シナリオ詳細
Mal comune mezzo gaudio.
オープニング
●
サァサァと雨が降る。佇む女の黒髪はのっぺりと濡れそぼっていた。
俯く女の唇が戦慄いた。だらりと降ろした腕には切り傷が一つ。雨水によって血潮は流れ落ち痛々しい傷口が露出している。
「アエミリア」
呼び掛けられてから女はゆっくりと顔を上げた。
鮮血よりも尚も紅い。ルージュと同じ色をした瞳の女は「何よ」とだけ素っ気なく問う。
真紅のドレスは傷だらけ、これからダンスパーティーに出掛けるなんて嘘もつけないほどに泥に塗れた女だ。
「大丈夫?」
「大丈夫? 大丈夫かですって? アンタは人を殺したばかりの女に掛ける言葉の一つも準備しちゃいないのね」
気が立っているのだろう。ぎらりと光った瞳に滲んだ苛立ちが呼び掛けた青年を差す。
「女の扱いなんて知らない」
「クソガキ」
アエミリアは呻くように言った。
目の前の少年は美しい紅色の瞳をしている。アエミリアの眸と比べれば血色に近く、色素が抜け落ちたように思えた。
アルビノと呼ぶべきか。病的に白い肌に雪色の髪の青年はアエミリアが見た中で最も美しい。
(良くもまあ血が映えること――)
殆どが返り血だろう。前線に出ることのない少年はアエミリアにとっての『仕事上のパートナー』に過ぎない。
だが、その実力は信頼している。魔法の腕が信頼できるからこそパートナーに据え、同じ目的を果たすが為に邁進してきたのだ。
「どうする?」
「目撃情報があったろ。アイツらが何処に居るか分かったのだから、あとは殺すだけ」
「……そうだね」
青年は目を伏せた。アエミリアは「ティー」と呼び掛ける。それが青年につけたあだ名だった。
本名も年齢も不詳。幻想スラムで生れ育ったこのクソガキは見目麗しさが故に大層酷い目に遭ってきたらしい。
アエミリアにも覚えはある。スラムや孤児院育ちの子供というものは見た目が不細工でなくてはならないのだ。大枚は叩く変態貴族に買われていくならまだ良いが、路地裏に連れ込み腕を押さえ付ける臭い親父はどうしようもない。
――と、そんな似通った境遇で育った青年はアエミリアより運がなかった。
青年は名も無く苦しみ死の淵に貧したところを偶然にも『くそったれな暗殺ギルド』に拾われたというだけである。
そのギルドオーナーが名付けたのはティエーラ。隣に立つ坊主は大層その名を気に入っているらしい。
「ティー」
もう一度アエミリアは呼んだ。
「何?」
「殺(や)るか決めましょう」
「勿論。殺(や)るだろう」
ティエーラの眸がぎらぎらとした色を帯びた。アエミリアは「そうね」とだけ返してうんと背伸びする。
雨が降っている。
ざあざあ、雨が降っている。
「一度帰ったら、作戦決行だよ」
「そうだな。コレで全てが叶う。これが僕達の復讐だ」
●
「ええ~!?」
タイム (p3p007854)はローレットのカウンターに両手を突いてから「どうして?」と叫んだ。
へにゃりと眉を寄せ何とも悲しげな顔をした彼女に情報屋は「そう言われても」と首を振る。
「依頼人が殺されたから報酬が出ないっていうのは困った話だね。仕方が無いのだろうけれど」
そう肩を竦めたマリア・レイシス (p3p006685)は「元々焦臭い依頼だったんだろう?」と問う。
敏腕情報屋を自称する看板娘は「はい。だから皆さんに」と付け加えた。焦臭いからこそ『一つの仕事で終らない』気配がする――つまり、何らかのイレギュラーが起こる前提で仕事を依頼したのだと。
「貴族からの依頼で、領内を騒がせる盗賊を殺して欲しい。
此方(ローレット)が受けた依頼を遂行して盗賊を殺害したら、帰ってきたらその貴族が暗殺されていた。
………余程恨みを買っていた相手なのかは知らないけれど。不幸な『偶然』ね。
それはそれとして、しっかりと払って貰おうか」
「びい……」
コルネリア=フライフォーゲル (p3p009315)の視線を受けて身を縮めた情報屋に「本当に『偶然』か」とブレンダ・スカーレット・アレクサンデル (p3p008017)は問うた。
「ええ。それは疑問ではあります。この様な偶然があるのか、どうかです。
最初に言って居たでしょう。『元々焦臭いから私達に依頼した』と」
小金井・正純 (p3p008000)の問い掛けに情報屋の少女はもじもじとした様子で「ええっと」と呟いた。
「情報が一つ入っています。
『タイム』と『コルネリア』を知らないかと探し回っている男女二人組が居る――だとか」
アーリア・スピリッツ (p3p004400)は振り返ってからタイムとコルネリアを見た。
「二人を?」
「はいです。ローレットに所属しているイレギュラーズであることは把握なさっているらしいです」
「それは……ええと、良くない情報だね? どうして、って聞いても良いのかな」
真面目な顔をしたスティア・エイル・ヴァークライト (p3p001034)に「聞きたい」とタイムも追従した。
「大方、ローレットのイレギュラーズの仕事に関連してるんだろう?
例えばローレットが引き受けた依頼の関係者だったとか、そういうものじゃねぇのか?」
ルカ・ガンビーノ (p3p007268)が導き出した答えに情報屋の娘は「正解なのです」と頷いた。
「ローレットが引き受けた幻想スラムの暗殺ギルドを壊滅させる依頼があったです。
色々と貴族同士の諍いに使われていたため、様々な場所からの恨みを買ったものでした」
よくある話だ。幻想スラムを拠点にしていた暗殺を稼業とするギルドを壊滅させよというのは保身とある種の逆恨みだろう。
その当時の依頼主は父親を暗殺されたという貴族の娘であった。後ろ暗い商売に手を染めていた男爵家であったが、それでも家庭では幸せを謳歌していたのだろう。
因果応報とはよく言うが、その通り――暗殺ギルドを壊滅させるようにと舞い込んだ依頼にコルネリアやタイムは赴いた。
見事、その依頼を果たしたことはうっすらとした記憶に残っている。
それが今更何なのか。
「……二人の内の一人は魔導師です。その暗殺ギルドで活動して居た『紅色の眸』と呼ばれた方なのだそうです」
「ギルドの生き残りって事なのね」
タイムは頷いた。ならば、逆恨みと言うべきか、復讐がてら襲ってきても仕方が無いだろうか。
「もう一人は『緋色の弾丸』と呼ばれている女性だそうです。この方は『紅色の眸』のパートナーで――」
「待った」
コルネリアは顔を上げた。
「通り名は?」
「『緋色の弾丸』――アエミリアと呼ばれていました」
コルネリアが引き攣った声を漏し俯いた。アーリアが「どうしたの?」とその背をさする。
「……『姉』だよ」
コルネリア=フライフォーゲルの養母マチルダはスピーキオという亭主がいた。
流行病で身を崩したマチルダの為に、彼女との間にもうけた子アエミリアを引き取り育てたがマチルダの治療のために必要な金銭を稼ぐために彼女を鉄帝国に預けたとうっすらと聞いている。
コルネリアは見習いしスタートなり、マチルダの訃報を耳にした後にスピーキオに弟子入りを志願した。
そして、『卒業試験』が師を殺害することであったのだ。知らずの内に師を殺した事だけは覚えて居る。
(……うっすらとしか覚えて居ない。どうしてアエミリアが……?)
自身を探す理由は家族を求めてのことか。それとも『スピーキオ』を殺した事への復讐か。
コルネリアは「探している、なら相手はコッチの出方を見てるんだろう」と情報屋の娘に問うた。
「コルネリアさんとタイムさんを指定した『内容が薄く情報の確度が低すぎる』依頼があります。きっと、それは二人を誘き寄せるものかと――」
どうしますかと問われたが、答えは決まっている。真意を見定めねばならない。
人殺しが、人を殺されて、行き着く果ては結局同じなのかと落胆したようなと息を吐出しながら。
- Mal comune mezzo gaudio.完了
- GM名夏あかね
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年11月30日 23時45分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
その依頼は実に『怪しい』内容ではあった。誘き寄せられていると言った方が良い。見え見えな罠だ。
渋い表情を見せる『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)の傍らで「うーん、怪しそうだね」と『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はぽつりと呟く。
「標的も目標も釈然としないというか……誘い出すのが目的かなぁ?」
「屹度、そうだろうね」
マリアが頷けばスティアは益々釈然としないと言った様子で「うごごご」と呻いた。その傍を歩く『ただの女』小金井・正純(p3p008000)も「焦臭い、そんな依頼ですね」と呟く。
「こんな仕事をしていますし、恨み恨まれは世の常ですが、あからさまに名指しで狙われるとは穏やかでは無い」
ちら、と視線を向けられたのは『この手を貴女に』タイム(p3p007854)であった。此度の依頼は『シスター・ジャスミン』という女の殺害だ。
「依頼の方は言い方は悪いかも知れませんが、どうなろうと因果応報でしょう。
まあ、それは今回狙われてるお二人にも当てはまることでしょうけれど。コルネリアさんはともかくタイムさんまでとは。
やれやれ、ままならないものですね……」
「ん?」という顔をしたのは『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)であった。タイムはと言えば、直ぐさま表情を変化させたコルネリアを見詰めてから『心当たり』を思い出したように俯く。
「まあ、そうさ。罪とは消えない烙印ね……その通りさ。
どれだけ向き合っても、赦されても、それは決して無かった事にはならない。承知の上でアタシは銃を握っている」
「でも……」
殺したターゲットを忘れないように手帳に残しているコルネリアと、確固たる信念を胸にしたタイム。その何れもが、考え得ることがあるのだ。
「でも、ね。お金だけで動く人殺しを生業にしている人間がその報いを受けるのは必然だわ。
だから、あの暗殺ギルドを潰す仕事も迷わずに引き受けた。お金の為じゃない。
理不尽な思いをする人が一人でもいなくなれば。と、思ってた――思っていたのに」
それでも、廻り廻って、遣ってきたのは自分自身を狙った『殺害予告』にも似た依頼だ。因果応報という正純の言葉だけが頭の中で廻っている。
「……ああ」
タイムは呻いた。コルネリアがターゲットを忘れず、抱え続ける事は『彼女の信念』に見えていたけれど。
「――わたしの手だって、とっくに汚れていたの」
水で流したって、表面に見えなくったって、血で汚い。
そう思えば酷く苦いものが井から迫り上がってくるかのようだった。後悔の泡が煮えたって、脳天をも掻き混ぜてしまいそうな。
「一度汚れた手は、二度と綺麗にはならなくて、どれだけ洗ったって、不意に血の、臓物の匂いが鼻をつくのよ。
……殺せる人の手札には『殺す』ことがあって――その傍に子供が居ることは、怖い」
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は呟いた。シスターが善人だろうが悪人だろうが、その依頼を受けた、そして殺す。その『選択』を行なったからには『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)にとってはそれだけだと割り切れるのかも知れない。
だが――
「だから、私達が子供に恨まれたって殺してしまえばいいい、って思うけど……それでも、信じてみたいという気持ちがある。
それに、そもそもこの仕事が二人をおびき寄せる為の餌なら話は別。
いっつも無理ばかりするタイムちゃんも、冷たいようで甘いコルネリアちゃんも、私の友達だものね!」
「ああ。こりゃあタイムとコルネリアを誘き出す為の罠何だろ? 依頼主が仲間を殺そうってんなら、そりゃあ話が違ってくるぜ」
悩み、苦しむよりも『対話するべき相手』ガイルだけで幾分も心は楽になる。
地図を確認していた『薄明を見る者』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)はさて、と仲間達と向き合った。
「何をすれば悪人になり、何をもって罪人とするのか、結局のところ個々人の考え次第なのだろうな。
このきな臭い一件の顛末がどうなるのか私にはさっぱりだ。
……とはいえそれと今回の依頼がおかしいことに関しては別問題だ。
私は私自身の矜持として他人の命を自らの目的のために使うことを良しとしない。
シスタージャスミンの過去はどうであれ私はここで命を奪うことを許容はしない、申し訳ないがこれだけは曲げられんのだ」
それがブレンダの矜持であった。依頼の遂行が目的であったとしても、それが『虚偽の依頼』であったならば、どの様に熟すべきかだ。
殺人鬼の『首摘みジェシー』を『殺してしまえば』良いのだ。此処に居るのはシスタージャスミンだと、そう言い張ってしまえば良い。
「だから、宜しく頼む」
聖職者であるスティアにとって、過去に犯した罪があったとしても改心を行なったのならば命を奪いたくないというのは当たり前の考えだった。
過去に起きた出来事は消えないが、だからといって断罪を行なっても『死者は戻らない』。
今や孤児院を支え、立派に子供達を育て上げるようにもなったのだ。ならば、彼女は彼女の為すべき贖罪を続けていくべきである。
「……今まで通りの生活を続けて、多くの子供を救って欲しいよね。
けど、私は『どうしても』が必要なら覚悟する。その必要が無いことだけを願ってるけれど」
肩を竦めるスティアにアーリアは「ええ、勿論」と微笑んだ。マリアは「孤児院にいくかい?」と仲間達に聞く。
「勿論。孤児院に行ってガキ共と遊ぶとするか。飯を食わせて――そこまでの手筈は皆共通だろ?」
痕は此処の思うように、だとルカは言った。子供達の相手は皆に任せたいとタイムは言った。シスターに話を聞いておきたかったからだ。
「では、子供達は私達が担当しますね。コルネリアさんとタイムさんにシスターのことはお任せしても?」
「ええ。お願いするわね」
タイムが微笑めば正純は「分かりました」と頷いた。傍では「私は子供に好かれないんだ」と困った顔をして居るブレンダが居る。
「そうなのかい?」
「まあね……私自身は子供に好かれる性質じゃないと自認しているから。
子供達の様子は観察するよ。彼等の様子を見れば日頃の生活も見て取れるはずだ。
不自然な怪我や怯えの見える挙動。それがあればきっと私のためらいもなくなる。
そんなものはなくただ楽しそうな子どもたちがいるのなら……私は為すべきことをする」
呟くブレンダにコルネリアは「まあ、あの女次第さね」と俯いた。
●
孤児院に辿り着いてから「お手伝いをさせて欲しい」と告げたのはスティアであった。その持ち前のほがらかさで難なく入り込んだスティアは「こんにちは」と孤児達に向き合う。
「本を読みに来たよ。何か好きな絵本はあるかな?」
まだ幼い少女達の相手を買って出たスティアの膝には小さな少女が座っている。手にしている絵本はお気に入りなのだという。
「これ、シスターが読んでくれるの」と自慢げに言うその言葉だけでも彼女が大事に大事に育てられていることに気付く。
うずうずとしていた子供達を見てからアーリアはにっこりと微笑んで見せる。
「あのお兄ちゃんを捕まえた子が優勝!」
「いいの?」
走り出した子供達が周囲に集まってきてからルカは「おっと!」と声を上げた。その腕に持ち上げて楽しげに笑う子供達の笑い声が響く。
くすくすと笑った正純は「男の方でなければ持ち上がりませんしね」と頷いた。
「そうだよ。シスター、力無いんだよ」
拗ねた様子の少年に「そうなのですか?」と振り返る。大勢の洗濯物を運ぶシスターは苦労しているようにも見えた。
きゃあきゃあと楽しげに笑う子供達を見ていれば、改心したという言葉は本当なのだと納得も出来る。
シスター・コルネリアと名乗ったコルネリアは「仕事を手伝うよ」と洗濯物を抱えていた。
「好かれてるんだな」
「……それならいいのですけれど」
肩を竦めたジャスミンにタイムは「子供は好き?」と問うた。ジャスミンは「勿論」と恥ずかしそうに笑う。
「昔、酷い事をしてしまって。……子供が居たんです。私。8歳になった男の子でした。その子が事故で……それから荒んでしまって」
――ああ、それが『首摘みジェシー』のきっかけなのだろうか。
でも、それ以降は子供達のために働いているという。有るとき、これではいけないと後悔したのだそうだ。
「秘密にして下さいね。本当は自死も考えた、けれど、弱くて出来なくて……。
今になったらあの子達の成長を見るのが楽しくて、ずっと、ずっと、一緒に居られたらなあ」
吹いた風に「少し強いから、明日は雨かしら」とジャスミンは呟いた。
はためくシーツを抑えたコルネリアは唇を噛み締める。覚悟は何時だって必要だ。彼女を知って、それから――
「皆」
呼び掛けるブレンダに気付いてから『作戦』が開始されたことをタイムとコルネリアは気付いた。
クッキーやホットミルクを用意してにこにこと見守るアーリアはその中にちょっとだけの『おまじない』を仕込んでいた。
「ねえ、皆は大きくなったらどんな人になりたい?」
「んーしすたーみたいなひと」
うとうとと、夢見心地に応える子供の頭をそっと撫でる。「あたし、おうさま」と胸を張った少女に笑いかけてから「良い夢を」と囁いた。
今は起きないで居て。貴女たちにとって、恐ろしいことが起こってしまうから――
●
「『首摘みジェシー』に用があるって言えば要件がわかるか?」
微笑みながら後片付けをしていたジャスミンの肩が揺らぐ。声を掛けたルカを悍ましい物を見るように女は見上げた。
「お互いガキ共は巻き込みたくねえだろ。場所を変えようぜ」
素直に背後を着いて来た彼女は俯いている。アーリアは「こんばんは、善い夜ね」と微笑んだ。
「ねぇ、聞かせて。どうして貴女は今こんなことをしているの?」
「……今?」
「ええ。幼い子供を殺した貴女が、幼い子供を護っているの。
駆け寄ってくる子の笑顔を。幸せそうな寝顔を。その首を落としたい、と思ったことは?」
ジャスミンは引き攣った声を漏して「ない! ない!」と首を振った。青ざめたその表情が『本当』だと思えて――
タイムは「どうして殺すのを止めたのか、知りたいわ」とそう言った。ジャスミンは唇を引き結ぶ。
「……神に告白し、悔い改めたところで罪は罪。何れくだる罰が、少しばかり早まったと思ってください」
正純が弓を構え、矢を番えれば「ひ」とジャスミンは後ずさった。
「教えて欲しい。私たちがここにいる理由。それはシスターが一番分かって居るだろう?」
ブレンダが囁く。シスターは「い、いや」と慌てた様子で立ち上がった。そうだ。今は『戦って貰わねばならない』のだ。
苦戦を演出して黒幕を誘き出さねばならない。
「シスター、貴女は過去を後悔しているのですか?」
「したといっても、嘘だと言うでしょう!?」
ジャスミンは困惑したようにその胸元から取り出した短剣を振りかざした。受け止めるブレンダは渋い表情を見せる。
今が幸せなのは見て取れた。過去を後悔したのだって、良く分かる――罪は消えないが人は変われると思いたいのだ。
(ああ、甘いのだろうな――)
屹度、誰よりも己は甘いのだ。ブレンダは後方で『狙い』を定めるコルネリアの気配だけを感じていた。
「ぶっ殺す前に聞いておきたいんだがな。ガキを殺したお前が何故ガキを育てるんだ? 罪滅ぼしのつもりか。何がお前を変えたんだ」
ルカの問い掛けにジャスミンはだらりと腕を降ろした。その問いに答える為にやや冷静になったのだろう。
「少しだけ」と呟いた。そしてかたかたと震え始める。
「少しだけ……、恐くなったんです。失ったあの子と同じように首を吊って、ちょん切ってしまえば、お友達が増えるなんて妄執に取り憑かれて……。そうする事で、私と同じように苦しむ人が居ることに気付いて、こ、恐くなった。
私がそんなことをしなくったって苦しくて悲しい子供ばっかりだったのに。スラムであった小さな子は、食べ物が欲しいと泣いて……それで……」
虚ろな眸は何かを思い出したかのようだった。頭をがりがりと掻き毟り涙をぼろぼろと流す。
その姿にスティアは胸が痛んだ。タイムは彼女は抵抗する事も命乞いすることもない。ただ、涙を流すだけだと気付いた。
「死にたいの?」
「きっかけがあれば、でも……あの子達には寂しい思いをさせてしまうことが、一番に辛い……」
綺麗事だ。沢山の命を奪ったくせに。それでも――タイムはゆっくりとコルネリアの前に立った。
もはや抵抗を止めたのは、彼女の後悔なのだろう。償う意志があるように見えると告げるブレンダに構わずコルネリアは歩を進めた。
「仕方ない」
仕方ないのだ。この女も、死ねない理由が出来てしまった。贖罪の為に死ぬ事を諦めたのだろうか?
消えない苦しみを抑えて生きてるだけだ。司法に委ねた方が良いなんてわかっている。それでも、認める訳にはいかないのだ。
ジャスミンの罪を――アタシの罪を――無かったことには出来ないのだから。
ゆっくりと銃を向ける。
「ダメ」
タイムは立っていた。
「どきな、タイム」
撃たなくてはならない。
撃つべきだ。その、筈なのに――
その頬を弾丸が掠めた。マリアが「来た」と呟き臨戦態勢をとる。
スティアが勢い良く前線へと飛び出した。
「こんな手を使ってでも呼び寄せたい誰かがいるのかな?
申し訳ないけど、やらせる訳にいかない! 邪魔をさせて貰うよ。まずは私を倒してからにしてね!」
胸を張ったスティアは「誰って名指ししてもどいてやらないんだから!」と『あっかんべえ』をする。
●
アエミリアがスティアから距離をとろうと一度後退した。庇うようにティエーラが立ちはだかる。
「ティー!」
「アエミリア、数が多い。退こう」
「どけっ! コルネリアがいる!」
叫ぶアエミリアの腕を掴んでからティエーラは「奴ら相手は分が悪い!」と声を張り上げた。
「ッ――」
歴戦のイレギュラーズだ。そんなことアエミリアから見たって分かる。その為に力を得た。鍛練を積んだ。それなのに。
「ッ……コルネリア」
アエミリアが酷く憎悪を孕んだ眸で睨め付ける。コルネリアは自身の罪と向き合うときが来たのだろうと、そう思った。
「正義ってなんだろうねアエミリア。
誰かを助けたい、養母さんがアタシの手を取ってくれたように、救われない誰かを救いたかっただけなのに。
……それなら、ジャスミンも、アンタにも本当なら手を差し伸べないといけないはずなのに。
傲慢と思われようと、アタシにはそれしか残ってないのよ」
酷く引き攣った声を漏したコルネリアにアエミリアは「全て取りこぼしたくせに」と毒吐いた。
コルネリアが銃を向け、アエミリアもそれに倣った。
その間にはティエーラが、そしてタイムが立っている。
互いの射線には『仲間』が居た。アエミリアは「ティー!」と酷く苦しげに呻く。
目的を意地でも果たしたいというならば目の前の彼を撃たねばならないのか。ぶるぶると腕が震えた。
タイムはゆっくりとコルネリアに近付いてから銃をその胸に当てる。
「撃つ?」
「……タイム」
タイムは「話を聞いてからでも、良いでしょう」と微笑んだ。
「ねえ、ティーさん?」
「ティエーラだ」
「……ティエーラさんね。少しだけ話を聞いたわ。暗殺ギルドの生き残りね。復讐、でいいのかしら?
あなただって家族を持つ誰かを殺して来た身でしょう。
理不尽に肉親を殺される痛みを理解して殺しに手を染めていたのではないの? それでも復讐がしたい? どうして?」
ティエーラは「それをローレットが聞くのか」と問うた。タイムは「あ、確かに」と何か思い当たったように手を打ち合わせてから笑った。
「ふふ。そうね、うん。……理屈ではないわね。あなたの大切な人を殺した。恨まれるのは仕方ない。
どちらかが死ぬまで続けるのなら付き合うわ。でもね、こんなこと、どこかで止めたいの。これ以上、泣く人を増やしたくない」
「屹度、連鎖すると知っている。それでも、空いた穴は埋まらない」
埋めることが出来ないとティエーラは呻いた。『空いた穴を塞ぐ』のは簡単で、難しくて、それを受け入れる事は難解なパズルを解くようなものだった。
「……アエミリアさんと言いましたか」
正純は今だティエーラが射線にいて撃つことが出来ずに居たアエミリアに向き合った。
「ティエーラさんの事は何となくは把握しました。では、あなたは?
あなたがたの報復の理由、その目的……悲しい過去、愛していた者との離別、奪われた事への怒り、そんなところでしょうか。
それで、あなた達は自分たちが殺してきた人達にも同じ理不尽をぶつけられる覚悟はおありで?
同じ傷を持ったもの同士でその傷を舐めあって、おのれの怒りに正当性を担保して、ご立派な復讐心ですね」
正純を見たアエミリアは「テメェ」と呻いた。その声音に、はたと正純は留まってから手をひらひらと挙げてみせる。
「こほん。少し、冷静ではありませんでした。
復讐は何も生まない、そんなことは無いです。……次の復讐を生むし、快感があるのは達成した一時だけです」
「そうさ。知ってるよ。残るのはね、ただの達成感の後に残った後悔なんだ。
それでも、家族を殺されて、誰かを殺して『そいつが同じ気持ちを味わう』事でしか自分を保てない女の事はどうするんだ」
アエミリアは呻く。頭を抱え、苦しげに叫ぶ。
「――もう、ティエーラと、あたしは、何も残ってない」
ばかだなあ、と。アーリアは呟いた。
「ね、バカなひとたち」
アーリアはそれでも、応戦する。ああ、だって、全てを決めるのは屹度相手だからだ。
「ティエーラ、テメェが暗殺ギルドの生き残りか。暗殺者ってのは傭兵と違って人情家なんだな。
今日の敵が明日は味方になるのが傭兵だ。単独に近い人数で動く暗殺者とは考え方も違うか。
ま、俺も仲間の敵が敵のままなら私情混じりでぶっ殺すだろうから大した差はねえのかもな」
ルカは憎しみを捨てろなんて言わなかった。からからと笑ってからティエーラに肉薄する。
魔術の遣い手だとは聞いていたが、成程、魔法が肌を刺す痛みは確かだ。
ルカが地を蹴った。剣を振り上げ、叩き付ける。ばりん、と魔力の障壁が音を立てた。
「シスターとの戦いが俺の実力と思って貰うのは困るんでな。お前にはちっとばかし本気でいくぜ。
――お前に恨みも興味もねえが、家族団らんの邪魔をするのは無粋ってモンだ。こっちに集中して貰うぜ」
「……アエミリアをどうするつもりだ」
「さて、そりゃ、『妹』次第だろ」
ルカとアーリアを前にしてからティエーラは「アエミリア」と呟いた。
「だって、違約金問題じゃない! これじゃあ、話が違うのよ?」
分かって居るのかと膨れ面を見せるアーリアにスティアは「そうだよそうだよ!」と追従する。
「……泣く人を増やしたくないとか、ずっと続いていくとか、だったらどうすればいいんだよ」
ティエーラは魔力の障壁を展開してからそう呟いた。その声音に僅かな困惑が混じったことに気付き、ブレンダは「何を考えて居る」と問う。
「僕も、アエミリアもどう生きれば良ッ――」
ぐい、とティエーラの襟首が掴まれた。アエミリアは「ティエーラ」と呼び掛ける。
「綺麗事だ。綺麗事に惑わされんな。
……所詮綺麗事でしかないんだ。追掛けてくるなら、来な。それで殺せば良い。アタシ達は何度だって、殺しに行く」
アエミリアはカードを一枚投げて寄越した。慌てて拾い上げたタイムはそれが二人の拠点を記してあることに気付く。
「どうするの?」
問うたアーリアにアエミリアは応えない。
「……そうね、また会いましょ、お二人様。子供達が起きちゃうから――またね」
今はそれで良い。天が鳴いている。暫くすれば雨が降るだろうか。
土砂降りになって――やや雨脚が緩まってから『彼等』をどうするかを考えよう。
「ねえ、ジャスミンさん。今までの行いを悔いているのであればこれからの人生をかけて償って欲しいかな。
少しでも多くの命を救うのが貴女の為すべき贖罪だから……子供達の期待を裏切らないようにしてね。約束だよ」
「ええ……」
「もしも何かあったら私が子供達を保護しちゃうんだから」
揶揄うようにそう言ってからスティアは手を差し伸べた。
ジャスミンを支えて立ち上がったスティアは振り返る。突如として降り始めた大雨に、慌てた様に走る仲間達の背を見送ってからコルネリアは「くそ」と呟いた。
――罪に向き合わねばならないならば、己の過去を話せばならない。
あの日、何があったのか。仲間達は聞いてくれるだろうか。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
向き合うのは、大変ですね。
GMコメント
●成功条件
『依頼の成功』
(シスタージャスミンを殺害すること)
●『依頼』
皆さんに齎された依頼はとある修道院で保護されている『元』悪人の殺害です。
シスター・ジャスミンは幼い子供ばかりを狙う猟奇殺人鬼でした。ですが、その罪を神に告白し、今は神に仕えています。
そんなシスター・ジャスミンを殺すようにと言う依頼がやってきました。詳細は書かれていません。
あいつは悪人だ、とだけ書かれています。裏付けを行なったのはローレットの情報屋です。
○シスタージャスミンについて
彼女は確かに猟奇殺人鬼です。『首摘みジェシー』の名前で知られていました。
幼い子供を攫い首を吊ってから絶命した後にぱちん、と切り落としてしまうのだそうです。
犠牲者は数多く、スラム街の子供が犠牲になりました。有るときからぱたりと足を洗ってシスタージャスミンと名を改めています。
女は過去を直隠しにし子ども達と幸せそうに過ごしています。今は善人ですが、過去は悪人です。
このシスタージャスミンを殺せと言う依頼が入りました。彼女はもの凄く抵抗するでしょう。因果応報であっても。
○依頼文書について
依頼にはシスタージャスミンを殺せ、あいつは悪人だ。それだけが書かれていました。
殴り書きには「罪とは消えない烙印だ」と書かれています。
ジャスミンを指しているのか、それとも『皆さんが悪人を殺す依頼を受けて人を殺すこと』を指しているのか……。
●現場での情報
ここは幻想です。シスタージャスミンは勿論、孤児院の子ども達も居ます。
昼間の内に子ども達に一服盛っておきましょう。子供達と仲良くなりジャスミンを逃がさぬ様に対処を行なう事は簡単です。
食事に薬を混ぜて子供達を眠らせてからジャスミンを呼び出さねば子供達を巻込むこととなります。
またジャスミンと戦っていると『周辺から弾丸と魔術』が飛んできます。つまり、敵戦力が増加する事を予め認識してください。
○弾丸:『緋色の弾丸』アエミリア
シスタージャスミンとの戦闘の際に乱入する女です。
コルネリアさんの『姉』に当たります。同じ孤児院で過ごし、コルネリアさんの養母マチルダと師匠スピーキオの実子ではありましたが鉄帝国に預けられました。
コルネリアさんが『スピーキオを殺害した』と認識しています。アエミリアがちょっとした偶然で出会ったティエーラは彼女の現在の相棒です。
何方も家族を失った者同士。互いに同じ目的を抱いた『相棒』になってきているのかもしれませんね。
○魔術:『紅色の眸』ティエーラ
幻想スラム出身の暗殺ギルドで育てられた青年。魔術の素養が強く、数々の暗殺を熟してきました。
ある時、アエミリアとタッグを組んでの依頼を任され帰宅するとローレットによってギルドが壊滅させられていました。
その際に聞いたのがタイムとコルネリアという名前です。実の親のように愛していたギルドオーナーを殺したローレットに恨み辛みを重ねています。
ティエーラには家族は居らず、自身をティーと呼ぶアエミリアは本当の家族のような存在になってきてしまっています。
○『かつての依頼』
とある貴族令嬢の依頼で父親を殺した暗殺ギルドを壊滅させて欲しいという依頼が舞い込みました。
ローレットが暗殺ギルドを壊滅させた際の依頼に『参加している』設定で皆さんは動いて構いません。
※コルネリアさんとタイムさんは参加しています。その他の参加者の皆さんはその依頼の同行者であって構いません。
また、ティエーラとアエミリアから言葉を引き出すことがこのシナリオの肝です。
彼女達は本当に家族を殺した存在への復讐のために動いています。
その復讐心を無くすのか、それとも、復讐心を燻らせ殺すのか。その判断を下すためにも対話は必要でしょう。
理由無く人を殺す事も出来るかも知れませんが、それは大きな罪のように今は感じられるでしょうから。
●情報精度
このシナリオの情報精度はD-です。
基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
そもそも、『不測の事態』は起こるべくして起こることとなります。
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