シナリオ詳細
<悠久残夢>解体屋『D-81ム』と足りないパーツ
オープニング
●ゼロ・グレイグヤードにて
ガシャン、カンカンカン。不揃いな金属音が静謐の中に響く。
ぴくりとも動かない人形たちの廃棄場所。ワケありのゼロ・クールたちが行きつく果て。ゼロ・グレイグヤードで、ただ1人が黙々と作業している。
「ダメ」
人形の腕の外側は焦げ付いてしまっている。
「これもダメ」
人形の関節はストッパーが壊れてゆるゆるだ。
「こっちも……ダメか」
胴へ繋がる配線もところどころ断線している。
「これは大丈夫」
……が、1本だけ無事な配線を見つけた彼は、カバンから工具を取り出すと丁寧にその配線を取り出した。工具とは別のポケットへ配線を突っ込み、人形を解体しきった彼は放置して次の人形を取り出す。
ぶつぶつとダメ、大丈夫、これは却下などと独り言をつぶやき続ける彼は、その後も廃棄されたゼロ・クールたちを解体し、問題ないパーツを取り外していた。何体も、何時間も――何日も。
人形は食事を必要としない。睡眠も必要としない。彼はその作業をカバンがパーツでパンパンになるまで続けて、ようやく立ち上がった。
振り返った先には、自身の解体したゼロ・クールだったものたちの山が築きあげられている。最も――あそこに転がっている腕のパーツが、元はどの胴体に繋がっていたかなんてわかりやしない。もはやガラクタ山だ。
それらに特別な感情など抱く設定もなく、彼はパーツを所定の場所へ持ち帰っては、またパーツを回収するためにゼロ・グレイグヤードを訪れる。
これが解体屋『D-81ム』、通称デイムに与えられた仕事である。
デイムはその日も、自身の仕事をこなすためにゼロ・グレイグヤードを訪れていた。マスターからは「何か異変があれば『異世界からの来訪者』を頼るように」とも言い遣っていたが、ゼロ・グレイグヤードは広い。何かが起こったって、それがデイムのいる箇所で起こる可能性は――。
「……?」
ふとデイムは立ち止まった。音がしたのだ。カランカランと、金属が転げ落ちるような小さな音。聴覚機能に意識を集中させると、それはある方向からしているものだと判断できる。
そうっと様子を伺ったデイムの視界に映ったのは、何人かのヒトらしきものと、何体ものヒトならざるもの。後者は終焉獣と呼ばれるモンスターだろう。とすれば周囲にいるゼロ・クールは終焉獣に操られているのか――いや、このゼロ・グレイグヤードにいるゼロ・クールなど、十中八九『廃棄済み』だろう。
しかし、終焉獣でもなく、ゼロ・クールでもない、けれど彼らとともにいるヒトらしきものは?
デイムはそこで静かに場を離れた。このまま居続ければ彼らに見つかる可能性が高い。ヒトらしきものは見逃してくれるかもしれないが、終焉獣は違う。同胞たちのようにコアまで侵食され、バグを起こすことになるかもしれない。
向かう先は『アトリエ・コンフィー』。異世界からの来訪者――イレギュラーズの元へ、ゼロ・グレイグヤードに現れた異質な者たちの対処を、と。
●
「人形ばかりですね」
「元からわかっていたことでしょう?」
きょろりと視線を巡らせる少女に、エメス・パペトアは苦笑いを浮かべた。ゼロ・グレイグヤードはゼロ・クールと呼ばれた人形たちの墓場なのだと――本人も理解しているようではあったが、改めて目にすると、といったところか。
「キミの求めるものは人形より人間ではありませんか。無辜なる混沌へ戻った方が『その方』の目覚めも早いかもしれませんよ」
「……プーレルジールでの目的は完了していません」
壊れた人形たちで出来たガラクタの山を見上げ、小さくWhite Dollyことホワイトは呟いた。この世界は故郷なのかもしれない。他のDollyシリーズもこの世界で動いているかもしれない。あるいは――この山の中に。
されどここはいずれ朽ちていく世界。終わるべき世界。そうして小さなそれは大なるものへ――無辜なる混沌へと吸収されるさだめ。今のホワイトは『彼』と同じ世界の敵だから、世界の敵らしく。『彼』の隣に在るために。
「貴方の目的は達成されたのですか」
ホワイトがエメスへと聞き返せば、彼はんん、と小さくうなった。達成している、というわけではなさそうだが、あまり長居をする気もなさそうである。彼には待っている人がいるから。
――望まれているのだから、離れなければ気にすることもないだろうに、と思う。けれど彼の望みと、彼の待つ人の望みはイコールではないらしい。
(彼らも、あの言葉を交わし合うのでしょうか)
ホワイトは長いまつ毛を震わせて、我がマスターの言葉を思い出す。五文字のノイズ。あの意味が知りたくて、聞きたくて。けれどまだ貴方が起きてくれないからわからずにいる。
「ホワイト君?」
はっと視線を上げれば、エメスが怪訝そうにこちらを見ていた。思考回路の深くに沈んでいたらしい。
なんでもありません、と首を小さく降ってホワイトはあちこちにあるゼロ・クールたちの残骸へ目を向けた。
「……さようなら、記憶にない故郷」
この世界の滅びは、世界の敵であるために。マスターの傍にいるために、捧げられる。
●
「ゼロ・クールD-81ム。ますたーはデイムって言う」
イレギュラーズへそう名乗ったのは、ひょろりとした少年だった。体のわりに大きな肩掛けカバンを抱えた彼はところどころ薄汚れている。聞けば、廃棄物の回収を担うゼロ・クールとのことだった。
「おれたちの墓場を荒してるやつがいたんだ。おれたちのバグを発生させるやつと、その仲間っぽい人間。たぶん、狂気にやられたヤツ」
狂気にやられた人間――というのは、魔種のことか。この世界で魔種という名称は用いられていないようだが、狂気をはらむ病としては存在が認められているらしい。
「何人くらいいたかな。その、狂気にやられた人間というものの特徴も教えてほしい」
ヴェルグリーズ(p3p008566)がデイムに視線の位置を合わせてそう問えば、彼は暫しの沈黙――おそらくは記憶領域の照合を行っていたのだろう――ののち、1人は重そうなシルクの荷物を抱えた女で、もう1人はゼロ・クールではない人形を従えた男だったと告げる。
「シルクを抱えた女性と……人形を従えた男性?」
ヴェルグリーズは小さく眉をひそめた。後者にはひとつ心当たりがある。しかし、人間らしいものはその2人だったという言葉が真実であれば、彼は混沌に置き去りにされているのだろうか?
(いや、たまたまその場に居合わせなかっただけかもしれない)
だって、彼は独りであることを恐れていたから。
――裏切らないでね。
――違えないでね。
――ほんとうに死ぬまで一緒にいてくれよ。
――嬉しいなあ。君がそんなに俺を見ていてくれたなんて、“そっち側”にいたら一生判らなかったかもしれない。俺は一人じゃないって判って、とっても嬉しい……!
――俺だけの為に剣を研いで? 俺だけの為に剣を振るって、俺だけを探してよ、ヴェルグリーズ君。俺はいつだって、君を待ってるよ。
(……いつか、必ず、この手で)
行こう、とヴェルグリーズは仲間たちへ視線を向けた。たとえそこに彼が居なかったとしても、魔種であるならばイレギュラーズとして捨て置くことはできない。混沌でも滅びの兆しが目に見えて発生している今、プーレルジールにおける魔種の行動を阻止することもまた、滅びを遠ざける一手のはずだから。
しかして、その戦場には先客がいた。
「……あれは」
Tricky・Starsの片割れたる稔が何とも言えぬ――少なくとも喜ばしい顔はしていない――表情を浮かべ、ゼロ・グレイグヤードで暴れる青年を見る。どうやら知り合いらしい。
「ん? おう、兄弟じゃねぇか!」
あちらもイレギュラーズたち、の中に含まれていた稔の姿を認め、にっと笑みを浮かべる。それに対して稔は鬱陶しそうに眉根を寄せただけだったが。
「なぜここにいるんだ、Kyrie」
「さあ?」
肩を竦めるカイリは、気づけばこの世界に立ち尽くしていたのだという。おそらくは混沌のあちこちに発生しているというプーレルジールへの扉を通ってしまったのだろう。
「魔種どもが何をしようとしてるかは知らねえが――テメェが出てきてるんだ。混沌に、ひいては子供らにいい影響なんか与えるわけがねぇ」
力強く得物を一振りして、カイリは敵陣へ矛先を向けた。
「協力してやるぜ、イレギュラーズ! 奴らを一掃するぞ!」
- <悠久残夢>解体屋『D-81ム』と足りないパーツLv:50以上完了
- 足りない。なおらない。埋まらない。
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年12月05日 22時05分
- 参加人数12/12人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 12 人
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参加者一覧(12人)
リプレイ
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「ゼロ・グレイグヤードで終焉獣の相手をせにゃならんとはな」
嗚呼嫌だ、と『蛇喰らい』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)はしかめ面で駆ける。走りざまに、もはやどのゼロ・クールのものだったかもわからないパーツを蹴ってしまったことくらいは許してほしい。あちこちに散乱したそれらを避けていこうとすれば、かなりの時間を費やしてしまうだろうから。
「どこを見ても……お人形さんがいっぱい……」
『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の視線がきょろり、とあちらこちらへ。見ていて楽しいものではない。ガラクタのように無造作に投げ出されたゼロ・クールたちは五体満足な体もあれば、どこかの部位を欠損している体もある。
この中にあれば、終焉獣たちも替えの身体に困ることはないだろう。こちらとしては望ましくないことである。
「彼らを利用されるのは気に入らないな」
『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)は苦い顔を浮かべながらフラーゴラの見たそれらへ視線を向ける。すでに使われていないとはいえ、過去には意思を持って動いていた人形たちだ。
本人たち、という表現が正しいかはわからないが、それらの意志を無視した行いを看過することはできない。
「魔種も2体いるんだろ? 随分と厄介な事になってるっスね」
「本音を申し上げるなら、魔種はここで殲滅してしまいたいところですが」
「うん……撃退や討伐、頑張らないと……!」
『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)はしかめっ面を浮かべながら走る。この世界では狂気に呑まれた者、という表現だったか。何はともあれ、1体でも厄介な相手が2体いて、加えて終焉獣たちもいるという状況は圧倒的不利だろう。
2体もいる上に、敵は魔種だけではない。ここで取りこぼすわけにはいかないかと『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は呟いた。二兎を追う者は一兎をも得ず。確実に、徹底的にやらねばならない。『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)もコクコクと頷いた。厄介なうえに簡単にはことが運ばないことは承知の上で、それでもやらなければならない時があるのである。討伐か撃退か、魔種をその場から退かせられれば良さそうだが――討伐はよほどのことでもない限り難しいか。
「全力でお帰り願うしかないだろうな」
「うん。混沌を守るため、だもんね!」
ため息のようなクロバの言葉が、ゼロ・グレイグヤードに零れ落ちる。こくこくと頷く『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)は、本当はちょっと怖いけれど、という胸の内の不安を心の奥へしまって。魔種が2体もいる上に、他にも敵が沢山いると言うけれど、ここで止めなければ無辜なる混沌が大変な事になるのだということはわかっている。全力で頑張らなければ。
ゼロ・グレイグヤードを駆けて暫し。ガラン、ゴロン、と響く音に一同の足が止まる。デイムからあらかじめ教わった場所にはもう近い。
「急ごう――」
より駆け足になった一同の前へ、ほどなくして彼らの姿が現れる。
その顔を見た時、『闇之雲』武器商人(p3p001107)は嗚呼、と呟いた。
(久方ぶりに見た顔だね)
まさかここで再開しようとは、思ってもいなかったが。
「テメェあの時の魔種……! 何しに来やがったクソ野郎!!」
『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の片割れ――虚がエメス・パペトアへ叫ぶ。エメスの視線が彼に移って、それから少しの黙考のあとにああ、と手を打った。
「グリム君と一緒にいた人ですね? 僕は何をしに来たわけでもありませんよ。強いて言うなら――パーツ探しですかね?」
うってつけでしょう? とエメスが両腕を広げる。周囲はもはやガラクタと化したゼロ・クールの残骸たちが積みあがるばかりだ。
(グリム君は今、どうしているのだろうか……)
もう片割れである稔が内心でかつて仲間だった『彼』のことを思う。救えなかった仲間。エメスの手を取ったイレギュラーズ――いいや、もう魔種なのか。
彼が魔種になったという事実が改めて稔に重くのしかかる。悔やんでも悔やみきれない過去だ。
「まさかこんなところでキミと再会するとは思わなかったよ、エメス・パペトア」
『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が鋭い視線でエメスを射抜く。グリムが潜んでいる気配は――なさそう、だろうか?
Tricky・Starsから視線を移したエメスは「キミもいたんですね」とどこか懐かしそうにヴェルグリーズを見た。
「グリム君、キミが来てくれるのを待ってますよ?」
「……今日はグリム殿は一緒じゃないのか」
「ええ。だからあまり長居はしたくないのですが、彼女もいるので」
エメスの視線が隣にいる女性へ移る。ヴェルグリーズもその女性を見て、ふと怪訝な表情を浮かべた。
「そちらの女性……も、魔種か」
「White Dolly。ホワイトとお呼びください」
淡々と名乗るWhite Dolly――ホワイトに、ヴェルグリーズは言いようのない違和感を感じていた。
(以前どこかで……会ったような……?)
いや、気のせいだろうか。彼女も自身を見て既知だと思っているわけでもなさそうだ。違和感に蓋をして、ヴェルグリーズは得物を構える。
「早々にお帰り願おう。この地は荒させない」
「荒しても、荒さなくても。ここが消滅したら一緒ですよ」
プーレルジールは消えゆく定めなのだから、とホワイトが呟いた。
「だが、この世界の消滅を気にするならより関連の深い場所へ行くべきだろう。ここには何の目的なんだ?」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の問いかけにホワイトが表情の読めない視線を向ける。
ゼロ・クールの体が目的か。しかしそれにしては、エメスもホワイトも持って帰るような品はなさそうであるが。
(目的がなんであっても、そこにいるだけで害になるのが魔種だ)
終焉獣も、このまま放置しておけば個人的で済まない被害をもたらすだろう。止めなければいけないことは確実だ。
「ただ空振りしただけですよ。けれど――キミたちが来たのなら、目的は新たにできたかもしれません。ね?」
「……そうですね」
ため息交じりなホワイトの返事。同時、ホワイトから無数のシルクが伸びあがる。
「先手は打たせないよ……!」
戦いの火ぶたを切って落としたのはフラーゴラだ。自身を奮い立たせ、誰にも追い付けない速さで彼女が狙うのはゼロ・クール――の体を操る終焉獣たち。
「さあ、こっちにおいで……!」
誘うように魔力を充満させ、誘導する。ゼロ・クールたちの壁で狭まった道をするりと通り抜ければ、追従する敵たちもまたぎゅうぎゅうと詰めながら、あるいは邪魔なゼロ・クールの遺骸を押しのけながらフラーゴラへと手を伸ばす。ハイテレパスを使うには支障があろうが、囲まれるよりは断然マシだ。
海中に差し込む光のような、幽玄な光を周囲に漂わせながら、帳はケイオスタイドを放つ。フラーゴラとタイミングを合わせて重ねがけるように放てば、全く通らないということはないか。
(でもやっぱり、あれだけ人の形をしたものが向かってくるなんて怖いな……ううん、頑張らなきゃ! 僕だって戦える!)
「寄生終焉獣を呑み込め、泥よ! みゃー!」
祝音の放ったケイオスタイドが複数の終焉獣を捉える。汚れた泥をかぶった寄生終焉獣は足元を滑らせ、ずるんっと転倒した。
フラーゴラたちの行動に合わせ、敵を追うクロバが力強く跳躍する。悪いな、と呟きながらゼロ・クールたちの山を蹴りつけ、さらに高く跳んで。
「最初から手加減なしだ!」
全力のジャミル・タクティールが終焉獣たちへと降り注ぐ。極限の集中状態へ入ったヴェルグリーズが畳みかけるように終焉獣たちを攻め立て、次いで瑠璃もまた追い打ちをかけるようにまとめて叩いた。人形の体に亀裂が入ったとしても、終焉獣たちは止まらない。ただの借り物の体だ、替わりの体もそこら中に存在する。
(周りのゼロ・クールを全て塵に返すのは……あまりにも非現実的ですが)
いかに今の体のまま仕留められるか。あるいは――今の体から出てきて、別の体へ乗り移られる前に仕留められるかがカギとなりそうだ。
フラーゴラが終焉獣たちを引き寄せると同時、『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)がエメスの前へ鏡を召喚させる。自身の手鏡と繋がっているその中で、妖刀がエメスを絡めとる――。
「エメスさん、ですよね? 申し訳ないですが、僕のお相手をしていただいても?」
「うーん。構いませんけれど、」
困ったようにエメスが笑って、鏡との間にどこからか出てきた人形を割り込ませる。
「これらとも一緒に相手していただきましょう。キミがいい素材になるのかどうかも見極めさせてくださいね」
「……素材になる気はありませんけれど」
憮然とした表情で肉薄すれば、エメスがそうですかと微笑んだ。
「本人がそう思っていても、実際はわかりませんよ」
ソステヌート。ホワイトへ向けられる音の一撃は容易にひかない。イズマは自身に『最強』たる幻想の鎧をまとって彼女のシルクによる攻撃を受ける。
「その、ひと際大きい"それ"は何なんだ?」
「大切なひとです。今は眠っているのですが」
攻撃は止むことなくしかしホワイトは苛烈な連撃を思わせないほどゆったりとシルクをほどく。
「……っ!?」
露出した中身にイズマはぎょっとした。形としては、人だ。その全体としては――エメスの作る人形に似ている、かもしれない。とはいえエメスの方が芸術家なのだろう、縫合などはあちらの方が目立たないようにしてあるが。
(……あれは……遺体、だよな……?)
眠っているはずがない。死んでいるが正しいはずだ。けれどホワイトは、極真面目な顔で――会った当初から全く表情が変わらないので、厳密にいえば無表情なのだが――その遺体を優しくなでている。
一体どういうことなのか。イズマは考えを巡らせながらも、迫り来るシルクを火焔の大扇で焼き払った。
(失せろと言って聞くなら魔種になってねぇか)
バクルドの視線は魔種2人から終焉獣、そしてエメスの人形へ。まずは魔種の周りにたむろするモンスターからだ。あれらが厄介ごとを引き起こす前に片付けておくべきだろう。
強磁性を帯びた鋼鉄球がバクルドから放たれ、終焉獣たちの足元へとばらまかれる。ただの鋼鉄球ではないが、終焉獣がそれを知るのは身をもって体感したあとだ。
「さあ、残ったコは我(アタシ)のところへおいで」
その声が、向けられる瞳が終焉獣たちを武器商人のもとへ引き寄せる。ひとつ残らず、魔種たちを相手する仲間たちへ近づかないように。フラーゴラと近い場所へ相手取れば、仲間もまとめて攻撃できるだろう。
(先に未寄生と近接型だな)
葵はトンとサッカーボールをリフティングしながら標的を定める。寄生していない個体が寄生する前に仕留めてしまいたいところだが――さて、何体までいけるだろうか。
人形が捨て身の攻撃で苛烈なタックルを鏡禍へ仕掛ける。シールドが守ってくれる――が、それがぴしりとヒビ入った音を鏡禍は耳にした。
「っ!」
ルーンシールドを破られた。おそらくもう一度張ってもすぐさま破られてしまうだろう。ならば仲間が合流するまで耐久戦に持ち込むしかないか。
(面倒くさくなったりしたら帰ってくれないでしょうかね)
どうも、彼からは進んでこちらを害そうとする気が感じない。何かに気を取られているという表現の方が近いかもしれない。
「――いいか三番目、一人で魔種に突っ込むような愚かな真似はしてくれるなよ」
稔に釘を刺され、Kyrieは不満だと言いたげな視線を稔へ向ける。終焉獣という存在も気に食わないが、より青春を感じることができるのは確実に魔種たちだろう。終焉獣を程よく蹴散らして、魔種へ襲い掛かろう――なんて考えていたに違いない。
「やるならここにいる全員で、だ。力を貸せ、兄弟よ」
「そこまで言われちゃ仕方ねぇなあ! いくぜ兄弟!」
「おい、突出するな――」
我先にと突っ込んでいくKyrie。静止の声を上げようとした稔だが、彼の振るう得物がスライムがごとき終焉獣を一刀両断する様に閉口した。スライムは分断した同士でゆるゆるとくっついたようだが、無傷、ノーダメージではないだろう。ひとまず放っておいても死にはしないだろうし、誤って魔種の元へ飛び込んでいくまではやりたいようにさせるのが最善かもしれない。
「……こちらも始めるとしよう。兄弟にばかり任せてはいられまい」
稔は終焉獣たちへ肉薄し、自らの周囲へ終焉の帳をおろす。これは彼らの運命を閉ざすもの。終焉獣を無に帰すための一手。
(どうか許してくれ)
巻き込まれるゼロ・クールの残骸たちを視界に認める。しかしエメスや終焉獣たちの駒にされるよりは良いはずだし、仲間たちの足場も良くなるはずだ。
武器商人の放つ慈悲と無慈悲の一撃が終焉獣を打つ。同時に自身の身が軽くなったことを感じた武器商人はオルフェウス・ギャンビットをかけなおした。武器商人へと迫る終焉獣へ向け、肉薄したバクルドの掌に磁力が凝縮され――一気に放出される。目の前にいた終焉獣たちはその力になすすべなく吹き飛んだ。
「……ッ」
両腕にひどく反動がかかる。そこにしか反動の行きようがないから。それでも終焉獣を蹴散らせたと思えば安いものだ。
(問題は、ヤツらとの戦いがどれだけ長引くか、だが)
周囲の状況を視覚で把握する。まだ終焉獣は多い。それにエメスの人形たちも伸しておかなければ。
後衛へと抜けようとした終焉獣が声なき声を上げて身をよじる。瑠璃はワイヤーを操りながら更なる攻撃を叩き込んだ。
「そちらへは行かせません。遺言は聞いてあげましょう――嗚呼、人の言葉は出せませんか」
生憎と、人の言葉を交わし得ないモノの遺言は伝えられない。伝える先があるのかも定かではないけれど。
ひきつけた敵へ汚れた泥を叩きつけながら、フラーゴラは視線を巡らせる。
(まだまだ数が多いね……)
魔種でさえも2体いるというのに、ゼロ・クールに取りついた寄生終焉獣のみならずエメスの人形たちもいる。本当は寄生終焉獣からゼロ・クールを引きはがし、その体を助けてあげたいとも思うが――そこまでの余裕はないだろう。
「人形とはいえ、捨てられたモンを使われてるだけの道具っス」
ある者はコアを移されたのかもしれないし、ある者はコア自体破壊されていたのかもしれない。総じて言えるのは『終焉獣たちに寄生される前から彼らは動いていなかった』ことだ。
だから、壊したとて何の情も浮かびやしない。そうでなければならない。そうでなければ――渾身の一撃さえも鈍ってしまうだろうから。
(別に流される情もねぇけど、鈍る前にさっさとぶっ壊した方がいいな)
一瞬で接近し、力強く蹴り飛ばす。ゼロ・クールの体がぼろりと崩れる姿を確認するまでもなく飛び退った葵は、次の標的へ向けてサッカーボールを蹴った。
「一度終わりを迎えた者は静かに眠らせてやるべきだぜ」
太刀による研ぎ澄まされた連撃と、ガンブレードによる剛撃が葵の倒したゼロ・クールと別のそれを切り刻む。クロバがゆらりと振り返り、刀身が紅に煌めいた。
怒り。その感情の元は、ゼロ・クールに対する死の冒涜。
「――非常に腹が立ってるんだ、一切の情けは期待するなよ終焉獣」
ぐらりと崩れおちそうになり、それでも踏ん張ったゼロ・クールに帳が肉薄する。
(人の形をしたもの……モンスターなんだってわかっているけど)
それでも、実際に攻撃を向けるのは少し心の中がモヤモヤする。まるで人を相手にしているみたいだから。人を――殺しているみたいで。
けれど目の前にあるのは壊れた人形で、悪いのはそれを操っているモンスター。帳はそう強く念じて紫色の魔法を発動する。
「これは助ける為だからさ、ごめんね」
――情に流されては救えない。だから、これは必要なことなのだ。
時に周囲のゼロ・クールへ乗り移られながらも、少しずつゼロ・クールに寄生した終焉獣の数を減らしていく。頃合いかとバクルドは視線を移した。
「待たせたな、ツギハギ野郎」
ブルーフェイク。バクルドがエメス人形の動きを束の間止める。硬くとも速くとも、それさえなくせばヒトの肉で作られたただの木偶でしかない。
一方、その人形の持ち主は変わらず鏡禍と交戦を続けていた。人形の攻撃をかいくぐりながら、鏡禍が反撃の一撃を重く繰り出す。人形がかばってくるのであれば破壊してしまえばいい。
「キミは随分タフなんですね」
「ええ。そう簡単に死ねません」
そうあるように鍛えたのだ。護りたいものも、幸せにしたいものもあるから。
「大事な存在にまだ沢山会いたいですから」
「……キミにも大事な存在がいるんですね」
ええ、と頷く。そして畳みかけるように口を開いた。
「早く会いたいとは思わないんですか?」
「思っていますよ。早くグリム君に会いたいです」
グリム。それは彼の手を取った元イレギュラーズの名前だ。きっとこの世界ではなく、混沌で待っているのだろう。
「けれど、彼女1人にすべてを任せるのはあまりにも酷でしょう?」
エメスの視線がホワイトへ向けられた。彼女はエメスよりもより苛烈な攻撃で仲間を苦戦させているようだが――なにやら仲間意識はあるようだ。
そのホワイトはと言えば、イズマとやり合いながらもぽつぽつ対話を続けていた。
「貴女は……秘宝種、だろう?」
イズマの問いかけにホワイトはどうもそうらしい、というような曖昧な返事を返した。秘宝種だと教わる前に反転してしまったのか。
「ここには故郷や生みの親を探しに来たわけでは――」
「ありません。この世界は私がいた世界のようですが、記憶もない場所に愛着もわきませんから」
それに、と付け足してホワイトは自身の操る遺体をそっと抱きしめる。
「この人のいる場所が私の世界。それ以外のものに興味はありません」
「それなら、何故ここに」
奇跡の力で回避不能と思われたシルクの連撃を切り抜けて、シルクがその残像を切り刻む間に自身を回復させる。
パンドラの力を目の当たりにしたホワイトはぱちぱちと数度瞬きをして、それから先ほど以上に数のあるシルクの束をねじり上げた。まるで、ハンマーのように。
「――貴方たちでも敵わないような絶望を、混沌へ齎すために」
「……それは猶更引けなくなったな。貴女の事情がなんであれ、俺は世界を滅びから救い出したい」
お互いが障壁であるならば、ぶつかるしかないだろう。望みはしないが、仕方がない。
「デイムさんを連れてこなくて本当に良かったです」
ゼロ・クールの体から出てこようとしたスライム上のそれに刃を突き立て、瑠璃は絶命を見届ける。
これは壊れたゼロ・クールの体だが、エメスの人形にですら寄生しているのだ。今も動くゼロ・クールの――つまり、デイムの体を乗っ取り操ることもまた、造作もないことだろう。万が一にもそうなったとき、この戦場でデイムを無事に取り戻すことができるとは限らない。
「デイム殿には、早く無事な姿を見せてあげないとね」
きっとアトリエで待っているはずだ、とヴェルグリーズは刀を翻す。まだ敵は残っている。デイムが安心して作業ができるように全て掃討しなければ。
「押されてきたね」
苦境に立たされているはずだが、武器商人の表情は随分と余裕げだ。苦境に立てば立つほど強くなる武器商人からすれば、ある意味この状況は願ったりかなったりなのだろう。とはいえ――そんな武器商人の"例外"を突く場合はそうとも限らないが。
(ブレイクも必殺も持っているなんてね)
実際に必殺で倒された仲間がいるわけではないが、あのヒヤッとさせる感覚に間違いはないだろう。倒れない程度に回復をしてもらう必要がありそうだ。
「皆、気を引き締めて……!」
フラーゴラの号令。自身を中心に傷を癒し、前を向かせるための言の葉。何より自分が立ち続け、堅牢たる為の力。
(これぐらいへっちゃら……まだ、いける!)
半ば強がりが混ざっていることなどわかっているけれど、引くことはできない。できるわけがない。
「魔法が得意ってことは、接近戦は苦手っスか?」
寄生終焉獣へ肉薄した葵。近距離から力強くサッカーボールが蹴り上げられた。終焉獣が仲間とやり合っている間に、と祝音は視線をフラーゴラへ向ける。
「フラーゴラさんを、癒す……! みゃー!」
掛け声とともにフラーゴラの傷が薄くなっていく。彼女が倒れればその分武器商人に負担が行くだろうし、終焉獣たちがあちこちに散らばりかねない。ここは粘ってもらわねば。
●
「長期戦ですね……」
血意変換で先の戦いに備える瑠璃。仲間の回復を受けながらも魔種を見やる。こちらも多少範囲攻撃に巻き込んだが、まだまだ相手は余裕がありそうだ。とはいえ、かなり雑魚の数は減っただろう。
「敵を切り裂け、神滅の魔剣……みゃー!」
渾身の魔力が神滅の魔剣を創造する。それを携えた祝音がエメスへと接敵し、えいやと剣を振った。それを避けたエメスの眼前がふいに明るくなる。
花吹雪が舞う――否、炎乱が咲き乱れる。フラーゴラの手元から放たれたそれが墓場を照らす。光源に照らされながら、葵は手を頭上へと上げた。
「人形は全部壊させてもらうっスよ!」
葵の頭上へ生成された氷の杭が射出され、エメスの眼前へ立ちはだかった人形をかすめる。後方にいるエメスは何食わぬ顔というのが気に食わない。
(余裕も余裕、ってトコか)
上手くいくならそのまま討伐してしまいたいところだが、そのまえにこちらの体力気力が尽きるか。
「"作品"を壊される気分はどうだ? 良くないだろうなあ!」
クロバのガンブレードがエメスの人形を破壊していく。人形を貫いてエメスへ届かんばかりの苛烈な連撃に、しかしエメスは痛くもかゆくもなさそうな顔で――場違いなほどに穏やかな笑みを浮かべた。
「いいえ? これらは"失敗作"ですから」
「失敗作だと……?」
「そうですよ。今つくっている本物の"作品"に比べたら、これまでの全ては失敗作……いや、試作品と言ってもいいかもしれません」
だから、壊されたとて思うことはない。それどころか処分してくれて助かるよ――なんて。クロバの頭にカッと血がのぼる。
エメスの人形は斬れば肉が露出する。防腐措置の施された、ヒトの肉が。亡くなった誰かの、肉が。
「誰かの肉体を使っておいて、"失敗作"だと……!?」
「何にだって優劣がつくものでしょうに。キミも、僕も、キミの仲間だって」
個々の肉体、部品だってそうだっただけ。少なくともエメスにとってはそうなのだ。
「それにしても、かなり人形を持ち込んでいるんですね」
「ええ。大切に持ち続けるようなものではないので」
「僕は解体作業のお手伝いをしている、と言ったところですか」
にこり。肯定を示すようにエメスが微笑んだ。自身を回復しながら鏡禍は再び人形を砕く。鏡禍と入れ違いに前へ出たヴェルグリーズが得物を振るった。
「グリム殿はどこだ」
「今言ったら、僕が帰る前に行ってしまうかもしれないじゃないですか」
僕だって帰りたいのに、と言いながらエメスがヴェルグリーズの刀をかわす。代わりに間へ割り込んだ人形が勢いよくヴェルグリーズへ殴りかかった。
「もう少しもってくれ……!」
稔が魔種を押さえる仲間へ回復をかける。主要な攻撃はすでに魔種へと集まりつつある。あと少しもってくれさえすれば、勝ちがみえてくるはずだ。
「兄弟、そろそろいいだろう!?」
Kyrieがまた1体の終焉獣を潰す。嗚呼と応えれば、それはもう嬉々とした様子で彼は魔種たちの方へ飛び込んでいった。
飛び込んできたKyrieの攻撃を避けたエメス、その頬に朱が走る。しかし掠めただけか、とラフィング・ピリオドを放った瑠璃はワイヤーを操り、忍者刀を手元へ戻した。
(うーん、2人同時は巻き込め……ないか!)
エメスとホワイト、2人の余力を目視でなんとなく測っていた葵だが、押しの一発を放つには距離がある。ならば仲間内での作戦にそって撃退するしかなさそうだ。
バクルドの手にした精霊鉱石から打たれし刃が、最後の終焉獣を仕留める。彼は魔種たちへ視線を向けた。
「終焉獣はこれで打ち止めだ。まだやり足りんなら俺も加勢するが」
実のところそこまで余力はない。ここで帰るのであれば止めはしない――が。
「僕は帰りますよ。いい素材もなさそうですし」
「ご自由にどうぞ」
エメスに対して短く返したホワイトは無数のシルクを伸びあがらせる。そう簡単には下がってくれないか。
「それじゃあ、キミも早く大事な存在の元に帰ってあげてくださいね」
「ええ――彼女も退いたら、すぐにでも」
エメスの言葉に鏡禍が返す。視線はホワイトへと移っていた。帰ってくれるならそれに越したことはないが、そうでないのならば相対するしかない。
正直、逃がすことは口惜しいが――初めて姿を現した魔種もいる以上、博打のような攻勢には転じられない。
「ヴェルグリーズ。大丈夫さ、我(アタシ)達の護り刀。また機会は巡ってくるとも」
ああ、とヴェルグリーズが短く返して頷き、視線をホワイトへと向ける。
「ホワイト殿は残るのか」
だとしてもすべき事は変わらない。肉薄したヴェルグリーズは終焉を刻むように刀を振るう。
「そっちの……あー、ホワイトだったか。お前さんは帰らない理由でもあるのか?」
「貴方たちの足止め。この世界を消滅させるため、邪魔はさせられない」
仮にイレギュラーズたちが退くのであれば、ホワイトもまたこれ以上の交戦はしないのかもしれない。しかしイレギュラーズもまたこの世界を消滅させるわけにはいかないのだ。
「お前さん、秘宝種だったように見えるが」
「この世界の記憶なんてない。私には、Master――マスターだけが、全て」
シルクがバクルドの肌を裂く。ぴっと朱が散った。そうかい、とバクルドは肩を竦めて銃口を向ける。
「――White Dolly」
「ホワイト、と呼んで頂いて構いません」
そうか、と襲い来るシルクを切り捨てながらクロバの視線が向く。ホワイトのシルクでくるまれた、人間らしき姿――成人男性ほどの大きさだろうか。
「それは、なんだ?」
「Master。私が、生きている理由」
無機質な返答。けれど不思議にも重みを感じるのは、エメスの人形に対する答えがあまりにも軽いものだったからだろうか?
「皆、頑張って……!」
祝音の力が仲間たちの士気を上げる。後衛を狙ってくる敵は前衛の仲間がどうにかしてくれるから、祝音は全力で皆のバックアップをしなければ。
(魔種が2体いたって、負けない……負けられない!)
誰も倒れさせてなるものか、と祝音は回復に専念した。シルクによる無数の攻撃は苛烈なれど、祝音をはじめとした回復手に支えられながらイレギュラーズの攻防が続く。
「くっ……まだまだ負けないよ!」
肌を朱に濡らす帳の放つ魔光がシルクに遮られる。しかし軌道をそらした魔光は迷うことなくホワイトめがけて飛んで行った。ホワイトの元でパチンと強くはじけたその光に、ホワイトはたたらを踏んだ。そこへ縦横無尽に操る呪鎖がシルクを、ホワイトをがんじがらめにしようと伸びる。
「イレギュラーズは決して君達を許さない」
「許しなど求めていません。私に関係ないことですもの」
ギチ、と呪鎖がホワイトを締め付ける。ホワイトの体がきしむ。それでも彼女に表情というものは浮かばない。
「皆、もう少しっスよ!」
たかが一手、されど一手。葵の放つ、戦況を動かす一手。
彼自身もまた、氷の杭を生成しながら勝利のゴールインへ向かってサッカーボールを蹴る。
呪鎖を打ち破り、氷の杭をシルクで受け止め、へし折ったホワイトはサッカーボールを半身ずらして避ける。長い戦いに全くの無傷とはいかず、さりとてあと一撃で殺されてくれるほどヤワではない。
「これ自体はそこまで痛くないかも……でも、」
それだけじゃない。
フラーゴラの放った魔弾がホワイトの肌を裂く。直撃ではない――しかしホワイトは目を見開いて傷口を押さえた。積み重ねられたホワイトに対する悪意が膨れ上がって暴れだす。
「あと何発……いけるかな」
この戦いに決着がつくまでに。それは彼女があと何発耐えうるかという意味もあり、自身があと何発放つことができるかという意味も含んでいる。
「1発も撃つことはありませんよ」
なぜなら――今、倒されるから。
フラーゴラの眼前にシルクが広がった。他の色も、何も、見えない。全てが一色に染まって。
「さァ、当たるかな」
そこへ武器商人が蒼き槍の一射を放つ。シルクを裂くそれがホワイトのつま先から数ミリのところに刺さった。
「おっと。次は当てたいね」
残念、と軽い口調で呟く武器商人。当たれば魔種といえども無事では済まないだろうそれで、ダーツのようにホワイトを狙う。
「皆、僕のところに!」
あともう少し、力が残っていれば――そんなところへ帳が声を上げ、滄溟の寂光を周囲に展開する。
痛くて苦しくて、足元が冷たくすら感じられるけれど。それでも倒れなければ、最後に立っている一人が味方なら勝ちなのだ。
「チッ、本当に、魔種ってのは厄介だな……!」
いくら斬り伏せてもキリがない。クロバは力を開放し、より手数と威力で圧倒する。紅の刃が――ホワイトの真白な服を深く裂く。
しかし同時、クロバもまた服を朱に染めた。ジワジワと広がる。滴り落ちる。
遠くでヴェルグリーズが、呼んでいる声が、聞こえた。
倒れるクロバへ駆け寄りながら、ヴェルグリーズはホワイトの操る人型を見上げる。
あれを、あの人を、知っている。
(あの色んな遺体をつぎはぎしたような体……だが、あの、顔は……!)
「ブラック……」
呟いたヴェルグリーズ。その眼前まで迫っていたシルクがぴたりと止まる。身体の至る所をぼろぼろにしながらも、ホワイトはまっすぐにヴェルグリーズを凝視していた。
「マスターを、知っているのですか」
「彼はあの時死んだはずで……」
「死んでいません」
シルクがヴェルグリーズを打つ。受け身をとったヴェルグリーズは、自身の言葉が彼女の琴線に引っかかったことを、身をもって知った。
「死んでいません。死んでない、死んでないの……絶対に目を覚ましてくれるの!!」
「ホワイト殿……」
「マスターは、ブラックは、眠ってるだけ! だから私が目覚めさせないと……起きて、教えてもらわないと……!!」
ぶわりとシルクが膨らんで無差別にあたりを蹂躙する。ゼロ・クールたちの残骸が砕け、イレギュラーズたちが膝をつき、墓石にひびが入る。
――が、そこまでだった。まるで力尽きたかのようにシルクが消え失せ、ぺたんと座り込んだホワイトが中心に残される。
「止んだ……?」
そっと目を開けたヴェルグリーズの前で、ふらりとホワイトが立ち上がった。ブラックの遺体をシルクで包み、イレギュラーズを振り向く。
「……足止めは、十分でしょう……」
その声には明らかに覇気がなかった。同意を求めるように、シルクの塊を抱きしめる彼女は、遺体を抱えているのだという点を除けば弱弱しい少女にも見えた。
ただ、その少女にとどめを刺すには、こちらもまた余力を残していなかった。
「別に、遺体を抱える事を……俺は、咎めはしない」
よろりと立ち上がったイズマは、ホワイトの背中へ向かって言葉を放つ。
「彼の復活を望むなら、それは正しい形では成功しない、とだけ言っておく」
「……絶対に叶います。彼は長い眠りから覚めて、私を見てくれる」
その返答にイズマは目を細めた。失敗するかもしれないなんて、考えたくもないだろう。それだけ大事な存在なのだということをうかがわせた。
けれど身体を幾ら満たそうとも、魂がなければ人形ができるだけだ。失われた魂を取り戻す方法な沢山の人間が模索して、けれど未だに――きっとこれからも――存在し得ない。だから人は魂が抜けた状態を『死』と呼ぶ。
どこかへ帰るのならば止めはしなかった。止められない、も正解ではあるが、彼女もすぐに次の行動へは移せまい。
「……次は仕留めるっス」
「次があるのなら。だって、」
――世界の終末は変わらないのだから。
葵の言葉にホワイトは呟きを残し、踵を返す。次の瞬間、彼女のシルクが大きく膨れ上がって一同の前へ突風を起こし、思わず目をつぶった。
風がやみ、はっと葵が目を開けば――そこに白き魔種の姿はない。突風にあおられて、ゼロ・クールの山がざらざらと崩れ落ちていった。
「……逃げましたか」
「ああ、行ったな」
「終わって、良かった……」
あたりに敵影がなくなったことを確認し、瑠璃は得物をしまった。深追いすれば痛手を受けるのは此方だろう。バクルドもまた、魔種たちの気配がないことを確認して警戒を解く。ほう、と安堵のため息をついた祝音は、フラーゴラやTricky・Starsと手分けして皆を動けるまでに回復し始めた。
「……彼女の動かしていた遺体は、俺の持ち主だった」
もう死んでしまったはずなんだけれど、と何とも言えない表情を浮かべたヴェルグリーズはホワイトの消えた先を見る。
(彼女は、彼をどうしようと言うんだ……?)
目覚めさせると言っていた。死人がよみがえるはずもないのに。
教えてもらうのだと言っていた。いったい何を。
ともあれ、すでに彼女は魔種だ。これ以上被害を、罪を広げさせるわけにはいかない。
次こそは自らの手で、終わらせなければ。
「縁が多いね、ヴェルグリーズは」
エメス・パペトア、ひいてはグリムだけではなく、白き魔種ホワイトとも縁があったとは。
武器商人の言葉にヴェルグリーズは困ったように小さく微笑んで見せた。縁が多いのは、きっと自身が沢山の人物の手元を経由してきたから――そういう性質を持っていたから、なのかもしれない。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
またいつか、再戦を。
GMコメント
愁です。
魔種を討伐する場合、2体同時に討伐することはかなり難易度が高くなります。ご注意を。
●成功条件
エメスの討伐、あるいは撃退
ホワイトの討伐、あるいは撃退
終焉獣たちの討伐
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●フィールド
ゼロ・クールたちの墓場である『ゼロ・グレイグヤード』。
何らかの事情により廃棄されたゼロ・クールたちが乱雑に放置されたり、人間のように墓を建てられたりしています。
あまり足元は良くなさそうです。が、廃棄された人形なので踏みつけたりしても誰も怒りません。
●エネミー
・エメス・パペトア
強欲の魔種。イレギュラーズの一員であったグリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)を魔種へと引き込んだその人。グリムはお留守番をしているようですが、あまり離れていたくないようです。帰ると約束したから、早く帰ってあげないと。
元オールドワンの魔種で、性別不明の人形師です。世界で一番綺麗な人形を作る為、色々な人の身体や遺体から素材を剥ぎ取り、パーツを組み合わせて作品を作っています。プーレルジールではいい素材が無いかを探しにきたようですが、併せて兵隊の素材を得るためにゼロ・グレイグヤードを訪れています。
作品はエメスに言わせればどれも『試作品』や『失敗作』で、今は『最高傑作』を作るための素材探しにいそしみながら、それを守るための『兵隊』を作っているようです。
今回も数体の人形たちを連れている他、周囲の放棄されたゼロ・クールを即席で操って戦うことができるようです。盾にも矛にもなります。
・White Dolly
色欲の魔種。個体識別名称をホワイトと名乗る、元秘宝種です。あるタイミング以前の記憶は存在しません。混沌にてMasterと認めた彼を起こすために、彼の目覚めを満たすパーツを求めて訪れています。
と、同時に。世界の敵であったと云う彼と同じ側であるために、プーレルジールと混沌をつなぐ扉を開ける後押しをしに来ています。皆さんのことも積極的に足止めしにかかるでしょう。
シルクのリボンを自由自在に操る他、シルクのリボンで包んだ男性らしき遺体を操って戦ってきます。手数が非常に優れているとみて良いでしょう。
・寄生終焉獣×15
スライムのような形をしたモンスターです。人の形をしたものに取りつく習性があり、周囲の放棄されているゼロ・クールたちへ取りついている終焉獣が居ます。
寄生する対象を乗り換えたり、寄生終焉獣同士でくっついたりすることができます。
接敵時点でのエネミーデータは以下の通りです。
・近接型ゼロ・クール寄生×3
廃棄前は近接攻撃系統の戦士として利用されていたゼロ・クールの身体です。
非常に腕力・脚力があり、重たいものを持ってぶん回す、投擲する等の攻撃が可能です。
半面、素早さには欠けるところがあるようです。また、片腕を喪失しています。
・魔法型ゼロ・クール寄生×4
廃棄前は魔法近接攻撃系統の戦士として利用されていたゼロ・クールの身体です。
物理・神秘どちらにも優れていましたが、極端な神秘型に寄った戦い方をします。廃棄された理由はそのあたりにあるかもしれません。とはいえ、物理攻撃もできなくはないようです。
火力特化の神秘攻撃であたりを蹂躙する他、ゼロ・グレイグヤードに落ちている刃物などを扱い、炎や雷等の属性を付与した得物で戦ってきます。これらの攻撃によりBSがかかる可能性があります。
・エメス人形寄生×2
エメス・パペトアの持ち込んだ人形のうち、2体に終焉獣が寄生しているようです。
継ぎ接ぎだらけの身体ですが、それらの作りは存外しっかりしています。
このため、激しい動きをしても簡単には壊れることなく、頑丈さ、俊敏さに長けているようです。
・未寄生終焉獣×5
まだ廃棄されたゼロ・クールに取りついていない終焉獣たちです。現時点では特化・弱点は見当たりません。
スライムのような体を自在に操り、はたく、叩きつける等の攻撃が可能です。
また、これから廃棄ゼロ・クールへ取りつく可能性があります。
●NPC
・D-81ム
通称デイム。ゼロ・クールの内の1体。今回イレギュラーズたちへゼロ・グレイグヤード内の対処を依頼しました。
普段は廃棄されたゼロ・クールを解体し、利用可能なパーツを回収する『解体屋』として、ゼロ・グレイグヤードで作業しています。
小柄な少年の姿をしており、回収したパーツの入っている肩掛けカバンを大切そうにしています。
最低限の自衛手段を持っていますが、戦場へ連れていくことは非推奨です。
・Kyrie(カイリ)
ウォーカーの男性。年齢不詳ですが、外見は青年と言って差し支えないでしょう。
天義のはずれにある教会で孤児たちの面倒を見ていましたが、気づくとプーレルジールにいたそうです。とはいえ、彼の育てた子供たちは(精神面、もしくは肉体面で)屈強なので、子供たちのことはあまり気にしていないようです。
役目を終えたゼロ・クールたちが終焉獣たちによって使われているという状態が気に食わないようで、味方としてともに戦ってくれます。戦闘力はそれなりで、終焉獣たちに対してであれば、放っておいても死にはしません。
●サハイェル城攻略度
フィールドが『サハイェル城』のシナリオにおいては城内の攻略度が全体成功度に寄与します。
シナリオが『成功』時にこの攻略度が上昇し、全体勝利となり、プーレルジールにおける『滅びのアーク』が減少します。
●魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
また、原罪の呼び声が発生する可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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