PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<尺には尺を>なんにもないがある

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●がらんどう
(なんにもないじゃん……)
 率直に言って、女の感想はそれだった。眼前には茜に染まる丘陵。広々とした野。羊に散歩でもさせたらよかろうと思えるほどに、平和で、からっぽだった。誰もいない、何もない。
「これがマスターの理想郷?」
 女は、こんどは声に出してみた。返事はない。彼女のマスターこと、『銀の瞳の遂行者』アーノルドは別行動中だ。豊穣へおろした帳から供給されたエネルギーを使って、構築されたのが、この空間だった。
「ふつうは、こう、選ばれた人とかが、なんかいい感じに、暮らしてると聞いたんですけどぉ……」
 語尾が細っていく。夕焼けは雄大で、なよやかな曲線を描く野は美しい。が、それだけだ。聞いていた話と違うと、女は紫の髪をいらだたしげにかきあげた。姿はエマ(p3p000257)にそっくりだった。仮にEMAとしようか。EMAは致命者だ。冠位傲慢、ルスト・シファーへ心酔するのが遂行者ならば、遂行者の手足となるのが致命者である。
「どういうことですかね。ちょっと、もう、泣いてばっかいないで、すこしは話を聞けですよ」
 EMAのとなりに、男の子がふわりと浮いている。涙で濡れた少年は、いびつな翼と、褐色の肌と、金髪碧眼を持っていた。天使というものに、すこし似ている。名前はわからない。ただ泣いてばかりで、兄を乞うているとだけわかる。志屍 瑠璃(p3p000416)の思念に引かれて、形を持った死者の未練。もうひとりの致命者。それが男の子の正体だった。
「……兄さん。伝えなきゃ。兄さん。ごめんね、ごめんなさい」
 ぼそぼそしゃべっている少年の周りには、冷気が漂っている。豊穣から送られるエネルギーを受け止め、この空間へ供給しているのだ。さしずめ、アンテナだろうか。EMAは視線を男の子から地平線へ向けた。
 ぽつりと、人影が現れた。夕闇のせいで姿はよく見えない。EMAが目を凝らそうとした時、ずっと泣いていた男の子が、はっと顔をあげた。
「兄さん!」
「へ?」
「兄さん、兄さん! 兄さん!」
「あ、ちょっと、待って……」
 空を滑り、男の子は人影へ近づき、おもいっきり抱きついた。
「兄さん、兄さん、会いたかったよぉ、会いたかったよぉ! ごめんね、でも、でも、あれしかないと思ったんだ! 兄さん、兄さん、僕は正解だった、兄さんが生き延びてくれたから!」
 男の子に抱きつかれた方もまた、抱擁を返した。双子なのだろうか。男の子にそっくりの見た目、すこし、快活そうに見える。
「『ユリック』、ユリック、ありがとうな。おまえのお陰で、俺はここにいる」
「兄さん!」
 またぼろぼろと泣き出す男の子をジト目で見ながら、EMAはためいきをついた。
「……いやいや、普通に考えて幻覚でしょ。都合のいい、幻……」
 口にしてから、EMAは気づいた。幻覚。理想郷。それはつまり、逆に言えば……。自分の気づきにときめき、EMAは天を仰いだ。
「おかねがほしいっ!」
 EMAが大声をあげると、空から豪雨のように金貨が降り注いだ。
「あだだだだ、いたあっ! ストップストップ! やめー!」
 頭をかばいながらしゃがみこんだEMAは、自分の周りにできた金貨の山をながめた。一枚手にとって、かんでみる。まぎれもなく金属の味がした。歯型のあとから見えるは黄金。まじりっけなしの純金だ。
「えひっ、えひひ、えひっ。あれですかぁ。私とあの子が『選ばれた人』で、ここにいるかぎり、なんでも思い通りってことですかあ? 御馳走も豪邸も! 望むもの、ぜーんぶかなっちゃうわけですかあ!?」

●遭遇
 エマ(p3p000257)と志屍 瑠璃(p3p000416)、そしてあなたはローレットからの依頼を受けて、その空間へ入り込んだ。
 冠位傲慢、ルスト・シファーが支配する神の国。
 その世界はミルフィーユのように、幾重にも空間が重なっているのだそうだ。ひとつひとつの空間が、各遂行者の夢想する理想郷であり、その夢想をぶち壊して、ルストの牙城まで近づかねばならない。
 この空間は、核となる「選ばれた人」を倒せば、空間ごと壊れる。そう聞いていた。
「は?」
 まっさきに踏み込んだ瑠璃は、あまりにごてごてした景色にあぜんとした。どこぞの王宮の廊下だろうか。床、壁、天井まで、宝石と黄金でかざりたてられているが、お世辞にも趣味が良いとは言えない。まるで子どもの塗り絵みたいな乱雑さに、嫌悪感すら抱いてしまう。
 瑠璃は冷静に周囲を調べた。トラップのたぐいはない。一行を先導し、瑠璃は奥の扉の前へたどりつく。扉へ手をかけ、すこしだけ開く。隙間から中を伺うと、玉座に座る何者かが見えた。紫の髪がチラリと見えたので、瑠璃はエマを手招きする。
「……えー?」
 続いてなかをのぞいたエマは、ごちゃごちゃした室内に閉口した。
 ずらりとテーブルが並べられ、そのどれにも天井まで届くほど珍味美味が積み上げられている。国籍を問わない無数の料理が充満した部屋からは、むっとするような匂いが漂ってきた。間を埋めているのは、ドレスの山か。ぎらぎらと色彩がうるさい。腐敗臭こそしないものの、まごうことなき汚部屋だった。
 玉座の存在とエマの目があった。とたん、強風が吹いたかのように扉が内側から勢いよく開いた。反射的に距離をとり、あなたは戦闘態勢を取った。
「いらっしゃいませー。私のオリジナルさん」
 房ごとぶどうをかじっては吐き捨てていた玉座の女は、シルクのドレスをまとったまま、にまりと笑った。
「ずっと、ずーっと、おびえてました。いつか私は、あなたに殺されるってね。でも……」
 EMAが足を組み直す。
「この理想郷には、なんにもない。『死』すらない! この世界に引きこもっている限り、私は無敵で素敵ってわけです」
 瑠璃はたわごとへは耳を貸さず、部屋を見回した。右奥にソファがあり、そこに双子らしき男の子がいる。褐色の肌で、金髪碧眼の男の子だ。ひとりは眠っていて、もうひとりにはいびつな天使の翼がついている。
 EMAは続けた。
「かわいそう、と~ってもかわいそう、あなたたちが。いつか老いて、路傍の石とともに野ざらしになる。外の風は厳しいでしょ? あーかわいそー。えひひっ! ねえねえ、なんのために戦ってるんです? 一枚の金貨のためです? 昨日よりはマシな食事のためです? あたたかい服のためです?」
「よくまわる口ですね」
 エマはメッサーを引き抜いた。魚の腹のように光る刀身に、EMAは一瞬だけおののき、すぐに顎を突き出した。
「戦うんです? いいですよ。やってごらんなさいな。倒せるもんならね! ユリック!」
 翼のついた男の子が振り向いた。
「……だれ? 兄さんを連れて行く気なの?」
 眠る片割れを抱き上げ、ユリックと呼ばれた男の子は、翼を広げた。ぱら、ぱららと、射出された羽が影の天使に変わっていく。
「許さないよ。僕と兄さんは、飢えもなく苦しみもなく、ここで永遠に過ごすんだ。邪魔しないで」
「永遠、ね」
 瑠璃もまた武器を手にした。
「単調で、つまらない、物語ですね」

GMコメント

みどりです。こんにちは。

やること
1)致命者2名のHPを0にし、理想郷を破壊する。

●エネミー
EMA
 見た目だけならエマさんそっくりの致命者です。いま、かなりチョーシこいています。ドレスを着て、ティアラをつけていますが、どこかちぐはぐで似合っていません。物神無効の付与をもつなど、エマさんとは違った能力を持つようです。単体物理スキルに優れます。

『ユリック』
 いびつな翼を持つ、天使みたいな男の子です。広範囲の神秘攻撃を得意とします。また、なんらかのBSを使ってくるようです。

「双子の片割れ」
 ユリックから「兄さん」と呼ばれる存在です。ユリックの腕の中で寝てます。目覚める様子はありません。この子をまず殺さないことには、ユリックへダメージが通りません。

影の天使 ※開始時10体
 影絵のような天使で、物理単体、神秘扇攻撃をもちます。HPは低いです。ターン開始時に、ユリックから5体召喚されます。

●戦場
 豪華絢爛な汚部屋。というのはフレーバーで、ペナルティはありません。戦闘するに必要かつ十分な広さがあります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <尺には尺を>なんにもないがある完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エマ(p3p000257)
こそどろ
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ヴァトー・スコルツェニー(p3p004924)
鋼の咆哮
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼

リプレイ


「へえ~、やるんですか? やるんですか? べつにかまわないですけど、無意味だってことわかってもらいましょうかね! ユリック!」
 玉座のうえで高笑いしているEMAに、兄を抱き上げたユリックが近づき、翼を広げる。ぱらぱら、ぱらら。翼から羽が打ち出され、影の天使に変わる。
「ユリック殿……」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は絶句していた。男の子はたしかにユリックと名乗った。しかして、夏祭りのときに出会った少年とはいささか趣が異なる。鏡面に映したように、姿はそっくり。けれど彼に比べて、タレ気味の眉だとか、一匙くらい幼い瞳、思い出す姿よりも若干細い腕。
(別人だ)
 アーマデルはそう断定した。長く暗い道を歩んできたアーマデルの観察眼は本物だ。
『闇之雲』武器商人(p3p001107)もまた、不可解そうにまばたきをした。紫紺の瞳が薄いまぶたで彩られ、わずかに色を変える。
「『ユリック』。聞いたことがある名前だね。だけど、キミ、我(アタシ)の知るユリックじゃないだろう? 同姓同名の別人かい?」
「おまえのことなんか僕だって知らない」
「そうかい、それは……」
 手加減をしなくていいようだ。ソレは危険な笑みを浮かべた。致命者であるなら、幾分かマシだ。また寝込むリリコは見たくない。人のコは脆くて、無い肝だって冷える。
「恨みはないが、死んでもらうよ」
「兄さんは渡さない」
 噛み合わない会話を終え、武器商人は軸をすこしだけ本来の姿へ寄せた。足元へ黒い沼が広がり、ぷつぷつと小さな手が生えては誘うように揺れる。
『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)はというと、頬をかいていた。
(なんでもできる先輩がー! 多すぎな件ー!)
 たしかに、なんでもできるうえにちゃんとその道のエキスパートなイレギュラーズがこの場には多い。ウルズにはウルズの良さがあるのだが、本人は気づいていないようだった。
「もうこうなったら!」
 利き足をどんと踏み出した。床が割れ、亀裂が広がる。
「馬車馬くらい働いて、気合で追いつくっす!」
 影の天使がウルズの周り、静かに牙を研いでいる。あからさまな殺意にも、ウルズはひるまない。戦場において、気圧されたものから負ける。
「走り回るんなら任せてほしいっすよ! 臨機応変って言葉はこのあたしのためにあるっす!」
「期待してるぜ」
『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)が力強く微笑みかけ、ぐるりと部屋を見回した。
「願いが叶う空間、ねぇ。うちの二人が似たようなときに作ってた風景とは大違いだ」
 豪華なドレス、きれいな宝石、おいしい料理。それは、つまり、富だ。金だ。代替可能なもので埋め尽くされた空間を、サンディはどこか悲しく思った。
「……ま、それが普通だよな。泥をすすって生きてきたってんなら、なおさらさ」
 かけがえのないものが、ここにはない。空虚で、猥雑で、ノイズだらけの寂しい部屋。
『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)もまた、虚しさに気づいていた。EMAが、ユリックが、それに気づいていないことにも気づいていた。
「はあ……一応、私があなたを呼んでしまったことに、なるんですね、ユリックさん。だから私はここに立っている、と」
 始まった物語を止めるために、瑠璃はここにいるのだろう。それはしかたがないと瑠璃はうそぶいた。運命は歯車をきしませながら動く巨大な機械で、自分はそこへ組み込まれたと瑠璃は感じた。視線を滑らせ、瑠璃はかくんとうなだれた。
「食事の用意と部屋の模様替え。それと、安全に困らない点は評価できますが、望んだものしか、既知のモノしかでてこない永遠なんて退屈でしかないでしょうに」
 仕事の時間だ。万が一同情を求められたとしても、瑠璃の刃が鈍ることなどない。望まないものが存在しないのがこの理想郷なら、心から『死』を欲するようにしてやればいい。彼女はそう判断し、顔をあげた。
 ひっと喉を鳴らしたEMAの姿に、『こそどろ』エマ(p3p000257)は大きくため息を吐いた。
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が愉快そうに笑う。
「なんでエマがこの仕事に呼んでくれないかって思ったら、EMA、アレを見たら、うん」
「はあ……気が滅入ります」
 深い深いため息をエマは返した。
「私の顔をして、私みたいなことを言う人間が、今から泣きわめいて死んでいくところを見なければいけないのですから」
「そのー、興味本位でこの仕事に来てごめんって感じだわ。でも、来た以上はきっちり終わらせないとね」
 イーリンがエマの肩へ、とんと自分の肩をぶつける。そして別人のように鋭い雰囲気へ変わった。
「神がそれを望まれる」
『鋼の咆哮』ヴァトー・スコルツェニー(p3p004924)が、組んでいた太い腕をほどいた。
「遂行者が不在のうちに全て終わらせよう」
 そのまま腰を落とす、いつでも動けるように。
「EMAの言うとおり理想郷に死が無いなら、破壊するまでは、全力で殴り飛ばしてから相手の処遇を決められるということだ」


「EMA」
 短くつぶやく、それは宣戦布告だ。本物のエマから、偽物へあてた。
「ふふん、なんですか? 自分がオリジナルだから自分が始末つけようってんですか?」
 嗤うEMAは、白い短剣を手にしている。エマがかつて振るっていた、それよりも冷たい輝きだ。冷気をまとっているのだろうか。エマは慎重に観察しつつ、じりと距離を詰める。
「そういうのもあるかもしれませんけど、単純に、癪に障るんですよ、あなた」
「えひひっ。それはそれは、褒め言葉として受け取っておきますね。私だってあなたが、目障りでしょうがないんですから!」
「こんなところへこもって、裸の王様ならぬ女王様気取りですね」
 まぁ、なんといいますかね、と、エマは目線をEMAへ固定したまま続けた。
「結構わかるんですよ。あなたの言ったこと。そりゃそうでしょうね。間違いなく私から生まれたんですから。あなたはかつての私を誇張したようなものです」
 ただ生きるために、後ろ暗い道を歩いてきた。自分の半生を振り返った時、そこにへばりつく冷たく暗いものを、エマは否定できない。ただ死にたくないがために、法の外でうごめき、明日にはまさに路傍の石ころのように動かなくなるかもしれない。そんな暮らしを強いられていた。貧しさ故か、生まれ故か、理由を見つけようとすればいくらでも掘り出せて、だからこそ今この場に立つエマは、違うといいきれる。
 エマは動いた、骨を穿つその一振り、正確無比に急所を狙う。空気を裂き、音を超えて、シンプル故に強烈な一差しを。だが其の瞬間、EMAがすっと息を吸った。
(カウンター!?)
 エマは目を見開いた。メッサーの柄が弾かれ、攻撃の手が封じられる。
(……封殺!)
 ええーそんなのありなんですか~!? じぃんと痺れた腕を握り、エマはひきつった笑みを浮かべた。調子にのっているEMAがさらなる攻撃をくりだす。一撃一撃は軽い。軽いが、封殺が厄介だ。カウンターを取られ、行動を封じられる。たしかに自分も封殺の心得はあるが、その方面に特化しているとは思わなかった。
(あ、ヤバ、このままだと削り負ける……!)
「エマセンパァイ!」
 体の芯がぬくもりを帯び、気づけば傷は治っていた。
「ウルズさん!」
「へへん、先輩とあたしの絆、見せつけてやるっすよ!」
(初対面ですよね!?)
(初対面っすけど、ここは話を合わせてほしいっす!)
 目と目で会話し、エマとウルズは歩調を合わせる。EMAの顔が固まる。
「え、えひっ、えひひっ、袋叩きは、どうかなっておもいまぁす!」
「「問答無用!」」
 動ける方からEMAへダメージを与えていく。放置すると面倒なことになると、ふたりにはわかっていた。ウルズがEMAの顔面へ拳を叩きつける。
「どおりゃっ!」
「きゃいんっ!」
「数の暴力を喰らえっすー!」
「ひ、ひどいですよ! いたいいたい! やだあっ!」
「あの世で謝れっす! エマ先輩はひとりで十分っす!」


 イーリンが戦旗を翻す。
「よくやったわウルズ! あとで一杯やるわよ!」
 シオンシャインを掲げれば、一同はEMAをしのぐ速さを手に入れる。
「エマにあってEMAにないもの、わかるわよね、そう、私たちならね?」
 イーリンは戦旗をまっすぐに立て、しどけなく体を反らせる。謡がこぼれる。さらさらとゆらゆらと。怠惰な舞をひとさし。酔ったような足取りで、場を掌握していく。時にその美しい髪が地を引きずるほど低く、時に大胆に脚を蹴り上げて。彼女の周りをたゆたう粒子が、ふわりと不調を取り除き、気力を回復させる。
「よし、先手は取られたが、挽回できる! みんな、俺の周りを離れるなよ?」
 気を吐いたサンディが一枚のタロットカードを取り出す。中指と人差し指で挟み、目と同じ高さへ。籠の中の不死鳥を描いたタロットが、焔をまとって燃え上がる。サンディは腕をふるって、火の粉を散らす。不思議と熱くはないそれが、皆の傷を埋めて篝火のように輝いた。
「この場が敵にとって何もかもを用意する場所だってんなら、俺も味方に何もかもを用意してみせるさ」
 できるとも、そうだろ? だって俺は「サンディ・カルタ」なんだから。
 ソレは両腕を広げた。まるで天へ祈りを捧げるかのように。足元で影がうねり、一気に広がった。広がった影が、墨染の天使へ覆いかぶさる。天使どもは発狂したかのように武器を振り上げ、ソレへ迫った。すさまじい殺意の奔流を受けて、なおソレは立っている。ざっくりと突き刺さった鎌を片手で無造作に引き抜き、くすぐったそうに顔をゆるめる。きれいな、そして壮絶な笑みを浮かべた武器商人が、金銀の惑星環をまとう。しゃりんと涼やかな音ともに現れた権能の象徴は、無数の攻撃を音もなく無効化する。ひどく場違いで、絶対的な沈黙が、ソレの周りを巡っている。
「火を熾せ」
 呪句は短く、シンプル。空間が割れ、青い炎をまとった少女が現れる。少女は後ろから抱きしめるかのように、武器商人の方へ腕を這わせる。
「エイリス」
 青い炎の槍が、きしみながらソレの頭上へ顕現する。武器商人が一点を指差す。ユリックの腕の中で眠る少年を、はっきりと指定する。不可視の力がうずまき、槍が飛ぶ。飛来したそれが、眠る少年を貫く。あふれだすのは白。命を想起させる赤ではなく、からっぽのスノーホワイト。白い血を流す少年を目の当たりにしたユリックが、耳をつんざくような絶叫を上げる。
「全く……形を模しただけのレプリカ品とはいえ、”また”手にかけることになるとはね。因果なものだ」
 兄さん! 兄さん! 兄さん、しっかりして!
 悲鳴が戦場へ響いている。影の天使がまたも現れる。なにかが引き攣れるようなかすかな音が天使の耳へ入った。次の瞬間、どっと黒い粒子がほとばしる。
「忍法、霞斬」
 いつのまにそこへたどり着いたのか。天使の背後に、瑠璃が立っていた。冷めた声で告げ、スカートのすそをはらう。ワイヤーによって縛り上げられ、切り裂かれた天使どもがうめきとともに散っていった。一瞬。すべてが一瞬。だが瑠璃にはじゅうぶんな時間だ。敵を退け、命を狩る。それは瑠璃にとって造作もないことだ。清楚な動きと狡猾な瞳。相反するそれでもって、瑠璃は撃ち漏らした天使を見据えた。ダーツでもするかのように、瑠璃は手を動かす。黒光りする刃が額へ突き刺さり、天使は霧散した。刃を拾い上げ、瑠璃はユリックへ視線をやった。
「人形遊びは楽しいですか?」
 ユリックはくやしげに泣き腫らした瞳を瑠璃へ向けた。
「人形なんかじゃない。兄さんだ」
「意味もなく呼吸をし、優しいだけの言葉しかくれない、そんなものがあなたの兄なのですか?」
「そうだぞ、ユリック殿」
 アーマデルが油断なく構えたまま口を開く。
「『死』とは――ある種のリセットであると、俺は認識する」
 死者と生者の境界を保つ神に仕えてきたアーマデルにとって、死者の蘇りは捨て置けない問題だった。故郷において、死者は「名」を失い、垂の旅路の果て、業も未練も削ぎ落として生まれ変わるとされている。その理を破ったものはどうなるか、アーマデルはよく知っていた。
「死すらない永遠。望めば何でも叶う世界。それが楽しく幸せなのは今だけで、いずれ……おそらくはそう遠からず、確実に膿む」
 短い生を、そう自覚して生きるものに最適化された精神構造であるがゆえに、憧れるのだ。生へ、幸福へ、満ち足りることへ。永遠などという重すぎる業を生きるには、ヒトの魂は繊細にすぎる。
「望めば何でも叶う世界……すなわち、望まねば何もない」
 満ち足りたがゆえに。
「じゃあ、じゃあ、どうしろっていうの! みんな死んじゃった! もう僕には兄さんしか居ないのに!」
 その兄ですら、つくりもの。ヴァトーは沈痛な面持ちで、ガラス細工のように砕けていく双子の片割れを見つめた。
(本物であればよかった。そう感じるのは、俺が心を得た証左)
 ヴァトーも致命者のように、造られた命だ。それでも自分は人の心を得た。ずいぶんと風変わりな出会いを経た少年の笑顔が、ヴァトーを強くした。
「ユリック」
 ヴァトーは声をかける。泣きじゃくる子どもへ向けて。
「永遠なんて物は存在しない。少なくとも、この理想郷の遂行者はそれを理解しているから此処に何も描けなかった」
 現れるのは『自分にとって都合のいい存在』で、失ったものとは違う。だから此処にはEMAとユリックの望む幻しかないのだと、ヴァトーはとうとうと説く。
「理想がないから、今の遂行者には、ユリックとEMAしかいない。なのにお前は自分の事ばかり考え、失った者の幻ばかりを見ている。お前の兄は、弟がそんな身勝手な奴になる事を望む人だったか? 手に届く場所で自分を求める隣人を、見捨てて欲しいと願う人か?」
 きっと睨みつけられた。少年の憎悪のこもった瞳を、ヴァトーは正面から受け止める。
「少なくとも、お前と同じ顔を持つ俺の『友人』は、俺を友として、同等の相手として思いやれる素敵なヒトだ。きっとお前も、悲しみを乗り越えられる!」
 ヴァトーが背を向けた。回転の遠心力を乗せて、ユリックの心臓めがけて拳を打ち込む。そこから、空間へクモの巣状に亀裂が走った。こぼれ落ちた欠片の向こうに夕日が見える。いびつなひびはその夕日をも侵食していく。
「やだ、やだあああ!」
 強い光が炸裂し、ヴァトーの拳からユリックの感触が消える。
「転移したか……」
 最悪の事態にならなければよいが。ヴァトーは奥歯を噛み締めたまま、亀裂が広がる理想郷を見つめた。


「さて――EMA」
 ヒールを鳴らし、イーリンとサンディはウルズの猛攻からひいひい言いながら逃げ回っているEMAへ歩み寄った。
「あんた友達、居ないでしょ」
「な、なんですかぁ、いきなり……!」
「居なくても大丈夫なんて言わせないわよ。あんたはエマが持ってないものを全部持ってるんでしょう? このガラクタの山でねぇ?」
 怪訝な顔をしているEMAへ、イーリンは言い募る。
「友達と集まってシャイネンナハトを過ごしたことは? 背中を預けて戦ったことは? 一緒にサーカスに遊びに行ったことは? 無いわよねぇ。だって」
 にっこり。彼女は余裕の笑みを見せた。
「『友達だけは作れないんだものね』」
 カタカタ震えながら、EMAはあとずさる。
「わかりました? 偽物さん」
 エマもメッサーを正眼に構えた。
「見ての通り、ともだちが出来たんです。苦楽を共にしたみんなが。なんのために戦っているのかと言われれば、半分は今もただ死にたくないがためですが、もう半分は……ともだちのためといっていいでしょう」
 鋭い抜き打ち、EMAの脇腹をえぐる。叫んだEMAの腹から、溢れ出る赤。
「それはここで引きこもって永遠を生きるより、ずっとずっと楽しいんです、では、覚悟!」
「ひっ!」
 激痛をおして、EMAはあわてて背を向けた。次の瞬間、誰かにぶつかる。ぶつかった先のその人は、優しくEMAの腕を取った。ワルツでも踊るように。
「きれいなドレス、おいしい食事、『無敵』。理にかなってるし、わがままなレディは嫌いじゃないんだが」
 サンディは端正な顔立ちを苦笑に染めてEMAへ語りかける。EMAは逃れようと身をひねるが、びくともしない。
「EMAはさ、あれは、いらないのか? お洋服を褒めてくれる『人』、料理を一緒に食べる『人』、自分を助けてくれる『人』、あるいは憎い顔のまま泣きわめいてくれる『人』」
「は、離し……」
「そうはいかないんだ。……なあ、あれか? やっぱひどい目に遭ったから、他人ってのが嫌いなのか?」
「嫌いに決まってるでしょ! 離してくださいよ!」
「そうかぁ、俺がここに来るのは、ちょっと遅かったみたいだ」
 ごめんな、とサンディは微笑んだ。とす。背後からエマが、メッサーでEMAを貫いた。人を刺す感触が、エマの手に伝わる。きっと昔なら震えていた。けれど。
「私の顔、返してください」
 何度も死線をくぐってきたエマの顔立ちは、ただのこそどろのそれとは異なっていた。EMAは信じられないものを見たように、自分の胸を抑える。傷口。激痛。血がにじむ。血を吐く。亀裂が生じる。理想郷が砕けていく。EMAがつぶやいた。
「え、ここでおわり?」
 うそうそうそ、やだあ、死にたくない死にたくない死にたくないしにたく……。
「じにだ、ぐ、な、あ゛、あ゛、あああ!」
 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、EMAが叫ぶ。強い光が弾け、エマは光へ消えゆくEMAを薄めた目の向こうに見た。ガラガラと空間が割れていき、不意に全てが真っ黒に変わった。気がつくと一同はテュリム大神殿に立っていた。
「はあ? もしかしてあいつと、おかわりもう一杯なんです?」
 エマは勘弁してくださいよと天を仰いだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

理想郷は崩壊しました。成功です。

またのご利用をお待ちしてます。

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