シナリオ詳細
<LawTailors>BlauEid
オープニング
●
――終わりの、赤き雫が地に落ちる。
喉の奥から溢れ出る血を手で押さえたレイチェルは部屋の床に膝を着いた。
ボタボタと零れ落ちる赤色が、床に敷かれた絨毯へ染みていく。
「レイチェル……!?」
部屋のドアを開けて入って来たヨハネ=ベルンハルトは床に伏したレイチェルへ馳せた。
「やはり、もう限界ですか」
辛そうな表情でレイチェルを支えるヨハネ。
咳き込む内に胸元から飛び出て来たネックレスをレイチェルは見つめる。
欠けた赤い石。アガットの欠片のもう一つは双子の姉ヨハンナが持っていた。
元の世界を再現した場所で『お別れ』した時に分かたれた赤い石。
この世界で再会出来て、本当に嬉しかった。
役目に縛られない、ただの姉妹で居られる子の世界がレイチェルは好きだった。
けれど、終わりはもうすぐ其処まで迫ってきている。
姉を失うことだけは嫌だった。
それは、自分の中にいるもう一人、グレイスの意思でもある。
グレイスもまた、消えかかっていたのだ。
このままでは、ヨハンナもレイチェルもグレイスも消えてしまう。
ならば、最善の方法を選ばなければならない。
それが誰かにとっての最悪であろうとも。
「……ヨハネ、私はもういいの」
口元の血を拭いながらレイチェルが言葉を紡いだ。
普段は少女のように振る舞っていたレイチェルが凜とした瞳でヨハネを見上げる。
いま、レイチェルの身体を動かしているのは愛しき妻であるのだとヨハネは目に涙の膜を張った。
「グレイス……」
動揺が声に出てしまう。
今までもグレイスの時があるのではないかと思う場面はあった。
けれど、確証が持てずにいたのだ。
それでも、今、目の前に居るのは『グレイス』なのだと理解できる。
「遠い昔のあの日、終わってしまった夢を十分に楽しんだわ」
満ち足りたような優しい笑顔。ヨハネを幾度となく包み込んでくれたものだ。
それを取り戻したくて、ヨハネは此処までやってきたのだ。
「いいえ、いいえ……! 私は諦めてなどいません! あの素晴らしき日々を忘れた事など無い。
貴女と共に仰いだ月も、貴女のつくる料理の味も、貴女の笑顔も、心の中に残っている。
それをもう一度と願って何が悪いのですか! グレイス、私は貴女を必ず取り戻します!!」
男の叫びにも似た声は、懇願であり、血盟であった。
絶対に諦めない――それは、奇しくもヨハンナがレイチェルに叫んだ言葉である。
どれ程の時を待ちわびただろう。
幾度となく、努力は徒労に終わり、希望は灯らなかった。
それでも、男は諦めたりはしなかった。
未練がましいと言われれば「応」と答えるだろう。
されど、それは妻へ捧げた愛の大きさでもあった。
ヨハネ=ベルンハルトは妻グレイスに愛を誓ったのだから。
もし、元の世界と同じであればヨハンナとレイチェルを一つにすればグレイスは戻ってくるだろう。
しかし此処は無辜なる混沌である。
ある程度の基礎は似通っていようとも、根本的に法則性が違うのだ。
この世界ではヨハネも『唯の人』である。何ら世界に約束された権限を持つ者ではない。
ROOの研究所に居たのも仮想世界を通してグレイスを取り戻す方法を模索していた。
現実世界との相似性を何度も検証し積み重ねたのだ。
それは、この世界で出来た友人である葛城春泥も興味を惹かれるものだったのだろう。
ヨハネは妻を、春泥は子を探し求めていた。
昔日の愛に縋っていようとも、成し遂げることが出来れば、それは現実になる。
残された可能性があるとすれば――
「ヨハンナとレイチェルを融合させるしか無いですか」
このままグレイスが消えてしまうというのなら、元の世界と同じ方法を取るしかない。
可能性が潰えるぐらいならば、掛けるしかないのだとヨハネは唇を噛みしめた。
その為に『蒼き楔』を紡ぎ続けて来たのだから。
「駄目よ、ヨハネ。この子達にはこれからがあるの。それを閉ざしてしまってはだめ」
真っ直ぐにグレイスの蒼い瞳がヨハネを見つめる。
「……すみません、グレイス。私はやはり貴女を諦めることはできません」
苦しげな表情を浮かべたヨハネはグレイスの――レイチェルの手を握った。
●
「……っ」
じりじりと灼けるような胸の痛みにレイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン (p3p000394)は長く息を吐いた。胸を押さえたヨハンナを心配そうに見つめるのは十夜 蜻蛉 (p3p002599)だ。
「大丈夫? ヨハンナちゃん」
背を擦る蜻蛉にヨハンナは「ああ」と答える。
この所、酷くなるばかりだった胸の痛みは『綻び』であるのだろう。
ヨハネが語った自分達の過去。
その中で、ヨハネの妻であるグレイスを分けた存在が自分達双子であると知った。
不完全である二つの存在は、形を保てなくなりいずれ滅んでしまうのだと。
これではまるで、打ち込まれた楔のようではないか。ヨハンナは痛みに喘ぎながら唇を噛みしめる。
されど、この痛みがあるということは、まだ妹のレイチェルも存在している証明であった。
もし、この楔を断ち切ることが出来たなら。
その時は、自分達はどうなってしまうのだろう。
ヨハンナは首に掛けていた赤い石を取り出す。
欠けてしまった赤い石。きっとこの半分はレイチェルが持っている。
アガットの欠片を握り締めてヨハンナは金蒼の瞳を上げた。
視線の先には月明かりに照らされた廃教会が見える。
胸の痛みが酷くなっていた今朝、届いた手紙に記されていた場所だ。
手紙の差出人は言われなくとも分かった。
其処へ近づくにつれ、顔を顰める程に痛みは増す。
オデット・ソレーユ・クリスタリア (p3p000282)は廃教会の塀を見つめた。
石造りの塀は所々崩れていて、静寂が支配している。
動く物は何も無く、ただ朽ちていくのを待つ廃墟があった。
月明かりに照らされた鉄製のアーチを潜って、敷地へと足を踏み入れるアルチェロ=ナタリー=バレーヌ (p3p001584)は人形のような視線を建物の上部へ向ける。
見上げた廃教会は、物悲しくも美しいとさえ思えるものだった。
普段は亡霊に怯えるジルーシャ・グレイ (p3p002246)とて、この場が纏う静けさに息を飲んだ。
ただ、静かであった。
大きな月の明かりは、白い光を廃協会へ降り注ぐ。
白い月と静かな昏き夜。
いっそ、このまま何もなければとフラーゴラ・トラモント (p3p008825)は眉を寄せる。
こんなにも静かな夜なのに。
物悲しかった。寂しかった。
そんな想いを、抱えていたのは遠い昔のようだと恋屍・愛無 (p3p007296)は月を見上げる。
敵として目の前に立ち塞がるのであれば、誰であろうと喰らうまでなのだ。
それが、何の目的を持っていようとも。感傷的になるのは自分の役目ではない。
ただ、暴食の獣であればいい。
チック・シュテル (p3p000932)は終わりの足音に、耳を傾けていた。
この戦いは、そういう類いのものであった。
ヨハンナが悔いの残らぬよう、友人として自分も此処へ来たのだ。
「全力を、尽くすよ……!」
チックの言葉が静寂を切り裂いた。
- <LawTailors>BlauEid完了
- GM名もみじ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年12月16日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
月明かりに照らされた廃教会へ寒々しい風が吹いてくる。
何処からか運ばれてきた木の葉がカサカサと音を立てて、視界の端へ消えた。
『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は教会の奥に横たわる女の姿を見つける。
傍らには銀の髪をしたヨハネ=ベルンハルトが佇んでいた。
「待っていましたよ。ヨハンナ」
以前見た時のような余裕な笑みではない。何処か悲しげで焦りが見える。
それは此処で誰かが『命の終わり』を迎えるかもしれないからだ。
フラーゴラはちらりと『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)へ視線を向ける。ヨハンナと妹のレイチェルを苦しめるのはヨハネに掛けられた『蒼き楔』が綻び掛かっているから。
愛しきグレイスの復活を夢見たヨハネが紡ぐ愛の証。それが壊れかけている。
だからこそ、ヨハネは此処へヨハンナを呼び出したのだ。
どの選択肢を選んでも誰かが傷付くのが避けられないこの状況にフラーゴラは唇を噛みしめる。
歯がゆいと叫んでしまえればよかった。けれど、ひりつく空気に息を飲み込む事しか出来ない。
フラーゴラは自分に出来ることを成すため一歩教会の中へと進む。
教会のベンチに横たわるレイチェルを見つめヨハンナは眉を寄せる。
妹のレイチェルの為なら死んでも構わないと思っていた。
この脈打つ心臓が、思考する脳が、自分を構成する全てが、ずっと忌々しかったのだ。
「俺は、大切な人の命を奪って生きたくない。レイチェルが居ない世界で、生きたくない。
大切な存在が居ない世界は……生き地獄だ。ヨハネ、お前がその辛さを一番知ってるだろう?」
「ええ、そうですね。だから今日ここで、その灯火を終わらせてあげます」
ヨハンナの問いにヨハネは静かに答える。
『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は小さく白い息を吐いた。
ヨハネの答えは最初から分かっていた。
自分だって同じ境遇に立たされたのならば同じことをしただろう。
愛する人にもう一度会いたい。共に過ごしたい。そんな純粋な願いをどうして否定できようか。
「でも、ごめんなさい。私はヨハンナが大事なの。
真っ直ぐで少し抜けてて可愛いヨハンナが大好きなんだから」
ヨハンナが大切なオデットと、グレイスを愛しているヨハネは相容れる訳には行かなかった。
これは己の信念を賭す、『そういう』戦いだった。
『夜明けを告げる鐘の音』チック・シュテル(p3p000932)は束の間の静けさに胸を押さえる。
本音を言えば、友達であるヨハンナに生きていて欲しいと思ってしまう。
けれど、彼女が片割れを想う気持ちは痛いぐらいに分かるのだ。
だから友達として、背中を押すために此処へやってきた。
──どうか、悔いのない選択を。
チックは銀の瞳でヨハンナの背を見つめる。
『想い出は桜と共に』十夜 蜻蛉(p3p002599)の望みはヨハンナの願いが叶うことである。
彼女と過ごした時間や思い出に思考を巡らせれば、色々な事があったと心が弾んだ。
楽しいばかりではない。辛い時にもヨハンナには支えになってくれた。
だからこそ、今度は支える番だと蜻蛉はヨハンナの背を見つめ目を細める。
何が起っても受入れる。その覚悟はもうできているのだから。
「どれもこれも、幸せを望むのに必ず誰かが不幸せになってしまうとは……相も変わらず、世界は寂しいものね。夢のように穏やかであれば良いのに」
静かな抑揚の無い声が聞こえてくる。『優しきおばあちゃん』アルチェロ=ナタリー=バレーヌ(p3p001584)から発せられた言葉は人形のように無機質なものだ。
「然し、それは幸せを諦める理由にはならないでしょう。ヒトは、前へと進み続けることで望むものを手にする生き物なのだから」
声帯を介してはいるけれど、それは夢渡る妖精が奏でる音色に近いもの。
「ヨハンナ、アナタの望む方へ走りなさいな。私たちは道を整えるだけだから。
けれど、どうか生きて帰ってきて。アナタが居なくなったら、おばあちゃんは寂しいわ」
アルチェロの言葉に『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)も頷く。
「……ヨハネが焦る気持ちはよくわかるわ。でも……アタシたちも、大事な友達を失いたくない。
だから来たのよ。『可能性』はここにあるって、示すために」
ジルーシャの声は廃教会の壁床へ凜と響いた。
「私も大切な人を失いたくは無い……だから、ヨハンナを殺します」
返すヨハネの声色は何処か自分に言い聞かせるようなもの。
「そう。俺が死ねば解決する筈だった。だが、それじゃ悲しむ人がいる。こんな事、皆に言われたらさ。死ねないじゃないか」
ヨハンナは仲間へと振り返り確りと頷く。
「……なら、“最善”を選ぶだけだ。幾ら無謀でもなァ。俺達は不完全な、未完の器だ!」
共鳴するように響いた声に、レイチェルの瞼が薄らと開いた。
「ねえ、さん……」
「ああ……もう少しの辛抱だ。待ってろレイチェル……!」
●
先陣を切ったフラーゴラに続き、『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)はヨハネへと巨躯を踊らせる。
数度の牽制と斬撃、そして魔術の応酬に相手の力量を推し量った。
初手で拘束出来れば容易いものだと判断したけれど、ヨハネも本気であるのだろう。
この廃教会がヨハネ側の陣地でもあるからして、一筋縄では行かないと思い至る愛無。
此方側にも『不殺』という制約がついているのも間怠っこしいと尻尾を揺らす。
男は妻を求め、女は子を求める。愛無には男女の機微も、愛や恋も埒外の事ではあるが。
通じるようで通じないのが心というものなのだろう。
「結局の所、誰が我を通すのか。それに尽きる。そして僕の仕事は、障害となるモノを排除する。いつも通りだな」
全てを喰らい尽くせれば、話しは簡単であるのだろう。
人間というものは言葉を介するが故に、複雑に物を考えてしまう生き物なのだ。
「妹君とレイチェル君からヨハネ君を引き離す。声が届く範囲なら、問題なかろう」
ヨハネへと駆けた愛無は彼の魔術を俊敏に避け、その懐へ押し入る。
「確率に賭けるというのも良いが。お互いに協力すれば、確率も上がると思うが」
それはヨハネへ向ける折衷案だった。
(まぁ、それまで、もつかまでは知らんが。そこは愛の力で何とかしてもらうとしよう)
「そうなのかもしれません……けれど、時間が足りない。今ここでグレイスを失うのなら、私はヨハンナを殺す事を選ぶ」
至近距離で放たれたヨハネの魔術を愛無は皮膚を焼きながら避ける。焦げた表皮はまた別の粘液に覆われ忽ちに見えなくなった。
「まぁ、実際、如何こうする方法も思いつかないが、混沌世界の法則が変わり得る可能性はあるのではないのかね。全ての大罪が撃破され、原罪が打破されれば、それもあり得ぬ話では無いと僕は考える」
「ええ……その可能性を否定することは出来ない。『蒼き楔』がほころびなければ、情勢を見守り世界の危機が去ったあとで模索することも出来たでしょう」
苛立ちと苦悩。複雑な表情を浮かべるヨハネを見遣り、愛無は彼が此方へ意識を向けていると判断する。
ヨハネを拘束することは叶わねど、引きつけることでその役を担った。
これで愛無を置いてヨハンナを攻撃することは避けられるだろう。
問題があるとすれば、力加減は案外難しいということぐらいだろうか。多少の傷は致し方ない。
フラーゴラはヨハネの前に立ち声を震わせる。
「グレイスさんを失った心の痛みがあるヨハネさんならわかると思う。
ワタシたちがヨハンナさんを失ったらどうなるのかを」
大切な人を喪う悲しみ、その痛みは何よりの苦痛であるだろう。
その痛みを一番知っているのはヨハネのはずなのだ。それを自ら他人に背負わせようというのか。
フラーゴラはヨハネの心を揺さぶるように強い口調で声を張る。
「ええ、分かりますよ。だからこそもう一度会いたいんです。共に歩みたい」
大きすぎる愛が故に、未だ諦め切れずに追い求めている。
「それでもヨハネさんは止まらないって言うなら、ワタシたちが全力で止めるよ!」
「私は止まりませんよ!」
フラーゴラへ向けて蒼き焔が舞った。それは幾重にも重なりフラーゴラを美しき蒼炎で彩る。
熱さと息苦しさを感じるけれど、フラーゴラはそれに必死に耐え抜いた。
自分に攻撃が向かえば、その分だけ仲間へのダメージは少なくなる。
それに、此方には頼もしい回復手が居るのだ。
「……命を奪う、するのは。絶対にさせない」
チックは愛無とフラーゴラの傷を重点的に癒す。
二人はヨハネからの攻撃を引き受けてくれていたからだ。
思う様にヨハンナへの攻撃が通らず、ヨハネには焦りが見える。
「行って。そして、思いを伝えてあげて」
チックは前へと進むヨハンナの背を押した。
継続的な回復と支援で戦線を支えるのはアルチェロだ。
柔らかな燐光を放つ妖精の翅がアルチェロの背で揺らぐ。
彼女が見つめる視線の先にはヨハネがいた。
「ヨハネ。私にアナタの気持ちは分からないけれど、アナタもヒトの子等の歩みを見届けたことがあるのならば、彼らの歩みの力強さを知っているでしょう」
アルチェロの言葉にヨハネは双子が幼かった頃の記憶を脳裏に思い描く。
一日ごとに成長していく儚き生き物。その内に秘められた生命力は覚えていた。
「永く生きた私達だからこそ、今を生きる為に抗う子等を、助けられるのではないかしら。
アナタの知識と経験を。紡いできた愛を。今こそあの子たちの為に織りなすの」
「……っ」
ヨハンナとレイチェルを助ける方法。それはヨハネには選べないものだ。
アルチェロの問いに苦しげに眉を寄せたヨハネは唇を噛んだ。
力任せに戦場全体を覆う術式を解き放つ。それは前へ進もうとするヨハンナの妨げにもなるもの。
「姉妹水入らずの時間を邪魔しちゃダメよ」
ジルーシャは力任せの術式を精霊による光障壁により防ぐ。
拡散した粒子の先に見えるヨハネには明らかな焦りが見えた。追い詰められた者が見せる凶刃は殊更に気を付け無ければならないとジルーシャは身構える。
ヨハンナへの射線をその身で遮れば、案の定戦場を切り裂く閃光が爆ぜた。
「アンタねえ! もう、なんて攻撃よ!」
シールドを展開しても尚、その衝撃は身体に響くものだった。直接的なダメージは無いにせよ圧倒的な魔力にジルーシャの身が震える。それだけヨハネも本気であるのだろう。
――――
――
戦場に立つヨハンナは皆が戦っている中を真っ直ぐにレイチェルへと向かって進んだ。
「レイチェルと俺を融合させて、器を完成させ。1つの器を3つの独立した意識で共有する。
これなら、誰も悲しまない。それが俺の選択。俺が願う奇跡。
レイチェルも、グレイスも、俺も──この世界で共に生きる。共に生きたいんだ。
なぁ、俺の願う奇跡に、未来を委ねてくれないか?」
それは『ヨハンナ』が『ヨハンナ』では無くなってしまうということでもあるだろう。
それでも仲間達は背中を押してくれた。何者になったとしても友達には変わり無いのだからと。
進む度に、『蒼き楔』が身を苛む。
痛くて、苦しくて、身体が悲鳴を上げた。妹だって同じ苦痛を味わっているだろう。
微かにうめき声が聞こえて来た。それでも歩みを止めたりはしない。
「皆が居るから、俺は前へ進める!」
未来を見据えた言葉。その声に呼応したようにヨハンナの瞳に情景が映り込む。
それは古の赤き血が見せる未来の残響。
「ぁ、あ……」
ヨハンナもレイチェルも、ヨハネさえも血に塗れ息絶えている光景だ。
絶望と共に仲間達が泣き叫んでいる。
身が震える。これがこれから起る事だというのか。
この未来視は血を分けたレイチェルやヨハネも見ただろう。
ヨハネの顔が絶望と怒りに塗り替えられる――
「あああああああああああああああ――――!!!!!!!」
獣のような慟哭が、廃教会に響き渡った。
その瞬間、ヨハネから魔力の奔流が流れ出す。蒼き焔が戦場に広がり全てのものを焼き尽くした。
それはヨハネ自身をも灼く諸刃の剣。
「グレイス……っ」
歯を食いしばり愛しき人の名を呼ぶヨハネ。
傷付いた身体を引き摺って、ヨハンナはヨハネの元へと這う。
血に塗れ痛みが全身を駆け巡ろうとも、辿りつかねばならなかった。
「ねえ、ヨハネ……もういいのよ、もう……」
聞こえてくるのはグレイスの声。何処からともなく聞こえてくる声にオデットは首を振る。
彼女はヨハネを連れて行こうというのだろう。
「私達、最善を目指して頑張ろうとしてるのよ。自分の娘ぐらい信じてあげられないかしら?
それに、幸せな人生だったのなら記憶の中に愛する人を殺すだなんて悲しい記憶を入れたらダメよ!」
蜻蛉の回復により動けるようになった愛無が巨躯で戦場を駆ける。
向かう先は床を這うヨハンナと、その先で待つレイチェルの元へだ。
ヨハンナを拾い上げた愛無は教会の奥へと走る。
何れにせよ状況が状況であるのだ。ヨハンナが辿り着けねばこの戦いは無意味になる。
ヨハンナが死んでもレイチェルが死んでもヨハネが死んでもきっと駄目なのだ。
人の心の機微は分からねど、この場、この戦場において天性の嗅覚の鋭さで愛無はヨハンナをレイチェルの元へと送り届ける。
「好いた人とずっと一緒におりたい……誰しもが一度は思うことやと思います」
蜻蛉は目眩がしそうな痛みに耐えながらヨハネへと言葉を掛ける。
自分だって出来る事なら好いた人と添い遂げたい。
気持ちは痛いくらいに分かる……分かるからこそ、それを止めないといけないのだ。
「誰かの命を奪ってまですることやない、それはあなたの愛した人……グレイスさんが一番悲しむんやない? うちの大事な妹……ヨハンナちゃんを死なせてたまるもんですか!」
蜻蛉は持てる力の全てを振り絞りヨハンナの傷を癒す。降り注ぐ光輪がヨハンナを包み込んだ。
次の瞬間、動いたのは『グレイス』だった。
戦闘によって蓄積されたダメージと、自らの焔で傷付いたヨハネに銀のナイフを向けたのだ。
「……っ!」
されど、それはヨハネには届かなかった。
身体を滑り込ませたヨハンナが銀のナイフを右肩で受けたのだ。
「──あんなでも、俺の記憶では確かに『父上』だった。父上が母上に殺されるなんて見たくない!
皆が悲しまない様に、奇跡を乞うから……。今だけは、俺を信じて……!!!」
「ヨハンナ……」
彼女の名を呼んだのはグレイスとヨハネだった。
融合して混ざり合い別の何かになるかもしれないと不安がヨハンナの胸を過る。
けれど、レイチェルを失いたくないのだ。自分も死ぬ訳にはいかない。誰も悲しませたくない!
「レイチェル……!」
「ねえ、さ……」
伸ばした手が震えている。近づくにつれて苦痛が連鎖するのだろう。
寸前の所で痛みが全身を覆い、レイチェルの意識が途切れる。
●
ヨハネの動きをチックは銀の瞳で見つめていた。
彼ほど強い願いを持つ人が、そう簡単に諦める筈がないのだ。
横たわるレイチェルとヨハンナの元へ向かおうとするヨハネをチックは影の棘で繋ぎ止める。
「……本当はヨハネだって……怖いと思う、してるんじゃ、ないの?
絶対の成就が約束されていない方法に、手を伸ばす事が」
「…………」
その無言は肯定であった。怖く無い筈は無いのだ。
先程未来視した光景は、思い出すだけで吐き気がしてしまう。
あれが本当に起るのだとしたら、何としても止めねばならなかった。
「……おれは、凄く怖いよ。
だけど、ヨハンナの意志を信じてるから……今君を全力で止める為に、戦ってる。
二人との対話を経て、『楔』の痛みを以てしても。ヨハンナは、可能性に賭けようとしてる。
あのお茶会の時間で、君は問いかけたでしょう。手を取り合えないか、とも。
その選択に、進みたい。……誰も犠牲にならない未来を、掴む為に」
チックの言葉に、ヨハネは苦しげな表情を浮かべる。
「ねえ、ヨハネ。アンタも父親だった時期があるなら、ちゃんと見てあげなさいよ。
絶対に諦めない娘の姿を――!」
ジルーシャの声にヨハネは振り返る。祭壇のベンチから落ちたレイチェルの元へヨハンナが苦痛に顔を歪めながらも近づこうと這っていた。
「ヨハンナさん生きて帰って! じゃないとワタシすっごい怒るよ! 泣くよ!
ワタシが死んでもアトさんが泣いちゃうから……だから死なないし、死なせたくないよ!」
フラーゴラは全身に傷を負いながらもヨハンナへと声を掛ける。
「オディール!」
凍狼の子犬をレイチェルの元へ向かわせるオデット。
「誰一人殺さないし殺させやしない!」
オデットの強い意思は戦場に漂う精霊達にも伝わる。
「精霊達よ、二人の綻びを、欠けたるを埋める術を知らない?」
これは賭けであった。ヨハンナもレイチェルもグレイスも、ヨハネも。みんな無事で居られる手段が見えるかもしれない。何を犠牲にしたって奇跡を願うほどみんな生きた幸せを見たいから。
その為に、オデットは自分の持てる全てを駆使して、『可能性』を探った。
オデットの目にヨハンナとレイチェルが微かに赤い光を帯びているのが映り込む。
それは二人が元々一つの存在であった頃の名残なのだろうとオデットは考えを巡らせた。
されど、その色が『蒼』でないのは何故なのだろう。
「何か、あるの?」
隠されたピースがオデットの脳裏を過る。
オデットの瞳に、『可能性』の最後の欠片が赤いアガットの如く煌めいた。
――――
――
蒼き楔はヨハネが愛という執着の末に紡いだ因果の集束点。
グレイスへの愛を拠り所としていたヨハネにとって、蒼き楔を解き放つ事は死も同然だった。
きっと、ヨハネはグレイスへの愛を諦めないのだと、だからこそ彼の死を以て蒼き楔は解除されるのだと誰しもが思っていた。
残された選択が『命の灯火を消す』ことしかないのだと、分かっていた。
されど、ぐったりと頭を垂れたヨハネはレイチェルとヨハンナの手を取って苦悶に満ちた表情を見せる。
消えかかったレイチェルとヨハンナの命を前に、どうしても情動が激しくなった。
己を父と呼び、笑顔で手を振る幼子たちの姿が脳裏を過る。
グレイスへ寄せた愛とは違う、慈しむ心と共に双子を見守っていた。いつかの記憶。
その刹那の思い出は、いつまで経っても消えてはくれなかった。
「あの時、君が隣に居てくれたら……子供達の成長を一緒に喜べたのでしょうか」
零れ落ちた言葉は、切なさを帯びて蜻蛉の耳にも届いた。
置いて行かれる悲しさも、それを追い求めてしまう苦しさも蜻蛉にはよく分かるのだ。
きっとヨハネはグレイスへの愛も、子供達への愛も選べずにいる。
男というものは、どうしようもなくて。それでも、愛おしいものだと蜻蛉は口角を上げた。
蜻蛉の金の瞳に双子とは違う紅い髪の人影が映り込む。
それは蹲るヨハネの背を抱きしめるように折り重なった。
「ヨハネ……」
呼ばれた声にヨハネは顔を上げられずにいた。
光の粒子を纏った『グレイス』は、きっともう分かっているのだ。自分の選択を。
「グレイス……」
「いいのよ、ヨハネ。もう、十分貴方からの愛は貰ったわ。楽しかった。ただ、心残りがあるとすれば貴方を置いていくこと。ねえ、だからヨハネ……一緒に、いきましょう?」
「……それも悪くありませんね」
全ての命が消え失せると未来を見た。
ヨハネもレイチェルもヨハンナもグレイスも消えて無くなるのだと。
今まで紡いできたものが、意味のないものだと未来は告げた。
そんなもの、到底許す事など出来なかった。
愛しい『夫』が積み重ねたものが無駄であったなどと、許される筈も無い!
だから願うのだ。子供達を生かすことで、ヨハネの紡いだものが無駄ではなかったと証明するために。
「子供達を『蒼き楔』から解放してあげて」
「……ええ、分かりました」
蒼き楔はグレイスへの愛。それを解くことは『グレイスを愛したヨハネの死』を意味する。
「や、め……」
ヨハンナは握られた手に力を込めた。
それは、かつてヨハンナがヨハネへ求めた小さな手と同じだった。
幼子の小さなおねだりに、『父』は今と同じ顔で、微笑んで見せたのだ。
あれは、何をねだっていたのだったか。
身体の中から痛みが取り払われるのを感じて、ヨハンナは無性に悲しくなった。
蒼き楔が解き放たれるということは、『父』も『母』も失ってしまうということだからだ。
「いや、だ……いや、だ……」
零れ落ちる涙が止まらない。子供の頃、同じように泣いて困らせたことを思い出す。
「――レイチェルにその石をあげるなら、ヨハンナにも何かちょうだい!」
「これは私の大切な人から預かっているものなんです。だからレイチェルにも『貸して』いるだけで。まあ、そうですね。貴女には魔力の翼をあげましょう。貴女が大きくなったら強くなれるように」
「やったー! いつ生えるの!?」
「大きくなったらですよ。楽しみですね?」
そんな記憶がヨハンナの脳裏に浮かんでは消える。
封じられていた『家族の思い出』が、次々とヨハンナの記憶に戻って来た。
引き換えに、ヨハネとグレイスの命の灯火が消えようとしているのが分かる。
嫌だとヨハンナは歯を食いしばった。
「さようなら、レイチェル、ヨハンナ……」
ふ、と笑ったヨハネは自らの胸に純銀の刃を押し当てた。
このナイフで心臓を貫けば、ヨハネは命を絶つ事ができる。
自らの死を願うのは、可能性が閉ざされてしまったから。
レイチェルとヨハンナを生かす為に、グレイスを諦めてしまったから。
ぐっと、銀の刃がヨハネの皮膚を裂く。
「諦めないで――!!」
廃教会に響き渡った声はオデットのものだ。
肩で息をしながら近づいてきたオデットはヨハネの肩を掴む。
「まだ、可能性はあるでしょ! あなたの願いはこんな所で折れていいものなの!?」
「しかし……もう、蒼き楔は無くなってしまった。私の生きる意味も失われてしまったんですよ」
「本当にそうなの!? 蒼き楔だけが、グレイスを留めていたの? 私はそうは思わない」
「アタシも同感だわ。この子たちも『違う』って言ってるしね」
近づいて来たジルーシャはヨハンナとレイチェルの首に掛けられた紅い石を取り外す。
「この石、すごく力を持っているわ。願いの力よ。この子たちもそれが分かるの」
ジルーシャは空間に漂う精霊達へ微笑みかけた。
「それは……」
ヨハネとヨハンナは同時に声を漏らす。
――アガットの欠片。
血の色をした赤い石はあの日を再現した場所でヨハンナがレイチェルと『死別』した時に得たもの。
されど戻ってきた記憶の中で、それはヨハネからレイチェルへと貸したものであったと思い出す。
つまりそれはヨハネが持っていた。
「グレイスのネックレス……」
紡がれた因果の起点。グレイスからヨハネへ。ヨハネからレイチェルへ。そして二つに分かたれたもの。
「だから、まだ諦めるのは早いっていってるのよ!」
オデットはジルーシャの手に乗せられた『アガットの欠片』へ指先を向ける。
グレイスのものであり、ヨハネが大切にしてきたものであり、双子を見守っていたもの。
分たれていたものが元に戻る因果を、この石が引き受ける。
アガットの石には愛情と、家族の絆の意味があるのだと誰かが言っていた。
「皆笑ってハッピーエンド、そっちのほうがワタシ好みで、いいに決まってる……!」
フラーゴラがよろめきながら、祭壇へと歩いて来る。
その金蒼の瞳に強き光を宿して。諦めたりしないと叫ぶ声が廃教会に反響した。
これはもうヨハンナだけの物語じゃない。
ヨハンナに生きていてほしいと願う人達が居る。それは彼女が紡いできた絆があるから。
「精一杯頑張って来た優しい子等よ」
アルチェロの声が願いが光の粒子となって戦場を覆う。
「どうか、アナタ達に幸せを。その為なら」
何だってしてみせるとアルチェロは声を響かせた。
「三人を失わせず、綻びさせない!」
チックも願いを重ねる。諦めない心が力となる。
「だって言ったものね。アタシは欲張りだから、誰も犠牲にしない方法を選ぶって。
一人では難しくても……アタシたち皆がいれば、きっと大丈夫。
『蒼き楔』がヨハネからグレイスへの愛だって言うのなら。この願いは、覚悟は、アタシたちからの愛。
ヨハンナと、レイチェルと、グレイスと――それから、ヨハネへの」
ジルーシャは手の平の上で淡い光を放つ赤い石を見つめる。
「これでもまだ、不可能だなんて思う?」
彼の瞳にはこの石の命の灯火が映っていた。それは、グレイスの光だ。
「信じる気になったなら……アンタも一緒に願ってよ、ヨハネ」
「……ぁ、」
精悍なヨハネの顔がくしゃりと歪む。そんな彼の肩へジルーシャは手を伸ばした。
不器用で、愛おしい友人が家族の時間を作っていけるように。
「美味しいものを食べて、綺麗な景色を見て、今まで出来なかった事を――これからは四人で。
そんな未来が、あったっていいでしょ?」
ジルーシャの言うような奇跡を願うことができるというのか。
驚愕に目を見開いたのは、ヨハネだけではない。ヨハンナとて息を飲んだ。
「帰りたい。あの、家に。みんなで――!」
同じじゃなくていい。家族四人で囲む、笑顔のテーブルの幻想に。手をのばす。
諦めるな。諦めるな。絶対に掴み取れ!
全員で――『生きて』――帰るのだと、強く願い続けろ!
「あなたたちはまだ話せるじゃない、想いを伝えあえるじゃない!
誰もかれも話し合わずに勝手に決めるんじゃないわよ――!!!!」
オデットが触れたアガットの欠片が呼応するように眩い光を放つ。
それは天啓であり、積み重ねて来た軌跡の終着点だ。
赤き古の血が紡ぐ楔を解き放てと希う。
廃教会が白い光に包まれた。
浮かび上がったアガットの欠片が一つになる。
消えかけていたグレイスの魂が赤い石へと入り込み、一際眩く輝いた。
それはこの場に居る全員が紡いだ『可能性』の一滴。
諦めなかった強い意志の結晶だった。
――――
――
視界が真っ白に覆われたあと、静けさを取り戻した廃教会には月明かりが降り注いでいた。
ヨハンナは心配そうに顔を覗き込むオデット達に「大丈夫」だと笑ってみせる。
フラーゴラに支えられ、上半身を起こしたヨハンナは傍らの妹に振り向いた。
「レイチェル……?」
「……」
無言のままのレイチェルにヨハンナは嫌な予感がして、彼女の肩を揺する。
「おい、レイチェル。レイチェル……!」
「……ふふ。だーいじょうぶよ。ちょっと眠いだけ。姉さんこそ、大丈夫?」
横たわったままのレイチェルの細い指がヨハンナの頬を撫でた。
その手を握り絞めたヨハンナは『いつも通り』の妹の声に心底安堵したのだ。
「みんな、大丈夫? 回復、するよ……」
チックは傷付いた仲間へと癒やしの福音を奏でる。
「もう苦しくない?」
心配そうに見つめるチックへ双子はこくりと頷いた。
「グレイスは……」
ヨハンナの声にヨハネは手の平に乗せた赤い石を差し出す。
「大丈夫。私はここに居るわ。自由に動かせる身体は無いけれど、それでもヨハネの傍に居られるもの。
……ごめんなさい。貴女達には辛い思いをさせてしまったわね。
どうしようもなくて、困った人だけれど。それでも私はこの人を愛しているわ。
ここに来てくれたあなたたちが、ヨハネも私も生きていて欲しいと言ってくれたから。
もう少し一緒に過ごせるわ。ありがとう。とても嬉しいわ」
「グレイス……」
切なげに瞳を揺らしたヨハネはアガットの石へ縋るように額へ押しつける。
それは願いであり、誓いであった。
「グレイス、もう一度……貴女と共に歩みたい」
「ええ、もちろんよ。ヨハネ、愛しているわ」
元の世界へ帰る事が出来たなら、いつかその魂に器を与えることだって夢ではないだろう。
これは目の前のイレギュラーズが居たからこそ勝ち取った道筋だった。
ヨハネ一人だけならたどり着けなかった未来。新たな可能性を得たことを今は喜びたい。
「皆さんありがとうございます……そして、傷付け、迷惑を掛けたことを詫びたい」
胸に手を当て頭を下げたヨハネには打算などなく、真摯に謝罪をしているのが誰の目にも明らかだった。
「ヨハネ……」
これまでの事を思えば、今すぐにわだかまりを全て昇華できるものではない。
それでも、ヨハンナとチックは真っ直ぐに彼の言葉を受け止める。
「そぉね! 何して貰おうかしら?」
ヨハネの肩に腕を乗せたジルーシャはあっけらかんと笑って見せる。
「僕は美味いものがいい。肉とか。あと、報酬は貰うぞ」
人間の姿になった愛無は腕を組んで紫瞳でヨハネに視線をくれた。
「肉ならうちで買ってくれると嬉しいな!」
フラーゴラはヨハネへとウィンクをしてみせる。
「そうね。この季節だとあたたかいマフラーや手袋なんかもいいわね」
オデットは戦いの熱が覚め、冷えてきた指先に息を吹きかけた。
アルチェロはそんなやり取りを無表情で見つめる。その唇は微笑みなど浮かべては居なかったけれど、「よかった」と呟かれた言葉は何時もより優しい色を帯びていた。
「ヨハンナちゃん……」
蜻蛉はヨハンナの傍にそっと寄り添い、ボロボロになった身体を抱きしめる。
「よお頑張ったね」
それは心からの純粋な気持ち。
自らの運命を乗り越えた彼女の傍に居られて良かったという安堵もあった。
ヨハンナがヨハンナで無くなってしまう可能性もあったのだ。だからこそ、蜻蛉は強く強く彼女を抱きしめる。薄らと滲む涙が月明かりに光った。
「まだこの先も、未来を一緒に生きたいもの。
初詣、一緒に行こうって約束……まだ叶えとりませんし。ね、そうでしょ?」
「ああ、そうだな。みんなで一緒にいこう」
これからは友達とだって、家族とだって、何回でも一緒に行ける。前に歩いていける。
ヨハンナにとってそれが、何よりも嬉しかった。
蒼き楔は解かれ、赤き石には命が宿る。
紡がれた軌跡はこの先の道しるべとなり続いて行くだろう。
月明かりに伸びた影は、誰も欠けること無く。
その瞳は、ただ前だけを向いていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
心を込めて紡ぎました。
MVPは最後の可能性を見出した方へ。
<LawTailors>はこれで終幕となります。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
GMコメント
もみじです。いよいよヨハネとの対決です。
戦闘よりも心情寄りのお話となります。
●目的
・ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の生存
(レイチェル、ヨハネの生死は問いません)
●ロケーション
幻想北部にある廃教会です。
石造りの塀は少し崩れかけており、鉄のアーチがあります。
鉄のアーチを潜ると、寂れた廃教会があり、裏には墓地があります。
夜空には月が輝いています。時折、冷たい風が吹いています。
廃教会の一部は崩れていて、月明かりが差し込んでいます。
レイチェルは廃教会の奥に置かれた長椅子に横たわっています。
その前にヨハネがいます。
●敵
○『蒼き誓約』ヨハネ=ベルンハルト
謎の組織ロウ・テイラーズ序列二位『蒼き誓約(ブラオアイト)』です。
旅人であり、かつてヨハンナの妹レイチェルを殺し、復讐鬼に仕立て上げた張本人。
元の世界での役目はあれど、現在の状況を気に入っている様子です。
数十年前には葛城春泥と共に『ピオニー先生』の技術を教えてもらっていたようです。
テアドールを壊した人物でもあります。
様々な場所で暗躍し、きな臭い悪行も沢山行って来ました。
彼の個人的な目的は『愛する妻を取り戻すこと』です。
今回は、とうとうグレイス(レイチェル)が危険な状態だということで本気です。
ヨハンナを殺してレイチェルと融合させようと考えています。
ただ、それは元の世界で可能だった方法です。無辜なる混沌では不可能と目されています。
それでも可能性に賭けたいと、強硬な手段を取りました。
戦闘スタイルは魔術に長けており、近接戦闘も出来ます。
○『紅き恩寵』レイチェル=ベルンシュタイン
謎の組織ロウ・テイラーズ序列一位『紅き恩寵(グレイスローズ)』です。
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)さんの双子の妹です。
旅人であり、元の世界で死んだと思われていましたが生きており、無辜なる混沌へ召喚されました。
元の世界での役割はあれど、現在はヨハネと行動を共にしています。
天真爛漫で明るい、太陽の様な女性。その性格から、実年齢よりも幼く見られがちです。
悪意はありませんが双子の姉ヨハンナさんに執着しており少し歪んでいます。
彼女の個人的な目的は『ヨハンナと一つになること』でした。
前回の皆さんとの話し合いにより他の可能性を探してみたいと思ったようです。
しかし、今回、心身が綻び始めており危険な状態です。
もし、ヨハンナさんが同じように綻ぶのなら自分の命をあげようと思っています。
戦場の奥にある長椅子に横たわっているので、基本的に戦闘には参加しません。
○グレイス
レイチェルの中に存在するグレイスの意識。
時々、レイチェルに代わって浮上していたようです。
グレイスは『生前』のヨハネとの日々を幸せで満ち足りたものだと思っています。
だから、未練も無く幸福でした。
しかし、ヨハネが子供達に架した運命を良く思っていません。
ヨハネが戦闘で疲弊するのを待っています。
妻の責任として、彼を殺すつもりです。
●蒼き楔
ヨハネ=ベルンハルトが紡いだ因果の楔。双子を縛る鎖。
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)さんは双子の妹であるレイチェルの近くに居る時間が長いほど、痛みや綻びを共有します。逆もまた然りです。
レイチェルの綻びがヨハンナさんに共有されます。
この『蒼き楔』はヨハネが人生を賭して紡いだものです。
グレイスへの愛と同義でしょう。
解除条件は以下の内いずれかです。どれか一つを満たせば解除されます。
・レイチェル、ヨハンナいずれかの死亡
・因果の元であるヨハネの死亡
・グレイスの消失
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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