シナリオ詳細
<ラケシスの紡ぎ糸>涙の落ちた先
オープニング
●
ざわざわと木々たちがさざめいている。崩れかけた遺跡に腰かけていた少女は、大きくため息をつくと空を仰いだ。
「そろそろ動きはじめ、ってことね?」
幻想国を脱して、隠れながら混沌各所を転々として――たどり着いたこの森は存外居心地が良かった。もともと交流の盛んな土地ではない上に、より奥まった場所だ。少数の村人にさえ気を付けていれば、受けた傷を癒すには持っていこいの土地だったと言えよう。
だがどれだけ平和に見えようとも、豊かな土地であろうとも。ここが混沌の地である限り、絶対に外れない神託観測された超終局型確定未来――通称<D>の発生は未だ避け得ぬ事項である。世界がそうあるために、滅びの軍勢を生み出しているようにさえ感じられる。
深緑もその影響を受ける国のひとつ、というわけだ。
「それにしたって、こんなところにいるの?」
「ええ。伝承の発祥地ですから」
アリスが視線を向けた先で、また別の少女が頷く。あっそ、とアリスは肩をすくめて周囲を見渡した。
(こんな辺鄙な森じゃ、伝承とかつくまやかしなんて幾らでもありそうだけど)
言ったら少女に燃やされるに違いない――などと思いながら、アリスはぴょんと遺跡から飛び降りた。ぱんぱんと服についた屑をはたいて少女の方を振り返る。
「まあ、頑張ってみれば? あたしはそろそろひと暴れしてくるし」
「くれぐれも、生き埋めにするようなことはよしてくださいね」
「生き埋めにしたって、全部吹っ飛ばして出てくるくせに……ま、そもそもあたしは破壊的じゃないのよ」
別に建物とか壊したいわけじゃないし、木々を消し飛ばして更地にしたいとかもないし。ただ、平々凡々に暮らしてる人類が心の底から嫌いで憎くてブッ殺したいだけ。
「だから、朝が近づく前にどこかに行ってちょうだい。うっかり首を跳ね飛ばされたくなければ、ね?」
「……そうしておきましょう」
面倒くさそうだから。そんな感情をにじませて、少女はアリスが腰かけていた遺跡の入口へと足を踏み入れていく。アリスが何もしなくても生き埋めになりそうだが、そればかりはアリスのせいじゃない。
(さてと)
どこへ行こうか。生憎と周囲に人は見当たらな――。
「ん?」
ぱちぱちとアリスは目を凝らした。遺跡からそう遠くない場所でのろのろと動いているあれは……人ではないだろうか?
向こうもアリスの姿に気づいたようで、いぶかし気な顔でじぃっと見つめ、それから驚愕した表情を浮かべる。
「人……!? いや、でも幻想種じゃ……」
「ないわよ。残念なことに、ヒトでもないの」
ひえ、と情けない声を上げて幻想種の男が背を向け走り出す。あの様子ではそう遠くまで逃げられなさそうだ。
すぐに殺してしまってもいいが、今はそういう気分じゃない。ああ、けれど。もう少し時間が経ったなら、この空が白んできたらその気になるかもしれない。
「ふふ、じゃあ夜が明けるまでは遊んであげる」
日が昇り始める、その時まで。
●
「世界の滅亡なんて、これまで実感が湧いていなかったんだ」
『Blue Rose』シャルル(p3n000032)が紅茶に砂糖を落として、くるくるとティースプーンで混ぜる。ローレットへ顔を出すことも、そこにいるイレギュラーズたちと歓談することも、こうして依頼の話を聞くのだって、数年前からすれば思いもよらない未来だっただろう。今になっては当然ともいえる日々だ。
空中神殿へ召喚されて、ざんげに『世界が滅亡する』なんて言われても、きっと大多数の者は混沌での生活にだんだん慣れて、それを日常として享受してきたことだろう。大規模召喚から決して少なくない時間が流れたのだから。
しかし、滅びは着実に歩みを進めている。冠位魔種のバランス変化により、終焉(ラスト・ラスト)と呼ばれる『影の領域』の動きが活発になったとクォ・ヴァディスより連絡があったそうだ。そしてそれらは――終焉獣はラスト・ラストと隣接する国へ出没を始めている。
砂糖の溶け切った紅茶に口をつけて、シャルルは目の前に広がった地図へ視線を落とした。
「深緑では一部との連絡が途絶えて、幻想種も帰ってこられないんだって」
西部森林メーデイア。元より迷宮森林の中でもファルカウから離れた、奥まった場所ではあったが、ファルカウから霊樹への疎通ができないのだという。ほどなくして西部森林に集落を構えていた者たちがファルカウの元を訪れたが、それも全員ではない。西部森林を抜ける途中ではぐれてしまったそうだ。
本来であれば幻想種が森で迷うことなどないのだが、状況が状況だ。他にも幻想種の行方不明事件が挙がっている以上、はぐれらという彼らもまた迷ってしまったのだろう。
「ボクたちは、可能な限り遭難者を救出しないといけない。それから……向かってくる敵を少しでも減らさないと。他にも気づいたことがあれば教えてほしいな」
終焉獣の現れ始めた各国で、新たなる脅威も発見されている。鉄帝周辺には滅びの気配を帯びた塔が出現し、ラサでは加速度的に進化していく終焉獣が発生している。覇竜領域では星界獣がイレギュラーズの姿をとっており、深緑でも紅い焔を纏ったモンスターが散見されるそうだ。あちら側も本気で世界を滅亡させようとしていることが伺える。
まだ具体的な対応策を講じられているわけではないが、なにもしないわけにはいかない。少なくとも、現状維持が必要だろう。さらに踏み込めるならば、これらの変化に対する調査も行えれば上々だ。
被害を最小限に抑え、来たる時に備えること。これがローレットの受けている依頼の概要である。
●
ひた、ひた、ひた。
地上の騒がしさとは打って変わって、地下は静けさに満ちている。明かり一つすらない遺跡の中で、紫の焔がゆらめいた。
(こんな場所で眠ったとしても、何も消えるわけではないのに)
静謐がその心を宥めてくれると思ったのだろうか。
水の通る湿った空気。ところどころから雑草の生えた壁。うねった道を歩いて、階段を下り、また歩いて。
そして少女は広い空間に出た。天井から太い木の根が生え、足元の水まで伸びている。根がこれだけの大きさならば、この木は霊樹かもしれない。
だがそんなことは少女にとってどうでも良かった。彼女の目的はこのさらに奥――誰にも邪魔されない場所で眠る、1人の女。
かつては温厚な指導者であり、自然を、生物を、深緑を、幻想種を愛していたのだという。いいや、きっと『今』も変わらないに違いない。
――かくして、女は木の根で出来た椅子へ腰かけるようにして眠っていた。見た目は若く見えるが、その実は気の遠くなるような年月を生きており、そしてまた長い年月を眠って過ごしている。
「起きてください。眠っている場合ではありません」
少女は女へ声をかけた。どうしても起きないなら燃やしてしまおう、そう思いながら。
「起きなさい。森の一大事です」
少女にしては辛抱強く声をかけている方だろう。本当はこの女もこの空間も、この遺跡も森の周辺だって、全部燃やして灰にしてしまいたい!
「悔しいでしょう。悲しいでしょう。――だってあなたの子供は、もう居ないのだから」
その時、女の瞼がふるりと震えた。ゆっくりと瞳が見えると同時、一粒の雫が頬を伝って、腰かけていた木の根へと流れ落ちる。
「森の大事を見過ごすわけには、いかないでしょう。この地を愛するあなたなら」
嗚呼、と女が小さく呟いた。
「――久方ぶりの目覚めだのう」
- <ラケシスの紡ぎ糸>涙の落ちた先Lv:50以上完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年11月26日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
常ならば静謐な、されど自然の息遣いを感じさせる迷宮森林。しかし迷宮森林の西部、メーデイアと呼ばれる地域に足を踏み入れたイレギュラーズたちは、違和感を覚えずにはいられなかった。
「……嫌な風を感じますね」
「ええ。深緑の長閑な森で仲良くハイキング、って空気じゃあないわ」
ポツリと呟いた『冴た氷剣』冰宮 椿(p3p009245)へ、『猛き者の意志』ゼファー(p3p007625)は同意を口にする。此の国には似合わないにおい。空気感。
(まるで何かが蠢くような……ゆっくりと、壊れていくような)
終焉(ラスト・ラスト)と呼ばれる『影の領域』の動きが活発になったと『クォ・ヴァディス』からは報告がされているそうだ。これもまた、その一つということか。
「魔種やナントカ獣の活動が増えてきた影響かしら」
嫌になっちゃう、と『この手を貴女に』タイム(p3p007854)はため息をついた。古い伝承の残る森だけではなく、他の地域でも異変は発生している。引っ張りだこなイレギュラーズたちには、ひと段落した後のリフレッシュが必要だろう――そう、温泉とか!
「フランちゃん、深緑で良い温泉知らない?」
「……」
「フランちゃん?」
「え! あ、温泉ね! 勿論知ってるよ」
呼びかけられた『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は、怪訝そうなタイムになんでもないと手を振る。少し、考え事をしてしまっただけ。
「タイムちゃんはいっつも怪我ばっかりだから、温泉で治さないとね」
「……ボクからすれば、みんな怪我ばっかりだと思うけどね」
フランの傍らで、『Blue Rose』シャルル(p3n000032)は小さく肩を竦めた。フランもだよ、なんて視線を送りながら。
「ま、早く温泉に入るために……さっさと敵を蹴散らしていこう」
「HAHAHA! いいね、ミーとどれだけ多く倒せるか競ってみるか?」
『竜拳』郷田 貴道(p3p000401)がシャルルへにっと笑いかける……が、彼が満足できるくらいに競えるのは、それこそ最前線を行く少数のイレギュラーズや強敵なのではないだろうか。
今回とて、そこに『倒す相手』が居るから貴道は行くのだ。仔細は貴道にとって正直どうでも良いものである。障害物と敵の位置さえ把握できたなら、貴道にとって拳を振るうには何も問題ない。
「そうね、呑気なこと言ってる場合じゃなかったわ。不明者も出てるものね」
「ええ、急ぎましょう。あまり時間を掛けると、間に合わなくなってしまうかもしれませんわ」
できれば見つけて保護してあげたい。慣れ親しんだはずの森で迷ったらどれだけ心細いだろう。そんなタイムの言葉に『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は頷いた。
発生している敵対生物が幻想種にも牙を剥くのであれば、ことは一刻を争うだろう。それを見逃すことができようか。
「視界が悪いなんて文句も言っていられないな」
『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)は草をかき分けながら進む。今は真夜中も過ぎたころであろうか。しかし朝を待っている間に森の住人たちが生き延びていられるのか――それを考えると、足を止めるなどできようはずもない。
(……なんだろう、今回はなんだか嫌な感じなんだけど、それだけじゃないっていうか)
『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は皆についていきながら、内心首をかしげる。この先に行けばこのモヤモヤの正体もわかるだろうか?
(前に会った場所とは遠いのに――『彼女』に会える気がする)
フランもまた、何かを感じていた。それは、『予感』と呼ばれるものなのかもしれない。
「そちらは大丈夫ですか?」
「うん! ね、シャルルさん」
椿をはじめとして、闇夜を見通せる者たちが周囲を確認し、その後ろをついていくフランとシャルルが自身の発生させられる蔦を木々に結んでいく。迷子防止の目印だ。仮に幻想種を保護できたとしても、帰ってこられなければ二次災害である。
(まずは目の前のことを一つずつ。より良い方向へ、結末へ歩むために)
その椿の思いはきっと、この先どんなことが起こっても、何を感じたとしても変わらない。着実に、慎重に。この手が掴めるものは、決して多くないのだから。
「森を滅茶苦茶にしてる敵はあっちの方みたいだね」
「だからかな? このあたり、精霊の気配がしないの」
逃げちゃってるのかも、とフランは呟く。そうかもしれないと焔は頷いた。何せ離れていてもわかるくらい派手に暴れているのだ、危険を察して別の場所へ移動していてもおかしくない。
「! 助けを呼ぶ声が聞こえるわ」
タイムがふいに振り返った。急がなければ、と皆言葉もなく頷いて、駆け足になる。方角はやはり、派手に暴れている音の方だ。
「さあ、この先にいる敵はミーを楽しませてくれるか!?」
貴道が戦いを前に笑う。その身に、嵐の予兆のような気配を宿して――森を抜けた!
同時、焔が神域を展開し、ギフトの火をまき散らす。敵の焔とは異なり、暖かくも燃えない優しいひかりだ。その明かりを受けながら、貴道が拳撃を疾風怒濤の踏み込みとともに放った。キャンと悲鳴が上がり、しかしすぐさま態勢を立て直した焔の狼が貴道へ、そして後続のイレギュラーズへと飛び掛かっていく。
「どうにも、躾のなってない犬が多いみたいね?」
ゼファーがその第一陣を一振りで跳ねのける。狼たちの合間に、焔は幻想種の男性らしき姿を見つけた。それと――。
「――アリスちゃん?」
「その方に危害は加えさせませんわ!」
反射的にヴァレーリヤが飛び出し、幻想種と魔種の間へ滑り込んで炎を纏ったメイスを構える。そして気合ひとつとともに勢いよく突撃した。
「どっせーーーい!!!!!!」
「ちょっ、髪が焦げちゃうじゃない!」
メイスの接近に、アリスは咄嗟に後方へ飛び退る。その間にタイムが幻想種の元へたどり着き、アリスまとめて横合いからガンブレードの攻撃が襲った。
「無事ですか!?」
「あ、ああ……」
幻想種の男性はやつれた顔で、しかし意識ははっきりとしているようだ。自分の傍から離れないようにと言い含め、タイムは自身の力を底上げする。皆を助けるために、この男性を守り抜けるように。
(この人、もうヘロヘロじゃない)
疲れ切ったただの一般人と、魔種。どう考えても殺ろうと思えばすぐ殺れたはずだ。それなのにしなかったということは、敢えて殺さずいたぶっていたということか。
「いい趣味してるわ……」
苦々しい表情を浮かべるタイム。狼たちを相手するゼファーは、彼らの視線が幻想種へ向いていることに気づく。
「此の儘だと、其処のお兄さんが連中のご機嫌なランチにされそうね」
ちょろちょろと鬱陶しく走り回られるくらいなら、早々に倒してしまった方が良さそうだ。
「そうだね……行くよ!」
焔が敵陣に飛び込み、敵の注目を寄せる。アリスのことも気になるが、まずは焔わ纏ったものたち――大樹の憤怒を抑えなければ。
(幻想から、こんなところまで来てたなんて)
それも静かにしていたのなら見つからないわけだ。
(あの時あたしが、アリスちゃんに攻撃できる攻め手だったら)
(死んでも離さない、って掴んでいたら)
既に戻れない瞬間のこと。それでも思わずにはいられなかった――明るくなる空に、彼女の背を見送ることはなかったのだろうか、と。
だからこそ。
「今度こそ逃がさないよ、アリスちゃん」
「できるものならやってみれば?」
アリスの振り下ろす刃を避け、フランは宙へと浮く。大丈夫、精霊が居なくともその力はちゃんと届いている。今度こそ、アリスと渡り合える。
「それにしても、数が多い」
「ええ……しかも素早いのは厄介ですね」
妖刀を翻す椿。シャルルの援護攻撃があるものの、あたりを忙しなく動き回る狼によって椿の肌の朱が増える。
「主の御手は我が前にあり。煙は吹き払われ、蝋は炎の前に溶け落ちる――!」
ヴァレーリヤの聖句が唱え終わると同時、翳した手から炎の壁が生まれる。自身の力を増幅させるそれを纏い、ヴァレーリヤは「いきますわよ!」とメイスを掲げた。アリスはフランが相手をしている。あちらの我慢比べに決着が着くより早く、こちらの決着をつけなければ。
敵の攻撃を一身に引き受ける焔は、タイムからの回復だけでなく、自力でも傷を癒して耐え続ける。群がる敵の中へ、一陣の風が吹き込んだ。
槍の大薙ぎに続き、ゼファーのすらりとした脚が強かに回し蹴りを喰らわせる。木に叩きつけられた狼は、そのまま焔を収めて動かなくなった。
「オードブルどもが、喰いごたえがねえなHAHAHA!」
貴道の拳が狼を強打する。すばしっこさこそ面倒だが、打たれ強くはなさそうだ。
「危ない!」
不意に仲間の声が空気を刺す。はっと振り返れば、根本が燃えて倒れだした木が目前に――。
「おらァ!!」
――迫ったそれを、貴道が拳でいなす。ドォン、と大きな音を立てたそれを一瞥する間もなく、貴道はすぐさま拳を構えた。
「この程度でミーを倒せると思ったか? イイ加減飽きてくるぜ」
さっさと平らげて、メインディッシュ(魔種)へ向かいたいところだ。拳を振るう貴道の横を、炎が唸って敵を飲み込んでいく。
「私も炎がないと戦えないの。ごめんなさいね」
ゴーレムが暴れ回り、狼があちこちを走り回るおかげで少しずつ森に火が移っている。それらも全てを飲み込んで焦土としたヴァレーリヤの炎は、大樹の憤怒がまとう焔すらも消した。
「タイムちゃん!」
「大丈夫よ!」
1匹の狼が幻想種へ、彼を守るタイムへと向かっていく。しかしショウ・ザ・インパクトで吹き飛ばされた狼は、クロバの振るった刃によって動きを止めた。
「まったく、よく動くな」
「引きつけては貰っているけど、なかなか全ては防ぎきれないのよね」
クロバの言葉にタイムが頷く。アリスを相手するフランや大樹の憤怒を引き寄せる焔はもちろんだが、他の面々も疲弊と傷が目立つ。これはきっと――時間との戦いでもあるのだ。
「でも、そろそろ彼方にも通るようになってきたんじゃない?」
ゼファーの攻勢がアリスをも巻き込む。椿の全力の一撃が大きな顎を作って魔種を飲み込んだ。
しかし次の瞬間、ゴーレム達の打撃が『辺り一面』を襲う。局所的な自身のように大地を揺らし辺り一面を薙ぎ払う突風に一同はよろめいた。
その中で1人、跳躍して体制を整えたヴァレーリヤが死角へと回り込みメイスを振り回す。今度は相手(ゴーレム)がよろける番だ。
(狼たちを倒したら、次は――)
焔の瞳が陰る。ゴーレムは後回しでいい。アリスと、決着をつけなければ。
「――っ、もう、うざったい!」
フランの身体が地に叩きつけられる。それでもフランはすぐさま立ち上がり、アリスの前へと立ちはだかった。
「なんなのよ。殺されにきたの?」
「死にたい人なんて……いないでしょう?」
キミは違うかもしれないでしょ、なんて言って魔種は得物を構える。嗚呼まったくもって、どうしてこの女はあたしにばかり構うのか!
刃が届く寸前、横合いからクロバが飛び出す。苛烈なる斬撃にアリスが朱を飛ばし、地面へ転がってすぐさま起き上がったアリスの額から血が垂れる。
「悪いな、俺はお前に容赦はできない」
「容赦される理由もないじゃない」
次の瞬間、クロバとアリスの得物がぶつかり、せめぎ合う。存外強い力にクロバは歯を嚙み締めた。その背後でタイムがフランを癒す。
「ありがと!」
すぐさま飛び込んでいくフラン。貴道も続いていき、アリスへ肉薄する。
「ミーと情熱的に踊ろうぜ、今夜は舞踏会としゃれこもう」
「結構よ」
「つれないこと言うなよ。細っこい男じゃ満足できねえだろ? リードは任せてくれ!」
無数の打撃がアリスへ叩き込まれる――が、その全てを避けられずとも、全ては受けないことはできる。得物で受け止めたアリスは宙を蹴りつけて大きく後退した。
「あら、舞踏会じゃなくて追いかけっこかしら。ちょいと遅れちゃいましたけれど……楽しい追いかけっこなら混ぜて頂戴な?」
「あたしが鬼なら混ぜてあげるけれど!」
ゼファーの乱入にアリスが吠える。1対多になってもまだイレギュラーズが押されるのは、さすが魔種と言うべきか。
「追いかけ追いかけられ、殺し殺されの感情にはうんざりだろう? ――あぁ、それには同意するよ」
彼女と戦ったイレギュラーズが多くいた。それだけのイレギュラーズが彼女と言葉を交わし合って、刃を交えた。それをクロバは、書面の上でしか知り得ないけれど。
「逃せばお前は悪意を振り撒く。特に――この地でそうするのであれば、俺が直々に終わりをくれてやる!」
『鬼化』の力を放ち、アリスへ畳みかけるクロバ。重ねて、懐へ飛び込んだヴァレーリヤのメイスが降りぬかれる。
「もう一発、喰らって行きなさい――!」
「が……ッ、この、人間ども……!」
腹を押さえながらもアリスは得物を握りしめ、イレギュラーズたちを蹂躙する。加えて、比較的余力のあるゴーレムたちの動きにも注意しなければならない中、焔がアリスへ炎の槍を振りかぶる。
「本当は色々お話したり、遊んだり、そういうことがしたかった」
「はっ。嘘つき」
加具土命がアリスの肩をえぐる。焔は悔しそうに顔をゆがめ――ぐらりと崩れ落ちた。
「焔さん!」
少しずつ夜明けを迎える中、タイムの悲鳴のような声が響く。深い傷跡を癒そうと手を伸ばし、同時にフランが自らを回復させながら肉薄した。
「あたしね、この2年で強くなった。人も殺した。恋もした。失恋もした」
アリスの姿は変わらないけれど、フランは沢山の変化があった。変わろうとした。変わった。だから――負けられない!
「これがあたしの――意思の力!」
強い衝撃波がアリスを襲う。しかしそれを紙一重で避けたアリスの脇からゴーレムの拳が繰り出され、フランは目を見開いた。
「まずいわね」
いかなる技術をもってしても、魔種は魔種なのだ。加えて焔が倒れた今、ゴーレムが野放しになっている。ひきつける術はある――が、ひきつけたとて、仲間たちの余力は。
不意にアリスがぴたりと動きを止めた。その視線は空へ。さらに言えば、登り切った太陽へ。
「……夜が明けちゃったわ」
あーあ、とアリスため息をついて、翼を大きく羽ばたかせる。追いかけようとするイレギュラーズをいなし、一瞥して、アリスは瞳をすがめた。
「キミたちにとっては朗報かしら。あたし、『気が乗らなくなっちゃった』」
「逃がすかよ」
ガンブレードを構えるクロバにふんと鼻を鳴らすアリス。嗚呼、わかっている。今の状況で倒しきれるとは思えない。けれどここで逃がせば深緑に、混沌中に何を仕掛けるか。
「あたしを逃がす逃がさないの前に、ヒョロ男を無事に返したいなら、さっさと帰った方がいいわ。苛烈な焔で黒焦げにされたくないならね」
「アリスちゃん、どうしてそんなことを教えてくれるの……?」
たたらを踏みながらも立つ焔に視線をくれたアリスは、鼻を鳴らす。気に入らない、と言いたげに。
「話す必要ある?」
それじゃあまた、いつかの曙に。アリスが背を向けると同時、残存していたゴーレムたちの攻撃がイレギュラーズに迫る!
「通さねえってか!」
貴道の拳がゴーレムの体を割る勢いで叩きつけられる。しかし、その間にもアリスの姿は遠くへ――。
「……退くぞ、これ以上何か来るなら分が悪すぎる」
苦渋の表情でクロバが告げた。魔種には追いつけない。ならば更なる――保護した幻想種を守りきれない、などの――被害を防ぐべきだ。
(あの魔種がわざわざ告げた理由はわからない……が、あいつらも一枚岩ではないのだろう)
魔種同士、敵ではなくとも味方でもない、と言ったところか。
イレギュラーズたちはゴーレム達の隙をつき、メーデイアを脱すべく動き始める。シャルル達の残した目印をもとに走って、走って。
「……撒けたみたいね」
追ってくる気配がなくなったことをゼファーが確認する。ようやく一息。少しは歩調も緩められるか。
「少しだけ待ってくれない? この人に少しご飯を食べてもらいたいの」
タイムは念の為と用意しておいた水筒とパンを幻想種へ渡す。走るために仲間が抱えて走ったが、ここからは少しでも空腹を満たしてもらって、自分で歩いてもらうことになるだろうから。
「食べ終わったら、歩きながらでもいいから話を聞かせてくれない? 与太でも良いわ」
迷ってからのこと、アリスと遭遇した時のこと。歩き始めると男性は、思い返すようにぽつぽつと語りだす。
(そういえば、この森……伝承が残ってるんだっけ。おかーさんも教えてくれた気がする)
フランはちらりと振り返る。あのもっと奥で、何かが眠っているとかいないとか、そんな話だったような。その眠っている何かには出会えなかったが、伝承を詳しく調べればもしかして――なんて。
「伝承、ね? 実はその人、もう幽霊になっているとか……ないですわよね?」
男性もまた、その伝承を口にして。それを聞いたヴァレーリヤがふるりと体を震わせる。妙な気配がするような気がするけれど、実は幽霊なのでは。
ヴァレーリヤの言葉に、男性は困ったように「眠っているとだけ伝えられています」と告げる。本当に眠っているのか、永眠なのか、そればかりは実際に見ない限りはわからないと言ったところだろう。
そんな話を聞きながら、焔は思考の淵に沈んでいた。
(嫌だけどそれだけじゃない感じは、アリスちゃんがいたから?)
半分正しくて、半分間違っているような。不思議な感じがする。どうしてあの子を――温かくて優しい炎を思い出すのだろう。
(……ううん、きっと気のせい、だよね)
ゆるりと頭を振って。焔は幻想種を最後まで護衛すべく気合を入れた。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
彼女の物語はまだ続くようです……。
GMコメント
お世話になっております。愁です。
以前とは遠く離れた舞台にて登場となります。また、何者かも動いているようです……。
気になる方もいるでしょうが、まずは幻想種の保護、ひいては幻想種を追いかける魔種を撃破しましょう。
●Danger!!
このシナリオは『原罪の呼び声』が発生する可能性が有り得ます。
純種のキャラクターは予めご了承の上、参加するようにお願い致します。
●成功条件
村人の保護
『アリス』の討伐
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●フィールド
時刻は夜~朝にかけて。視界はそこまでよくありません。
場所は迷宮森林西部メーデイアの一角。大樹ファルカウから離れており、迷宮森林の中でも特に奥まった場所です。旧時代の遺跡などが多数存在し、踏込んだ者が迷うことで知られています。幻想種であれば迷うことはなかったはずですが、状況が変化しているようです……。
皆さんが迷わずに済むのは、大樹の憤怒たちによる破壊行動が非常に目立つためです。破壊音や何かが燃える音などを頼りに進めば、おのずと会敵できます。ただし、幻想種も含めて非常に迷いやすい森です。迷子防止として、何らかの目印をつけるに越したことはないでしょう。
また、メーデイアのとある場所は、子を失い深い眠りについたとされる幻想種の伝承の発祥地ともなっています。その伝承を伝えていた村の民は、メーデイアの状況が変化していることを受け、ファルカウの元へ身を寄せはじめていましたが、何名かは行方不明になっていました。今回の保護対象はそのうちの1人です。
●エネミー
・アリス
魔種となった元スカイウェザーの少女。その容姿を忌まれ、住民に崖から海へと突き落とされた、普通を享受できなかったこども。
幻想にある街にて、イレギュラーズによる討伐の手を逃れていましたが、深緑にて姿が確認されました。戦いによって受けた傷もほぼ完治しているとみて間違いないでしょう。夜明けまで幻想種の男をいたぶりながら追いかけっこをしているようです。
全体的なステータスは高めですが、特筆すべきは機動力・反応の高さです。【飛行】することも可能です。
基本的なスタイルは大鎌による範囲物理攻撃ですが、神秘的性も持っています。付随するBSは不明です。
・大樹の憤怒-ゴーレム型×3
大人の背丈を超えるほどのゴーレム。手足に紅い焔を纏っています。大樹の嘆きと同等のモンスターであるようです。
図体の大きさから重いパンチを繰り出してくる他、そのあたりの重量物を持ち上げてぶん投げたり、振り回したりします。周りの自然も巻き込みながらの派手な攻撃が多いです。
また、魔術を使用することが可能なようです。土、岩、炎に関連する攻撃等が想定されます
・大樹の憤怒-狼型×10
紅い焔を全身に纏った、大人の腰ほどまでの狼。大樹の嘆きと同等のモンスターであるようです。
牙や爪による攻撃や、捨て身の突進、炎のブレスなどで攻めてきます。
俊敏で小回りが利くため、森の中にも容易に入っていけます。狼の身体に触れたものは炎が燃え移ることになるでしょう。また、群れで行動する様子も確認されています。
ゴーレムと比べると、狼たちは『生物』に対しより攻撃的であるようです。森に住まう子ウサギだろうと、魔種を討伐にやってきたイレギュラーズだろうと、その区別はついていません。
・???
少女です。OP上の内容はメタ内容なので、皆さんがプレイングで触れることがなければリプレイでは一切登場しません。
アリスへの対応を考えるならば、『触らない』のが賢明でしょう。
・???
女です。OP上の内容はメタ内容なので、皆さんがプレイングで触れることがなければリプレイでは一切登場しません。
アリスへの対応を考えるならば、『触らない』のが賢明でしょう。
●NPC
・シャルル(p3n000032)
ウォーカーの少女。そこそこに戦え、中~遠距離の神秘攻撃が可能です。特に指示がなければゴーレムへ向かいます。
迷子防止に、自身から伸びる蔓を少しちぎって、道行くさきの小枝に結んでいくそうです。とある童話のようですね。
木々や植物への延焼を気にしています。
・幻想種の男性
保護対象です。迷って以降、木の実や携帯食料などでどうにか空腹をしのいでいましたが、体力が落ちているので長時間走る等は難しいでしょう。
本来であれば、自分の身は自分で守れる程度に戦闘の腕を持っていますが、今はアリスがその気にさえなれば、あっという間に殺されます。
●魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
●参考リプレイ
一読の必要はありませんが、魔種アリスの登場したリプレイが気になる方向けに記載します。
『曙明けても未だ滲む』https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5660
『曙を彩るは』https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6541
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