PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<神の王国>そして心臓は鼓動する

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●希う
 そこは、紛れもなく『理想郷』であった。
 遂行者が、冠位傲慢ルスト・シファーの権能により『神の国』に創り出す、彼らの考える理想の世界。そこではあらゆる苦しみも、死も存在しない。

 以前の遂行者サクは、そのような『理想郷』を思い描けなかった。
 この『間違った世界』がやり直される時、自分自身も共にいなくなる。自分が消えた後に『神』が作り直した世界こそが『理想』であり、『自分が思う幸せ』などに価値を見出せなかったからだ。

 ――ただ。
 彼にも、「悪くはない」程度に思える場所が、胸の裡に育ちつつあって。
 これが正しいのかはわからなくとも、きっと間違いだろうとは思っても。こうであれば、きっと苦しみは少ないと思えるもの。
 それが形になったのが、この『サクの理想郷』だった。
「確かに悪くはないですが……こうなりましたか」
 感慨深げに感想を漏らしながら立ち入ったのは、白髪の遂行者ロード。サクの師であり、先達であり、遂行者としての命を吹き込んだ『親』のような存在でもある男だ。
 聖樹に支えられた長閑な景色の広がる世界であった『ロードの理想郷』に対して、『サクの理想郷』は閉ざされている。空まで届く高い壁は、壁の外のあらゆる脅威を遮断するだろう。壁の外から害意を向ける敵も、吹きすさぶ雪も入ってこない。壁の中には大小の家が並んでいて、広場があって。祈りを捧げるための大聖堂もある。

 知る者が見たなら、現実のアドラステイア下層と中層が混ざっているような印象を受けるだろう。『遂行者サク』が『サク』でいられた時間の再現なのだ。
 決定的に違うのは、まずアドラステイアの神たるファルマコンのいた高層が存在しないこと。高層と隔てる塀があった箇所には、大きな鐘のある大聖堂があるのみ。ただ祈りを捧げる対象としてだけの、偽らざる神がそこにある。
 そして。
「住人はいないのですか?」
「皆家で寝てる。ここは飢えが無くて、寒さも無い。魔女裁判も無い。……炎の獣なんかに使ったら今度はあんたでもぶっ殺すぞ」
 自分の『理想郷』へロードを迎え入れたサクが睨むと、ロードは苦笑する。
「仲間割れの危機は避けたいですが、あれは赤騎士様の御意思ですからねえ」
 その名を出せば、応えるように騎馬の赤騎士が姿を現す。
『理想郷の住人。『選ばれし人』。既にルスト様の支配下にあるものを何故、我が眷属にする必要があるのか』
「……だそうですが?」
「…………」
 サクは、味方でありながらどうにもこの赤騎士を警戒してしまう。既に一度、アドラステイアの仲間を炎の獣として利用されたからだ。
 この『理想郷』の住人は皆、家にいるはずだ。家は、『理想郷』の主であるサクの意志で厳重に鍵を掛けてある。今回は知った顔がこの騎士に利用されることは無さそうだが――。
「――う、そだろ」
 サクの視線の先。炎の獣以上に、サクが最もこの場所にいてほしくなかった姿がこちらへ歩いてくる。

 理想郷の住人としての、少女トキ。
 ロードの理想郷によく似た別人はいたが、今度は正真正銘、『サク』が知る『トキ』だ。
「私、戦えるよ。大丈夫。サクのこと、わかってるから」
 笑顔で口にする『トキ』。その言葉に、サクは『安堵』した。
 彼女は、違う。あくまでも、この世界の作り物にすぎない。姿も声も、性格も同じだが、『絶対に違う』とわかる。
 現実のトキは、こんな――耳触りのいいだけの言葉を、言うはずがない。

 やがてサクは手を伸ばすと、『彼女』の肩に触れた。
「……お前だけは、作り物でもここに入れたくなかった。ロードの理想郷でそう思った、けど……思えば、思うほど」
「一緒にいさせてよ。この世界でずっと」
「…………」
 ――そんな言葉は、『彼女』の声で聞きたくなかった。心底そう思うのに。
 ――ここは、これからイレギュラーズとの戦場になるというのに。
 ――「悪くはないと思える場所」に、『彼女の形』がないことは、どうしても有り得なかったのだ。

 それが『サク』にとっての『トキ』なのか、『心臓(セイクリッドハート)』にとっての『聖女トカニエ』なのか、自分でもその境目はよくわからない。
 ただ。

「……ごめん、な」

 目の前の『彼女』に。ここにはいない彼女に。届かぬ詫びを呟いた。

●傲慢なる結論
 冠位傲慢の権能に綻びが見つかった今こそ、『神の国』を内から崩壊させるべき――イレギュラーズがテュリム大神殿から再び向かったのは、天義のアドラステイアを模したような遂行者サクの『理想郷』だった。
 高い塀に囲まれた街を進み、頑丈に施錠された家々を見ながら広場に出れば、大聖堂の前に騎馬の赤騎士と二人の遂行者――サクとロードが待ち構えていた。
「遂行者としてお手伝いするのは一度きり、のつもりだったのですがね。こちらも事情が変わりまして。申し訳なく」
「……最初にいいか。始まったら、そんな余裕ねえだろうから」
 軽妙に詫びたロードとは対照的に、サクは表情を変えないままイレギュラーズに数歩進む。その手には見たことのない角笛があり、体にも胸部を守る軽鎧を装備している。鎧には、はっきりとルストの聖痕が。
「この『理想郷』……オレにとっての理想、なんてモンが形になったのは。あんたらの話とか、色々聞いて……オレなりに考えた結果、だと思う。
 神様が考える正しい世界、ってのとは関係なくて……むしろ、アドラステイア自体が間違ってるならこんな世界、やっぱり間違いなんだけど。
 今、『サク』として生きてるオレが、悪くはねえって思える場所……ここしか思い付かねえんだ。
 『心臓』の意思も多分、あるかもしれねえけど。ここよりいい場所だって、いくらでもあるだろうけど。今のオレは、『ここ』ならいいって思ってる」
 現実のアドラステイアとも違うこの場所では、吹雪に凍えることなく、幼い子供達が安心して眠れて、腹を満たせて。小さな喧嘩くらいはあっても、猜疑心に怯えることなく、皆仲良く。
 そんな子供達を、危険な外へ出すことはなく。全てが正しい神の庇護にある。
 ――けれど、それは『理想』でしかない。現実には有り得ないとわかっている。
 だから、ここはどこまでも紛いもののの『理想郷』でしかないのだ。
「もうじき、神様の国ができる。だったら、これが最後だ。これ以上はあんたらからも、『遂行者からも』逃げねえよ。――最初からそう決まってんだ」
 サクが話し終えると同時、黒い巨人のような怪物が広場に影を落とす。大聖堂の鐘楼と並び立つような高さのそれは、やがて末端から小さな人型へと分裂して世界へ散っていった。各個体でも分裂と合体を繰り返している彼らは、群体でひとつの生命なのだろう。
「話は済んだようで。ああ、わたしも慢心はしないように致しましょう。何せ『後がありません』ものでね」
 白い枝が絡まった杖をロードが一回しすると、その全身にオーラのようなものが纏われる。杖の上部には大きな翠緑の宝石が埋め込まれており、この宝石にもルストの聖痕が大きく刻まれていた。
「誰かにとっての間違いは、誰かにとっての正解……ええ、まさしく。あなた方の愛しい世界は、わたしにとっては腐臭に満ちた世界。
 滅ぼす以外に、もはや用事のない世界ですので」
 場に満ちる『傲慢』の呼び声は『願い』となり、捻れた『祈り』が張り巡らされていく。ここではあらゆる願いが絡め取られていくだろう。

 傲慢なる大樹と騎士を。傲慢なる鼓動を。
 破壊せよ。

GMコメント

旭吉です。
思いがけずトキと遂行者ロードのイラストお披露目機会となりました。
そして偶然にも1日は遂行者サクの誕生日でした。

これが、最後です。

●目標
 遂行者サク、遂行者ロード、赤騎士の撃破
 (彼らさえ撃破できれば、他が生き残っていても条件を満たします)

●状況
 『神の国』内、テュリム大神殿。その更に深層。
 ルスト・シファーの権能で遂行者サクを主として創り出された『理想郷』。
 サクは『神=ルストの創る正しい世界に自分はいない』認識だったため『正しい理想郷』を創れませんでしたが、自分の正体を知り、イレギュラーズ達と言葉を重ねる事で『悪くはない理想郷』を創り出しました。
 中身は『現実より遙かに平和なアドラステイア』。下層と中層が混ざっており、高層の代わりに巨大な大聖堂があります。
 広場以外では、あらゆる建造物が遮蔽となります。一番高いのは大聖堂の鐘楼。
 建造物は破壊可能ですが、子供が寝ている家はなぜか破壊できません。
 ロードにより、戦闘開始時点で『捻れる祈り』が戦場全体に展開されています。
 『捻れる祈り』:
  呼び声をリソースに維持される大樹の概念。
  存在するだけで大樹により願いが捻じ曲げられるため、CTとFBに大きな影響をもたらします。
  (BSではありません)
  ロードの撃破で解除されます。

 『理想郷』では、遂行者や住人達はそのまま倒しても死にませんが、今回の遂行者に対しては決定打となるものがある――かもしれません。

●敵情報
 遂行者 『終天』サク
 10代後半の少年。聖遺物『聖女トカニエの心臓(セイクリッドハート)』を核とし、「オンネリネンの子供達」にいたとある少年を再現した姿を持ちます。
 角笛が『終天』としての本来の武器で、音による範囲攻撃や各系列の強力なBS付与を行います。
 近接攻撃としてオーラを纏った格闘もこなします。
 軽鎧によって大幅に強化。不利になると『不滅の心臓』を発動。
 『不滅の心臓』:
  更なる爆発的強化。他、詳細不明。穢れた『心臓』は、その鼓動だけで脅威となります。

 遂行者 『至光』ロード
 30代前半の男性。聖遺物『聖樹アインゾファーの枝』を核とし、『聖女トカニエの心臓』を聖別した聖職者を再現した姿を持ちます。
 杖を用いた魔術を主に使い、攻撃手が足りている限りは基本的に支援と回復に回ります。
 宝石によって大幅に強化。不利になると『不朽の聖樹』を発動。
 『不朽の聖樹』:
  更なる爆発的強化。他、詳細不明。穢れた『聖樹』は、その根と枝から世界を滅ぼすでしょう。

 赤騎士
 ロードに同行してきた、騎馬の炎の騎士。高機動で長槍を使います。
 また、非常に高い命中で【必殺】【防無】【災厄】【紅焔】の槍を繰り出します。

 『トキ』
 サクにより『理想郷』に作り出された住人。これまでに会ったイレギュラーズの記憶はあり、意志疎通も可能ですが、説得には応じません。
 『サクへの完全な理解がある』ためです。
 イレギュラーズがこの『理想郷』に来てからはまだ姿を現していないようです。
 隠密技術に非常に優れており、姿を現してもすぐに隠れます。
 『理想郷』の住人としての強力な戦闘力を持ち、主に魔術的な『罠』を仕掛けることで攻撃します。
 この『罠』は【足止系列】【乱れ系列】【痺れ系列】の効果があります。

 ワールドイーター
 人のできそこないのような形の個体が群れたり、合体したりする黒い群体。
 膨大なHPを群体で共有します(個体が増えるほど1体あたりのHPは減る)
 【復讐80】を持ち、触れた対象へダメージを与えると共に『声』を食らいます。
 分裂個体は最小でも人間の子供程度、万全の状態で全個体が合体するとオープニング中の10mほどの巨人になります。
 (喰らわれた声は、ワールドイーターを倒すか、遂行者サクの撃破で戻ります)

●NPC
 チャンドラ
  HPやAPの回復、BS回復についていくらか手伝えます。
  プレイングが無くともイレギュラーズの不利には動きません。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <神の王国>そして心臓は鼓動する完了
  • 『心臓』の少年は、希う。
  • GM名旭吉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月20日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC5人)参加者一覧(10人)

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)
灰雪に舞う翼
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
冬越 弾正(p3p007105)
終音
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
三鬼 昴(p3p010722)
修羅の如く

サポートNPC一覧(1人)

チャンドラ・カトリ(p3n000142)
万愛器

リプレイ


 理想を描けなかった少年が最後に創り出した、『理想郷』のアドラステイア。
 その形は、イレギュラーズに様々な思いを抱かせた。
「現実では理想となりえるような場所ではなかったけど……貴方の大切な人達はここにいたんだね」
「住処……だからだね……。育った場所……生まれた場所は……嫌いになろうとしてもなりきれないから……それでいいんだと思う……」
 現実では偽りの神と偽りの教えの元に、大人が子供を洗脳していた街。しかし、目の前の彼にとっては紛れもなく大切な場所だったのだろうと『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)と『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は認めた。
「……正直に言うとね。見た印象で言うなら、この『理想郷』は悪くはないと思うんだ。小さくても救いのある場所なんだよね」
「誰にも害されない、誰も脅かされない。人々の信じるものがあって、そして苦しまずに生きていける。間違いないさ、俺もここを『理想郷』だと思えただろう」
 冠位傲慢などという存在が関わっておらず、壊すべきと定められていなければ、好き好んで破壊を望んだりはしない――『灰雪に舞う翼』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)も、『消えない泥』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)もまた、この『理想郷』の形に感慨深ささえ覚えていたのだ。
 しかし、『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の見方は違った。
「ここは子供たちが安心して眠れる住処ではある。しかし、子はいつか独り立ちするものだ。この『理想郷』では彼らが大人になる事は無いのだろう」
 危険はないが、可能性も希望もない閉じた世界。それは即ち孵らぬ卵であり、羽搏く事を知らぬまま化石となる、生きながらにして死に往く光のようだと彼は言う。
「俺の『保護者』は、そんな孵らぬ卵を叩き割った。微睡のまま逝くより目を開け歩き出せ、とな」
「外へ出された結果、生きていけなかったのがオレ達だ。あんたらにとっても、『神様』にとっても、『ここ』が間違ってるのはわかってる。……それでも。間違ってても、ここでなら」
 形としての『理想』を認識したサクは目を逸らさない。そのやり取りに口を挟むことはなかったが、使役霊の『冬夜の裔』は思うところがあった。
 ――どちらが幸いであろうか、と。孵らねば可能性(希望)を抱いたまま逝ける『孵らぬ卵』と、孵れば希望(可能性)を消費して死へ歩むしかない『孵ってしまった卵』と。
「実現不可能だとしても、少しでも理想を今へ実現させていくのがヒトだ。お前が生きたいと思える世界を願ってくれたことは嬉しいよ」
「君も自分に正直になったんだね、サク。……君の理想のアドラステイア、しかと私はこの目に焼き付けよう」
 『父親って、なんだ』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は、その変化を率直に誉めた。『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)も彼の願望を認めた上で、この景色を忘れないと約束する。
 それだけが、『アドラステイア』に対して自分ができるせめてもの罪滅ぼしだと。
「オイラも、この光景を。ここを生み出したヒトのことを。そこにいるヒトたちを。覚えて忘れないようにするよ。『理想郷』が消えたとしても、生まれた理想までなかったことにはしたくないから」
 余計な事をしてくれたロードのこともついでに覚えておくとアクセルが付け足せば、当の本人は可笑しそうにしていた。そのすました顔を今日こそは蹴り倒してやろうと、殺気を隠そうともしない『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)である。
「サク殿の武器は角笛……音か。こんな時に親近感が湧いてしまって辛いが……君との思い出も、屠る命も背負って生きていこう」
「相容れない存在ならば、その正義がぶつかるならば、戦うしかない。これが最後の戦いだ、俺は心を決めてきてる。君も、覚悟はできてるな?」
 『『心臓』の親とは』冬越 弾正(p3p007105)が仲間達へ光の楔を飛ばし、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)がその身に幻想を纏いながら問う。ウェールや、この戦いのために加勢に来た『完璧な執事を目指す執事』パーフェクト・サーヴァント(p3p006389)、『散らぬ桃花』節樹 トウカ(p3p008730)達のファミリアーである鴉や鳩達が飛び立てば、いよいよ戦いは避けられない。
 イレギュラーズが尊い犠牲と共に積み重ね、選び取ってきた歴史を、ルストと『遂行者』が否定するのであれば。
「ああ、これが最後だ。でも勘違いすんなよ。……オレは、負けて終わる気はねえ!」
 少年の決意と共に、聳え立つ巨人のワールドイーターが群体へと分裂し、赤騎士の乗騎が嘶く。

 最後の戦いが、始まった。


 赤騎士の槍が炎を噴き、戦場の各地に散ったワールドイーター達が群がる。
 サクが遠くあまねく響く角笛を吹けば、ロードが臨機応変に彼らを援護する。
 火力でも防御でもほぼ穴のない遂行者達を殊更難攻不落としているのは、ロードによって発現された大樹の概念『捻れる祈り』だった。この概念は、祈りや願いを致命的なまでに歪ませてしまう。
「毎度毎度小細工を……」
 誰よりも高い殺意で、捨て身でロードに挑み続けている昴が歯噛みする。彼女だけではなく、イレギュラーズ達も全体の方針としてロードと赤騎士を最優先で落とす対象と定め、実行に移しているのである。
 ――にも関わらず、そのロードが落ちないのだ。
「援護、回復担当を優先に落とす……定石に対して無防備でいるわたしではありませんよ。とはいえ、それほど余裕も無いのですが」
 遂行者達が得ている強化は不調への抵抗力も例外でなく、抵抗力が関係しない攻撃も多くがねじ曲げられてしまう。思った以上に攻撃が当たらないのだ。
「余裕がねえならもっと下がってろ。オレだってそこまで前衛向きじゃない」
「それは嫌なんですよ。すみませんねえ」
 加えて、ロードに防御面の強化を受けたサクが彼の護衛に付いている。二人を範囲攻撃で巻き込むことは可能ではあったが、折角与えたダメージをやはりロードが不調もろとも回復してしまう――この体制の穴を衝くとすれば、やはり余裕が無いというロードを確実に追い詰めることになるのだろうが。
「ロード殿……狙われるリスクを侵しても下がらないのは、サク殿のためか。負けて終わるつもりのないサク殿を、遂行者としての『最善』で導き続けるために」
 彼の『理想郷』で話を聞いた時から、弾正は感じていたのだ。このロードという男は世界の滅亡を望んでいる以上、決して『いい奴』とは言えない。しかし、サクが少しでも長く遂行者として生き延びられるよう、導いてくれていたのではないかと。
「さて……この期に及んで遂行者としての『最善』とは何なのか。最早わたしの意志など挟む余地もありませんが」
 大きな樹杖をひと回しして、彼は変わらず微笑む。
「まあ、仲間思いではありますよ。わたしは」
「それなら、サクじゃなくて自分が前に出たらどう!」
 アクセルのフロストチェインが飛び、弾正が竜牙双斬で切り裂く。防御に加勢しようとするワールドイーター達はスモーキーが煙で阻み、スティアが福音で引き付け押し留めていた。
「皆の声は奪わせないよ。届けたい想いも、言葉もあるはずだから!」
「来な、まとめて構ってやるよ! こっちは声を取られても痛くも痒くもないんでな!」
 自分を狙っていたワールドイーターが離れていくと、『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)はその場でタクトを振り仲間達へイオニアスデイブレイクを発動する。祈りが捻じ曲げられても挫けない、暁の光を。
(これだけじゃ足りないかもしれないですけれど……がんばって)
「大丈夫かレーゲン!」
「きゅう……もっと離れれば巻き込まれないと思うっきゅ、でも離れすぎると回復できないっきゅ」
 最後衛にいるはずの『希うアザラシ』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)が自身を回復していたのに気付き、ウェールが声をかける。ワールドイーターは引き離せたが、サクの音が届く範囲があまりに広く、レーゲンが仲間の回復に向かうとその範囲に入ってしまうのだ。自分で回復できるとは言え、何度も攻撃に耐え得る防御力をレーゲンは備えていない。わかっているからこその配置だったのだが。
『少し……見えてきたかもしれない』
 ロードへ響奏撃を見舞いながら戦況を注意深く見極めていたイズマが、ハイテレパスで仲間達に情報を提供する。
 彼曰く、純粋火力が最も高いのは赤騎士であろうとのことだった。サクは後衛も前衛も、今ならタンクらしいこともできる。ロードは強力な支援も回復もこなす上、ワールドイーターには効いた怒りも、彼らに対して切れ目なく維持するのは難しい。それほどまでに『捻れる祈り』は強力で、役割分担にも隙がないように見えた。
『でも、彼らは『全部を同時にはできない』。どれかを『せざるを得ない』状態をできるだけ維持できれば、勝ち筋も見えてくるだろう』
『なら、やはりロードの注意を引き続けて援護させないのが重要だな。俺が行こう』
 スモークを噴き、音楽をかき鳴らす協奏馬達と共にロードへ向かったマッダラーは、ひとひらの火焔を叩きつける。
 火炎に対しては強い耐性を持つ様子だったが、彼は更に言葉を続けた。
「お前が世界に絶望したくなるのもわかる。悲劇の上で生を享受する人間を見ればそうも思うだろうさ、ロード。いいや、『聖樹アインゾファーの枝』よ」
「……何が言いたいので?」
「お前のしていることはただの八つ当たりにすぎない。本当はわかっているんだろう? だから俺も、サクに救いの手を差し伸べられない俺の思いをお前にぶつけさせてもらう」
 それ以上の自由を許さないように、ロードの前方を協奏馬達で塞ぐ。その様子を、ロードは冷めた目で見つめていた。
「思いをぶつけられるのは構いませんが……吐き気がしますよ。人間風情が口にする救いというものに」
「安心しろ。その救いがお前に向けられることだけはない。未来永劫にだ!」
 マッダラーの背から昴が飛び出してくる。いかに願いが捻じ曲がろうと、ここまで避けようがない状況なら外すことは有り得ないだろう。

「その身に――刻めッ!!」


「いやぁ、速いなアンタ! 速い上に強いとか、手伝いにきて正解や」
 施錠された家以外は建物ごと容赦なく破壊する赤騎士の槍を受けて、『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)は血を吐き捨てた。彩陽も持ち前の素早さで何度か矢を放っているが、いまいち当たりにくい上に不調も回復されてしまうのが面倒臭い。
 当たりにくさや不調維持のしにくさについてはあの白い男の影響なので、可能なら範囲攻撃で巻き込んでしまいたいが――そちらにしても、乗騎の機動力が憎い。
「あれは……一回り小さいワールドイーター達か? スティア殿達に引き付けられた後分裂したのか」
 アーマデルが気付いた群体は、先にワールドイーター達が向かった方向から戻ってきた個体達だった。分裂することで強制的な注意を振りきったのだろう。
 倒しきるのが難しい以上、赤騎士との戦いに混ざってくるのは非常に厄介だ。
「ワールドイーターは一旦こっちで引き付けよう。彼女達も分裂には気付いているだろうしな」
「じゃあ、私は赤騎士を引き付けてみせるよ。うまくいったらロードやサクのところに誘き寄せられるからね」
 トウカと沙耶の提案に、アーマデルも頷いて応える。
「俺は赤騎士の脚を。少しは狙いやすくなるだろう」
「僕も……。一応保護結界は張った、けど……あんまり、ここを滅茶苦茶にされたくないなって……。寝てる子供達、起こしたくないし……」
 現実ではない景色に、現実ではない命。レインの気遣いは、遂行者の撃破という点においては意味をなさないかもしれない。しかし、それでも『サクの大切な場所』を守りたかったのだ。
「ここまでトキらしい姿が見つかっていない……変化があればすぐ伝えるが、油断は禁物だぞ」
 後衛戦力として残るウェールと、回復、伝達役として助力するレーゲン、サーヴァントに見送られ、イレギュラーズ達は動き出す。
(しかし、いくら何でも隠れすぎじゃないか? 罠が発動した様子もない……)
 このまま、彼女の姿を見ないまま攻略が進んでしまいかねない流れだ。ここまで隠れ続ける理由とは?
「まさか……『トキ』の心臓が?」
 ウェールに過った不安を他所に、反撃が展開されていく。

 トウカの名乗り口上に引き寄せられた小柄なワールドイーター達は、彼へ一斉に襲いかかる。スティアの方針により徹底して『ダメージを与えられていなかった』ワールドイーターは、単体ではそれほど脅威となるダメージにはならなかった。
 しかし、群体となれば。
「大丈夫ですか!」
 肉と共に削り取られるトウカの意識と体力を繋ぎ止めたのは、スティアとスモーキーの援護から駆けつけた涼花の回復だった。更にスティアの回復も重なり、トウカは完全に持ち直す。
 スティアとスモーキーの声は――失われていたが。
『二人とも、声が』
『ハイテレパスなら通じてるから大丈夫! スモーキーさんもいるから、意思表示は何とかなるよ!』
 トウカのハイテレパスに、スティアが笑顔で応える。スモーキーも陽気に親指を立てていた。
 スティアは天花の効果でワールドイーターに食われてもダメージは受けないが、分裂して増えていくそれらを相手にする内スモーキー共々声を奪われたのだ。彼女らが声を取り戻すにはこの『理想郷』のワールドイーターを全滅させるか、あるいは――遂行者サクを撃破するしかない。
 そしてこの状況でも、ワールドイーター達は更なる分裂を始めようとしていた。声がないくらいで手を休めるわけにはいかないようだ。
(上手くやってくれよ、皆……!)
(どれだけの群れだって構わない。1匹だって皆のところには――)
 瞬間、地響きの後に閃光があり、爆ぜる。
 スティアの目にはほんの一瞬、遂行者とも赤騎士とも違う薄紅の布が翻ったように見えて、すぐに消えた。

 一方、イレギュラーズの反撃を受けていた赤騎士には変化があった。
『小賢しい真似を……!!』
 その圧倒的な火力は今だ衰えていないが、回復を受けにロードの元へ向かおうとしたところを彩陽の矢に捉えられる。畳み掛けるようにアーマデルの妄執の英霊残響とレインの糸切傀儡が襲えば、乗騎が嘶いてついにその脚を止めたのだ。馬上の赤騎士とて無傷ではない。
「さあ、こっちに来てみなよ!」
 手負いの赤騎士を、沙耶がYs-Re:bellionで誘う。こちらは直接は決まらなかったが、赤騎士の『憤怒』を引き出すこと自体には成功する。
『ならば貴様から屠ってくれよう!!』
 大規模な破壊と共に振るわれてきた槍が、沙耶1人にその力を収束させる。破壊の力は焔の旋風となり、彼女を中心に火柱が上がった。
「沙耶殿!」
「沙耶……!」
「大、丈夫……回復できる、から」
 沙耶が仲間達に答えた時、爆発音があった。ワールドイーターが集まっている辺りから、異常を知らせるスモーキーの青い煙が立ち上っている。トウカからの連絡を受けたウェールもトキが現れたと仲間達に伝えており、イレギュラーズの間に緊張が走った。
「『冬夜の裔』、警戒と対処を頼む。……なるべく殺さないでくれ」
『殺しても死なないんじゃないのか』
「物理的には死ななくてもだ。『俺達に殺された』という記憶が、新たな未練になる」
『チッ……いまに殺されるぞお前』
 捨て台詞と共に消える使役霊を見届けて、アーマデルは赤騎士を見据える。その心を嬉しく思うものの、レインにはトキへの疑問が浮かんでいた。
(トキが姿を隠す理由……本当に、隠密が上手なだけ……? ロードは、サクとトキが今後どうなるかを気にしてて……しかもあの姿は、トキ……『トカニエの心臓』を……)
 確証はないが、あの『トキ』とロードを出会わせてはいけないように思えて。その為にも、この赤騎士を早く倒さねばならないと思ったのだが――。


 外すはずがなかった。相手が転移でもすれば別だが、引き付けられた上でブロックされた状態なら。
「ごめん、解除ちょっと間に合わなかった……サクは大丈夫?」
「無茶すんなよ」
 傍らには薄紅の腰布が印象的な少女トキ――の『再現』――と、小さく窘める遂行者サク。そして。
「……流石は『選ばれし人』。『罠』もなかなかの威力で」
「あんたはもうちょっと知恵働かせろよ。『知ってた』んだろ?」
 発動させた『罠』に後方へ弾かれる形でブロックから逃れたロードは、杖を支えに立ち上がるところだった。

 昴がロードへ渾身の蹴りを見舞った瞬間、目の前で複数の『罠』が発動したのだ。『罠』と『トキ』の存在は皆が警戒していたし、ロードの抑えにも協力していたイズマは『罠』の存在に気付いていた。だが、そこはロードが自ら下がって自爆でもしない限り発動しない位置であり、知恵者である彼がそれをする理由はない。
 それを、彼は昴の蹴りを浴びながら躊躇いなく発動させたのである。
「お前もそこそこに捨て身だな……」
「それであなたを抑えられるなら、躊躇う理由がないですね。『後がない』『余裕がない』と、わたしは常に言っていましたが」
 『罠』の影響で思うように体が動かない昴の感想に飄々と答えたロードは、意味ありげに地へ杖をついた。
「もう少し維持できるかと思いましたが。成程、あなた方は特異運命座標。温存していては勝てるものも勝てませんね」
「……ロード」
「なに、これもわたしの役割ですから」
 複雑な響きを抱いたサクにの声へ穏やかに笑んで応えると、樹杖の宝石が急に激しい光を放つ。更に光の中から一振の枝が現れると、枝は見る間に成長して『理想郷』中の空と大地へ伸びていくではないか。
 それは彼の『理想郷』にあった、世界を支える大樹そのもの――ではない。根を張った大地は炎を噴き上げ、枝からは燃える葉が害意を持って落ちてくる『破壊の意思』だ。
「これは……トカニエさんの集落を焼き払った炎か!」「それ以上ですよ。これこそは、人間が勝手に『聖樹』などと定めたものの正体……『不朽の聖樹』、真の名を『妖樹アインゾファー』」
 イズマに答えながら、更に『妖樹』を成長させていくロード。
 聖遺物の本体を晒したことで更に強化されたのか、根から生じる炎は己が敵と定めた存在はもちろん、味方であるはずのワールドイーターや赤騎士すら焼き尽くさんとする勢いだった。
「……やはり、これもロード殿なりの導き方なのか」
 炎に巻かれぬよう退避しながら、弾正はその火元を見る。これほどの無差別な破壊の炎でありながら、傍らのサク達には火の粉ひとつ注いでいないのだ。
「やれやれ。これだけ明確だとますます只の八つ当たりなんだがな」
 これ以上燃え広がる前にとどめを。マッダラーが協奏馬に跨がろうとした時、赤騎士から退いたレインが問うた。
「ロード……キミは、何が目的なの……? 人間のこと、嫌いなのはわかった……でも、トキや、トカニエは……人間だよね……? キミは、どうしてトカニエを殺した人の姿を……?」
「親切はあの『理想郷』と共に終わっていますが。敢えて『わかりにくく』答えましょう、愚かな人よ」
 ――『この男』は、『心臓(セイクリッドハート)』としか関わりがなく。この世界にアインゾファーが『命』と認めるものはひとつだけ。
 ロードがそれだけ答えると、炎は更に勢いを増す。その中から駆け出してきたのは赤騎士だ。
『我に炎の耐性が無ければ何とする気だったのか……まあ良い。逃げ場の無い炎獄にて果てよ、イレギュラーズ!』 
「果てるのはどっちやろなぁ!」
 炎獄の彼方から、流星一条。彩陽の矢がアンジュ・デシュとなって襲いかかったのを皮切りに、赤騎士への休みない攻撃が再開される。
「弾正、時間が経てば経つほどこの樹の炎は広がっていくようだぞ」
「ロード殿を……聖遺物を破壊すれば止められるとは思うが。この規模だと、枝より宝石の破壊の方ができそうか?」
 攻撃の合間にアーマデルが声をかければ、弾正は悩む。
「両方破壊すればいい。焼け死んででも成し遂げてやる」
「オイラもやるよ! 絶対やるから!!」
 昴とアクセルが率先して準備を整えれば、抑えに回っていた弾正やマッダラー、イズマも頷く。
「隣にいるサクさんが、黙ってロードさんを攻撃させてくれるとは思わないけどね」
「それは、俺ができるだけ『声』をかけてみる」
 イズマの懸念に声をあげたのは、ここまで攻撃の機会を窺い続けていたウェールだった。


「……トキ。もういいから大聖堂に入ってろ」
「私まだできるよ! 皆、またここに来るんだよね?」
「やっぱ危ねえってわかったんだよ。そこのクソ野郎のせいでな」
 悪口を叩いても、炎の大樹を展開する背は何も語らない。『それほどのこと』だと思うと、サクは『トキの形をしたもの』をもう外には出せなかった。
「全部終わったら、ガキどもも起こしていいから。オレも寝てたら、起こしてくれねえと困るし」
「それなら……けど、こんな時に寝ちゃうなんて変なサク」
 小さく笑った『彼女』が、巨大な大聖堂へ入るのを見届けて。重厚な音を立てて締まった扉を、サクは完全に『施錠』した。
「……嘘、下手ですねあなた」
「うるっせえな。ここはオレの『理想郷』で、これはオレの戦いだ」
 そんな軽口を交わした後に、イレギュラーズが来る。皆の狙いはロード――の、杖だ。杖の宝石だ。
 その狙いを逸らそうとして、サクが角笛を手に取ったその時だった。

『サク、聞こえるか。応えなくてもいい、聞いてくれ』
 ハイテレパスで語りかけながら、ウェールは霹靂の一撃を見舞う最初の相手を見定めていた。
『お前は理想を思い描けたんだ。なら次は、この理想を現実にするために頑張るんだ。お前ならできる』
『……それ、『帳を下ろす』ってやつじゃねえの』
『『帳』は、『神の国』は現実じゃない! 遂行者としての力に頼らず、人間としてやるんだ!』
 そこまで言葉を送った時、炎の範囲が広がる。レーゲンを伴って燃える葉に触れないよう飛べば、赤騎士の戦いとロードの戦いが見渡せた。
 『捻れる祈り』が健在な上、火力に秀でた赤騎士と、聖遺物を晒したことで更なる強化を得たロード。どちらも一方的な戦況とは言い難いが、押し切れるとしたら――。
『サク、俺は何度でも言うぞ』
 狼札から銃を呼び出し、狙い済まして引金を引く。惜しくも逸れた霹靂の一撃が狙ったのは、赤騎士だ。
 赤騎士がこちらを見上げるが、すぐに地上の沙耶に極光魔王を受けてこちらの対応どころではないようだ。
『お前は、記憶が混ざっていると言っていた。現実のトキが、お前じゃないサクを知っているかもしれないとも嘆いていたな』
『…………』
『それでも、お前が必要なんだ! お前じゃないサクがいても、今までトキと過ごした時間がお前の方が短くても!
 トキと同じ悩みを持てて、トキが苦しい時に傍にいたのは今此処にいるお前だ!
 今のトキを心から笑顔にできるのも、お前だけだ!!』
 意識の中で、ウェールは吠えるように叫ぶ。サクによる妨害を阻止するという目的以上に、彼に『人間として生きる』目的を与えるために。
『……オレが消えたら、トキは泣くんだろうけど。トキがいる景色がいいって、オレも思ってるけど』
『なら!』
『『この力を使えるオレ』は、どんな言い訳を並べたって『聖女トカニエの心臓』だ。逃げねえって言ったろ。あんたも逃げんな、イレギュラーズ!!』
 その言葉に妙な力強さを感じて、ウェールはサクを直接見た。

 そこには。
 

「これで――沈め!」
 レインが糸切傀儡で乗騎の脚を崩したところへ、アーマデルのデッドリースカイが叩き込まれ、長かった赤騎士との戦いに終止符が打たれる。
 赤騎士が消え去っても、『理想郷』から炎は消えない。この火の元は。
「……サク?」
 それを見た沙耶は、我が目を疑った。

 ロードの宝石を巡る戦いは、この期に及んで決着がつかずにいた。
 初手はアクセルが神気閃光を決めた後、背に回り待ち構えていた昴がスニーク&ヘルで奇襲し強化の解除を試みた。しかし、炎の大樹は消えず、見た目に大きな変化は見られない。更にサクは攻撃よりロードの護衛に主軸を置くようになっており、宝石を狙うのが難しくなっていた。
 それでも、数で勝るイレギュラーズには機会と可能性がある。ロードの宝石と同等の決定打となり得る箇所――サクの軽鎧を破壊すれば道は拓ける、と。
「サク、お前の理想を追い求めてみせる。子供たちが苦しまない世界になるよう、してみせる! だからお前も、それを手伝ってくれないか。世界を滅ぼさなくても、お前が望んでくれるなら」
「『このオレ』は、世界を滅ぼすことしかできねえんだよ」
 サクの胸部を守る軽鎧。特に分厚い箇所に刻まれたルストの聖痕の上から、サクは手を押し当てる。
 祈るように当てられた手が鎧から得たのは、血を流し続ける心臓――命が絶えても鼓動を続ける『不滅の心臓』だ。
 真白の制服を鮮血に染めながら、『心臓』の少年は立つ。希望を語る人に、自分は人ではないのだと示すように。

「――だったら、せめて。お前を遂行者のまま、行かせはしない」

 マッダラーが差し伸べた手から、泥(可能性)が溢れて伝い落ちる。遂行者の衣に僅かに残っていた泥汚れからも、赤と白を染め抜くように土と黒が広がっていった。
 現実で彼を待っているはずの少女に黙ったまま、この少年が消えることだけは。奇跡に頼ってでも許せなかったのだ。

 時間にして、ほんの数十秒か。
 微動だにしなかったサクが、ため息と共に目を閉じる。
「……ああ。ほん、とに。だから嫌だったんだよ」
 ――消えたく、なくなるだろ。
 そのか弱い声を聞き取れたのは、奇跡をもたらした泥人形だけだろう。それが叶わないことも、痛いほどわかっている。
「ああ……悪かったな」
 その姿を焼き付けて、マッダラーは彼の『心臓』を鎧ごと砕いた。

 その奇跡と、消滅を見届けたように。
「逃さん!!」
 昴の伸ばした手がロードの樹杖の宝石を掴み取って砕くと、炎の大樹は祈りの概念と共に一瞬で消え失せた。
 あれほど言葉の多かった男も、ただの一言も残さず消え去っていた。

 子供の宝箱のように堅固に閉ざされた『理想郷』は、大人になれなかった少年の命を閉じ込めて、共に形を失ったのだった。

成否

成功

MVP

マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形

状態異常

三鬼 昴(p3p010722)[重傷]
修羅の如く

あとがき

お疲れ様でした。
予想に反してロードがしぶとく残りましたが、これにて遂行者サク、遂行者ロード撃破となります。
サクの『不滅の心臓』が実質ほぼ不発に終わったのですが、大雑把に明かすと『死にたくても死ねない』ものでした。
人間にはなれませんでしたが、最期の瞬間だけは等身大の人間でいられたのではないでしょうか。

称号は、あなただけに聞こえた声を。
ご参加ありがとうございました。

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