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シナリオ詳細

どうか誰よりも華やかに輝いて

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 絢爛に輝くシンデレラの舞台は、独りぼっちの舞踏会。
 ハシバミの大樹を中心に据えた舞踏会はシンデレラの舞台に他ならない。
 ここがどこなのか、自身が何をしてしまったのか。
 シャルール=サンドリヨン=ペロウは訳も分からぬままにその地に残っていた。
 周囲にある全ての人々は夢を見ているだけなのか、自分がかつて打ち破ってきたライバルたちの影なのか。
「……ようやく辿り着けましたね」
 ふとそんな声を聞いて、シャルールは顔を上げた。
 それは銀髪の青年だった。洗練された気品と余裕を感じさせる佇まいには思わず顔が熱くなる。
「……貴方は、以前にお会いしましたね? 確か、シレンツィオ・リゾートにて」
 シャルールは歴代最美の誇りを盾に、青年を見る。
 彼は甘いマスクに柔らかな微笑みを湛え、穏やかに礼を尽くすままに片膝を着いた。
「貴女の記憶に覚えていただけたこと、これ以上の褒美はありません」
 それは騎士のように、それでいてどこか絵本に出てくる王子様のように見えて。
「貴方のお名前は?」
「ヘイエルダールと申します……美しきオーロラの姫よ」
「……貴方は、ここがどういう物か分かっているのでしょう? どうすれば出られるのか、教えていただけませんか?」
 シャルールの問いかけに少しだけ驚いてみせたヘイエルダールは微笑むままにここがどこなのかを教えてくれた。
 それなら簡単なことですよと――けれど、語られた言の葉に、シャルールは身を引き締まる思いがあった。
「ですので、シャルールさん。貴女には負けを認めていただきたいのです。
 この地は貴女がもう一度、シンデレラの舞台で彼女と戦うことを望んで作り上げられた。
 僕たちを含む全てがこの地から出るには、貴女がその望みを放棄すればそれで済むのです」
「――出来ません」
 その言葉は真っすぐに、静かに出た。
 告げられた言葉の全ては、想いにもよらぬものだった。
 だが、それだけは出来なかった。
 それは、シャルール=サンドリヨン=ペロウという娘の誇るべき短くも真摯な生涯の全てに対して、自ら侮辱することだった。
「わたくしはシャルール=サンドリヨン=ペロウ。歴代最美シンデレラとも謳われた、誇り高きシンデレラです。
 わたくしは、シンデレラとして、名誉と矜持を以ってそうあり続けるように努力と研鑽を重ねてきました。
 だから、それが戻るための最短の手段だからといって、戦ってすらいないままに舞台を降りることなどできないのです」
「……強情な人ですね」
 刹那、ヘイエルダールは槍を抜いた。
 飛ぶように放つ槍は完全な奇襲――のはずだった。
 けれど、それがシンデレラに傷をつけることはなかった。
「――ヘイエルダールさん、今の無礼は赦しましょう。貴方にもきっと貴方の覚悟があるのでしょう。
 その代わり、貴方にはわたくしのペアになっていただきたいのです。
 あの日見た貴方のダンスはわたくしの隣で踊るに相応しい。どうか、全力で踊ってくださいませ」
 目を瞠る男は沈黙する。
 すさまじい速度で頭を巡らせているのだろう彼は、やがて、わたくしの手を取った。
「……いいでしょう。それしか、方法が無いのならば」
 深いため息が、男から漏れていた。


 天義の外れ、静謐なる神の領域。
 そこにはかつて、願いをかなえる霊樹が存在していたという。
 事実、足を踏み入れて感じるのは常に何かにあるいは誰かに見られているかのような感覚だった。
 あるいはこの地に住まう精霊達であるかもしれないが空間そのものが警戒心を抱いているかのようだ。
 それでもどこまでも澄んだ空気と木々の生む木漏れ日は穏やかな温かみを伝えてくれた。
「……やはり少し緊張しますね」
 トール=アシェンプテル(p3p010816)や結月 沙耶(p3p009126)がこの地に足を踏み入れたのは2度目になるか。
「トール……私も着いているから」
 そう言った沙耶は今までよりも少しばかり乙女な雰囲気を持っているか。
「シャルールさん……あの時の彼女ですか。心配ですね」
 ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は半年ほど前にシレンツィオリゾートにて彼女と出会った日のことをなんとなしに思い起こす。
「マリエッタ、もう動いても大丈夫なのよね? 無理は駄目よ?」
「ええ、問題ありません」
 セレナ・夜月(p3p010688)の言葉に応じたのはマリエッタ・エーレイン(p3p010534)はこの場にいられるかわからなかった身である。
「やはり、トールでしたか……他にも何人か見覚えのある方もいるようですね」
 ふと、そんな声が聞こえた。
 穏やかな紳士然とした声色の柔らかな声だった。


「……貴方は」
 振り返りみればそこには燕尾服を纏った銀髪の青年が1人。
「たしか……ヘイエルダールさんでしたか」
「気持ちは分かりますが、今は武器を収めてください」
 警戒を露わにするマリエッタが咄嗟に血鎌を構え、他の面も同様に動こうとすれば、ヘイエルダールは敵意の無いことを示すように両手をあげた。
「前に会った時のこと、忘れたのか?」
 そう告げる沙耶に彼は微笑を残すまま。
「もちろん、覚えていますよ。ですが、それは今ではない。
 今回は僕達も巻き込まれた側なのですよ」
 そう言って肩をすくめるようにヘイエルダールは苦笑する。
「……そう言われても、はいそうですかと武器を降ろせる関係じゃないわ」
 セレナも応じれば男は苦笑するしかなさそうだった。
「貴女達の言い分も分かります。ですが、ここがどういう空間で、抜け出すにはどうすればいいのか。
 それは結果的な話として、彼女を救う方法も……分からないでしょう?」
「……そうですね。私達はまだ、何も知りません。ヘイエルダールさんは分かるんですか?」
 ココロが言えば、ヘイエルダールが確かに頷いて見せる。
「……お話は聞きましょう。警戒を解くのはそれからでも遅くはないはずです」
 ココロの言葉に少しだけ安どした様子を見せ、ヘイエルダールは静かに語り始める。
「あそこにある霊樹はどこぞの遂行者の気まぐれで聖痕が刻まれています。
 霊樹は願望器としての力で宿主を見つけ、作り上げた空間です。宿主が誰か――は言うまでもありませんね?」
「……シャルールさんですか」
 トールの視線の先、豪奢に輝く会場の中心にて立つかつての世界の友人が映る。
 静かに中心で立つ彼女の纏う雰囲気は元の世界で見た全盛期よりもさらに堂々たるものだ。
 それは間違いなく、彼女が混沌で高めた研鑽の賜物に違いあるまい。
「この領域は、恐らくはあの彼女の悔恨を汲み上げたもの。
 彼女は二度と貴方とシンデレラの舞台を演じることが出来ないのではないかと、そう考えたのです」
「そんな……でも、彼女が神の国に……冠位傲慢に手を貸すはずが」
「どうあれ、あの嬢ちゃんはハシバミの霊樹に願いを汲み取られちまったんだろう。
 それがこの空間だ。俺達だってこんなところからはおさらばしたい」
 そう言ったのはたしか、ベルシェロンと名乗った1人か。
「……今回は共闘だ。そっちが良いのならだけどな」
 帽子を目深にかぶってヴィルヘルムと名乗った彼もいるか。
「元よりこの地では、力づくとはいきません。
 この領域そのものを破壊する方法はなく――彼女を力づくで討伐することもできないのです。
 これらは恐らく、回りまわってシャルール・サンドリオン・ペロウの命を守るために発揮されている。
 恐らくは、彼女自身にさえも気づかぬうちに霊樹の力にブーストされて加護が降りているのでしょうね。
 故、この地では『自分なりに、この場にいる誰よりも美しく輝こうとする意志』……それこそが最重要とされる」
「……結局、何をすればいいんですか」
「彼女に勝つのです。もちろん、力ではなく――自分では貴女達には勝てないと、そう美しく輝くことで。
 ですが……そのためには前提として、彼女の下へと辿り着かねばならない。
 そして、その頂で彼女に認めさせる必要があるのですよ。私達こそが、シンデレラなのだと」
 そう言って、ヘイエルダールは首を振って後退する。
「……そうですね、その身なりではシンデレラも何もありません。まずは着替えることです。
 幸い、この地では望むドレスが再現されるようになっています。
 想像してみればわかるでしょう――それでは、頂でお待ちします」
 そう言って、ヘイエルダールがお辞儀をしたかと思えば、その姿が掻き消えた。
 その姿がシャルールの隣にあることに気付けば、この地のシンデレラペアは誰か分かろうというものだ。
 挑戦者たちを待つように、戦場に響く演奏が熱を増していく。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 大変お待たせしました。アイコンもご用意しての公開となります。

●名声値
 当シナリオは天義名声が付与されます。

●オーダー
【1】シャルールの奪還
【2】ハシバミの霊樹の破却

●フィールドデータ
 天義に存在する聖域の1つ、その地に影ながら存在していた神の国のようなもの。
 多数の鮮やかなシャンデリアと美しいオーロラに輝く装飾に彩られています。

 多数のライトに照らされた中心部には空間そのものを支えるように聳える大樹が存在します。
 その大樹を取り囲むようにダンスステージが存在しています。

 当シナリオ中、この戦場の景観や舞台が破壊されることはありません。
 霊樹の願いの中心であるシャルールが負けを認めるまで現状の姿を保全し続けます。

●特殊ルール
 当シナリオではプレイングの『自分なりに、この場にいる誰よりも美しく輝こうとする意志』が最重要視されます。
 より具体的に、自分のアプローチを行っていきましょう。
 それはペアへの熱意であるかもしれませんし、自分自身の容姿や技術への誇りかもしれません。

 戦闘よりもどう魅せようか、どう演出したいかが最重要です。
 感情や使用スキル・装備の特殊化などなど、目いっぱいの魅せるための演出を重視するといいかもしれません。

●ドレスコード
 当シナリオにはドレスコードがあります。
 何らかの理由で普通に着て行ったでも構いません。
 持ち込んでないばあいは領域の魔法的なあれで着替えたことになります。

 もしも着ていくドレスにイラストがある場合はプレイング内にイラストIDやイラストタイトルを記載してください。

●エネミーデータ
・『歴代最美』シャルール=サンドリヨン=ペロウ
 トールさんとは同じ世界、同じ国、同じ時代を生きた同郷の女性。
 かつての世界ではトールさんに敗れるまで『歴代最美』と呼ばれた人物。
 トールさんの事は『至上のシンデレラ』にして最高のライバルで、かけがえのない友人と思っています。

 努力に裏付けられた自分の才能と美貌に絶対の自信を持つ前向きな性格。
 自分磨きに余念がないストイックさも併せ持ち、弱音や努力する姿は人前では見せません。

 最初は自らのせいで成立した空間に驚きと焦燥と困惑を抱いていました。
 しかし、自分の場所にまで辿り着いたヘイエルダールの言葉により、
 ここが自分が用意した自分の心象風景のような物と悟り、覚悟を決めたようです。

 自分がシンデレラとして負けを認めれば直ぐにでも解除は出来るのでしょう。
 けれども、彼女自身の在り方が『解除するためにおのずから負ける』などという理由で降りることを許さなかったようです。

 戦闘となればオーロラに輝くドレスを纏い、ヘイエルダールをペアとして動きます。
 防技、抵抗共に極めて高い神秘型のヒーラー兼バッファーです。

 攻撃方法としては純粋にオーロラエネルギーを掌に束ねてぶっ放す魔力放出のような技を用います。
 それ以上にヘイエルダールの踊り(戦闘)の支援を行います。
 自分の向上心と自信が力の源です。

・『再誕の救済者』ヘイエルダール=アシェンプテル
 白に近い銀色の髪とオーロラ色の瞳をした細身の好青年です。
 柔和な微笑を湛え、どこか童話の王子様とでも言える雰囲気があります。

 イレギュラーズよりも早くにこの領域に迷い込み(ないし誘い込まれ)ました。
 兄弟で情報を集める傍ら、シャルールの居る場所にまで辿り着きました。
 シャルール的に無自覚的な好みのタイプだったのか、そのままペアになったようです。

 この神の国の特性上、領域が破壊できないために正面から突破することに決めました。
 シャルールの支援を受けながら前衛として戦うでしょう。

 普通に本気で襲ってきます。
 何故なら『ペアが手を抜いたせいで負けた』ではシャルールに本気で負けを認めさせることにはならないからです。

 中~遠距離レンジから高火力で確実に叩き潰していく純アタッカー。
 単体、貫通、扇などの範囲攻撃を行ないます。
 武器の形状から【スプラッシュ】や【連】、【多重影】、【変幻】などの技術を駆使する可能性があります。

・『遂行者』パンデュール
 戦場のBGMを奏でる楽団の指揮者兼遂行者です。元は高名な天義の音楽家であるとかないとか。
 美しい舞踏会にあう心の踊る音楽を奏でています。

 ハシバミの霊樹に聖痕を刻んだ張本人です。
 シャルールが負けを認めれば攻撃可能になることでしょう。

・『異言を話すもの』×40
 雑魚枠。貴族の子息やご令嬢を思わせる姿をしています。
 舞踏会の参加者として踊るように、皆さんを倒そうとしています。

・ハシバミの霊樹
 途方もない年月を生きたハシバミの樹です。
 空間そのものを支えるかのように聳えています。
 悪意や欲望に満ちた願いを叶え続けて歪み、聖痕を刻まれて加速的に暴走しています。

 何らかの浄化が必要かもしれません。
 また、何かへと怒っているような雰囲気もあります。

●NPCデータ
・『再誕の救済者』ベルシェロン=アシェンプテル
 赤毛に金色の瞳をした好青年です。ヘイエルダールの弟。
 コミュ力と自己肯定感がばりばりに高い陽キャ系俺様王子様といった雰囲気。

・『再誕の救済者』ヴィルヘルム=アシェンプテル
 帽子を目深にかぶった金髪の長身の青年です。ヘイエルダールの弟。
 寡黙という単語が似合うクールで物静か系の王子様といった雰囲気。

 シナリオ中では2人でペアになって適度に踊って友軍として行動します。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • どうか誰よりも華やかに輝いて完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月10日 23時30分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

リプレイ


 舞踏会は霊樹に見下ろされ眠ることなく永遠の刻を紡ぎ続ける。
 頭上に煌くシャンデリアも、壁に飾られる数多の絵画も、色あせることなきタイルも、調度品の一つに至るまで。
 ことここにあるすべては一人の娘の描いた夢にして、夢の舞台。
 誰よりも美しく、誰よりも華蓮に、私こそが輝いているのだと、それを証明するための舞台。
「美しく輝く……空に煌めく星のように。
 僕は星空の願望器……全力できらきら煌めいて戦うよ!」
 その言葉を受ける『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は
 夜空を思わす黒のマーメイドドレスを纏うまま、ヨゾラはその地に立っていた。
 お気に入りのドレスにはお気に入りの眼鏡も欠かせない。
「ええ、それで構いません。見せてくださいな」
 シャルールの言葉を聞きながら、ヨゾラが魔術紋を輝かせて舞踏会へと足を踏み出した。
「わたしが輝くだなんて、勿体ない。
 だけど、あなたがそれを望むなら。今宵ばかりは輝いてみせます」
 透明感のあるセーラー服を纏った『愛の方程式』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はそっと笑みをこぼす。
 指先には海色のネイル、小さなおしゃれ。
「大丈夫、トール。心配することはない。
 それにここがシンデレラ・ステージだというのなら……もう一度、勝つだけ。
 そうでしょ、トール?」
 若草色のドレスに身を包むは『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)の姿。
 和洋を織り交ぜたようなドレスはAラインのデザインに少女の素肌を少しばかり見せている。
 その姿を取れることそのものが、少女にとって前に向けている証明だった。
 その姿を取る事そのものが、見てほしいという愛する人への甘えだった。
「何も不安や心配なんてしていません。
 貴女と約束したシンデレラ・ステージに立てた事が嬉しいのです。
 混沌の流儀を添えて美しく戦いましょう」
 応じる『至高のシンデレラ』トール=アシェンプテル(p3p010816)はそう言葉を残して視線を上げる。
 視線の先にはこちらを見やる最初で最大、最高のライバルが立っていた。
「楽しみにしていますよ、トールさん」
 勝気に、いつもどおりの自信に満ちた瞳がトールと交わった。
「ムシャムシャくんも霊樹へお話してみてほしいな。
 楽しいお話、悪戯して怒られたお話、何でもない他愛ないこと……ちゃんとお行儀良くね??」
 その傍ら、海を思わす青い色のAラインドレスを纏う『カレイド・フォーチュン』ユーフォニー(p3p010323)は雑草ムシャムシャ君をこっそりと霊樹の方へ差し向ける。
 念のためにくぎを刺してみれば「ムシャア!!!」との声。
 ユーフォニーに起こられたことのあるムシャムシャ君は従順だ。
(精霊雑草、私たちよりたぶん霊樹と近しい存在だから、心を開きやすい…かも?)
 見送りながら、今度は遂行者たちへと声をかけた。
「お招き頂いたお礼に。
 パンデュールさん、この場に一曲いいですか?」
 は舞踏会にてBGMを奏でる遂行者へと声をかける。
「……ふむ、少しお聞きしても?」
 そう言った男は元々高名なる天義の音楽家であったという。
 燕尾服に身を包んだ男の胸元には小さな懐中時計が見えた。
 ――Kaleido Fortune
 少しばかりその音を聴いた遂行者はそっと腕を振り上げた。
「素晴らしい曲だ。ぜひとも奏でましょうとも!」
 そう手を打ったかと思えばさらさらと楽譜を作り上げる。
 そういう魔術の一種なのだろう。楽譜は瞬く間にオーケストラたちへと配られていく。
(『自分なりに、この場にいる誰よりも美しく輝こうとする意志』。
 なるほど。確かに……自分にとって『いちばん』綺麗な星がすぐそばにいるのに……)
 タキシードに身を包む『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)はその姿を見て思う。
「相手が最も美しいシンデレラに最高のパートナーのペアだからって、一番の輝きを譲るわけには行かないな」
 自分にとっての一番星。
 舞踏会に曲を提供して魅せた彼女は、ムサシの視線に気づいたのか振り返る。
「……ユーフォニー。俺と……ペアを組んでくれないか?
 貴女と一緒に、一番輝きたい……俺と一緒に戦ってくれるか?」
 片膝を着いて見上げた視線は海色の瞳と重なった。
「もちろん……よろこんで!」
 ユーフォニーのその言葉があれば十分だ。
 その星に見せるための衣装は最初から決まっている――光がムサシを包み込む。
 華美なドレスでも、タキシードでもない、このコンバットスーツこそがムサシにとっての『正装』に他ならない。
「誰よりも美しくある事……私の心の内に居る死血の魔女は誰よりも美しくあろうとした強欲な魔女。
 その言葉の前に、彼女を抑え込むのは大変なんですよ?」
 一歩一歩、会場を進む『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の若葉にも近い色の衣装衣装は普段のそれと変わらない。
 その身が幻想を纏い、髪の色は白く華やかなる舞踏会に煌いて輝いた。
「けど、必要とあらば……名乗りましょう。私は死血の魔女、招かれざる邪悪な魔女。
 物語ではマレフィセントと言われるべきでしょうか? ふふ、邪魔者には退場頂きましょう」
 進む先には舞踏会の参加者たちがたくさんいた。
 それらとは言葉を交わすことの出来ぬ、異言の語り部。
 若葉は赤く染まり、黒く異彩を放つ。
「Shall We Dance?」
 誘いの言葉は通じなくとも、意味するところを悟ることは容易であろう。
 フリルで飾った紫のスリットドレスを身に纏い、月の髪飾りを煌めかせて、わたしはステージに立っている
 先を行く女性の背を見つめ、『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は思う。
(誰よりも輝くだなんて、普段ならあんまり考えない。
『月は照らされないと輝けない』……って、思ってる訳じゃないけど)
 隣へ辿り着くために、セレナは一歩を踏み出した。
(でも、今は違う。わたしも『負けられない』って感じてる
 今宵、月は誰よりも輝いて見せるわ!)
「マリエッタ、一緒に踊りましょ?」
 その言葉に彼女が振り返らないことを知っている。
 止まることも、手を取り合うことも無いと知っている。
 それでももう決めていた。
「わたしもまた魔女のひとり。魔女の月に魅入られなさい!」
 その名を示すように、黒紫の月を掲げ持つ。
「シャルール=サンドリヨン=ペロウ! 招待状も無く舞踏会に参じたこと、御免なれ。
 されどこの舞台に見劣りする者一人もなし。その胸の高鳴るままに、迎え入れられよ!」
 眩しいばかりの純白のチャイナドレスを着るのは『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)だ。
(弟子がココロの丈をぶつける姿は美しい。
 ぶつける相手が、より高め合おうとする姿は美しい。
 あの子に寄り添う人が増え、この場に至った全てが美しい)
 その視線は温かく進みゆく愛弟子を見ている。
「さあ道を開けなさい。シンデレラ達が通るわよ。
 まばゆいオーロラを照覧あれ。
 ――神がそれを望まれる!」
 ヒールを鳴らして踏み込んだ足でイーリンは続く弟子たちへの激励を飛ばす。
(自分自身が好きな自分で居る姿、誰にも阿る事無くその意志を通す姿。
 それが一番人が輝く時だって思っているのだわ。だから……私の好きな私の姿で居ましょう)
 純白のドレスを纏う『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)はイーリンの姿を見ていた。
 いつも、私を追い風で居させてくれる人。
 私が私の好きな自分で居させてくれる人は。
 今日はその旗を振るって前を行くのではなく、追い風になろうとしているようだった。
(貴女とも一緒に踊りたいのだわ)
 その姿を見つめながら華蓮は胸の内に想いを秘める。
「――いいえ」
 未だ距離はあれど、その答えは確かにイーリンにも、華蓮にも。
 戦場に立つ全ての煌きの如き星々にも届く。
「この地に、招待状無き者はありません。
 この地を踏みしめ、声をあげることができる者は、全てその資格があるのです。
 わたくしの胸は確かに高鳴っております。舞踏会の本番は、これからです」
 オーロラに輝く瞳で、少女が凛として答えた。


「流れ星は夜空を切り裂く。この舞踏会で最初に踊り込むのは私よ」
 幕を開ける舞台にイーリンはもう一度前に出る。
 宣誓は激励に他ならない。
 迷いなどここから先には一つとして必要ないのだと。
 純白のドレスに身を包んだ荒れ狂うような神楽舞を。
 イーリン・ジョーンズがここに立つ理由を、背負う者たちが進む道筋に旗を掲げる。
「舞踏会を楽しんでこそシンデレラ。だよね?」
 シャンデリアの輝きを負けることなく、ヨゾラの魔術紋は華やかなる光を纏う。
 体の芯までしなやかに、響く曲調に合わせて柔らかく。
 足の先、指の先まで神経を巡らせるように、指し示す。
「星々のきらめきを宿す泥よ!」
 そのままに放たれる魔術は星空の美しき瞬きで周囲を包み込む。
 キラキラと輝く星明かりはヨゾラの放つ魔術であると共に、舞台を輝かせる煌きとなって降り注ぐ。
「華蓮ちゃん」
 ココロが初めに手を取る相手は決めていた。
 真珠貝をモチーフにした指輪。帆立貝の髪留めにイヤリング。雪の結晶のネックレス。
 お揃いの白金の華、積み上げてきた繋がり、その証を身に着けて手を伸ばす。
「わたしの良き理解者で居続けてくれてありがとう」
 重ねられた掌に、そう言葉を紡ぐ。
 大好きで最高の友人(パートナー)とつなぐ手と、舞踏するステップに愛をこめて。
「それは私も、同じなのだわ」
 お揃いの白金の華を身につけて華蓮は重ねた手を取るままに動き出す。
 誰よりも大好きな人との特別なステージはそれを祝福するような演奏に連れられて進み続ける。
 動きに合わせて揺れる髪がシャンデリアの光を反射させて煌いて見える。
 向かい合うココロが楽しそうに笑っていて。
 その青色の瞳に映る自分は間違いなく今日一番の笑顔になっていた。
 永遠に続いてほしいとは思うけれど、今日ばかりはそうもいかないとは分かっていても。
 きっと、彼女がその手を次に取る人には嫉妬する気持ちも否定は出来なかった。
(でも大丈夫。離れて過ごす時間や他の誰かと居る姿に不安を抱くような段階はとうに過ぎた。
 こんなにも笑顔で居られるのだから。それだけのつながりが私達の間にはあるのだわ)
 だからその時が来るまで、時を重ねよう。

「沙耶さんのドレス姿、とても可愛くてお似合いです。本当の沙耶さんにドキドキしてる」
 トールは沙耶の手を取りながら優しく声をかける。
 その身に纏うドレスは真の力を取り戻したオーロラの輝き。
 オーロラ色に輝く光のドレスは空から降りるカーテンのようにふわふわと輝いて見える。
(もっと早く貴女の素顔を知れていたら、僕はきっと――)
 背中のリボンで沙耶を包み込み、トールは目の前の女性をリードすることを心掛けていた。
「……沙耶さん」
 トールは小さく声に紡ぐ。
 まるでトールを奪うように怪盗の少女はその動きと合わせてくれていた。
 あの頃を彷彿とさせるキレのあるダンスは必ずしもトールだけで作られている物ではない。
「……もう少しだけ、言わないで」
 目の前で踊る大好きな人はシンデレラにさせてくれている。
 彼に身を寄せたら、思っていたよりも大きな胸元にどきりとした。
 回そうとした背中から、代わりに包み込んでくれるオーロラのリボンが優しかった。
 キスも出来そうなぐらいに近づいた顔が格好良くてどきりとした。
 沙耶は胸の鼓動に正直になって、赤く染まった頬とうるんだ瞳でトールを見た。
 静かに微笑んでくれたトールは頷いて次のステップに移り変わる。
 曲調は上がっていく。
「合わせて……2人なら、もっと輝けるはずだから!」
 沙耶は曲の動きに合わせて高鳴る鼓動をそのまま力に変える。
 この気持ちは、この高鳴りは君への恋がもたらしてくれるもの。
 燃え上がる炎のような大好きをオーロラの輝きに乗せて、沙耶はキラキラとした光に満ちていく。

(私は貴方に言っている。
 誰も歩まぬ血濡れた道を私は行く……ただ、付いてきたいなら付いてこい、と。
 だから私は一人で戦いを舞う、私の歩む先に彼女が、人が続く……その覚悟と決意の舞。
 それが私の生き方なので……だから、合わせて見せなさいセレナ)
 輝かんばかりの月あかりを背に、マリエッタは迫りくる者たちとの踊るべく前へと進み続ける。
「断えることの無い不老の刃、絶えることのない不死の命。不変なる命伸びを見せつけてあげましょう」
 戦場に奏でられる曲が大きく跳ねるのと同じように、振るう血の動きが加速する。
(わたしは、それでも追い掛けて、どこまでだってついて行く。
 そう決めたから……この舞台でだって!)
 セレナは魔女の舞踏を照らし続ける。
 輝かせる。合わせ続ける。どこまででも。
 幻月の輝きは黒紫に戦場を包み込む。
 黒と赤に包まれた魔女の道行きを照らし続ける夜月の輝きは陰らせたりしない。
 それが着いていくと決めた者の覚悟だ。

「俺が彼女をプロデュースする。
 その邪魔をする無粋な客にはご退場願おう!」
 ムサシは宣言の通りに声をあげる。
 飛び交うレーザーは色とりどりに、ステージ上を輝かせる光の軌跡。
 瞬く光の線が会場のボルテージを上げるように行き交っている。
「私も……みんなのダンスを支えたい」
 ユーフォニーは手を取るままにムサシと共に手を伸ばす。
 寄せては返す音の波に、千の彩をのせて。
 引き渡る世界の色は万華鏡よりも美しく。
 曲にちりばめられた音はユーフォニーが提供したものだけれど。
 この場にあるみんなの声は、躱す言葉は、息遣いは。
 華やかに舞う音は、ステージの高鳴る鼓動は『私』だけでは絶対に描けなかったものだから。
 全てが空気に溶けて調和した和音の色をカレイドシアターに映し出す。

――『それは、世界。私だけの世界』
――(何が欠けても巡り得ない、一期一会の万華鏡)

 いつもよりも燦然と、この時だけの輝きを紡ぎだす。

(ヘイエルダールさんにシャルールさん。いいペアだな。
 それに…シャルールさんのその輝きは一朝一夕で身につけたものなんかじゃない。
 トールさん達の絆も……一人一人を尊重し輝かせている……いい関係だ)
 それはムサシがまだ舞台へあがっていないからこそ輝いて見える姿だった――でも。
 絶えず輝くオーロラに負けず、万華鏡は美しく舞踏会に輝き続けている。
「自分の継いだ焔と……『俺』の想いも……一朝一夕でできたものじゃない……!」
 ムサシは自分にとっての『いちばん』の輝きに魅入られた。
(輝くのは誰かのためがいい。苦しんでいるひと……霊樹のために。
 だってムサシも誰かのために手を伸ばすヒーローだから)
 ――その背中に憧れた。
 今度は、ユーフォニーの方から手を伸ばす。
 その手を取ってくれると信じていた。分かっていた。
「そうだ。隣にいるのは……俺にとっての『いちばん』なんだ。
 その『いちばん』だけは……誰にも渡せないし譲るつもりはない!」
 迫りくる多くのゼノグラシアン達さえも、ユーフォニーの万華鏡の一部に他ならない。
 だからこそムサシはもう一度、想いを紡ぐ。
「ユーフォニー」
 想いを乗せて、声を紡ぐ。
 言葉に変えて行く。
 それが彼女の色になる。
「きっとこの思いは……傲慢でユーフォニーには重たいものかもしれない。
 でも俺は……ムサシ・セルブライトは、心の底からユーフォニーを愛しています」
 それはもう伝えていた言葉だった。
 それでも、もう一度。何度でも。彼女の彩に刻まれるように。


 異言を語る者たちの数は減っていく。
 舞踏会を彩る音楽はもうじきに変わるだろう。
 華やかなりし舞踏会は、銀のティアラを戴く者を選ぶべく次のステージに移ろうとしていた。
「誰かの願いを受けて輝くのは貴方も同じかしら。あの子達は素敵でしょう」
 イーリンは霊樹へと問いかける。
 天上より舞踏会を見届けた霊樹は、澱み穢れた願望器であるという。
「貴方は今日、この場を照らし続ける。
 貴方が照らす全てに、私達は敬意を払う。貴方も、そのはずよ。
 さあ背筋を伸ばして。悪意も欲望も人の一部。人もそれに燃やされて前へ行く。
 そこから生まれる火が、あの輝きを齎すのよ。貴方もそれをまだ見ていたいでしょう!」
 その言の葉は果たして霊樹に届いているだろうか。
 怒れる気配の行く先はなんであるのか。


「……ユーフォニー」
 ムサシとユーフォニーはハシバミの霊樹の下へと歩みを進めていた。
「その万華鏡の彩に、俺という色を、加えてもらっても、いいかい?」
 綺麗な音や色で訴えかける事なんて、出来なかった。
(だからせめて俺の焔と光を、その彩に。共に歩みたいんだ)
 目の前に聳える霊樹はその大きさからして、途方もない年月を生き続けたとよく分かる。
 ムサシはユーフォニーと交わしたままの手に少しだけ力がこもった。
 ユーフォニーの纏うシンプルな海色のドレスはだからこそ、戦場を彩る多種多様なる輝きの全てに溶け込み輝いて見えていたから。
 ここで消えてしまわないように、この戦場を彩る色に、彼女自身が溶けてしまわないように。
「輝かせるよ。ムサシの焔も、色も」
 こたえと一緒に、ユーフォニーが霊樹へと触れる。
「私は大丈夫。『貴方という勇気』が愛し支えてくれると知ってるもの」
 ムサシへとそう答えれば、ユーフォニーはそっと目を閉じた。
(あなたを蝕む悪意や欲望、負の感情……ぜんぶ貰います。ください!)
 悪意や欲望、それも世界。
 きっとこれからも、その霊樹はそれに触れ続ける。
 だから、ユーフォニーから代わって指し示すのは褪せないくらいの希望の華。
(霊樹を案ずる仲間の彩も込め燦爛に、照らし続けて万華鏡――霊樹の心を護るように……届け!)
 途方もない年月を生き続けた霊樹が知らず知らずのうちに学び、冒され、抱き始めた憎悪、あるいは怒り。
 それは人の身にはあまりにも重すぎる。
 与えるべき希望さえも色褪せて潰れてしまうほどの、呪いにも等しい醜悪な悪意と欲望。
 それを全て人の身で受けるには、奇跡を重ねるぐらいの覚悟がいるのだろう。
 それでもユーフォニーの紡ぐ彩は霊樹へと注ぎ込まれ、天井を覆うが如き霊樹の葉はキラキラと万華鏡のように輝いた。
(ハシバミの霊樹……悪意や欲望に満ちた願いを叶え続けて歪んで、聖痕までつけられて……)
 ヨゾラは不完全なる願望器、不完全なる魔術紋だった。
 巨大なる霊樹にはその在り方からして親近感を覚えていた。
「……でも、そうでない願いもあったんじゃない?」
 それが正しいのかどうかなんて知りようはない。
「……倒すしかないのかな」
 その手には星の輝きを。
 醜悪な夢を、欲望を叶え続けた霊樹。
 叶えられなかった夢を、願いへの怒りを理不尽にぶつけられ、呪われ続けた霊樹。
 聖痕を刻まれ、舞踏会の中心部となった霊樹は輝かんばかりの夢を見せている。
「母のように暖かく微笑んで、皆の後姿を後押しする『追い風』――それこそが、私の好きな私の姿なのだわ」
 改めて自らと向き合うように、華蓮はステージへと進み出る。
 前を行く人たちの背中が見えている。
 その背を少しでも優しく押せるように、自分の出来る全力の舞を。
 ゆっくりと、確かな足取りで紡ぐ神楽舞に合わせてフリルのドレスが揺れる。
 純白のドレスに身を包んだ姿は巫女服とは微妙に異なるけれど。
 稀久理媛神の齎す微かな追い風が天上に座す霊樹の葉をさらさらとそよがせる。
 天上に煌く万華鏡の輝きをも揺らす風は瞬く光となってステージの光をさらに複雑に、洗練された輝きに作り変えていく。

 トールは沙耶とのダンスを続けていた。
 彼女の気持ちは分かっている。
 それでも、言わなくてはならないことはある。
 曲が一度終わりに向かって行く。
 その最後、トールは沙耶をぎゅっと抱きしめた。
「僕のことを好きになってくれて、ずっと支えてくれてありがとう。
 貴女がいつも隣にいてくれたから、僕は灰色の道の中でも挫けず進むことができた」
 言わなければ、終わらない。言わなければ、始まらない。
「貴女にとって世界が極光の輝きに満ち溢れた世界になりますように」
 そっと、一歩離れた。
 驚いたように目を瞠る少女は小さく頷いた。
 そっと離れていくトールの姿を見つめながら、ドレス姿のままに沙耶は心を落ち着かせようと声をあげる。
 少しだけ、心ががっかりした。でもだからって私が負けたわけじゃないから。
 嘘はつけない。嘘はつかない。見栄も、格好つけもしない。
 それでも――貰った言葉を胸に、沙耶は胸を打つ鼓動を力に変えて声をあげる。
 オーロラは少女の持つ純粋な気持ちのままに美しく輝きを増していく。
(私は、だれにも負けてない。誰よりもトールを愛してるから!)
 オーロラの輝きが強くなる。
 燐光がキラキラと輝いて、羽ばたきたい気持ちのままに羽のように見えた。
「……私は怪盗リンネ、だけど今日はシンデレラ・ステージを踊る一人の女の子、結月沙耶!
 今までの私とは一味違うよ? ルーナさんから貰ったAURORA-Ysの力を借りた私をとくとご覧あれ!」
 追い風に突き動かされるように、沙耶はオーロラの輝きを背負いステージに踊る。
 舞踏会は続く。本当は、もっと彼と踊りたい。
 その気持ちを隠すつもりはなかった。
 自然と、その行き先を見つめ、振るうままにオーロラの輝きはエメラルドのように輝いた。

 先を行く魔女は優雅に、自身の在り方を証明するようにステージ上を突き進む。
 振り返ることのない血の如く紅の魔女はどこまで突き進むのだろうか。
 美しき魔女は、何を見ながら進むのだろうか。
 セレナはその背を追い続ける。
「――さぁ、道は切り開きました。次は貴女達の番ですよ」
 マリエッタの声がする。
 追い続けた背中に並んで、セレナは次の一歩を踏み出した。
 ステージ上の輝きに導かれるように月の髪飾りが煌いた。

 ――わたしは『お姫様』じゃないから、優雅には踊れない。
 あるいは、彼女ほどに突き進むことが出来れば、優雅に踊れるのだろうか――いや、その必要もないのだろう。
 ――だって、わたしと『彼』との関係は、そうじゃないから。

「セレナさん」
 少女のような微笑がみえた。
 差し伸べられた手を取って、真っすぐに彼を見つめた。
「わたしの気持ちを、月の光を、あなたに捧げるわ」
 抱き寄せられるままに、月光の下に2人はステップを踏む。
「思い浮かべて。二人で飛んだ夜の空を。月の下での一時を」
 そっと耳元に添えてセレナはトールへと囁くように。
 夜の空を渡ったデート、暗い森の奥、空高くから降り注ぐ月の光の下。
 静かな泉の縁に立ち、その顔を間近に見た時の事。
「あの夜、わたし達は確かに『楽しかった』! この感情だって、何にも負けず輝くものよ!」
 こうして彼を見れば、あの日に見た『御伽噺の王子様』は『お姫様』に見える。
「さあ、ステージを楽しみましょう、シンデレラ! 『魔女が魔法を掛けてあげる』!」
 星空が映る水面の上で2人のダンスが紡がれる。
(わたしの光を、色彩を、あなたの極光へ織り交ぜて――あとは、背中を押すだけ)
 夜守の魔女が魅せる月明かりは優しく極光を見守るようにトールを包むだろう。
「……あなたを待ってる人が居るわ。ほら、いってらっしゃい!」
「いつだって僕を照らしてくれたセレナさんの想い、確かに受け取りました。
 その素敵な貴女の姿を胸に焼きつけます」
 夜守の光を帯びて輝く銀のティアラと共に、トールは進み出る。
 ガラスの靴が踏みしめた床はキラキラと輝いて見えた。

(沙耶さんが持つ恋の甘え。セレナさんが抱く恋の願い。
 わたしの『彼』への気持ちはお二人に及ばない、かなわないな、って感じるのが偽らざるところです)
 ココロは進み出てくるその姿を見つめ、胸に手を置いた。
 何よりも輝いて見える人がわたしの輝きに期待してくれている。
 敬愛する師、イーリン・ジョーンズが『わたし』に前へ進めと言っている。
 それに――ここに立ってから、ずっと。
 背中を押してくれる追い風がずっと吹いている。
 優しくも、ちょっぴりだけ別の感情の乗った風が背を押してくれる。
『華心ぷろじぇくと』の片方として、押してくれているその風に、自信のない姿は『見せたくない』――見せられないんじゃない。
 舞台袖から見ているだけで十分な『わたし』じゃいられない。
 眩いばかりの壮麗なオーロラの輝きが、『わたし』を照らそうとしていた。

 ちょっぴり頬を膨らませて、華蓮はその風を送り出す。
「――今でも思い出すわ。まどろむ私になぜそこまでするのかって問いかけてきたあの日のことを」
 いつの間にか隣に立っていたイーリンと視線を交えた。
 ほんのちょっぴりだけ感じていた嫉妬はその瞳と交わったら消えてしまう。
「司書さん」
「華蓮、今一度、この舞台で言いましょう。
 一人舞台にならず、こうして貴方と踊ることを選んだのは『私がそうしたいと望んだから』よ!」
 差し出されたイーリンの手を取った。
(それは私もなのだわ)
「貴方の追い風があるのなら、千里駆ける駿馬のように踊りましょう。
 貴方はついてこれるかしら」
「もちろんなのだわ。わたしが追い風で居られるのは、司書さんの輝きがあってこそですもの。
 どこでだって、その輝きに追い風を。どうかわたしの手を離さないで」
「この踊る刹那に、貴方の手を離すわけがないでしょう。
 さあもう少し、我儘な私の背中を押して頂戴」
 そう言われたのなら、どんな場所だってその背を押していける。
 わたしの風に押されて進むあなたの背中を後押しできる場所にわたしは居られる。
 華蓮は目の前にあるその人の輝きを映して、運命に立ち向かうあなた達へ歌う。

(トール君。わたしの勇者さま。わたしはあなたも大好きよ)
 沢山の人達に背中を押され、ココロとトールはステージの上に巡り合う。
(冬日の太陽のように、あなたの光になれたら。あなたを輝かせられたら。
 そして、あなたを見つめて、暖めていけたらいいな。
 トール君を信じて、彼の願いをすべて受け止めます)
 オーロラの輝きに月明かりを帯びて、いつものよりも綺麗になった少年がそこにいた。
「僕と一緒に、踊ってくれますか?」
 灰かぶりの少女は既にそこにはいない。
 そこにいるのは大切な人たちから受け取った想いを背にドレスを纏うシンデレラ。
 願いは、想いはトールの背にAURORAのリボンを作り出す。
 それはまるで飛び立つ時を待つ蝶のように。
「僕だけを見て欲しい」
 膝を着いて、そっと差し出したのはプリンセスの証、シンデレラに贈られる花束。
(シンデレラとはお姫様。愛されて大事にされる。でも、わたしには過ぎた扱い)
 それでも、ココロは手を伸ばす。
 花束を握るトールの手を上から包み込み、ココロは小さな勇気を炎に変える。
「ねえ、わたしを頼ってよ」
 共に戦い、共に共に勝つために。
 欲しい言葉は、似てはいても異なる意味を持っている。
 後ろじゃなくて、隣に立っていてこそ、一緒に戦うということだ。
「一緒に僕の剣を握ってほしい」
 トールは言葉を重ねた。
 シンデレラの握る剣が戦場にオーロラのカーテンを描き出す。
「トールさん……お待ちしておりました。
 始めましょう――といっても、此度はわたくしも貴女へと挑戦する側ではありますが!」
 眩い輝きに焦がれるように、シャルールが笑みを刻む。
 ヘイエルダールと手を取るシャルールが一歩前へ進み出る。
 舞台に立つ者は残り僅か。
「――ヘイエルダールさん」
 ココロは真っすぐにその少女の傍に立つ青年へと視線を送る。
 視線をあげた青年は、柔和な面立ちのままにその手に槍を握りしめている。
「あなたの理想はなんですか?
 ハシバミが望むのはあなたの幸せではないのですか? 共に輝きを目指しましょう!」
「――――」
 刹那、ヘイエルダールが目を瞠った。
「――僕にも輝けと……ふふ、なるほど。
 トールが貴女を選んだ理由は、今の一言で十分だ」
 穏やかな王子様然とした青年の声色が多少崩れたのは、脇役で終わろうとするのを止めたからだ。
「次に会う時は此方から――互いに剣は置いて、ゆっくり話がしたい」
 続けてトールが言えば、ヘイエルダールが微笑んだように見えた。
 動き出した4人のダンスは霊樹の傘の下、眩いばかりに輝いて交じり合う。
 流星のように、尾を引いて描かれる極光のカーテンはヘイエルダールの槍の軌跡。
 それがトールの身体に向けて撃ち込まれる。
「――大丈夫、わたしがいるから。その背中に不死鳥の翼を」
 蝶の羽を包み込むようにして羽ばたく炎の鳥の翼がより強い羽ばたきを巻き起こす。
 翼の羽ばたきに導かれるように、トールは剣をとった。
 紡いだ極光の閃光は入れ替わるように立ったシャルールと重なり合う。
 七色の輝きは夜明けに向けて何度も折り重なっていく。
 それでも、トールは負ける気がしなかった。
 その背に受ける沢山の想いが、何より眩しく見えたココロの姿が傍に見えるから。


「……ええ、本当に眩しい人たちですね」
 小さな呟きがシャルールの口からこぼれ出た。
 本格的なダンスが始まってからどれぐらい経ってからだっただろうか。
 けれど、その一言が全てを物語っていた。
「……存外、悪くはありませんでしたね」
 ヘリエルダールがそう小さな言葉を遺す。
「リジェネイド・セイヴァー。
 貴方達の事はまだ何も知らない……だから兄とは呼べない。
 だけど、この舞台を通じて少しだけ分かり合えた気がする」
 トールはそんな青年へと声をかける。
「たしかに、我々も『今』の貴方を良く知らない。
 いえ、僕は以前の貴方も知りませんが……そうですね。僕も貴方に興味が出てきました」
「ありがとう、一緒に戦えて楽しかった……!
「それは僕たちもですよ……さて、僕たちは一足先に失礼します」
 霊樹を見上げて何かを考えるようなしぐさを見せたヘイエルダールはそのままくるりと身を翻す。
 気付けば、他の2人の姿も戦場には残っていなかった。
 トールはシャルールを見る。
 2度目の戴冠を前に少女はヴェールを払い、少年は一歩を踏み出した。
 向き合わなくてはならない。
 女装は続けなくてはならなかった。
 それでも、自分を偽り続ける理由はもうないから。
 それは、今日で終わりにすべきだから。
「『僕』は――」
 降りかかる不幸はなく、少年は偽らざる自分を証明する。
 目を瞠り、けれどシャルールは何かを納得したように小さな微笑みを零す。
「わたくしがどうして、ヘイエルダールさんをペアに選んだのか。
 ようやく理解できました。よく、似てらっしゃいますね」
 驚きはしているのだろう。けれど、それさえも押し殺してシャルールが笑う。
「トールさん。わたくしの負けです。2度目、ですね」
 改めてそう語ってシャルールの伸ばした手を取った。
「素晴らしい! 素晴らしい舞踏会でした!」
 パチパチと拍手を示すのは演奏家だった男だ。
「――さて、遂行者。幕引きはきれいにすべきだと思うけど。
 貴方はどう? 逃がすつもりはないわよ」
 イーリンの問いに、遂行者たるその男は笑う。
「その通りでしょう。最高の舞踏会で、最高の演奏が出来た。
 こればかりは素晴らしいというほかありません。
 フィナーレの一曲と参りましょう」
「……パンデュールさん。霊樹に刻まれた聖痕の消し方はありませんか?」
 ユーフォニーの問いかけに対して、遂行者は瞼を瞬かせる。
「ありませんよ。この霊樹は聖遺物、刻まれた聖痕はこの会場を築き上げるがための帳の中心。
 最後にして最大規模の願望を叶えたこの樹は力を使い果たしました。
 永遠の舞踏会は終わりを告げた。時計の針は動き出し、霊樹の見た夢もまた醒める。
 次への種があるかもしれませんがね」
「なるほど、次への種ですか」
 同じように遂行者の言葉を受けたマリエッタが首を傾げる。
(ですが、次への種とやらがあったとしても今のままならどうなるか……)
 その手に血の鎌を構築しながら、マリエッタは霊樹から視線を返し遂行者を見る。
「その悪意や欲望とやらはどういったものなのでしょうか。
 もしも内側に邪気や瘴気として貯まるような類であれば、それさえも引き継いでしまう可能性がある」
「さてね。それは私の領分ではありません」
「そうですか……」
 遂行者の意見を聞きながら、マリエッタは少しだけ考えていた。
(……戦闘中、ユーフォニーの万華鏡の光が霊樹の内部に浸透していた。
 同じように内側に入ると考えた方が良いでしょう――ならば)
「邪気や瘴気のようなものとして貯まる個所が存在する可能性は高いでしょう」
 ちらりと視線を向けた先で、ユーフォニーが頷いていた。
「悪しき願いで歪んでしまったなら、善き願いで戻せないかしら。
 例えば『次は純粋に競い合う為のステージを』とか」
「それは出来ないでしょうね」
 そう言ってセレナの言葉を否定したのは外ならぬこの地を作り上げたその人であるところのシャルールだった。
「わたくしは『純粋にトールさんとシンデレラの舞台をもう一度』と願いました。
 その結果がこのように歪んた夢となったのです。
 今のまま善き願いを願ったとしても、反映される願いは歪んでしまうでしょう」
「……それもそうね」
 邪気の無い夢だからこそ、この程度の歪みで済んだのだとすれば、どのような願いであれ正しい叶い方はするまい。
「素敵な機会をありがとう。お礼に私の君への気持ち、伝えるね」
 沙耶は静かに進み出る。
「それはこちらの台詞ですね」
 肩をすくめてみせる遂行者へと、真っすぐに視線を向ける。
「トールとの良い時空を邪魔する遂行者死すべし! 慈悲はない!」
「ふ、ふふふ、まさか。その口上から飛んでくる言葉とは思えませんね!」
「貴様の出番はもう終わり。退場だよ、パンデュール!」
 続けざまにヨゾラはその身に宿る魔術紋を鮮やかに輝かせる。
 手加減などする理由も存在しない。
 輝き煌く星の破撃は夜空に流れる星のようにパンデュールめがけて打ち出された。
 それは世界と隔絶された舞踏会を終わらせる星の瞬き。
 流れ星が人の願いを叶えるように、その一撃は永遠を約束された舞踏会の時計を突き動かす。
 シンデレラの魔法は12時で終わる。
 時計の針は動き出した。12時の鐘はもうじきに鳴り響く。
 鐘の音の尽きた頃、朽ち果てた霊樹はひっそりと眠りにつくだろう。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

大変お待たせしました。
お疲れさまでした、イレギュラーズ。

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