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シナリオ詳細

<ラケシスの紡ぎ糸>明日もアナタとパンが食べたい

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●アナタの世界
「ねぇ親方、今日も随分と元気がないね? もしかしてこないだの事件の事?」
 自分でもひどく抽象的な質問だと思う。
 だが眼鏡をかけた少年『ウーアン』はそれを承知で問いかける。
 静まり返った部屋の中で、『親方』と呼ばれたベットに横たわる冴えない中年親父が口を開く。
「こないだの事件、か。この世界にゃこれまでも色々な事件があったと思うが、とりわけ『神の門』ってやつは酷かったよな」
 天義の都市、テセラ・バニスを突如襲った悲劇。
 『神の国』を各地に降ろし、『正しい歴史』が成されることを目的として活動する遂行者達が巻き起こした数々の事件。
 神の国へ続く審判の門から闘いの火蓋が落とされたことから、神の門事件と一部で呼ばれるこれらの出来事は、
 多くのイレギュラーズがこれらの事件の対処に当たり、一旦の状況は打は出来たといえよう。
 だが冠位魔種『ルスト・シファー』を倒さぬ限り、騒動に終わりは見えそうになかった。
「そうだったね。あと、プーレルジールの方も大変なんだっけ。
 今ボクらが立つこの世界ですら悲惨なのに、境界の世界も助けないといけないのは、
 親方達イレギュラーズの辛い所だよね」
 プーレルジール。
 現在の幻想国が立つ場所にかつて存在していた草原の名は、今や平行世界を指す言葉へと変わっていた。
 この混沌世界とそれを模したR.O.O(ラピッド・オリジン・オンライン)の間にあった不明データから生まれた境界の世界。
 それはやがて過去の混沌世界とも言えるような平行世界を生み出し、イレギュラーズ達の活躍によって辿られなかった歴史が紡がれつつある。
「経緯はどうあれ、そこに生きてる人がいて助けを求めてる。ってなりゃ何もしない訳にはいかないだろ?」
「ふふっ」
「何だよ」
「別に。親方らしいなって思って」
 このプーレルジールに潜在する危機は、決してこの世界の滅びと無関係とはいえない。
 だがそれを彼らが実感するのはまだ先の話といえよう。
「ああ、そういえば。渡すの忘れてたけど。はいこれ」
 ウーアンが渡してきた一枚の紙に、親方は目を凝らす。
「ローレットの依頼書の複製か。何々……終焉獣、今度は鉄帝の方にまで出てきたのかよ!」
「最近増えてきたよね。終焉獣は滅びのアークそのものが具現化した姿らしいし、この前親方が言ってた世界の滅亡ってのも、案外すぐ来るのかも知れないね」
「おいウーアン、滅多なこと言うんじゃねぇって」
「ごめんごめん」
 ウーアンは冗談っぽく笑って見せる。
 彼の心の内は分からない。
 当然世界の行く末なんてもっと誰にも分からない。
 ただ言えることは、積極的にローレットで活動を行ってきたわけではないこの二人にも何となく実感できるほど。
 滅びのアークの化身たる者共の活動が、その勢いを増している事だけである。
「けどさ、真実の是非は別にして、大変な依頼が増えてきているからこそ、猶更しておくべきことがあるんじゃない?」
「前にも聞いたような言い回しだが……今度は何だよ」
「そうだな~……じゃあ取り敢えず出かけてから決めない? このまま家で寝てたって、滅びくらいしか迎えに来ちゃくれないよ」
 可能性の蒐集家たるイレギュラーズ。
 滅びの気配が迫りつつ混沌とそれを取り噛む世界達。
 定められた立場も、世界の情勢も『これまでの積み重ね』から変えることはできない。
 だが。
 この世界が、俺の生まれた世界なら。
 イレギュラーズとして、選ばれたことに何か意味があるのなら。
「それもそうか」
 そう言って親方はベットから重い腰を上げるのであった。

※上記「会話:地の文=4:6程度、場面転換無し」で作成したオープニングが1462文字です。
 参加人数とプレイングにより文字数上限が異なりますが、
 大体これの1.2~1.3倍くらいの描写量が一人分になります。
 (オープニングは二人の掛け合い形式ですので、
  このくらいの文字数となるのはPCとNPCの思い出の場合です。
  PC単体の思い出であればもう少し地の文が多くなるでしょうし、
  PCとPCの思い出であれば二人合算となり、描写量は倍になります)
 プレイングの参考にしてください。

GMコメント

●概要
 世の中が大変なことになっていたとして、皆様にはそれに抗う力があったとしても、その特別な戦いの裏にある日常からは逃れられません。
 力無き人々は明日の食事に想いを馳せ、知性無き生き物たちは生命活動を淡々と続けていきます。
 というわけで、大きな戦いが近づいている今だからこそ、日常で済ませておきたいことを後悔のないよう済ませておきましょうね、というお話第二弾です。
 PCが日常生活においてやりたいことを自由に指定して下さい。
 訓練するもよし、簡単な事件に巻き込まれるもよし、感傷に浸るも愛の告白を行うもよし!
 是非、皆様らしい時間を過ごして頂ければと思います。

●場所と日時
 キャラクターがそこに行こうと思えばいける場所、時間帯であれば大体OKです。
 指定される時間が短い程、濃いめに描写できると思います。
 長くても全体で一日くらいに納めて頂く方が、キャラクターの日常感が出やすいと思います。
 基本的には参加者を一名ずつ章分けして描写する想定ですが、参加者同士で共通の思い出にしたい場合は、双方その旨明記頂ければ、複合して描写致します!

●NPCについて
 親方はローレット所属のカオスシード(人間種)、戦う力のほぼない中年男性です。
 大工として仕事をしていましたが、ある争いで現場を襲われ弟子は今はいません。
 イレギュラーズとなってからは一応責任感で活動に参加するよう心がけていますが、
 歴戦の猛者の皆さんが幾度となくローレットに出入りしていても印象に残らないくらい、影が薄い活躍しかしていません。
 ウーアンはウォーカー(旅人)です。
 すったもんだで今は二人で暮らしていますが、自身がウォーカーであることは親方には隠しています。
 基本的に描写する予定はありませんが、何か困っている人がほしいなど、キャラクターに直接関係のない人手がほしい場合には、指定頂ければ自由に使えます。

●プレイングに際して
 今回は最大6作まで、指定頂いたリプレイを確認してから執筆致します。
 キャラクターページから確認に行きますので、ご希望の場合は「ページ数」と「シナリオの個別名称の頭文字3文字」を記載下さい。
 ※SSも指定可です。
 例)自身のシナリオ一覧、3ページ目にある【<日常イベ>明日もアナタとパンが食べたい】を指定する場合
 「P3、明日は」
 ※イベントシナリオの場合、<>の部分を省いた頭文字3文字でお願い致します。
 ※3文字で判別できない場合等は、判別できるよう文字数を増やしたり抜き出す場所を変えたりして下さい。

●その他マスタリング
・オープニング登場以外のネームドNPCは今回のリプレイ上では登場できないため、共通の思い出にはなりません。
 仮に指定があった場合、NPCを思ってこっそり何かをする、本当かどうか分からない事があったかもしれない、くらいの描写になります。
・本シナリオは「滅びが近づく中での日常」がテーマとなっておりますので、
 シリアス気味なプレイング等、PC達が滅びや別れのようなものを
 感じつつあるような内容があれば、テーマを前提として描写しますが、
 そういった要素を完全に排した楽しい日常を希望の場合は、お手数ですが
「楽しい日常」
 をプレイング冒頭に記載頂きますよう、お願い致します。
 ※その場合、最後に「こんな世界の中でも○○は楽しい日常を過ごしている」程度しか触れない想定です。

●実際どんな感じになるの?
 オープニングが描写量の参考になると思います。
 また前回同種の内容でPC達の思い出が記録されたものが下記になります。
 確認されなくとも本シナリオには問題なく参加できますが、
 雰囲気を使みたい場合には、ご覧になって頂くのも良いかもしれません。
ーーー
<クロトの災禍>明日はアナタとパンが食べたい
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10225
ーーー
 今回は前シナリオと異なりEX形式ですので、上記よりも描写量は増えます。
 (上記雰囲気にワンシーン追加される、くらいを想定頂ければ
  大体描写量が予想通りになるかと思われます)

●その他
 死亡なし、情報確度A(基本的に、皆様が希望する状況の舞台が用意されます)

  • <ラケシスの紡ぎ糸>明日もアナタとパンが食べたい完了
  • GM名pnkjynp
  • 種別EX
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2023年11月17日 22時15分
  • 参加人数7/8人
  • 相談4日
  • 参加費150RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

アト・サイン(p3p001394)
観光客
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
エルシア・クレンオータ(p3p008209)
自然を想う心
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
夢野 幸潮(p3p010573)
敗れた幻想の担い手
陰房・一嘉(p3p010848)
特異運命座標

リプレイ

●@ i =「Fragola」 P?
 ローレット。そこには様々な人や物が行き交うギルド。
 朝早くから情報屋が整理した依頼書の数々。
 手練れから新人まで入り交じる冒険者達の人波。
 待ち合わせをする者が注文する食事の香り。
 繰り返される日常でありながら、日ごと、その瞬間ごとに違う景色を見せるその場所に『観光客』アト・サイン(p3p001394)はいた。
 自身を観光客と称する彼であったが、ことこの場所においてはダンジョン踏破に長けた熟練者として知られ。
 彼が朝一番に朝食を取りながら書類に目を通すテーブルは、誰が言わずとも彼の為に指定席として空けられていた。
「いつものを頼む」
 ギルドへとやってきたアトは受付の者にそれだけ告げると、力無く足を引きずり倒れ込むように席へ着く。
 いつも、それだけで通じる程長きに渡って繰り返されたルーチンワーク。
 けれど、その歯車は最近という僅かな期間で音を立てて狂い始めていた。
 指定席とまで言われたそこには既に何度か使用された形跡があり。
「お待たせしました。モーニング、サンドイッチセットです」
 運ばれた食事は、随分前に出来たての香りを失っている。
「アトさん、もし良かったら今度からランチをご用意しておきましょうか? あと量も少し減らした方が……」
「あー……いや大丈夫だ。いつもありがとう」
 そうですか。と言う受付担当はそれ以上言うべきかと暫し視線を泳がせたが、何もせずに立ち去る。
(まぁ言いたい事はある程度察しが付くが……)
 冷たくなったバゲットサンドを頬張りながら、アトはぼんやりとした頭に思考を巡らせる。
 今、太陽は昇りきっている。有り体にいえばすっかり昼時だ。
 新たに発見されたダンジョンの捜索依頼があったとしても、既に熱心な冒険者達が受注してしまっているだろう。
 ならばそれを、はいそうですかと見逃すのか? あり得ない、とは思う。
 だがどれだけ早く身体を横たえようとも、早く起きる事が出来なかった。
 普段ならとっくに終えている食事も、半分皿の上に残ってしまっている。
 味の問題などではない。胃がこれ以上は受け付けないと叫んでいた。
 他にも身体のあちこちが動く事を放棄したがっていた。
(この可能性を全く考えていなかったわけではないが……やはり)
 急速に身体が衰えている。
 恐らく欠陥品である己の耐用年数が擦り切れようとしているのだ。
 それはパンドラが失われるのとは別な感覚。
 糸が切られた操り人形のように、宙から吊られていなければ何一つ為し得ないという実感。
 このまま進行すれば、近いうち全身が動かなくなるであろうことは、嫌でも想像された。
(レルタ・ロッホの遺跡もまだ見ぬダンジョンも踏破することは叶わないまま、僕の旅は終わるのか……)
 そんな自分に、どこか他人事のような自身と同じ顔をした幻覚が語り掛けてくる。
 繁栄もできぬ壊れかけの土人形が滅びに抗う意味など存在するのか? 残された僅かな時間くらい好きに使ってはどうだ? と。
「……所詮僕はローグ。流れに任せて堕落に寿命をすりつぶすのも悪くないか」
 静かに目を閉じる。このまま、押し寄せる睡魔に身を任せたならば、どうなるのだろう……。

~~~

「うぅ、すっかり遅くなっちゃった! アトさん、もう来ちゃってるかな?」
 間もなく正午を迎えようとする頃、『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)はローレットへの道のりを急いでいた。
(この前はアトさんに触れて貰って舞い上がっちゃったけど……)
 それはたった数日前の事。
 いつものアトを待っていたフラーゴラの前に現れたのは、全てにどこか無気力となっていた男。
 まるで催眠術にでもかかったかのように、どんなお願いも言ったままに叶えてくれた。
 家に招き、髪をとかさせ、何気なく彼の手が触れた。
 たったそれだけの事が心に敷き詰められた恋のベリーをかき混ぜる。
 零れてしまいそうなほどぐるぐると。
 なけなしの理性という薄皮は剥がれ落ち、真っ赤な熱情が溶け出していく。
 ワタシも触れたい。
 誠実か真面目か繊細か、はたまた奔放か信念か。
 深い関係を拒み続けた彼との、埋まらない距離。
 それがこの日だけは、簡単に無くす事ができた。
 耳に、首に。唇……とその先に。長年待ち望んでいた触れ合い。
 強火で燃え上がるような恋の温度とも違う、互いの熱が入り交じる茹だるような幸福の熱。
 だが彼女は気づいていた。そして時をおき確信した。
 あれだけ自分を魅了し、厄介なほど深く悩ませてきた『彼の熱』がそこに無かった事を。
 落ち着きを取り戻すほど、それは彼女の中で言い表せぬ靄となる。
(アトさんとキスできたのは嬉しかったけど、甘えちゃいけない。あのまま続けたら、きっと二人とも駄目になっちゃう!)
 フラーゴラに何をすれば良いという答えはない。
 だが黙って待つ事は出来なかった。だから思いつく限りをして、彼の元へ向かうのだ。
 着いて早々、走る勢いそのままに戸をこじ開け、いつもの場所に姿を探す。
「……あ、アトさん!」
「……所詮僕はローグ。流れに任せて堕落に寿命をすりつぶすのも悪くないか」
 閉じ行く瞳と消え入りそうな声に、人波を掻き分けて迫った。
「アトさん!」
「その声は……フラーか」
 目を閉じたまま応えるアトを、フラーゴラは見つめる。
「……しいよ」
「ん?」
「おかしいよ……アトさん。あの時も今も、依頼やダンジョンを探したりもせず日がなぼうっとしてるなんて」
「おかしい?」
「そうだよ。だって、だって……」
 再び心が熱くなる。
 ぐるぐるどころかグツグツ沸き立つマグマすら生ぬるい熱。
「ワタシの……ワタシの好きなアトさんはね?
 ダンジョン踏破に熱意を燃やす人。
 いつもへらへらってしてるくせに、命がけのトラップを解除してる時なんかは空気がピリッとして、
 すごくすごくかっこよくなるズルい人。
 どんな難解なダンジョンでも臆することなく踏み込んで、楽しそうで。だけど一緒にいるワタシ達を気遣ってくれる強い眼差しを持った人。
 ちょっと卵に目がなくて、何気ない優しさで余所の女に変なちょっかいをかけちゃうのがタマに傷だけど、
 ワタシがどれだけ近づいても離れないで居てくれて、贈り物も思い出も沢山くれる本当に大切な人……なんだよ?」
 ふぅと一息おくと、フラーゴラは向かいの椅子に腰掛ける。
「アトさん。ワタシね、覚えてるよ。未来には生きられない、今を生きてるんだから楽しめって。
 命のコインを賭けられる今が楽しくって仕方ない、諦めたくないって。だから教えて? ……アトさんは今楽しい?」
「……本当に。くすぐったいくらい、僕とのことは何でも覚えているんだな」
 くすりと小さな笑みを浮かべたアトは、目を開けると残っていたバゲットサンドを掴み取り、一口ずつ、無理矢理にでも喉へ押し込んでいく。
「アトさん……!?」
「……色々考えてはみたんだけどね。僕は嘘を付きたくないって思ってずっと生きていただろう?
 だからこのまま動かない身体に合わせて静かな余生を送るなんて、やっぱりできそうにもないよ」
 噛むことすら億劫に思える。中々飲み込めない食事に息が詰まりそうになる。
 その苦しさに涙が浮かぶも構うことなく食べ続け、生きるための活力を、戦うための血肉を創りあげていく。
「あの手この手を尽くしても、自分に嘘をつくことは出来ない。フラーの言う通り、僕は楽しいと感じるこの世界を簡単に諦めたくないんだ」
 食事を食べ終えた時、アトの瞳にはこれまでの光が戻ってきていた。
「元気、出てきたんだね! よかったぁ……!
 やっぱりそうやって銀の目を輝かせてるアトさんこそアトさんだよ!
 好き……好き好き、大好き!!」
 フラーゴラは嬉しさの余り立ち上がり飛び跳ねると、振動で二人のピアスが揃って揺れた。
「さ、成すべき事を成さなければならない」
 アトは残っていた冷え切ったコーヒーを胃に流し込み、立ち上がろうとする。
 しかし、急激な動きに足の力が入らずふらついてしまう。
「あっ!」
 思わず手を伸ばしかけるフラーゴラ。だが耐える。
 その代わり、彼の身体はずっと冒険を共にした『3mの相棒』が支えていた。
(そう、アトさんは強い人だもん。だから手を貸すなんてしない。それがワタシとアトさんの関係だし、アトさんもきっとそれを望むから……)
 ここで支えてしまうという事は、彼が大切にする彼自身の命に対する責任を奪ってしまう事になる。
 とぼけた振りをしながらも、ワタシのために優しくて気の利いたことをしてくれる彼が、唯一許してくれなかった契約をさせてしまうことになる。
 本当は支え合う姿に夢を見るフラーゴラであったが、惚れた方が負け、と言う言葉にあるように、彼の為に敢えて見守るのだ。
(ワタシ、頑張って我慢するから……いい女になるから。アトさんも頑張って)
 少ししてアトは崩れ落ちかけた姿勢を何とか持ち直す。
「世界を……混沌を救うんだよね?」
「ああ。ここで共に生きた皆が明日も生き残れるようにする。それが僕が生きているうちにやりたい、最後のことだから」
「そっか……ねぇ、アトさん?」
「なに?」
「ワタシを側に居させてね」
「前にも言ったが、僕との道はゲヘナの底まで歩く羽目になる。しかもこの身体だ。尚更君の命の責任は持てない」
「それでもいいよ。言ったでしょ。恋する乙女は大好きな人の側に居られるなら、地獄にだってついて行くんだよ」
「……分かった。じゃあいこう。少し前に小型の終焉獣が出たと噂された遺跡があってね」
「……うん!」
 それは不調のアトが先日受付担当から伝えられていた情報。
 ここからほど近く、かつ被害の無い噂段階であるために依頼にできないものだが、
 遺跡好きで経験もあるアトならば、仮に噂が本当でも問題無く対処し良いリフレッシュにできると考え、こっそり教えてたのだ。 
 その彼に朝食の料金を支払い調査に向かう旨を告げ、2人はギルドを立つ。
 並び歩く影は、常に一定の間隔を保っていた。
 それは呼ばれたらどんな事でもできるような、けれど相手に負担をかけない距離。
 その距離に、彼は何かを感じた。
 正体なんて蓋を開ければありきたりな感謝かもしれないし、先日交わした熱が彼に残した残滓かもしれないけれど。

 流れ者は、期せずしてこの地に居場所を得ていた。
 魔除けの探索者は、神ではなく皆のために何かを成すと決めた。
 壊れかけた人形は、無意識でも自分から愛の一端を求め、触れてしまった。

 他者に受け入れられ、他者を慮り、娯楽や愛を求める姿は。
 抗えない程の苦しみを撥ね除けた意志の力は。
 人のそれと何が違うか。

 愛を込められた創造が幸福だと言うならば。
 創造は心持つ存在を何とみるか。
 心無き者はどれだけ愛を受けようと、それを返す事もましてや交わす事もできない。
 想いの熱を持つ事など叶わないのに。

 愛はきっと最期までそこにある。
 技術を学び、贈り物を纏い、笑顔と想いを向ける、貴方の時間が生んだ愛。
 けれどその熱を受けた心を一度でも交わしたならば、きっと滅びですら消し去れない創造になる。
 選択の時(聖夜)はすぐそこに。
 秘宝の鍵は唯一言。

 側に居て欲しい。


●断絶が繋いでくれたから
「うぅ。今日は一段と冷えてるなー」
 まるで季節が一つポロリと零れ落ちてしまったかのように。
 『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)は、花屋を出たところでそう呟いた。
 見上げれば生憎の曇り空。
 昨日までの陽気が嘘みたいに消え去ったにも外の世界を、大地は少しだけ急いで駆ける。
「おい大地ィ。何もこんな日に行かなくても良いんじゃねぇノ?」
「そりゃ別に今日じゃないといけない理由はないけど……
 でも、行けるうちに行っておかないと、何となく後悔する気がしたんだ」
 彼を知らない者が見れば驚くであろうが、彼は一つの口で二つの口調を用いて会話する。
「虫の知らせって奴かヨ。まァ、お前は本の虫だからナ。それくらいわけないってカ?」
「煩いぞ赤羽。走りながら喋ったら疲れるんだから少し黙ってろよ」
「ヘイヘイ」
 一段と強さを増す風を防ぐ装束は上下揃って黒地の無個性なもの。
 彼の世界ではそれを制服と言った。
「わざわざあっちの服なんか仕立ててもらっちゃってヨ」
「こういうのはその……作法、ってやつが大事だろ」
 かつての自分が風潮に異を唱えていたことは横に置くとして。
 花を買えたことで、必要な道具は背負うカバンに入れたものと合わせ全て揃った。
 折角イレギュラーズの仕事がない日を潰してるんだ。
 自由図書館の仕事も清掃もそこそこに済ませた。
 だからこそ、自分が考える最大の事をしなければ割に合わないと思っていた。

~~~

 周辺の完全を確認した大地は、目の前の建物に入ると迷い無く進んで行く。
 やがてある壁に辿り着き、特殊なブロックに手を添える。
 ゴゴゴゴ。
 音を立てて現れる隠し部屋。
 彼がここへ訪れるのは二度目であったが、それだけここを鮮明に覚えていた証ともいえよう。
「お、お邪魔します」
 誰が聞いているわけでもない。ましてや廃墟になって久しいこの建物は誰の物でもない。
 けれどやはり作法として、誰かの部屋に入るという自覚を持つ大地は言わずに居られなかった。
「よう兎ィ。元気カー?」
「なっ、もしかして視えるのか?!」
「冗談だヨ、冗談」
「脅かすなよ!」
 彼らの言う兎とは首狩り兎――Vorpal Bunnyと命名された、大地達と同じ世界から流れ着いた者。
 自身を『ミミ』と呼称した、少し可哀想で、酷く歪んでしまった女性。
 ここはその彼女がねぐらにしていた隠し部屋だ。
「その、日記ありがとう。返しにきた」
 大地はここで見つけた彼女の日記をカバンから取り出すと、一度元の場所へ置く。
 さらに園芸用品やらレンガやらを引っ張ったかと思えば、即席の花壇を作り始めた。
「日曜大工の本が役に立ったナ」
「まさかこんな所でとは思わなかったけどな.。異世界の墓地に作るのもどうかと思うし、丁度いいさ」
 テキパキと作業を進める間、大地は彼女との出来事を思い出す。
 混沌に来る前、ゆっくりと閉じられる刃に感じた恐怖、激痛と、弾けとんだ感触。
 赤羽との融合、混沌世界での再開。復讐される瞬間の、どこか待ち望んでいたような笑顔。
「こんなもんか」
 出来上がった花壇の中央へ綺麗な形の石を置き、周囲に花を植え、線香に火をつける。
「……」
「何を祈ってるんだヨ」
「……彼女が今は静かに眠れるように、かな」
「はン。コイツをたたき起こそうなんて無粋なマネする奴が居たラ……俺が全力でぶっ潰してやるヨ」
「頼りにしていいんだな?」
「これでも死霊術師だゼ? 俺は奪った奴からは他に何も奪わせねぇんだヨ」
 その言葉に大地は微笑むと石の前に掘った穴へノート、ファントムナイトで購入しておいた頭蓋骨を模したおもちゃを入れ埋める。
「趣味悪くねぇカ?」
「彼女の楽しかった思い出は、幼い頃ハロウィンで両親としたボール遊び、兎になってからは首狩りの瞬間なんだ。両方満たせるのがこれしか無かったんだよ」
 殺された時の痛み。彼女が二つの世界で行ってきた悪行。
 それは間違いなく事実で、仮に同じ彼女と再び相まみえるならば、命懸けで戦う事は避けられぬだろう。
 だが結果論だけで言えば、彼女が生んだのは絶望だけではない。
 大地と赤羽の命を繋ぎ止め、混沌で大地達が助けた全ての命の救いに繋がる行いだったとも言えるのだ。
 だから。
(フィクションみたいに集まった不幸と偶然が彼女を生み出した。なら彼女だって被害者じゃないか)
 意図せずも死を弔い、生の灯火を守る道を歩み始めた二人で一人の男。
 清濁入り混じる感情はあれど、始まりの刻とは逆転した立場で、異界の地に彼は立つ。
 やがて訪れようとする滅びを前に、命への約束を背負って歩み出す。
「じゃあ、また来るから」
 墓参りを終え建物の外に出た時には、この時期に珍しく雪が降っていた。
「……思い出すな」
「あの時のお前、本当に無様だったよなァ」
 内なる自分と小競り合いをしつつ、大地は帰路へつく。
「なァ大地? もしもお前がイレギュラーズの仕事ばかりで構ってやらないと、アイリスも兎みたいになっちまうかナ?」
「ちょ、物騒なこと言うなよ!」
「ママがダイヤだしナ……頑張れよパパ」
 事実関係はともかく、父親が娘の将来を心配する気持ちもまた、彼女が大地へ繋いだもの……なのかも知れない。


●愛と創造の共通点
「ミーナ、こちらだ!」
 『敗れた幻想の担い手』夢野 幸潮(p3p010573)が通りの向こうに見えた想い人へ手を振る。
 やってきたのは『紅風』天之空・ミーナ(p3p005003)。
 今日の彼女の装いは、たまには良いかと数ヶ月前に仕立てたばかりの、赤を基調としたワンピースタイプのドレス。
 彼女が背負う翼が紅である事も加味して創られたその意匠は、彼女自身が芸術として成り立つ程美しく。
 所々にあしらわれた黒地の装飾も、彼女の髪色と共に差し色として活かされてる。
 美しい。たった三文字で示される彼女の姿に、原稿用紙なんかに書き切れない程の想いが溢れて、幸潮は立ち尽くしてしまう。
「少し遅れたかな。ごめん……幸潮?」
「い、否。刻限通りだ。今のはその……我が恋の君たるミーナ、汝の有様をどう表現したものかと……!」
「どうしたの? 何だか変に改まっちゃって」
 ミーナに指摘され、幸潮は自身の中に渦巻く想いを紡ぎ出す。
「思い起こせば、これまで我が恋の君とは浅からぬ時を過ごしてきた。
 そして我が愛の偶像と汝が授けてくれた無垢なる愛により、我は恋を知った。
 舞台装置であり虚の観測者であったはずの我が、ヒトが持つ未知なる甘美を享受したいと願うようになった。
 至高の願いとも言えるそれは、愛の持つ熱に焦がされていたいという欲望。
 仮想の在り方まで変容する迄に求めた人間性の一片が、我の極限であると知ったのだ!」
 言葉が止めどなく流れてくる。
 そこにあるのは、愛を教えてくれた事への感動と感謝。
 伝えたくてたまらない。そのエゴすらも、まだ知ったばかりの幼い感情の氾濫。
 虚栄を繕う者から漏れ出た意思でありながら、幻想ではない本物の心を宿し語るその様は、正にヒトそのものではないか。
 そしてそんな幸潮を大切な『ヒト』と思うからこそ、ミーナも黙って聞いていた。
「けれど我は観測してしまったのだ。この世界が終結を迎えようとする事を。
 汝の苦しくも偽りなき愛を抱き続けてきた魂が破壊(けが)されてしまった事を。
 そして観測者故に想像し得る全ての可能性を垣間見てしまうのだ。
 汝を失った世界における我が、愛の偶像がどうなるか。
 考えただけでどうしようもなく切なくなる。心と呼べるものが我にあるならば、
 暖かくもまだ小さな灯火であるこれが、嘆きの雨に霧散させられてしまう様が目に浮かぶのだ!
 奇しくもこの混沌が我に宿した可能性と根源を同じくする幻想故、世迷い言などと一蹴も出来ぬ。
 恐ろしいのだ。汝との逢瀬を我が記憶に書き連ねたいと乞う気恥ずかしさよりもずっと。
 このまま混沌本史にもう二度と汝との浪漫を記せず、いずれ絵空事のように消えてしまうのが……」
 有りっ丈を吐露した幸潮は、肩で息をする。
 眼鏡の奥に張られた雫の鏡が割れて零れてしまう前に、ミーナはそっと幸潮を抱きしめた。
「ありがとう幸潮。そんなに私の事を想ってくれて。私との愛を大切にしてくれて」
 優しく、けれど凛とした口調。幸潮の不安を取り払うように、ゆっくりと言葉を渡す。
「でもね、私と同じ人ならぬ者さん? 貴女がこれからも人の世界で生きて、人の尺度で命を見るのなら、大切なことを一つ教えてあげる」
 視線を合わせれば、幸潮の震える紫の瞳が紅い愛に吸い込まれるようにして、落ち着きを取り戻していく。
「悩んで苦しんで、それでも楽しいのが恋愛で、人生」
 どこか遠くへ捨て去ってきた日々。
 人として始まった生は程なくして絶望に染まり。
 失われた感情を取り戻せば、失うことでまた深い闇に覆われる。
 地獄のような現実に欠けた心のまま歩んだ世界でも、そこに生きる様々な命を見た。
 死神という呪いを背負わされてからは、己自身の命を有様を嫌という程考えさせられた。
 そして辿り着いたこの世界で、自分同様宿命を背負わされてながらも賢明に生きる仲間達に出会い、笑い合い、愛した。
 そんなミーナだからこそ言える。人が生の道を歩む以上避けられない心の揺らぎがあることを。
 どんな事が起こり、どんなに心が歪められようとも。人は誰かと思い合う事で笑顔になれる。
 どんなに素晴しく、永遠に思える日々でも、ほんの些細なきっかけで音を立てて崩れ去る事がある。
 それが限りある命を燃やして生きる人間の性なのだと、彼女は経験をもって知っていた。
「誰かと一緒に居て嬉しいと感じる気持ちも、それを失うことに怯える気持ちも、きっと愛。
 だから難しい考えは要らないよ。説明しようと、理解しようと言葉を並べれば並べる程、
 心が迷路に迷い込んで、ベールの積み重ねに隠されていって、大切な何かが見えなくなるから」
「……なら、我はこの歓喜と不安が入り交じる愛を、人生をどう学べばいい?」
「んー、言葉だとどう伝えればいいか分からないけど。きっと方法は簡単。
 好きな人と色々な場所に行って、色々な気持ちを感じて、一緒の時間を思い出として記憶していく。
 そんな日々が続いたら、いつか説明は出来なくても分かる日が来ると思う。
 だって恋愛は、理屈じゃなく本能で。直感で始まるものだから」
「そう、か」
 本能。その言葉に幸潮はつきものが落ちたような心持ちになった。
 意思そのものであったからこそ見過ごしていた、生が持つ特有の思考回路。
 理屈の要らない、有り様すら定義できない、ただ内から発される根源的欲求。
 ならば稚拙でも、共にありたいという確かな想いをそれと名付け突き進んでみようではないか。
 ミーナと話しやすいよう少し距離を開け、試す。
「で、ではミーナ! 早速我とどこかへ行こう! ……はっ、この場合希望を聞くのが先だろうか?」
 明るさを取り戻し本能に従おうと意気込む幸潮であったが、経験も知識も浅い分、何が正解か分からない。
 そんな可愛らしい不安さを醸し出す相手を見ていると、ミーナは笑みを浮かべずには居られなかった。
「な、何か間違っていたか?」
「思いやってくれるのは嬉しいんだけどね。その、つまり……幸潮は私と話がしたいと呼んでくれた。そしてどこかへ行こうと言ってくれた。
 人はこれを『好きな人にデートのお誘いをしてる』と表現する」
「ふむふむ」
「なら幸潮がデートに誘う側なんだから、貴女がエスコートしないと。ノープランは嫌われるよ?」
「そ、それは困る!」
 まぁ私もよくやってしまうことだから、この部分で他人のことは言えないけどね。
 と言い添えて、ミーナは佇まいを正す。
「じゃあもう一回。大丈夫。貴女とならどこへでも行くよ、幸潮」
 愛しい相手が与えてくれた挽回の機会。
 今度こそ、己の本能のままに。
 恋の君と共に在りたいと思う場所は何処かと。
 心の深層に鎮座するミーナへの想いをありのままに掴み取る。
「では、宙駆ける浪漫の逃避行へ……共に征きたい」
 指を鳴らし呼び出したのは『現に映る天の流星』と名付けられた大型二輪。
 それはアテのない二人の夢物語を見守る声なき立会人。
「愛すればこそ、汝が感じるその全てを知りたくなったのだ。隅々に至るまで。
 だから汝の読む風をこの身で感じたい。
 混沌という人の営みを流離う自由な風から、人なる思考を、想いを、そして……
 恋心が何たるかを教わりたい」
 未だ慣れぬぎこちなさはあれど、今度は己が本能から、共にありたいと手を伸ばす。
「なら、一緒に学んでいきましょう」
 ミーナはそれを愛おしそうに見つめ、掴み取った。

~~~

 魔力の込められた立会人は、その速度を上げることでタイヤが輝き始め、宙をかける事ができる。
 その背に宿した翼をはためかせる事もできるミーナだが、今はただこのエンジン音と大切な人の温度に身を委ねていた。
「寒くはないか?」
「大丈夫。それにほら、こうしたら寧ろ暖かい」
 運転手の腰に回した腕により力を込め、零だった距離を更に無くすべく近づける。
「こ、恋の君!?」
「んー? あれ幸潮、顔が赤いかな?」
「こ、これはその……夕日のせいだ!」
 とうの昔に眠りについた陽に濡れ衣を被せたくもなるほど、幸潮は紅潮していた。
 こうやって心を寄せるほど、温もりに触れるほど人間らしい豊かな表情を見せてくれる。
 そんな愛らしい貴女だから心を捧げたいのだと、ミーナは言葉ではなく行動に想いを込める。
 二人が巡る宙の浪漫は文字通りの気ままな旅路であった。
 風にながされ、時には敢えて逆らって。
 これまで各々が訪れた様々な土地を流れ、やがて再現性東京の上空へと辿り着いた。
「そういえば今年は共に祭の舞台にも立てたな。思い返せばこの地には色々な思い出がある。故郷なんてないはずの我だが、かの日々は懐かしく愛おしい」
「楽しかった時間も、過ぎ去ったから感じる寂しさも、同じ思い出に宿る心には違いないよ」
「――そうか! 一端が見えたぞ、愛しの君! 本能が何たるか!」
 幸潮はそう言うと、ギフトが宿る特別な万年筆を使い、宙にマジ卍祭で立った舞台を描き出す。
「この寂寥を埋めるにはどうすれば良いか! 次の祭でも、我は愛しの君、愛の偶像と共に舞台に立ちたい!
 輝くステージに汝らの美しさが咲き誇る様がみたい! 人々が魅了される様に喜ぶ汝らが愛おしい!
 そのためとあらば、我の中から幻想が次から次へと沸き出でるのだ!」
 その言葉は説明と定義するには些か不十分。
 けれど心の有り様とすれば充分過ぎるほど人間らしい。
 一緒にいたい。一緒になしたい。
 幸潮の中で日に日に育つ想いは出世し恋や愛と名をつけた。
 恋や愛は更なる成長を求め、幸福の未来という餌に向かって迷い無く突き進む。
 そして夜空に書き上がったのは、星の煌めく夜空を背負って一際輝く三人と、それを応援する観客の姿。
 人々を楽しませる舞台であり、愛する者共が一様に高揚し心を通わせる事ができる最高の巣。
 夢と想いが詰まった、幸潮が心から願う希望の形であった。
「これが我が心……今は虚なれど、実を持たんと欲する夢の姿だ!」
「……ああ、素敵だよ幸潮。私も、また二人とステージに立ちたいと思ってた」
「愛しの君。もし我の我が儘を受け入れてくれるなら、この愛を共に本物にしてはくれぬだろうか?」
 その言葉に、手袋で隠した右手が頭を過ぎる。
 一瞬の逡巡。予感される未来。
 けれどその不安を、先を愛しく想う故の感情だと信じ。
 全ての愛のために未来を願いたいと欲し、切り捨てる。
「勿論だよ」
 世界には、抗えぬほど強大な恐怖や滅びの不安が蠢いている。
 けれど今この星空を支配するのは、純粋すぎる愛とそれを育む幻想への誓い。
 これまで幾つも虚なるものを描き眺めてきた観測者は、愛する者との時間を求めることによって、やがて実となる未来を描いて見せた。
 愛を抱いて。約束に想いを馳せて。在りたいまま、なりたいままに時を過ごす。
 その本能という果実の味を知った幸潮は、ミーナや不倒の愛を与えてくれる偶像と共に。
 来たるべき時へ向かって人の心を、恋の美しさを、これからも学んで行くのであろう。


●死が二人を分かつまで
 晴天、と言い切るには少々雲が漂うものの、温かな光が照らすある市場を、
『自然を想う心』エルシア・クレンオータ(p3p008209)と『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)が並んで歩いてた。
 あくまである商品を目的として、普段来ないような遠方の市場に足を伸ばしたのであったが、
 今日は何かしらイベントが催されているようで、普段以上の活気に賑わっている。
「それにしても随分人が多いな。エルシア、はぐれないよう、オレと手を繋ごう」
「は、はい!」
 提案に少しだけ身体が硬くし、おずおずとしたぎこちなさは残るものの、エルシアは迷いなく手を伸ばす。
 互いに照れ屋な面を持つ二人。
 けれど先日一嘉の提案で同棲を始めて以降、人前であっても妙な恥じらいで避けたりはせず、共に居られる事を大切にしながら日々を過ごしていた。
(一嘉さんの手……大きくて温かい)
 その温もりに、自然と笑みがこぼれる。
 行き交う人々の喧噪ですら、彼と歩む未来を祝福しているような気がして。
 見知らぬ笑顔も、その幸せを分け与えられているかのような鮮やかさをもって映る。
 きっとこれが過去に縛られない生き方なのだと。
 愛する誰かと人生を楽しむとはこうも幸福なのかと。
 一秒一秒、世界の全てに感謝してしまいそうな程、今日の彼女の心は満ちていた。
「あっ、一嘉さん。あのお店、覗いて見たいです」
「ん? 雑貨屋だな。勿論だ」
 店の中に入れば通路ほどの混み合いはなく、落ち着いて物色できる。
 エルシアには、人間種が作る装飾品類は故郷である深緑のそれに比べ、些か派手すぎる印象があった。
 そんな物を身につけ自身に輝きを纏わせたり、オシャレな小物で生活を彩るなんてことは正直ためらう部分もあった。
 けれどもうすぐ自分がその場で一番輝かなければならない時が来る。
 そして既に彼女の生活空間にはかけがえのない人と大切な場所がある。
 だからちょっと背伸びをするような気持ちで、店の外から目をつけていた繊細な刺繍が美しい布地に手を伸ばす。
「一嘉さん、似合いますか?」
「……」
「一嘉さん~?」
「あ、ああすまない」
 恐らく、向かいの店が扱う珍しい食品に目を奪われていたのだろう。
 それだけ彼は自身の運営する割烹と呼ぶ料理店のことを大切に思っている証左でもある。
「エルシア、それ……」
「エプロンみたいです。料理にオシャレは必要ないと思いますけど……エプロン自体は私にも必要になると思って」
「そうか。その、似合ってる」
 一嘉は感心した様子で頷きながら何度もその言葉を繰り返すしか無かった。
 広い世界を見渡せば、何を着ても身につけても、自然にそれを己が魅力にしてしまう者が一定数存在する。
 装飾も施されているとはいえ、それまでの森に宿る幻想的で儚い美しさを感じさせる印象から、
 たったエプロン一つと所作で、家庭的で優し気な印象の女性に様変わりして見せた。
「もう一嘉さんったら。さっきからそればっかり」
 不思議そうに見返してくるところから考えて、彼女はきっとこれを自覚なくやっているのだろうが。
「似合うものは似合っているんだからそう答えるしかないだろう。だから何度でも言うぞ」
 その真っすぐな瞳に、エルシアは思わず笑顔にさせられてしまう。
 ただそう思っただけなのか、それともこういう場だと気にした上で返しているのかは、彼女からは分からない。
 特に不器用な一嘉なら猶更だ。
 けれど目を見れば、それらの賛辞に嘘偽りなどなく、ただ私を喜ばせようとしている事だけは良く伝わったから。
 それにもう一つ。
 見ていたものは違うとはいえ、共にお店の事を考えていたという繋がりは、
 エルシアにとってどうにもくすぐったさが感じられたからだ。
 他にも遠くの街から届いたという宝石等、気に入った物を幾つか買い店を後にする。
 それから暫く歩いて、二人はようやく目的のドレスショップへ到着した。
「すごい、素敵なドレスがいっぱいですよ……!」
 店の前面に展示されているものだけでも十は超えるであろうそれらは、
 みな白を基調とし華やかさが前面に押し出されたデザイン。
「こうしてみると、かなりの種類があるんだな。ウェディングドレスは」
 そう。ここは一嘉が『あまり待たせない』ために常連客の伝手を辿って見つけ出した、結婚用品を多数取り扱う有名店だったのだ。
 いよいよ現実味を増す希望の鐘音が聞こえたような気がして、エルシアは意気揚々と店に入る。
 多数のウェディングドレスから自分だけの一着を探して。
「これとこれ、一嘉さんはどちらがいいですか?」
 悩む彼の参考になればと、首のないトルソーの背後に回り、人形と同じポーズをとり視線を送る。
 その時、エルシアは見てしまった。
 鏡に映る幸せとなった自分。
 純白に包まれた先の希望を信じ込み、屈託のない笑顔を浮かべた女性。
 かつてエルシア自身が祝った、『彼女』と姿が重なった。
 ――子さんは、亡くなられました。
「あ、ああ……」
 幸せなんてあっけなく沈んでいく。
 絶望と不幸が生み出した嘆きの海に。
 ――告白しようと思ってるんっす。――っ、あああ……!!!!
 友情なんて型抜きよりも簡単に砕ける。
 それが薄暗い理由によるものであれば尚の事粉々に。
 ――それでも貴女を赦してあげない。
 親愛なんて生き物が持ち得る一番大きな愛のはずなのに。
 何倍もの罪となって長らく彼女を苦しめた続けた。
 次は『なに』を失くすの?
「いやあああぁぁぁ!!!」
「エルシア!?」
 突如頭を抱え蹲る彼女を心配する一嘉。
 肩を揺すり何度も声をかけるが、一向に反応しない。
 仕方なく彼は彼女を両腕に抱きかかえると、店を出て人気のない場所を探して駆け出した。
 当然人込みの中を縫うのは簡単なことではない。
 苦しみ呻き声を漏らす女性を抱えていては猶更だ。
 すれ違う人々が心配そうに声をかける。
「あ、ああ……!」
 やめて、お願い。
 見も知らぬ『誰か』の声が幸せになる権利を奪っていく。
「もう少しだけ耐えてくれ!」
 一嘉は市場の外れにあった古びた教会まで辿り着くと、鍵のかかった戸を躊躇いもなく蹴破った。
 中へ入ると手近な長椅子にエルシアを寝かせ、持っていた水を先程買ったエプロンに湿らせて顔を拭ってやる。
「いか、ないで……!」
 懇願した。あの時はまだ、過去の罪が絶望という蝶となって蝕んでいたから出来なかった。
 手を伸ばした。飛び去ろうとする鳥から、奪い返すなんて思いつきも出来なかった。
 でも今は、繋がった想いが紡ぐ未来を絶対に失いたくなかったから。
 握りしめた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 エルシアの白く染まった視界が、漸く正常を取り戻していく。
 真っ先に帰ってきたのは、常に厳めしくも瞳に心配を宿した顔。
 きっと黙っていれば私が動き出すまでずっとこのままで居てくれるのだろう。
 けれど何だかそれが忍びなくて。
 多分罪の意識から逃れたくて。
 荒い呼吸の合間に挟み込むよう、自身が感じた恐怖と不安を口にする。
「なるほど」
 一つ頷く。
 本当に最低限で、けれどそれだけで全てを受け止める彼だからこその言葉。
「もしその時が来れば。オレも彼女の様に、世界の滅びを防ぐ為、この命を投げ出す事が有るかも知れん」
 嘘は付かない。だから話す。自分が嘘ではないと確信できる想いを。
「死は待ってくれない。予言された絶望がどんな形で訪れるか分からない。
 ……だがな。オレはこの世界に流れ着いて、一つ感謝している事がある」
 握り続けた手に力が籠もる。
「オレが滅びに負けない限り。エルシアがオレと生きる事を望んでくれる限り。
 オレはキミと共に生き続ける事ができる。
 絶望の未来を定めた混沌の神とやらがいるとすれば、これだけは感謝したい。
 普通なら寿命で離れてしまうはずのこの手を、ずっと掴んでいれる才能をくれたんだから」
 僅か。厳めしさが和らぎ笑みが生まれる。
「だからオレは宣言する。相手が例え疫病神だろうと原罪だろうと。
 この命をくれてやる予定も、世界を滅ぼさせてやるつもりも全くない。
 エルシアが悔いのない日々だったと。幸せだったと笑って逝くその日まで。
 オレはどんな残酷な運命だって撥ね除けてみせる」
 憔悴しきった思考であっても、彼の宣誓は逃すことなく伝わっていた。
 彼が掴んでくれた手に、溢れる涙が止まらない。
 過去に縛られないつもりでも、罪は消せない。
 きっとまた、襲ってくる日もあるだろう。
 けれど今は、一人じゃない。
「なぁエルシア、もしキミも宣言してくれるなら。少しでいい。この手に力を込めてくれ。幸せになると」
 飛び去ろうとした幸せは、確かにこの手で掴み取った。
 何度消えようとしたって、次も必ず掴んでみせる。
 そう思えた事が嬉しくて。そう思わせてくれた事が愛しくて。
「……ありがとうございます」
 小さく囁き、ぎゅっとした。
 
~~~

 ある日の市場は、また一段と活気づいていた。
 どうやら長年多くのカップル達の門出を祝った古い教会が取り壊され、新しい物に建て替えられる為の式典が行われるらしい。
「え~、ここでは実に999組が、幸せを掴み取っていったわけでありますが。
 こんな状況下においても、愛は不滅であります。新しく生まれ変わった後も、
 この場所から多くの希望が生まれることを切に願うと致しましょう」
 新婦の挨拶の後、解体工事が始まる。
 この教会のシンボルともいわれた大きな鐘は、先んじて取り外された。
 ――この鐘の下で誓った想いが、希望ある限り永遠に果たされますように。
 内側には、制作者が書き記した文言が刻まれている。
 
 命無きものに生を例えるなんておかしな事だけれど。
 きっと鐘は、1000の誓いを見守り、果たされるよう……祈っていることだろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

冒険お疲れ様でした!

この混沌の世界で様々な時間を過ごしてきた皆様。
約束された滅亡が近づく中で運命との戦いに忙しいかとは思いますが、
そんな中でも失われてはいけない日常の1ページを彩るお手伝いが出来ましたこと、嬉しく思います!

頂戴したプレイングに対して使える文字数が多い分、様々アドリブ要素を加えさせて頂いております。
皆様の今後にとって何かしら役立つものになるよう気持ちを込めさせて頂きましたので、
もしお気に召された場合には今日という日を今後に繋いで頂ければ幸いです。

時間的には少し離れた話ですが、シャイネン・ナハトがもうすぐですね。
(イラストの発注受付は始まっております)
クリエイター種別が違うのでイラストは見守るだけになりますが、
イラストにしろノベルにしろ、世界の命運をかけた戦いの前に訪れる最後の聖夜です。
ご参加頂いた皆様も他の皆様も、素敵な日になるよう影ながら祈っております。

それでは、またどこかでお会いできることを願いまして。
ご参加ありがとうございました!

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