者がいる状況では、これは流石にまずい――
「――そうはさせません。お引き取り願いましょうか、これ以上進むのなら」
だが間一髪、ヘイゼル達が間に合った。
通常の賊達には会話する正気がない。あったとしても意味不明な言を零すだけだろう、と。
あたりを付けておいたヘイゼルは『マトモな言を発する者』を探し続けていたのだ。
殺戮に怯え竦む貴族でも。果敢に立ち向かう騎士でもない者を。
それが故に至れた。奴らがラジエル達を害さんと行動する前に、穿つのだ。
ノエルに対して赤き糸を放つ。棍棒の動きを縛るように。彼女自身を捕えるように――
「ッ、とんでもない殺意だな……案の定、こちらの言を聞く気はないだろうね。
――ならば仕方ない。俺が相手になろう、保護者諸共ね!」
「保護者? ふふ、そんなつもりはないのだけど……まぁいいわ遊んであげましょうか」
そしてヘイゼルが至るのであれば、当然共に行動していたイズマも其処へ。
周囲を俯瞰するような広い視点を持つ彼は救助対象者の位置と、魔種らの位置を的確に把握。あちらにこれ以上近付けさせぬ位置取りを即座に取ろうか。火があろうが関係ない。飛翔する力を持つ彼であれば迅速に至れる――
そして彼は魔種フィラメントの注意を惹こう。
語り掛けつつ彼女のみを狙い打つ一撃を此処に。魔種であればこそ容易く意識を縛るとはいかないが、それでも邪魔をし続ければ無視は出来まいよ! そして――
「――――お前が、来るのか」
「んっ? なんだよ……俺の事を知ってるのか?」
「なん、だと……!? お前は、忘れたのか、私の事を!!」
見た。棍棒を持つ賊、ノエルは見た。
駆けつけてきた者達の後衛として位置する――シラスの姿を。
その瞬間ノエルの胸中に憤怒の感情が瞬く間に広がる。お前が、お前が、お前が――!!
「私の事を覚えてないというのかァ、本当に!!」
「いやだから知らねぇって。ま、その様子だと……なんとなく想像は付くけどな。
以前受けた依頼の『誰か』だろう? でも『だから何だ?』って話なんだよ。
俺に恨み言でもあんのか? ――ハッ」
……ノエルとシラスは非常に前に、前に出会っている。
簡潔にはシラスが彼女を依頼で捕えたのだ。
だが、シラスは覚えていない。一言で言うならば『些事』なのだ。
のし上がるために悪事であっても精力的に依頼をこなしてきた。
であれば当然恨みぐらい買うもの。この手の報復も散々相手した。
死刑囚を死刑台に送り返したことなど、冤罪と分かっていても。
何度でも繰り返してやる。『だから何だ?』――『些事』なんだよ、そんな事。
鼻で嘲笑う。
記憶の片隅にも存在していない相手など、本当に知らないし思い出せもしないのだから。
瞬間。ノエルの怒りは爆発する。
握りしめた棍棒にかつてない程の力が宿りて――彼を穿たんとしようか。
「何か言いたい事があるなら、地獄で聞いてやるよ」
「地獄に行くのは――お前だあああッ!!」
刹那、シラスは動こうか。
ここに来るまでの間に準備は整えていた。己が身に刻んだ魔力放出の術式が力と成し。更にヘイゼル、イズマを含めて齎した負を弾く加護もあらば――これほどまでなく万全なる調子となっているのだから。
戦闘に至れば惜しまない。
ノエルの棍棒の衝きに抗する形で更なる攻勢術式を展開しようか。
交差する。絶大なる感情と、強大なる力の応酬が。
直後に生じるは衝撃波。
邸宅に燃え広がらんとしていた火が掻き消えんとする程の――衝突が生じた。
●
「む、ぐ、ぅ……こ、ここは……」
「ストローンズ卿! 良かった、意識は辛うじて取り戻せたようだ」
「っし! ホルン、その爺ちゃんは任せたぜ、俺は連中止めるからよ……!」
ノエルやフィラメントとの交戦が始まる中、ラジエルの意識が浮上した。
先程のハンナとブレンダの応急処置が功を奏したのだろう。依然として傷により動けずホルンなどが背負う必要はあるが……それでも意識を取り戻せたのであれば、命の危機は多少脱したと言えるかもしれない。それほどまでに回復はした、と言う事なのだから。
故に風牙はラジエルやホルンらを護るべく動くものだ。
殺させはしない。貴族だろうが乞食だろうが関係あるものか!
「来るなら来いよ、全員叩き伏せてやる! 誰も奪わせてたりなんかしねぇ――!」
イズマ達が魔種らを抑えてくれるのであれば突破口を切り拓けると判断。
虚ろなる目の賊達を己が槍にて薙ぎ払わんと奮戦する。
敵の顎を穿ち。脚を砕かんばかりの一撃を叩き込んで。
連中の機動力を奪って退路を確保せんとするのだ。であれば……
「シルト! 向こうに残存の騎士達がいる――合流して、共に行け!」
「待てブレンダ、君は……」
「分かっているだろう? 後ろから追撃される訳にはいかない。私は残る。
――なぁに、必ず戻る。だから彼らを頼んだ」
「……はは。やっぱり君の事だからそう言うと思ったよ。あぁだから言おう」
任せてくれ、と。シルトは剣を携えながらブレンダと視線を交わせようか。
風牙が作らんとしている方向の果てに、幻想騎士の姿が見えたのだ。彼らもこちらに気付いて駆けつけんとして来ている。騎士と共にあれば、残りの賊が襲い掛かってこようと恐らく大きな危険はない事だろう。
ならば助力すべきは魔種らの戦線。
奴らを止めねばまだ状況はひっくり返る可能性もあるのだから。
故、シルトも止めぬ。
己の役割は分かっており、ブレンダの気質もまた誰よりも分かっている。
――また会おう、必ず。それだけの意思を通じ合わせれば二人にとっては十分だ。
ブレンダが小剣を投擲し賊らを捻じ伏せんとし、シルトが乗じて切り抜ければ。
「トリシャ様。私も、皆様の援護をします。ここは任せてお逃げ下さい」
「――感謝します。どうか外で、無事な姿を見せて下さい」
「無論です」
「ぜぇ、ぜ、ぇ……フ、ンッ。火の手が、強まっている、ようだな……
お前達も、適度な所で、逃げることだ……その内、崩れる、ぞ……」
「ストローンズ卿はお喋りにならず。傷口が開きますよ!」
ハンナもまたトリシャと意志を通じ合わせよう。
これよりは敵の首魁との戦闘が始まろう。となれば言を交わす暇もない。
無事と再会を約束し。ハンナは――賊らの方を見据える。
さぁ此処までは治癒の為の余力を残していた、が。
「もう遠慮する必要はありませんしね。全力で――暴れさせてもらいます!」
「未だ退かないのならば、これよりは命を捨てて挑んで来い。
――人の婚約者に危害を加えようとして、ただで済むと思うなよ」
これよりは排除の為に全力を尽くそう。
ハンナとブレンダが切り込む。特にブレンダは不機嫌の極みだ。
一歩間違えばシルトも無事では済まなかったかもしれない。
いいやそうでなくても……殺意を向けたのなら、相応の報いを知れ。
「せめて傷の一つや二つは持って帰ってもらおうか」
「傷の、一つや二つ? ふ、ふふ、ふ。
そんなのもう体の内を含めて、どれほどあるか分かりもしない……!」
薙いでいく。狂気に駆られた賊達は力の限り応戦するも、やはり地力が違うか。
もののついでにノエルたち側にも届けば剣撃一閃。
棍棒と切り結ぶ。
さしもにノエルも巧者であるのか容易に致命傷たる一撃は通さぬようだが。
怒っているのはお前だけではないのだと――知れ。
「貴方の事は、報告書を拝見しました」
と、その時だ。ヘイゼルは紡ぐ。ノエルへと。
「ご存命であったとは知りませんでした。しかし事の経緯を想えば復讐を企てる……えぇ。それは致し方ありませんが。されど実際に復讐を――しかも無関係な者に振るうのであれば。『それ』を選んだ時点で貴女に正当性は失われるのですよ」
「だからなんだと? 私は私が正しいから戦っているのではない。
――私は! お前達が憎いから戦っているんだッ……!」
「勘違いなされませんように。道理を説くつもりはありません」
彼女の心理は理解できる。理解できる、が――
そうではない。手段が杜撰だと言いたいのだ。
順番の問題だったと言われたのでしたら意趣返しとして、無謀な悪徳貴族暗殺依頼を連投して疲弊させるなど。そういった手を考えるべきだったのではないか? 貴方はただただ実直に……復讐を果たさんとしている。
「申し訳ありませんがイレギュラーズ相手に『殺し合い(それ)』を手段とするのは」
――悪手であったと御教授致しませう。
ヘイゼルは再びの糸を紡ごう。決して切れぬ赤い糸を。
ノエルはシラスに巨大な感情を向けているようだが。
それでも――己も無視できぬように。棒の間合いの内側へ入り込まんとする。同時に、走り抜ける救助対象者達の方に万一にも行かぬ様に立ち位置にも気を張ろうか。
「どいつもこいつも……自分達が最強とでも思ってるのか……!
お前達にとっては私など――路傍の石にしか見えていないんだろう――この悪魔ども!」
「悪魔、か。イレギュラーズは貴女に何をした?
それにその傷、まるで虐待の跡だ。それも一日や二日で付くものではない。
深く、深く念入りに刻まれたもの……貴女に何があった?」
「知らないのならばそれこそ罪だ。私が貴族にどれだけ嬲られたか……お前達の所為で!」
さればノエルの感情は更に膨らもう。治癒術を巡らせるイズマへの言もあらば、尚更に。
憎い。憎い。憎い。イレギュラーズ共が、恨めしい。
ノエルは根に力を籠める。回転の力を携え、捩じり貫く一閃を――穿とう。
今日と言うこの日の為に耐え忍び鍛え上げてきたのだ。
もう路傍の石などとは思わせない。侮り続けるならば死ね――ッ!
「父の……仲間の無念を晴らしてやるッ!!」
「父? ――そうか。お前、あの時の」
で、あれば。シラスはなんとなし――記憶の片隅を思い出すものだ。
あぁあれは五、いや六年前……か?
受けた依頼。騙し討ちのような形をとったあの日あの時と比べて――随分以上に全てが様変わりしている。興味があって覚えていたかいないか以前に、目の前の『ノエル』は純粋に人が違いすぎる。
だが。
『事の始まり』を想起した上でも、手を抜く様な甘さはない。
過去の己の行為の『結果』が追いついてきたのだとしても。
「言ってやるぜ。『知った事か』ってな」
「――――死ねェ!!」
感情爆発。ノエルの棍の一撃が超速に達する。
イレギュラーズなどではなく只人であった筈のノエルがその領域に至ったのは、それこそ腹の奥底で渦巻き続けてきた怒りが根源であろう。文字通り血の滲む研鑽の果てに貴族たちを、シラスを、イレギュラーズ達を殺す一撃を手に入れんとしたのだ。
――掠っただけでも肉を抉る。直撃すれば只では済むまい。
故に躱す。ヘイゼルが棍棒へ至らせた『糸』を引いて軌跡をズラし。
微かな狭間を縫うようにシラスが接近する。
直後に打撃一閃。魔術の混合たる一撃を、ノエルへと。
が、ノエルは倒れない。
所か怒りが未だ勝っているのか、ダメージなど気にする素振りもなく攻勢一辺倒だ。
近付いてきたのなら直接噛みついてでも殺さんとしてくる――
あぁなんたる執念か。
「……壮絶な感情の発露だな。貴女も何か恨みや怒りがあって来たのか?」
「私? いいえ、私はただ――偉大なる御方の命に従っているだけよ。
あの子はあの子で可愛らしいけどね。ふふ。でも私は貴方達に怒りはない……
むしろその魂を愛でてあげたいくらいだわ」
「成程。己が心の儘に従う愉快犯……とでも思っておこうか」
同時。イズマはノエルの形相を見据えながらフィラメントの撃を捌くものだ。
フィラメントはノエルとは全く異なる性質を持っている様に窺える。彼女はノエルとは直接には無関係……いやむしろノエルの方があまりにも憤怒に振り切れているが故、というのが正確だろうか。
いずれにせよ殺戮がノエルにとって自らの奥底にある怒りの発露であるなら。
フィラメントは楽しんでいる。殺戮を。嘆きを。苦しみを――
……全く。こっちもこっちで冗談ではない。
「楽しみで皆殺しを凶行するだなんて……とても見過ごせない。
ましてや幻想の中では穏健派のバルツァーレク派を狙うなんてね――
派閥勢力に入れ込む気はないが。しかし気が合いそうな所ではあるんだ」
「じゃあどうする? 私を殺す?」
「そうだな。少なくとも、もう一曲程度お相手願おうか……!」
津波顕現。魔種たるフィラメントを押し留めるべく、イズマは奮戦しようか。
ノエルの方も気になる所ではあるが――流石に魔種を相手にするとなると余裕はなかった。あぁ。イレギュラーズも様々な依頼を受ける。俺達の成す事が必ずしも清廉潔白ではないのは確かだ……が。
復讐も、殺戮も認めない。ましてや無関係な者に対する虐殺など。
「ふふふ。よく粘るわね――でも、そろそろ潰させてもらいましょうか」
妖艶なる笑みを浮かべるフィラメントが場を見据えた。
フィラメントにとって至高の命は幻想を――より正確には現状の舞台となっているバルツァーレクに関係する所に混乱を齎す事だ。それが時を稼ぐ事に繋がるが故。であれば今まさに逃げ出さんとしているラジエル達を仕留めに掛かるか……貴族がより死ねば領土単位での影響が見込める。
しかしそちらは風牙やハンナ達によって警戒されている。
むしろ安全圏まで行ったのならば今度は彼女らが本格的に此方にやってくるだろう――
となると。
(イレギュラーズを何人か殺していこうかしら)
彼らが数を揃える前に。
少数でこちらを押し留めんとしている者達を殺す。
ヘイゼルかシラスかイズマか――彼らも精鋭であるが、しかし精鋭たるイレギュラーズを減らす事が出来るのならば、それはそれで命を果たしたと言えるだろう。だからフィラメントは殺意を露わに、誰を対象にするか選ばんとし、て。
しかし、その時。
「悪魔、ね。契約とその成果に対し誠実とご評価頂きありがとうございます。
今後の業務遂行の参考にさせて頂きますが。
――ところで鏡とかご覧になられました?」
フィラメント達へと撃が紡がれた。
それは速度を武器とし飛来した――瑠璃だ。
「情報としては知っています。同情はしますが……
凶賊として動くならば凶賊として処断するまでです」
「ぬかすな! いつまでもいつまでも上から目線で……!
そういう態度が私の父を――皆を殺したんだ!!」
鷹の目を抱く彼女は彼方から既に状況を把握していたが故に、即座に行動に移したのだ。周囲の賊に関しては大方倒したと言えようか――それにしても随分とタイミングの良い事であったが、それはファミリアーによる連携がここで活きてきたのである。
複数匹扱える者が手渡しておき、状況の変化に応じて連絡を取る手段とする。
其れが故に迅速に集まる事が叶った。
そして彼女がいるのなら当然……
「なはーはっはっは! 目論見は外れたかの?
バルツァーレクにちょっかいを出すからこうなるのじゃ!
――ま。手を出した所でなにも変わらぬがの。
そなたらは勘違いをしておる。今、狙うべき幻想貴族と言えば……そう!
幻想屈指の超巨大勢力、夢心地派一択よ――!
冠位にもそう伝えておけい。な――っはっはっは!」
「なぁにあの色物? 私、アレに狂気を授けたかしら?」
共に行動していた夢心地たちも至るものである。
なぜバルツァーレク派を強襲したのかと。夢心地にすれば道理が分からぬ……!
故に絶対に伝えておきたかった。そなたは何も分かっておらぬと――!
同時。彼の刀撃がフィラメントへと紡がれようか。
この絶好の機を逃すべからずと全霊を注ぐ――
絶対無比の殺人剣。そっ首獲らんと仕掛けて。
「お兄様達を狙った不届き者。許す訳には行きませんね……
例えどれ程の理由があったのだとしても、伯爵の不在を狙った貴方達は――
死肉漁りの鼠と変わりありません。自らの所業を悔いなさい!」
「そーよ。狙うならちゃんと狙い澄ましてやりなさいよ!
復讐とか恨み? 雑ッ! 雑なのよ! ここ関係ねーじゃん!
八つ当たりでしょどう見ても。チャンスがあったからサンドバックにしたかった――
それだけでしょ! 詰まんな過ぎて格が知れるわ!」
「くっ――! 貴族の女と、犬共め……!」
更にシフォリィと京も参戦。壁を透過し、奇襲気味に辿り着いたシフォリィは近くにいたノエルへと斬りかかろうか。一気に趨勢をこちらに手繰り寄せんと、超速の彼方へ至る光撃を送る。
お兄様に関しては託していたファミリアー越しに、生き残っていた騎士と合流出来て脱出に成功した事も確認できたのだ。後はなにも気兼ねはない……奴らを倒すのみだと。
故に京も蹴撃一閃。
――炎熱を纏った両脚の輝きが戦場にて瞬く。
攻撃自体はフィラメントを中心として狙おうか。しかし、すれ違いざま言の葉はノエルへ。
「なにが犬よ! 私が犬だってんなら、アンタは畜生以下だわ!
八つ当たりでいいんなら巻き藁に名前と写真でも貼って殴ってろ!
自分は酷い目にあったんだから何してもいいんだとか――
アタシ、そういう腐ったみたいな性根だいっきらいなの!」
「――煩い! 煩い煩い煩い! 私は、何もかも、失ったんだ! お前達の所為で!!」
「だからって皆殺しにしていい道理がどこにあるのよッ!!」
感情に操られたノエルへと痛烈なる事実を浴びせてやろうか。
――あぁともあれ、こうなってしまってはイレギュラーズ側が明らかに優勢な形となった。フィラメントには余裕がある。ノエルにしてもまだ追い詰められている訳ではない。
が。それは今だけの話だ。
全ての戦力が合流すれば明らかに数の上での有利はイレギュラーズ側にある。
狂わせていた賊も大体が殲滅された。仮に残っている者がいたとしても少数だろう。
もしも此処から、どちらかが死ぬまで本気で戦い続けるのであれば――
多少は道連れに落とせるかもしれない、が。
「ここまででしょうねぇ。ふふ。死ぬまで戦えとは言われてないし、退きましょうか」
「ふざけるな。私は戦うぞ、せめて奴の、奴の首を、仲間達の墓の前に――!」
「だーめ。さ、帰りましょ。今しかないわよ――ね?」
「ッ! 皆さん、天井が落ちてきます!!」
「あっぶねぇ! 躱せ!」
フィラメントは諦めた。元より、そこまで執着のある任務ではないのだ。
少なくともフィラメントにとっては。
ノエルは感情に支配されており残ってでも戦おうとする――が。
シフォリィと風牙が気付いた。フィラメントが天井へ魔力を放出したと。
同時に――火災が広がっていた故に脆くなっていた其処が崩れる。
いや他の所でも、柱が崩れる音がする。
これは……屋敷自体が崩れんとしているのか!
火の手が広がり続け遂に屋敷自体の限界を超えんと。
圧倒的な熱も広がっている。このまま此処で戦うのは互いにとっても危険か。
「くぅ……! 我々も危険ですね、他に貴族の方などが残っていないか確認しながら、退きましょう!」
「あちちッ! もう! あと一発ぐらい、あの気に入らない奴にぶち込んでおきたい所だったけど……仕方ないか! ほら、皆行くわよ! 助ける人は助けたのに私達は生き埋めなんて冗談じゃないわ!」
「先導は麿に任せよ! この夢心地の栄光が皆を導いてみせ……ぬあー! 柱が倒れてきおったー!」
やむなし。この状況下で即座に敵を倒し得る手段がないのは、イレギュラーズ側もであった。幾つかの班に別れ戦力を分散していたが故にこそ、か。しかし既に賊が乱入している状況で人々を助けうるには、この策こそが最上であったろう。
――あの様子であれば、きっとまた近い内に冠位の命令に従って出てくるはずだ。
その時にでも決着を付ければいい。
「……過去に、って所かな」
シラスは。燃え盛る部屋の反対側へと撤退していったノエル達を見据え、呟くものだ。
あそこまで憤怒を撒き散らす人物を己が育ててしまったのかと思考すればこそ。
……己は。かつての環境から脱却する為に手を選ばずやってきた。
なんでもやった。なんでも受けた。
しかしだからこそ。今がどうあっても結局は――
(……変わんねぇんだな、俺は)
兄と、何も。
あの兄と――何も――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
――また、いずれ。
GMコメント
本日、晴れ時々惨劇。よろしくお願いします。
●依頼達成条件
・敵勢力の撃退。
・可能な限りの人物を救う事。
●フィールド・シチュエーション
幻想貴族ラジエル・ヴァン・ストローンズの邸宅です。
ガブリエルの行方不明に伴う会合が開かれていた様です、が。
現在、邸宅は賊による襲撃を受けています。
火も放たれています。急ぎ賊を倒さねば中に残されている者は危険です――!
皆さんは後述のシルト・ライヒハートさんから元々呼ばれていました。ガブリエルの行方不明に伴うなんらかの依頼が出される予定だったようです……しかし事態は変貌しました。此処に集まっている貴族は比較的善良な者達ばかりです――貴重な人材を失う訳にも行きません。助け出してあげてください!
邸宅はそれなりに広い模様です。
幸か不幸か……戦闘と殺意の気配がひしひしと伝わってきます。
敵の位置を把握するのは容易でしょう。
●このシナリオの背景
『巨匠(マエストロ)』ダンテよりイレギュラーズに名指しで招待状が届きました。そこにはガブリエル・ロウ・バルツァーレク伯爵が拉致された旨が記されていました。
この招待の結果を受け、リア・クォーツ(p3p004937)さんが行方不明になりました。
一連の動きには冠位魔種ルクレツィアが関わっている可能性が高く、ダンテはリアさんを利用して何かとても酷い事を起こそうとしているようです。
詳しくはトップページ『LaValse』下、『プルートの黄金劇場』のストーリーをご確認下さい。
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●敵勢力
●『繚乱花月』フィラメント
色欲の魔種が一角です。『<Paradise Lost>L'amore e'cieco』でも登場した魔種です。ルクレツィアの何かしらの命により幻想貴族の集まりをこれ幸いと襲撃を掛けてきました――接近戦も出来ますが、同時に多数のBSを撒き散らす一撃をも得意としたタイプです。
ただ基本は後述するノエルに前衛を任せて、自身はそこまで積極的ではないように見えます。
●ノエル・ファレスト・テラント
襲撃犯の一人です。フィラメントと異なり、魔種かは不明です。
幻想貴族や一部イレギュラーズに非常に強い恨みを抱いており、皆殺しにする心算です。
イレギュラーズの事は悪魔とまで罵っています。
彼女の瞳に迷いはありません。その強い殺意が正しいとか正しくないとか、そういうのは彼女にとって『どうでもいい』のです――如何なる説得も無意味でしょう。必ず撃退してください。
戦闘力としては優れた棍棒の使い手であり、接近戦を好む傾向にあるようです。
●賊×20人
邸宅内に侵入している賊です。山賊風の身なりを思わせます……
しかし賊にしても様子がおかしいです。明らかに正気ではありません。
恐らく魔種による狂気に犯されているのでしょう。
戦闘不能になるまで目についた者を嬲り頃さんと襲い掛かってきます。
説得は不可能と思われますので撃破・撃退してください。
////////////////
●味方NPC(救出対象含む)
●ラジエル・ヴァン・ストローンズ
『編纂者』とも称される幻想貴族の一人です。
眼鏡をかけたご老体。既に重傷を負っています。死ぬかもしれません。
もしもガブリエルが攫われなければ。もしも此処が会合の場にならなければ――
そんな事を想ってももう仕方なき事。恐らく下記のメンバーと共にいると思われます。
●トリシャ・フェリン
バルツァーレク派の幻想貴族の一人です。
麗しい令嬢ですが『男嫌い』とも噂されている人物です。
ナイフを片手に賊に対抗しています。この身を誰の好きにもさせません。
●ホルン・G・トリチェリ
バルツァーレク派の幻想貴族の一人です。
ガブリエルに忠誠を誓う人物であり、バルツァーレク派にしては珍しく『裏』の仕事を積極的に担当する人物でもあります……が。ガブリエルを完全優先していた事が裏目に出て、襲撃に気付かなかったようです。
邸宅内でラジエルを庇いながら退路を探さんとしています。
●シルト・ライヒハート
バルツァーレク派の貴族、ライヒハート男爵家の長男です。
騎士としての実力があり、唯一明確に敵に対抗できる戦闘能力を持ちます。
とはいえ魔種が至れば不利は免れないでしょう。
●バルツァーレク派貴族
ガブリエルが攫われたと知り、会合を開いていた貴族たちです。
比較的善良かつ温和な貴族達ばかりですが――虐殺されんとしています。
彼らも可能な限り助けてあげてください。
●バルツァーレク派護衛
バルツァーレク派護衛の騎士達です。並程度の実力はあるのですが、しかし魔種を始めとした戦力にはとても太刀打ち出来ていません。邸宅各地に散っており、残存の貴族たちを護らんと奮闘しています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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