シナリオ詳細
<伝承の旅路>月夜の輝石
オープニング
●
それは昏き夜に降り注ぐ月明かりのようであった。
燃えたぎる太陽のように鮮烈ではない、暗闇の中でそっと照らしてくれる優しい明かり。
「ニル……」
その名を口にするだけで愛おしさがこみ上げる。
同時に寂しさと切望する思いが広がった。
草臥れた本を開き、其処に描かれているゼロ・クールへと指を這わせる。
古代アガルティア帝国の心を持つゼロ・クール『ニル・リリア』を手に入れたい。
『暗黒卿』オルキット・ブライトレスは切なげに本を撫でた。
もう、本物に会うことは叶わないのかもしれない。
けれど、この前見かけたゼロ・クールはニル・リリアそのものだった。
「あれを手に入れられれば……」
いつしか、オルキットの願いは『現存するニル』を手に入れる事へと変わる。
ニル・リリアを蘇らせると追い求めた分だけ、執着へと転じたのだ。
オルキットの歪んだ願望はジュエリアたちの侵食を強めることとなる。
――――
――
「オルキット……君も苦しんでいるのか」
月明かりの廃墟で暗闇の空を見上げたのは『麗輝帝』プルトリア・ジュエリアルだった。
黄金の尊角を持ちラピスラズリとクリスタルを抱く彼女は、全てのジュエリアが神様と崇める女帝である。月を見上げるその横顔は陶器のように白く美しい。
されど、その足下から伸びる黒い鎖が彼女をこの場に縛り付けていた。
ここは『夜の迷宮』と呼ばれ、ジュエリア達が囚われている場所だ。
幾人ものジュエリアが黒い水晶になってしまうことを恐れて震えていた。
夜が支配するこの迷宮ではオルキットの心が侵食に影響する。
自分達を守る為ジュエリアの核である『命響石』を半分にしてしまったオルキットをプルトリアは糾弾することは出来なかった。
何故ならプルトリアは全てのジュエリアの神であった。
ダリアもソレイユも他のジュエリアも、オルキットでさえ愛すべき子供たちであるのだ。
「私が動くことができればいいのだが……」
プルトリアの足下には幾本もの鎖が伸びている。その鎖をプルトリアは悲しげに撫でた。
鎖の先は廃墟の床へと消えていた。
この鎖はプルトリアとジュエリアたちを繋ぐ糸のようなものだった。
プルトリアはこの鎖を伝いジュエリアたちの侵食を吸い上げていたのだ。
黒い水晶にならぬようにと。
彼女の服の中はそうして吸い上げた黒い水晶に染まっていた。
「何か手立ては……」
プルトリアが眉を寄せ考えあぐねている最中、ソレイユとダリアの黒い水晶が続けて解き放たれたのを、枝葉の先に感じた。
「ソレイユ、ダリア? まさか……!?」
黒い水晶と共に弾けて死んでしまったのかとプルトリアは立ち上がる。
けれど、そうではない。
ソレイユとダリアの気配は健在で、以前より輝きを帯びているように感じた。
隠れ里にいる子供達の輝きも増しているような気がする。
「一体何が?」
夜の迷宮に閉じ込められてからは、外の様子を感知できない。
「しかし、ソレイユ達が落ち込んでいる気配はない……これは希望に満ちた眩い輝き? 誰かが私達の窮地を救わんとしているのか?」
昏く澱んでいたプルトリアの心にも希望の光が灯る。
もし、救世主が現れたとしたら――
そんな期待がプルトリアから、囚われたジュエリア達にも波及した。
「……誰かくるの?」
廃墟のリビングでムーンストーンのジュエリアが呟く。
怖いと涙を零すアメジストの声がキッチンに反響した。
バスルームや廊下階段、至る所でジュエリア達が揺らめく。
皆足には黒い鎖が嵌められていた。
「助かるなんて……無理よ。こんなにも黒い水晶になってしまったのに」
手を月明かりにかざせば、黒い水晶に光が反射して落ちて来た。
啜り泣く声が廃墟の中に木霊した。
●
不思議な門を潜れば、一瞬にして辺りが真っ暗になった。
「ここが『夜の迷宮』なの? ラーラ」
精霊都市レビ=ウムのジュエリアの隠れ里から北へ進路を取り、辿り着いた場所は夜の世界。
ジェック・アーロン(p3p004755)は『レビ=ウムの精霊』ラーラ・ルタ・カンデラへと振り返る。
「はい。ここが黒曜館へ続く道となる夜の迷宮です」
ラーラはジェックへと魔法の灯火が入ったランプを握らせた。
「夜の世界ですので、明かりが無ければこのランプを持っていてください」
「うん、分かったよ。それで、この廃墟の中でジュエリアを探せばいいんだよね?」
ラーラはジェックの問いにこくりと頷く。
「はい。此処にはジュエリアたちが囚われています。彼女たちは黒い鎖に繋がれ、もう助からないと悲しんでいるようです」
もう助からないと絶望してしまったということなのだろう。
この世界の住人はイレギュラーズが助けてくれるなんて欠片も思っていない。
そんな奇跡はこのプーレルジールには存在しないからだ。
一度掴まって仕舞えば終わりだと、嘆いているのだろう。
「だったら、助けてやらねばな」
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)はジュエリアの子供達から託された言葉を思い出す。
『――お姉ちゃんたちを助けて!』
自分達を助けてくれたエクスマリア達ならば、囚われたジュエリアを救えると思ったのだろう。
「期待に応えてやらねーとな」
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)の声に『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)と『Vanity』ラビ(p3n000027)が「そうね!」と拳を握った。
「で、でも……何か出そうな感じよね。幽霊とか」
ぷるぷると身を震わせるのはジルーシャ・グレイ(p3p002246)だ。
「廃墟といっても、魔法のようだから居るのはジュエリアだけじゃないかしら?」
冷静に分析する長月・イナリ(p3p008096)の声にジルーシャはほっと胸を撫で下ろす。
「調べ甲斐が在りそうね……」
イナリは真剣な表情で廃墟を見上げた。魔法にしろ何にせよ情報というものは力となる。
「黒い水晶を撒いている輩の手がかりはあるのかね?」
恋屍・愛無(p3p007296)はラーラへと問いかける。
「光の届かない場所……地下室はオルキットの幻影が現れる可能性があります。気を付けてください」
なるほど、と頷いた愛無は廃墟へと一歩踏み出した。
その背を追いかけるニル(p3p009185)は、嫌な胸騒ぎに唇を引き結ぶ。
- <伝承の旅路>月夜の輝石完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年11月02日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談5日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
昏き夜の帳が広がる迷宮は寂しげで、何処かから啜り泣く声が聞こえてくる。
廃墟の洋館は所々崩れていて、冷たい月の明かりが差し込んでいた。
『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は夜空の月を見上げ、足下から上がってくる怖気に身を震わせる。
夜の迷宮に居るだけで背筋が凍ってしまう気がするのだ。此処には夜の王と呼ばれる存在は居ないだろうけれど、それでもジュエリアや黒い鎖、オルキットが気になってしまう。
「しっかり調べよう……」
本体である鎌をぎゅっと握ったサイズは視線を廃墟の玄関へと向ける。
「おばけがいないなら怖いものなしよ!」
『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は廃墟を見つめ胸を張った。
この廃墟は魔法で出来ているらしいと『狐です』長月・イナリ(p3p008096)の分析で分かっている。
情報を持っている仲間が居るのは何と頼もしいことか。
「ジュエリアたちも早く安心させてあげなくっちゃ」
「ええそうね。『助かるなんて……無理よ……』だが、今は違う!(キリッ)とか言ってやりたいわね」
イナリの見せた茶目っ気にジルーシャは背を押されたように感じた。
「とりあえず彼女らを助けつつ、この迷宮を探索しましょうか」
初めての場所、それも魔法的な仕掛けがされた迷宮を探索するのだ。イナリの心は弾んでいた。
「ニルはなんだかぞわぞわします……」
背筋に走る怖気に『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は身体を震わせる。
足裏から太ももを伝って這い上がる寒気が単純に怖いのだ。
けれど少しでも早くジュエリアを助けてやりたい。そんな強い想いで拳を握るニル。
「手分けして探すのです!」
「囚われたジュエリアを救い出し、オルキットの居所への道を、拓く。オーダーは、承った」
イナリ達の隣へ立った『金の軌跡』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は、ゆっくりと廃墟の周りを見渡す。この廃墟以外にはめぼしい物はない。魔物の気配も今のところ無いようだった。
無為に魔物によってジュエリアが食い荒らされるような事は起ってないらしい。
エクスマリアはゆっくりと廃墟の玄関扉を押した。
ギィギィと蝶番が軋む音と共に、木製のドアが少しずつ開く。
顔を覗かせたジルーシャはその音が廃墟に響くのに耳を澄ませた。その瞳にはジュエリアの位置が淡い色となって映し出される。
「このすぐ隣の部屋にひとり、その奥の部屋にもひとり、あとは階段にも居るかしらね。でも、魔法で遮られてるのかしら黒い靄が掛かってこれ以上見えないわ」
魔法で作り出された夜の迷宮ではジルーシャの天の瞳で見える範囲に干渉があるのだろう。
「なら、実際に探索するしかないわね」
イナリはその場に小動物を使役する術式を展開する。指先で宙に円を描けば、その軌跡が光を帯びた。
それを六度繰り返し、現れた小動物たち。
イナリの足下には三匹の鼠、それに加え頭上には三匹の小鳥が飛んでいる。
「おお、ファミリアーってそんなに呼べるのか」
驚いた声を出したのは『不屈の太陽』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)だ。
「本当! すごいわイナリさん!」
ジェラルドの隣で『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)がファミリアーたちに目を輝かせる。
「これでいっぱい探せるね」
「ああ。もう助からない……とか。まだ俺達は諦めやしないぜ……待っててくれよな!」
ジェラルドはイナリのファミリアーたちが廃墟の奥へ消えていくのを見つめ頷いた。
「そうだ。リトにも探索を協力してもらいたいんだが」
アルエットの影から出て来た黒猫にジェラルドは視線を落す。
「精霊は精霊でも性質は違うんだろうが手は多い方が良いだろ? それに……アンタもアルエットの事が心配だろうし、傍に居た方がアンタも安心するかと思ってよ。どうかね?」
ジェラルドはリトに視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「目の前で悲しんでるヤツがいたら助けたいだろ? アルエットだって同じだからここにいるんだろうさ。なら俺はその手伝いってヤツを全力でやってやるだけさ。俺ァ理屈で動くのはどうも苦手だからよ。アンタの冷静さは助かりもんだ」
「うん。大丈夫だよ。僕も探すよ。人手が多い方がいいでしょ」
ジェラルドが頭を撫でるのを押し返しながら、リトは「わかったから」とむずがった。
「光無き夜を歩むのは、本人が眩い程に難しいだろうな。光も闇もともにヒトの目を晦ますものだが……」
玄関の扉の前で『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は立ち尽くす。
廃墟の中は深い暗闇に覆われていたからだ。
「ジュエリアが希望(光)を求めるならば、とりあえず物理的な光として後光を灯そう。故郷においてランプをくわえ、迷える旅人の足元を照らす夜告鳥のように……が、それとは別に」
くるりと振り返ったアーマデルは『レビ=ウムの精霊』ラーラ・ルタ・カンデラを見つめる。
「ラーラ殿のランプも借りられるだろうか。見慣れた灯りの方が安心する場合もあるだろうし。ランプなら床に置けば動かぬ光源とすることもできる」
「はい……あなたの隣に揺れる灯火が優しいものでありますように」
ラーラの掌の上に現れたランプにアーマデルは目を瞠る。柔らかな明かりに心が温かくなった。
「……すまない、俺の光は時にカラフルが過ぎるんだ。断じていつもではないぞ」
くすりと微笑んだラーラにアーマデルは目を細める。
苦悩を知らぬ者など存在しないと『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)はラーラから聞いた話を思い返していた。大小の差はあれど生きている者は全て苦しみの中にある。
「まぁ、僕はそれほど優しくない。他者を理解しようとも思えない。元凶は元から断つ。それが最も後腐れの無い手段だ」
愛無は大切なものと、そうでないものの区別がはっきりとしている。
機械的とは少し違う『思考する存在』の根源的な選択に起因するものである。
ともあれ此処に来たからには目的を果たさねばならないだろう。黒曜館までの道を探しジュエリアを救出することは優先されるのだ。
「黒曜館までの道のりに何らかの魔法が影響しているなら」
愛無は廃墟の奥の暗闇に目を凝らす。やはり闇の気配が濃いのは地下なのだろう。
「ふむ……地下に行く人は気を付けたまえ。何か怪しい気がする」
愛無の言葉にニルとサイズは気を引き締める。
「他人の命を糧に叶えたい願い……ね」
紅い瞳を揺らすのは『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)だ。
その手にはラーラから借りたランプの明かりが仄かに灯る。
「それそのものを否定するわけじゃないけどさ。後悔することはしない方が良いんじゃないかな、なんて」
ジェックはそんな風にラーラへと振り向いた。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい。気を付けて。私はここで帰りを待ってますからね」
誰かが待って居てくれるというのは、夜の迷宮において心の支えになるものだ。
ラーラに手を振ってジェック達は廃墟の中へ一歩踏み出した。
●
玄関ホールを抜けてすぐ傍の扉を開けたエクスマリアは、そこが広いリビングルームだと認識する。
リビングルームは窓側が崩れており、月明かりが差し込んでいた。
エクスマリアはラーラから借りたランプを手にリビングをゆっくりと歩く。
近づいて来た明かりにソファの影で何かが音を立てた。
慌てた様子でエクスマリアから逃げるようにソファの影から別のソファへ転がる少女が見える。
「来ないで……っ」
エクスマリアがそっとソファの影を覗き込めば、ムーンストーンを胸に抱くジュエリアが居た。
その顔は絶望に見開かれ、目から涙がぼろぼろと零れ落ちる。
「私は、もう黒い水晶になりたくない。嫌だよ」
首を左右に振りながら涙を流すジュエリアの背後に黒い靄が這い出した。
エクスマリアは黒い靄がブライトレスへと変幻する瞬間を狙って蒼き瞳で魔力を叩き込む。
一瞬にして霧散したブライトレスをジュエリアは見る暇も無く、何が起ったのかと目を白黒させた。
「……?」
けれど、目の前に立ったエクスマリアはゆっくりと近づいて来る。
その手には見覚えのある明かりが灯されていた。レビ=ウムの精霊ラーラの灯りだ。
どういうことだとジュエリアは身構える。
「エクスマリア=カリブルヌス、と云う。お前の名前、は?」
「シルフィ・プリズム」
手を差し出したエクスマリアにシルフィは身を縮こませた。見かねたエクスマリアはランプを傍に置いてシルフィをそっと抱きしめる。
「ぁ……や、だ」
「怖がらなくて、いい。マリアは、お前達を助けに、来た。レビ=ウムの幼いジュエリア達や、ラーラに頼まれて、な」
ラーラに頼まれたという言葉を聞いてシルフィはエクスマリアの瞳を初めて見た。
蒼く透き通る綺麗な瞳。彼女はきっと怖い人ではないと伝わってくる。
オルキットに裏切られた絶望が、エクスマリアの温もりで解けていくようだった。
「ソレイユに、ダリアも一緒、だ。黒い水晶も、治せる。家に帰れる、ぞ」
「本当に?」
「ああ。本当だ。だから、此処から出よう」
エクスマリアの力強い言葉に、シルフィはこくりと頷く。
この温かさは嘘じゃない。きっと本当に信じられるとエクスマリアに抱きついた。
シルフィの心にエクスマリアの温かさが流れ込み黒い鎖がパリンと弾ける。
――――
――
暗がりのキッチンへ足を踏み入れたジェラルドは注意深く歩みを進めていた。
何が飛び出すか分からないのは緊張感が勝るものだ。
「……!」
息を飲む声が聞こえた方向へ振り返れば、キッチンの片隅にアメジストのジュエリアが見える。
「あ、おい! 待て!」
ジェラルドの言葉に一層怖がってしまったジュエリアはキッチンの中を動き回った。
「怖がらなくたっていい……って言ってもこの顔じゃ説得力ねぇか」
ジュエリアの恐怖に呼応してブライトレスが現れたのをジェラルドは睨み付ける。
「んじゃ……このブライトレスを倒したら話を聞いてくれるかい?」
ジュエリアを背に隠し、ブライトレスへ剣を向けるジェラルド。
一気に距離を詰めブライトレスを一刀両断して見せた青年の姿はジュエリアにとってヒーローのように映っただろう。黒い粒子を散らし消えていくブライトレスを見つめたジュエリアはほっと胸を撫で下ろした。
「ラーラがこの迷宮に案内してくれたんだ。
怖かったな、悲しかったな……でももう諦めなくてもいいんだぜ?」
ジェラルドの言葉にジュエリアは怯えながらも耳を傾ける。
「俺達はアンタらを助けてくてここに来たんだからさ。アンタの大切な仲間だって俺の仲間達が助けに行ってるはずさ。だから安心して欲しい……アンタ達はもう助かるんだ」
「助かる? 本当に?」
ジェラルドの伸ばした手を取ったジュエリアは縋るような瞳を向ける。
「せっかくジュエリアって綺麗な存在として生まれてんだ、涙なんか似合わないぜ? な!」
ハンカチでジュエリアの涙を拭ったジェラルドは太陽のような笑顔で笑って見せた。
ふわりと黒い鎖が解けるのを見届けたジェラルドはアメジストの少女をキッチンから連れ出す。
「アンタはなんて呼べばいい? ソレイユやダリアにも名前があったんだし、アンタにも名前があるんじゃないのかい?」
「ローリス・ララミアよ」
ジェラルドはローリスを連れて玄関ホールへと戻って来る。
其処へ合流したのはシルフィを連れたエクスマリアだ。
手を繋いで歩いている様子はまるで姉妹のようだった。
「アルエット、ラビ! アンタらんとこはどうだった?」
ジェラルドは別の部屋を探していたアルエット達に声を掛ける。
「こっちには居なかったわ。ジェラルドさんとエクスマリアさんは無事に見つけたのね」
「怪しい部屋はいくつかあったが、他のヤツらも無事だといいんだがね……やっぱ縮こまってるヤツを放ってはおけねぇよな」
「そうね。他の場所も探しましょ!」
●
月明かりが落ちるバスルームへ『特異運命座標』金熊 両儀(p3p009992)は足を踏み入れた。
金足の白いバスタブの中にはアクアマリンのジュエリアがぼうっと浸かっている。
「おまんがジュエリアか! 儂らが助けに来たぜよ!」
両儀はバスタブの隣へ腰を下ろした。
「と言うものの……儂ぁ、切った張ったしか出来ん鬼じゃ。助けようにも人となりを知らんばどうしたらえいかわからん。じゃから、先ずはおまんの話を聞かせてくれい! 好きなもんとかしたい事とか! 未来の話をするぜよ!」
ジュエリアは突然現れた両儀に困惑した様子で視線を向ける。
そんなジュエリアにお構いなしに酒を取りだした両儀はその場で飲み始めた。
「おう、酒は飲むんか?」
「……まだ、飲めない」
ということはまだ成人はしてない少女なのだろう。
けれど、返答が返ってきたことに両儀は気を良くする。
「そんで何で、其処に浸かったままなんじゃ? 外に出たいとは思わんのか?」
「……もう、こんな黒くなって……、無理だもん。もう戻らない」
悲しげに手をバスタブの中から上げたジュエリア。身体の殆どを黒い水晶が覆っていた。
「じゃあ。死にたいんか、助からん死にたい言うなら、首絞めて介錯したるぞ?」
両儀はバスタブの縁に腰掛けジュエリアの首を掴む。
「……や、ぁ」
強くなる両儀の力にジュエリアは苦しげに喘いだ。
ぼうと呆けるだけだった少女の瞳はこの時初めて両儀を見た。其処には苛立ちと憤りが滲む。
黒い水晶の手が両儀の腕に爪を立てた。
「はっ、生きたいんじゃろ? 死にたいやつはこんな抵抗せんもんな。ほんなら、ちゃんと生きたい言え。ぼうっと諦めとったら何も進まんじゃろ」
「……でも」
ぐずるジュエリアを両儀はバスタブから掴み上げた。
「なっ、え……ちょっと降ろして」
「こんな辛気くさい所おるからあかんねや、つれだしちゃるわ」
小さくて軽い身体を両儀は肩に担いでバスルームを出る。
――――
――
玄関ホールから二階へと続く階段を見上げたジルーシャは、その中腹に蹲るペリドットのジュエリアを見つけた。暗闇を照らすのは以前店で見つけた素敵なランプだ。
その揺らめく灯りと共に上がって来たジルーシャへジュエリアは視線を上げる。
「ハァイ、初めまして。……ね、隣へ行ってもいいかしら?」
「初めまして。お隣どうぞ……あ、その辺は崩れそうだから気を付けて」
ゆっくりとその場に座ったジュエリアの隣へジルーシャも腰掛けた。
「あら、ありがと。気を付けるわ」
隣に座ったジルーシャに首を傾げるジュエリア。興味はあるようだ。
胸元には美しいペリドットの宝石が輝いている。
この少女をいきなり連れ出すようなことは出来ないとジルーシャは考えていた。
まずは、ジュエリアが抱えている絶望を少しずつでも取り除いてやらねばならない。
それを生業としているジルーシャは、どれだけ時間がかかっても、傷ついた心に向き合って受け止めるのが役目なのだとジュエリアへ優しい瞳を向けた。
「……どうして、助からないって思うの?」
「え? だって、こんなに真っ黒になってしまったんだよ」
きょとんと首を傾げるジュエリアをジルーシャは真っ直ぐに見つめる。
「知ってる? ペリドットは太陽の石、とも呼ばれるのよ。宝石言葉は、夫婦の愛、幸福。
それから――希望。さっき、階段でアンタが声を掛けてくれて……勇気が出たのよ、アタシ」
ジルーシャの言葉にジュエリアは目を見開く。
そんな風に言われると思ってなかったからだ。
「アタシはアンタを助けたい。明るい場所で、太陽の下で、アンタの笑顔を見てみたいわ。だって、暗闇の中でも、アンタはこんなに素敵な輝きを持っているんだもの♪」
「助かるの? 私、此処から出られるの?」
ジュエリアの瞳に輝きが宿る。ジルーシャは「ええ」と微笑んだ。
「だから――一緒に行きましょ。アタシたちに、アンタの希望を守らせて頂戴な」
差し出した手をジュエリアはぎゅっと掴む。
「ふふ……良い子!」
ジルーシャは素直なペリドットのジュエリアを思いっきり抱きしめた。
●
二階に上がったイナリは各所に放ったファミリアーから情報を取得していた。
リビングに向かったエクスマリアもキッチンのジェラルドも無事にジュエリアを解放したらしい。
階段を振り向けばジルーシャがペリドットのジュエリアと話し込んでいるようだった。
「一階はもう大丈夫そうね。なら二階へ戻ってきなさい」
ファミリアーたちを呼び寄せたイナリは長い廊下へと足を踏み入れる。
そこは魔法で空間が歪められているようだった。イナリは慎重に廊下を歩く。
先行させているファミリアーが後ろから現れ、イナリは眉を寄せた。
「何処かでループしているのかしら? 興味深いわね」
廊下は魔法で歪められ一続きになっているようだとイナリは分析する。
イナリは目を凝らし廊下の途切れ目がないか注意深く観察した。
ふと、廊下の奥から足下へ駆け込んで来た何者かを視覚へ捉える。
「うわぁ!?」
大声を上げたのはガーネットのジュエリアだった。
イナリを見つけた途端、元来た道を逆走しだすジュエリア。
瞬時に完全な狐の姿へと変幻したイナリはすばしっこいジュエリアを追いかける。
「あ、あれ? 人じゃない? 狐さん? さっきの人どこいったの?」
くるりと振り返ったジュエリアは忽然と消えたイナリに首を傾げた。
その瞬間、目の前に現れた狐にジュエリアは驚いて「わあああ!?」と悲鳴を上げる。
身体の上にのしかかる狐に身動きが取れずジュエリアは手足をバタバタとさせた。
「なに? 何なの!?」
その手は黒い水晶に染まり、ソレイユ達と同じ症状だとイナリは判断する。
人の姿へと戻ったイナリはジュエリアが逃げないように腕の中へと抱きしめた。
「落ち着いて。大丈夫。攻撃しにきたわけじゃないわ」
狐だったり人間だったりするイナリにジュエリアは興味津々なようで、比較的大人しく腕の中に収まっていた。話しが出来ると判断したイナリは彼女に言葉を投げかける。
「確かに今までは黒い水晶にされた場合は絶望しかなかっただ、だが、今は違う! 隠れ里では複数のジュエリアが治療、元気一杯なのよ!」
懐からダリアとソレイユの写真を取り出したイナリは、それをジュエリアへ渡す。
「わ、わ? ダリアちゃんとソレイユちゃん? 元に戻ってる? すごい! あなたたちが治してくれたの? だったら、私のこれも治せる?」
ジュエリアの問いにイナリは「もちろんよ」と答える。
「やったー! ありがとう、お姉ちゃん!」
イナリへと抱きついたジュエリアは満面の笑みであった。
――――
――
アーマデルは見慣れた殺風景な部屋の中をゆっくりと歩く。
召喚されて初めて住んだ幻想のカフェバーの部屋。昔はそんなこと感じる事も無かったのに、いまは此処がひとりだと寂しいことをアーマデルは知っている。
部屋の隅で此方の様子を伺っているのはサファイヤを抱くジュエリアだった。
「あんたがジュエリアか? 助けに来たんだ」
近づいてくるアーマデルを警戒するジュエリア。それに気付いたアーマデルは武器は構えていないと両手を見せる。
「間に合ったのはあんたが耐えてくれたからだ……あんたは絶望に負けなかった」
そっと近づいたアーマデルは足下の黒い鎖を持ち上げる。
「外してもいいか?」
「……はい」
恐る恐るアーマデルの行動を受入れるジュエリア。それは怯えであり諦めだったのかもしれない。
「俺はアーマデル。君の名前を教えて貰ってもいいだろうか?」
務めて優しく、幼子へ接するように言葉を選ぶアーマデルは手を差し出す。
「コバルト・フィルスです」
「……良い名だ。共にここを出よう、そして皆の所へ」
コバルトの手を握ったアーマデルは踵を返し、部屋を後にする。
「他にも仲間が助けに来ている。だから大丈夫……ほら」
アーマデルは二階へと上がって来たエクスマリア達を見つけた。
その隣にはムーンストーンやアメジスト、ペリドットのジュエリアが居る。
「みんな!」
コバルトはシルフィやローリスの元へと駆け出した。
「よかった、無事だったんだね」
「エクスマリア達が助けてくれたの。ダリアやソレイユも無事なんだって」
シルフィの言葉にコバルトは目を輝かせる。それは希望の光であっただろう。
アーマデルは「よかった」と胸を撫で下ろす。
「しかし、この迷宮はなんでこうなっちまったんかね……」
ジェラルドはローリス達の再会を見つめ、疑問を言葉にした。
「オルキットってヤツの話が聞ければいいんだが……あとはプルトリアってヤツの事も。アンタ達は何か知っていたりするかい? 小さな事だって構わないさ、ちょっとした事で物事は良い方向にいくってもんだ」
ジェラルドの言葉にローリスは頷く。
「プルトリア様なら上に居るわ。一緒に会いに行ってみる?」
仲間達と再会したことで勇気が湧いたのだろう。ローリス達に元気が戻っているとジェラルドは感じる。
「ああ、一緒に、いこう」
エクスマリアはシルフィの手を握り、ジルーシャはペリドットを連れて廊下の奥にある屋根裏への階段へ向かう。その途中でガーネットを背負ったイナリも合流した。
アーマデルは黒く濁った石を抱く暗黒卿へ思い馳せる。
その胸に在る石はモリオンだろうか。強い魔除けの石となるものだ。
されど、それは転ずれば逆に作用もするだろう。
曇りを抱き見通せない暗黒色は、光を煌めかせる輝石たちから見れば異質だっただろう。
アーマデルの守神『一翼の蛇』を象徴する石は黒蛋白石。
故にアーマデル自身は黒という色にネガティブな印象は感じない。
こればかりは世界や文化次第なのだろう。
「それに黒蛋白石は意外とカラフルだし……」
遊色を抱く黒は、夜空に掛かるオーロラを宿すものであるのだ。
●
ラーラから貰ったランプがオレンジの灯りを揺らす。
濃くなった影が屋根裏へ続く階段へと伸びていた。
ジェックと愛無は注意深く階段を上っていく。ジュエリア達の女帝がいる場所なのだ。用心するに越した事は無い。ギシギシと鳴る木板がやけに耳に残った。
そっと階段から頭を覗かせたジェックの瞳には崩れた屋根から月明かりが落ちているのが見える。
大きなソファに座り、月を眺めているのは『麗輝帝』プルトリア・ジュエリアルだろう。
頭には金色の尊角、ラピスラズリとクリスタルを抱くジュエリアの女帝だ。
「珍しい客人だ。歓迎するよ」
振り向いたプルトリアは顔を覗かせたジェック達に笑みを向ける。
「『こんにちは』、プルトリア……アタシ達が来るのを知ってた、みたいな顔だね?」
微笑みを浮かべる女帝は「そうだな」と応えた。
「シルフィやローリスたちの鎖が途切れたからな。君達がダリアやソレイユも助けてくれたのだろう?」
「うん。ダリアもソレイユも……隠れ里の子達も無事だよ。彼女達から話しを聞いて、ここにいるキミ達を助けに来たよ」
他のジュエリアが居る所には仲間が向かってくれているのだとジェックは言葉を掛ける。
「今その鎖を断ち切ってあげるから、一緒に行こう……と、思っていたんだけど……キミ自身は、逃げる気がないのかな。どうしよう、愛無。担いででも行くべき?」
ジェックの問いに愛無は黒き獣の姿へと変じてみせる。
これならプルトリアを担いで行くのは造作も無いことだろう。ブライトレス達に似た黒い姿となった愛無を見ても動揺しないプルトリアは流石ジュエリアの女帝なのだろう。
「なんてね、冗談。でもさ、プルトリア。感じるでしょう? この中にいるジュエリア達の『絶望』がどんどん少なくなっているのを」
「ああ、君達の仲間のお陰だろうな」
プルトリアは足下に繋がる鎖が消えて行くのを感じた。
「キミがここに残って、他のジュエリア達の侵食を防いでも……キミ自身が傷付いたり、ましてや黒い水晶になっちゃったりしたら。きっと皆、すごく……傷付くし悲しむよ」
ジェックの言葉にプルトリアは瞳を瞬かせる。
「君は優しいのだな」
プルトリアの瞳には慈愛が満ちていた。それ故に、この場から動かないのではないかという疑念が過る。
愛無はプルトリアの声をじっと聞いていた。
麗輝帝。ジュエリアにとって神にも等しい者であるならば、彼女を救出することは大きなメリットになるだろう。しかし、彼女と暗黒卿の願いは相容れないもの。それでも彼女は暗黒卿を救う事を望むのだろうか。
「全てを選ぶという事は、全てを選ばないという事に等しい。それは何も救えない、救わないという事だ」
愛無の言葉に少しだけ悲しげな表情を浮かべるプルトリア。
「そもそも自己犠牲とは自己欺瞞、もしくは自己満足にすぎぬだろう。その先には何もない。残されたモノはどうなる。余計な重荷を背負わせるだけだ。子を思うなら、子が誤った道に進もうとするなら叱って止めてやるのも、親の務めではないのかね」
親の務め。そんな言葉を説くことがあるなんて混沌に来た頃には想像もつかなかった。
暴食の獣。人の心が分からぬ化け物が、『子』を愛おしく思うことがあるなんて。
けれど、子を持ったからこそ『親』の否定したい部分が見え、己の境遇に憤りを覚えた。
残されたモノ、捨てられた事実は否応なく、愛無の胸の奥に棘となって刺さっていた。
だからこそ、『親』への反発心は増すのかもしれない。同じ親として、子として。
「そうだな……」
プルトリアが視線を落した瞬間、階段を駆け上がってくる音が聞こえた。
アクアマリンのジュエリアを担いできた両儀がプルトリアの前にやってくる。
「おまんがこんの阿呆(藍玉)の神だか母だかじゃな?」
「ええ」
突然現れた両儀に何事かと視線を向けるプルトリア。
「おう、こいつを妻に貰う事に決めたき、よろしく」
「……え?」
両儀の言葉に目を見開いたのはアクアマリンだ。
「なんじゃ藍玉、不満でもあるんか。可笑しな話じゃな、どうせ死ぬと諦めとるじゃろ? なら、誰の妻になうても問題のうじゃろが?」
突拍子もない両儀の言葉に思考が追いつかないアクアマリン。
「嫌なら足掻けい、生きてみせい! 嫌じゃのぅても結果は変わらんがな。
儂の妻なら鬼の妻で儂のモンじゃ。鬼は自分のもんは誰にも奪わせんぞ。
この依頼が失敗してもこん先ずっと付き纏って生かせちゃるからな!」
響き渡る両儀の声にアクアマリンは「どうすればいいか」とプルトリアを見つめる。
「……まあ、お互いが納得する形であれば、私は反対しないよ」
されど、現実的な問題としてプーレルジールの住人であるアクアマリンを混沌世界に連れて帰ることは出来ない。
「儂がこっちに通えば構わんじゃろ! よし、新居は何処にする。やはり隠れ里の近くか?」
両儀の大きな声は下階にまで聞こえてくる。
何だ何だと、合流したジュエリアたちとイレギュラーズが階段を上ってきた。
「皆、来てくれたんだね」
ジェックは集まった仲間に胸を撫で下ろす。
けれど、地下室へ向かったサイズとニルの姿はまだ見えなかった。
「何にせよ、僕は傭兵だ。君が望むならそうしよう」
愛無はプルトリアへと一歩近づく。
プルトリアの願いはジュエリアたちの安寧。子供達が健やかであるようにと希うもの。
「アタシの仲間達が見逃してしまった場所、取りこぼしてしまったジュエリア、ここにはない『絶望』もアタシが助けに行く。暗黒卿だって……今すぐには難しくても、苦しんでいるなら助けたい」
ジェックは紅い瞳でプルトリアを見つめた。傲慢と言われようと助けてみせる。
「だからまずは、今ここにある『絶望』を救わせて」
ソファの隣に座ったジェックはプルトリアの手に自分の手を重ねた。
「アタシ達はジュエリアを助けることはできるけど、彼女達が笑顔になれるのはアタシ達の功績じゃない。
キミが、彼女達が絶望に負けないでいられる最後の心の砦になっているんじゃない。だから……アタシ達と一緒に、生きて帰ろう」
ジェックの温かな手をプルトリアは静かに握り返す。
「私達はもう大丈夫ですよ、プルトリア様」
エクスマリアと手を繋いだシルフィが目を輝かせながら確りと頷いた。
ジルーシャの傍に居たペリドットも、アーマデルが連れて来たサファイヤも、この場に集まったジュエリア達の瞳には希望の光が宿っている。
「イナリたちが大丈夫って、証拠見せてくれた!」
ガーネットはイナリから渡されたダリアたちの写真を高らかに掲げた。
そこには綺麗な身体を取り戻した二人の笑顔が映っている。
改めて掲げられると気恥ずかしいものがあると、同行していたダリアとソレイユは頬を染めた。
「皆、無事で何よりだ。しかし、まだこの地下に震えているジュエリアが居る。助けに行ってくれるか?」
「もちろんだよ」
ジェックはプルトリアの声に確りと頷く。
ジュエリア達を救ってくれたイレギュラーズになら任せられるとプルトリアは確信したのだろう。
「それに……暗黒卿の事も。私は理解してやれなかったから、もしかしたら君達なら」
「麗輝帝は理解してやれなかったというが、暗黒卿が、これまで何を思い、どうやって過ごしてきたのか、教えてほしい。「全て」を救うというなら、自身を救う事を切り捨てるべきではない。自身を救えぬモノが他者を救う事などできぬ」
他のジュエリアだけでなく暗黒卿を救うとなれば尚更だと愛無は紡ぐ。
暗黒卿は自身の命の重さを知っているのだろう。愛無の言葉にプルトリアは暗黒卿の来歴を語る。
元々は孤高でありながらも優しきジュエリアだったこと。
それがジュエリアを守る戦いの最中、命響石が半分に欠けてしまったこと。
強くあることで保ってきた『存在意義』と『必要とされている』という確信が持てなくなったのだろうということ。今は、苦悩の中で藻掻き苦しんでいること。
「その黒い水晶と鎖が邪魔だというならば、僕が代わりに受け取ろう。元々黒いしな。いまさら多少、黒くなっても問題あるまい」
「ありがとう。優しき救世主たち」
「ジュエリアを救う。その依頼、承った。僕は優しくないが。約束は、それなりに守るほうだ。任せてくれたまえ」
愛無はプルトリアを縛る鎖を掴んで引きちぎった。
けれど、愛無へと黒い鎖が移る前に、空中へ霧散してしまう。
それでも結果としてプルトリアの鎖は断ち切られたのだ。
●
サイズとニルは暗闇の中地下室へと降りてきていた。
「誰かいませんか?」
ニルがラーラから貰ったランプで辺りを照らしながら進む。
サイズは自分で持ってきていた種火を頼りに、ニルとは別方向へ灯りを向けた。
その瞬間、視界が暗闇に覆われる。
「闇の気配が濃くなった? おい、気を付けろ」
サイズはニルへと振り向いたが、其処には誰もいなかった。
魔法で空間が歪められているのだろう。サイズは「まあ、大丈夫か」と向き直る。
仮にも二人ともイレギュラーズだ。このような困難訳は無い。
それに闇の気配が強いのならば呪物としては望む所である。
「自前の種火なら闇に負けないさ。一人になろうが関係ない」
心を確りと持っていれば闇には負けないとサイズには確信があるのだ。
「それに、この程度の闇よりも深い絶望、闇、冬白夜を妖精郷で知っているからな」
サイズは空間が歪められた地下室を種火を頼りに隈なく歩く。
目の前にぼんやりと浮かんできた影にサイズは灯りを向けた。
「キミは……?」
黒い髪に半分に欠けた命響石。サイズはこれがオルキットの幻影だということが分かる。
相手に攻撃の意思は無いようだと判断したサイズは何か情報を聞き出せればと声を掛けた。
「キミはオルキットなのか?」
「そう、ですね。貴方は?」
「俺はサイズだ。なあ、キミは何して生きてるんだ?」
サイズの問いに「唐突ですね」と呟いたオルキット。
「何をして生きているか……研究をしています。ニルを手に入れるための」
「ニル? 水色の髪の、膝小僧の?」
サイズはさっきまで一緒だったイレギュラーズのニルを思い浮かべた。
「貴方、ニルを知っているんですか!?」
突然食い気味にサイズへと近づいたオルキットは「何処にいますか?」と首を傾げる。
それが先程までの大人しいオルキットとは打って変わって期待に満ちた表情だとサイズは思った。
どうやらオルキットは『ニル』に対して執着があるらしい。
その情報は共有すべき重要なものだろう。早く伝えたほうがいいとサイズはオルキットへ別れを告げる。
「じゃあ、俺はこの辺で」
「ええ、ニルによろしくお願いします」
不気味な笑みを浮かべたオルキットはふわりと影となって霧散した。
「おっと、元の部屋に戻ったか?」
「あ、サイズ様!」
一瞬消えてしまったサイズがすぐに戻ってきたことにニルは安堵する。
「ジュエリアを探さないとな」
「はい」
こわい、かなしい。
そんな感情がニルへと流れ込んでくる。
ニルはジュエリア達を助けに来たのだ。ダリアたちのように黒水晶も治す事ができる。
だから、早く見つけてあげなければとニルはラーラのランプを揺らした。
「あっ!」
サイズとニルは部屋の隅に隠れていたジュエリアを見つけ出す。
ニルの声にびくりと肩を振わせたジュエリアはベスビアナイトを抱いていた。
ニルのだいすきなベスビアナイトだ。この宝石が傷ついたらと思うと怖くてならなかった。
「だれ?」
「出てきてくれてありがとうございます。もう大丈夫ですよ。一緒に帰りましょう」
差し伸べた手をそっと握ったベスビアナイトにニルは微笑む。
「黒い水晶も、きっとなおりますよ」
「そう、他のジュエリアも治ってる」
怯えていた様子だったが、サイズとニルの優しい声にベスビアナイトは大人しく付いて来た。
サイズが調べた所によると黒い水晶はオルキットの命響石と同じ『モリオン』で出来ているらしい。
「あの、サイズ様。このベスビアナイトの子を皆の所へお願いします。怖がってると思うから先に合流させてあげたいんです。ニルはもう少しこの地下室を調べてみます」
「分かった。気を付けて」
サイズへベスビアナイトを預けニルは再び地下室の中を探す。
――――
――
黒い影が折り重なり陽炎のように揺らめいていた。
ニルは目の前に現れた幻影に息を飲む。
黒い髪、赤い瞳。黒いローブを身に纏っているけれど、その造形は。
「……テアドール、に似てる……あなたが……暗黒卿、なの?」
大切な人の姿をした暗黒卿に「どうして」と声が漏れる。
割れた命響石が痛々しくて悲しくて。ニルはコアのあたりが苦しくなるのを感じた。
「ニル……ニル・リリア。私のゼロ・クール……ようやく……」
オルキットの指先がニルの頬に触れる。その感触も香りも大切な人にそっくりでニルは首を振った。
「ニルは、ゼロ・クールではありません。ニル・リリアでもありません。あなたが探しているひとではないのです。どうしてニル・リリアがほしいのですか?
そのひとがいたら、かなしいかおをしなくていいのですか?」
ニルの声にオルキットは悲しげな表情を浮かべる。
「貴方はニルではないのですか?」
「ニルは、ニル・リリアではないけれど、ニルにもできることはないでしょうか?」
オルキットの手を取ったニルは真っ直ぐに見つめた。
「お手伝いできることがあったらなんでもします! だから、みなさまをもとに戻してほしいです。帰してあげてほしいです! みんなみんなかなしいかおなのはニルは、いやです」
テアドールが悲しいのは嫌だ。テアドールが傷付くのは嫌なのだ。
自分の大事で、大好きなテアドールとよく似た顔のオルキット。
テアドールはこのプーレルジールには関係無いはずなのに、前に見た夢のこともあって気になってしまうのだ。だから、オルキットの事は無碍にすることができなかった。
「では、ニルが傍に居てくれますか? 私を必要としてくれますか?」
「どういうことですか?」
ニルはオルキットの泣きそうな顔をじっと見つめる。
「強かったら誰かに認めて貰える、真っ黒で濁った石だって居ていいと思えてたんです。でも、私の石は欠けてしまって、命も半分になってしまった。輝けない命も半分になってしまった私は誰にも必要とされてないのでしょう。だって、そんなジュエリアに価値なんて無いです」
独りぼっちであったオルキットは、誰よりも他人の愛を求めていたのだろう。
強くあれば認めて貰えると信じていた。
だから、自分でニル・リリアを作りたかった。必要とされたかったのだ。
いびつなそれは何時しか捩れ、ニルを追い求めるようになったのだ。
「ニル……」
泣きながらぎゅうと抱きしめられたニルはオルキットの頭を撫でる。
「はぁ、ごめんなさい。急にこんな事を言われても困りますよね。でも、ニルが傍に居てくれるならジュエリア達を元に戻しましょう。……彼女達は私の傍には居てくれないでしょうから」
オルキットは諦めているのだろう。ジュエリアたちと再び笑顔で語り合う日を。
「返事は今度、幻影の姿ではなく、直接お会いした時に聞かせてください」
傍に居て欲しい、必要としてほしい。その答えをオルキットは欲した。
オルキットはニルの胸に飾られた『絆の揺石』へ触れる。
「どうか私を選んでください、ニル」
言いながらふわりと消えた影に、ニルはぎゅっと拳を握ったのだ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
皆さんのおかげで囚われていたジュエリアたちは無事に救い出すことが出来ました。
プルトリアも説得に応じ、隠れ里へ帰還しています。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。夜の迷宮を探索し、ジュエリアたちを救いましょう。
●目的
・黒曜館までの道を探す
・ジュエリアを救出する
●できること
○一人一つ、最大ふたつまで。好きな場所を選んでさがしましょう。
被っても大丈夫ですし、選ばれなかった所はNPC達が探索しますので問題ありません。
一つに絞った方が描写は多くなります。
今回は黒曜館へ向かう途中にある『夜の迷宮』が舞台です。
迷宮には魔法が掛けられており、異空間になっています。
ジュエリアを探し出して、解放してあげることで魔法が解けます。
全ての魔法が解ければ黒曜館までの道が開かれ、ジュエリア達を侵食している黒い水晶も消えるでしょう。
○黒い鎖
ジュエリアを繋いでいる黒い鎖です。
これはジュエリアが「もう助からない」と自分を縛り付けているものです。
励ましたり、優しい言葉を掛けたり、抱きしめたりして解放してあげましょう。
●ロケーション
アガルティア帝国の精霊都市レビ=ウムです。
無数にあったとされる混沌世界のアーカーシュに連なる浮島の一つです。
アーカーシュの建物と似ているものがあります。他には宝石で出来た建物があります。
ジュエリアの隠れ里には大きな塔があり暗黒卿が住まう黒曜館を見つけることが出来ます。
今回の舞台となる『夜の迷宮』には魔法が掛けられており、異空間になっています。
広い廃墟があり、いつも闇夜が広がっています。
崩れた所や窓があれば、月明かりがあるので、問題無く歩けるでしょう。
それ以外の場所はランプを持って行った方がいいでしょう。
様々な場所にジュエリアが『黒い鎖』で繋がれています。
会話が出来る者が多く、悲しみに暮れています。
イレギュラーズが助けてくれると分かれば泣いて安心するでしょう。
○玄関
廃墟の玄関です。元々は豪奢な作りだったのでしょう。
重い扉がありますが鍵は掛かっていないようです。
ここにジュエリアは居ません。
○リビング
玄関ホールから右方向のドアをあけると広いリビングがあります。
窓側が崩れており、月明かりが差し込んでいます。
泣き虫なムーンストーンのジュエリアが居ます。
近づくとびっくりして泣いてしまうかもしれません。
手足を黒い水晶にされています。
ジュエリアの心に呼応してブライトレスが一体現れます。
素早く倒し安心させてあげましょう。(戦闘はフレーバーです)
○キッチン
リビングを出て隣の部屋がキッチンです。
殆ど崩れていませんが、少し暗いです。
怖がりなアメジストのジュエリアが居ます。
近づくと怖がってキッチンの中を逃げ惑うかもしれません。
首から胸にかけて黒い水晶にされています。
ジュエリアの心に呼応してブライトレスが一体現れます。
素早く倒し安心させてあげましょう。(戦闘はフレーバーです)
○バスルーム
キッチンの隣にはバスルームがあります。
天井が崩れており、バスタブに月明かりが反射します。
バスタブの中にはアクアマリンのジュエリアが居ます。
身体の殆どを黒い水晶に侵食され、ぼうっと呆けています。
もう助からないという思いが一番強いです。
○階段
玄関ホールの左手には二階へ続く階段があります。
階段の一部が崩れていますが、問題無く昇れるでしょう。
大人しいペリドットのジュエリアが居ます。
崩れている場所を教えてくれます。自分が助かると思っていません。
足を黒い水晶にされています。
○廊下
二階に上がると長い廊下があります。
魔法で歪められているので妙に長いです。
元気に走り回る子供のジュエリアです。ガーネットを抱いています。
すばしっこいので追いかけましょう。
手を黒い水晶にされています。
○部屋
二階には部屋が沢山あります。
中に入るとそれぞれ一人ぼっちになります。
部屋は何故か自室やよく使う場所や思い出の場所へ変化します。
あなたが思い描くジュエリアが居ます。
きっと少し怖がりで泣き虫なので、慰めて黒い鎖を解いてあげましょう。
ジュエリアの心に呼応してブライトレスが一体現れるかもしれません。
素早く倒し安心させてあげましょう。(戦闘はフレーバーです)
○屋根裏
二階の奥の階段を上がると屋根裏があります。
殆どが崩れていて月明かりが降り注ぎます。
ここには『麗輝帝』プルトリア・ジュエリアルが居ます。
全てのジュエリアたちの侵食を遅らせるため、この場所に留まっています。
ジュエリア達の黒い水晶を吸い上げているため、見えない部分が黒く染まっています。
彼女は全てのジュエリアを助けてあげたいと願っています。暗黒卿でさえも。
イレギュラーズにその願いを託せるのなら、とても感謝することでしょう。
○地下室
玄関ホールの奥にある倉庫から地下室に降りられます。
中に入ると真っ暗で何も見えません。明りを持って行きましょう。
誰かと一緒に居たはずなのに、部屋と同様にひとりぼっちになります。
ベスビアナイトのジュエリアが居ますが隠れています。
闇の気配が濃いので注意しましょう。
●NPC
○『ジュエリアの騎士』ソレイユ・プリズム
胸にダイヤモンドを抱くジュエリアです。
凜々しい立ち振る舞いとダイヤモンドの強さを誇る騎士です。
しかし、終焉獣の軍勢を相手に負傷し足を黒い水晶に変えられてしまいました。
現在は脹脛に僅かに残る程度です。
○『ジュエリアの赤花』ダリア・ルベウス
暗黒卿に捕まり身体を黒い水晶へと変えられたジュエリアです。
現在は回復して、殆ど元通りになりました。
ソレイユと共に探索に同行します。
○『レビ=ウムの精霊』ラーラ・ルタ・カンデラ
アガルティア帝国の精霊都市レビ=ウムを管理する灯火の精霊です。
イレギュラーズにランプを貸してくれます。
ラーラの灯火はあたたかくて心強いでしょう。
○『暗黒卿』オルキット・ブライトレス
精霊都市レビ=ウムの北端に位置する黒曜館に住む人物。
眩い宝石を抱いて生まれてくるジュエリアの中で唯一『黒く濁った命鏡石』を宿した者。
ジュエリアを黒い水晶に変えています。
地下室に幻影が現れる可能性があります。
○アルエット、ラビ
探索のお手伝いをしています。
●プーレルジール
境界深度を駆使することで渡航可能となった異世界です。
勇者アイオンが勇者と呼ばれることのなかったIFの世界で、魔王の配下が跋扈しています。
この世界に空中神殿やローレットはありませんが、かわりにアトリエ・コンフィーがイレギュラーズの拠点として機能しています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
実際のところ安全ですが、情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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