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シナリオ詳細

<伝承の旅路>ただ遠くに別れた貴女へ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 じわじわと蝉の鳴く音がする。
 青々とした木々に見下ろされながら校門を進む。
 それが『夢』でしかないことをあたしは知っている。
「凛桜、おはよ!」
 肩を軽く叩く手と声。
 振り返る間もなく、彼女はあたしの前へとひょっこりと顔を出す。
「志穂」
 あたしはその顔にぽつりと声を漏らす。
「どうしたの?」
 不思議そうに首を傾げる『少女』にあたしは――佐熊 凛桜(p3n000220)は仄かに笑みをこぼして「何でもない」とごまかすしかできなかった。
「ふぅん? まぁ、凛桜がそう言うならいいけど……困ってるなら言ってね? 友達なんだから」
 きょとんとしたまま目を瞬かせた志穂は、剣道用の防具が入った大きな鞄を背負いなおす。
(そういえば、志穂って剣道部だったっけ)
 夢の中にある記憶、ふとそんなことを思う。
 ――あぁ、そうだ。『あたし』の知っている志穂はここで止まっているのだから。
「――ねえ、凛桜」
 志穂が、親友が不意に声をかけてくる。
 柔らかな、緩い笑みと一緒に。
「――私と一緒にこない?」
 笑う、その表情が急に大人びた。
「私はね、今、魔王様の下で働いてるんだ――」
 深い青色の瞳は、ゾッとするほど澄んでいた。


「――――ッ」
 ぶるりと顔を震わせ、凛桜は目を開く。
 繰り返す浅い呼吸を意識的に深く整えながら、伏せたらまたあの顔を思い出しそうで、できなかった。
 ゆっくり体を起こせば、いつも寝ている布団だった。
「……志穂」
 久しぶりに思い出した。
 あの世界にいた、一番の親友。
 あの頃の、大切な――その癖に、今の今までほとんど振り返ることもしなかった、友達。
 それでも、確かに大切な友達だった。そのはずの、友達だった。
 あたしを連れて行こうとした彼女、魔王様に仕えていると言った彼女。
 いつから混沌にきていたのだろう。
 どうしてあんな風に何の罪もない人を殺すことが出来るのだろう。
 たった数年の間、会わなかった。会えるとも思っていなかった。
 終焉獣を引き連れ、平然と虐殺を繰り広げる戦場で、朗らかに笑っていた。
 あんなことをするような子じゃあ、なかった。
 でも、凛桜の知る彼女の面影が確かにある女性だった。
「……志穂は、どうしてあんなことをするようになったの」
 どうしてと、知りたいという気持ちがある。
 でも、それ以上に、変わり果ててしまっていたら……と恐れる気持ちもある。
(……もう2度と、友達をこの手で殺したくなんてないよ)
 昨日までの友達を始めて殺した日のことを覚えている。
 あれは仕方のないことだった、そう割り切れろうとしている。
(……でも)
 バグNPCとして成立した、混沌でできた親友を、先輩たちは倒してくれた。
(……あの日、あたしは結局、あの子を倒すために剣を取れなかった)
 ――戦うために、前衛職になったはずなのに。
(……なら、あたしは)
 ぎゅぅとふわふわとした布団がくしゃくしゃになるぐらいに握りしめて。
 掛け布団を放り投げるように立ち上がった。


「――先輩たちはさ、自分にとっての日常の象徴、ってなにかある?」
 アトリエ・コンフィーにて凛桜は小さくイレギュラーズへと問いかけた。
「あたしにとってはさ、希望ヶ浜でのなんてこともない日々なんだと思う。
 それはたぶん、混沌に来る前の世界でも一緒だったと思う。
 ……だから、その象徴、みたいな人が非日常の頂点みたいなことをしてたら、理解なんてできるわけないんだよね」
「気持ちは分からなくもないわ」
 オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)はそう頷きながらも凛桜のほうを見やる。
 一応連れてきていたオディールを撫でながら顔上げた彼女の次の句は何となく推測の立つものだ。
「あたしにとって、志穂はそういう日常の人なんだ。あの子がこの世界に来てることももちろん驚いたけどね。
 ……あたしの知る志穂は、あんなふうに笑いながら人殺しが出来る人じゃない……はずなんだ」
 凛桜はそう言うと、オディールがオデットの足元に戻ってくるのを見送り微笑み、そっと立ち上がる。
 魔王は『旅人』ではなく、四天王たちは『寄生型終焉獣』であるという。
 その敵はこの世界が終われば次は混沌と明言していた。
 まだただのアイオンたる青年は宿命を辿るように西を目指すという。
「どっちみち、影海に、サハイェル砂漠に行かなくちゃいけないんだよね――だから、あたしも行くよ」
 凛桜はそう言って笑う。
「大丈夫なのか?」
 そうレイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は気に掛ける。
 レイチェルは凛桜の性質が比較的もろいことを何となく察しづいていた。
「……もしかしたらまた1人、親友を殺すことになるかもって思うと平気じゃいられないけどさ。
 でも、気になるよ。志穂はいつも、弱い人に手をかけちゃ駄目だよって言ってたから。
 だからあんなふうに全く曇りのない目で人を殺せるはずがないんだ……それで理由があるのなら、助けたいよ」
 ――あの子に、直接聞きたいと、そう凛桜は締めくくる。

GMコメント

そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】志穂の情報を得る。
【2】拠点の確保

●フィールドデータ
 サハイェル砂漠(混沌でいうラサ周辺)、影海と呼ばれる滅びのアークでできた海のような空間です。
 皆さんはそんな影海に浮かぶ小さな浮遊島をかけて志穂らの魔王軍とぶつかり合うことになります。
 空間としては小さな湖を中心とする円形の平野となります。

●エネミーデータ
・『魔王の配下』志穂
 フードとローブに身を包んだ黒髪に深い青色の瞳をした女性。
 ゾッとするほど澄んだ瞳は故にこそ狂っているという印象を受けます。
 <渦巻く因果>にて終焉獣を統率し、血生臭い蹂躙・虐殺の現場にて朗らかに笑いかけてきました。
 なぜか滅びの気配を纏っているなど、純粋な狂気堕ちとは違うような気もします。

 凛桜と同じ世界、凛桜よりもやや遅れるほぼ同じ時間軸から混沌へ転移した正真正銘の『旅人(ウォーカー)』です。
 それゆえ皆さんのことは『同胞』とも呼んでいます。

 凛桜曰く、ごくごく普通の感性をした剣道を嗜む普通の日本人の女の子。
 少なくとも、虐殺の場で笑いながら話しかけてくるような人じゃないはず、とのこと。

 なぜ魔王に仕えているのか、どうして虐殺の場を楽しむように笑っているのか。
 そのあたりの理由の究明が求められています。そして可能ならば助けられるのなら助けたいとも。

 日本刀を武器とする物理型。

・『英雄譚のしもべ』剣客×10
 滅びのアークにて作り上げられた『英雄譚に語られた嘗ての英雄や死者たち』のような姿の怪物です。
 志穂が現代日本の剣道少女だったからか、どこか江戸期やら幕末やらを生きた剣客たちを思わせる個体で構成されています。
 一撃の威力がずば抜けている剛剣タイプの物攻型や手の速い反応EXA型、後の先を撃つカウンタータンクなど多種多様です。

●友軍データ
・佐熊 凛桜
 希望ヶ浜学園に所属する大学生、イレギュラーズ。
 オタクにも優しいギャル系お姉さん。ROO事件にも参加していました。
 より多くの死線をくぎ抜けてきたイレギュラーズの皆さんの事は全員『先輩』として敬意を示しています。

 攻撃性能を落としてヒーラー特化になりました。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <伝承の旅路>ただ遠くに別れた貴女へ完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年10月23日 23時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
老練老獪
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
雨紅(p3p008287)
愛星
夢野 幸潮(p3p010573)
敗れた幻想の担い手
芍灼(p3p011289)
忍者人形

サポートNPC一覧(1人)

佐熊 凛桜(p3n000220)

リプレイ


「こんにちは同胞の皆さん。いい景色だと思わない?
 中天を過ぎた太陽と煌く湖面を湛える孤島、周囲は真っ黒な海。
 いつかすべてがこの真っ黒な海に溶けて消えるのだとしても、滅びゆく世界にはちょうどいいでしょう?」
 緩やかに志穂が笑いかけてくる。
 強いハイライトの瞳には感情の揺らぎは見られない。
 その姿を見た佐熊 凛桜(p3n000220)が彼女の名前を呼ぶのを聞いて、『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)はその傍に優しく笑いかける。
「大丈夫よ、凛桜。助けたいって言えるあなたなら大丈夫だわ。
 あなたが望むならそれに全力を尽くすまで、イレギュラーズってそんなもんでしょ?」
「――っ……うん。ありがとう、先輩」
 瞠目する凛桜がオデットの言葉にうなずいてみせる。
 太陽の子の言葉は立ち込めそうになった曇り空を晴らす光のようだった。
「回復を手伝ってくれながらオディールと遊んでいてくれたらいいわよ。
 きっといい手がかりをつかんでみせるわ」
 オデットの言葉に「まかせて」とばかりにオディールが小さく吠える。
(不審な狂気か……人が狂う時は簡単に狂うからな……)
 自然な微笑を浮かべる志穂というらしい敵を見やり、『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は思う。
(洗脳の類ならなんとかしようもあるが……洗脳が解けた際のショックも大きそうだな)
 志穂と目があえば、その憑き物の落ちたような晴れ晴れとした瞳には映る感情は読み難い。
(狂気の原因が持ち物や装備だったのなら、呪物である俺の目なら見抜ける! 隠せるとは思うなよ!)
 そう挑発をこめてみれば、交えた視線の先で志穂は不思議そうに眼を瞬かせた。
「凛桜。お前は、志穂(ともだち)を助けたいンだな?」
 改めて、『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は問う。
 こくりと確かに頷いた凛桜を見たままに、レイチェルは深く頷いて、一歩前に進み出る。
「承知した。乗りかかった船だ、助力しよう。
 ……大丈夫、志穂は殺さないぜ」
 半身に刻まれた術式を励起させながら、月華葬送を構える。
「――先輩、ありがとう、ございます」
「お前に再び親友殺しの業は背負わせない。絶対に」
 声を震わせた凛桜にレイチェルは、そう静かに重ねれば、凛桜が息を呑むのを後ろに感じた。
「……なるほど。でも――殺さないぐらいの気持ちでは私は倒されるつもりありませんよ?」
「ハッ、やってやるよ!」
 挑発でもするように首を傾げた志穂に答えながら、レイチェルは魔力をこめていく。
「友人がそうするはずないと、そう強く信じているなら、きっと他に理由があるはずだ。
 なんてったってここにはマジモンの魔王と海として見えるような滅びのアークがあるんだ。
 得体のしれない何かしらはあってなんぼだろう」
 その様子に凛桜が目を瞠っているのを見た『蛇喰らい』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)は自然、声をかけていた。
「とりあえずお前さんが話し合えるよう、邪魔もんの露払いは任せとけ」
 そう告げる頃には、既に愛銃には弾丸が籠められている。
「……ありがとう、先輩。あたしも、先輩達を支えてみせる、から」
 小さく、そうほとんど少女に近い娘が呟くのを聞きながら、バクルドはその調子だと、笑みをこぼす。
「ふむ、滅びの気配に変わってしまった性格。
 プーレルジールであることを考えると……どう考えても『憑かれてる』可能性が一番高いと思う。
 多分、他の奴等の考えも概ね同じだろうな」
 少しばかり落ちてきた眼鏡をあげなおして、『狂言回し』回言 世界(p3p007315)は短くそう凛桜へと声をかける。
「……やっぱり、そうなのかな。そうであるのなら……いいんだけど」
 そう小さく呟く凛桜の声を聞きながら、世界は視線を志穂の方に向ける。
(まあしかし、すぐに結論を出すのも早計と言うものだ。まずは探れるだけ探ってみるか)
 いつでも撃てるように魔力を巡らせながら、静かに魔眼は戦場を見据えた。
「あくまで可能性ですが、表で喋っているのは別人、というのもありえます」
 寄生型終焉獣だとすれば、と『刑天(シンティエン)』雨紅(p3p008287)は凛桜へと語る。
「……そっか。その可能性も、あるんだ」
 安堵するような、驚いたような声で凛桜が呟いた。
 かすかな可能性に、凛桜が声を震わせる。
(何より……そう構えておく方が精神的に良いかもしれませんから)
 雨紅は内心に思う。終焉獣が表で話しているとすれば、精神的に追い詰めるための台詞を平然と吐くだろう。
「私も、友がこうなれば助けたいと思うでしょうし……喜んで凛桜様の力になりますと、そう言ったでしょう?」
「……そう、だね。本当に、ありがとう」
 そういう凛桜の声が少しだけ明るくなったのは気のせいではあるまい。
「凛桜殿~! それがし、プーレルジールでいっぱい冒険してまいりました!
 たくさんお役に立つでござるよ、先輩!」
 凛桜の手を取って『忍者人形』芍灼(p3p011289)は笑いかける。
「凛桜殿が志穂殿をお助けしたいのであれば、一緒に全力で頑張りましょうぞ!」」
「芍灼さん……うん。やっぱり芍灼さんもすごいよ……ありがとう」
 胸を張りながら重ねてそう告げれば、驚いた凛桜がそのまま笑みをこぼす。
「それでは! 行って参ります!」
 それだけ言って、芍灼は前に出ていく。
「ふふ、私のことを救うって……同胞さん達は優しいのね。私を何から救うっていうの?」
 笑いながら言った志穂が、静かに刀を払う。
 それに応じるように、周囲の黒い影が蠢き、各々の構えを取り始めた。
「『魔王の配下』と成り果てた志穂とやら、汝の意思は何処也。其は純然たる意思か?
 さもなくば魔王より植え付けられし狂気か? そも──汝の刃は、何が為に磨かれたのだ」
 その姿を見やり、『敗れた幻想の担い手』夢野 幸潮(p3p010573)が問う。
「私は私よ、同胞さん」
 そう静かに答えた志穂の身体が前に出てきた剣客たちの影に埋もれていく。


「凛桜から聞いてる人物像とは随分ちがってるみたいだなァ?」
 レイチェルは炎の矢を引きながら志穂へと問いかける。
「……あたしがこっちに来たあと、何かあったの?」
「無いはずがないでしょう? 人が一人、行方不明になったんだから」
 凛桜の問いに、志穂が平然とそう答える。
(……まァ、そうだろうな)
 聞いた話、彼女たちの住まう世界は練達に近く、かつより平和な世界だったらしい。
 そんな世界で人が一人行方不明になれば、騒動にならないはずもない。
「……けど、それは『一般論の範疇』だとも言える」
 言い換えるのならば、『ほとんど中身のない答え』だ。
 引き絞った手から放たれた炎の矢が志穂を中心に戦場を焼き払う。
 消えることのない炎が不吉に燃える中、堕天の輝きが戦場へと炎の矢となり降り注いだ。
 圧倒的な速度で開戦の炎を焼いたレイチェルに続けるように、芍灼は走り出す。
(それがしが見たのは異世界の人々に取り付いた終焉獣ばかりでしたが……もしかすると、条件さえ揃えばそれがし達にも寄生できるのでは?
 だから魔王軍はそれがし達を捕まえた後、混沌へ渡航できる自信があるのかもしれませぬ)
 芍灼は脳裏にそう推察を立てながら、忍刀を手に戦場へと飛び込んでいく。
 白刃が陽の光を帯びて煌きながら、芍灼の刀技は乱撃となって戦場に血を帯びる。
「近づかれる前に撃ち抜けば問題ないな」
 バクルドは愛銃の引き金を弾いた。
 はじき出されるように飛び出した弾丸は上空で炸裂すると、無数の鋼鉄球となって戦場に降り注ぐ。
 磁力を帯びた鋼鉄の球はスパークを引き起こし、戦場の磁場を狂わせる。
 滅びのアークで作られた剣客たちの剣が、明らかに重くなって痺れたように動きが鈍くなっていく。
「隙だらけだな」
 放たれた必殺の魔弾が剣を手に動き出そうとしていた剣客の1人を撃ち抜いた。
 雨紅はこちらの動きを警戒するような敵の1人へと飛び込んだ。
 音速の連撃を受けた剣客が後方に向けて吹っ飛び、変わって志穂と目が合った。
「凛桜様によく言っていた言葉があるそうですが、覚えていますか?」
「……力を持つ者は、弱い人に手をかけてはいけない、みたいなやつ? 本人が弱いくせによく吠えるわね」
 小さく志穂が笑った。
 その物言いに雨紅は何か違和感のようなものを覚えた。
(狂気の原因となるような呪物はなさそうだ……)
 サイズは駆け巡る志穂へと斬撃を打ち込みながら、観察を続けていた。
(しいて言うなら、フルアーマープレートみたいに滅びのアークが全身から溢れ出てるみたいだけど)
 それはそもそも観察せずともわかることだ。
(だとしたら、ただ狂ってしまっただけか……やっぱり洗脳とか?)
 振り払う鮮血の斬撃が戦場を駆け巡り、それらが志穂へと集束していく。
「随分熱烈な攻めをしてくれるのね、同胞さん」
 躱せるものは躱し、避けがたき物は刀を合わせて勢いを殺そうとする志穂がサイズを見て笑った。
「おい志穂とやら」
 志穂を視界に捉えた世界はそう声をかける。
「あそこのお友達がお前はそんなヤツじゃなかったと主張するんだが、実は隠してただけで根っからのシリアルキラーだった可能性はないか?」
「そうだと言ったら?」
 静かに朗らかに笑いながら志穂がいう。
「まあ、お前の立場ならそう言うだろうな」
 皮肉を込めて笑ってそう返せば、志穂の意識が世界の方に向いたのは確かだろう。
 だが、仮に表出する意識が終焉獣であるとしたら目の前の敵は『信用できない語り部』でしかない。
 この手の挑発は平然と凛桜を追い詰める答えを返すだろう。
(精霊達は……いないみたいね)
 精霊たちの気配を探してみたオデットはその気配がないことを察すれば、直ぐに狙いを志穂へと変えている。
 術式が展開され、眩く輝く太陽の光が戦場を照らしつける。
 鮮やかに瞳を焼く神気の輝きが剣客と志穂を呑み込んだ。
 滅びの気配が黒い靄となって神気の輝きを押し返してくる。
(志穂の身体のアークの気配、一番大きいのはどこ?)
 目を細めてオデットは観察を絶やさない。

「元来汝が背負いし背景は平和なる日の本の国で過ごせし普遍的少女。
 血に酔いしれし『悪』──いや、『外道』へ堕ちる『経緯』が繋がらない。
 ならばその空白をここに晒し出せ」
 幸潮は静かに志穂へと視線を向ける。
 此度の幸潮は英雄たちを支えるためにある。
 けれど、それを撃つよりも先にやるべきことがあった。
 志穂への問いかけに含まれた『存在混濁』の力は確かに彼女を絡めとるだろう。
「その空白に意味はないと思うわ?」
 静かに答える微笑みには感情の一切が乗っていない。


「洗脳か寄生か、それともこの海に足を滑らせたか。何にせよ友人は困らせるもんじゃあないぜ、嬢ちゃん」
 バクルドは銃口を志穂へと向けるままに声をかける。
「ふふ、友達だからこそ、困らせたくなるのでしょう?
 それに――素直に着いてきてくれるのなら、困らせる理由もないですから、ねぇ?」
 そう言って、志穂が首を傾げるのを見ながら、バクルドは引き金を弾いた。
 牽制のラフィングピリオド、弾丸が志穂の刀に切り裂かれたその刹那を特殊ゴム弾が撃ち抜いた。
「志穂様は、凛桜様に何をしてほしいのですか」
 雨紅は改めて問いかけた。
(寄生されているとすれば、表で喋るのは終焉獣……何か、貴女自身の声が聞こえれば)
 真っすぐに視線を合わせる志穂の表情はそれ以前とまるで変わらず、緩やかに笑みをこぼすばかり。
「その子も同胞さんと同じイレギュラーズだから、ほしいのよ」
「私達を連れ去って何をするつもりなのですか?」
「ふふ、それは魔王様に聞いてみたら?」
 人助けセンサーやハイテレパスは深い終焉の奥を覗くようで怖気が走る。
(……れ?)
 だが、そのぞわぞわとする不快感の奥の方から、何か声のようなものを感じた気がした。
(今の声が志穂様の本当の声だとしたら……)
 雨紅は直ぐにその情報を仲間たちへと共有していく。
「志穂とやら、逆に混沌に来てから何をしてた?」
 世界は問いかけを変えてみた。
 志穂の言動に信頼に足る要素がない以上、この言葉は意味のあるものではないのかもしれない。
 それでも、何か不自然な点ができればと、冷静に分析するつもりだった。
「彼女を探したって言ったら?」
 幻影の剣に魔力を集束、志穂に向けて降りぬいた。
 暴発する魔力が破壊力となって志穂へと炸裂する。
「なんのために? そもそもどこで凛桜の存在を知った?」
「ふふ、どうだと思う?」
 はぐらかす志穂の懐に別の影が飛び込んでくる。
「『ここまで来れる?』って、前に言ってたわね、来てあげたわよ」
 オデットは隙間を縫うようにして志穂の眼前へと迫る。
「あら、こんにちは、妖精さん。ふふ、辿り着かれちゃった」
 まるで驚いた様子を見せず、余裕ありげに志穂は笑う。
「ところで、『同胞』って言う割に纏ってる気配が違うのよ」
 肉薄して改めて思う。
 滅びのアークそのものと錯覚するような濃い滅びの気配。
「ところで、私も同胞のはずだけどあなたと同じになれる?」
「ふふ、試してみる?」
 オデットの差し伸べた手に、志穂の手が重なろうとしていた。
(……あれは)
 オデットはその手を、もっというのならローブの下を見てあることに気付いた。
 それはローブの下、するすると手の方へと伸びてきつつあったスライム状の何か。
「なんてね。今日は都合が悪いみたい」
 手をはねた志穂が一気に後退するのと同時、その場を血色の斬撃が駆け抜ける。
「妖精を傷付けさせない!」
 割り込んだのはサイズだった。端から傷を入れるつもりはなかった、あくまでの牽制の一閃。
 ついで放つは黒顎魔王。連続する血色の斬撃が深紅の顎を以って志穂の身体を切り刻まんと駆け抜ける。
「ふふ、そちらから手を差し伸べてきたのに、それに答えるのは駄目なの?」
「何するつもりだったんだ?」
「もちろん――同胞さんに一緒に来てもらおうかなって、ね」
 くすりと笑みをこぼして答えた志穂が踏み込んだ刹那、その身体がサイズの懐にあった。
 張り巡らせた結界がなければ致命的であっただろう一閃が弾かれ、少しだけ志穂が驚いたように見えた。

「混沌に於ける我は支配者では無く。知覚し得るはサイトに映る事実のみ。
 であるならば、聞くしかないだろう? ただしそう、『聞き取れるように』できるだけ、汝の目前で」
 幸潮は改めて志穂へと問うものである。
「そう、なら答えてあげましょう。何だったかしら?」
 幸潮の問いかけに、志穂は肩をすくめて静かに呟いた。
『今のは何も無かった』と──描写を書き換えるままに、仲間たちの傷を修復するままに幸潮は改めて問うべく死線を絡めとる。
「だが、汝の語りは意味がない。十分だ、汝の言葉に『志穂の意志』は存在しない」
「ふぅん? そう、じゃあ私が答える意味はないんだ」
 幸潮がそのまま続ければ、志穂は不思議そうに首を傾げる。
「大方、魔の手による意識の上書きであろう」
「同胞さんは随分と難解な物言いをするのね」
 幸潮の言葉に不思議そうに首を傾げた志穂の足元が紅蓮の陣を描く。
 それはレイチェルの描いたものだ。
「……おい、アンタ、何者だァ?」
 レイチェルは改めて志穂へと声をかけた。
 少しばかり、声のトーンが低くなったのは幾ばくかの不快感が原因か。
 仮定に過ぎなかった推測が正しかったと、理解できつつあった。
「怖いわ、同胞さん」
 レイチェルの展開した焔の結界は志穂の身体を取り囲んで抑え込もうとしていた。
 その状態でさえもまるで怖がってもいなさそうに、志穂は笑みさえ零して答える。
「――それがしは凛桜殿が言った『志穂殿』の姿を信じまする。
 だからどうか! 正気に戻ってくだされ志穂殿!」
 叫ぶように、芍灼は声をあげる。
 死せる星のエイドスはパンドラの薄いプーレルジールにて奇跡を引き寄せる。
 ゼロ・クールから終焉獣を引きはがせるのなら、旅人だって――そう確信がないながらに考えていた。
 光が強くなっていく。滅びを焦がすように、照らすように。
「り――ぉ? あ、わた――」
 志穂の方から、声がする。
「た、たすけ――」
 声が震えていた。助けを乞う言葉が、手が伸びる。
「志穂殿! 今お助けします!」
 ハッと我に返った芍灼がその手を取ろうと手を伸ばす。
 ――しかし、その手を取る寸前に、再び黒い靄が志穂を覆いつくす。
「――危ない危ない。せっかく手に入れた身体、そう簡単に手放す気はないんだから」
 志穂が――いや、志穂の身体に巣食ったモノが笑う。
 先程の反応が『本来の志穂』だとすれば、死せる星のエイドスで志穂から終焉獣を剥がすことは出来るのだろう。
 救い出すのは何かが足りないとしたら、恐らく今回は『攻め足りてなかった』といったところか。
「……アンタ、終焉獣だな?」
 レイチェルは、この場に集まったイレギュラーズ達は、静かに確かな確信をもって、その答えを問うた。
「あーあ、バレちゃった……違うか。もともとバレてたのに、それを確信させちゃったって感じ?」
 ちっとも残念ではなさそうにせせら笑い、ソレ――終焉獣はレイチェルの張り巡らせた結界を斬り払って、首を傾げた。
「また会いましょう! 次はいよいよ魔王城になるのかもね!」
 切り替えるようにして、志穂の姿をした終焉獣は一気に島の端まで後退し、そのまま飛び降りた。

成否

成功

MVP

芍灼(p3p011289)
忍者人形

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。
MVPは仮定を真実に引き寄せた芍灼さんへ。

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