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シナリオ詳細

アルヴァ=ラドスラフの華麗なる冤罪。或いは、ロクデナシは嗤う…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●箱の中のアルヴァ
 その貴族は、ひどく狡猾で用心深い性格だった。
 密輸に贈賄、殺人、人身売買など数々の犯罪行為に手を染めて来た経歴があり、その性根を知る者は爵位さえ何かの犯罪行為の果てに得たものに違いないとさえ噂していた。
 名をシンダラー男爵という幻想の歴史浅い貴族である。
 だが、この世に悪が栄えた試しはない。
 悪事を働く者は、いずれ必ず己の悪事を、悪徳を償う日が来るのだ。
 時には病で、時には不運で、そして時には人の手で。

 秋だと言うのに、やけに暑い夜のことだった。
「……ぅ」
 暗い部屋で目を覚ましたのは青い髪の少年である。名をアルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)。航空猟兵を率いる若き義賊だ。
 身に纏うは黒き装束。部屋が暑いせいか、すっかり喉が渇いていた。
 身体中がすっかり汗に塗れており、どうにも気持ちが悪かった。だが、汗を拭う暇もなく、アルヴァは眉間に皺を寄せる。
 アルヴァの鼻が、血と腐敗臭を捉えたからだ。
「……これじゃ、まともに呼吸も出来ないな」
 呟く。
 呟いて、アルヴァはそっと立ち上がる。立ち上がった瞬間に、ぐらりと視界が揺れる気がした。
 視界が揺れて、意識が遠のきそうになる。
 舌を噛んで、意識を繋いだ。
 そうして、壁際へ移動し扉に手を触れる。暗い部屋に明かりを灯そうとしたのだ。
 だが、アルヴァの指先に触れたのは、明かりのスイッチでは無く鍵穴のようだ。
 一体どういうわけだろうか。鍵穴から、アルヴァの足元にかけて、グラスでもひっくり返したみたいに濡れている。
「水……? いや、それよりもここは」
 脳みそを回す。自分の置かれた状況を把握しようと思考する。
 けれど、その時……。
 アルヴァの指が、鍵穴付近に埋め込まれていた宝石に触れた、その瞬間。
 ブォン、と。
 空気の震える音がして。
「……っ!?」
 瞬間、アルヴァの目の前で壁に大きな穴が開く。

 開いたのは扉であった。
 アルヴァの視界に映ったのは、都合4人の人影だ。
「あぁ! 旦那様!!」
 人影のうち1人が叫ぶ。メイド服を身に纏った若い女性だ。
 瞳を一杯に見開いて、メイドはアルヴァの後方を見ていた。
「……なん、だと?」
 メイドの視線を追いかけて、背後を見やったアルヴァが「はっ」と息を飲む。廊下の明かりが差し込む室内。窓の1つも無い部屋だ。
 そうだ。
 そうだった。シンダラー男爵はひどく用心深い男で、自身の寝室には窓の1つも設けていないと聞いていた。部屋の鍵など、男爵か妻の許可を得た者以外には開けられないよう魔術的な仕掛けを施していると聞いていた。
 ここが、そうだ。
 ここが、シンダラー男爵の寝室だ。
「だとしたら、あの男が……」
 部屋の真ん中に死体が1つ。
 眠るように床に倒れて、口や目から滂沱と血を吐くその遺体こそがシンダラー男爵本人だろう。
「その男を捕まえて! 早く!」
 そう叫んだのは、4人の中でも最も前に立っていた女性だ。さらさらの金の髪に、豪奢なドレスを身に纏った美しい女性。アルヴァは彼女を知っている。シンダラー男爵夫人である。
 夫人の声に反応し、部屋に跳び込んで来たのは2人。
 執事服を纏った初老の男と、剣を手にした偉丈夫である。
「っ……」
「っと」
 部屋に踏み込んだ瞬間、2人は一瞬、姿勢を崩した。まるで意識が飛びかけたかのような動きだ。
 2人が姿勢を崩した隙を突いたアルヴァが、部屋から廊下へ転がり出た。
 悲鳴をあげて、メイドと夫人が道を開ける。
「黒衣に隻腕……貴方が噂の義賊とやらね! 貴族の財産を奪い、時には命も……! そして遂には我が夫まで!」
「ち、ちが……!」
 義賊であるのは本当だ。
 貴族邸に侵入し、金品を奪ったこともある。
 悪徳貴族であれば命も刈り取った。
 はっきりと“違う”と言えないのが悩ましい。少なくとも夫人の語る“義賊”がアルヴァであることに間違いは無いのだから。
 けれど、今回ばかりは違う。
「違う! 俺は……俺は殺してなんかいねえ!」
 そんなアルヴァの弁明を、一体誰が聞き入れてくれると言うのだろうか。

●ロクデナシの探偵
「ははぁ? それでボクを訪ねて来たって? 疑いを晴らしてもらいたいと、そういう話でいいのかな?」
 悪戯好きの猫を思わせる顔でシャルロッテ=チェシャ (p3p006490)はそう言った。
 アルヴァがシンダラー伯爵邸を逃げ出してから一時間ほど経った後のことである。
「訪ねて来たとは白々しいな。てめぇ、何で屋敷にいたんだよ?」
「事件の匂いがしたからだよ。探偵と言うと、事件の解決に困った憲兵や金持ちが“どうぞ私を助けてください”と向こうから勝手に訪ねてくるように思われるかもしれないけどね、実際はそう楽じゃない。事件現場に自分で出向いて、勝手に首を突っ込むぐらいの図々しさと勘の良さがなきゃ、喰いっぱぐれてしまうのさ」
 ケラケラと笑って、チェシャは自分の膝を叩いた。
 探偵は自分の足で稼ぐのさ、と動かない脚を叩いて笑う。
「それで巻き込まれてりゃ世話が無いな」
「巻き込んだのはアルヴァ君だろう。君が知り合いのように語り掛けて来るから、ボクまで憲兵に追いかけ回される嵌めになったんだ」
 シンダラー伯爵の寝室前。
 部屋から廊下へ飛び出したアルヴァの視界の端……廊下の奥の階段の辺りにいたのがチェシャだ。アルヴァは思わずチェシャの車椅子を掴み、そのまま屋敷を逃げ出した。
 そのままチェシャに言われるままに、車椅子を押して逃げて、一緒に憲兵に追い回されて、今ではすっかり2人はお尋ね者だった。
 だからこそ、チェシャの用意していた廃墟のような隠れ家で、明かりも付けずに息を潜めているのである。
「しかし、無実と言うけどね。今回の事件、状況証拠が整い過ぎていやしないかな?」
 顎に手を触れチェシャは言う。
 アルヴァは黙り込んだまま、何の言葉も発さない。
 チェシャの言う通りだ。
 少なくともアルヴァが、シンダラー男爵の悪事を暴くために屋敷へ忍び込んだのは事実なのだ。
「男爵が部屋に戻る時、気配を消して一緒に俺も部屋に忍び込んだんだ」
 ポツリ、ポツリ、と思い出すようにアルヴァは語る。
「男爵が寝静まるのを待って……俺は行動を開始して……あ、いや?」
 いや、まて。
 おかしいぞ、と。
 そこでアルヴァは自分の記憶に違和を感じた。
「俺は、もしかして眠っていたのか?」
 仕事の途中に、敵地の真ん中でぐっすりと眠っていたのか?
 あり得ない。
 アルヴァはそこまで愚かじゃない。
 だが、事実としてはそうなのだ。
 アルヴァは男爵の部屋で寝ていて、男爵が死んだ後に目を覚まし、そして密室を内側から開け、屋敷の住人に見つかった。
 状況としてはそうなのだ。
「ははぁ……?」
 暗闇の中、チェシャはにぃと口角を上げて嗤ったのだろう。
 それから、チェシャは床を指で何度か叩いた。
「アルヴァ君以外が犯人だと? あの場で男爵を殺せたのは、そうだな……候補は4人。シンダラー男爵夫人と、屋敷の執事と、夫人の護衛の傭兵君と、それから哀れな若いメイドの4人だけ」
 男爵の死んだ時間が正確に分からないのだから、そうなれば4人にはアリバイが無いと言っていい。つまり、4人とそれからアルヴァが男爵殺しの容疑者であることになる。
「まぁ、アルヴァ君が真犯人でないとするなら……だけどね。状況証拠的にアルヴァ君が犯人っぽいし、キミ、こういうことをやるタイプだろう?」
「ぐぅ」
 ぐぅの音しか出ない。
「まぁでもいいよ! 面白い! 探偵の見せ場じゃあないか!」
 事件を解決してみせよう!
 そう言ってチェシャは手を叩く。幸いなことにチェシャの用意した隠れ家には、外部に連絡を取る手段も備わっている。せいぜいが数名、イレギュラーズの誰かを呼びつける程度だが、まったくいないよりはるかにマシだ。
 アルヴァとチェシャの2人だけでは、憲兵たちの守る屋敷に二度と忍び込めないのだから。

GMコメント

●ミッション
アルヴァ君の冤罪を晴らし、真犯人を憲兵に突き出す

●ターゲット
・シンダラー男爵夫人
容疑者①
シンダラー男爵の妻。男爵の悪事や、男爵の寝室の仕組みについても知っていると思われる。
事件現場でアルヴァを糾弾した張本人。
現在は屋敷の一室でアルヴァ捕縛の指揮を執っている。

・シンダラー家執事
容疑者②
シンダラー男爵家に仕える初老の男性。男爵の悪事や、寝室の仕組みについて知っていると思われる。アルヴァを捕縛すべく部屋へ飛び込んで来た。
現在は屋敷の一室でシンダラー男爵夫人の補佐を務めている。

・シンダラー家メイド
容疑者③
シンダラー男爵家に仕えるメイド。住み込みで働いているようだ。
男爵に遺体を目撃し、すっかり怯えているらしい。今は屋敷の自分の部屋でじっとしている。
男爵の本性や屋敷の仕組みを知っているかは不明。

・シンダラー家護衛
容疑者④
腕利きの傭兵。シンダラー男爵家住み込みの護衛。
【滂沱】【致命】の剣技を扱う。
新参者らしく、男爵の本性や屋敷の仕組みを知っているかは不明。
現在は屋敷内を巡回し、アルヴァの襲撃に備えている。

・憲兵たち
アルヴァを探して、シンダラー男爵領や屋敷付近を警戒、巡回している憲兵たち。
何人いるか分からないぐらい数が多い。
領主を殺してアルヴァを、なんとしてでも捕縛しようと血眼になっているようだ。

●フィールド
幻想。シンダラー男爵邸。およびその周辺。
ごく一般的に街並みが広がっており、大通りや裏路地など道も多数。すべての道はシンダラー男爵邸に繋がっている。
現在時刻は夜。雲が多く、月明かりも見えない。
憲兵たちが総動員されており、それに怯えた一般市民は皆、家に籠っている。
男爵邸の裏には、男爵家が所有する果樹園やジギタリスの花畑がある。

シンダラー男爵邸。
3階建ての大きな屋敷。
用心深い男爵の性格を反映してか、屋敷内には極端に死角が少なく、調度品の類もあまり置かれていない。
男爵の部屋などは、魔術的な鍵がかけられており「魔石に登録された者」以外には開閉できない仕組みとなっている。
男爵の部屋は3階に存在する。
2階には客間や応接室が存在する。
その他キッチンや使用人室、図書室などは1階にある。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • アルヴァ=ラドスラフの華麗なる冤罪。或いは、ロクデナシは嗤う…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年10月17日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)
ロクデナシ車椅子探偵
※参加確定済み※
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
※参加確定済み※
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

リプレイ

●探偵はかく語りき
 さて……推理を語る前にまずは仕事をしよう。
 何事においても、順序というものが大切だからね。
 
 今回の事件……幻想にその名を、或いは悪名を轟かせるシンダラー男爵が殺されたという傷ましい事件だ。
 用心深いシンダラー男爵が、自室で何者かに暗殺された。
 容疑者として挙がっているのは、あぁ悲しいことにボクたちの親しき隣人にして、航空猟兵のトップたる彼、『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)さ。
 シンダラー男爵の遺体が発見された折、その場にいたのだから疑われるのも仕方がない。100人居れば、99人がアルヴァ君を犯人だと断定するだろう。何しろシンダラー男爵の寝室には内側から鍵がかけられていたのだからね。
 シンダラー男爵を発見したのは、男爵夫人と屋敷のメイド、執事、そして護衛の傭兵。4人もの目撃者が口を揃えて「アルヴァが殺った」と言うのだから、憲兵たちもアルヴァ君が犯人だと思うことだろう。
 だけど、彼は「俺は殺っていない」と言うんだ。
 いや、犯人って言うのはだいたいそう言うんだけれどね。容疑者の無実主張に何の意味も
無いに決まっているって言うのはボクだって重々に承知している。
 承知しているが、けれど、ボクはアルヴァ君の主張を信じてみることにした。100人居れば99人は……と言っただろう。99人に含まれない“1人”が、何をかくそうボクってわけだ。
 しかし、アルヴァ君の無実を証明するには、真犯人の断定と、確たる証拠が必要となる。いかにボクが名探偵だと言っても、証拠も無しに真犯人は断定できない。
 そこでボクが頼りにしたのは、イレギュラーズの御同輩たちだ。
 まったく、頼りになる人たちだ。事情を把握するなり、早速それぞれに行動を開始してくれたんだから。
 例えば彼女……美しき化け猫、『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)、そして『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)君の2人は闇に紛れて屋敷に潜入したようだ。きっと、事件の現場を確認するつもりだろうね。
 『無尽虎爪』ソア(p3p007025)君はメイドに化けての情報収集。
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)君は屋敷に詰めた憲兵に変装したらしい。あぁ、良かった良かった、2人は無事に潜り込めたみたいだね。
 アルヴァ君が囮を買って出てくれたのが功を奏したんだろう。彼には頑張って、憲兵の注意を惹いてもらわなくてはね。
 『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)君は、さて……どこかにふらりと姿を消したが、まぁ何か考えがあってのことだろう。
 彼女もまた、ボクと同じく脳細胞が灰色だろうから。
 うん? ボクが誰かって?
 失礼、申し遅れた。ボクの名前は『ロクデナシ車椅子探偵』シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)。
 探偵さ。
 見ての通り、足が不自由なものでね。今回はここ、秘密の隠れ家からお話させていただくよ。


●調査報告
 夜の街をイーリンが行く。
 人混みの中に紛れ、誰の視界にも映っているのに、誰にも気にも留められない。
「お世辞じゃないけど、アルヴァを捕まえるのは簡単じゃない」
 今回、なぜアルヴァが“犯人役”に仕立て上げられたのか。
 シンダラー男爵殺しの下手人は、どこでアルヴァの情報を手に入れたのか。
「男爵が死んで得をするのは誰か……さて」
 聞けば、シンダラー男爵は密輸に贈賄、殺人、人身売買など数々の犯罪行為に手を染めて来た極悪人だ。その中でも特に金になるのは、密輸と人身売買だろう。
 だが、シンダラー男爵は用心深い男である。
 己の悪事をひた隠しにして、決して自分が悪人であることが明るみに出るような真似はしていない。きっと、それらの犯罪も誰か別の人間を使って行っていたに違いない。
 別の人間とは誰か。
「まぁ、この街には都合のいいことに“悪徳ギルド”が存在しているみたいだし」
 人混みを離れ、イーリンは路地裏へと向かう。
 向かうは“悪徳ギルド”……つまりは、この街に暮らす悪党たちの元締めのところだ。蛇の道は蛇と言う。もしも悪徳ギルドがシンダラー男爵のシノギに無関係だったとしても、何の情報も持っていないと言うことは無いだろう。
「アルヴァも悪徳ギルドを使ったって言っていたし……あぁ、ここね」
 辿り着いたのは一軒の廃墟。
 すっかり寂れて、今すぐにでも崩壊しそうなオンボロ家屋だが、よくよく観察してみれば“オンボロ”なのは外観だけであることが分かる。
 巧妙に偽装されているが、扉や壁には鉄板が仕込まれていた。なるほど、これはまるで要塞だ。
 イーリンは、迷うことなく扉を拳でノックした。
「ノックしてもしもーし! いるのは分かってるんだから、無駄な居留守なんて使わないで出て来なさい!」
 イーリンが声を張り上げる。
 数秒の沈黙。
 ガチャリ、と扉の内側で鍵の開く音がした。

 人混みの中をアルヴァが駆ける。
 まるで飛んでいるかのように。疾走するアルヴァの姿を、道行く誰もが視認した。
 当然、アルヴァを捜していた憲兵たちもアルヴァの居場所を認めただろう。
 人混みを掻き分け、3人の憲兵がアルヴァの進路に立ちはだかった。
「やれやれ、結局こうなるのか」
 憲兵に追いかけ回されることには慣れている。
 アルヴァはシンダラー男爵を殺していない。
 だが、あくまで“シンダラー男爵を”殺していないだけで、まぁ、言ってしまえば貴族殺しは初めてでは無いし、裏でこそこそ悪事を働いていた悪人を人知れず裁いたことも1度や2度ではないわけで、憲兵に追いかけられる理由なんて数え上げればキリがない。
 上体を低くし、背負っていた狙撃銃を片手で掴む。
 地面を蹴って、アルヴァは加速。
 数メートルの距離を一瞬で詰めると、狙撃銃を横一線。まずは1人の膝を狙撃銃で叩き割ると、次にもう1人の股間を全力で蹴り上げた。
 瞬きの間に2人を無力化したアルヴァは、残る1人をその場に放置し人混みの中へ潜り込む。アルヴァの凶行を目にした誰かが悲鳴をあげた。
 悲鳴が連鎖する。
 混乱が、更なる混乱を助長する。
「その男を捕まえろ! シンダラー男爵殺しの下手人だ!」
「捕えろ! その首には80万Gの賞金がかかっている!」
 憲兵が叫ぶ。
 どうやら、アルヴァの首には懸賞金がかけられたらしい。シンダラー男爵の遺体が発見されてから、そう長い時間も経っていないが、どうにも手回しが早すぎる。
「用意周到なことだな。最初から俺だけを嵌めるつもりだったのか、或いは……」
 違和感はある。
 否、違和感なら最初から幾つもあったのだ。
 登録した者しか開けない筈の扉が何故開いたのか。
部屋の中で、アルヴァが意識を失ったのはなぜか。
口や目や鼻から血を溢れさせた異様な遺体……男爵の死因は何なのか。

「ジギタリスの毒性は胃腸障害、おう吐、下痢、不整脈、頭痛、眩暈……摂取量が増えれば心肺機能の停止も起こり得る」
 シンダラー男爵邸の裏。
 ジギタリスの花畑に訪れた汰磨羈が、花壇の隅でしゃがみ込む。花壇の一部から、ジギタリスの花が摘み取られているのを見つけたからだ。
「ジギタリスを使ったのか? だが、死体の状態と、ジギタリスの毒で起こり得る症状に差異がある」
 男爵は、目や口や鼻から血を吐いて死亡していたはずだ。
 生憎と、男爵の遺体は既にどこかに移された後で汰磨羈は直接、確認していないが。
「硫化水素……だろうか」
 硫化水素。
 独特の腐卵臭を放つことで有名な硫黄と水素の無機化合物の名称である。
 粘膜刺激が強く、急性出血性気管支炎などの症状を誘発させる。また、高濃度なら即死もあり得る。ジギタリスの毒で意識を失わせたうえで、硫化水素を吸わせて殺める。
 2段構えの殺害方法。
「窓一つ無い密室で使う毒としては最適解の一つ、か」
 アルヴァの話では、扉の付近は濡れていたという。
 氷か何かに硫化水素を閉じ込めておき、あらかじめ部屋の中に仕掛けていたという線は無いか。
 生憎と、その場合は既に事件現場に証拠となるものは残されていないだろうが……。
「保管場所を探すのも手か。屋敷に忍び込んでいるソアやイズマにコンタクトが取れればいいが」
 そう呟いて、汰磨羈は姿を白猫に変える。
 足音も無く、2本の尾をくねらせながら、白猫は夜闇の中へ姿を消した。

「これはどう見てもアルヴァさんを疑うよな」
 状況証拠は、アルヴァが犯人だと告げていた。
 男爵の遺体と、正体不明の侵入者。
 密室の中に、その2つが揃っていたなら、それはもう「私が男爵を殺しました」と言っているようなものである。
 それゆえに、不審なのだ。
 あまりにも「アルヴァが犯人である」状況が整い過ぎているのがおかしいのだ。
 憲兵の衣服を着こんだイズマは、こっそりと1階の奥にある1室を訪れた。男爵の遺体を最初に見つけた屋敷のメイドの住む部屋だ。
「もしもし。夜分遅くに失礼。憲兵隊の者なのだが」
 軽く扉をノックして、イズマは部屋の中へ声を投げかけた。
 返事は無い。
 だが、布の擦れる音がした。
 メイドは部屋の中にいるし、まだ起きている。
「……死体を見て怖かったよな、お気の毒に。少し話を聞いてもいいか?」
 部屋の中からは不安や焦りの感情が伝わって来る。
 イズマの問いは、メイドの心を揺さぶった。主人の遺体を目にしたことでトラウマでも発症しているのかもしれないし、別の理由で不安や焦りを感じているのかもしれない。
 少し、イズマは思案する。
 このままカマをかけてみるべきか、それとも、様子を見るべきか。
「……あの時、皆さんは何しに寝室に行ったんだ? 男爵に持病等はあったか?」
返事は無い。
ただ、不安や焦りの感情は強くなっていた。
「生きてる男爵を最後に見たのはいつだ? 嫌なことを思い出させてしまうかもしれないが……ん?」
 と、そこまで問いを重ねたところで、イズマは気づいた。
 部屋の扉の隙間から、卵の腐ったような臭いがしていることに。

「そこ退け、イズマ! なんか“不味い”!」
 牡丹は叫んだ。
 イズマから連絡を受け、メイドの部屋の前へと足を運んだのだが、現場へ到着するなり彼女は慌ててイズマを押し退ける。
「まずいって……何が?」
「詳しくは分からねぇが、“不味い”んだよ、何かが!」
 ひっそりと姿を隠して屋敷内を探索していた牡丹だが、こんな風な大声を上げては潜伏していた意味が無い。
 そんなことにも気を回している暇は無いのだ。
 
 扉を擦り抜け、部屋の中へと飛び込んだ牡丹の意識が飛びかけた。
 吸い込んだ腐卵臭が原因か。
 部屋の中には、異様な臭いが満ちていた。
「汰磨羈に頼まれてた硫化水素は見つかったが……っ」
 なるほど、いくら探しても、どこにも見当たらないはずだ。
 シンダラー男爵の殺害に使われた硫化水素は、メイドの部屋にあったのだ。
 もっとも、発見するのがほんの少しだけ遅かった。
 質素なベッドに横たわり、メイドが意識を失っている。その体は、びくびくと何度も痙攣していた。
 生きている。
 だが、死にかけだ。
 部屋の中にはメイドしかいない。
 扉にも、窓にも、鍵がかけられている。
 彼女がシンダラー男爵殺しの真犯人なのか。
 それとも、証拠隠滅、口封じのために殺められそうになっているのか。
 或いは、イズマが事件についてを問うたことにより、罪の意識に苛まれた末の自殺だろうか。
「死んでても話は聞けるが……死なせねぇぞ。オレを誰だと思ってやがる!」
 幸いなことに、牡丹には医療の知識があった。
 “何でもできる”牡丹がこの場にいるのだ。
 死に逃げなんて真似を許せるはずがない。

●解答編
 ソアという名のメイドが屋敷にやって来たのは、夜もすっかり遅くなった頃だった。
 何でも、シンダラー男爵に雇われ、今夜から屋敷で奉公する契約になっていたらしい。彼女を雇った張本人であるシンダラー男爵は、悲しいことに既に故人だ。
 その遺体も、既に人目につかない場所へと移している。
 契約は無効だと、追い返そうかとも思った。
 だが、このような夜分に訪ねて来た女性を追い返すのは少し外聞が悪いだろうか。そう考えて、少しの間だけだが、彼女を臨時のメイドとして雇うことにした。
 考えようによっては丁度いいかも知れない。
 何しろ、今夜のうちに1人……屋敷のメイドが減るのだから。
「んー? こっちかしら? それとも、この辺りかしら?」
 奇妙なのは、ここ応接室と、キッチン、食堂などをしきりに行き来しながら、何かを探している点だろうか。最初は掃除用具や食器を捜しているのかと思ったが、どうやらそうじゃないようだ。
「あ、差し入れを選ばなくちゃ……このお菓子とか良さそう」
 来客用に用意していた高い茶菓子を、きらきらした目で見つめている。とてもじゃないが、雇い主が死んだと聞かされたメイドの態度のようには思えない。
 何をしているのか、と訊くべきだろう。
 そう思い、声をかけようとした……その時だ。
「あ、やっと来たね。はいはーい、今開けるよ」
 彼女が誰かを……誰かたちを、応接室へと招き入れた。

「それで……誰がやるの? アレよ、アレ。犯人はお前だって!」
 小柄な女性がそう言った。
 肘で突かれ、前へ出たのは車椅子に乗った若い女だ。猫みたいな顔をして、部屋の中をぐるりと見やる。
 憲兵は……護衛は、一体なにをしているのか。
 窓の外へ目を向けた。
 と、その時だ。
 部屋の中に何かが投げ込まれた。重たい音を立てて床に転がったのは、意識を失った護衛の男……ゴーシュである。
「探してるのはこいつか?」
 ゴーシュを投げ込んだのは青い髪の青年……アルヴァである。
 誰もその場を動けない。
 否、アルヴァたちは動く必要が無いのだ。窓枠に腰かけた白い髪の女。部屋の扉を塞ぐアルヴァ。周囲を囲む青髪の男に、赤い髪の少女……完全に包囲されている。
 きっと、メイドも奴らの仲間だ。
「それじゃあ、推理を始めよう」
 猫のような目をした女が、いかにも悪辣な笑みを浮かべて朗々と言葉を語るのだった。

「まず男爵の死因だが……これは、ジギタリスの毒と硫化水素に間違いないね。ジギタリスの毒を飲んで体調が悪くなった男爵は、早い時間に自分の部屋へと戻って行った。アルヴァ君が男爵の部屋に忍び込んだのはこの時だ」
 猫目の女……シャルロッテが語る。
「硫化水素を閉じ込めた氷を鍵穴のところに仕掛けていたんだろう? 部屋に戻った男爵とアルヴァ君は、硫化水素を吸い込んで昏倒したんだ。本当ならアルヴァ君もそこで殺す予定だったのかな?」
 そうして、アルヴァを男爵殺しの犯人に仕立て上げる。
 そう言う計画だ。
 もっとも、アルヴァは死ななかったが。
「地下にあった遺体は汰磨羈君が調べたよ。検視に回せば、死因もはっきりするだろうね」
 言い逃れは出来そうにない。
 隠していた遺体も、既に発見されている。
「あのメイドだが、男爵の“飼い犬”だったんだろう? 男爵が悪事を働く時に、彼の代わりに動くのがあの子だ。可哀そうに……犯罪の片棒を担ぐことに悩んでいたんだね。そこで君は、男爵殺しの計画を彼女にもちかけた」
 その通りだ。
 あのメイドは、悩み抜いた末に私の計画に乗った。アルヴァのことを悪徳ギルドで耳にして、私に教えてくれたのもあの娘だ。
 私が“罪を擦り付ける相手を見つけて来い”と命じたからだ。
 夜が明けたら、こっそり始末するつもりでいたが……
「牡丹君とイズマ君が調べたところ、男爵の部屋にはアルヴァ君の指紋が1つも残っていなかった。もちろん、扉の鍵にもね。つまり、アルヴァ君が触れたから扉が開いたんじゃない。誰かが外から扉を開けたんだ」
 そう言って、シャルロッテは腕を持ち上げる。
 そして、その細い指を私の方へ突き付けた。
「……つまり、犯人はシンダラー男爵夫人。あなただよ」
 
「そうでしょう、夫人。否定するなら、俺が出れた理由を説明して頂けませんか」
 アルヴァが問う。
 夫人は何も答えない。答えられない。
 何もかも、シャルロッテの言う通りだからだ。
「真犯人は男爵夫人だと、そんな噂はもう流している。もう逃げられないよ」
 剣を抜く音がした。
 イズマが1歩、男爵夫人に近づいた。
 逃げ場も無い。
「アルヴァが言い逃れする奴ならオレ達は苦労しねえし、苦労してやらねえよ」
 呆れたように牡丹が言う。
 窓際で腕を組んでいる汰磨羈も、賛同するように頷いている。
「奥様……っ」
 執事が、男爵夫人から離れた。
 震える手で、彼は自分の口元を覆う。溢れそうになる悲鳴か嗚咽を、必死に飲み込もうとしているのだろう。
「くっ……!」
 苦し紛れの行動だろう。
 夫人は執事の胸を突き飛ばし、踵を返して走り出す。
 逃げるつもりだ。
 逃げ場など、もうどこにも存在しないのに。
 アルヴァが狙撃銃を手に取る。
 その横を、稲妻が駆け抜けた。
「っ……とと! おい、殺すなよ!」
 アルヴァが制止するのと同時に、夫人の身体が床へと叩きつけられる。
 その胸の上にはソアが乗っていた。
 夫人の喉には、鋭い爪が突き立てられている。
「難しいトリックはボクには分からない。でも体に聞くのは大得意だよ、じっくりたっぷりお話しよう」
 生き延びるには、全てを吐くしか無いようだ。

成否

成功

MVP

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
真犯人は無事に捕まり、アルヴァさんの冤罪は華麗に晴らされました。
依頼は成功となります。

が……それはそれとして、アルヴァさんの余罪はたっぷりです。

MVPは、推理内容や調査内容がこちらの想定していたものに一番近かった人へ。

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