シナリオ詳細
潮騒に歌って
オープニング
●
宝があるんですって。
深海の底の底、海の全く底の方に、宝があるんですって。
昔誰かがそういった。
人間たちは、一生懸命に海に繰り出して、宝物を見つけた。
それは眠っていたひとつの精霊で、その精霊は、最初は小さかったけど、後に後に、とっても大きくなれるくらいの力を持った、精霊だったそうだ。
精霊は言った。
願いを叶えよう。
と。
精霊にとって、それがすべてだった。精霊が願いを叶えれば、何かエネルギーのようなものが自分の中に満ちていって、もっと大きくなれるような気がしたし、目の前の人間というものたちは、精霊が願いを叶えれば、にこにこと幸せそうに笑って、とても満ち足りた顔をしてくれるのだ。その笑顔が、精霊はたまらなく好きだったし、自分のお腹もいっぱいになるのだから、それはさぞかし素晴らしい好循環であったといえただろう。
不幸があったとすれば、人間の欲望は時に限りなかったし、精霊は人間の『機微』を全く理解できなかったことだろうか。言葉は通じ、意思は通じ、意図は通じたが、しかし心は通じなかった。二つの生命は、まったく違うものであったし、やがて精霊が大精霊になって、人間が『これは自分たちの手に負えない存在なのだ』と理解できてもなお、その精霊は『理解できていなかった』。
だから精霊は、ずっと、ずっと、海の底で考えていた。
何故、自分は封じられたのか。
何故、竜宮の民は、あのような苦しそうな顔をしていたのか。
そうしてまでなぜ――幸せ(ぼく)を、封じたのだろう。
かつて、多くの願いを叶えし神、『多願(ダガン)』と呼ばれた大精霊は、やがてそのありようから、人を際限なく堕落させる神として、『堕我奴(ダガヌ)』と呼ばれることとなった。神が、人の都合で魔に落とされた瞬間である。だが、ダガン=ダガヌと呼ばれた大精霊の在り様が、それで変わったわけではない。変わったのは、人間の認識であり、人間の都合である。神はずっと変わらなかった。この海の底で。
変わらなかったからこそ、『変わった』人間達に討たれたのだ。彼が封印されて何代もの後、竜宮の巫女と、シレンツィオに訪れた勇者たち――ローレット・イレギュラーズたちの手によって。
竜宮で起きた物語をまとめるならば、こういうお話である。
マール・ディーネーという少女がいて、かつては竜宮の巫女である『乙姫』のバックアップに当たる少女だった。彼女の妹、メーア・ディーネーは乙姫という、竜宮の『総て』を司る機関であったが、万が一にもその機関に毀損が生じたときに、応急的に対処するのが彼女の宿命だった。
乙姫になるものには、代々にして『ギフト』による適正が与えられる。メーアにはあった。マールにはなかった。その結果、徐々に記憶を失うことを代償としたのだが――それもまた、イレギュラーズたちによって、何とか解決されたことに当たる。
とはいえ。彼女は応急であり、つまり乙姫の欠陥品、であるとも言えた。欠陥品である以上、襤褸が出る。例えば、ダガヌ神の力を抑え込むという点に関しても、百パーセントのそれを発揮できていたとはいいがたい。幸いにして、ローレット・イレギュラーズたちは力を持っていたから、その隙間もふさぐことはできた。のだが。
少しだけ、見落としがあった。例えばそれは、マールを『ほんの少しだけ汚染していた、黒い欠片』であったとする。
「マールちゃんさ、最近変なカッコしてない?」
竜宮の裏通りの、ラーメン屋である。なんだか、三郎だとか四郎だとか言う種類のラーメン屋らしくて、尋常じゃないくらいのモヤシの乗った、女の子が食べるような見た目とは言えないボリュームのラーメンだったが、マールちゃんと、その友達のバニーちゃんたちは、当たり前みたいに食べていた。若いので。
「え?」
もやしをぱきり、とかじりながら、マールが言う。
「なんだろ? あたし、基本竜宮だと正装しかしてないけど」
むむ、と小首をかしげた。正装とは、バニーガールの格好である。
「ほら、この間のファントムナイトで、こう、古い感じの格好してたじゃん。ちょっと怖いの」
そういうので、「あー」とマールは思い出していた。たしか、大切なお友達に誘われて、着たものだ。あれを着ていると、どうにも、頭がぼーっとしたような気がしたものだが――。
「んー。でも、あれもファントムナイトの時期限定だよ?」
「ん。だからさ、あれ、気に入ってわざわざ作ったのかな、って」
友達が言う。
「この間、あのかっこでマールっちが出歩いてるの見たし」
「うえ?」
マールが変な顔をした。
「しないよ! っていうか、あのかっこう、簡単に作れないし!」
「だよねー。でも、なんか変だったっぽいよ? 前もさ、マールっち、変なのに巻き込まれてたじゃん。
なんか、神の国とか言うの? あれじゃないの?」
「あれかー?」
でも、あの件だって、頼りになるお友達(ローレット・イレギュラーズたち)に助けてもらって解決した。おおもとの、天義の事件も、ローレット・イレギュラーズたちが何とかしようと頑張っている。だから、もう問題ない、はずだ。
「んー……なんだろ? 幽霊かな」
「マールちゃん生きてるのに? 怖」
けらけらと笑う。竜宮は平和だった。
マールが友達と別れて、竜宮の裏通りを行く。いつも静かなそこは、竜宮のにぎやかさから少しだけ隔絶されているような気もする。とはいえ、暖かい、竜宮という海の底なのは変わりはない。マールは自販機でジュースを買って、流し込んだ。そのまま路地を見やると、ふと、それが見えた。
居るよ。
そう、思った。
何日か前から、心の片隅に、それが見えた。たぶん、友達が見た、『変なかっこのマール』とは、きっとあれの事なのだ。それは、ファントムナイトで着替えた、あの『巫女』の姿に似ていた。
『願いを叶えましょう』
と、それは言った。
「あなた、そればっかり」
むー、とマールは唸った。
「なんとなく、あなたが出てきたのはわかる。きっかけは、ファントムナイトのあの衣装。
たぶん――まだあたしの中に残ってたんだ。ダガヌのなんていうんだろう、欠片みたいなの。
それが、あのIFの可能性のかっこになったことで、元気になっちゃった」
そう、言った。
目の前のそれが、穏やかに笑った。日に日に、それが力をつけていくのが分った。たぶん、限界まで力を取り戻したら、ぷつり、とマールから離れて、どこかへ漂っていくのだろう。そうなったら――どうなるんだろう? また、ダガヌみたいになっちゃうのだろうか。
「それは、かなしいよ、あたし」
そう言って、目の前のそれに話しかけた。でも、きっと、目の前のそれとは話が通じないのだろう。きっと目の前のそれは、何もかもをなくしてしまったあたしで、一歩違えば、そうなるかもしれなかったあたしなのだろう。ダガヌはさみしくて悲しい精霊だった。誰も、理解できず、理解されない、精霊だった。今なら少しだけ、分かる気がした。
「……また、お願いするしかないのかなぁ」
マールは、そうつぶやいた。
マールが、信頼できる友へと――ローレット・イレギュラーズたちへと依頼を行ったのは、その翌日である。
依頼内容は、『もう一人のあたしを眠らせてあげて』だった。
- 潮騒に歌って完了
- ゆらり ゆらり なみまに たゆといて
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年12月03日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●海の底で、もう一度さよならを
「というわけで!」
と、にっこりと少女は笑った。
マール・ディーネー。深海にありながら、太陽のように笑う女の子。
「えっと。こういう時は……なんっていうんだろ。わたくしごとでごそくろう……?」
「いつも通りでいるがいい。頭がぐるぐるになるだろう」
『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)がそう言うのへ、『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)は笑った。
「そうだな。いつも通りで構わないさ。君の願いを叶えるのならば、それはきっと俺の……俺達の、やるべきことだ」
「いいのかな……なんか都合のいい時ばっかり甘えちゃってる気がして……」
えへへ、と少し申し訳なさそうに笑うのへ、クロバが頷く。
「いいさ。だが……今日の俺は死神だ。ある意味で、君を殺しに来た。だから」
頷く。
「気にしないでくれ。俺が背負うべき、役割だ」
ひどく真面目にそういったクロバに、マールは姿勢を正して頷いた。
「えっと、改めて。
たぶん、ちょっとした手違いみたいなのが起きて、前にやっつけてもらった『ダガヌ』神の欠片みたいなものが、また出てきちゃってるの。
今度は、あたしの格好で」
「一夜の奇跡の残り、かぁ……」
『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)が言う。
「ある意味、別の可能性、だったのかもしれないんだよね。最悪の……マールさんが記憶を失って、その上でダガヌに負けちゃったとしたら、っていう」
「ん! だからなんていうのかな、ちょっと変な感じ!」
えへへ、と誤魔化すように笑うのを、ロジャーズがちらりと見ている。
「まぁ、そいつはいいさ。あくまで、かなえられなかった可能性だ」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が頷く。
「だから……そいつは、眠らせておいたままにしなくちゃあならねぇ。
そうだろう? マールの嬢ちゃん!」
豪快に笑うゴリョウに、マールはうなづく。
「うん! で、皆にお願いしたいのは、あたしが切り離したダガヌ……マール=ダガヌって呼べばいいかな? これも変な感じだけど。
とにかく、それを改めて、眠らせてあげて欲しいの」
「眠らせる、か」
『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)が、つぶやいた。優しい言葉だ、と思う。
ダガヌという大精霊は、ある意味で純真だった。ただ願いを叶えることを是ととらえた……それが、ある意味で人間の救いであり、堕落であり、嫌悪のもとになったとしても、彼は最後までそれに気づかなかったのだろう。どこか、モカ自身を思い起こさせた。かつてのモカもあんな出来損ない……いや『発展途上の思考』だったのだ。そう、考えれば。
「眠らせてやるのがいいのだろうな。
放っておけば、今はそうでもなくとも……また何百年と言う後に、禍根を残しかねないんだろう?」
「また、強力な大精霊に育ってしまうかもしれませんからね」
『刑天(シンティエン)』雨紅(p3p008287)が頷く。
「きっと、また、おなじことを繰り返してしまうのでしょう。
それは、彼にとっても、悲劇であるはずです。
彼は、人を理解できなかった。それでも、人に寄り添うことでしか生きられなかった……。
なんとも悲しいですが、だからこそ、ここで眠らせてあげないとならない。
お休みなさいで、送ってあげましょう」
そういう雨紅に、皆はうなづく。
「任せろ、マール! ちゃんと……終わらせてくるから」
『特異運命座標』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)が、力強くうなづいた。
(何が間違ってるか分からない、自分。
お互いを見てる様で、ただ勝手に1人歩きをしてるだけの……そうなってたかもしれない、自分。
……そんなもの、見てられないよな)
胸中で呟く。マールはどんな気持ちだっただろう? 怖かったのだろうか? いや、きっと悲しかったに違いない。もう一人の自分。彷徨って、何もわからない彼女のことを、ただただ、悲しいと、そう思ったに違いない……。
そう考えれば、ちゃんと終わらせてあげたいと、プリンも思うものだ。彼女の最後の憂いを取り払って、ようやくここは『いつものにぎやかな竜宮』に戻れるのかもしれないと、そう思った。
「では、さっそく始めましょうか」
『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合華(p3p011239)が、穏やかに笑う。その笑顔に、マールが少し、悲しげな顔をした。
「あの……」
申し訳なさそうに声をあげるマールに、百合華は微笑んだ。
「終わってから、にしましょう。
マールさんも、その方がよいでしょうから」
その言葉に、マールはプルプルと首を振って、頷いた。
「うん……お願いします。
みんな、気をつけてね」
そういうマールに、仲間たちは笑ってうなづくのだ。
竜宮から外に出て、まだ加護の残っている深海に進みだす。竜宮から外れれば、そこは深海。加護の暖かさが残っていても、少しは寂しく感じるほどに、静かだ。それも、背中から聞こえる、竜宮のにぎやかさが、後ろ髪を引くように感じるからだろうか。
いずれにしても、此処なら万が一が合っても、竜宮に影響は出ないだろう。
「じゃあ、始めるね!」
マールがにっこりと笑って、すぐに真面目な顔をした。刹那、どこか静寂な空気が、あたりに満ちる。それが、竜宮の聖なる気配なのだと理解すると、気づいた瞬間には、目の前に『二人の人物』がいた。
一方は、荒々しさの中に、強烈な欲望と渇きを感じさせる、粗暴な人物であり。
もう一人は、超然とした様子すら見せる、何処か儚さげな女性である。
一人は、濁羅と名乗った、欲望と絶望の海賊、その欠片であり。
一人は、マールの『ありえたかもしれない可能性』であり、ダガヌの残滓、マール=ダガヌであった。
「濁羅と、ダガヌ……!」
ヨゾラが言った。あの戦いの時に感じたものと、まったくとは言わないまでも、おなじ気配を感じていた。ああ、あの場にいた彼らの残滓なのだ。その欠片が、マールという少女の体に残っていたそれが、少しずつ、成長していたのだろうか……。
「兎が跳ねている。
美しい――想像していた以上に、異常に、雁字搦めだ。
嗚呼、勿体ない。私は勿体ない事をした。
ダガン=ダガヌの在り方こそを、願いの叶え方こそを、彼女に与えたかったのだ」
思わずつぶやいたロジャーズに、ゴリョウは苦笑した。
「『馬鹿言う無い、冗談だろ』」
そう言うのへ、ロジャーズは、ワンテンポ遅れて頷いた。
「そうだな。冗談だとも。悪質な。だが、トリックスターな夜はもう終わった」
「……頼んだぞ、二人とも」
クロバが小さくつぶやいた。
――この二人がいるならば、俺の役割は、殺すだけだ。マールは、きっと二人が支えてくれる。俺は死神を全うすればいい。
胸中で微笑みながら、クロバは自分の役割を忘れなかった。約束のヒーローだ。ヒーローで、あるべきだ。
「悲しいものだな……」
モカが、マール=ダガヌを見やりながらそういう。やはり……未熟で、発展途上で……でも、そこから先に行けないのだろう。
「鎮めましょう」
雨紅が頷く。
「あの時と同じように。あの時と変わらぬように。
鎮め、眠らせましょう。
マール様、お力添えを」
そう言うのへ、マールはうなづいた。思いを込めて、二つの欠片を固着する。現世に固定して、眠らせてあげられるように。
「本来なら、きっとあの子がやるべきこと。でも……」
百合華が頷く。
「肩車は、できないけれど。あの子の、大好きな子の力になりましょう」
小さくつぶやく。あの子ならば、ここで肩車でもして、勇気づけてあげたのだろう。でも、もうそれはできない。できないけれど、それでも、その想いくらいは、持って行ってあげてもいい。
『願いを』
と、マール=ダガヌはいった。
『貴方の願いを、叶えましょう』
そう、分からぬままに、そう言った。
いっそ哀れだ。きっと彼女は――ダガヌは。永久に、人とは交われないのだろう。
それでも……。
眠らせてやることは、できるに違いない。
誰ともなく、ゆっくりと武器をとり、構えた。
果たして、深海で、一つのやり残しを終える。そんな戦いが、始まろうとしていた。
●足掻いたもの
濁羅、という男がいた。
彼はかつての豊穣で、最下層で生まれ、成り上がりを夢見て悪に与し、そしてイレギュラーズたちの活躍により再び底へとおちた。
それは、彼の歪んだ妄執にくぎを打ちつけて固定する役割を、皮肉にも果たしてしまった。
彼が仕えた悪とは、国だった。かつての、悪しき者たちの跋扈した豊穣。それを、イレギュラーズたちの正義が駆逐し、豊穣は元の落ち着きを取り戻した。
だが……濁羅という男は、それを素直に受け取るには歪みすぎていた。
力があれば。
国を好きにできるし、国を奪ることもできる。
力があれば。
力があれば!
それは、彼を血からの身に恃む海賊へと堕とし、そしてダガヌという堕落の神に仕えさせることとなった。
『力だ!』
と、それは叫ぶ。
濁羅の欠片(シャード)。かつての凶暴さとどん欲さの欠片は、しかしそれ故にあまりにもシャープで凶暴だ。
『力があれば、俺はどこにでも行ける! なんにでもなれる!』
「濁羅か……!」
ヨゾラは叫んだ。あの決戦の場にいたことを覚えている。竜宮を襲撃したことも……。
「……悪いけど、君は早々に退場願うよ!」
たとえ、どのような思いがあろうとも。とった手段が間違いであるのならば……!
「オレが先に行く! ついてきてくれ!」
プリンが叫んだ。先導の翼。進みゆくヴァンガード。連鎖するように動くものたちが、敵の動きよりはるか先に反応し、突撃!
「ゴリョウ! あっちは頼む!」
「応よ!
ぶはははッ! 随分と辛気臭いねぇもう一人のマールとやらは!
まぁ、俺ぁうちのマールの方が好きではあるかな!」
プリンの叫びに、ゴリョウはうなづいた。モカが続く。
「あぁそうだな。陰気なマール・ディーネーもどきは、やはりコレジャナイ感がプンプンするよ。
やはりマールちゃんは『うおっまぶしいっ!』ってくらい明るくないと本物じゃないよな!」
笑い、跳び出す。ゴリョウは、ダガヌへ。そしてモカは――。
「濁羅。あなたは既に死んでいるのだ。私の目の前にいる存在は、劣化コピーに過ぎない……と言ったところで理解はできないか」
『それがどうした』
と、濁羅は笑う。
『力があれば、きっと死だって乗り越えられるのさ。こんな風に――』
それは、その欠片の意思であっただろうか? いや、きっと違うだろう。欠片に残されたものが、機械的に言葉を発しているにすぎないのだ。だが、それでも、奇跡的に会話が通じたようになったのは、ある意味での運命だったのかもしれない。
「悲しいよ、それは……!」
ヨゾラが叫ぶ。だが、もはや彼に思いなどは通じないのだろう。強烈な巨大剣を、濁羅は叩きつけた、プリンが、それを受け止める。
「本人が居なくなった後も、ここまで『強く』残る程の意志。素直に、凄いと思う。……けど。
今は邪魔だ! ひっこんでろ!
お前が強いって言うのならば! オレはもっと強くなる!」
プリンが、雄たけびとともに拳を叩きつけた。残滓なれど、生身の肉体を殴るような感覚が、プリンの手に走る。濁羅は、ダメージを受けながら後方へと飛びずさる。
『俺は! 力を!』
「もはやそれしか言えないのならば……!」
モカがその脚による、斬撃のような蹴りを叩きつけた。ずどん、と走る衝撃が、濁羅の体に、様々な妨害効果を叩きつける!
『俺は! 俺は!』
狂ったように叫ぶのは、彼の想いの残響なのだろう。強さだけを、強さだけを、望む。願う。そしてその先に、幸福が、すべてがあると信じていた……。
「強さ、ですか。力、ですか。
それを、私がどうこうと否定するつもりはありません」
百合華が、そう言う。
「烈日なる光に恋焦がれ、その身を焼いてしまうのは――私たちの様なものには、きっと、常なのでしょうから」
この場にいない、きっとこの場にいるべきであったであろう者の事を思い出す。
「暴れ嘆く時間はもう十分、今度こそ海に帰る時です」
悲鳴の構えをとる。
奏でるは夢想。
己が身の悪夢。
それが、力を望んだ男の欠片を覗き込む。
『てめぇ……!』
死に瀕してなお、消滅に瀕してなお、それは狂暴だった。
「もう、きえろ……!」
ヨゾラが叫び、その拳を叩きつけた。発生したゼロ距離の星空の極撃が、今度こそ、その男の妄念を、この世界から完全に消し飛ばしていた。
●願い
『あなたの、願いは?』
それが言う。
『あなたの、願いを、叶えましょう』
そう、言う。
それはのってはいけない言葉だ。甘言だ。でも、それでも、それは『そのもの』が放つ、心からの誘いだった。
裏があるわけではない。悪意があるわけではない。
ただ理解できないだけだ。
その願いを叶えるという事が、人をどうしてしまうのか。
人がそれで、本当に幸福になれるのか。
わからない。わからなかった。
消滅して、欠片になって、異物と混ざって、なお――。
わからない。
それはもしかしたら、生まれながらに背負った咎なのかもしれない。
「だとしても、だ……!」
クロバがとびかかる。手にしたガンブレードを、叩きつける。あの、太陽のように笑う少女と同じ顔をした娘を。いや、違う。君はそんな笑顔は、絶対にしない。わかっている。
クロバのガンブレードが、ダガヌを切り裂く――が、消滅には至らない。すぐに元の姿を取り戻し、ダガヌは圧殺せんばかりの力を、クロバへと叩きつけた。
「チッ……!」
激痛を堪えながら、飛びずさる。ゴリョウが叫んだ。
「死神! 盾役は俺に任せな!」
その言葉をありがたいと思いつつ、クロバはいったん距離をとった。入れ替わるように、ゴリョウが飛び込む。
「さぁ、俺の願いを叶えるんだろう!? 俺の願いはただ一つだ!
『俺を見ろッ!』」
その叫びとともに放たれた視線誘導の業が、ダガヌの視線をこの時、確かに縫い留めた。間髪入れずに、強烈な『力』の圧が、ゴリョウに叩きつけられる。それは、クロバに放たれたそれよりも、はるかに強力なものだ。
「欠片であっても、これかい! 末恐ろしいねぇ!」
痛みを堪えながらも、にぃとわらう。とはいえ、これこそ盾の本懐だ。壊れて崩れるまで、仲間を守り続けられるのならば、それこそが願いだ。
「でもよ、この願いはオメェさんには叶えられねぇのさ。
俺が、血反吐を吐いて、歩んで歩んで……それでも、まだ上には上がいる」
一瞬、仮面の遂行者の顔が脳裏に浮かんで消えた。
「でもな……だからこそ! 俺は歩き続けられるんだよ! オメェさんに、願いを叶えてもらうまでもなくッ!」
その裂ぱくの気合は、僅かにダガヌの足を止めた。雨紅が、一気に距離を詰める。
「あなたが願いを叶えたいように、私は、マール様の想いに応えたいのです」
踊る様に、雨紅は、その槍を叩きつけた。打ち上げるように一打。叩きとおすように二打。
「願いとは、何なのでしょうね――。
ただ、叶えるだけではいけない。
叶わなければ、時として重りとなる。
でも、それでも……誰もそれを、抱かずにはいられない」
雨紅の言葉に、続いたのは、ロジャーズだった。
「だからこそ、あの兎は兎なのだ」
そう、笑うように、言う。
「マール!
聞こえるか、マール・ディーネー!
ファントムナイトでの戯れを、私と謂う姿見の前での『ごっこ』を、思い返すと好い!
あの時の私こそが『私』なのだ!
理解は出来た筈だ!
私のような存在を、我のような存在を、友達として迎えると、この期に及んで宣うならば――!」
叫んだ。
拒絶されてもいいと、その時思った。それならばそれで、ロジャーズはロジャーズでいられる。
ただ。でも。
「いやぁ」
マールが、不思議だという気持ちを隠さない表情で、言った。
「ロジャーさんは、ずーっと、ロジャーさんだったじゃん!
それで、ずーっと、友達だったよ! 最初から! 今も、ずーっと!」
嗚呼。
そうなのだろう。
このマール・ディーネーという少女は――。
そういう奴なのだ!
「……フラれたな、ロジャーズさん」
クロバが笑った。
そうか。
フラれたのか、これは。
Nyarlathotepはフラれて。
ロジャーズ=L=ナイアが友達になるという。
これはそういう物語か。
だから、『ロジャーズ』は笑った。
「私は貴様に願う事を諦めよう。
貴様と只、遊ぶ事を約束する。
何もかもはハッピー・エンドだ。
刺身に添えたホイップクリームの如くに甘いのだよ。
汝、我こそが這い寄る混沌……!」
ロジャーズが、その力を存分に発揮した。
術式が、ダガヌを貫く。ロジャーズは叫んだ。
「子兎、貴様、祝詞を唱えよ!」
「海苔!? 食べるの!? あ、つける方ののり!?」
「そうではなくてだな!」
「えっとね、ロジャーズさんは、応援してほしいんだ」
ヨゾラが言った。
「僕だってそうだよ。
ううん、皆がそうなんだ。
一言でいい、僕等を応援してくれる?
マール・ディーネーはここにいるよ、頑張ってるよって。
ローレットの報告書にも載せたいからさ!
それだけで、いい!」
そう言うのへ、皆は笑ってうなづいた。
だから、マールは、大きな声で。
「がんばって、みんな!」
そう、言った。
「まかせろ、マール!」
プリンが叫ぶ。
「ああ! キミの願いを叶えよう!」
モカが、笑った。
「いい友達だったのね……」
百合華が、笑った。
誰もが立ち上がる。優しい人たちが。正しい人たちが。
ただ一人の少女の、願いを叶えるために。
正しき願いを胸に、正しくそれを叶えるために――。
『あなたの、願いを』
それが言う。クロバは頭を振った。
「叶えるなら、俺の願いだけでいい。
『俺を見るな』」
そう、言って。影に己のみを潜ませる。死神は、仲間たちの攻撃とともに静かに、身を沈める。そして――。
「……悪いな、君に対する報いがこんな形で。
ヒーローって存在は栄光の影で誰よりも咎を背負うものだからな。
……なんて、俺を恨んでくれて構わない」
少しだけ悲しげに笑って。
その刃を、ダガヌに叩きつけた。
それが、最後の、一閃だった。
『どうして……?』
ダガヌが、悲しげに首を傾げた。
『わからない。
幸せに、なりたくないの?』
「それは、私たちが、私たち自身が探します」
雨紅が、静かに、葬送の舞を演じる。
「どうかその眠りが、穏やかであるよう」
そう――。
もし願いがあるのならば、それこそが願いであった。
海の底に、光が満ちる。それが、一瞬だけまぶしい光を放って、あとはすぐに消えてしまった。
まるで、眠ってしまったかのように、深海は静かだ。
「おやすみ、あたし」
マールが、静かにそういった。
これで、やり残しは終わったのだ、とだれもが思った。
●
「ごめんね、みんな。ありがとう」
そう、マールは笑った。少しだけ悲し気に。
「気にするな」
ロジャーズが言った。
「かの姫は、我が同一奇譚となった。
それでいいだろう」
嘘だ。そんな都合よく、奇跡は起こらない。でも、今は嘘をついてもいいと思った。
「ん……ありがと」
マールがほほ笑む。
「ダガヌ……次は、きっと……」
プリンが小さくつぶやき、頭を振った。
「いや、こうやって、願うことが……お前には、だめなのか。
悲しいな……」
そう言って、涙をこらえるように、うつむいた。
「ダガヌ、か。きっと彼は、マールちゃんのことを、理解していなかったんだろうな」
モカが言う。
「……もし私が『普通の人間』だったら、もっと仲良し三姉妹みたいになれたのかな……」
そうつぶやくモカに、マールは笑った。
「え、それは面白そうかも! モカさんがおねえちゃん? あたし、おねえちゃん欲しかったんだよね~!」
その場の空気を換えるみたいに、マールがわらう。
「ぶははっ! そうだな! 俺もこういう湿っぽいのは苦手でな」
ゴリョウが、頭をかきながら言った。
「ここからは、打ち上げってことでどうだ?
明るく楽しく依頼の成功を喜び、マール=ダガヌも濁羅も笑って送り出してやろうじゃねぇか!
どうせ送り出すなら美味いもんの一つでも供えて奴さんも腹いっぱいにして眠らせてやろうぜ!」
「うん、賛成!」
ヨゾラが頷く。
「僕も竜宮チャーハン食べるー!」
そう、言いながら、どこか心でダガヌの事を考えていた。
(歪んだ『完全』よりは……『不完全』な僕でも良いのかも、ね)
少しだけ、救われたように、くすりと笑った。
「なら、私も手伝うとするか」
モカが、ほほ笑む。
「あ、クロバさん」
と、マールがクロバに声をかけた。
「……黙ってどっか行こうとしてたでしょ。よくないよ」
見透かされたような言葉に、クロバはドキッとする。
「でも……色々、気持ちあるもんね。
うん、今日は、さよなら。
でもね」
と、マールがカバンから、保存のきくサンドイッチを取り出した。
「これ、あたしも好きな奴だから。あとで、食べて。あたしのヒーローさん」
「ああ。有難う、マール」
クロバは笑って、頷いた。
「そう、でした」
と、百合華が、声を上げた。ゆっくりと、マールの前に立ち、
「始めまして、マールさん。
私は咲花・百合華、百合子の姉に当たります」
そう、言った。
マールが、とても寂しそうに、笑った。
「うん。初めまして。あたしは、マール。百合子さんの、お友達」
その時、本当に、マールは彼女が失われてしまったということを実感して、泣いた。
涙は流れても、この後は、楽しい時間がまっているはずだった。
今はもう、深海の底に本当に眠っている二つの魂に、雨紅は静かに、祈りをささげた。
もう、目は覚めないだろう。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
きっともう、会うことはないのでしょう。
それが、『彼』らにとって、本当に幸せなことであると信じて。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
マールちゃん編、おまけの後始末。
●成功条件
マール=ダガヌの撃破。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●状況
かつて、シレンツィオ近海を脅かした『ダガヌ』という大精霊が居ました。ダガヌは、ゆがんだ形でどんな願いでもかなえてしまう大精霊で、今は人類の毒になる、悪神に間違いないのでした。
皆さんは、そんなダガヌを討伐し、シレンツィオ近海の平和と、マール・ディーネーとメーア・ディーネーという少女を守りました。
しかし、少しだけ、残っていた想いがありました。マールの中に、わずかに残っていたダガヌの欠片は、マールの偶然から成長し、再び生まれ出でようとしています。
ダガヌそのものが生まれるわけではありませんが、しかし似たような存在が生まれてしまい、何百年も後だとしても、再び同じことをしてしまうのであれば、後顧の憂い、となります。未来へ、そんな悲しい出来事を受け継がせるわけにはいきません。
此処で、その可能性の芽を摘み取ってください。
作戦エリアは、竜宮近海の平原。
水中ですが、竜宮の加護で問題なく呼吸や行動ができます。もちろん、水中での行動を補佐するスキルがあれば、より自由に動けますし、シレンツィオや竜宮で効果を発揮する携行品などがあれば、十全に能力を発揮します。
●エネミーデータ
濁羅・シャード ×1
かつて、ダガヌの信奉者として現れた海乱鬼衆という海賊集団の内、もっとも狂暴と言われた濁悪海軍の頭領。
その、ダガヌの取り込んだデータの中に残っていた『欠片』です。
本人ではありませんし、意識も持っていません。
ただ、自由にありたいという狂暴な意志だけがそこに残っています。
凶悪な近接アタッカーで、手にした濁悪ブレイドという巨大な太刀で破滅的な攻撃を行ってきます。
攻撃力全振りアタッカーなので、ある程度素早い人なら翻弄できるかもしれません。
マール=ダガヌ ×1
マール・ディーネーのねじれた可能性の一つ。本来の『感情を殺し、ただ封印のために生きる』という乙姫としての姿に、ダガヌの「どんな願いでもねじれた形でかなえる」という力の融合した、『あるだけで人を堕落させる災害』。
現在はそこまで強力ではありませんが、ここでマールから解き放たれ、百年、二百年後に再びダガヌのような存在になるのは厄介です。ねじれた可能性は、ここで消滅させるべきです。
基本的には、神秘属性を用いた攻撃を行ってきます。『不調』系列や、『混乱』系列のBSを付与し、こちらを困惑させてくるでしょう。
BS対策をしっかりとして、確実に消滅させてください。
●味方NPC
マール・ディーネー
竜宮の普通の少女。今回は、マール=ダガヌと濁羅・シャードを現実に固定することに力を使っているため、応援の言葉をかけるくらいしかできません。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、おまちしております。
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