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シナリオ詳細

<尺には尺を>オリオールの幸福

完了

参加者 : 10 人

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オープニング

●現実
「嘘です!」
 と、ジルは叫んだ。
 もう、誰もいなくなった、オリオールの屋敷である。
 先の戦いのうちに姿を消したセレスタン・オリオールは、イレギュラーズたちの報告によれば、遂行者へと堕ちた。それは間違いない事実である。
「せ、セレスタン様が、裏切りなどするはずがありません!」
「だが、確かな情報だ」
 異端審問騎士が、そう告げた。今や、『柔らかくなった』天義の地において、久々ともいえる深刻な出動であった。
「無論、市井には情報を伏せているが。聖騎士が裏切ったなどと知られれば、かつてアドラステイアに向かった者たちのように、天義に不信を抱くものが現れる可能性も捨てきれんゆえに。
 わかるか。聖騎士が裏切るとは、貴様の主がやったことは、そういうことだ」
「セレスタン様は、正しい方でした!」
 ジルが叫んだ。
「じ、事情があるはずです! 騙されているとか、操られているとか……!
 セレスタン様は、正しく、強い心を持った、騎士様なのですから……!」
 ジルは、セレスタンにあこがれていた。魔の策略により聖盾を奪われ、周囲から唾棄され、それでもなお聖騎士として歩み続けていた彼に、憧れていたのだ。
 だが、それゆえに、ジルはセレスタンの本当の心を理解することはできなかった。ジルのあこがれは、ある意味で、正しき人、という肖像の押し付けであった。それは、セレスタン・オリオールという人間を、最も傷つける周囲の無理解に間違いなかった。
 異端審問騎士は、無感動な様子で、ジルに何かを放った。それは、皮装丁の日記帳であった。
「読むといい。正しき騎士とやらの真意が描かれている」
 ジルは、少しだけ息を吸い込んだ。それから、主のプライベートを覗き見ることの罪悪感を少しの間覚えてから、それを抑え込んだ。意を決して、ページをめくる。
 つらい、と、そこには書いてあった。
 期待が。押し付けが。誰かの言葉が。
 苦しい、と、そこには書いてあった。
 キラキラとした瞳で、自分をよきものであると規定する、従者の言葉が。
 あまりにも――赤裸々に、残酷に。
 セレスタン・オリオールの、あまりにも弱い――人であるならば必ず持ち合わせているだろう、醜悪で、でも綺麗で、純粋で悲しい、本音というものが、そこには記されていた。
「僕、が」
 ジルがつぶやいた。
「ぼく、は、セレスタン様の、重荷だった?」
 ――。

●虚妄
 神の国に、ただの人間は入れない。
 侵入できるのは、イレギュラーズたち。
 そして、『呼ばれた』者たちだけだ。
「……」
 ジルは精巧に再現された、天義の街並みを見ながら、唇をかんだ。
 再現された、と、言った。
 ここは、理想郷だ。
 神を騙る冠位魔種の手によって作り出された、偽りの理想郷。
 神の国に存在するこの理想郷は、『遂行者、セレスタン・オリオール』によって生み出されたものであるという――。
「大丈夫?」
 と、ローレット・イレギュラーズの一人が言った。
「つらいなら――」
 そういうのへ、ジルは青い顔をしながら、言った。
「いえ、だ、大丈夫です。
 セレスタン様を、助けませんと」
 そう、自分に言い聞かせるように。
 ジル・フラヴィニーが閲覧したセレスタンの日記。そこには彼の人間的弱さが記入されていたが、その最後のページに、ジルにあてたメッセージが残されていた。
「君がもし、まだ私とともに正しき道を歩もうとするならば、来てほしい。
 君のための扉は開けておく」
 と。
 それは間違いなく――遂行者からの誘い、であった。ジルは、セレスタンとも縁のあった、あなたをはじめとするイレギュラーズたちに助力を請うた。
 神の国まで、自分を連れて行ってほしい、と。
 その願いを聞き入れたあなたたちは、ジルを守りながら、この理想郷に足を踏み入れたのだ――。
 その理想郷で、イレギュラーズたちが見たものは、あまりにもまっとうで、ごくごく普通の、天義の景色であった。
 ただ、違うものは、ただ一つだけ。
 セレスタン・オリオールという聖騎士が、聖盾を失わなかった。その過去を前提として生み出された地であった。
 それゆえに、セレスタンは『間違い』を犯したものではなく、ただ『正しい聖騎士』として認識されている。
 それだけ。ただそれだけが、現実と違う場所であり、セレスタンの理想郷であった。
「……なんというべきかな」
 イレギュラーズの一人が言う。なんとコメントすべきか。愚か、であるか。悲しい、であるか。セレスタンの理想は、ただ『正しく』ありたいという、人間が持つならば当たり前のそれであったのかもしれない。セレスタンは、できなかった。誰かの『正しくあれ』という言葉に、応えることができなかった。ならば、応えられた世界、が、ここなのだろう……。
「それで、どこに向かえばいいんだ?」
 そう尋ねるイレギュラーズへ、ジルはうなづいた。
「きっと、オリオールのお屋敷に」
 そう、答える。
「そこに、いらっしゃるはずです。セレスタン様が……」
 その言葉に、仲間たちはうなづいた。
 果たして、吐き気がするほどに『普通』な街を、イレギュラーズたちは進む。幸せで平穏で、『正しい』人たちの姿を見やりながら、セレスタンと相対した時の行動について、道すがらの相談を開始した――。

GMコメント

お世話になっております。洗井落雲です。
ジルという少年の、おわかれのシナリオになるかと思われます。

●成功条件
 遂行者、セレスタンの撃破。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●状況
 天義の聖騎士、セレスタン・オリオールは人類を裏切りました。
 セレスタンの小姓であるジルは、セレスタンからの『誘い』を受け、神の国に足を踏み入れる資格を得たようです。
 ジルから助力を乞われた皆さん、ローレット・イレギュラーズは、ジルとともに神の国へと侵入します。
 そこは、セレスタンの理想郷――セレスタンが『間違わず』、人々の正しくあれ、という言葉に応えることのできた。そんなあり得なかった過去に基づく、虚妄の都市でした。
 皆さんは、ジルとともに街を進みます。そして、オリオールの屋敷にたどり着き、セレスタンと相対するのです。
 作戦決行エリアは、オリオールの館。その大広間。
 特に戦闘ペナルティなどは発生しないものとします。
 かけるべき言葉と、戦いに、注力してください。

●エネミーデータ
 遂行者、セレスタン ×1
  裏切りの聖騎士。虚妄の理想におぼれる背教者。今回は聖盾を持参しての参戦になります。
  非常に高い防御技能と、高い戦闘能力を併せ持つ、もう一人の遂行者サマエル、といっても過言ではない性能をしています。
  今回のシナリオにおけるボスクラスの敵です。どっしりと構え、高い防御能力を活かして皆さんの攻撃を誘引し、反撃で以って仕留める、というスタイルです。
  また、ジルに対しては言葉巧みに誘いをかけているようです。そのあたりの妨害も考えておくとよいかと思われます。

 影の艦隊 ×13
  影の人型をした怪物たちです。それぞれ、『軍艦の武器をモチーフにしたような装備』を持っています。例えば、大砲や、魚雷といったものです。
  大砲を持った遠距離砲撃タイプが5。魚雷を用いて遊撃と接近攻撃をこなうタイプが5。ファミリア―のような使い魔を飛ばし、仲間たちへのバフや、こちらへのデバフを行う支援タイプが3。以上のような構成になっています。
  セレスタンにかかりきりになっていると、フリーになった彼らの手によって手痛い反撃を受ける可能性があります。うまく戦力を配分して戦ってください。

●味方NPC
 ジル・フラヴィニー
  天義の聖騎士みならい。セレスタンの小姓、従騎士でした。
  セレスタンにいざなわれ、この地にやってきています。
  心揺れているようです。できれば注意を向けてあげてください。
  性能面としては、スピードよりの近接アタッカーといったイメージです。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <尺には尺を>オリオールの幸福完了
  • モラトリアムの終わり。
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年11月28日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤

リプレイ

●当たり前の世界
 そこは、ごく普通で、当然のようで、当たり前で、暖かな世界だった。
 綺麗な世界だった。とてもきれいで、とても正しく、時に誰かが泣き、時に誰かが笑い、時に誰かがささやかな幸福を得て、時に誰かがささやかな不幸を悲しむ。
 絶対的に、誰もが幸福なわけではない。
 避けられぬ現実はあり、避けられぬ運命もある。
 ただそれでも、あまりにも普通で、あまりにも当たり前の光景が、そこにあった。
 それは、あまりも普通な天義の姿があった。
「あまりにも、普通で。なにも、変わりのない、天義の姿で」
 『星に想いを』ネーヴェ(p3p007199)は、静かにつぶやいた。
 次の言葉は、音に乗せない。
 ――セレスタン様にとって、天義はそうでなかったのだと、ひしひしと感じさせられます。
 その傍らに、青い顔をした少年が、いたのだから。
 ジルという聖騎士見習いは、セレスタンという裏切りの騎士の従者であり。
 彼を追い詰めたファクターの一つでもある。
 ジルのあこがれは、セレスタンにとって重荷であった。自分を許せず、理想と現実のギャップに苦しむ彼にとって、無邪気な信頼と憧れは、あまりにも、重かった……。
「ジル」
 と、『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は言った。誰かがそうしなければならないのならば、それは自分の役目だろうと思った。
 仲間たちは、優しい。きっと、良い言葉をかけられる。ただ、それだけではいけないのだと思った。それでは、『セレスタン』をもう一人、生んでしまうことに違いなかった。
「これは、お前の罪の一つだ。お前の――大人ではなかったお前の、無邪気さの、罪だ」
 言葉を選んで、レイチェルは言った。わずかに、息を吸い込んだ。
「お前を責めているわけじゃない。
 でも、お前に責がないと言っているわけじゃない。
 お前は、セレスタンの近くにいたんだ。
 理解、できた、はずだった」
 それは、『後だから言えること』であったかもしれない。究極、他人のことなどは真に理解などできないのだ。ましてや、セレスタンは『誰かに理解してもらうことを放棄していた』節がある。それは、彼のまじめさと、敬虔さと、傲慢さの結果だった。
 それでも、レイチェルはそのナイフを突きつけた。傷つけたのだ、という事実は、知っておくべきであった。
 モラトリアムだ。これは、長い長いモラトリアムだった。なぁなぁと、憧れと、理想を演じる喜劇に浸かっていた、これは、ジルと、セレスタンの、長いモラトリアムの終わりに間違いなかった。
「それだけは、解ってやってくれ。
 憧れじゃなくて――人間として、セレスタンを見てやってくれ」
 そう言って、レイチェルは内心で独り言ちる。
(真面目で弱音が吐けなくて。限界まで無理する奴だから、こうなっちまったんだろう。
 ……この世は理不尽に溢れている。不平等で、人は身勝手だ。俺は、只々、この事実が腹立たしい)
 誰が悪いのだ? かくあれかし、と唱えた神か? 人か? 憧れか?
 サマエル(神の悪意)、とはよく言ったものだった。セレスタンのあこがれる、理想の自分の名前。この状況が神の思し召しと試練であるのならば、それは悪意と何が違うのだろうか……?
「神の悪意とは、よく言ったもので」
 『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)が、静かに言った。
「理想の押し付けで傷付けてしまうこと。痛いほど理解したでしょう。
 その上で。貴方がどうしたいかは自分で決めて下さい。
 一応、ボクの立場として言わせていただければ……遂行者になるのはお勧め出来ませんね」
「人は弱いものさ、ジル坊」
 『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が言った。
「でも、強くもなれる。
 今、オメェさんの中の天秤は、激しく揺れ動いてるんだろうさ。
 でもな……難しくて、とてもつらいことだが、その天秤を平静に保つんだ。
 俺たちは、様々な言葉をオメェさんにかけるだろう。
 この街の景色は、様々な思いを、オメェさんの心の内に浮かべるんだろう。
 そしてセレスタンは、きっとオメェさんに言葉をかけるんだろう。
 その全部を、ちゃんと受け止めて、それで……一番いい選択を、選べるといいな」
 選べ、とは言えなかった。
 それは、セレスタンに、誰かが言った言葉と変わらないから。
 ここでは、そういうのが正しいことのように思えた。
「アタシもさ、逃げてる途中で」
 『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)が、吐き出すように言った。感情というタバコを吸い込んで、肺の中にたまった様々なものを煙として吐き出すような、そんな吐息だった。
「アイツも、逃げてる途中だった。きっとな。だから、何となく――セレスタンの気持ちもわかる。
 でもさ……逃げた先に楽園なんてものは、きっと、ないのさ。
 アタシはずっとそうやって……厭なものも見てきた」
 ふ、と、コルネリアは笑った。苦笑するような、泣き出すような、笑いだった。
「偉そうなことは言えないんだけどさ。
 後悔しても、悔しくても悲しくても、セレスタンから目を逸らすんじゃないよ。
 現実は続くんだ。失敗しても、成功しても。幸せでも、不幸でも」
 正しい道を行く。
 正しいレールの上を走る。
 誰もがそれを要求し、誰もがそれを『普通』だと語る。
 でも、それはとても難しいことなのだ。
 人は容易に失敗するし、足踏みをするし、レールを外れる。
 人を傷つけ、失望させ、悲しませ、呆れさせる。
 普通とは、なんなのだろうか? セレスタンの望んだ、普通で、当たり前の生活とは、なんだったのだろうか?
 それはとても難しいものではなかったのではないだろうか? コルネリアは思う。アタシだって、逃げてる途中だ。その言葉をかみしめる。
 アタシたちは、普通じゃいられなかった。踏み外して、転げまわって、自分をあざ笑って、それでも生きている。
「馬鹿な人、よ」
 『この手を貴女に』タイム(p3p007854)は、慈しむように笑った。
「ごめんね。でも、そう。馬鹿なのよ。みんな、そう。
 大人ってね。馬鹿で、素直じゃなくて、すぐに間違って、それで」
 それは、きっとジルには理解できない、少し大人の言葉だった。うつむくジルに、タイムは優しく手を差し出した。ジルの、少し体温の高い手を、握ってやる。
「ジルさん、セレスタンさんはあなたを疎ましく思っていた訳じゃない。
 彼は遂行者となって尚、あなたの理想になれなかったことを悔やんでる。
 優しい人ね。優しくて、脆い人」
 それは、ジルにもわかるような言葉に変えた、タイムの想いだった。
「セレスタン様は」
 ジルが言う。
「僕を、重荷、だと」
「うん」
 タイムは優しく微笑んだ。
「でもね。本当にそう思っていたら、あなたをここに呼ばないわ。
 だってそうでしょう? ここは理想の世界。あなたにその資格がないのなら、ここに入れすらしない。
 あなたも、セレスタンの世界を構成する、『手のひらで守りたかったもの』の一つなの。
 あなたの期待に、憧れに、答えてあげたかった。
 人はね、自分で自分を、殺してしまうの。
 自分が作ったナイフは、自分を刺してしまうんだわ。
 汝、汝が尺で、己を測られるべし……。
 セレスタンの尺は、きっと自分を許せなかった」
「それは」
 ジルが、泣きそうな顔で言った。
「僕の罪であり、僕の」
「優しさだったのね。
 いいの。それで。今回はね……間が悪かったの。
 もしこんなことが起こらなければ、きっといつか、すごいケンカをして、それで、少し悲しくて、辛いこともあったかもしれないけど……ちゃんと、向き合えたはずなの。
 セレスタンさんのどんなところに憧れていた?
 オリオール家が没落して尚、務めを果たそうとする彼の在り方が誇らしかったんじゃないかしら。
 家も立場もの関係なく、そんな彼だからこそ仕えたいと。
 それは、セレスタンさんにとって嘘じゃない。彼がなりたいと思っていたもので、そしてあなたがなれると応援していたもの。
 この先にいるセレスタンさんは、本当に、彼がなりたいと思っていた、理想の人なのか、よく考えて答えを出して」
 誘導のようなものかもしれない、と、タイムは少しだけ、心の中で嫌悪の笑いを浮かべた。でも、ほかにどんな言葉をかけられただろう?
「いいさ、それで」
 見透かしたみたいに、『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が言った。
「傲慢だとしても、思い込みだとしても……ガキを導くのが大人の役目だ」
 それから、これはセレスタンに向けて、心の中でつぶやいた。
(……それがつらいこともあるだろう。
 だが――それが、ガキの重荷になっちゃ、悲しすぎるだろうよ、馬鹿野郎)
 ふ、と、気持ちを切り替えるように、ヤツェクは笑って見せた。
「ジル、世界は大体がめちゃくちゃだ。正しさの物差しは自分で見つけて、育てていくしかない。
 誰かがくれるもんじゃない。
 だけど、探すのは孤独な物じゃない。友達の助けというのは、どこにでもあるもんだ。
 ジル。ダチにならないか。対等な友人に。そして一緒に、間違いも愛して、世界をちょっとずつ善くしようじゃないか」
「僕には……僕はきっと、子供だったのですね」
 ジルが、悲しげに笑った。
「だから、ヤツェク様のように……広い景色を知らなかった、のでしょう。
 僕には、まだ、ヤツェク様のお友達になれる資格はありません。
 まだ、迷っているのですから。
 でも、もし、全部が善く終わったのならば、友達に、してくださいね」
 そういって、少しだけ笑った。
 ヤツェクもうなづいた。
 今はそれでいい気がした。少しだけ、背中を押せた気がしたのだ。その結果がどうなるのかは、今はわからない。でも、大人としての役割は、果たせた、ような気がした。
「お、じゃあ秋奈ちゃんとも友達になろーぜい?」
 『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)が笑った。
「ふふん、もちろん、全部終わったらな!
 いろんなところを見に行こう。ヤツェクさんもいっしょにどーだい! 天義の外とか、ちょっと旅行にさ!」
「いいね、鉄帝の冬と、アーカーシュから見える景色。
 深緑の木々の物語。その木漏れ日……」
 未来を語る。明日を語る。それはきっと、辛い現実と向き合うために、必要なことに間違いないだろう。
 ジルは、少しだけ思う。
 セレスタンはきっと、間違いを愛せなかったのだ。それをすることを許してくれる誰かが、いなかったのだ。
 それは、天義という市井の人々であったり、騎士団という正しき人々であったり――ジル自身、だったりした。
「愛してあげればよかった。あの人の、すべてを……」
 ジルの心にあったのは、憧れであり、敬愛だった。まったく本当に、ジルはセレスタンのことを好きだったのだ。憧れの大人として、一緒に過ごす友として。でも、ジルはセレスタンの友になれなかったし、セレスタンも、ジルを友としてみることができなかった。それは不幸なすれ違いであったし、現実によくある悲劇の一つでもあった。
 モラトリアムが終わって、ジルは少しだけ、踏み出した。今なら素直になれる気がした。それは、セレスタンも多分、同じなのだろうと思う。

「人の、彼の気持ちは、やっぱりわからないですけどね。
 それでも僕は思うんです。今のジルさんの状況は遂行者になる前のセレスタンさんに近いんじゃないかと。
 それなら、セレスタンさんは知ってるはずなんですよ。
 自分が本当はどんな言葉を望んでいたのか」
 『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)は、道を行きながらそう言う。もう、だいぶ、平穏な天義の街を進んでいた。不思議なことに……否、これはセレスタンの意思なのだろう、道中の襲撃はなく、ただ、平穏に過ごす『選ばれし人たち』が、平和に、静かに、穏やかな『普通』を演じていた。
 この景色を見せたかったのか。ただ、招待したジルを、イレギュラーズたちを、邪魔せず、傷つけず、歩ませたいだけなのか。どちらかはわからない。後者であれば、良い、と思うことが精いっぱいだ。
「欲しかった言葉ぐらいかけたっていいじゃないですか、その方がお互い救われると思ってしまうんですよね。
 僕は甘いでしょうか……」
「そんなものだろう」
 『紅風』天之空・ミーナ(p3p005003)が言った。
「ただ、こういう形で心を揺さぶるのは感心しないよ。本当……。
 時間は、過去に戻りやり直す事なんか許されない。けど、前を向いて生きていれば今をやり直すことはできるんだ」
 そう、空を見上げながら言った。偽りの、理想の空。
「誰が悪いわけじゃないんだ。本当は。
 いや、明確に、誘惑をもたらした遂行者陣営が悪いのは確かだけれど。
 でも、それも……きっかけに過ぎないのだとしたら。
 いや……。
 いや、だとしても。私は、セレスタンの選択に、行いに、NOといわなければならない。
 そう思う。
 前を向いて、生きていれば、今をやり直せる。
 それを忘れたならば……人間じゃない」
 ミーナがそういったときに、目の前に、天義でも見たことがある者もいるかもしれない、屋敷の姿があった。
 現実では、それはどこかうらぶれていて、寂しくて、使用人もろくにいないような場所だったけれど、しかし今は、どこか明るく、『当たり前の活気』に満ち溢れている。
 それがたまらなく悲しかった。
「ついたぞ」
 ゴリョウが言った。
「後悔だけは、するなよ」
 その言葉に、ジルはうなづいた。
 モラトリアムが終わる。

●大好きなあなたのために、僕がかけるべきだった言葉は
「いらっしゃい」
 温かい声が聞こえた。
 ジルが初めて、あるいは久しぶりに聞いたような、穏やかな声だった。
 初めて出会った時のことを思い出した。ジルはもう少し小さくて、天義はもう少し息苦しくて、まだ聖なる盾がオリオールの屋敷にあったときのことだ。
 その時も、セレスタンはこういったのだ。
「いらっしゃい」
 と。
 その時とは状況が違うとしても。
「セレスタン、様」
 ジルが言った。
「ジル。すまなかったな」
 優しく、そういった。
 本心だろうな、とレイチェルは思った。
「私は弱かった。君を疎ましく思ったことも事実だ。
 そう。私は、弱かった」
 救われたような、表情だった。
 それがたまらなく、悍ましい。
「今は、私は弱さを克服したのだ。
 理想の、私になれた。
 君の、あこがれる、私に」
 ――なぜならそれは、逃げであるからだ。コルネリアは理解している。
 彼は、逃げているのだ。自分の、弱さから。逃げ続けている。その果てに得た、虚妄の理想を、それを、自分のあるべき姿であり、手に入れた幸福だと、思い込んでいる。
 アタシのほうがマシだ、セレスタン。アタシはまだ、逃げている途中だから。アンタは、逃げるのすらやめてしまったんだ。
 憐れみにも似た感情が、浮かんでいた。
「だからこそ、ようやく、本当に、君のそばにいられる。君の、理想に、答えられる。
 ジル――ともに歩もう。ここが、『正しい世界』だ」
 手を差し伸べる。
「ジル坊、オメェさんが選ぶんだ!
 オメェさんの行く道は悔恨に苦しみ、涙し、迷う、先の見えない塗炭の道だろう!
 だが流されるな!
 流されるまま惰性で選んだ道なんぞにテメェの意志はありはしねぇ!
 さぁ、モラトリアムは終わりだ!
 自身の覚悟を示して進むべき道を選べ! ジル・フラヴィニー!」
 ゴリョウが叫んだ。
 それが、イレギュラーズたちの最後の言葉だ。
 ジルに、言葉を尽くした。
 後は、彼が何を、選択するか。
 ジルは、ゆっくりと、剣を抜き放った。
「僕は――セレスタン様。あなたが、裏切ったのは、嘘だと、間違いだと、思っていました」
 震える手で、刃を握り。
 でも、しっかりとした瞳で、セレスタンを見やる。
「違ったのですね。あなたは、僕が思っていたより弱くて、まじめで、優しくて――。
 きっと、僕が壊してしまった。セレスタン様は、僕の理想じゃなくて、人間だったのに。
 僕と同じ、泣いて、笑って、苦しんで、幸せを求め続けていただけなのに。
 僕は、あなたを、人間としてみていなかったのですね」
 それは、罪との相対だった。目をそらし続けていた、罪との。
「ごめんなさい。ごめんなさい、敬愛する騎士様。僕の、たった一人の、憧れの主人。
 僕はもう、あなたの手を取れません。
 僕はもう、あなたの傍に在れません。
 僕はきっと、少しだけ、大人になれたのです」
 それは、ゴリョウが、レイチェルが、ヤツェクが、タイムが、ミーナが、秋奈が、ネーヴェが、コルネリアが、鏡禍が、チェレンチィが、
 彼の背中を押した結果。
 一歩を踏み出した。
 大人になるということ。
「そうだね、ジル」
 悲しそうに、セレスタンは笑った。
「来るぞ」
 ミーナが言った。
「敵性反応――不意打ちをしなかったのは認めてやるよ、聖騎士」
 その言葉に応じるみたいに、イレギュラーズたちの目の前に、影の怪物たちが現れた。人の姿をした、影。怪物。影の艦隊。
「そう、でしょうね」
 ネーヴェが、言った。
「あなたは、理想の聖騎士だから。
 きっと、不意打ちなんて、できなかったのでしょう」
「私(サマエル)なら、君を愛しい子兎と呼ぶのだろう。
 ……少しばかり照れ臭いね。彼のようにはいかない」
「だとしても、わたくしと、ダンスを踊って、くださる?
 どちらかが……倒れるまで」
 セレスタンが、ゆっくりと刃を抜き放った。
 真白き盾が、悲し気に輝いた。
「セレスタン卿よ! 言葉だけじゃオメェさんの意志は伝わらんぜ!
 だが、幸いここには俺らが居る。
 オメェさんの信念を示すに丁度いい舞台だろ?」
 ゴリョウが、そういって、豪快に笑って見せた。
 この空気を、吹き飛ばすみたいに。
「そしてジル坊は初めてだろ、卿との『喧嘩』はさ?
 俺が思うにそれがなかったから拗れたんだ。
 言葉も拳も全部含めてぶつかり合おうぜ!」
「ふ……はははは!」
 セレスタンが笑う。
「そうだな、ゴリョウ君。きっとそれが、できなかったから」
「色男と同じ顔で、そういうない。
 ゴリョウ、でいいさ」
「ありがとう、ゴリョウ。では、私(サマエル)のように――踊ってもらおうか」
 たんっ、と。
 セレスタンが踏み出す。もはや遂行者(バケモノ)になってしまった彼は、すでにかつての人の領域を超えていた。
 でも、相手は、セレスタンなのだ!
「奴は強いぞ!」
 ゴリョウが叫んだ。
「アァ、そうなんだろうさ」
 レイチェルがうなづく。構えた。
「ま、あのセレスタンとダンスってわけなんだろい!?」
 秋奈が叫ぶ。
「秋奈ちゃんはよー、誉は捨ててきたからな!
 悪いけど、正々堂々とはいかないぜい、聖騎士サマ!」
 秋奈が飛び出す。
「秋奈ちゃんに続け! 誉なんて捨てちまえい!
 影の艦隊を殲滅する!
 ケンカの前座だ、悪くねいぜ!」
「ああ、そうだとも。
 ガキは導いた! じゃあ、大人はその背中を見せてやらなきゃならん!」
 ヤツェクが構えた。
「私からはもう言うことはないさ。思いっきりやれ! 全員!」
 ミーナが叫ぶ。同時、仲間たちはいっせいに走り出した! 影の艦隊が、迎撃の砲撃を見舞う!
 屋敷の床や家具などが、爆風で吹き飛んだ。理想というレイヤーがはげたような錯覚。
「鏡禍さん! 敵の誘因をお願いします!
 優先したいのは、後ろの支援タイプです!」
 ファミリアーのような爆撃機が空を飛ぶ。チェレンチィが飛び回りながらそれをよけ、叫ぶ。鏡禍がうなづいた。
「こっちです! 僕に、向かってこい!」
 叫ぶ――妖気の、いざない。それが支援型の影の艦隊を誘引する。誘われるように。妖に。しかし、妖に誘われ、ついて行っては終いなのだ。
「チェレンチィ! まとめてぶっ飛ばすわよ!」
 コルネリアが叫ぶ。チェレンチィが静かにうなづいた。
 コルネリアの銃撃が、艦隊の足を止めた。ずだだだだだ、と、まるで驟雨のごとく降りそそぐ、銃弾。その雨の中を縫い走りながら、チェレンチィは目前にいた、艦隊の喉笛にコンバットナイフを突き刺した。ぶしゅ、と傷口から影が噴出し、轟沈する、艦隊。チェレンチィがすぐさま、次の標的に移った。コルネリアが無言で、銃口を向ける。たたん、と放つ銃弾が、艦隊の足を貫く。間髪入れずに、チェレンチィの刃、閃く。
「なーにが艦隊だ! こっちは一人戦艦でぇーい!」
 秋奈が叫ぶ。
「そうだともい! 秋奈ちゃんは独り立ちしてるんだぜ!
 ジルぼうやくん! こっちは私ちゃんらに任せろい!
 男を見せな! お姉ちゃんにな!」
「そうだとも、ジル。
 ケンカをして来い。古臭いが、そういうときがあるもんだ。男の子にはな」
 ヤツェクが、そう声をかける。
 誰もが、命を賭して戦っている。誰かのために。己のために。
「さぁ、こい、ジル」
 セレスタンが声をかけた。
「けんかをしようか。きっと、最初で、最後の」
「はい、セレスタン様!」
 刃を抜きはなつ。交差する。彼と、彼の、刃。が、さすがに、実力差は顕著だ。ジルは、セレスタンの刃に吹き飛ばされる。
「残念、セレスタンさん? 私たちも加勢させてもらうわね!」
 タイムが声を上げる。
「こんな形で再会したくなかったわ。セレスタンさん!
 自ら遂行者になっただけでは足りないみたいね……!」
「君か……! 手ごわいことは、知っている!」
 セレスタンの刃が、タイムへと迫る。タイムが、その武器を構えて、受け止めた。
「私じゃ、盾にはなれない。でも、貴方の足を止める壁にはなれる!
 戦い方は、ゴリョウさんや、サマエルから学んだわ!」
「盾になるのは、俺」
「兎」
   だ!』
『達
   です!』
 ゴリョウ、そしてネーヴェが同時に叫び、飛び込んだ。
「聖盾……いるな、サマエル!」
 ゴリョウが叫んだ。聖盾の中に、サマエルの意思があるような気がした。ならば。
「俺と遊ぼうぜ、聖盾! その権能、ぶつけるなら俺に来い! ジル坊じゃなく、俺に、だ!」
 まるで、その聖盾の聖痕が、サマエルの意思を代弁するかのように輝いた。君に誘われたのならば、応じなければなるまい! そう、声を聴いた気がした。聖盾の、静謐な、驚異的な圧力が、ゴリョウをたたき伏せる。聖なる/悪辣なる、プレッシャー。ゴリョウの口の端から、血がにじむ。
「俺が、盾になる!」
「わたくし、が、盾に、なります!」
 ネーヴェが、叫ぶ。飛び込む。ウサギのダンス。しかしてそれは、勇敢なる白兎の勇者の叫び!
「負けません、わたくしは……!」
「君を侮ることはない!」
 セレスタンの刃が、ネーヴェを狙う。切り裂かれたそれを、ネーヴェは己の武器で受け止めた。
「フラヴィニー様は、セレスタン様を助けようとここへきた。……まだ、助けられると、思っていたのです。
 けれど……わたくしは。貴方を、貴方の理想郷で終わらせることが、救いだと……そう思います。
 一度救われてしまったら、苦しい世界に戻るのは……耐えられない。
 貴方だけでなく、わたくしだって……誰だって、きっと、そうだから」
「有難う。きっと、そうなのだろう」
 セレスタンは、力強く刃を振り払う。ネーヴェが跳躍。
「だが……私はもう戻れないさ……。
 遂行者は、神にすべてをささげるものだ。それが、代償だ」
「もう、戻れないのか、セレスタン」
 レイチェルが言った。
「もう……。
 俺は、お前をこそを助けてやりたかった。
 誰も気付いてくれない、見て見ぬ振り。
 悲鳴を上げたくても、理想を押し付けられ。頑張れと言われ。『助けて』なんて言えない状況で、
 いざ爆発したら、お前が言わない所為だと言いたい放題。
 サマエル以外、誰も助けてくれなかった……。
 わかる、なんて傲慢な言葉は、お前には無意味なんだろう。
 それでも……わずかでも」
「君たちは優しいな。敵など、否定して切り捨てればいいんだ。
 それで、いいというのにな」
「だとしても、わたくしは……!」
「俺は……!」
 レイチェルの、凶爪が、セレスタンを振り払う。ジルが叫び、飛び込んだ。
「セレスタン様! きっと……きっと……!」
 あなたが、手を伸ばせばよかったのだろう。
 僕が、そういえばよかったのだろう。
 セレスタンが、聖盾を、構える。その放たれた力を、ゴリョウが受け止めた。
「やれ、ジル坊!」
 叫んだ。
「一発ぶん殴れ! それで、それで、いい!」
 セレスタンにとっても。
 ジルにとっても。
 それで、きっと。
 終わるのだ。
 猶予期間が。
 ジルの刃が、セレスタンの腕を薙いだ。
 浅い、浅い、傷だった。
 でも、それでも、良かった。
「タイム! サポート頼む!」
 レイチェルが叫んだ。タイムが構える。
「セレスタン……!」
 聖域が、あたりを包んだ。タイムの、願いが、仲間たちの背中を押す。
 レイチェルが、再び腕を振るった。凶の爪が、セレスタンの動きを止めた。同時。
「セレスタン、様……!」
 ネーヴェが、その手をふるった。その速度を、心を、想いを、乗せた、超新星のような輝きが、セレスタンを打ち抜いた。
 打ち、抜いた。


「とどめだッ!」
 ミーナの一撃が、最後の影の艦隊を貫いた。ばしゅ、と音を立てて、影が砕け散る。
「やったか……だが……!」
 ミーナが叫ぶ。イレギュラーズたちとて、無傷ではない。影の艦隊。そして、セレスタン。それと戦った仲間たちは、深い傷を負っていた。
 それでも……。
「セレスタン、さん」
 鏡禍が、声を上げた。そうするべきだと、今は思った。
「どうしてジルさんを誘ったのですか。

 遂行者にならなくても、救われるかもしれない言葉を知ってるのはあなたのはず。
 その一言を、ジルさんにぶつけてから誘うべきだったじゃないですか……!
 その言葉でも無理だと知ってからでもいいじゃないですか……!
 自分の理想の世界ならジルさんは幸せだっていうのが傲慢なんですよ……ッ!

 せめて自分がどうあっても隣にいてくれた彼に、真剣に向き合ってからにしてください……!」
 吐き出すように、そういった。
 聖盾が、がしゃん、と音とを立てて落ちた。それは、神の国の影に消えて、いずこかへと消え去った。おそらく、サマエルの元に戻ったのだろう、と、思った。
「そうだな」
 ふ、と、セレスタンが笑う。
「私が臆病、というのも、間違っていないのだろうな……」
 がくり、と、セレスタンが膝をついた。胸からしとどに、血が流れ落ちていた。
「セレスタン様」
「いいんだ、ジル」
 セレスタンが、笑った。
「なぁセレスタン、アンタの正義とはなんだ。
 困っている誰かに手を差し伸べる事か? 人として正しき道義を示す事か?
 教えてくれセレスタン……アンタの正義を……
 この救われぬ誰かを救いたかった成り損ないの悪党にさ……」
 寂し気に、コルネリアはそういった。
 セレスタンが、自嘲気味に笑う。
「きっと私に……正義などなかったのだろう……私は……身勝手だったのだろうな……」
 ふ、と、セレスタンは悲しげに目を細めた。
「私は……もはや神に身をささげた身だ。
 この神の国で、遂行者は……私は、死ぬことはない。
 だが、それはもう……私は本当に、人間ではないことの証左でもある……」
「セレスタン」
 レイチェルが、悔やむように奥歯を噛んだ。
「モラトリアムは終わったのだ……私が、人間でいられる……。
 次に会うときは、傲慢なバケモノだ……でも、それでいい。きっと、それが……私という愚かな男の幸せだったのだ……」
「サマエルもだけど、セレスタンさんもやっぱり頑固者ね」
 タイムが、そういった。慈しむように。
「あなたは全てを放り出して逃げ出すほど弱くはなかった。
 逃げずにいたからこそ背負いきれなかった。
 ……ばかね。ほんとばかよ

 もう止まれないのかもしれない。
 理想の自分のまま逝くことを……。
 それがなけなしの願いならば――。
 わたしはあなたを赦します。
 セレスタン・オリオール。

 だからジルさんの事も許してあげて?
 あなたの赦しが必要なの」
 その言葉に、セレスタンは、は、と、息を吸い込んだ。
「ジル、すまなかったな。君も……救ってやりたかった」
 セレスタンの瞳から、光が失われる。
「ジル……それから、ローレットの、友よ。
 次に『私』に会うときは、もう一度、迷わず殺してくれ。
 それが、いい。
 ああ……最後に……私が人間でいられる猶予期間の最後に……求めていた言葉を、貰えた気がする……」
 セレスタンの体が、崩れ落ちた。
 タイムが、それをやさしく抱きしめた。
 そのまま、その体が、闇に溶けて消えていった。


 神の国で、遂行者は死なない。
 どこかで、再生されるのだろう。
 でも、人間であったセレスタン・オリオールは、本当にここで、死んだ。
 もう、いない。
 モラトリアムは、終わったのだ。
「馬鹿野郎が……」
 ゴリョウが、つぶやいた。
 ヤツェクは静かに、ジルへと視線をやった。秋奈が、今ばかりは黙って、ジルの肩に手をやってやった。
 ネーヴェが、セレスタンの体を貫いた、己の想いを胸に、静かに息を吸い込んだ。ミーナもまた、自分たちが勝ち得た結果を、その手に握りこむように、手を握った。
「誰が救われて……誰が救われなくて。
 誰の猶予が終わって……」
 レイチェルの言葉に、答える者はいない。
 ただ、ジルは、
「これが最後ですから」
 そう言って、わんわんと泣いていた。
「そうですね。今、だけは」
 チェレンチィが、静かにそういって、瞳を閉じた。
 静かな理想郷に、残された少年時代の涙が、零れ落ちていた。

成否

成功

MVP

鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございます。
 モラトリアムは終わり……。
 決戦が、きっと。

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