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シナリオ詳細

<ウラルティアの忘願>落日の青い鳥

完了

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 王都『メフ・メフィート』に存在する貴族邸。
「お初にお目にかかる方が多いでしょう。私の名はシドニウス・フォン・ブラウベルク。
 幻想貴族ブラウベルク家の当主――皆さんにオランジュベネを開放しているテレーゼの兄にあたります」
 柔らかく自然体にそう礼を示した好青年は空色の瞳に少しばかりの警戒を乗せている。
「ローレットの皆様に、調査をお願いしたい案件が出来てしまったのです」
 そう言うと彼は何かを言い淀みながら、眉間のしわを解しながら呟いた。
「……マルク・シリング(p3p001309)。皆様のお仲間が戦場に散ったことは、私達ブラウベルク家にとっても大いに痛手でした。
 彼の死によって僅かにできた隙、その隙が突かれ、妹は賊の毒を受けてしまったのです。
 ……幸い、命に別状はなかったのですが」
 その表情の険しさを見れば、命に別状がない『だけ』なのだろうとは予想がついた。
「どこの誰が、何のために妹を狙ったのか。それを調査していただきたいのですが……問題が1つ」
 そう言って険しい表情のまま、シドニウスは深く溜息を吐いた。
「……賊の手引きをした使用人が、自ら命を絶ったのです。目の色が黄昏色に変質したかと思えば発狂して両目を潰し、その刃先が……」
 シドニウスはふるふると首を振ってまた溜息を吐いた。
「……発狂して両目を?」
 アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はどことなくどこかでそんな話を聞いた覚えがある気がした。
「詳しくは我が領地へ赴いてお聞きください……申し訳ないですが、私もあまり余裕はないのです。
 ……どこの誰かは分かりません。本当ならば領地へ戻りたい気持ちもあります。
 ですが今回の件が妹自身を狙ったものではないのなら……
 私を王都から引き剥がしたいからだとしたら――私はこの場を離れるわけには行きません」
 険しくシドニウスは言う。
 今は誰が敵なのか分からない以上、絶対的な中立であるローレットしか頼れないのだと。

 そう語ったシドニウスの依頼を受けたイレギュラーズは空中神殿経由でその日のうちにブラウベルクへと転移できていた。
「ようこそ、イレギュラーズの皆様」
 空色の髪を揺らして、テレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)と名乗った女性は優しく微笑んだ。
 だが、彼女を知るサイズ(p3p000319)の目にはその存在はテレーゼなどとはまるで別人に見えた。
「……誰だ?」
「申し訳ありません。外には『今は私がテレーゼ様という扱い』になっております。
 私の名はオーディリア、ブラウベルク家の使用人よ」
 どこか気品さえ感じさせる微笑みから打って変わってオーディリアが目を伏せて謝罪の意思を示す。
「影武者ということだね……ということは」
「……テレーゼ様は皆さまと会える状態ではないのよ」
 ヴェルグリーズ(p3p008566)が言い切る前にオーディリアは言う。
「テレーゼ様は今、意識不明のままで眠っているの。数日前、使用人が賊を招き入れてね……」
 そう言いながら、オーディリアは立ち上がったかと思えば、部屋の壁にある本棚から一冊、乱雑に下へ向けて押し込んだ。
 途端に本棚が押戸のように奥へと伸びて、階段が姿を見せた。
 手招きをするオーディリアにつれられるまま、降りて行った階段。
 そこには小さな部屋が1つ。
 不思議なことに出入りするはずの扉が存在しない。
 部屋の隅にあるベッドには、空色の髪の女性が眠っている。
「……テレーゼさん!」
 サイズは思わず彼女の下へと飛び出して――何か変な違和感を覚えた。
 それは同じように部屋についてきた多くのイレギュラーズも感じていた。
 それはサイズやいくらかのイレギュラーズがつい最近までごく身近に感じていた――滅びの気配、のような。
「解毒薬の類はもちろん、治癒術式も用いましたが、私達の手では何の効果もありませんでした」
 そう力なくオーディリアは首を振って、視線をあげた。
 その視線の先は、部屋に用意されている丸テーブル――その上には1枚の手紙らしき物もあるようだ。
「……このタイミングでテレーゼ様宛に縁談が届いたの」
「……彼女には無理そうだね」
 ヴェルグリーズが言えばオーディリアはこくりと頷いた。
「テレーゼ様の健在をアピールするためにも、わたしは影武者として、テレーゼ様の代わりに視察を行いました。
 その後になって、あの要請が届いたの」
「そんなタイミングで婚姻の要請を? ……きな臭い話だね」
 偶然というのもない話ではないだろう。
 だが、万が一、その要請がテレーゼに毒らしき何かを盛った誰かだったとしたら。
 確かに殺したはずの敵が、平然と生きてる可能性を警戒して直接仕留めたいはずだ。
 つまり、その申し出そのものが罠である可能性である。
「皆様には、わたしの護衛として一緒に今回の縁談を要請してきたルーベン男爵に会ってほしい。
 これがわたしからの皆様への依頼となります」
「分かった……それで、どこに行けばいいんだ?」
 サイズが問えば、オーディリアは縁談の手紙をイレギュラーズへと手渡してきた。
「ゲルツ男爵領都、ゲルツ。ルーベン男爵領とブラウベルク子爵領の間にあるところね。
 最近はルーベン男爵領との国境付近で黄昏色の瞳の魔物が出るみたいで……心配ね」
「黄昏色の瞳か……それは確かに気になるところだ」
 アーマデルは頷いた。
 そう言った病状のうわさを聞いている。
「テレーゼ殿の襲撃に関わった使用人も黄昏色の瞳になって発狂したのだな」
「……えぇ、襲撃の犯人も、黄昏色の瞳をしていたみたいね。
『味覚が変質し、強い臭いや水、大きな音、光を苦手するようになり、最後は自ら命を断つ病気がある』……そんな噂も近頃は聞くわ」
 オーディリアは心配そうにテレーゼを見てから不安を振り払うようにふるふると首を振った。


「ねぇ、ジェラルド。時間はある?」
 酒場のような雰囲気を見せる宿場の一階。
 ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)はふと声をかけられた。
 鬼人種とも亜竜種とも取れる有角の女性、この宿の女主人である。
 名をゲルタ・ギーゼラ・フォン・ゲルツ。その名から想像つくように、お貴族様だ。
 幻想南部に領地を持つゲルツ男爵家は遠い昔に旅人の血が入っている。
 ゲルタはその旅人の血が色濃く表面化した一種の先祖返りであるらしい。
 そして、中興の祖でもある旅人が貴族の傍ら、情報収集や混沌世界へ馴染むために始めた宿場が現在も続くこの宿だ。
 ジェラルドはそのような話をゲルタから聞かされていた。
 関係性自体は連泊する客と女主人――であるはずだ。
 何故だから最近は領地の一部が貸し与えられていたりもするが。
「貴方ってたしかローレットなのよね? 魔物の討伐をお願いできない?」
「別に構わねえけど、私兵じゃあ難しいのかよ」
「お父様……ゲルツ男爵がここで近隣の貴族同士の縁談に関する面談をすることにしたらしいのよね。
 その魔物が出てくる場所って、その貴族の片方との境界線なのよ。貴方だって自分の家との柵の近くで暴れられたら困るでしょう?」
「それで俺らローレットの出番か」
 ギルド条約による中立の存在であるローレットだからこそ境界線のような下手に兵を動かすのが難しい場所には行きやすい。
「ありがとう! ただ気を付けてほしいの。その魔物たちっていうのが普通よりも狂暴でね。
 集団で動くし、眼の色が全部、黄昏色になってるみたいなの」
「不思議なこともあるんだな。いいぜ、ほかの連中も呼んで討伐に行くか」
「ありがとう……本当に、怪我だけは気を付けて」
「心配すんな、アンタはここで待ってろ。明日にでもローレットに行って人を募ってくるか」
 そう言って立ち上がれば、もう一度ゲルタはありがとうと短く呟いた。
 その瞳が少しばかり熱っぽく感じたのは心配されているからだろうか。そうであってほしかった。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、長らくお待たせしたりしました。
 幻想長編、恋と愛をめぐる全3回……と思われる話です。

●オーダー
【1】テレーゼの覚醒
【2】事件の調査
【3】黄昏の瞳についての調査

●フィールドデータ
【1】ブラウベルク本邸
 ブラウベルク本邸に滞在してテレーゼの容体を見たり襲撃の詳細を調査できます。

【2】ゲルツ
 オーディリアに同行してルーベン男爵と面談を行います。

【3】ルーベン=ゲルツ境界線
 ルーベン男爵領とゲルツ男爵領の境界線です。
 黄昏色の瞳をして狂暴化した魔物が発生しています。
 撃破するだけではなく、倒した魔物の調査もしておくといいかもしれませんね。
 プーレルジール世界を見てきた方やであれば『滅びの気配』のようなものも感じるかもしれません。

 戦場としては小さな集落の跡地です。
 ゲルタに聞けば単純に人が流出や人口減少により消えただけとのこと。

●エネミーデータ
・黄昏の瞳の魔物×???
 黄昏色に輝く瞳をした魔物です。数は不明。
 翼の生えた犬のような個体や鰐のような個体、翼の無いグリフォンのような個体などが存在します。

●NPCデータ
・『蒼の貴族令嬢』テレーゼ・フォン・ブラウベルク
 ブラウベルク家の領主代行、幻想貴族ブラウベルク家のご令嬢です。
 原因不明の毒と思しき何かによって意識不明の重体です。
 イレギュラーズの皆さんは彼女の方から『いやな気配』を感じました。
 原罪の呼び声というわけではないようですが……

・オーディリア
 ヴェルグリーズ(p3p008566)さんの関係者。
 ブラウブルク家の使用人兼テレーゼの影武者、今回の依頼人の1人。
 背格好や瞳と髪の色がテレーゼによく似ているため、何らかの約定によりもしもの際の影武者になるよう決められていました。
 テレーゼに代わってルーベン男爵と会合を行なうことになります。

・『蒼羽潜影の策士』シドニウス・フォン・ブラウベルク
 マルク・シリング(p3p001309)さんの関係者で今回の依頼人の1人。
 テレーゼの実兄でブラウベルク家の現当主。
 普段から王都でより貴族らしい対貴族対応の『政治』を行なっている人物。
 テレーゼ襲撃の理由および『敵』の最終目的の把握、事件そのものの最終的な解決を依頼してきました。

 本心でいうと領地へと行きたいようですが、テレーゼ襲撃の真意が分からない限り王都を離れられない状態です。

・ゲルタ・ギーゼラ・フォン・ゲルツ
 ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)さんの関係者。幻想貴族ゲルツ男爵の娘の一人。

 ルーベン領との境界線付近に発生した魔物の討伐とその原因を調査することを依頼してきました。

・ルーベン男爵
 幻想貴族のルーベン家当主。
 貴族として領地の経営を行う一方、賊や敵国との戦いにも積極的に参加する高潔な騎士――とのこと。
 なぜこのタイミングでテレーゼへの婚姻交渉を行ったのかさっぱりわかりません。

・黄昏色の瞳の獣種?
 テレーゼ襲撃の張本人です。詳細不明。

●参考データ
・黄昏の瞳の病
 近頃になって幻想の一部地域で噂が立ち始めた伽噺です。
 月の輝く晩に姿を見せ病を運ぶ青年の話。
 発症した者は黄昏色に瞳を輝かせ、やがて味覚が変質します。
 そのまま強い臭いや水、大きな音、光を苦手とするようになり、最期には目や耳を自ら潰し、自ら死に至ります。

・ブラウベルク子爵家
 幻想南部の肥沃な穀倉地帯『オランジュベネ』の幻想貴族です。
 遠い昔、幻想建国の頃アナトリアと呼ばれていた一帯を収めていた氏族の分流。
 同じく分流のオランジュベネ家の当主イオニアスが反転して起こしたクーデターをイレギュラーズの活躍で鎮圧しました。
 皆さんの功績で鎮圧された地域なのでオランジュベネは皆さんに開放されています。

 領主代行としてイレギュラーズや民衆とかかわる表舞台にいたテレーゼが突如として襲撃を受け意識不明になりました。
 変な噂が流れて民心が乱れることのないように影武者のオーディリアが領内の視察を行った直後にテレーゼ宛の縁談が上がりました。

・ルーベン男爵家
 幻想南部の肥沃な穀倉地帯『オランジュベネ』の幻想貴族です。詳細不明。

・ゲルツ男爵家
 ルーベン男爵家と境界線を持つ男爵家です。
 ゲルツ領はブラウベルク領とルーベン領の中間あたりに存在しています。
 派閥としてはフィッツバルディですが、どちらかというと立地上のせい。本質は王党派貴族。

 両家にとってちょうど同じぐらいの距離にあり、テレーゼとルーベン男爵の縁談に関する面接の現場となりました。
 場所の提供を理由に境界線の魔物の討伐を黙認させています。

●マルク・シリングさんの優先について
 継承キャラがおられましたら優先付与しますので運営様へご連絡いただければと思います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。


行動指針
当シナリオでの行動指針です

【1】ブラウベルク本邸
 ブラウベルク本邸に滞在してテレーゼの容体を見たり襲撃の詳細を調査できます。

テレーゼからは原罪の呼び声とも違う嫌な気配がします。

【2】ゲルツ
 オーディリアに同行してルーベン男爵と面談を行います。

 どうして今のタイミングでテレーゼへと縁談の申し出を行ったのかなどの調査を行います。

【3】ルーベン=ゲルツ境界線
 ルーベン男爵領とゲルツ男爵領の境界線です。
 黄昏色の瞳をして狂暴化した魔物の劇は・調査を行います。
 プーレルジール世界を見てきた方やであれば『滅びの気配』のようなものも感じるかもしれません。

  • <ウラルティアの忘願>落日の青い鳥完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年12月23日 23時35分
  • 参加人数20/20人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(20人)

ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)
片翼の守護者
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
囲 飛呂(p3p010030)
きみのために
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
戦乙女の守護者
リスェン・マチダ(p3p010493)
救済の視座
芍灼(p3p011289)
忍者人形

リプレイ

●眠る令嬢Ⅰ
 掃除の行き届いた綺麗な部屋の中には澱みのような気配が立ち込めている。
(全く、あんな事があった後でこんな事になるなんてな……やな因果を感じるぜ……なんとかしないとな)
 眠り姫の如く穏やかに眠り続ける女性を見下ろして、『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は彼のことを思い起こす。
「呪いならば呪物の俺が一目で見抜けないはずがない……だが呪いではない可能性も高い、あらゆる事を想定して挑まねば」
「そういえば彼女と話したことって滅多に無いんだよね。
 何せほら混沌に来てまでお貴族様のあれこれに関わるのは嫌だったし」
 そう首を傾げる『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)はちらりと隣に立つ『片翼の守護者』ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)を見る。
「うーん、俺もテレーゼと会話した記憶は無いような気がする」
 応じたルナールは暫しの沈黙ののちにそう応じた。
 2人ともに混沌に来てから彼女の誕生日などで用意された催しに混ざってデートしてきたが、よく考えれば直接的に会話したことはなかった。
 あとは、イオニアス・フォン・オランジュベネ討伐戦の直前に依頼人として会ったことぐらいか。
 あれも会話と呼ぶべきかは微妙なラインだ。
「悪い評判は聞かないから真面目な子なんだろうなぁとは思ってたけど」
「事情はよくわからんが……とにかく倒れたんだろう??? そして目が覚めない、と……」
 ルナールの言葉を受けてルーキスの方も頷いて。
 2人が思い浮かべたのは眠り姫のように穏やかな寝息を立てる女性によく似たプーレルジールに生きていた『隣人』のこと。
「プーレルジールの一件で縁を持ってしまったからねえ。
 違う人間とはいえデートスポット紹介してくれた恩は返さないと。
 一緒に頑張ろうかルナール先生?」
「縁は兎も角……このまま放置ってわけにはいかないよな。
 看病はしないといけないんだ、男手も多少はあった方が便利だろうさ」
「……しかし、本当に、アンネマリー君と似ているのだな」
 改めて呟きを漏らしたのは『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)である。
 アンネマリーと名乗ったその人物はテレーゼに繋がる系譜の先祖の『IF』とでも呼ぶべき人物であるらしい。
 そんな彼女の――別世界の知人の末裔が倒れたと聞き、力を貸しに来たわけだ。
 信じてもらえるだろうか、とは思っていた。
 幸いと呼ぶべきか同じようにプーレルジールを知る者がいる。
 その点においては問題もなさそうだ。
(……私の目的としても、彼女は助けておきたいところだ)
 何よりも、今は胸に秘めた目的。
 それを手にするためには、少しでも手段は多い方が良かった。
「あの男が遺した女っスか。
 正直なところ勝手に死んだ男に義理がどうこうってのはありませんが……まあ、いいや」
 部屋に遺った最後の1人、『無職』佐藤 美咲(p3p009818)は言い訳めいた言葉をつぶやきつつ、眠り姫に近づいていく。
 その脳裏に浮かぶのはテレーゼではなく、かの男だ。
 鉄帝動乱を駆け抜けた我らがアーカーシュのリーダーが、最期まで忠誠を誓ったという人物。
(別にテレーゼ氏になにかあっても守るべき奴が死んだのが悪いと思いまスけど)
 まだ胸の内に燻るもの、腐る部分があるのは今だからこそか。
「私は屋敷全体の調査を進めまス。
 襲撃について調べるのも目的でスが、それ以上に2回目の襲撃を警戒しておきまス」
「ぼくも一緒にいくよ」
 それに『薔薇冠のしるし』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)が応じれば、2人はそっと部屋を後にする。
 リュコスは少しばかり後ろ髪を引かれながら念のために人狼の嗅覚で部屋の空気感を覚えておいた。
 原罪の呼び声ではないものの、漂う空気の重苦しさは雰囲気だけのものではない。
(ブラウベルクはマルティーヌと同じ血をひいてるおうち……)
 脳裏には紅髪の剣士が浮かぶ。
 彼女を倒し、呑み込んだあの日を鮮明に覚えている。
 同じ血とはいえ、それは遠い過去の先祖の1人。
 ほんの少しの面影が見えるぐらいの、当人たちからすれば殆ど他人に近かったとは聞いている。
(マルクともすごく仲が良かったってわけじゃない。頼りになる味方で、いなくなるところをこの目で見た……
 それぐらいだからテレーゼを助けるのはぼくの自己満足になるんだろうけど)
 それでも、リュコスは自分のできることをしたいと思ったのだ。

●張り巡らせた糸Ⅰ
「悪者たちを引き込んだ使用人は口封じされてしまったみたいだけど」
「警備で止まらなかった理由はそれが原因でしょうね」
「お屋敷の人たちみんなが味方とは限らないよね」
 リュコスと美咲は調査を始める前に情報を纏め直していた。
「そうでスね……だからあぁしてテレーゼ氏を隔離してるわけでしょうし」
 テレーゼが眠らされている部屋は隠し部屋の一種である用だった。
 テレーゼに変わって縁談の会合に向かった影武者であるオーディリアなど、ごく一部の使用人以外にはテレーゼのことは隠されているのだろう。
「……賊を捕まえられなかった理由はどうでスかね。単に守るだけで手いっぱいだったってのも考えられまスけど」
「テレーゼを守った人も隠し部屋を知ってる1人みたいだから聞いてみるよ」
 その話し合いを最後に2人は別々に動き出す。
 先に出て行ったリュコスを見送った美咲は暫く考えてみる。
(さて、どうしまスかね……すごく無礼な話ではあるので、後に響かないためにも変装はしておきまスか)

「キミがテレーゼの襲われた時に最初に対処した人?」
 紅髪の女性はその言葉にこくりと頷いて見せる。
 イングヒルトと名乗ったその女性は事前情報によれば、テレーゼやマルクのおかげでブラウベルク家に仕えるようになった外様とでもいうべき人物だった。
(……元はオランジュベネに仕えてて、盗賊直前に落ちぶれたところをマルクたちに救われてるみたいだけど)
 ヴィーグリーズ会戦でもマルクたちと一緒にブラウベルク軍として活躍したらしいということはローレットの報告書をさらってざっと確認しておいた。
(多分、この人は味方)
 あのとても嫌な臭いがしないというのもあるが、それ以前の問題だ。
「悪者たちを逃がしちゃったのは、どうして?」
「恥ずかしながら、テレーゼ様を庇って警戒するのに手いっぱいだったのです」
「そう……」
 嘘をついている感じではない。
「逆にどうして悪者は退いたんだと思う?」
「分かりませんね。ただ、彼は『もう終わらせた』と言いました。
 テレーゼ様を眠らせれば充分だったのでしょう。でもそれは今だからそう思うだけです。
 あの時は意識を失ったテレーゼ様に追撃が来ないように守っておかねばなりませんでした」
「……なるほど」
 その話も嘘であるようには見えなかった。

 変装を終えた美咲は改めて館へ戻ってきていた。
 テレーゼが隠されている状況、あまり大っぴらに聞いて回って下手にその事実を見抜かれるのも厄介な話だった。
 特に、影武者のオーディリアが縁談の為に外に行っているのもある。
(露骨に怪しい奴、賄賂でなびきそうな奴がいれば手っ取り早くはありまスけど……)
 だが、美咲の本当にやる仕事はそれだけではない。
 聞き込みを行ないながら、美咲は彼らの顔を密かに撮影していく。
 否、それどころかそちらの方が本命だ。
(あとで資料を検索しておきましょう。黄昏の瞳の病の兆候がある者がいれば対処しておかなくては)
 襲撃者がテレーゼを襲い、仕立て人の使用人は消された。だが、それが仕込みがそれだけである証明にはならない。
(念には念を、すでに敵が準備を進めている可能性もある)

●眠る令嬢Ⅱ
「解毒もダメ、治療の魔術系もアウトかあ。
 うーんこうなると対処療法しか思いつかないんだけど」
 精霊たちとの意思疎通を行ないながら、ルーキスが唸る。
「うーん、呪いでも例の噂でも……ハズレならこちらとしては願ったり叶ったりだろう」
 首を傾げるルーキスへ、ルナールが応じれば。
「そうだね……流石にずっと寝かせたままっていうのも身体には良くない。
 ついでに襲撃から時間が経った訳だし何か変化がないか診ておこう」
 ルーキスの言葉にそれなら、と手をあげたのはルブラットだった。
「医学的な診療なら私が行おう。こう見えて、医師なんだ」
「分かった。先に頼めるかな」
 その言葉に応じて、ルブラットはテレーゼのベッドの隣に歩み寄る。
「身体を起こしたほうがよさそうか?」
「いや、ひとまずは寝たままで大丈夫だよ」
 ルナールの言葉にルブラットがそう言って、診療を開始する。
「……傷口の方を見たい気持ちはあるね」
 ややあって、ルブラットが呟く。
 テレーゼは襲撃の際に傷を受けたのは背中だという。
「分かった……体を起こすのはこっちでやろう」
 応じたルナールがテレーゼの体を起こす。
「流石にうら若き乙女の裸は男の人に見せるわけにもいかないね」
 続け、ルーキスがテレーゼの正面を壁側に向けて上半身を脱がせていく。
(それにしても奥さん同伴で女性の看病とは……よし、嫁が同伴してるんだし嫁公認という事で割り切ろう)
 身体を起こさせる役目であるルナールはちらりとテレーゼ越しに見えたルーキスに目配りして、そっと目を伏せた。
「……治療の方は問題なさそうだ。
 しかし、これが傷を受けた場所だとすると……ふむ」
 背中を見ていたルブラットが小さく呟きを漏らす。
「その感じ、何かあったんだな?」
 ルナールが問えば、ルブラットは応じ。
「傷口がない。これは病気でも毒でもなさそうだ。
 呪い? いや、この感じは……治癒した、というより後から肌と同じ色の何かが張り付いて同化しているような感じだろうか」
 そう診断の結果を下す。
「それはすごく気になる話だね……あと、例の噂、変化があるのは目だっけ?」
 診断の終わり、ルーキスは服を着せ直してやりながら呟きを漏らす。
 話題が移る先はここに残った一同が共通して気にかかっていたところ。
 そっと、瞼を開く。
「……うん、綺麗な空色だ」
 ルーキスはそう言ってからそっと瞼を降ろす。
 診断は一段落が着いたと言えるだろうか。

 サイズの方は別のアプローチを考えていた。
(出来るかどうかは分からないが……)
 それは、眠るテレーゼへの干渉。
 テレーゼの思考、あるいは意識そのものへと接続するリーディング。
 読み取る刹那、感じたのは不快感だ。
 深い深い闇の奥、深淵よりも深き黒の気配。
 滅びに満ちたその気配は、つい最近もここではない世界で嫌という程見てきた。
(毒でも、呪いでも、噂に聞く病気でもないのなら)
 その嫌な気配を纏う存在の名を、知っている気がした。
 気配から思考の読み取りを試みながら、その一方で持ち込んだカラビ・ナ・ヤナルを材料に薬の調合を始めていく。
 オラクルに頼った刹那、脳裏に浮かぶのは、テレーゼの苦しそうな顔。
(……こんな顔を見るのは流石に嫌だな)
 調合を終えた薬を、テレーゼへと飲ませてみる。
 少しずつ嚥下した女性は、少しだけ苦そうに顔を歪めた気がした。

「それにしても、私は自然と襲撃者の目線に立ってしまうな。職業病だ。
 毒を盛ったと聞くが、なぜ襲撃者は致死毒を準備しなかったのだろうか」
 横たえられたテレーゼから目を離さず、ルブラットはそう呟きを漏らす。
「この世にはもっと凶悪な毒が幾らでも存在するだろうに。
 襲撃者がそういう毒を好む趣味だったのか、ただ単に間違えたのか」
 すやすやと眠る令嬢の容体はすこぶるいい。眠り続けている、という点を除いては。
「すまない、少しいいかな」
 そこに入ってきたのはアーマデルが呼んでいたイシュミルだった。
「先程までの話を絡めながら、1つ、推察をしようと思ってね」
 そう口火を切った怪しい青年はテレーゼに盛られた毒らしき何かを『黄昏症候群』と仮称する。
「ルブラットさん。医師であるキミの診察が正しい物であるという前提で考えよう。
 テレーゼさんの背中の傷……を覆う何か。これが件の『毒』の『現物』と考えてみよう」
「……そうか、起きないのではなく、起きられないのか。
 だとすれば、この呪い、あるいは毒、ないし病の目的は『彼女を眠らせる』ことか」
 イシュミルの発言から推測は立てれども、ルブラットに出来るのはそれ以上はない。

●幸福には遠くⅠ
 澄み渡った青い空、冷たい空気の中を馬車が走り抜けていく。
 主要な交易路であり、王都にも上れる道のりはよく整備されていた。
「そのルーベン男爵って人…一体どういうつもりなのかしら。
 もしも本当に、その人がテレーゼちゃんをあんな目に遭わせた犯人だとしたら……何食わぬ顔で縁談を申し込んでくるの、怖すぎじゃない……!?」
 ぞっとしないと身震いをするのは『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)だ。
「そう……ですね」
「あぁ、ごめんなさい。怯えさせるつもりじゃないのよ?」
「あぁ、いえ……怖い、というわけでは……いえ、これも嘘ですね」
 ジルーシャの言葉を受けて、オーディリアが少しばかり苦笑するようにして笑った。
「現ルーベン男爵といえば、確かオランジュベネ地域に領地を持つ貴族の中でも評判の良い方です。
 イオニアスの乱において、ゲルツ男爵様共々彼の呼びかけに呼応する事の無かった貴族の一人……」
 そう応じたのは『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)だ。
「……そんな人がどうして?」
 ジルーシャの問いに、リールリットは黙す。
 それがわかれば、今回の縁談に同行する必要もなかったのだが。
「……地域の歴史的な経緯を考えれば、オランジュベネ・ブラウベルグ両家と深い繋がりがあってもおかしくは無いと思います。
 それに、黄昏色はアナトリウス氏族……オランジュベネ・ブラウベルク両家の始祖から受け継いだ象徴色。
 もしかすると、本当にアナトリアの末裔の因縁かもしれませんね」
 リースリットは異世界で出会ったテレーゼともよく似た少女の事を思い起こす。
「長い歴史が理由ねぇ……そうであったらいいのだけれど」
 頬に手を置いて一つ息を吐いたジルーシャはハッと我に返り。
「オーディリアちゃん、良かったらこれ……さっきのお詫びだと思って」
「……素敵な香りですね、ありがとうございます」
 ジルーシャが香袋を1つ取り出せば、オーディリアは小さく微笑んだ。
「それから、会談ではこの子を連れてってあげて?
 もしもルーベン男爵が貴女を確実に狙う気なら、一人になるタイミングを作ろうとするかもしれない。
 万が一そうなってもすぐに気づけるように」
「……はい」
 懐に潜り込めるような小動物のファミリアーを送り出せば、驚いた様子を見せたオーディリアが短くこくりと頷いた。
「オーディリア殿! それがし、忍者っぽいことしたいでござる!
 そう胸を張ってこたえるのは『忍者人形』芍灼(p3p011289)だ。
 芍灼自身にはテレーゼとの面識はなかった。
 だが、先ほど出た話――遠い過去にも似た異世界にいた知人とテレーゼはよく似ていた。
 テレーゼを救っても、あちらのアンネマリーとはあまり関係はない。
 それでも、知り合いによく似た人がピンチと聞いて何もせずにいられるような芍灼ではなかった。
「忍者、ですか? それはいったい……」
 不思議そうにするオーディリアに忍者の何たるかを説明すれば。
「……というわけで、面談中は闇の帳で隠れながら周囲を警戒する所存。
 超越個体で五感が優れるゆえ、不埒な輩はすぐわかるでござるよ!」
 胸を張ってこたえれば、彼女はお世話になります、と頭を下げてくれる。
(しかし……ルーベン男爵が関係しているという推測が正しければ、
 テレーゼ様に無事で居られると今すぐにでも困る企てがある可能性が高いという事になる。
 ……合理性よりも感情に根差す性急さのような違和感を覚える。
 この類の違和感、変化の原因は……魔種に関する事が多い)
 リースリットは此度の要件に関する整理を始めていた。
「テレーゼ殿への襲撃に黄昏色の瞳……どこも穏やかではないね
 マルク殿には恩のある身だ、彼の分まで……というと少し恐れ多いけれど。
 俺に出来ることであれば何でもさせてもらおう」
 そんなリースリットを見ていた『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)はオーディリアへと視線を向ける。
「元気になってくれたようで良かった」
 ひと先ず声をかけておく。
 ヴィーグリーズ会戦に至る一連の騒動の最中、奴隷として囚われたオーディリアを救出したのはヴェルグリーズを含むイレギュラーズだった。
 あの日以降、ブラウベルク家で雇われる形で落ち着いたらしいことは先程聞かされていた。
「求婚するからにはテレーゼ嬢に関して相手は何らか思うところがあるはず。
 領地が近い政略結婚なんて話も前からあったわけではなさそうだし……なかったんだよね?」
「ええ、そのはず。少なくとも、ルーベン男爵からは貰ってなかったと思います。
 ……仮に貰っていても、テレーゼ様は受けなかったとは思いますが」
 そうオーディリアは呟いた。
「そうなんだね……それなら尚更、何故このタイミングなのか、何故テレーゼ嬢なのか。
 そういった相手の思惑を伺えればとは思うんだけれど」
 悩ましいことに、そう言った舌戦はヴェルグリーズの苦手とする分野だった。
「俺は会場ではオーディリア殿を守れる位置で待機しているよ」
「ありがとうございます。それだけで十分嬉しいです」
(成程、間者働きですか。どう転んでも神威神楽への影響は無さそうですが、放っとくんも夢見が悪そうです)
 揺れる馬車に乗り、一同の交流を眺めながら、『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は少しだけ間を開けて続いている。
(それに、この辺りの方にゃ、南蛮物の手配で世話になっとるわけですしの)
 なんとなく、外を見る。
 広々とした平野はカムイグラではあまり見ることの出来ない景色だ。
 イレギュラーズとなってからというもの、数多の戦場に立っているが故に見慣れてきている。
 それでも異国であることを改めて考えさせられた。

●幸福には程遠くⅡ
 会談は、穏やかな雰囲気で始まった。
 オーディリアの護衛として訪れたイレギュラーズは会談の場にて向こう側に立つ者の内2人の姿に驚いた様子を見せた。
 ルーベン男爵のやや後ろに立つは『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)と『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)の姿。
 彼らはまるで男爵側に立つとでもいう雰囲気があるが――
「ふむ、その様子。図っているわけではないようですね。
 すいません、彼らは事前に私達と通じましてね……そして、テレーゼ様。そちらの方々は?」
 そう、男爵は微笑んだ。
「お初にお目にかかります。テレーゼ様の友人で、リースリット・エウリア・ファーレルと申します」
「おぉ、これは……御父君はお元気ですか?」
「えぇ、おかげさまで」
「それは良かった」
 向けられた視線は穏やかな物。
 リースリットは受ける感情の探知に務めていく。

 それ以降、双方であいさつを交わして、縁談の話し合いは深まっていく。
「……おや、テレーゼ様、大丈夫ですか?
「殊の外緊張なさっていまして。
 令嬢にとって縁談話は緊張するもの、ましてテレーゼ様の性格と立場では尚更でしょう」
「なるほど、その通りですね。これは恥ずかしい。女性の気持ちを察するのが苦手でして」
 リースリットが繋げば、男爵がそう言って頭を下げる。
「どうして、突然縁談の申し込みを?」
 ジルーシャはタイミングを見計らって問いかけた。
「過保護でごめんなさいね。アタシたちにとっても、テレーゼちゃんは大事な仲間だから……
 ちゃんと幸せにしてくれる人が相手なのかどうか、心配になっちゃうのよ」
「どうして、ですか……そうですね。理由はいくつかあります。
 まず、私は恥ずかしながら武辺者でして……未だに妻がおりません。
 幻想貴族として、三十路を越えてなお妻の一人もいないというのは、少しばかり遅い結婚となります。
 ……大変失礼ながら、それはテレーゼ様も同じなはず」
 ジルーシャの問いに、本当に申し訳なさそうに見える表情で男爵は言う。
「……そういうものなの?」
「……必ずしも、とは言えませんが、ある程度は、まぁ」
 小声でリースリットに聞いてみれば、少しばかり考えて応じるものだ。
 自分も最近になって婚約者が出来たが、リースリットの場合は自分がイレギュラーズなことに加えて家族が多い。
 兄と妹の2人しかいないテレーゼ達とは状況が違ってくるだろう。

 ヴェルグリーズはそんな会話が繰り広げられる中、注意深くオーディリアの傍に控えていた。
 彼女に事前に言っていた通り、護衛の騎士らしく、周囲を警戒するにとどめている。
 だが――これが思いの外に効果的であったことを知るのは今日ではなかった。
(……嫌な予感がする。誰かがこちらを見ているような)
 ヴェルグリーズはどこからともなく感じる気配、視線のようなものに剣を取れる体勢を欠かさない。
(……どうやらルーベン男爵側の者に、黄昏色の瞳の者は混じっておらんようですの)
 ざっと見る限り、その傍には仕立て人と思しき者はいなかった。
(あちらに寛治殿とヤツェク殿が居られる故、敢えて連れてこなんだとも考えますが)
 もしも、ここでオーディリアへの害意を見せるというのなら、敢えて姿を隠している可能性もあろうか。
「時に、黄昏色の瞳の魔物が出てお困りの様子。ありゃ、最近出てきた類のものなんですかの」
「えぇ、まぁ。そのようで、ゲルツ男爵家にもご迷惑をおかけしているようですね」
「出処が分かっとりゃ、情報を共有できると有り難いんですが」
「申し訳ありません。こちらもそこまでは……ルーベン領内に侵入する個体はこちらで撃退してるはずなのですが」
 微笑むばかりに答えるルーベン男爵の真意は読めない。
「最近、テレーゼ様の屋敷に下手人が入りましての。
 わしらが仕留めましたんで大事ありませんでしたが、危ないところでした」
「ほう? それは聞いてませんでした。そうだったのですか……?」
 その話を聞いた男爵は驚いた様子を見せ、そう言ってオーディリアへ視線を向ける。
「おや、十分にご存知かと思っとりましたが、違いましたでしょうか?
 貴殿らの屋敷に出入りしとるところを見たとの報告も上がっとりましたんでの。
 御身に何ぞあっては一大事。使用人の身を検められた方がええんではと」
「……その話が本当であれば、検めた方がよさそうですね。帰還後すぐにでもそうするとしましょう」
 そう言って男爵は笑う。その真意が読めたのなら、どれだけ楽であろうか。
「変に失礼を。テレーゼ様の身が危うかった事もあり、此度も万が一があってはと気が立っとったのです。
 主人の身を一心に案じるが故の非礼、どうかお許し願いたい」
「いえいえ、そんなことよりも、ご無事で何よりですよ。
 私と致しましても将来の妻となる女性が傷者にされたとあっては……」
 大げさに彼は頭を振って嘆き悲しんで見せた。
 それから少しして、会談は無事に終了する。
 結局、襲撃にあったばかりのテレーゼとの婚姻は気持ちが落ち着いてからで、という体で成功裏に終わった。

●張り巡らされた糸Ⅱ
 それはまだイレギュラーズがブラウベルク領に滞在していた頃。
 一足先にルーベン男爵領へと訪れていたのは寛治である。
「おはようございます。ええっと……確か、寛治殿、でしたね」
「お時間をいただき感謝します。
 アーベントロートの使いとして参りました。
 私がリーゼロッテ・アーベントロートが最も信頼するイレギュラーズの一人、という事は、皆さんよくご存知かと思います」
「ええ、そのことは重々、承知しております」
 周囲を見てもそれほどの敵意や害意は見えない。
 アーベントロートという大きすぎる看板のおかげか、或いは本当に何もないのか。
「今回の件はリーゼロッテ様から私が一任されておりまして。
 黄金双竜の跡目争いならいざしらず、フィッツバルディ配下貴族の力関係がどう転がろうが大勢への影響は少ない。
 ならばこそ、私は勝ち馬に乗りたいと思いましてね」
「……なるほど。たしかにそうですね。
 ですが、貴殿のおっしゃる通り、所詮はフィッツバルディ配下貴族同士の話です。
 乗った勝ち馬さえも貧弱かもしれませんよ?」
 寛治の言葉に爽やかな微笑で彼は語る。
(……警戒されてますね。これは掲げる看板が大きすぎましたか?)
 アーベントロートの名は確かな存在感を示しているが、同時に警戒を呼んだらしい。
 寛治はそっと用意していた物を取り出した。
 有り触れた袖の下はそんな男に多少なりとも興味を引くだろうか。
「……これは?」
「こちらもアーベントロートの名を用いるのです。多少の援助ならば可能です。
 ブラウベルクの軍師が健在ならこんな小細工は通用しなかったでしょうが、魔術師はもう還らない。
 きちんと絵図が描けるなら、青い鳥を落とすのもそう難しく無いでしょう」
「……ふむ、テレーゼ嬢は貴族としては夫を迎えていない方がおかしい年齢になってきておられたはず。
 私も武辺者で、今まで妻が無かった。しかも、名のあるローレットの方と懇意にされる彼女なら、と思いましてね」
(これは……嘘ではなさそうですが……)
 寛治は黙したまま彼の話を聞いていた。
 その語りは一面の真実と本音のようでありながら、肝心な物を隠している。
(……ルーベン男爵がテレーゼさんのことを襲った証拠。これが無くてはこれ以上は話さないでしょうね)
 少し考えた後、寛治は男爵へと視線を向けた。
「暫くの間、滞在しても? 貴方がたの絵図は、アーベントロートが乗るべき勝ち馬か。その確信が欲しいのです」
「ええ、構いませんよ」
 そう微笑んで見せる。

 それと殆ど同じ頃、ルーベン領へと訪れた詩人が1人。
(まったくうちのウィザードは! こんな状況になったら一肌脱がなきゃならんな。
 それに滅びの気配がなんでこちらに出てきているのやら。おかしな話だ)
 ギターを背負いなおすヤツェクは一つ息を吐いた。
(しかし、妙な話になったな)
 思うのは領地に残してきた最愛の妻。
 元幻想貴族であるヘレナ・オークランド改めヘレナ・ブルーフラワーにルーベン男爵の情報を教えて貰っている。
(シャキッとしないとな)
 聞いた話によれば、彼に悪い噂はない。
『――良いですか、ヤツェク様。悪い噂がないといえ、幻想貴族です。
 政争の只中に居続ける男が真っ白なはずはありません』
 そう、彼女は微笑のままに告げた、
『……場合によっては私を使ってください。
 元幻想貴族の私が取り入り再起を狙う――といった筋書きならきっと何とかなります。
 生きて帰ってきてくださいね』
 そう言って可憐な花はヤツェクに釘を刺してきた。
 酒場へと足を進めれば、男爵の使用人らしき者たちとも何人か知己の状態になっている。
(偶然ってのは、なかなかないものだ。今回の場合は状況が出来すぎている。
 テレーゼがあんな状態になっていることが領民に知れれば、ブラウベルクの領地には動揺が走る――まとまりもなくなる。
 殺した敵が生きていたことにに対する罠の可能性もある。
 テレーゼの状況を知られたくなかったら、とゆすりに回る可能性もある)
 とにもかくも男爵が『テレーゼを手に入れる』あるいは『テレーゼを殺す』ことでどんな得があるのか。
(安易というか、直ぐに思いつくのはやっぱり、領主代行を失ったら表に出るのが領主になる事か)
 ブラウベルク家の当主は王都に引きこもっているらしい。
 彼をブラウベルクへ引きずり出すことが男爵にとって何の利益がある。
(なんにせよ、結婚は……貴族だろうと、幸せでなきゃな)
 多少の打算と計算により導かれた政略の意味があるのだとしても――不幸ではなく、幸せであるべきだと、ヤツェクは思う。
 ヤツェクが男爵の使用人から男爵の下に案内されたのはそんなことを考えながら調査を進めて行った最中のことだった。

●黄昏の魔物Ⅰ
 魔物の撃破を依頼されていたイレギュラーズは目的となる集落へと訪れていた。
 重苦しい空気が可視化してどんよりとした影を落とす。
(テレーゼさん……PPP使ってでも回復させたいけど、僕のパンドラ残量的にできなさそうなのが悲しい。
 襲撃して毒盛った奴、もしそれを指示した黒幕がいるならそいつも……許さないよ。いずれ必ずぶん殴る。
 ……その為にも、まずは調査をしないとね)
 魔導書を開き、『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は周囲の淀んだ気配を晴らすように魔術紋を輝かせる。
(『黄昏の瞳の病』の御伽噺、『黄昏の瞳の魔物』、『オランジュベネ』の幻想貴族……ものの見事に黄昏だらけ、偶然とは思えないよ)
 自らの示す興味に応じる気配はあるだろうか。
「黄昏色の瞳の魔物……類似点があるな。
 こういう時にピンポイントでやってくる類似点というものは、概ね偶然ではなく、必然であると思っておくのが良い」
 そう語る『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は手っ取り早く『現物』と接触できるこの戦場へと訪れていた。
「プーレルジールのときみたいな、なんだかいやな感じがします。
 ……ここは幻想で、プーレルジールではないのに、どうして……?」
 ぽつりぽつりと『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は呟くものだ。
「同じ『滅びの気配』か。
 病気にしちゃ変だけど、そう認識されてるってことはじわじわ広がってる?」
 そんなニルに応じて『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)も疑問を呈する。
「もしそうなら、テレーゼさんの方もだけどこっちも早めに対処しねーと」
「テレーゼ様……ニルはテレーゼ様とあまりお会いしたことはありません、けど。
 プーレルジールで会ったアンネマリー様と、縁がある、かもしれないひと。
 ……亡くなったマルク様と縁の深かったひと。ニルは、テレーゼ様がくるしいのは、いやです」
 ぎゅっと杖を握る手に力がこもる。
「かなしいのはいやです。失うのはいやです。こころにぽっかり穴があいてしまうから」
「そうだな」
 応じる飛呂は念のためにマスクをしてきていた。
 黄昏の瞳の病と呼称され噂されるものだ。
 病と言われるのなら可能な限りの対策はしておいて損はあるまい。
(集落の人は……いないんだっけか)
 依頼人のゲルタは人口の流出に伴う減少で自然に滅んだ集落というが、この空気の澱んだ雰囲気では住めたものではあるまい。
(この気配がどこから広がったのか、あとは広がり始めた時期も気になるな)
 飛呂が気になっている点は特に重要な点であるような気がした。
(例えば、魔物が先なのか、この気配が先なのか)
「あの強気な宿主が珍しく頼み込んできたからな。日頃の感謝も兼ねて何とかしてやりてぇ」
 そう語るのは『不屈の太陽』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)である。
 依頼人とも懇意である青年は獲物を構えた。

●徹夜行
「黄昏の色の瞳をして狂暴化した魔物……か。
 俺と似たような目ぇしたヤツが暴れてんのはちぃと良い気しねぇよなぁ?」
 獰猛に笑って、ジェラルドは戦場へと飛び込んだ。
 堂々ととした飛び込みは集落の魔物たちの注意を引き付ける。
 あとはもう、握る愛刀を振るい続ける。
 淀んだ空気の中で黄昏色の瞳が薄気味悪く嫌に光って見える。
「確かに妙な色の目ぇしてるな……ったく……この国も妙な敵ばかり湧いてくれるもんだぜ!」
 飛び込むままの斬撃は踊るように魔物たちを蹴散らしていく。
 他の面々が集落に到着するより一足早く、『救済の視座』リスェン・マチダ(p3p010493)と『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)は集落の近くまで訪れていた。
 何を隠そう2人のチーム名は『徹夜組』――言わずもがな、先行して夜の間に調査をしようというわけだ。
「テレーゼさんの容態も心配ではありますが……
 黄昏の瞳の病を解き明かすのなら、やはり魔物の調査を行った方が早いはずです」
「黄昏の瞳の病は『強い臭いや水、大きな音、光を苦手とするようになる』んですよね。
 それなら、夜、水場から離れた、風上の静かな場所を中心に巡回してみましょう」
 リスェンが言ったことに応じたユーフォニーがそんな提案をしたのが発端である。
「一晩動き続けるくらい大丈夫です。ねっ、リスェンさん!」
 そう笑いかけてきたユーフォニーの笑顔に、リスェンは気付けば頷いていたのだったか。
「本当に徹夜することになるとは……がんばります」
 2人で手分けして持ってきた徹夜用のアイテムを降ろしながらリスェンは気持ちを入れなおす。
「関連しそうなローレットの記録を読んできましたが、黄昏色、オレンジ色というと、魔種のイオニアスさんが想起されますね。
 ブラウベルク家を滅ぼすことを目論んでいたようですし。ただ、イレギュラーズによって討ち取られているので、その可能性はないですが」
 いざ徹夜作業――の前に、リスェンは情報を振り返り、改めて情報を共有することにした。
「イオニアスさん……そういえば、境界には異世界の○○さん、みたいなひともいるんですよね。
 勇者のアイオーンさんとか……まさか、境界のイオニアスさん……なんて」
 応じるユーフォニーは異世界の事を思い起こす。
 境界、プーレルジールと呼ばれるあの地ではそういった例があった。
 問題は、現在までに『プーレルジール(あちら)から混沌(こちら)』へ渡ったことは無いらしいことだ。
 そもそも『プーレルジールに存在していた彼の地の敵勢勢力』を混沌へ渡らせないことが彼の地でのイレギュラーズの奮闘理由の1つだった。
「……強いにおいや大きな音、光が苦手になる病を知りませんか?
 原因を究明して、苦しんでいる人を助けたいのです。なんでも、月の輝く夜に青年が病を運ぶと聞いたのですが」
 ユーフォニーとは互いに見える位置で、リスェンは周囲の霊魂へと声をかけていた。
 元より、人口流出で自然に滅んだ集落だ。残っている霊魂の数自体がそう多くなかった。
(……ふむ、ふむ。なるほど?)
 ほつほつと出てくる霊魂の声に耳を傾けて、首を傾げる。
「……ありがとうございました。安らかにお眠りください」
 ぺこりと頭を下げる。
「どうでした?」
「そのような魔物が沢山いるとは教えてくれました。でも、あの魔物たちは『最初からそうだった』と」
「最初から……ですか?」
 声をかけてきたユーフォニーに答えれば、彼女は首を傾げている。
「えぇ、『ここにいる魔物たちは、この集落に姿を見せた時から既にその状態にあった』ようです」
「……ここに来てから病気になったのではなく、病気になった魔物がここに住み着いたってことですか?」
「そんな感じだと思います」
「彼らがどこから来たのか、聞けましたか?」
「……あちらからですね」
 リスェンが指さした方角にあるのは領土間の境界線たる川が流れている。
「……ルーベン男爵領」
 ユーフォニーは示された方角にぽつりとそう呟いた。
 嫌な予感がしてくる。
(テレーゼさんの毒は本当に毒……? 襲われたひとは最後は目や耳を潰して自殺する。
 でも魔物はルーベン男爵領からここに住み着いた。魔物だから生き残っているのか、あるいは――)
 少しだけ考えたユーフォニーは、嫌な予感がした。
 人の身体を乗っ取って、行動する――そんな存在を最近見た覚えがある。
 それこそ、最初に考えたあの世界で。
(もしそうなら、テレーゼさんも同じように黄昏の瞳の病に……って、考え過ぎですよね)
 そう考えれども、この類の『考えすぎ』というのは、往々にして当たっているような気もするのだ。

●黄昏の魔物Ⅱ
(『黄昏の瞳の病』の御伽噺、『黄昏の瞳の魔物』、『オランジュベネ』の幻想貴族。
 ……ものの見事に黄昏だらけ、偶然とは思えないよ)
 ヨゾラは星空の泥を澱んだ空気を晴らすように押し広げていく。
(特にテレーゼさんの襲撃後のタイミングで接触してきた、オランジュベネの貴族……どう考えても怪しい。
 僕は以前の案件……イオニアス・フォン・オランジュベネ関連の事に関しては詳しくない)
「とにかく、僕は僕なりに頑張るしかない。
 テレーゼさんも治すし、できれば他の人も例の病に罹らせたくない」
 周囲の空気の澱みは重く、『終焉の気配』はしつこいぐらいに漂っている。
 向かってくる魔物の持つ気配は、プーレルジールで戦ってきた終焉の獣ともよく似ていた。
 それどころか、『相対して、倒すまでの間は』終焉獣と何も変わらない。
 魔物を撃破してから間を置かず、その気配はなくなっている。
「……これだけ暗いと、光が届きにくいのです」
 ぽつりニルは呟くものだ。
 心なしか影の深さを感じる集落の中は、暗所が酷く多い。
「そうだな……黄昏の瞳の魔物は光が苦手らしいから、こういう環境の方が暮らしやすそうだ」
 ニルに応じつつ、飛呂は銃弾をばらまき飛び出してきた魔物たちの動きを封じ込めていた。
 ひるむ魔物たちめがけ、ニルが放つケイオスタイドの光が魔物たちを消し飛ばしていく。
「黄昏色の瞳……おめめになにか、ある?」
 ニルは自分の眼を手で覆ってみせる。
「目が何かに変わってしまう? それとも目や耳が敏感になってつらくなってしまうのでしょうか?」
「発症した者は黄昏色に瞳を輝かせるという部分は置いて、その他の症状は狂犬病や破傷風にも似る。
 だが治療法や、イレギュラーズには発症者がいないという事、それは肉腫にも似る。
 ……つまり、『普通の風土病』の類ではなさそうだということだ」
 2人の会話に愛剣を激しく揺らして進むアーマデルが応じる。
「俺はそのキャリアとも思える者を目撃したことがあるな。
 屋根伝いに宙を蹴り移動していた。
 即ち、飛行能力ではなく、簡易飛行や優れた脚力を持つということだ」
 そう語りながらも、アーマデルはふと思うところがあった。
(あの身軽さであれば、地上も平然と進めるはず。
 そうしないのは……無差別に病をまき散らすのではなく、無秩序を避け、狙い定めたものへ確実に齎す為……?)
 考えを進めながら、飛び出してきた魔物を切り刻んでいく。
(だとしたら何故、無秩序を避ける? なぜ無秩序を避けるのに病をまき散らす?)
 もしも無秩序を避けて標的を確殺したいのなら、そもそもとして『標的だけを狙えばいいはず』だ。
 無秩序を避けようという意思と、『病だと噂話が広がっている』現実はどうにもかみ合わない。
(……その二つを噛み合わせる何らかの情報があるはずだ。イシュミルの方は上手くやれているだろうか)
 本邸の方に置いてきたイシュミルには彼女を診て貰っていた。
「なら、男の人? にも要注意ですね?」
「あぁ……ここにそいつがいるかは分からないけど、もし病気っぽく感染していってるとしたら。
 感染してるやつの比率が大きい場所、そっちが元凶により近いだろう」
 ニルに飛呂も応じるものだ。

●張り巡らされた糸Ⅳ
 あらかたの相当が終わった後、イレギュラーズは集落に倒れる魔物の調査を始めていた。
(……こいつら)
 飛呂は撃ち殺した魔物に近づいてみる。翼の生えた犬のような魔物だ。
 黄昏色の瞳を輝かせるその魔物は普通よりもしぶとかった。
 それはまるで痛みという感覚を奪われているかのようだった。
(見たことのない種類の魔物だけど、それはいいか)
 その時だった。魔物の身体から何かが『消えた』気がした。
「ニル! 倒した魔物の眼を確認してくれ! こっちは俺が見る!」
「はい!」
 応じたニルは倒れた魔物に近づいて、そっとその瞳を開く。
「……色が、変わって……? この魔物も……病気に罹って、発狂してしまった、の……?」
「多分、元がこの色なんだろ。きっとあの目をさせてる原因の何かがあるんだ……」
 悲しくなって、ニルに飛呂は魔物の死体を見下ろして言う。
「それこそ、ゼロ・クールさん達が寄生されたのに似た状態……?」
 話が聞こえたヨゾラはそうぽつりとつぶやいた。
「……そんな。ここは幻想で、プーレルジールじゃないのに……」
 ニルは思わずそう言葉に零す。
「……あるいは、『逆』か? プーレルジールの終焉獣は魔王城をくぐって出たものだったはず。
 つまり、元々混沌の終焉獣だったはずだ。ならば、『混沌に同じような個体がいない理由』の方が存在しない」
 黙したままに推論を重ねていたアーマデルは顔を上げて呟いた。


 ゲルタへの報告のためにジェラルドは戦いが終わってから一足先にその場を後にしていた。
 宿主は暇そうにカウンターに肘をついてぼんやりとどこかを眺めていた。
「――ジェラルド!」
 そんな彼女が、自分の姿を見て飛び起きた。
 ガタリとカウンターが揺れて、座っていただろう椅子の引きずる音が響く。
「怪我はないでしょうね? 大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だって、こう見えても俺だってイレギュラーズだぜ?」
 笑いかけてやれば、彼女はほっと胸を撫でおろして、少しはにかんで見せる。
「いつも宿で世話になってるアンタの力になれたんなら良かったけどよ。
 また困った事があれば頼りにしてくれていーぜ?
 また知り合いの特異運命座標に声掛けて何とかしてやっからよ」
「助かったよ」
「アンタはよく頑張ってんだからたまには息抜きでもしたらどうだい?
 まぁお貴族様はそんな暇もねぇのかもしんねぇがよ?」
 そう言って、ジェラルドは彼女の頭を撫でてやる。
 何となくの癖だった。
 他の子たちは喜んでくれるのだから、きっと彼女も喜んでくれるだろう、ぐらいの。
「あ、あぁ、ありがとう……けど、これはいったいどういう」
「アンタが嫌だってならもうやらないが」
 少しの動揺を見せるゲルタに笑いかける。
「い、いや……そんなことはないわ。突然だから、動揺してしまって……」
「そうか。俺に出来そうな事は……アンタより背が高い分頭撫でてやるぐらいだからな」
 笑いかけてやると、ゲルタが表情を緩めて気持ちよさそうに笑っていた。
「そういえば、もう婚約の縁談ってのはもう終わったのか?」
「ええ、ちょうど終わったところみたいね……」
「お貴族様の事情は理解出来やしねぇが、集落でもまぁ聞かない話ではなかったか、婚約なんざもんは。
 どの国でも似たような事があるのかね……」
「ジェラルドはそう言った相手とか、いないのかしら?」
「その辺、こだわりのない親で良かったぜ。
 ま、家門ってお飾りのせいで言い寄られてはいたけどよ、面倒臭い記憶しかなかったな……」
「そ、そう……」
 そういうゲルタの表情がどこか複雑に揺れた気がした。
「あ、ほら。あそこから出てきた男が男爵よ」
 まるで話を切り替えるようにゲルタが言って、ジェラルドはそちらを見た。
 赤に近い金の瞳をした青年が部下らしい一段と共に降りてきて、こちらをちらりと見て、その立ち去っていく。
「なるほど、あれが……それより、俺が借りてる方の領地は大丈夫か?」
「えぇ、今のところそちらには問題はないわ」
「俺の目が届くうちは平和に暮らしてて欲しいもんだ。
 特異運命座標になってから守りてぇもんが増えるばかりだな?」
 そうして増えていくことは、不思議と悪い気分ではない。
 笑みを浮かべてみせれば、ゲルタが驚いたようにはにかんだ。

●張り巡らされた糸Ⅲ
(……それがしの仕事はここからでござる!)
 芍灼は男爵の尾行を行なっていた。
 すでに向こうに潜入している2人のイレギュラーズがいることまでは知らなかったが、それならそれでやりようはある。
 2人と密かに合流してある程度の情報を共有してから、芍灼は男爵の館まで辿り着いていた。
(……おや、あれは?)
 屋敷に戻り、家探ししようと目論んでいたその時だった。
 月夜の晩、夜空を駆ける影があった。
 獣の耳を持つその少年は屋根伝いに跳ねるように移動して屋敷の中へと降りて行った。
「アセナ」
 男爵の声は恐らくは先程の少年の名前だろうか。
「どうやら、姿を見られていたようですね?」
「……ごめんなさい。でも――」
「えぇ、分かっています。キミはよくやっている。
 あの場であの影を倒せなかったのは惜しい。
 ですが、あの場に集う手練れのローレットの中でキミが動いたとて、無駄でしょう。
 特にあの剣士、いつでもキミを斬れるように警戒を怠らなかった。
 本物を昏倒させているのであれば十分です」
「……うん」
「さて、キミは少し隠れていなさい。今日は――影が多すぎる。
 休暇前の最後の仕事は、鼠掃除をお願いします」
 その言葉の刹那、芍灼はぞわりと背筋に寒気が走った。
 バレている――跳躍と共に、一気に走り出す。
 その背後を、影が駆ける。
 距離を取る最中、月光に晒された子供の瞳は、昏く黄昏色に輝いていた。
 ――ヴェルグリーズが自分の存在が結果的にオーディリアの命を守り抜いていたらしいことを知ったのは、その翌日の事だ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でしたイレギュラーズ。
この度は遅れてしまい申し訳ありません。
第二弾は恐らく、かなり早期に公開する形になると思われます。

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