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シナリオ詳細

<プルートの黄金劇場>West Wind Tribute

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●語り部
「フッフ! まぁ、実に面白い展開だ。
 僕は大概な退屈屋だが、そんな僕が観測してもまぁ、人間の営みってものは面白い!」
 軽薄にして悪食たる性悪の魔術師はたっぷりの含みを持って言いました。
「情に塗れ、愛に塗れ、しがらみだらけで、『分かっていても辞められない』。
 そんなの、誰にもコントロール出来ないんだカラ愉快って言う他は無いだロウ!?」
 誰も手の届かない、そして手も出さない――そんな傍観者の場所で言うのです。
「『愛しているが故に憎む』とか。『憎みながらも割り切れない』とか。
 余人に『彼』の想いを察する事なぞ出来ないだロウ。
 特に僕なんかは――とうの昔に時間なんて克服しちゃったカラ、そもそも共感すらも不可能だ。
 尤も、僕が最後に誰かに真っ当に共感なんてしたのが何時の事なのか、もう覚えちゃいないがね!」
『舞台上』で矢継ぎ早に現れる展開は少なからず悪食たる彼を愉しませている。
 何せ話が早すぎる。どいつもこいつも直截的に言いたい事を言い、やりたい事ばかりやっているのだから瞬きをする暇もない。
 そんな至上のエゴイズムこそ、魔術師の求める本懐であった。
『体調不良』で登壇の予定が無いのは真実だが、実を言えば手を加えなくても十分面白いという判断もなくはない。
「さあ、どぶ川君。これは君の予定にはないだロウねェ。
 君は右往左往する人間を眺めるのが好きとか言いながら――実際、誰にも興味が無いからねェ。
 マエストロはどうかな? 分かっていたし、構わないとすら感じているかもね。
 何せ、彼は情に厚いから。あんな有様になって、奥さんを握り潰してさ。
『それでも涙を零せる程度にはダンテ・クォーツのまま』なんだカラ!」
 ケタケタと心底愉快そうに言った彼はそれでも何でも部外者だ。
「まぁいいや――丁度幕も上がる頃だし、<プルートの黄金劇場>その第二幕。観劇をさせて貰おうかな?
 尤も、今回の主人公(ヒロイン)は囚われのお姫様じゃなくて――もう一人の子の方なんだロウけどね!」

●残さなかった男
「……どうして、こんな事を?」
 そう問い掛けたのは驚くべきか、マエストロ・ダンテ――即ち魔種勢力に囚われていた筈のガブリエル・ロウ・バルツァーレク伯爵その人であった。いや、厳密に言えば口を利く自由自体が認められていたのはそう驚くべき話ではないかも知れない。重要なのは捕縛監禁されていた筈の彼が冬晴れの空の下に居る事だ。拘束は受けている為、完全な自由を得ている訳ではないが少なくとも彼が今居るのはダンテの邸宅ではない。
「どうしても何も。此方は此方の用があって動いている故。
 スポンサー殿には『協力出来る事がある』と伝えたが、後に彼の不都合にならぬとは伝えておらぬ」
 酷く身勝手な言葉遊びのような事を言った風月はしかしてその心算は全くない。
 ここには居ないゼファー(p3p007625)がもしこれを聞いたとするならば「そういう人なのよ」と心から納得する事だろう。
「それに」
「それに?」
「マエストロには多少共感する部分が無い訳ではないが、スポンサー殿は正直好かぬ女なのでな。
 捕らえた娘で何をする心算かは分からぬが、貴殿と彼女は相思相愛の間柄なれば。
 魔種等という連中が考える利用法なぞ、畜生外道の類より漏れる事などあるまいよ」
「……ありがとうございます、と言うべきでしょうか」
 苦笑いをしたガブリエルは彼には珍しく少し皮肉めいていた。
 風月が『人質』或いは『何かに利用』される筈だった自分を邸宅からさらったのはつい先程の事である。
 彼の言葉を真実とするなら――そして彼は嘘を吐きそうな人物ではない――どうも、彼がしたかった『何某』かは一応先の事件で果たされているようだ。そしてその上、それを先に進める為に今ここに在ると考えられる。
「可能であれば、我が身に自由を頂きたく。
 幾分かでも情をお持ちの御身なれば、好きな女の為に黙っている訳にはいかない男の気持ちも分かるでしょう?
 ……同時に、自分が愛する人の枷にしかなれなかった、彼女に困難と悲劇を背負わせる事になってしまった惨めさも」
「分かるとも」と風月は苦笑した。
「されど、そうはいかぬな。此度は此方にとっても『最後』故」
「……最後?」
「病にて、もう幾ばくの命も無い。
 正直を言えばこうして動き回れるのも気を張っているが故。
 ……この機を逃せば、もう弟子と大立ち回りも出来ぬなあ」
「――――」
 ガブリエルの感嘆は言うまでも無く「それでその腕前か?」である。
「御老人――いえ、風月殿。貴方は一体何を目的に?」
「長広舌を垂れるのも好かぬ。それに己の生き様に言い訳をする心算も無い。
 されど……巻き込んでしまった貴殿故、これは独り言のようなものと思われよ」
「……」
「此方はな。『何一つ残さなかった男』なのだ」
「残さない……」
「然り。暴力に明け暮れ、鉄火場を渡り歩き、武芸を修めて。
 だが、何一つ残さなかった男なのだ。愛も、情も、人との関わり、関係も、全て生き方の前に切り捨てて来た」
 成る程、風月の言葉はまさに独白めいていた。
「……弟子、ゼファーだけなのだ。
 奴隷商人の下に居たアレを戯れに拾った。何の他意もなく気が向いたからそうしたに過ぎん。
 此方を何者とも知らず。色眼鏡も掛けず。
 ……あんまり阿呆のように懐くから、やはり戯れに槍を仕込んだ。
『おじいちゃん』等と呼ぶアレを止めたが、辞めはせぬ。故に戯れで許した。共に数年以上の時を生きた」
 ガブリエルは彼等の時間の持つ意味を正しく理解する事等出来はしない。
 だが、分かる事も確かにある。
 生みの親より育ての親とは言うが、ゼファーにとって彼は確かな肉親だったのだろう。
 同時に風月にとってもゼファーは唯一と言っていい家族だったに違いない。
「それなのに、どうして」
「『何も残さなかった男故だ』。
 此方が人生を捧げた武芸、暴力が何かを産み出したとするのなら、孫娘(ゼファー)だけであろうよ。
 老いさらばえて衰えて、我が身が既に持ち得ぬ時間をアレがたっぷり持っていると知った時、気付いた時。
 醜悪にて、見苦しき我が身は心より此方を信頼し安堵して眠るあの子の細い頸に手を掛けかかったのだ。
 結局、此方は愛等知らぬ。愛等持たぬ。
 全て、自分の都合が第一なのだ。此方は所詮そんな男なれば――」
 酷く疲れた吐息を漏らして風月はその一言を言い切った。
「――アレが此方の手を離れ、どれ程の完成をしたのかこの目に焼き付けたくなったのだ。
 おかしなものよ。あれ程に『殺し』を教え込み、身体にはその癖さえ染みついていように。
 此方を前にしたアレは『おじいちゃんを止める』等とほざきよる。
 ……おかしなものよ。話にならない温さに失望しながら、幾分か嬉しくさえ思ってしまった事は」
「……………」
「付き合わせてすまぬな、遊楽伯。
 しかし、此度は最後故。アレが『その気』になれぬのなら貴殿を殺めさせて頂く。
 魔種に与し、貴殿をかどわかせば十分かと思うたが、どうもアレは未だに寝ぼけている様子故に」
「了承します、とはとても言えませんね」
「当然の権利だ」
「私は死ぬ訳にはいかない。敢えて大きな事を言うならば、リアさんを『煉獄』から救えるのは私であるかも知れないのだから。
 ですから、風月殿。納得はしないが理解はしました。せめて約束をして頂きたい」
「それは如何様なものか?」
「もし『望み』が叶ったらば、この事件から手を引いて頂きたい。
 誇り高く、何も残さなかったという武人の為すままに――立つ鳥は跡を濁さずにいて頂きたい」
 風月は「そんなこと」と大笑した。
 冬晴れの下のやり取りは奇妙に温和で何処か融和的でさえあった。
 されど、此度に求められる事は余りにも強烈だ。
 少しでも気を抜いたのならば、望みが叶わぬのならば、その先に待つ未来は暗澹極まる。
「お約束頂けますか?」
「言われずとも、その心算だ。遊楽伯。
 何せ、こんなに天気が良いのだ。あとは強い西風でも吹けば僥倖なのであるが――」

 ――黄金劇場ならぬ、黄金劇場のその第二幕が今上がろうとしていた。

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 プルートの黄金劇場第二話。
 前回はリア編、今回はゼファー編です。
 尤も御存知の通り、見ての通りです。
『リア編』に該当する地獄も私からご用意差し上げておりますので是非ご確認下さい。
 以下、シナリオ詳細。

●依頼達成条件
・風月の撃破
・ガブリエル・ロウ・バルツァーレクの生存

●戦場
 冬晴れの下、邪魔の入らない小高い丘の上の平地。
 要するに何の遮蔽も無く万全に戦えるフィールドです。
 あまり余計な考慮の必要無し。

●風月
 ゼファーさんの師にして老齢の暴力装置。至極の槍使い。
 技量という意味で、超絶危険と称して良い。
 執念もあるとはいえ、一人でVery Hardのボスを勤めるのですから言うまでもない。
『何も残さなかった』故に彼女に『期待』しています。
 外道ではないのですが、悪人ではあります。
 前回ガブリエルをさらいましたが、ゼファーさんが「おじいちゃんを止める」と発言した事から苦笑い。
 気に食わないルクレツィア陣営からガブリエルを再度かっさらい、自分の為の人質に利用しています。
 但し、この行動自体はリアさんやガブリエル(要するにゼファーさんの友人)を多少なりとも慮ってのもの。
 ルクレツィア陣営は『リアさんの心をめっちゃくちゃにぶっ壊す事で煉獄完成を急いでいる』訳ですから、ガブリエルというカードが非常に重要なのは目に見えています。その結果、他の地獄群が生じていますがよくある事でしょう。
 実は老齢に病気持ちで全盛期より衰えており、余命も長くありません。
 しかしながら、この戦いまでは傍迷惑かつ凶悪なその実力を発揮する事でしょう。
『蒼鬼術』という命燃やしまくって異様なバフをかける技術を持ち、それが故にまあまあ人間辞めて強いです。
 梅泉等に言わせれば「親父殿世代は何時もこうであるのか」といった所か?

●ガブリエル・ロウ・バルツァーレク
 最早へたれとは言えない幻想の貴公子。
 人質ですが、風月との戦いを優先せずに救出しようとする事はお勧めしません。
 彼が何をするか分からないからです。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

 本シナリオは極めて真面目に戦うと同時に十分な情感がある方が面白いシナリオかと思います。
 優先はゼファーさんの友人枠と風月と前回戦った方、あと他方シナリオの都合でつけています。(今回は主立ってゼファーさん側の話なのですが、例えばサンディさんやシキさんはリアさんの『家族』の要素が強めなのでクォーツ院シナリオに付与されています。他方、ドラマさんはリアさんの『恋』の関わりが強い為、ガブリエル救出シナリオに振っています)
 今回の数本のシナリオは連動性があり、私のソースで作成されている為、そういう措置になっています。
 以上、友人達の為にも、是非頑張って下さいませ。

  • <プルートの黄金劇場>West Wind TributeLv:80以上完了
  • ――その西風に祝福を!
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2023年12月08日 22時35分
  • 参加人数10/10人
  • 相談5日
  • 参加費250RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
シラス(p3p004421)
超える者
白薊 小夜(p3p006668)
永夜
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
小金井・正純(p3p008000)
ただの女

リプレイ

●序
「ご無事で何よりです、ガブリエル様」
「無事、の概念にもよりますが恐縮です」
『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)の声に冗句交じりに返す辺り、ガブリエルも鉄火場が随分と板についている。
「レイガルテ様も気にかけておいででした。
 ……とはいえ。何よりも先に、彼方との決着を付けねばならない様子ですね。
 お下がりくださいませ。どうか、今暫くのご辛抱を」
 リースリットの言葉に頷いたガブリエルが見つめる背中は一人の武人のモノである。
「ようこそ、と言うべきか。何時も孫を良くして頂いて感謝している」
 居並ぶイレギュラーズ十人――その内、九人の顔を順に眺め回し『狼の子供』ゼファー(p3p007625)の師――風月はそう云った。
「風月翁。
 ……このような事をする以上、そこまでする意味が貴方にはあるのでしょう。
 今更にそれを何故、とは問いません。
 唯、果たして――この十人ならば貴方にとっても相手に不足はありますまい。
 ガブリエル様を無事にお連れする為にも、この舞台。必ずやご満足させて御覧に入れましょう」
「良い。若いのに良く分かっておられる。やはりゼファーは友人に恵まれたか、何れの顔も精悍だ」
 槍の老人はリースリットの珍しい啖呵に実に満足そうに頷いていた。
「……一応確認しておくけれど、ゼファーは本当に『それ』で良いんですのね?」
『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の言葉にゼファーは「ええ」と頷いた。
「止めて止まる人じゃ無いのよ」
「……」
「『そう』と決めたらてこでも動かない。多分此の世で私が誰より知ってるわ」
 彼と七年も過ごした人間は他に生きていないから。
「……そう」
 ヴァレーリヤは少し物憂げな溜息を吐き出した。
 鉄帝国(ゼシュテル)という厳しい環境に育ち、不出来な運命も理不尽な結末も嫌という程見てきた彼女だ。
 此の世の中が『ままならない現実』とやらで出来ている事は知っている――覚悟はとうに済んでいる。
 それでも。
(嘘のように、冗談のように。全てが丸く収まるならば良かったのに)
 主(かみ)に祈れば通ずるならば、それ以上の結果等無かったのにと思わずにはいられない。
 ただ、ヴァレーリヤの可憐な唇から零れ落ちる言葉はそんな『泣き言』からは程遠い。
「分かりましたわ。それが貴女達の家族としての絆の形なのであれば、私はそれに殉じましょう。
 葬送の儀礼はお任せ下さいまし。何処にも迷うことの無いよう確実に、真っ直ぐに主の御許へ送って差し上げますわ」
「――全く、武人の求道というのはいつの世も度し難いものだ」
 思わず呟いた『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)の言葉は恐らくその場に居る大半の者の代弁になっただろう。小首を傾げた『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)や、風月は別なのかも知れないが。何れにせよ、『そんな』価値観は多勢に共有出来るものでない事だけは間違いない。
「――だが」
 それでもマリアはその幾分かの例外の一人である。
「私も武を求め、修めた者として分からないでもない。
 君のような達人と立ち会えることは嬉しく思う。『それ自体は』喜ばしく思わずにはいられない」
 苦笑い交じりに――理解し難い在り様に対してそう続ける以外には無かった。
 風月なるこの男が遊楽伯――ガブリエル・ロウ・バルツァーレクを誘拐した事から『プルートの黄金劇場』事件は始まった。
 マエストロ・ダンテ、或いは冠位色欲ルクレツィアと手を組んだ彼は先述の通りゼファーの恩人であり、師匠でもある人物である。そんな彼が先の事件での対決の後、今度は魔種陣営を裏切りガブリエルを連れ出したという一報が入ったのは恐らく誰にとっても寝耳に水の話だった筈だ。
「風月さんが伯爵を攫うのは予想外だったけど……」
「前回はしてやられましたが、ガブリエルさんを連れ出して頂いた事自体は有難いですね。
 ……しかし、まぁ。ここでお礼を述べるのもおかしな話。おかしな話にはなるのでしょうね……」
『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)に頷いた『ただの女』小金井・正純(p3p008000)の言葉を受けた風月は「然り」と頷く。
「元より此方は此方の目的の為だけに動いている故。
 それが其方の迷惑になったならばそれだけの事。それが其方の利になったのであってもそれだけに過ぎないという事。
 何れにせよ、それは其方の為ではない故。礼は要らぬ――悪罵は好きにすれば良い」
「でしょうね」と嘆息した正純はその性質上、正直この手合いに共感する事は無いだろう。
『正純は実を言えば、本人が思っている程には冷静な――情のなだらかな女では無いのだが』。
 それを抜きにしたとしても彼の在り様を理屈で肯定出来るような生き方はしていない。
「……師と弟子、祖父と孫であってもこの運命は、いえ、だからこそ変えられないのでしょうから、ね」
 唯、肯定ではなく『理解に近しい何か』をせずにはいられなかった。
 正純が余り実感出来ない『家族』の在り様は酷く歪で、真っ直ぐでさえあった。
「複雑でこんがらがって綺麗な、人間らしい人は好き。あなたの感情全部ひっくるめてお相手してやるさな!」
 故に『感謝』を口にするは間違いだが、『この状況』を有難く頂戴するならばシキの言う通り『やり切る』事は重要になる。
(……ゼファーは、覚悟を決めたから。私が躊躇うわけにはいかないや)
 ガブリエルが再び連れ出された結果を悪いものにしない為に必要なのがこの難局を超える事なのは疑う余地も無いのだから。
「しかし、其方は『不自由』よな」
「アンタが自由過ぎるだけだろ。
 まあ、こりゃあきっと――『感傷』って言うヤツなんだろうな?」
『家族』と言えば、如何ともし難く不可避の結末を後悔せずにはいられなかった『竜剣』シラス(p3p004421)も黙ってはいられない。
(兄貴の事を思い出すと言ってやりたい事は尽きねえよ)
 全てに幕を引いた実兄の行方は知れていない。
 しかし、永遠に自分の前に立ち塞がると嘯いた彼が今どうしているか――シラスには確信めいた予感があった。
「……だが、まぁ。これはどうしたって『家族』の問題なんだろうよ」
「傍迷惑極まりない、がな」
 シラスの言葉を『竜拳』郷田 貴道(p3p000401)が継ぐ。
「ゼファーのジジイか……なるほどな、テメェ死ぬまでやる気じゃねえか?
 いい感じだぜ。どうせやるなら『そう』じゃなくっちゃな!」
 覇気に満ちた貴道に応ずるかのように風月の纏う魔性の色合いが強まっていた。
 濃厚に香るのは死の気配、常人には立ち入れぬ、感じ入る事すら不可能な『外』の世界であった。
「……私は前回ほんの短い時間の会合でしたし、その後が随分とアレでしたのでほとんど初対面みたいなモノですが。
 こうして改めて対峙してみれば本当、どれもこれも負けず劣らずですね」
 呆れ交じりに呟いた『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は実に遅れ馳せながら、己の運命を自問せずにはいられなかった。
 深緑より外の世界の見分を求めて出でて幾年か。どうにもこうにも『こんな輩』にばかり詳しくなる日々だ。
「所謂達人の域をも超えた力。武の埒外。
 ……全く、最近こんなのばかりですよ!
 ゼファーさんのお師匠様、なら学ばせて頂くモノは多そうです。その余裕があるか、定かではありませんが」
「――どうしたって、私の友二人を悲しませた事は変わらない。
 私の友の大切な人を巻き込んだ事もそうだ。
 それは到底許せない! とても許せる事じゃあない!
 風月君、君のことはゼファー君に任せるが――私は私でぶん殴らせて貰うから覚悟したまえ!」
 マリアにしては珍しい強い語調は彼女の憤りを示すものだ。
 改めての宣戦布告は『お喋り』の時間が概ね一杯を数えた事を如実に示している。
 風月の行動に魔種のような悪辣さは薄いが、何処までも自由であり、余りにも自由過ぎるものであった。
「踏み込みに説教を垂れるのは釈迦に説法か。
 此方の顔はここにある故、期待しておるぞ、雷光殲姫!」
 相容れぬ以上は、彼の流儀に従って武の決着をつけるのみ。
「で、改めて念を押すがゼファー。目は覚めたのであろうな?」
「ゼファーとは一緒に修羅場をくぐって来たし、私の性格も技も知っているわ。
 その上で私がここに来る事に何も言わなかった――なら、それで十分でしょう?」
「ううむ、成る程。確かに『ローレットの女怪』の言う通り。言葉にするは無粋か。少し慎重過ぎた。許されよ」
「……それ広めたの誰なの?」
 聞かずとも想像はつくが、小夜が少し複雑な顔をした。
「存外に、何も変わってなかった事――相変わらず自由過ぎて却ってホっとしちゃったわよ」
 ゼファーは親しみと覚悟が半ば入り混じった顔をして『ご機嫌』な風月に苦笑した。
 無表情な仏頂面を余人が見ても分かるまい。
 深い皺と威厳の刻まれたその顔に嬉気が浮いているのに気付くのはきっと孫(じぶん)だけだろう。
(……分かっちゃうのが、『駄目』だわね)
 何処まで行っても『似ている』事を喜ぶべきだろうか?
 それともそんな家族をこれから仕留めねばならぬ事を嘆くべきなのだろうか?
 他者の全てを顧みない自由は風月の生き様そのものであり、風の在り様そのもので、彼の生き方はゼファーのそれに大分近い。だが、彼女は『良くも悪くも』彼程自由では無くて、他ならぬ彼女は他の者よりも彼を理解せずにはいられない。
 尽きぬ情と為さねばならぬ事。
 彼の望みと、我が望み。

 ――二者択一の選択には強い二律相反(アンビバレンツ)を感じずにはいられない。

「最短距離で願いに向かう、か。
 ……全部を理解した訳じゃないし、納得した訳じゃない。
 其れでも。私がやるべき事は――私じゃなきゃならないって事だけは分かってる。
 ねぇ、満足? おじいちゃんは私がここにそう在る事が」
 恩讐と憐憫と困惑と――尽きぬ情を隠せずに思わず漏らしたゼファーの恨み言は彼女らしからず不自由であった。
 しかし、その声色から何を察したのか風月は今までより幾分か満足そうに頷くだけだった。
「まぁ、な。お前がそうして槍を携えて――まともな目をしてきた事には一先ず満足だ。
 後は、練り上げたその武技が期待外れに終わらぬ事を祈るばかりだな」
「――張り切っちゃって。過去一に迷惑よ」
「言ってくれるわ」と『年寄りの冷や水』に肩を竦めたゼファーの手に力が篭った。
「私のやるべきはおじいちゃんを殺す事。
 屹度、此れが最後の殺し合いで、最後の語らいになる――
 だから、目なんて逸らさないわ。一番近くで力の限り戦い抜くわ。
 ……それで不満なら、もうお手上げよ。絶対に『そう』はさせない心算だけどね!」
 これまで幾度かの対決と此度のそれは質が違う。
 師匠は弟子の成長を待ち、目を細めて見守るものだろうが――元来『教える』に不出来な師匠は最早次の機会を待たないだろう。
 それを分かっているからこそ、この戦いは『決戦』である。
 遠く運命の綾が関与する事があったとしても――直接幻想の興亡を賭けたりしない。混沌の運命を占う筈も無い。
 されど、確かにこの場はゼファーにとっての決戦に他ならないのだ。
「良く吠えた。さあ、始めるか」
 爪先でトン、トンと軽く跳ねた風月の気配がこれまで以上に増大し、
「伯爵!」
 ドラマは鋭く厳しい声を上げた。
「『絶対にその場を動かないで下さいね』。
 リアさんもここではない場所で――頑張っている筈です。
 この先に貴方が居ないのでは、私も彼女に申し訳が立ちませんから」
「分かりました。『信じております』」
「無茶をするな」と言う心算だった警告は知らぬ内に「一歩も動くな」に引き上げられていた。
 貴道としてもそれは同感だ。風月を前に搦め手で救うのは不可能だ。或いは伯爵が余計な手を出すのも厳禁だろう。
 肌をビリビリと突き刺す殺気の質はこれまで相対した化け物の数々にも劣らない。
 どうあれ自分達が彼の望みに正対する必要があるのは確実に思われていた。
(レオン君の本気も――或いは、レオン君なら)

『運命の一つも変えられない癖に、こんな鉄火場すらも抑え込んで見せるのだろうか?』

 過ぎった一瞬の思考をドラマはすぐに追い払った。
「――よし、ゴングだな?」
 見目にも獰猛な笑みを浮かべた貴道はこれより来る時間の意味合いを知っていた。
 隆々たる肉体に研ぎ澄ませた凶器のような両拳を備えている。
「安心しろよ、風月。
 聞いての通り俺達は戦いを放って伯爵に手なんて出さんさ。
 俺たちゃゴーサイン貰ってる、アンタの孫娘は中々思い切りが良くて男前だぜ。
 死に花には困らせねえ、盛大に送ってやる――派手なの添えてやるから、覚悟しな!」

●破
「雪之丞とたてはを退けた爺さんなんだろう?
 こんな怪物が世に知られずその辺を歩いてるんだから嫌になるぜ――!」
 悪態交じりのシラスが誰より早く地面を蹴った。
 言葉は「嫌になる」だがその表情はそうでもない。
 むしろそんな化け物と相対した今日に期待感さえ抱いている。
(強さには限界がない、技を磨くほどに頂きが遠ざかる感覚さえ覚えちまう。
 それでも、今日は勝つのは俺達だ――)
 視界の中で急激に大きくなる風月に真っ直ぐに仕掛けた彼は裂帛の気を吐いた。
 蒼穹の竜と対峙した時より、深く、疾く。
(――研ぎ澄ませ!)
 瞬時の加速から予定通りの一番槍を手にしたシラスは文字通り瀑布の如き連撃を風月目掛けて叩き込む。
 鮮血乙女から格闘魔術。連打連撃、執拗なまでの赤い牙。
 敵を逃さじと吠える竜爪は繰り出される程に重く鋭く、馬鹿げた威力と連続性の双方をもって魔人目掛けて閃いていた。
「ハッ、ゼファーまで回すかよ! この俺が引導を渡してやるぜ、ジジイ!」
「囀るな! 知れた名が名前倒れで無かった事は重畳なり!」
 長尺が円を描き、短く鋭く硬質の音が立て続けに響き渡る。
 槍のみで捌き切れず跳んだ風月がシラスの暴威からその身を逃れさせている。
「さて?」
「――お相手は、此方が仕ります!」
 着地し踏ん張って、反撃の逆ねじをシラスに喰らわせんとした風月にドラマが肉薄した。
「私が扱うのは『負けない剣』。見事、捌き切ってみせましょう!」
 線の細い幻想種らしからぬ迸る闘志は強気な彼女が唯の魔術師ならぬ、剣士である事を告げている。
 見目は特別に魔術師らしく、そういった学習を好むのは知っての通りであるが――
「――成る程、『子竜』の次は『蒼剣の弟子』か。
 まるで綺羅星のようではないか。どれもこれも!」
「ええ! 『蒼剣の弟子』が、お相手致しますとも!」
 ――知られていた事を喜ぶ暇も無いが、彼女の自認は『その名折れ』だけは認められない!
 攻め手たるシラスを『負けない』事に秀でたドラマがカバーしたのは想定通りだ。敵が『効率』を重視するような人間ならば、敢えてドラマに時間は掛けまいが、死牡丹梅泉やら誰やらでイレギュラーズはこの手合いが『そう』ではない事を重々承知済みである。
 そもそもが魔種を出汁にして、更にもう一度ガブリエルを出汁にしてこんな場を作り出した人間が『最効率』で動く筈もないという確信がある。
(至近戦闘における槍の間合いは厄介この上ないですね
 技量にせよ、間合いにせよ。容易に懐に飛び込むコトは叶わない。ですが――)
 ――稼げる時間もあろう。
 そして、食い止める術もなくはあるまい、とドラマは読む。
「……っ……!」
 機械銃(マシンガン)の如く繰り出された無数の穂先が髪の一房を持っていく。
『ほぼ見えなかった』突きが防具を強かに叩き、その柔肌に傷を刻んでいる。
 それでもドラマは怯まずに詰めて一閃を繰り出していた。
「また後退……!」
「良し、その意気や良し――」
「――何時までも」
「笑ってられると思わない事だね!」
 呵々大笑しバックステップした風月を遮るように。
 肉弾凶器たる貴道と雷光を凄絶に纏ったマリアが横撃を加えていた。
 左右双方から踏み込んだ二人の動きは戦い慣れからやはりいい動きを見せている。
「悪いなゼファー、俺は俺の愉しみを優先させてもらう!
 さあ、ジジイ、存分にやろうぜ、死合いを、よ!?」
 シラスのみならず、貴道もまた主役(ゼファー)に舞台を譲る心算は無いらしい。
 その巨体、全身のばねを限界までしならせて踏み込んだ貴道が全身全霊のガンマナイフクロスを叩きつけた。
 地面さえばっくりと割った一撃が土煙を巻き上げる。
「『貰う訳にはゆかぬな』」
「ああ、そうかよ!」
 神武の拳は知れた脅威か。
 されど逃さじと畳みかけるのはマリアも同じ。
「――絶対に外さない!」
「む……!」
 生体干渉電磁放射『凶華』――即ちマリアの持つ電磁波及び電気を放射攻撃は人間の反応速度を大きく凌駕している。
 言葉の通り『絶対に逃がさない』一撃は然したる威力を持っている訳ではないが、敵を確実に捉えその防御耐性を引き剥がす大技であった。
「早速、絡め手なんていかがかな?
 尋常に勝負! とはいかないが――卑怯とは言うまいね!」
「まさか」
 更に立て続けに繰り出されたマリアの乱打を身のこなしだけで避けながら風月は凄絶に笑んだ。
「此方と戦(や)るならば、全ての手段は肯定されると考えよ。でなければ、容易く殺してしまうのでな!」
 猛烈な戦闘は彼の言葉を証明するかのように続いていた。
 イレギュラーズは攻め手に勝り、手数で風月を押していたが威力も精度も防御力も彼はいよいよ人間を辞めている。
 確実を期す為に味方より遅れて射った正純の一撃は確実に風月の影を捉え、矢傷をその身に刻んでいたが、彼が『落ちる』様子はまだ無い。
「破れれば良かったのですが」
「……まあ、そうはいかないわよね」
「それでも『破れない事が分かった』のは重要です」
 詳細は知れぬがゼファーに拠れば『蒼鬼術』なる外法は命を燃やし、その力を跳ね上げさせるものらしい。
 結論としてこの術を破るに『普通』の手段では届かない事はすぐに分かった。
(ですが、傷付かない筈はない。この上『効かない』ような戦いはしていない。そんな鍛え方もしていない)
 正純の一撃は前回の戦いと同じく、道なき道に標を刻む『狙い撃ち』に他ならない。
(――今回の私の役割は極力確実に、風月の勢いと力を削ぐこと!)
 最後尾からの攻撃はパーティの猛攻の『締め』である。
 更にはリースリットから熾天宝冠(バフ)まで受けている以上は『外しました』では許されまい。
 されど『そこ以外』に攻勢が有効である事も知れていた。
 尤も精密極まる射撃で強化を打ち抜く正純の存在が知れている以上、風月が何度もそれに頼る訳がないのも必然ではあるのだが。
 何れにせよ風月から自由になる札を一枚奪い去った事実は変わるまい。
「……何度でも、何回でも!」
『ただの女』に加護が無くとも、星は不滅のままに夜空に輝く。
 正純の放つ閃光は、悪意の魔弾はかすり傷であったとしても逃れ得ない『妨害』を強靭な魔人に刻むのだ。
 そしてそれはマリアが繰り出した『搦め手』と合わさり、強烈なまでに作用しよう。
「――次が来ます!」
 支援役に収まったリースリットの忙しさも一層のものになっている。
(……状況を抑えつけ続ける事は難しい。ならば、これは風月殿の望む『闘争』なのでしょうね……?)
 戦いの天秤は奇しくも絶妙なまでに浮いていた。
 彼我の攻撃力は過大であり、お互いの余力を削り落とし続けている。
 これ以上の数があらば、イレギュラーズが押し切ろう。
 逆にこれ未満の数であったならば、釣り合わないままに決着は早晩ついていたかも知れない。
 何れにせよ、リースリットの灯す『僅かな癒し』はその絶妙な天秤を支える格好でここにあった。
『それ』も含めて戦いは酷く凄絶そのものだったから。
 戦いは続く。
 あくまで澱まず、激しく。
(――ゼファー、君が想うまま。君が望むまま。
 君の後悔が少しでもなくなるように、私も戦いたいと思うんだよ……!)
 リアにゼファー、そしてガブリエル。
 複雑に層を成した友人への想いを隠し切れる程にシキは器用な女では無い。
 分かり易い程に分かり易く、そして誰よりも友人甲斐のある彼女は元来誰かを傷付ける事をそう得意としていない。
 戦いを好む猛々しい性質をしてはいない。
 だが、それでも。
「悔しいのなんてもう十分味わったんだ!
 もう泣きたくないし、負けたくないし――仲間の力にもなれない弱いままなんて絶対嫌だから!
 運命だかなんだか知らないけど、殴り飛ばしたって、わがまま全部叶えてみせる!」
 言い切る今のシキから線の細さを見つける事等もう出来はしないだろう。
(『時間切れ』まで出来る限りに――)
 シキの戦い方は初速こそが重要になる。
 故に僅かな逡巡が取り返せぬ負債に成り得る事は間違いない。
 されど、思い切った彼女にその心配をする必要は無かっただろう。
 自身の性質とは真逆の風月を目の前に大立ち回りを見せる彼女の戦いも猛烈であり、マリアの作り出した隙に叩き込まれた『邪道極まる』攻め手管は、素直過ぎる彼女とは思えない程に深く、厄介に荒ぶる暴力装置を捉えていた。
「どれもこれも、やってくれる……!」
 防戦に苦労する風月はむしろシキの健闘に目を細める他はない。
 彼はどうあれ意気軒高。敵が喰らい付く程に熱を滾らせているのは間違いないのだが……
(こうして冷静に観察してみると、どれほど鬼気覇気を漲らせようと顔色の悪さだけは隠しきれていない。
 身体の頑健ぶりからすると、年齢の問題というよりむしろ……病……?)
 観察眼に優れたリースリットはどうしても『気になる』変化を理解してしまっていた。
 風月は吹き抜ける風ではなく荒れる暴風のように逆巻いているが、それ自体は間違いのない正解のようにも思われた。
 閑話休題。
「――ごきげんよう! 私とも遊んで頂けますこと?」
 幾度目かの攻防を経て、今度はヴァレーリヤが『突っかけた』。
「『お願いします』!」
「任されましたわ!」
 リースリットからの『警告』に応じて攻め手を強めた彼女は持ち前の豪快さと暴力を強かに横振りしていた。
 猛烈な威力が受け止めた風月の槍を軋ませ、その足元を地面に押し込みかかっている。
「猪武者かと思えば、なかなかどうして戦い慣れておる」
「それはどうも!」
『返礼』代わりにヴァレーリヤは更なる一撃を風月目掛けて叩き込む。
「どっせえーーい!!!」
 成る程、風月の見立ては正解だ。
『手数に勝るパーティ』は優れぬ個をよくよく理解し、纏めて『喰らわぬ』ように立ち回りを徹底していた。
 散開より次々と繰り出される連続攻撃は強い個への『慣れ』であった。
 高い戦闘経験なしに成り立つ連携では有り得ない。
「こんな事を聞くのは無意味かも知れませんけれど……」
「何、此方の戦いも其方の問いも無為なれば。行きがけの駄賃なぞ気にせずとも良い」
「ではお言葉に甘えまして――貴方が勝ったら、ゼファーをどうするつもりですの?」
 やり取り自体には棘が無いが、彼我の織り成す攻防は刹那に命を持っていく程に激しいものである。
「そんな事」と嗤った風月は涼やかに言う。
「なってみなければ分からぬ話だ。問題は此方だけではない。アレの話でもある。
 ゼファーの目が覚めておるのかどうかは、此方の決める話ではないのでなあ!」
 風月の流し目にゼファーが苦笑いを浮かべる。
 ヴァレーリヤはこれをどう受け止めて良いものか逡巡し、
「……そう。なら、尚更負けられませんわね!」
 次の瞬間には一つの結論を弾き出していた。
(何れにしても勝ってから考える事でしたわね。そして――)

 ――目の前の男との戦いは総ゆる手加減も邪念も許さない程に辛辣なのは間違いが無い!

「ゼファー、『貸し』ますわよ!」
「押し貸しとは言わないわよ、今回だけは」
 軽妙なやり取りは、本当の意味での軽さを帯びてはいない。
 背教者に捧ぐパニヒダはヴァレーリヤのそう『好まない』手段である。
 されど、正純のこじ開けた突破口に突き刺すならばその致命は十分過ぎる術となる――
「それにしても……」
 非常なる強敵を前に何時もより随分と機嫌の良い小夜がふと呟いた。
「こんな素敵なお爺様が居るならゼファーも早く紹介してくれればよかったのに」
 死の風が吹き荒れる魔境を前にこんな感想を漏らす人間もそうは居まい。
『もう少し生きてみるか』と思ったとて、逸脱者のその性は変えられないという事か――
「友人の助っ人に来た心算なのだけど。ねぇ、ゼファー? 少しばかり友達甲斐が足りなくないかしら?」
「あー、ええ。まあ、ね。出来れば早いとこ会わせたかったんですけど、ねえ?
 何年も姿を晦まして……困った人なのよ。ほんとにね」
 小夜の珍しい冗談にゼファーは思わず肩を竦めていた。
「まあ、いいじゃない。まだまだこれからだろうし――お腹いっぱいでも許してくれる人じゃあないし」
 成る程、言い得て妙である。
「……言っとくけど、おじいちゃんね。
 痩せても枯れても病気でも、ハッキリ言って『あんなもん』じゃあないわよ」
 パーティの猛攻を受けたにも拘らず、彼女達の見る風月の威容は些かたりとも衰えては居なかった。

●急
「……前回の一戦、四対一でも個の技量の差で圧倒されましたが……
 まさか、あれでもまだ『本気』には程遠かったとは……!」
「……っ……!」
「少しお待ちを。『何とか』します!」
 特にフロントとも言うべき最前線で風月を受け止めたドラマの傷み方は酷く、賦活役として援護に回るリースリットの仕事もどんどんと重さを増していた。敵は最短距離で効率よくパーティを『落とし』には来ないが、入れ替わり立ち替わり現れる彼曰くの『綺羅星』を相手に益々意気軒高な大暴れを見せていた。
(……これは、確かにたてはさんと雪之丞さんの二人がかりでも短い決着をつけるのは厳しい相手か。
『これ』を見抜いたのなら、撤退の判断も頷けますそれ程の極地に至っても……いえ、至ったからこそ?
『蒼鬼術』がそういう技なのかもしれないけれど、それにしたところで……!)
 恐るべきこの私闘は短い時間の中で猛烈なまでの加速性を見せつけていた。
 鎬を削るぶつかり合いは何もかもが非対称であり、その癖対称に互いの陣営を傷付けている。
「通常ならば」
「うん……?」
「通常ならば『仕切り直し』もある話なのでしょうね」
 リースリットの言葉に風月は「ならば、な」と頷く。
 風月のその身も幾らかの傷を刻んでいたが、パーティ側も無傷ではない。
 風月という一を斃せば終わるパーティに対して、彼が臨むのは十人なのだから。
 対称な打撃というのは五分の戦況に留まらない。
 特異運命座標が持つ最も強力な加護であるパンドラによる支えが無かったのなら、早晩決着はついている情勢であった。
 とは言え、これは『対称』の話なのだ。
 老いた体に幽鬼の如き執念を燻らせる風月とて、その顔色は始めた時より余程に悪い。
『いい勝負』とはどちらが死んでもおかしくない程に研ぎ澄まされているという事と同義である。
「おら、よッ!」
 槍の暴風をダッキングで搔い潜った貴道の鉄拳が風月の顔面を捉えていた。
 数メートル以上も威力で弾き飛ばされた彼は「重いな」と嗤い口元の血を拭う。
「まったく大した孝行孫じゃねえか?
 テメェみたいなどうしようもない奴の意思を汲んでくれるなんてよ。
 分かるぜ、やり合ってなきゃ生きていけない性分なんだろう?」
「理解が深くて恐縮だ。まぁ、若人だ。此方のような『老』の気持ちとは少し違うやも知れないが」
「そうかよ」と貴道は口の端を持ち上げた。
「どっちにしろ、最後の最後まで、テメェに出来る事なんざ一つって訳だ。
 任せろよ、感じろよ。孫娘に足りてねえ分は俺たちで埋めてやる、テメェに迫らせてやる。
 ……楽しんで逝きな、最期のスキンシップだぜ?」
『彼がもし何か真っ当な目的を帯びている人間なので在れば、既に退く事を選んだとしてもおかしくはない』。
 だが風月は違った。貴道の言葉に「重畳。感謝する」と凄絶に笑い、一層にその鬼気を尖らせている。
 幾度と無く繰り返された重い攻防は確かに彼にダメージを刻んでいるのに、パーティは『情勢』を楽観視出来ずに居た。
 それは実に簡単な話である。
(最初より全然強くなってるんだから、当然だろ――?)
 イレギュラーズは――他ならぬシラスは敵の実力を見誤る事等無いのだ。
『安全などない中距離』に陣取り攻め手を叩きつけ続けて来たシラスは肌感でそれを確信していた。
 彼の――パーティの猛攻をこれだけ浴びて生きている『人間』は滅多に居ない。
 戦いが進むほどに猛攻を『克服』せんとする人間等、尚更居ない。
「……まぁ、それでも」
「居た、という事実は変わらない……という訳だね」
 シラスの言葉をマリアが継ぐ。
 苦笑いを浮かべた二人のその肩が知らぬ間に大きな上下を見せていた。
「勝ち切るならば、やるしかないという訳だ」
「敵の目の前で作戦会議か」
 マリアの言葉に同意しながらシラスは僅かに冗句めいた。
「『そういうのを気にするタイプじゃあ無いよ』」
 今回は随分と波長が『合う』のか言い切ったマリアに風月は「然り」と頷いた。
 誰も彼も疲労している。パーティ側は辛うじてリースリットの支援を持ち合わせていたが、長期戦を望むような戦力構成はしていない。
 老齢であり、リースリットが見て分かる程度には重い病を抱えたままの風月もそれは同じだろう。
 小細工でどうにかなる相手ならば最初から話は簡単なのだ。
 風月を押し切る為には最初から揺ぎ無き意思と力が必要不可欠だった。
 故に手の内が知れる、知れないも大した問題には成り得ない――
「――でも」
 薄く笑みを浮かべた小夜が姿勢を低く地面を蹴った。
「そういうの好きだし、結構『得意』だわ」
 小夜は剣術が最も発展し、最も実用性を帯びた時代を生き延びてしまった女だ。
 武が無用の世で過ごす長過ぎる日々は、朽ちるだけの煉獄を思わせる事を知っている。
 厳密に事情が『同じ』訳ではない。さりとて叶わぬ願いを抱えながら永遠を生きるような彼女は真逆でありながら、人の生という短い刹那に鍛え上げた武を失う恐怖を理解せずにはいられない。泰平に意味を失った己と、時が失わせた風月の未来(さき)は自己の喪失という意味で同等だ。
(故にこそ、今が散りぬべき時と咲き誇る徒花を何よりも目映くさえ想う。
 故にこそ、全身全霊を捧げて斬らねばならない。
 眼前の徒花を愛でる機は後にも先にも『今』此処にしかないのだから――!)
 多くを語るような女では無いが、閃く美し過ぎる刃は有情であり、無情な程に苛烈である。
 刀と槍が絡み合い奏でる剣戟の音色は、言葉よりも正確に彼我の想いを伝え合うかのようだった。
「『君ならで誰にか見せむ』と詠うなら。
 これはゼファーの為なのでしょうけれど、こんなにも良い風が誘うのだもの、許して頂戴ね」
「ううむ。実に勿体無い話」
「勿体無い……?」
「お手合わせは『こう』なる前に望みたかったな、女怪殿」
「奇遇だわ」
 小夜の溜息は色っぽく率直な無念を帯びていた。
「……私もよ」
 全盛期からは程遠いと称される風月の立ち姿。
 もし、あと何年かだけでも早かったならば――今以上の格別であったろうに、それはもう叶わない夢に他なるまい。
 戦って。
「貴方の目的も、冠位たちから離反した理由も正直武人では無い私には理解できません。
 理解できませんが――最近は負けっぱなしというのも嫌いになってきたんですよ」
 正純は痺れた指で弦を引く。疲れても何度でも。届くまで!
「――だから、これは私のリベンジでもある!
 それに、知りませんか? 囚われのお姫様を助けるのには白馬の王子様が必要なものなのですよ」
 戦って。
(集中しろ、集中しろよ!)
 自分に言い聞かせたシラスは目の前に広がる達人の世界へと飛び込んだ。
 無数にシミュレート出来るその殆どに逃げ場が無くとも、殆どの結末が自身の負けを予見しても細い、細い道筋をブチ破らんと目を見開いた。
 槍の穂先が掠めて逸れる。僅かな隙はシラスには十分過ぎる!
 戦って。
 翼が折れても、その背を押す速力を失っても。
「……負けない……ッ!」
 歯を食いしばったシキは痛む体に何度でも力を込め続けた。
 膝を突けば二度と立ち上がれないようなこの局面でどうしたってそれを許さない。
 それは誰が為であり、我が為でもある――全てが上手く行くなんて希望、お子様向けなのかも知れなかったけれど。
『それを割り切る大人になる心算は全くない』!
 戦って。
(きつい。苦しい。もう、倒れてしまいたい――)
 そう思った事は何度目か。
 らしからぬ一番の重労働の疲労と消耗はすぐにでもドラマの意識を飛ばしそうな程に重かった。
 それでも、彼女がギリギリの所で踏み止まり続けているのは。
(……こんな状況は、それ以上はこれまでだっていくらでもあった。
 『こんなの』は決して一番じゃありません……!)
 幸か不幸か縋れる程に積み重ねてしまった『経験』と、
(それに――)

 ――蒼剣の弟子は大したことなかった。そう思わせる訳にはいかないのです!

 誇り高い幻想種の――そして幻想種らしからぬ――どうしても譲れない矜持が為でもあった。
 ドラマは『彼』ならばどうするだろうと考えた。
 体中痛くて、もう立っているのが精一杯で碌に反撃する力も残っていない気分だったとして。
 そんなものは『こう』に決まっている!
「もうおしまいですか? 私一人へし折れないのでは練達の殺人術のその名も泣くというものですが」
 辛い時ほど、不敵に笑え。簡単に、折れてなるものか!
 戦って、戦って、そうして戦い続けて――戦場はやがて最後の決着を望み始める。
 どちらかが持ち掛けたではなく、ごく自然にそういう舞台を設えていた。
 イレギュラーズは誰も彼も満身創痍であり、リースリットの見る風月の顔色は蒼白を通り越した土気色であった。
「……お見事、という程ではないのでしょうね」
「君達には随分と迷惑をかけたものだ――言葉で言ってどうなるものでもないが、痛み入る」
 極自然に最後、そして最高の攻防、決着の時間は始まった。
「ヴァリューシャ!」
「ええ、行きますわよ、マリィ! 私達の腕の見せ所でございますわ!」
 声と共にマリアとヴァレーリヤが距離を詰めた。
「君程の使い手ならば空中戦も対処される可能性はあるが――地上から真っ向勝負よりかはやり辛いだろう!?」
 マリアがここぞで繰り出したのは『立体的』な攻め手であった。
 地上側から強引な猛攻を見せるヴァレーリヤと組み合わせればそれは実に良い連携となる。
「風月君! 君に言いたいことは山程あるけど……ちゃんと正面から受け止めてやっておくれ! 頼むから……!」

「ゼファー!」
 変則的なマリアと共に風月を押し込んだヴァレーリヤは力の限り声を張る。
「お互い納得ずくだとしても、唯一の家族なんですもの。『後悔』だけは残すんじゃありませんわよ!」
 もっと良い終わり方がある筈――その想いは正直否めなかった。
 されど、ヴァレーリヤは力の限り我慢してその言葉を飲み込んでいた。
 言っても詮無い話である。それでも彼女は風月を『殺す』技を選べはしなかったが――それを察してさえ、彼もまた「感謝する」と応じるばかり。
 口で何かを伝え合う時がとうの昔に過ぎたのなら、委ね、或いは委ねられた風の為すままにこの物語は閉じる他はない!

 ――全部を理解した訳じゃないし、納得した訳じゃない。
   其れでも。私じゃなきゃならないって事だけは分かっているの。

 瞼の裏は走馬灯。
 丸焼きの猪を差し出され困った顔をした子供に『料理』の真似事をしてみせる男の困り顔が思い浮かんだ。

 ――おじいちゃんに心残りなんて、させやしない。
   ……だから何も残さなかったなんて、バカなことを言わないで頂戴な。

 何度もせがむ子供に渋々と槍の構えを教えてくれたその言葉が蘇る。

 ――貴方が名前を与え、技を教えた私こそが、貴方が生きた証。
   私はもう大丈夫。自分の脚で歩んで行けるんだって。
   刻み付けてあげるから。とっとと――安心しなさいよ、心配性。

『思い出す』度に夜泣きする子供の横に何も言わず何時間でも寄り添ってくれた姿が偽物等であるものか。

 ――此の人を仕留めるのなら、殺すなら。
   もっと速く、もっと深く、もっと鋭く!
   人を殺す、其の術は此の人に全て教わった筈だから!

 ゼファーの槍が真っ直ぐに風月の胸に生えていた。
「……避けなかったでしょう?」
「いいや、此方の実力不足だ。
『反応出来なかった』。嫌なものよな、病気も老いも」
 至近距離で自身を見つめる風月の声色は奇妙に優しく。
「泣くな、ゼファー」
 そう言われるまでゼファーは自分自身がボロボロと涙を流している事に気付きさえしなかった。
 もし、願いが叶うなら。不完全な奇跡が自分を顧みてくれるなら。
 ほんの僅かでも話す時間があればいい。彼に触れて貰いたい――そんなゼファーの願いは奇跡等という不条理を必要とはしなかったのだろう。
「……確かに此方は残したようだ。理解して死ねたなら、今生も悪いものではなかったなあ――」
 頬に触れた指先が力無く下に落ち。
 崩れ落ちたゼファーは誰にも見せまいとするようにその顔を両手で覆う。
 それは一つの風の終着点であり、新たな風の始まりでもあるだろう。

 ――West Wind Tribute。愛しい西風に祝福を!

成否

成功

MVP

ゼファー(p3p007625)
祝福の風

状態異常

ドラマ・ゲツク(p3p000172)[重傷]
蒼剣の弟子
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)[重傷]
私のイノリ
郷田 貴道(p3p000401)[重傷]
竜拳
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)[重傷]
願いの星
シラス(p3p004421)[重傷]
超える者
白薊 小夜(p3p006668)[重傷]
永夜
マリア・レイシス(p3p006685)[重傷]
雷光殲姫
ゼファー(p3p007625)[重傷]
祝福の風

あとがき

 YAMIDEITEIっす。
 とんでもない量を書いてしまいました。
 ちなみにこの話、書こうと思っていたのですがノイズ過ぎるのでカットした内容があります。
 以下に一応残しておきます。

●結
「……」
「……………」
 この舞台において最も『不運』な存在がそこに居た。
 それは『冠位色欲』からの命を受けた為か。
 或いは『このメンバー』の集まる場所に現れてしまった為か。
 このタイミングだったが故か。
 それとも――その全てか。
「この上、どぶ川の臭いを嗅がせるとは」
「……お呼びだと、思いますか?」
 静謐にして厳然たるドラマと正純の声色は文字通り背筋を凍らせる程に冷たいものだった。
「ああ、まあ――こっちもそういい気分って訳じゃないんだよな。
 疲れ切っちゃいても、もう一暴れ位なら金払ってもしたかった位なんだよ」
 獰猛なシラスの言葉は心からのものだった。
「風月さんには感謝もしてるんだ。どうあれ、伯爵を助けてくれたから」
 シキの言葉は彼女には珍しい――強い憤りの想いを秘めていた。

『魔種という存在がお使い如きでこの場に現れたのは最悪手という他は無いだろう』。

 ルクレツィアの望みは叶わず、イレギュラーズは全てをやり切った。
『不運なそれ』がどうだったかを語る必要は無いだろう――


 シナリオ、お疲れ様でした。

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