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シナリオ詳細

<神の王国>破天曲折の道程:正義

完了

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ある男の記録
 混沌という世界は、極めて不平等で身勝手な世界だ。
 大いなる法則によって、他の世界の規則すらも喰らい尽くす上位世界。
 生命という存在を許容しながら、それが滅ぶことを予言している世界。
 生まれながらにして、覆しがたい制約が課されている世界。
「おら、さっさと行って来いよ」
 そういって昼間から酒瓶の口を下にして高く掲げる男は、中身がない事にイラつくと目の前の子供に投げつける。
「痛い……」
「うるせぇ! 無くなる前に持って来ないてめぇが悪ぃんだろうが!」
「やめ、苦しい……!」
「俺に指図するのか? 悪いのは誰だよ? あぁん!?」
 男は近づき、首根っこを締めるように持ち上げる。
 子供の瞳に映る彼の目は虚ろで、禁断症状で腕は小刻みに震えていた。
 子供に経緯を理解しろ、というのは難しいことでもあり、酷なことでもあるが。
 有り体に言えば、彼は実の親の顔を知るよりも前に捨てられ。
 労働力として流れ着いた先で、壊れるまで使い潰される未来を歩んでいた。
 きっとこれ以上期限を損ねたら、また治りが遅い怪我をさせられてしまうのだろう。
「行ってきます……」
 従順の意思を示し、解放されて呟いた一言に、応える者はいない。
 裏路地から表通りへと出れば、料理店や酒屋はあちこちに立ち並んでいる。
 子供はとぼとぼ歩きながら、狙いとなる店がないかを、当てもなく探していく。
(あそこは……マスターが腰を痛めたんだっけ。あっちはおばあちゃんの葬儀でお休みか。
 そんな時に泥棒が入ったら、可哀想だよね……)
 自分が表通りに相応しくないみすぼらしい格好であることは重々承知している。
 故に同じ店ばかり狙うなど、目立った行動を重ねれば印象に残りやすいから避けなければならない。
 だがそういった理由とは別に、彼は自分を差し置いてすら可哀想な事をしたくなかったのだ。
「うぅ。そろそろどこにするか決めないといけないのに……」
 寒風吹きすさぶ中、あまりの寒さに一旦風を凌ぐ事とした子供は、とある家の軒下に入り込む。
 家の中からは、家族が団欒の時を過ごしている声が聞こえた。
「誕生日おめでとう!」
「ありがとうパパ、ママ! この剣で一杯鍛錬して、ぼく、立派な冒険者になってみせるからね!」
「ははっ。そこは騎士を目指してほしいところではあるが。
 何はともあれ、期待してるぞ。お前は我が家の宝物。特別なんだからな」
「旦那様、お祝いに上等な年代物のワインをご用意致しました」
「あー、ぼくも飲みた~い!」
「お前はまだ駄目だ」
「なんで~? パパいつも言ってるじゃん! 正義は平等で公平でなんだって!」
「それとこれとは話が違う! 大人は特別なんだ!」
(騎士に……冒険者)
 幻想という国には、勇者アイオンの伝説がある。
 他の国だってそうだ。
 絶望の海と呼ばれながらも、その先の未知へ希望を持って挑む者もいれば。
 世界の謎を紐解くべく日夜研究に明け暮れている者もいるという。
 そしてこの天義には、『神』がもたらす『正義』がある。
(……おめでとう)
 ある。けれどそれは自分の物ではない。
 子供は風が弱まったのに気づくと、そっとその場を立ち去った。
 だが結局、その日は狙い目の店が見つけられず、今度は暴力に耐え忍ぶこととなる。

~~~

 こうした日々の中で枯れきった心を宿した青年は、一切感情に起伏が生じない日々を過ごす。
 あれから十数周は季節が巡ったその日も、始まりは何の変哲もない一日だった。
 変わった事と言えば、酒に酔った男は床に倒れ痙攣していることくらいだ。
 彼にどの程度理解出来ていたかは定かではないが、少なくともいつもより激しく震え、苦しんでいるのは分かった。
「お、おあ……」
「おじさん?」
「あ、あうあ……医者、苦し……」
 昏倒する意識の中で、泡をまき散らしながらも何とか男は言葉を口にした。
 教育を受けられず、人形のように従うことを強制された子供はお世辞にも利口とは言い難い。
 けれど大人の中で働かされていた事もあり、最低限の知識はある。
「……苦しいの? 助けがいるの?」
 懇願するように上下する首を見て、彼は悟った。
 苦しかった僕に。おじさんが何をしたか。
 苦しむおじさんに。僕は何をすべきか。
「……そっか」
 人生が変わるほんの一瞬。
 ずっと気づいていて。けれど手に届かないからと思考を放棄してきた事実。
 誰かが傷つくのは可哀想な事だ。――でも僕は傷づけられている。
 この世界には沢山の夢がある。――でも僕には夢を持つ権利も無い。
 苦しいから止めてほしい。――でも僕は止めてもらえなかった。
「僕……これまでたっくさんガマンしたよ? だからね、おじさん」
 同じになるんだ。だって、僕は正義の国に生まれたんだから。
 どこかで聞いたんだ。正義は平等で公平なんだから。
 あれ? 大人は特別なんだっけ? 子供が特別なんだっけ?
 まぁ、いっか。みんな公平なんだから。
「僕はこれから、いっぱいもらっていくね」

~~~

 天義の路地裏で起きた殺人事件を皮切りに、世界の各地で小さな事件が起きた。
 街の治安を維持する組織は、最低限の調査に動き出しはする。
 けれど、『大人』の一面を知り尽くした彼が、特別であることはそう難しくはなかった。
「さぁ勇者様。冒険者様。人が苦しんでいるよ? 助けに来ないのかな?」
 誰に届くでもない声。けれど確実に存在する誰かに向けられた声。
 盗み、殺人、誘拐、監禁。どれも悲惨な出来事には違いない。
 だがそれは世界の存亡をかけた戦い。国家間の派遣をかけた争いの前に。
 人々の記憶からは、まるで無かったかのように消えていくのであった。


●セイギのタメに
 鼻歌交じりに手紙を書き記していく白いコートの男を待つ間、『ジャック・カリギュラ』はため息が尽きない。
「はぁ~。あのさ~。おじさんも一応暇じゃないんだけどなぁ」
 彼は綜結教会の支部長の一人だ。
 綜結教会は、その上位組織である社(やしろ)の軍勢に従っている。
 そして件の社はローレットや杜(もり)との決戦が控える中で、教会の戦力を自分達の下へと招集していた。
 当然、立場ある彼にも招集がかけられていたのだが……。
「アー。今いいトコナンデ、もう少し待ッテて下サイよ」
 目の前にいる遂行者『ダラス』の作戦に協力するよう命じられ、ここに来ていた。
(えーとなんだっけ? 杜で重要な役割を持つブツを取り返すんだったか?)
 彼自身、社の動向に関心や興味があるわけではない。
 教会に対しても『元々人体を死なせない技術』を買われたのをきっかけに、
 彼が天義で行ってきた数々の事象に対して、責任の追及を逃れる意図も含めて加わっているだけなのだから。
(まぁでも……いや、よく考えるとこれはチャンスかも知れないなぁ)
 『ブツ』は、子供の見た目をしている。
 そしてブツは、世界を揺るがすような巨大組織の大切な何かである。
「壊してはならない大切な子供……ああ、実に素晴しい。護らなければというルールに溢れている」
 だからきっと。一切の良識も組織の枷もかなぐり捨ててこの手で『壊して』しまったならば。
「実に爽快だろうね……!」
「ソレよりカリギュラさん、アレの準備はどうデスか?」
「ん? ああ。『シスター・デビル』か」
 それは先日、イレギュラーズ達が邂逅した教会の幹部。
 主に暗殺などを行う執行機関を管理し、自らもまた巨大なハンマーを振り回し人を潰してきた。
「良い感じに調整してあるよ。あれもずっと影として戦ってきたんだ。
 最後くらい前線で大手を振って暴れられれば本望だろうさ。
 それにしても、イレギュラーズも中々やるよね。デビルの目の前でエンゼを殺すなんて」
 『シスター・エンゼ』。彼女もまた教会の幹部であった。
 戦闘能力はないものの、卓越した思考と情報操作の手腕で組織が秘密裏に拡大するのに大きく貢献した人物。
 そしてデビルにとっては、絶対視するほどの大切な存在であった。
 彼女を失ったデビルは、深く絶望したのだと聞いている。
「……エエ。怖いデスね」
 ダラスはそう呟いて見られぬように小さく笑う。
「さテト。最後の準備をシテ来るので、そちらも宜しくお願いしマスね?」
「準備するのは良いが、これって意味あるのかい? 明らかな罠、って感じだし。きっと乗ってこないと思うよ?」
 その言葉に、ダラスは嬉しそうな大声を上げた。
「ヒャーヒャヒャ! やはりそうデスよね~? そう思いマスよね~!?」
「お、おう」
「ヤツらは所詮自分勝手な正義を振り回すダケの偽善者。最大のリスクは取りマセん。だカラ上手くイクんデス!」
 まるで小躍りをするようにして去って行く背に、再度ため息が投げかけられる。
「あいつ、どうしてあんな性格になったんだか。……悲しいね。寂しいね」
 ま、おじさんも人の事言えないけど。と呟き、ジャックもまた動き出す。
「せめて、次の世界ではおじさん達のような普通ではない人達が生まれない世界である事を願うとするよ」


●ワタシのヤクメ
 ローレットが医療的な調査を委託しているとある施設。
 その三階奥にある部屋には、三人のニンゲンがいる。
「んー」
「ふぉい、もふやめひぇくひぇ」
 そこでは『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)が4~5才くらいの子供に顔を引っ張られていた。
「や。ひろパパ、たまにヘビになるから面白い」
「それは口が裂けそうになるくらい引っ張られた不可抗力だ。というかパパって呼ぶな。
 パパって呼んで良いのは……」
 飛呂の脳内ではある『天使』と自分が真ん中にいる小さな子供の手を引っ張っている姿がシミュレートされるが。
 ん? なにいきなり妄想に引っ張り出してやがりますか?
 と天使が言い出したため、首を振る。
 そんな様子に、幻想種の女性『ラティオラ』がくすくすと笑った。
「すみません。でも、こうしてこの子がただ普通の日常が送れている事を見ると、嬉しくて。
 ……飛呂様、その節は本当にありがとうございました」
 深く頭を下げる彼女に、飛呂は前にも言ったが気にしないでくれと返す。
「その……チヨちゃんの事を、思い出してさ」
「それは、彼女様か誰かですか?」
「ああいや、違う違う! そうだな……友達の友達、かな。その子の話がふと浮かんで思った。
 見送る側はきっと、大切な誰かが、何か一つでも思い出を持っていてくれるだけで、救われるんじゃないかって」
「……そうですか」
 優しげに目を細め、ラティオラは窓辺に寄り眼下を見やる。
 そこには小さなお墓が三つ並んで作られていた。
「……今度は何があっても守る。二の舞になんてさせるかよ」
 飛呂もまた視線を向けそう零した。
 それはかつてラティオラが世話をしていた子供達の墓。
 子供達とラティオラに直接の血縁は無いが、修道女として各地を巡っていたラティオラは、
 その旅の中で貧しい子供を引き取って世話をしては、近くの孤児院まで送り届けるという活動をしていた。
 しかし運悪く天義に神の国騒動が舞い降りてしまった。
 少し前にテセラ・ニバスの近くにあった孤児院に預けた子供達の身を案じ、護衛を連れ迎えにいったラティオラ。
 彼女はそこで子供達が犠牲となった事を知ったのだ。
 飛呂もその時護衛としてその場にいた一人であった。
「ありがとうございます。でも、ここ最近は無事な日々が続いていますから」
「そうねぇ。でも、いつ何が起こるとも知れないもの。備えるに越した事もないわぁ」
 そこに『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)が姿を現す。
 彼女もまた護衛として共に立ち会った一人であった。
「メリーノ様も……ありがとうございます。こうして度々様子を見に来て下さって」
「いいのよぉ。それよりも、また大きくなったんじゃないかしらぁ?」
「そうですね。きっと成長を早めるような投薬か何かをされたのだと思います。
 でも、とっても良い子に育ってくれてますよ」
「……そう。良かったわぁ」
 メリーノが視線を向けたのは、この中では唯一子供と称されるであろう存在。
 子供達を助けに向かった一行が、唯一そこから救出した生存者。
 だが、この子供を見て『赤ちゃん』と言う言葉で表現するものは恐らくいないだろう。
(ダラスが放り投げたのは、確かに赤ん坊だった。でもこの僅かな間に普通の何倍もの速度で成長している)
 そしてこの施設の検査では異常なしとされている。
 これを不審と言わずなんと言うか。
 メリーノは他に表わす手段を持っていなかった。
「普通じゃないよな。とはいえ、ダラスはこの子を取り返しに来るって言ってたんだろ?
 なら、少なくとも手荒なことはしてこないと思うが。それに何と言っても、手紙にあっただろう?」
 飛呂は子供らしい字で精一杯に綴られた想いの羅列を回想する。
「この子は三人が遺してくれた大切な宝だ。きっと今のラティオラさんにもな」
 彼の言葉にラティオラはゆっくりと、だが深く頷いた。
「メリーノ様。心配して頂けるのはとても嬉しいです。でも……」
 ラティオラが少し気恥ずかしそうに笑った。
「変な話ですけれど、なんだか私(わたくし)、本当の娘みたいに、この子が愛おしいんです」
「ん。らてぃママ。くすぐったい」
 髪をとかすように優しく。
 素敵な未来へ向かって真っ直ぐに生きて欲しいと願いを込めて。
 何度も頭を撫で下ろす。
「だから、この子が私なんかで良いのなら。母親であってあげたいんです。
 どれだけ一緒に居られるかは、分からないですけれど。あの子達の分も合わせて」
 涙を滲ませるラティオラを見て、子供はメリーノをじっと見る。
「ん? らてぃママ泣く? めりママ、虐める?」
「あらあら、そうじゃないわぁ。ごめんなさいね、『ベビオラ』ちゃん」
「ん。ママ虐めたら、めっ」
「そうねぇ。めっ、しなきゃねぇ」
 メリーノが笑顔で応えると、子供は満足そうに笑みを返す。
(……めっ、しなきゃ……ねぇ)
 色覚が失われた瞳が、唯一捉える事ができる朱の色。
 メリーノは、ベビオラの体内で渦を巻く幾つもの濁流に目を細めた。
「良かったらお二人とも、もう少しこの子と遊んでは頂けませんか?
 今日はとても心地よい日よりですから。こんな日にはいつもあの子達とかけっこで遊んだんです」


●背景、特異運命座標様
 その後もラティオラ親子達と過ごす飛呂とメリーノ。
 施設に入居する人々や職員達も利用する食堂で、夕食を取る。
「外もすっかり暗くなって……あら?」
 窓の外を眺めていたラティオラの目に映ったもの。
 それはワイバーンの背に乗った『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)であった。
 彼は窓の側に降り立つと、そこから中へと入れてもらう。
「突然すまない、貴女がラティオラさんか?」
「ええ。そうですけど……貴方様は?」
「俺はイズマだ。とにかく、無事で良かった」
「何かあったのか?」
 焦った様子のイズマに飛呂やメリーノの間に緊張が走る。
 二人は彼に連れられ、ラティオラ達から離れた所で要件を聞く事とした。
「これを見てくれ」
「これはぁ……招待状? 背景イレギュラーズ様。約束の遊戯のお時間です……?」
 二人の脳裏に、仲間から聞いたダラスの言葉が過ぎる。
「やっぱり覚えがあるんだな」
 先日似たような手紙で遊戯に巻き込まれたイズマもまた、ダラスの思想に危険性を感じていた。
 そんな折、ローレットにこの手紙が送られて来たのだ。
 その場に居合わせた彼は、相棒の亜竜リオンを駆り、標的とされたこの場所に最速で飛んで来たのであった。
「先日天義で戦いがあったのを知っているか?」
「戦い? あったかしらぁ? 天義といえば、洞窟の奥で巨大遺跡を調べたら太古の人類が、とかなんとか。
 良く分からないけど楽しそうに書かれた新聞記事は見た気がするけれどねぇ」
「そういえば、俺の知り合いの知り合いがホストクラブでそんな話を聞いたって言ってたような……」
「ああ、多分それのことだ」
 共に戦った仲間達を思い浮かべたイズマだが、すぐさま思考を戻す。
「この際、真実がどこまで伝わっているかは横に置く。
 ともかくあれはローレットと杜による綜結教会の支部を攻撃する作戦となったんだ」
 だがそれは能動的な作戦ではなく、ダラスがこのような手紙を使って、自分達を誘い込んだ結果そうなった事を告げる。
「杜にはローレットから連絡がいった。先日の事件に関連している事もあって、援軍を出してくれるそうだ。
 それに、情報を早く仕入れた仲間達がもしかしたら助けに来てくれるかも知れない」
 不審な気配を感じたイズマは、そこで一旦話を止めると周囲を見渡した。
 夕食時だ。当然のように人々が食堂を動き回る。
 だが蠢く雑踏の中で、こちらを盗み見るような気配を感じたのだ。
「……もう居るのか?」
 敵の気配を探る飛呂。だが、周辺にその気配は感じられない。
「分からない。だが気をつけた方がいい。奴らは『私』じゃなくて、『ワタシ』らしいからな」
 医療施設の中には、多くの一般人がいる。
 施設内部で戦いとなれば、犠牲は避けられないだろう。
 だが施設の外に逃げれば、暗闇の中から何がやってくるかは分からない。
 三人は互いに目を見合わせ、来るべき遊戯が開催されるまでの僅かな猶予に準備を進める。

 神がいつも子らを見守るように。
 天使もまた、ニンゲンを見つめているのだろうか。

 天の皮を被った歪みきった正義を前に、一行は誰を救うことになるのだろうか。

ーー(手紙内容、ローレットの情報屋により簡読化)ーー
 背景、特異運命座標様

 先日は助けて下さってありがとうございました。
 お陰様で、私は人に戻ることができました。
 ですが、まだ私のお友達が取り残されています。
 きっと、皆様の助けを信じて待っていると思います。
 だからまた、助けて下さい。
 見知らぬ私達を、本当にいるかどうかも分からない私達を。
 以前助けて下さったように。

 二人は狂気に満ちた修道女とその飼い犬が捕らえています。
 彼らは正面から皆様の所へやってきます。
 沢山の天使達に囲まれた祝福の中、苦しむお友達をどうか見つけて下さい。
 おや、皆様には苦しむ声が聞こえないのですか?
 では、同じ苦しみを味わってみては如何でしょうか?
 【灰滅】の苦しみや、【紅焔】の嘆きはきっと心地良いですよ。

 一人は既に施設の中にいます。
 ここには色々な所に色々な人が居ますね。
 私のお友達も。お友達じゃない人も。ただの一般人も。
 近づけばきっと教えてくれますよ。
 必死になって探してみて下さい。
 闇雲に探すなんてやってられない?
 待っていれば魔弾が【滂沱】の苦しみを授けてくれるので、分かるでしょうが……。
 ならそんな危険を冒す前に、耳の良い者に頼っては如何でしょうか?
 特別な子供なら、きっと教えてくれますよ。

 そういえば不思議ですよね。
 彼女がお友達かどうか、私には良く分かりません。
 もしかしたら、友達の皮を被った、もう皆様が救わない存在なのかもしれませんよ。
 冷静に考えて見て下さい。
 人間と言うにはあまりに成長が早すぎます。
 パパだママだと味方の振りをして、獲物を狙っているのかも。
 助けを求める声が聞こえるなんて、人間じゃないみたい。
 確かめる良い方法があります。危険に晒してみるのです。
 そうすればきっと、気づけます。
 これはとっくに人なんかじゃないのだと。
 それでもこれは尊いですか?
 この先これが悪魔にならないと信じられますか?
 皆様に未来の責任が取れるのでしょうか?

 危険と分かったのです。人ならざる者なんて見捨てましょう。
 そして安心して、救える命を救いましょう。 
 では、皆様の現実的で無理のない救いを、期待しています。
ーー(手紙ここまで。この部分のみ情報確度Dー)ーー


※関係者用語解説(OP登場順、本シナリオ上必要部分のみ解説)
【綜結教会】
 簡潔に表現するならカルト結社です。
 『天使』を運用し、それにあたっての『材料』を主に提供しています。
 現在の教理は『神託の破滅の向こうに、真の理想郷となる世界がある』となっており、
 真の理想郷を『全ての存在が一つに統一された世界』と定義しています。
 元々この思想を布教していた司祭ラバートリがとある存在に出会った際、その存在を神と崇め始め、
 今では司祭も信者も、神のためと言いながら色々暗い行いをする団体になってしまっています。
 教義の中には不可能とされている魔種との共存なども挙げられており、
 また理想の達成においてイレギュラーズが邪魔になるという共通点から、
 天義で活動する冠位傲慢陣営の魔種と手を組んでいます。

 先日の事件(規則)により支部と幹部の一人を失いました。
 また杜の主力部隊との戦闘(TOP「それは愛のはずだった」)準備のため、
 社の主力や教会の精鋭が出払っている状況です。
 しかしここにいるのは教会の中でも組織系統から外れつつある者達です。
 彼らが生き延びれば新たな形で教会の系譜が続くでしょう。
 
【杜(もり)】
 綜結教会やその上位に位置する組織の活動に対抗すべく作られた組織です。
 長月・イナリさんが所属しており、ローレットとは協力関係にあります。
 今回の手紙もまた、先日の事件に関連したものだと推定し、
 社との決戦も控えている中、迅速に戦力を送り出してくれました。
 ※イナリさんが参加されない場合でも、杜は援護に来てくれています。

【社(やしろ)】
 綜結教会の上位に当たる組織で、教会が信じる神が創り上げた組織です。
 つぎはぎだらけの邪悪でいびつな生物=天使と呼ばれる存在は、
 この組織に属するとある存在によって作られています。
 ※天使の素材には人間が使われております。
  そのため綜結教会の者から見れば、天使はある種の「存在統一という理想の具現」です。
  天上たる神が理想達成に向けて使わしてくれた戦う力であり、
  理想の具現たるその姿は、彼らにとって正しく天使なのでしょう。

【上記組織達の現状】
 「杜withローレットVS社with綜結教会」は最終決戦とも言えるほど激しさを増しています。
 その中で、多くの無関係で尊い命が失われきました。
 彼らのためにも、一つでも多く守り抜きましょう。

GMコメント

※各種《》項目に関してはGMページにて解説

《システム情報:情報確度A》
●目標(成否判定&ハイルール適用)
 施設内の安全確保
 遂行者ダラスの撃破
 ジャック・カリギュラの撃破
 シスター・デビルの撃破
●副目標(一例。個人的な目標があれば下記以外にも設定可)
 ベビオラの未来を掴む
 ラティオラの生存

●冒険エリア
【幻想付近】※但し、神の国に関わる内容のため、名声は天義で付与されます。
・ローレットから調査の委託を受けた医療施設(以後「施設」表記)
 →施設内部と施設外部があります。

●冒険開始時のPC状況
 基本的に以下のどれかからスタートとなります。
1:施設内部の各スポット
2:施設外部の各スポット
3:戦闘エリア外からの駆け付け
(1-食堂 等で指定できます)

●関連シナリオ
<神の門>破天曲折の道程:遊戯
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10278
<尺には尺を>破天曲折の道程:規則
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10374
※読まなくとも参加自体には支障がありません。知っていると遂行者回りの解像度が上がります。

●優先
※本シナリオには長月・イナリ(p3p008096)さんの関係者が登場するため、
 イナリさんに優先参加権を付与しております。
※本作は、以下の皆様(敬称略)のアフターアクションを採用したものであり、
 該当の皆様がオープニングに登場している他、優先参加権を付与しております。
・イズマ・トーティス(p3p009471)
・囲 飛呂(p3p010030)
・メリーノ・アリテンシア(p3p010217)

《依頼遂行に当たり物語内で提供された情報(提供者:ローレット 情報確度B)》
●概要
 冠位傲慢の軍勢がこの世界に降ろそうと画策する神の国。
 帳に抗う戦いもいよいよ決戦の時がやってきました。

 といったところなのですが、冠位傲慢に関連する者共の魔の手が迫っています。
 歪みねじ曲がりながらも確かに存在する遂行者ダラスの正義。
 大切な子供達を失いながら、未来へと歩もうとするラティオラ。
 運命に翻弄されつつある、謎の少女ベビオラ。
 この戦いが、彼らの結末も定める事となるでしょう。

●関連人物(NPC)詳細
【ラティオラ】
 幻想種の修道女(戦闘能力無し)。
 本シナリオでは「基本的に」参加した皆様の指示に従い行動します。
 指示が無ければベビオラ防衛と人助けを目標に最善を尽くそうとします。

【ベビオラ】
 便宜上資料に「ラティオラベイビー」とあったのを見た彼女自身が名乗りだしたもので、血縁はありません。
 かつて仲間達が救出した赤ちゃん……ではありましたが。
 この僅かな期間で4~5才程度にまで成長しており、教えてもいないのに知識も相応です。
 彼女は子供達を実験したり、天使の材料としている孤児院から救出されました。
 その際、ダラスが下記の言葉を残し、投げ渡してきています。
「私めは回収予定のブツを奪ワレました。いつかヤツらと取り返しに来るデショう。
 サァーその時オマエ達はそれを救うでショーカ? 救わないでショーカ?」
 明らかに普通ではないですが、ラティオラを守るという意思は堅いようです。
 また、皆さんを「~~パパ/~ママ」と呼びます。
(性別不明の方は「希望呼称」(or「パパママ呼称を希望しない」)をプレイングして下さい。
 性別確定の方も含め、呼称して良い場合はベビオラが勝手に呼ぶのでプレイング不要です)

【ダラス】
 魔種の遂行者。気怠げで考えが読めない異質な男。
 歌を歌う等、子供っぽい部分も垣間見えますが、人の絶望を求めています。
 どうやらサーカスのピエロのような装備を多く持ち、火炎を放てるようです。
 戦闘となった場合は遠近含めたトリッキーな動きをする可能性があります。
 また、皆様を試すような態度を多く取っており、そのための罠を仕掛けてくる性格です。
 BSへの警戒を推奨します。
 首元:天秤型の聖遺物と思われるものを所持しています。
    詳しい解説は後ほど。
  他:仲間のイレギュラーズからの情報により、『球体状の何か』を所持している可能性が高いと予測できます。
     球体の詳細は後ほど。

●味方、第三精力詳細
 杜から救助や脱出支援の訓練を受けた狐兵が三名派遣されています。
 (狐の獣種のような存在です)
 連携行動は苦手ですが、専門分野における個人行動は無駄がありません。
 またシナリオ参加人数が定員に満たない場合、不足分だけ追加の狐兵が作戦に協力してくれます。
 狐兵は参加者の平均程度の能力に加え、参加者が付与したい役割(回復、タンクなど)「一つ」を
 担うのに必要な分のステータスが補正加算されます。
 (回復ならPP等が多め、タンクなら防御技能が高め、等です)
※今回は優先者が多いため人数枠を多く設定していますが、PCが揃わなくても充分クリア可能です。
 安心して、かつ無理なくご参加頂けますと幸いです。

●敵詳細
・遂行者ダラス
 関連人物詳細をご参照下さい。
※特記事項
 ダラスは人を救うという行為をとる対象に強く興味を持つようです。
 また、魔種らしく滅びを進行させたいのか、人の絶望を強く求めます。
 先日の戦いでイレギュラーズ自身を絶望させるのは難しい。と判断したようですが、
 逆にその分絶望しやすい無力な人々を狙いやすいようです。
 特に、安全だと思っているところで急に命を奪ったり、
 信じたものに裏切られることで生じる絶望は大きく、価値を感じるようです。

・ジャック・カリギュラ
 設定:https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/5229
 リボルバーの形状を取る魔導具による遠距離神秘と、薬物で強化された肉弾戦で戦います。
 【滂沱】を中心に、放つ弾によって生じるBSが変わります。
 ブツ(=ベビオラ)が子供である事を知っているため、積極的に狙います。

・シスター・デビル
 戦闘に特化した存在です。
 前回大切な存在であるエンゼを目の前で殺され、絶望し嘆いていました。
 どうやらその後回収され、人間性をほぼ失うほどの改造を施されたようです。
 エンゼを探し求め、目に映る敵性存在をただ殺すために動きます。
 巨大なハンマーを軽々と振り回す物理攻撃と、口からBS【紅焔】を付与する火炎を吐くようです。

・狂犬兵
 シナリオ画像中央にいる存在です。
 元々はデビルの部下だった者達が行き着いた成れの果てです。
 斧での攻撃の他、爪に毒が仕込まれており、BS【廃滅】を付与します。
 戦闘に関する動き以外思考は存在せず、会話はできません。

・天使達
 量産型やカスタムなど、教会が誇る様々なタイプが出現します。
 主に市民がいる区画を狙って施設外から攻撃してきますが、内部に入り込めば手当たり次第内部の市民を狙います。
 一人で処理できる個体も複数人対応が推奨される個体もいます。

・極小天使
 非常に小さいですが量産型天使と同様に開発された存在です。
 首筋に寄生し体内に侵入。やがて宿主の思考を支配し身体能力を向上させます。
 寄生された人間は見た目は普通で、各種サーチが一切効かなくなります。
 完全に寄生された人間は任意のタイミングで攻撃行動を開始、その際初めて敵だと感知できます。
 (感知直後の回避は困難です。威力は低いですが、一般人には脅威でしょう)
 先日救出された存在を杜が検査した結果、寄生済人間であっても、
 その症状が敵対行動を取る前(軽症)の段階で救出できれば、回復させる事ができるそうです。

●アイテムギミック詳細
・聖遺物
 これまでの戦闘記録から、以下のような性質を持つと推測されます。
 1:ダラスが攻撃しない時、ごく狭い範囲で仲間が攻撃を封じられた。
 2:『「公平の審判スケースに誓願す。我が血とこの地に留まる可能性から選ばれた血をもって転移の扉を開らき賜え。
 スケースに誓約す。対価は選ばれし者の共なる命の半。不測は我が魔力にて補い、対価を穢す不義は地獄の業火に身を捧げ償うと」』。
   と唱え、体力と多量の魔力を注いだ際、巨大施設内部を繋ぐ魔法陣を出現させ、
   遙か遠くへ移動した。
  =自身と誰かを契約させる能力と思われます。
   一方的な契約は範囲が狭く、同意を得た上で多量の対価を払えば広い範囲に強い誓約を課せるようです。

・球体
 握りつぶすことで人間の命二つ分の対価に相当するような多量な魔力を発生させました。

●エリアギミック詳細
<1:施設内部の各スポット>
 医療機関と研究施設の機能を備えた建物です。
 療養のための運動ができそうな広場や食堂、薬品室等があります。
 一階食堂は現状人が多く集まっている他、テーブル等を利用して立てこもることができそうです。
 その場合、正面入り口と関係者用通用口(厨房)を塞ぐことができます。
 ですが光を取り入れる構造のため、どこもかしこもガラス窓だらけです。
 階層は三階建て。地下はないです。
 施設内の一般人の多くは食堂にいますが、当然いない人もいます。

<2:施設外部の各スポット>
以前の事件で亡くなった子供達のお墓や、給水施設、光源設備などがあります。
施設周辺は開けていますが、100mほど離れれば鬱蒼とした森林が広がっています。

<3:戦闘エリア外からの駆け付け>
上記で言う森林です。
基本的に初登場の位置を自由に選べる以外利点がありません。

<全般>
光源:1有、2・3無
足場:1~3問題なし
飛行:1注意(建物内で行える程度のみ)、2・3問題なし
騎乗:飛行に同じ
遮蔽:1有、2・3場合による
特記:特になし


《PL情報(提供者:GM プレイングに際しての参考にどうぞ)》
【手紙について】
ネームドは手紙に記されたBSを付与してきます。今回のBSは全てスキルで回復可能です。
但し、回復判定成功時&自然回復時「一段階軽減」となります。
そのためスキル治療は時間がかかります。毒、出血、火炎は無効化が役立ちます。
但し前回の事件では、手紙に記載されたBSを受けることで救助者の発見に役立ちました。
前回の手紙は救出を求める人の目線でダラスが書いたものです。
救助者の存在が匂わされており、実際も既に助けられない段階の寄生人間の側には必ず助けられる命がありました。
今回のダラスは前回とは対応が異なる可能性があります。
それでも信じるか信じないかは、皆様次第です。

【聖遺物】
ダラスはこれをゲームだと称しています。
上手く煽れば、誓約をこちらの思う形で消化させられるでしょう。

【その他戦闘関連】
デビルと狂犬兵は正面から突っ込んでくるので分かります。
カリギュラはジャミングがありますが、かなり接近すればエネミーサーチ出来るので、
よく探せば見つけられるでしょう。
ダラスは様子を伺っていますがこちらからの発見は困難です。
弱ったり苦戦したり、絶望していたら嘲笑いに来るかも知れません。
各種天使達はネームドについたり個別特攻したり様々です。
少なくともネームド対応には複数人いると心強いです。

【ダラスの理想と正義】
仮に理想があるならば、平等で公平な正義の実現でしょうか。
ですがそれはおよそ無理な話ですし、彼の正義は平等という名の不幸配達です。
皆様が理想的な救いの存在であるほど、彼にとってそれは許しがたい状態と言えるでしょう。

【ラティオラとベビオラ】
ラティオラは人を見殺しにできる性格ではなく、べビオラは彼女は自分が守ると自身満々な様子です。
協力を頼めば積極的に手伝ってくれるでしょう。
但し敵の狙いはべビオラです。誰から誰までを救うかは、皆様で決めてください。

【プレイング方針まとめ】
今回は内容が多いので、検討項目の一例をまとめます。
自由にプレイングをして頂いて構いませんが、必要ならご利用下さい。
ーー
・施設の守り方(内部と外部の班分け→合流入れ替わりは可能な距離です)
・救助者を探す?
・ネームド対応班分け(デビ&犬、ジャック、ダラス ※雑魚天使処理も忘れずに)
・手紙の認識(内容信じる? 行動試す?)
・NPC二名どうする?(NPC自体は人助けに前向きです)
ーー

●その他
・目標達成の最低難易度はH相当ですが、行動や状況次第では難易度の上昇、パンドラ復活や重傷も充分あり得ます。

  • <神の王国>破天曲折の道程:正義完了
  • GM名pnkjynp
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月22日 22時10分
  • 参加人数12/12人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(12人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
オニキス・ハート(p3p008639)
八十八式重火砲型機動魔法少女
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
金熊 両儀(p3p009992)
藍玉の希望
囲 飛呂(p3p010030)
きみのために
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)
狙われた想い
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女

リプレイ

●特別な子供、内なる音
 幻想付近のとある医療施設。
 そこへ迫る危機を知りいち早く駆け付けた『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)と。
 彼から事情を聞いた『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)と『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)。
 三人は民間人を守るため、食堂に居る者達へこの場に残り、端で待つように告げて回る。
 その間に事情を聞きつけた仲間達や『杜』から派遣された狐達が続々と到着した。
「状況や手紙の事は聞いています。今度こそあの遂行者の好きにはさせられません」
 かつて遂行者『ダラス』と対峙した時の事を思い出し、『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は剣の柄を握る力を強めた。
「こっちの何を試したいのかは分からないけど……何を企んでいるとしても関係ない。
 ここにいる人々を守るために戦って、勝つ。それで充分だよね」
 『八十八式重火砲型機動魔法少女』オニキス・ハート(p3p008639)もまた、自身の武装の各所に魔力を巡らせる。
「この施設が危険だとして、民間人を守るだけなら外へ連れ出すという手もあるが……」
 『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)がそういって窓の外を見やるが。
 既に外は暗闇の中。ある程度の開けた場所を通るだけならまだしも、その先には鬱蒼とした森が待ち受ける。
「あまり得策とは言えないよなァ。それにきっと狙いはアレ、だろうからなァ?」
 その視線に気づいたのか、幻想種の修道女である『ラティオラ』に抱かれた『べビオラ』は首を傾げた。
「ん。ばねっちパパ。どうかした? だいっちパパとお話中?」
「どうもしねぇサ……ってかばねっちはやめろォ!!」
「俺もだいっちはちょっと……」
「まぁまぁ。とにかく今はここを固めてアタシ達で守れるようにしよ。敵が集まってきちゃう前に!」
 『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の言葉にその場は収まり、一行は手分けして作業に取りかかる。
(べビオラ、もしかして……)
 手を動かしながらも、飛呂は先ほどのやり取りが気になった。
 『大地』の中には、この世界へ至る前の事情から『赤羽』が宿っている。
 一つの体、一つの口から発される二つの喋り方を観察すれば、それを何となく察することは可能だろう。
 だがこの子供は初めて会う彼の特質を、この僅かな時間で理解しているように思えたのだ。
「なぁべビオラ」
「なに。ひろパパ?」
「あれは誰だ?」
「俺がここに残って結界の維持と負傷者の治療を受け持とう。こっちにもう少しテーブルを集めてもらえるか?」
「だいっちパパ」
「どうしてだ? さっきはばねっちパパって言っただろ?」
「んー……そうじゃない。ずっと聞こえる。二人の話し声と……音? ドクンドクン、みたいな。ベビに似てる」
 やっぱりだ。
 普通ではない、そう確信すると同時に。
(特別な子供、か)
 飛呂の脳内には手紙の一部分がよぎる。
「なぁべビオラ。今みたいに、気になる音とかが聞こえたらすぐ皆へ伝えるんだぞ」
「ん」
「それとな」
「ん?」
 飛呂はベビオラと同じ目線まで姿勢を落とすと、小さな声で優しく語る。
「俺は時々姿が変わるだろう?」
「ん。面白い」
「まぁ楽しんでくれるならそれはそれでありがたいとして。
 俺の中には異界の蛇神の血が流れてる。言ってみれば純粋な人間じゃない。
 けどさ、そんな俺でも人として生きてきた。友達と楽しく遊んで、イレギュラーズとして人を助けて。
 仲間と支え合って。それはこれからも続けていくつもりだ」
 他人に自分の言葉がどう伝わるかなんて分からない。
 だが心を寄り添えたいという意思を込める事はできる。
「だからべビオラもそうしてくれるか?」
「んー……?」
「ラティオラさんや俺達と仲良くしてくれればそれでいい。そうしたらきっと皆もべビオラを助けるからな」
「仲良く。分かった」
 笑顔を交わし飛呂が立ち上がる頃には。
 食堂の半分が、光取り用の窓からの攻撃も張り付けば避けられるほどのテーブルやイスの防壁で囲まれ。
 負傷者治療用と健康な民間人保護用の区画分けまでなされた充実した陣地へと様変わりしていた。
「厨房側の出入り口は完全に塞いだよ。気になった換気用の隙間とか棚にはこれをぎゅうぎゅうに詰めといた」
 オニキスは持ち込んでいた土嚢の残りを、障壁となるテーブルへ重ねる。
「人手が要りそうな作業は終わりだな。俺は施設の外に救助者がいないか探しに行く。
 見つけ次第こちらに連れてこよう」
「なら俺は内部の捜索だな。狐達は俺達に一人ずつ付いてくれ。残りはここの援護を頼むよ」
 イズマ、飛呂、狐達が食堂を後にし、メリーノもそれに続こうとする。
「メリーノ様!」
「なぁに?」
「その……どうかご無事で」
「うふふ。心配してくれて嬉しいわぁ。……ねぇラティオラちゃん」
 初めて彼女と会った時。
 ラティオラは、見えずとも推察される喪失の恐怖に怯えていた。
 だがイレギュラーズ達の言葉と最後まで生存を諦めず探し続ける姿に立ち直り。
 最後には子供達が死んでしまった事実を受け入れられたという経緯がある。
「盲目的に何かを信じるって、簡単よね」
 だから非情に思えるような言葉でも。
「目を逸らしているだけで、その美しさが保たれるのだもの。そう思わない?」
 試さなければならない。
 彼女が心に描き、彼女が想像する何かを……受け止めきれるかどうか。
「……そうかもしれません。でも」
 メリーノの視線から、それがべビオラを指しているのは感じ取れた。
 その上で、想いを紡ぐ。
「あの時とは違って、今はこうしてこの子の温もりを感じる事が出来ます。
 僅かな時間でも、この子が子供らしく過ごしてくれた時間を共有しています」
 その瞳には、あの日と同じ覚悟があった。
「この子が普通でない事も。ここまで普通を歩んでくれた事も。
 それはきっと、どちらも本当なのでしょう。
 ……知ってしまった以上、この子へ美しい想いだけを抱くのは難しいです。
 けれどそれと同じくらい、この子の可能性を信じていたくもあるのです。
 それなら私はせめて、最後まで全てを見守ります。
 例えどんな結果になるとしても、この子の……母親として」
 手が届かなかった悔いを。手から零れ落ちる未来を。
 思い描いて、それでも前を向く覚悟。
「ラティオラちゃんがそれで良いなら、私もいいわぁ」
 ラティオラは本当に強くなったと思う。なら、彼女はどうか?
「めりママ?」
 たくさんの血が、心が、その小さな器に渦を巻く。
 幼い子供のような人格。その主導権が移り変わる時。
 普通に生まれるはずだった命から、平穏が失われるのかも知れない。
 共に生きるはずの命を、絶やしてしまうのかも知れない。
(わたしは、妹以外の誰も、別に救おうとなんて思ってないけれど)
 もし彼女が大切なものをその手で無くしてしまったら。
 きっと心が、全てが壊れてしまうだろうから。
「べビオラちゃん。近くにいる人達の言うことをよく聞いて、らてぃママが泣いちゃわないようにするのよぉ?」
「ん、虐めない」
 その返答にうふふと笑うメリーノが出ていき、残された面々が食堂の防衛に当たる事となる。
「あとはここを守るだけですが……確認しないといけないことがありますね」
 シフォリィは念じた魔力で空気中を伝わる『指示の気』を払うが、手ごたえはない。
「むー。やっぱり何も感じられない……」
「こっちもダメそう」
 同様にフラーゴラも獣種の本能を高ぶらせつつ気配を探り。
 オニキスは視覚に温度や透過の感知機能を使い食堂中を調べる。
 だがこれだけの能力を合わせても、危険と判断する極小天使の存在は感知出来なかった。
「しふぉママ、ふらママ、ろぼママ。何してる?」
「それは……」
 問いかけられた大地は、手紙の事をどこまで話すか逡巡する。
 ベビオラ、そしてその保護者たるラティオラが敵の狙いと思われるこの状況下であっても。
 あまり正直に伝えては、施設内部の生存者捜索にまで乗り出す可能性が憂慮されたからだ。
「ちょっとした遊びだ。ベビオラも俺達と一緒にやってみるか?」
「遊び? やる」
「名付けて……見つけ鬼。向こうの一団の中に何人か、他の人と違う鬼役が混じっていてな。
 俺達は鬼にバレないように全員を見つけて、一気に捕まえられたら勝ちなんだ」
「違う……あ。ベビ分かる」
 ベビオラはピンと手を上げた。
「さっき、おとパパ達がいた時。パパママからしない音、聞こえた」
 彼女曰く、イズマ達の指示で動いていた群衆の中にその音が幾つか混じっていたらしい。
(……なるほどナ。やはりベビオラが特別な子供ってわけダ。
 アイツの手紙に従うのは危険だガ、逆に上手く利用してやろうゼ)
(そうだな)
 大地は内心で赤羽と頷き合うと、警戒に当たる三人とラティオラ達を呼び寄せ耳打ちする。


●天使達の祝福、魔女の覚悟
 これまでのあらましを知った上で、今回の手紙を読めば。
 多くの者は考える。文字に隠されているであろう情報や狙いを。
 だが、それが何で在ろうと絶対に揺るがない事実がある。
 傲慢の神と遂行者勢力の浸蝕。それに組みするカルト結社。
 放置すれば深刻な影響を与えかねない脅威の排除は、この世界の維持を望むならば必須事項だ。
 であるならば。わざわざ正義や救いを掲げずとも、目の前の諸悪を滅すればいい。
 それが無垢なる人々を危害から遠ざけるのだから。
「遂行者ダラス。貴方は手紙がこの魔女達に見られたこと、不運に思う事となるでしょう」
現着後すぐに施設の正面入口を守れるよう位置取った『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)。
「何故なら私達は、貴方達を終わらせるためにこの場に臨んでいるのですから」
 彼女は自身の血を触媒に体内で高循環の魔力回路を生じさせ、個々に迫る天使達を漆黒の泥で塗り固めていく。
「ええ、精々暴れてやりましょ」
 そう応えたのは『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)。
 掌上に魔力で創り出した幻月を浮かべると、マリエッタの闇に囚われる物共を黒紫の月光で包んだ。
「それにしても……いけ好かない相手だわ」
 セレナは元の世界では夜空を駆け、影から出づる『魔物』なる存在を狩ってきた。
 当然闇の住人たるそれらとの戦いも決して生やさしいものではなかった。
 だが今相対するのは数多の人間だったもの。
 体躯は大きく継ぎ接ぎの顔に醜悪さが滲もうとも、全体的なフォルムは赤子を想起させようか。
 そんな天使を狩るということは、声高な断末魔も相まって子供殺しを思わせる。
 混沌へと渡ったばかりの、人同士が向け合う殺意を知らぬ彼女であれば、怯むやも知れぬ生命体。
「そうですね。イレギュラーズの多くは善性を強く持った子達ばかり。
 それを利用すれば、到底無茶な救出を罠とさせられたり、こうした相手を差し向け罪悪感で苛ませる事も可能でしょう。
 けれど……全員がそうではないでしょう?」
 マリエッタはそれを迷い無く塵へ変えた。
 数多の罪を重ね今に至るその胸中がいかなるものか、全て知るのは当人以外にないけれど。
「……ええ、勿論よ。迷ったりはしない」
 『姉』の背を追い並び立たんと。少しでも共にあれるようにと願ったその日から。
「さぁ来なさい! 背負う覚悟はもう出来てるわ!」
 ランタンを掲げ、見ているであろう姿無き存在へ語るように大きな声を出す。
 それを聞いてか偶然か。
 多い茂る森を抜け、『シスター・デビル』と『狂犬兵』を先頭とする軍団の本隊が到達する。


●行間、機先を制す
「獲得できそうな経験値は少なそうだし、決戦も目前だってこのタイミングに……面倒をかけてくれるわね」
 施設の内外に危機が迫ろうという中、『狐です』長月・イナリ(p3p008096)は森ではぐれ天使を掃討していた。
 彼女は『式神・稲荷神』という存在が混沌の獣種を模して創り上げた存在である。
 そしてかの稲荷神は、混沌に流れ着いたある世界の神が如きシステム――現在の『狂神・稲荷神』が創り上げた存在である。
 狂神は式神を、救いようのない現世界を壊し再創造するための道具として生み出した。
 だが感情という不具合を生じた式神は、現世界の可能性が持つ価値に目覚めた。
 狂神と式神は、混沌の在り方について対立し争う。
 狂神にとって、それは狂った道具の暴走。
 式神にとって、それは価値観の相違に基づく稼働(命)賭けの親子喧嘩。
 ではイナリにとっては何か?
 その解(意味)はイナリという個の式(自我)にしか導き出せないものの。
 式神から名を継ぎ、式神を確かに『母』と認識した道具としては。
 狂った祖母の頬を母や姉妹と共に一度叩いてやりたいと。
 祖母に靡いてしまった綜結教会の行いは見過ごせないと。
 感情が出力されているのかも知れない。
「まぁ、とりあえず正義の味方らしい行動で頑張りましょうか」
 とはいえ、何を正すにも遠くの狂人より目先の狂人。
 前回の邂逅でダラスの思考や行動の癖を学習したイナリは、その裏をかくべく全体像の把握に努めた。
「オーバークロックモード、起動」
 混沌各地に散らばる姉妹(式神)達と同期。
 その演算能力を借り受けることで、放ってあった六体の眷属がもたらす全ての情報を処理できる程の力を発揮できる。
(食堂は陣地構築中、魔女軍が施設前で天使と交戦中ね。手紙にあった『魔弾』が杜の資料にあったあいつなら……。
 いないわね。ならもう施設の中か。そっちの捜索に……あれはデビルに狂犬兵?
 数が多い。流石に援護しないとマリエッタさんとセレナさんが危ないわ)
 現在の状況を掌握したイナリは、施設入口の防衛に加わるべく動きつつ、情報収集を続けた。

~~~

「うおらぁ!」
 その頃、給水設備では『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)が怪しげな動きを取る職員達を制圧していた。
 一応首筋を確認するが、特に不審な点は見受けられない。
 だが敵対行動に移った時点で、感染仕切ってしまっているのは明らかだった。
「三階建ての施設。そこにベビオラがいて、正面から対応しなきゃならないようなデビルと狂犬兵が現れる。
 なら、『井戸』の方面に何か仕込んでると思ったっすよ」
 何度も対峙したからこそ見えてきた、ダラスなる遂行者の歪んだ思想。
 手紙の内容を読み、彼女の中で初めてベビオラを救出した時の状況が思い起こされた。
 あの時、調査対象となる孤児院へ気づかれず接近するため、イレギュラーズ達は陽動作戦を取る。
 その際には村の端にある井戸の方へ回り込んでいたのだ。
「にしても、これを仕組まれたら面倒な事になってたっすね」
 拾い上げた注射器の中では、細菌のような1ミリにも満たない生物兵器――『極小天使』が眠ったように静かに浮かぶ。
 仮にこれが飲料水を通じて体内に侵入。活動を開始すれば通常とは異なるアプローチ故に原因究明が困難になっていた事だろう。
 ウルズは念入りに注射器を探すと、見つけられた全てを踏み潰し破壊した。
「これでよし。……救助者がいなかったのは残念っすね」
 彼女の通り名は幾つかある。中でも近頃目立つのは持ち帰る狼。
 由来はその自慢の足を生かした危険地域からの救助能力を評価されたものである。
 どんなに絶望的な状況下でも。最後の瞬間が訪れるまでは救いを諦めない。
 それが今の彼女を知る者が称する在り方。
 手紙に給水設備の事は書かれていない。故にその結果はある程度予測の範囲内。
 でも、本当にそこに助けを求める人がいないか知るまで、彼女は止まれなかった。
「あたしの行動は全部エゴで、あんたと同じだ。でも、信じてる正義は違うよ」
 混沌に流れ着き得た自由と新たな名前、そして泡沫のスターチス。
 恋や別れ。
 足の速さを褒められた過去の喜び。
 喪った友情と今も育まれる友情。
 抱き留めた小さな命に思いやる心。
 時の流れの中で、芽生えた様々な想いは、記憶の喪失というラッピングに包まれたは剥がれ、また包まれる。
 昔、誰かに聞かれて嘘をつくのが趣味だと言った。
 むしろ覚えていないのだから、本当なんてどこにもないのかも知れない。
 だが、26年の時間は確かにその身体に、魂に刻まれている。 
 例え嘘があっても。過去から見ればその想いが真逆になろうとも。
 今宿る想いの炎は、確かに燃えている。
「あたしは助け続ける。この短くて、好きな人にすら届かない手が届く範囲がどんなにちっぽけでも。
 沢山の手を掴み損なうのだとしても。一人でも多く手を差し伸べるんだ」
 顔をパンと叩き気合いを入れ直すと、ウルズは給水設備を飛び出し最短距離で食堂へと向かう。
 そんな中彼女の耳は、風を切る音と、遠くの木々が燃える音が入り込んでいた。


●修道女、喪った者と救われる者
 施設の入口付近では、激しい戦いが繰り広げられている。
 恐らくこの場にいる主戦力のほとんどが集まっているのであろう。
 天使達の数は暴力的なまでに多数だが、マリエッタとセレナが維持する防衛ラインにメリーノとイズマも加わっている。
「エンゼ様エンゼ様エンゼ様ぁぁぁ!!!」
 壊れた音響のように、涙を流しながらデビルは怨嗟の言葉と共に火炎をまき散らす。
「あらあらぁ……あなたまるで天使みたいに泣くのねぇ。
 でも大丈夫よぉ。もう悲しくないように……出来るだけ早く殺してあげるわぁ!」
 片翼を広げたメリーノは飛び上がり回避。
 『カタバミちゃん』と名付けた大太刀を叩き付けるように振り下ろすが、デビルも体躯の倍はあるハンマーでそれを防いだ。
 その後も一進一退の攻防が繰り広げられる。
「何がどうなってるのよ、あれ!」
 激戦下とはいえ、周囲の天使達を巻き込むこともお構いなしの戦い方。
 仮にも率いる者として、それはセレナには異常に思えた。
「詳しい関係は知らないが、目の前で『シスター・エンゼ』という仲間をダラスに殺されたんだ。
 頭を貫かれて、身体を棘に突き刺されて……。泣きすがる姿は、敵であっても見るに耐えなかった」
「はぁ。ダラス……ホント気にいらないわ!!」
 それにしても。
 群がる量産型天使達と戦いながら、自分の返答を反芻しイズマは思考する。
(アイツは絶望を求めていると言っていたが何故だ?
 纏う気配から魔種であるのは分かる。ならば滅びのアークの為か。
 だがその為にわざわざ仲間勢力の人間を殺すなんてあまりに愚策だ)
 ――哀レナ者に祝福の死ヲ。でしたヨネ?
(あの時のあの目……そうか、最初から殺すつもりだったのか!)
 一流の音楽家ともなれば、演奏中には観客の様子にも目を配る。
 感情の機微を瞬時に察知し、音色がより豊かに伝わるよう調整するためだ。
 思い返したイズマは気づく。
 敵であるイレギュラーズへ向けるよりも冷たく、暗く沈んだ瞳。
 もはや人を人として捉えぬ曇った眼。
 穢れた何か、ゴミ以下のものに向ける侮蔑の視線だ。
(だが俺達を見つめる瞳には、若干ながらまだ好奇の色が見えた)
 それはつまり、まだイレギュラーズ達を試したいと思っているということ。
 試すためには、関わろうと思わせるような理由――救助者の存在が不可欠。
(ならば手紙の通り、要救助者がきっといるはずだ)
 ダラスが痺れを切らして殺してしまう前までが勝負。
 イズマは何とかこの状況から救助へ移るべく行動を試みる。
「マリエッタさん、セレナさん。援護を頼みたい!」
「少し……時間を頂けますか!」
 言葉と共に放たれたマリエッタの死血を奪う血の魔術。
 それは狂犬兵の身体を何度も串刺しと確かな傷をつけはするが。
「オオオオオ!!!」
 まるで痛みなど知らないかの如く、素早く飛びかかると猛毒の爪で切裂こうと迫る。
「マリエッタ!」
 間一髪、結界を纏ったセレナが間に入って受け止める。
「セレナ、大丈夫ですか?!」
「大丈夫よ。私が全部受け止めて押し返してみせる。だからマリエッタは攻撃とメリーノさんの回復を!」
「ええ……任せて下さい!」
 狂犬兵もデビルも薬物や禁呪、改造手術など『死なせない技術』が詰め込まれており。
 壊れるまで闘う極悪な生体兵器といっても過言ではない。
 だが裏を返せば、肉体が完全に死ぬまで戦えば勝てるのだ。
 目の前の二人は勿論、デビルを一人抑えるメリーノも既に幾度となくハンマーを打ち付けられているが、折を見てマリエッタが傷を癒すことで善戦している。
 これも三人の連携と地力の高さ故。 
 だが量産型の天使達が残る段階でイズマの援護が欠けてしまえば、押し返されてしまう。
 そんな時だった。
「待たせたわね」
 イナリの放つ機関銃がイズマを阻む天使達に風穴を開けた。
「イナリさんか、助かる!」
「救助に行くんでしょ? 二人いるとすれば……多分この辺りが怪しいわ」
 念じることで、イナリは言葉ではなくイメージを届ける。
 その場所は今戦う場所の遥か後方。
 黒塗りされた量産型天使達が、磔にされた人々を囲むようにして守っている。
「すごい、よく見つけたな」
「あいつが狐の本気を舐めてたっていう証拠ね」
 本来、暗い森の中手がかり無しに救助者を見つけ出すのは時間がかかりすぎる。
 だがそれも、複数の小鳥の視覚を用いた広大で膨大な視覚情報と。
 三角測量方式で距離まで算出して迅速にデータ化ができるイナリの前には問題となり得なかった。
「さぁ行って」
「ああ」
 イズマは連れた狐と共に一旦戦線を離脱。
 その穴をイナリが埋め、セレナ達は再び狂犬兵へ注力する。
「全部を救えると自惚れてもいないし、夢見がちでもないけど……一人でも多く助けられたら良いわね」
「手紙の内容が本当なら、捕らえられた方々はきっと毒のような症状に苦しんでいるのでしょう。
 その命が燃え尽きる前にイズマさんが間に合えば、でしょうか」
 マリエッタは自身の中の魔力を最大限に高めれば、瞳に宿るヘリオドールが更にその色味を増していく。
「私達にできるのは所詮手助けまで。最後に自分を救うのは自分自身ですからね」


●魔弾、武闘の芸裏に
 メリーノ達が襲い来る大軍を引き付けることで、外からの被害は最小に抑えられていた。
 だが食堂以外の施設内部でも、問題は生じていた。
「いや~参ったもんですねぇ。まさかここまで堅牢に立て籠って探しに来るのが年若い青年一人とは。
 リスクは取らないと聞いてたけど、おじさん困っちゃうなぁ」
 言葉とは裏腹に『ジャック・カリギュラ』は楽しげな笑みを浮かべ引き金を引く。
「人のことをおもちゃみたいに言うんじゃねぇよ!」
 狙撃銃で対抗する飛呂。邂敵した時点で戦闘能力のない狐は避難させている。
 狙いを済ませた封殺の一撃は、ジャックの脇腹を打ち抜き何度も動きを止めるが。
「怒れる青年の必死の一撃、か。……いいね。壊しがいがあるよ」
 動けるようになった瞬間、距離をつめ格闘技の連撃を返されてしまう。
「ぐはっ!?」
 噂によれば既に齢45歳を超えているとのことだが、この身のこなしだ。
 およそ人体に服用すべきではない薬物を多用しているのであろう。
「おや? その顔……どうやらこっち側の人間なのかな?」
「これは……生まれつき、だ!」
「そりゃあ失礼。だけどおじさんもそろそろメインディッシュの方へ行きたくてねぇ。
 仕方ないからとっておきの情報を教えてあげるよ」
 ここにいる敵は手負いの飛呂一人と油断しきっているジャック。
 警戒やジャミングすらも解き、まるで勝ち誇ったかのように笑いを堪えながら語り出す。
「キミは食堂を出た後部屋を一つ一つ確認して歩いたでしょ?
 その時調べた最初の空き部屋。あそこでね、今頃はもう一人死んでるんだよ?」
「確かにあそこには誰も――」
「そうそう、ちゃんと調べていたからねぇ。だからわざわざ連れて行ったんだ」
 その後も語るには、元々ダラスに言われて民間人を三階の端の部屋に監禁してたのを敢えて移動。
 飛呂や食堂近辺のイレギュラーズに気づかれないよう部屋に吊し、出血を生じさせる魔弾を撃ち込んでいた。
 つまり元々ダラスが想定していたルールを他ならぬジャックが破っていたのである。
「やりきったー、って思ったでしょ? でもそれが全く無意味だったなんて。死にたくなるほど辛いだろう? あはははは!」
 大人げもなく床を転げ回りながら笑う姿は、まるで悪餓鬼そのもの。
 そこまで油断しきったジャックには、本当の鬼の存在に気づく事などできはしない。
「ほいじゃ……おまんが死ねや」
「ははは……は?」
 背筋も凍るような冷たさで『藍玉の希望』金熊 両儀(p3p009992)がそう吐き捨てる。
 同時に突き立てられたのは刀のようにも見える木刀だが、魔力を纏った切っ先は確かに餓鬼の心臓を貫いていた。
「き、キサマ……いつから……!」
「端からじゃ、このばかすくら!」
 木刀を振り抜くようにしてジャックを払い飛ばすと、飛呂の所へと駆け寄る。
「遅れてすまんかったのう。飛呂、大事ないき?」
「ああ、なんとか。それより両儀さん、一体どこに?」
「儂ぁ、防衛戦ちゅうのは苦手ぜよ。
 じゃけ思惑通りとほくそ笑むこんわろの鼻っぱしへし折って、計算外と吠え面かかせんと動いてたぜよ」
 両儀の狙いは、恐らくいるであろう伏兵に対する伏兵。すなわち意趣返しであった。
 最初は施設周辺の森に怪しい存在が居ないかを確認していたが、イナリの小鳥が広く探索している事に気づき予定を変更。
 施設内部の捜索へと移っていたのだという。
「気づかれんよう探とったら、阿呆な面しておまんをこそこそ観察しとる、あいを見つけたき。
 なんばよからん事しちょたら思うて、儂もおまんの逆回りで確めたぜよ」
 結果ジャックに撃たれていた要救助者は早々に発見され、既に食堂で大地の治療を受けているとのことであった。
「このクソが、虫みたいに湧き出やがって……折角イレギュラーズを絶望させてこの世界に破滅を導くはずだったのに……!」
 先程までの余裕はすっかり失われていた。
 しかし心臓を失ってなお立ち上がるはやはり彼がただ者ではない証左か。
「こんな世界、守ったって何になるんですかねぇ……? おじさん達みたいな存在なんて、幾らだって居るんだ。
 見えないところで一分一秒と、また一人罪もない人間が消されているんだ。
 それならいっそ消してしまった方が良いと……思わないのですか?!」
 血走った目。
 壊れた人格と、壊れる前の人格が乱れ出る。
 愉しいと、快楽だと感じたその心は、悲しみが生み出した幻か。
「他人の儂が気にかける意味もないき。やけどおまん。言っちょる割に肝っ玉が小さかのう。
 ほんに思っちょんなら小手先無用で闘うんが男ぜよ! 飛呂!」
「ああ。俺だって男だ。二人の笑顔が守れるまで戦いきってやる!」


●手紙、遊戯の規則の向こう側
 世の不幸を身をもって学んだ少年は、平等と公平を望んだ。
 しかし正義を掲げる天義ですら到底為し得ない程、世の中は不平等と不公平がありふれている。
 そんな混沌においても、比較的彼が望む正義をなし得る方法があった。
 それが遊戯である。
 設定した目標や成し遂げられる価値が高いほど道中の困難が大きくなる。
 場合によっては一度の敗北で全てを失う事もある。
 その大小はあれど、勝利と敗北という法則(ルール)があれば。
 天秤(ルール)が双方で成立し得る限りにおいて、平等でいられるのだ。
 それは決して最適解ではないが、微かに残る本質的な正義が狂った故の論理であろう。

「全ク……! どいつモこいつモ崇高なゲームのルールを乱ス……!」
 既に局面は終盤。
 主催者であり観測者を自認するダラスは、魔力で身を隠しながら戦場のあちこちを回り様子を伺っていた。
 当初の予定では既に悪魔と犬が率いる無数の天使達が食堂に祝福をもたらしているはずであった。
 だが魔女と狐、そして蝙蝠に阻まれる。
 恐らくもうすぐ全て打ち破られてしまうだろうが。
 これは正統な結果だ、敵の勝ちでいい。
 では救助の状況はどうか。
「ジャック……あれほど使えナイおもちゃトハ」
 デビル達が捉えていた者は既にイズマに救出されており。
 食堂から距離が離れていたため、イナリが見つけていた安全地域へと運ばれてしまっている。
 施設内に潜めていた者の救出劇は、自己の悦に狂ったジャックのせいで台無しだ。
 とはいえ両儀の活躍により結果的には早々に救出されてしまっている。
 どちらとも自身が手紙で指示した方法に反している事は許しがたい。
 だがそもそもジャックの不手際もあるためにダラスは耐えることにした。
「デハ、そろそろ最後の答えを聞きにイキまショウか」
 ベビオラ。教会勢力があの日孤児院から回収しようとした『ブツ』。
 救ってみせると豪語したイレギュラーズは、最後まで救おうとするのかしないのか。
 その結果を知ることだけが、彼にとって最後の心の頼りであった。

「ナンだ……これハ……?」
 食堂へと降り立ったダラスは、目の前に広がる惨状にただそう零す。
 手を真紅に染めたベビオラ。周辺には同じく朱に染まった人間達が倒れ込んでいる。
 それは待っているべきものではない。これから自分が作り出すはずの光景であった。
「今ダ! あの傲慢野郎のプライドを叩き落とそうゼ!」
 赤羽の呼びかけに、倒れていたシフォリィとオニキスが起き上がりダラスへ迫り。
 ベビオラ達民間人の盾となるように、大地とフラーゴラ、食堂組に合流していたウルズが備えた。
「はああっ!」
 シフォリィが放つ花吹雪が如き炎乱は、彼の身体を返す波のようにして灼き。
「120mmマジカル迫撃砲攪乱弾、いくよ!」
 オニキスの放つ砲弾の威力に、じりじりと食堂の外へと押し出されていく。
「これハ……どういう事デスか?」
 受けた衝撃と急激な攻め故か、ダラスは一切身動きが取れず、ただ問う。
「お前が見たがった景色を見せタ。それだけのことダ」
「まさかこうまで上手くおびき出されてくれるとはな。お前の遊戯もここで終わりだ、ダラス」
 これが赤羽と大地が仲間達と共に考えた作戦。
 相手が望む最大のもの。食堂内の寄生人間に気づく事が出来ず。
 ベビオラが暴走して全員を殺してしまったかのように見せかけたのだ。
 実際の所は彼女の声を聞く力により全員を見つけ出し、縛り上げてバリケードの縁に隠してある。
 その後に厨房の水回りから出てきた僅かな極小天使達も、換気口も含め完全に封鎖された部屋の中では当然誰にも寄生することが出来ず。
 どうにも出来ず漂うのを察知したフラーゴラの手で倒されており。
 他の仲間達が多くの天使を撃破してくれたおかげで、どこからか入り込み近づいてきた天使達もシフォリィとオニキスによって迅速に処分されていた。
「怒るなヨ? 罪のない人間を相手を釣る餌にしたのはお前も一緒ダ。
 むしろお前のダ〜イスキな正義の味方ガ、同じ考えだったなんテ……素敵だよなァ?」
 赤羽の煽るような言葉を、二人の攻撃を、ただ黙って受け続ける。
「ヒャーヒャヒャ! ヒヒヒャ!」
「どうしタ? あまりの完敗ぶりにイカレたカ?」
「そうデスね……お陰様デ目が覚めまシタよ」
 昏く冷たい瞳で見据えるダラスは、コートのポケットから恩寵を取り出すと握りつぶす。
「やはり正義のナイこの世界なンテ、ゴミくずである人間なンテ、消してしまうベキだとネェ!!」
 恩寵から溢れ出る魔力は聖遺物に溶け込むと、首元の天秤は輝きを増した。
「さぁスケース……コノ血とアノ人間の血に、滅びを与えロォ!」
 不完全な誓約を魔力で無理矢理成立させると、聖遺物は途端に光を失い、かわりに闇を放出した。
 火炎、毒、出血、窒息。
 ありとあらゆる負の感情が、複数に、最大限に溶け込んだ闇。
 それはダラスと、地を這い素早く迫った先のラティオラへ絡みつき溶け込んでいく。
「……あああっ!!」
「らてぃママ!?」
「危ないっす!」
 押し寄せる苦痛に倒れ込むラティオラを、抱きかかえるベビオラと共にウルズが支える。
 命が等価であるならば、この誓約は成立し得る。
 だが同じ一つの命といえど、現実に置き換えて見れば魔種と一般人では大きな差があるのは明白だった。
 みるみるうちに、ラティオラの顔から血の気が引いていく。
「待ってて、今治療するから!」
 近くに居たフラーゴラと大地が急ぎ回復を試みるが、聖なる呪いの強靭さは簡単に祓えるものではない。
 穢れは抵抗を強め、やっと浄化できてもその根源は酷く遠い。
「今すぐ呪いを解きなさいっ!」
 弾けるように飛び出したシフォリィの一閃は、過たず胸を穿った。
 だがダラスは嬉しそうに破顔する。
「……アア、そうそう。オマエは手が届くなら救ってミセるんデシタっけ? ナラ……届かナキャ意味ないデスよネ?」
 その呪いは等しくダラスを蝕む。
 やがて膝をつき、身体が光の粒子となって消えていく中、笑う。
「イヒヒ……コレが遊戯の結末。オマエ達はきっと救わナイ」
 魔力の供給を失い地に落ちた天秤もまた、砕けて消えた。


●追伸Ⅰ、渦静まりて
「らてぃママ、虐める、めっ!!」
 ベビオラが小さな両の手を広げれば、平から血液が生じラティオラの中へ流れ込んでいく。
 それはマリエッタの血の魔術に似ていた。
 だが明らかに違うのは、その血は彼女のように循環する魔力ではなく。
 ベビオラの中に眠る渦の一つを分け与えているに過ぎなかった。
「……めっ!」
 かけつけたシフォリィとオニキスも治療に加わる。
 だがそのどれよりも早くベビオラの血はラティオラの中の闇を消していく。
 自分の生まれた理由も知らない子供が理屈を知る訳などないが。
 けれど確実にこれなら助けられるという理解できている真理があった。

 ただ助けたいという純粋な願いが、赤い雫となって捧げられていく。
 そうして残るのは、ただ一人の主のために働く血。
 天上なる者の願いを叶えるために使わされる血。

 ――滅(めっ)せよ。滅せよ。
 ――不具合(バグ)に繋がる人間を、可能性を滅せよ。

「め、め、め……!」
 ベビオラの手から血が出なくなってもまだ、ラティオラの中には闇が残る。
 しかしここまで回復することができた。
 イレギュラーズ四人がかりの治療があれば、彼女は一命をとりとめるだろう。
「ベビオラ? ベビオラ、しっかりするっす!」
 しかし子供は手を伸ばしたまま。
 何かに必死に耐えているのか。身体は大きく震え、目からは涙が零れた。
 異変を感じたウルズは、ラティオラをフラーゴラ達へ預け、ベビオラを引き離す。
「皆早く来て! 一緒に他の人達を避難させて!」
 目の前で次々と起こる現象に、民間人達はパニックに陥っていた。
 食堂に残されていた狐も急ぎ救出作業を行ってくれているが、とても手が回りそうにない。
 危険と判断したフラーゴラの声は、爆発的な音となって施設内外へ響いた。
 これを聞きつけた仲間達は、目の前の脅威を倒しきっとすぐに駆けつけてくる。
 そうすれば、きっと皆で何とかしてみせるから。
 声にならない願いも添えた。

「め……め……」

 ある世界では天使を羽根の生えた赤ん坊と例える。

「め……滅……す、る」

 少し大きな赤ん坊は、その背に赤い対の羽根を得た。


●追伸Ⅱ、変わらぬ心
「アアアアア!?!?」
 耳をつんざくような咆哮。
 悲鳴とも思える高周波の奇声。
「ベビオラ、ベビオラ! あたしの声を聞いて! ベビオラ!」
 どんなに年下で新参の相手にも後輩というキャラクターを貫いてきたウルズ。
 それを維持することも忘れるほどに。強く抱きしめ必死に呼びかける。
「ア、ウル……メッッ!!」
 ベビオラの羽根はそれまで綺麗な翼の形状であった。
 だがベビオラの苦悶の声を受けると、小さな鎌を持った腕のようなものが生え、ウルズの背を何度も刺した。
「つっ!」
「ウルズさん!」
 見かねたフラーゴラは治療の手を止め、盾を使って腕を翼に押し戻そうと踏ん張る。
「ゴラ、先輩……!」
「ワタシはタンクだもの。これくらいへっちゃらだよ……!」
 その時響く二人の背中に突き刺さる鎌の音をかき消すような大きな音。
「おまんら! こっちじゃき!」
 両儀がバリケードで塞がれていなかった窓を蹴破ると、木刀で逆立つ破片を取り除いていた。
 今の食堂において一気に多くの人間を出入りさせる手段としては、これが最善だろう。
 シフォリィ、オニキス、大地が協力してラティオラを運搬しながら治療を続け。
 その後を我先にと一般人達が殺到する。
「森の中に避難できるエリアを確保してあるから大丈夫よ、落ち着いて!」
 施設入口前で戦っていた天使達を掃討したイナリも駆けつけ、狐達に指示を与えながら自身も加わり避難に秩序を取り戻していく。
「ベビオラ……」
「飛呂さん、気持ちは察するがまずは避難が優先だ」
「あ、ああ」
 ファミリアーを介し飛呂とイズマも経緯は把握していた。
 とはいえ物事には順序がある。 
「悪の根源は断ったわ。次に優先されるのは……」
「ええ。これを何とかしないとですね」
 同じくファミリアーで状況を把握していたセレナと、彼女から情報を聞いたマリエッタ、メリーノも追いついた。
「メリーノさん。まだ渦のようなものは残っていますか?」
「少し待ってねぇ……」
 普段ならばわざわざ目を凝らさずとも感じられた血の赤と青。
 幾つもの温度が交わりグラデーションを成していたその温度。
 渦を無くし海となった今となっては分かりづらいが。
「……あるわ。違う温度が、まだ微かに」
「そうですか。ならまだ手はあるかも知れません」
 マリエッタが再び血を巡らせる。
「どうするの?」
「簡単よ。血が力の源というなら、無くせばいいだけだもの。
 もっとも、当然死ぬ可能性が高い手段だけど」
 その口調に覚えのあるセレナの背筋には、一瞬冷たいものが走った。
「マリ……エッタ?」
「……大丈夫ですよ。少しこの姿での戦闘が長引いていたから出て来たがっただけ。
 成そうとしていることは同じだそうですから。後で叱っておきます」
「アッ、ガアア?!」
 ベビオラの悲痛が広がる。
 それを餌とするかのように、歯は牙となり、翼は徐々に巨大化していく。
 そこから生える腕も数を増やし、一部は血を固めたような魔力を放ってきた。
「要は、あの羽根が無くなれば良いのよねぇ?」
 慣れぬ故か、まだ弱々しい固まりをメリーノは一太刀に斬り捨てる。
(ラティオラちゃん、本当はね。わたしこうなった時は、って決めてたの。
 でも。最期までこの子の母親でありたいのよね?)
 大切な誰かがいなくなってしまうなら。
 きっと誰もが願う。ねぇ、かみさまと。
「だから……もう少しだけ、待ってみるわねぇ」
 最後の民間人が脱出したのを確認しメリーノは飛び出すと、遠くを狙う腕を集中的に切り落としていく。
 血の本能だろうか。翼は対抗すべく更に巨大化。食堂の天上を突き破らんというところまできていた。
 その高さを生かし、メリーノや後方の一行を狙い苛烈な攻撃を加えていく。
 マリエッタやセレナもそれぞれや回復や防御に努める。
 だがどれだけ回復を積もうとも、さすがに連戦の疲労がないとは言えず、攻め手に欠けた。
「マリエッタさん達の話は承知した。加勢するぞ!」
 それぞれの誘導や運搬を終えたイズマ、オニキス、シフォリィが合流する。
「あのデカさなら主兵装で狙えるかも。シフォリィ、援護をお願い!」
「はい!」
 発射角の取れる場所まで移動し魔力を高めるオニキス。
 シフォリィはそれに追従し、降りかかる血の露を払い続ける。
(ダラス。貴方が何故そうまでして悲しい遊戯に拘ったのか、私には分かりません。
 でも、証明してみせます。大事な人を守ろうと手を伸ばす事。
 その希望がある限り手は届く事を。だってこの世界も人も、決して。
 ゴミくずなどではないのですから!)
 ――クアドラプルバースト、シーケンス開始。砲身4基展開。ジェネレーター接続。
 魔力回路全基同調。バレル固定。超高圧縮魔力充填完了。
「ベビオラ。君が何者でも、君を助けたいと思ってる人達がいる。だから私も手伝うよ。
 結構痛いと思うけど、我慢してね?
 ……マジカル☆アハトアハト・クアドラプルバースト―――発射(フォイア)!」
 希望を信じた思いの一撃が、片翼を貫く。
 遂に剥がれ落ちた羽根の残滓は、火の粉となって食堂を灯す。
「ウワアアアア!!!」
 一番の声量。
 長い間叫びにさらされ、ウルズとフラーゴラは意識が朦朧とし始めていた。
 変わらず突き立てられる鎌に出血が増していく。
「ベビ……オラ」
 仲間達が何をどうしているのかも分からない。
 このまま意識を失えば、きっともうこの子に会う事はないのだろう。
 ならばせめて。信じたいと言った私が責任を取るべきか。
 スターチスの花が風に揺れ。
「ダメ……だよ……!」
 イチゴの花に触れた。
「ベビオラさん……見てるよ! 本当のママじゃなくても、きっと……ワタシ達が示さなきゃ!
 仲良しの未来も、……大好きの気持ちも!」
 一方、離れたところにいる仲間にも抱く思いはある。
「思い出してくれベビオラ。そしたらきっと、俺達はお前を助けられる!」
「そうだ、まだ見ぬ未来は決まってないから未来なんだ。
 だからこそ、俺達は幸福の未来を信じ、導いてみせるんだ!」
 飛呂の弾丸が、イズマの音色を纏って飛んでいく。
 そして食堂全体が大きく揺れる、オニキスの二発目。
 結界が無ければ全壊は免れない、強烈な信じる光。
 燃えさかる炎がその勢いを増した。
「アアゥアア!!?」
「それでも……あたしはっ!」
 手を伸ばす。
 右手で抱きしめながら、左手首と肘の間を彼女の口へ運ぶ。
 肉を抉る牙に、血が流れる。
(そっか。この気持ちは多分……)


●真っ白な手紙に何を描こうか
 まもなく夜が明ける。
 白んだ空に終わりを感じ、小さく息を吐いたセレナはランタンの光を消す。
「まぁ、もうとっくに要らなかったような気もするけれどね」
 酷く長い一日の舞台となった施設は、煌々と燃えさかっている。
 これだけの事態ではあるが、問題とならないよう、杜の方でできる限り『処理』をしてくれる手はずを整えると、イナリは言った。
「私もこの子みたいなタイプには初めて遭遇したからあくまで推測だけど」
 気を失ったウルズとフラーゴラの間で、二人の指を掴みながら眠るベビオラ。
 その姿は一行が初めて出会った時のものに戻っていた。
「部品をかき集めて一つを作るのではなく、一つに幾つかの血を保存する器のような役割を課して作られたんだと思うわ」
 杜でしっかり分析してみなければほとんど断定は出来ない。
 唯一言えそうな事と言えば。
 血が無くなれば天使としての力を失う時点で『社』にとって彼女は試作品、あるいは失敗作の域を出ないものだろう。
 だがもし彼女の中に流れる天使の血が高位の戦術天使の物だったなら?
 今不安を煽る必要はないため、イナリはこの点は飛ばし後を続けた。
「現状は天使化も収まってるみたいだし、人間としての回復も見込めるかも知れないわ。
 そういうわけだから。治療のためにも研究のためにも、二人はこっちで預からせてもらうわよ。
 勿論。皆をローレットに送り届けた後でね」
 イナリの指示を受け、避難誘導後いち早く伝令に向かった狐兵は、杜に救護班を要請。
 すでに幾つかの部隊が分担して馬車で民間人を運び出しており、後はイレギュラーズ達を乗せる馬車を待つのみである。
「それは仕方ないだろうが、彼女達を動かしてもいいのか?」
 医療の心得があるものとして、魔術的な回復以外にも重傷である面々の状態を調べていた大地に聞くイズマ。
「ラティオラは既に峠を越えているし。ベビオラも平静を取り戻せたといって良いだろう」
「多量の出血に際して死を免れたのハ、ウルズの血を吸ったからだろうナ。
 人間化はラティオラからの輸血で元々の血を戻せたからだろうガ」
「ねぇ。例えばなんだけど――」
 ――血を使って不老不死とか若返るが出来る方法ってないかしら?
 そう聞きかけたセレナだが、金の瞳を保ったマリエッタに腕を掴まれ制される。
「そっちの二人もだけど、ウルズとフラーゴラも無事で良かったね」
「ええ。本当に良かったです」
 オニキスの言葉にシフォリィが頷く。
(希望を掴めたようで良かったですね、ウルズさん。
 あと、孤児院で親友を助けてくれた借りは返しましたよ)
「おお、迎えが来たぜよ」
 万が一がないかと周辺を見回していた両儀が、最後の馬車を視認。
 身支度を済まし、誰一人欠ける事無く帰還の途についた。
「こうして皆で馬車で帰るなんて。あの時を思い出すわぁ」
「ああ、そうだな」
 メリーノと飛呂は、かつての孤児院からの帰路を思い浮かべる。
 あの時つかみ取れたのは、小さな石ころと手紙に過ぎなかった。
 けれど今は、確かな命の鼓動が。
「なか……よく……」
「ふふっ」
 小さな寝息が、ここにある。
「おうイズマ。どういた? 外が気んなるか?」
「ああ、いや」
「遠慮はいらんき」
 これまで幾度となく魔種や遂行者とは対峙してきたイズマ。
 当然完全に分かり合う事などありはしないが。
 彼らの歪んだ正義や理想に、己の想いを突きつけ打ち勝つ事。
 それが彼なりの誠意であり筋であったからだ。
 だがダラスにおいては、彼の正義が見えぬまま、自分の正義を示せぬままに散ってしまった。
「苦しむ者を認識できない事も、結果的に救えない事もある。
 不公平と不平等に目を向けて咎める権利もあると思う。
 だがそれを他人に押し付けてはならないと、言ってやりたかった」
「ほお。そうじゃのう……儂にぁ難しい事は分からん。
 ただ強敵と戦えんならそれでえい、ちゅう生き方で来とるき。
 やけど、あいもあいで、彼岸から見ちょるかも知れんぜよ?」
「趣味の悪いあいつの事だ。あり得るかも知れないな」
 ダラスは死んだ。
 かの者が振りまいた災いは決して赦されるものではない。
 だが人々を貶めて絶望させた代償として、彼が出せるのはこれが精一杯であろう。
(見たいならそこで好きなだけ見ているがいい。
 お前が否定した世界に、俺達がどんな可能性を示していくのか。
 お前が救わないと見捨てた命が、この世界にどう煌めいていくのかをな)

 かくして遊戯は終わり。
 各々はまた人生という運命に賽を振る。

成否

成功

MVP

ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼

状態異常

フラーゴラ・トラモント(p3p008825)[重傷]
星月を掬うひと
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)[重傷]
母になった狼

あとがき

※この度はこちらの不手際で納品が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

冒険お疲れ様でした!

PCの皆様の活躍により、綜結教会の別働勢力が壊滅致しました!
またダラスも死亡したため、神の国における彼の理想郷も消滅しております。
(ただただ滅びを求めていた彼なので、何もないかと思いますが)

教会勢力の本体がどうなるかは別シナリオで結果が出ております。
(納品が前後してしまいましたが、
 pipiSDの『<神の王国>断章とピジョンブラッド』にて、
 教祖や狂神が撃退されております。ただ、時系列としてはこちらが先です)

今回の物語について。
『理想や正義を図る尺度は人それぞれ』というのが神の国関連のお話になります。
一応ダラスにも曲がりなりの正義がありました。
ですが全く納得できないやり方を行使する彼に対して、逆に揺さぶりを
仕掛けるという方法は非常に皮肉が効いていて、実際良い方向に働いたと思います!
(彼の主なダメージは聖遺物による自滅でしたので)

施設はほぼ全壊ですが、ある種安全は確保されているので成功とします。
民間人のほとんどは最後の避難で軽傷を負ったものの、囚われていた3名も無事。
主目標はすべてを完遂できたと言えます!
この結果に対する貢献の貴賤はなく、誰が欠けていてもたどり着けなかったと思います!

副目標について。
頂戴したプレイングを読み、どう決着すべきか非常に悩ませて頂きました。
正直皆様からすれば思うところが色々ある形となっているかも知れません。
ですが、ただ一つ間違いないこととして。
ラティオラとベビオラは血の繋がった家族となりました。

こちらも非常に悩みましたが。
最後の最後までべビオラを信じ、その中でも身をもって愛を届けた貴女にMVPを。

それでは、またどこかでお会いできることを願いまして。
ご参加ありがとうございました!

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