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シナリオ詳細

<クロトの災禍>灰燼の縢り

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「リュミエ様」
 大樹ファルカウ上層部、選ばれた者しか立ち入ることの出来ないその場所に人間種の男が姿を見せた。
「ジルベール、よくいらっしゃいました。今日はクローディヌは?」
「母はアズナヴェール領におります。もう歳だとよく笑っておりますが……」
 まあとリュミエは口元を抑えてから「まだ若いのに」と囁いた。
 クローディヌ・アズナヴェールは50歳になった息子を有する幻想種だ。リュミエからすれば未だ未だ年若い女である。
「ご勘弁を」と揶揄うように笑った男の名はジルベール・ロア・アズナヴェール。
 クローディヌ・アズナヴェールの息子であり、幻想の片田舎に存在するアズナヴェール領を治める男爵位を有する牧師である。
 アンテローゼ大聖堂と志を同じくした『灰薔薇教会』は故郷をやむを得ず出る事になった幻想種達の信仰の拠り所である。
 アルティオ=エルムを離れたと手、心は常にファルカウと共に在るべきと教会を開いた幻想種の娘、クローディヌはアズナヴェール男爵と婚姻し、幻想種達を支え続けたのだ。
 その最愛の息子ジルベールはランという幻想種の娘を妻に貰ったが事故で早くに亡くしてしまった。
 忘れ形見である最愛の娘フランチェスカ・ロア・アズナヴェールもやむを得ない事情で家を空けて久しい。
「今日はあの子に逢いに来たのですか?」
「はい。フランチェスカの顔を見ておきたかったもので」
 肩を竦めたクローディヌにリュミエは頷いてから「それだけではないでしょう?」と問うた。
「……お見通しだろうとは思っておりましたが。ええ、コンシレラの様子を見てから此処まで来ました。メーデイアは如何ですか?」
「木々の怒りが私を拒絶しています」
「やはり」
 ジルベールは痛ましい表情を見せた。
 迷宮森林の西部地域にあるメーデイアは大樹ファルカウから離れているために外部の手が余りに及ばない地域である。
 旧時代の遺跡などが多数存在しており、安易に踏込んではならないと警告されることが多い。
 幻想種達は木々との調和を有し、彼等と共存することを得意とする為に滅多に迷うことがないのだが、近頃はその幻想種達が行方知らずになる事が多くなった。迷いの森に囚われてしまったのであれば、森に答えを問うまでだ。
 リュミエは木々に語りかけ『メーデイア』に答えを求めたが、撥ね除けられた。其れ処か裏切者だと手酷く罵られる事態となる。
「やはり、だなんて。貴方こそ何かあったのでしょう?」
「母が石花病に罹患致しました。母は研究者でもありましたから、滅びの気配が関与しているのでは無いかと推測しています」
「……恐らくは、そうでしょう」
 リュミエは緩やかに頷いてから、クローディヌと呟いた。ふんわりとしたローズベージュの髪と灰色の瞳の彼女。
 孫娘にも良く似ている彼女はリュミエにとっては我が子同然であった。
 クローディヌのような聡明な女の孫娘が『叡智の書庫』を継ぐ魔女となる事を知った日には屹度彼女と同じようにお勤めをこなしてくれるだろうと期待したものだ。
 ……最も、クローディヌと似ているのは外見のみで、人間種として産まれた彼女は幼い姿の儘、自由気ままに走り回っているのだが。
「ならば、フランチェスカにも『病の探求』を頼むのですか?」
「勿論です。彼女は『叡智の書庫(ヘクセンハウス)』の当代だ。だからこそ、その責務がある。
 そのついでに、メーデイアの現状を彼女に探らせたいのだとジルベールは告げた。
 リュミエは「ええ!? 私が!?」と叫ぶであろう『フランチェスカ』を思い浮かべてから「信頼できる方々を呼びましょう」と肩を竦めたのであった。


「――ええ!? 私が!?」
 案の定、そう言ったのは幻想貴族の娘、フランチェスカ・ロア・アズナヴェール――改め『フランツェル』・ロア・ヘクセンハウスであった。
 大樹ファルカウの麓に存在するアンテローゼ大聖堂の司教であり、ハニーピンクの髪に銀の瞳を有する魔女である。
 非常に好奇心は旺盛で肩書きからは想像も付かないようなバイタリティで大騒ぎするリュミエの頭痛の種そのものである。
 彼女のルーツは幻想にあるがれっきとした幻想貴族である。だが、着飾る事を止めてから早幾年。もはや貴族らしさの片鱗もない。
「えっ、というか、お祖母様が石花病ってどういうことなの? お父さん」
「そのままだが」
「お父さん!? 説明不足だっていわれない!?」
 声を荒げた彼女に「本当にお前は貴族だったのかい、フランチェスカ」とジルベールは目を伏せた。
「ええ。アズナヴェール男爵令嬢だった筈ですけど!? それは兎も角! 石花病が、滅びに関係あるって言うのは?」
「定かではないよ。ただ、大樹の嘆きが関連しているとお祖母様は考えて居たが、その症状が加速するのは滅びの気配が絡むのでは無いかとのことだ」
「……お祖母様の病状は?」
「まだ大丈夫だ。安静にしているし、灰の霊樹が守って下さっている」
 ほっと胸を撫で下ろしてからフランツェルは「分かったわ、調査をします」と渋々ながら頷いた。
 今回はそれだけではないのだ。
 向かう先は西部森林メーデイア。その地ではフィールドワークに先んじて向かったという幻想種が行方知らずになって居る。
 リュミエの補佐を行って居る神官の一人、アシェラ・イラ・レンラと連絡が取れなくなって二日経ったのだ。
「メーデイアでアシェラ神官を探すことがリュミエ様のお望みですか?」
「ええ。それと、森の現状を報告して下さい。私は『木々に拒まれて』その内情を見ることが出来ません。
 あの地には……そう、あの子の……クラリーチェ・カヴァッツァの墓標も近かったでしょう」
 深緑の戦いで、その命を散らせたイレギュラーズであるクラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)の故郷もメーデイアに程近いと耳にしていた。
「……そのメーデイアの状況が変わったのは、玲瓏郷に変化があったから、という可能性は?」
 問うたリア・クォーツ(p3p004937)にリュミエは「無いとは言い切れません。時代の玲瓏公」と囁いた。
 パワーバランスの変化が少なからず何らかの影響を与える可能性は捨てきれないのだ。
「ねーさまの……お墓……」
「クラリーチェ君のお墓も、石花病の原因も、行方不明になっているアシェラさんのことも守らなくちゃね。
 その為には、嫌そうな顔をしないでね? フランさん」
 肩を竦めるアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)にフランツェルは「やりますけどぉ」とがくりと肩を降ろした。
「漠然とした不安があるのよ。はあ……プーレルジールの事もあるわ。色々と困り事が多くて大変だもの」
 呟いたフランツェルにクロバ・フユツキ(p3p000145)は「でも、表情は行く気満々だな、フランツェル」と揶揄うように声を掛けた。
「あら、リュミエ様の力になりたいって言いながら影に隠れているのは誰かしら」
「……言うなよ」
「リュミエ様の信頼に応えて手伝いに来てくれた冬月君はどこかしら」
「……もう良いだろ」
 嘆息したクロバは「アシェラの事は任せてくれ」と影より声を掛けた。
 メーデイアの状況はリュミエにとって深刻だ。木々の声が聞こえぬまま、それらに拒絶されたのはどれ程に恐ろしいことであったか。
「行きましょうか」
 くるりと振り返ったフランツェルに「フランチェスカ」とジルベールが慌てた様子で声を掛けた。
「……はい。お父さん」
「気をつけるんだよ。皆さん、娘は幾つになっても娘として可愛いもので……。どうぞ、宜しくお願いします」
 頭を下げたジルベールにフランツェルが「お父さん」と慌てた様子で声を掛けたがアレクシアが小さく笑った。
「はい。行ってきます。任せて下さい」
 森に迫った滅びの気配も。
 木々が叫ぶ、拒絶の言葉も。
 その全てが胸を締め付ける。

 ――森を焼いただろう。お前達が森を害したのだ。

 その言葉を否定できないまま、イレギュラーズは森林の西部へと向かうのであった。

GMコメント

●成功条件
 アシェラ・イラ・レンラ神官の保護

●迷宮森林 西部森林メーデイア
 迷宮森林の西部地域です。人の手が入りにくい西側地域であり、旧時代の遺跡などが多く残されています。
 霊樹はリュミエとの疎通を拒絶し、幻想種達も迷い混んでしまうようです。
 ロケーションは非常に美しい森ですが鬱蒼としているようにも感じられます。
 また空気が重苦しいため、注意も必要です。
 非常に入り組んだ森ですが、フランツェルが手にしている灰の霊樹が帰り道を示してくれますのでイレギュラーズは安心して帰還できます。

●大樹の憤怒 10体
 大樹の嘆きと呼ばれた木々の精霊達と同等のモンスターです。紅い焔を身に纏い無差別攻撃を行ないます。
 酷く憤っており、ファルカウを守るが為に戦うようですが……言葉を交すことは出来れど、説得は難しそうです。
 姿は精霊達を模しており、空を飛び回っています。まるで精霊兵士です。

●終焉獣  ??
 無数に存在する終焉獣達です。メーデイアの中を走り回っており、その活動領域をじわじわと広げようとしている姿が見受けられます。
 これらは接近を予測して戦闘を避けることも可能でしょう。姿形は様々です。知能や戦闘能力も同様です。

●保護対象『アシェラ・イラ・レンラ』
 神官でありリュミエの傍付きの幻想種です。柔らかな白髪におっとりとした紫色の瞳です。
 その外見には似合わず速力を武器とし、隠密行動に適しています……が、どうやら迷い帰れなくなった様子です。
 メーデイアの何処かに居ます。探し出し救出して上げて下さい。

●同行NPC『フランツェル・ロア・ヘクセンハウス』
 幻想貴族であったフランチェスカ・ロア・アズナヴェール。名を改めた『叡智の書庫』の魔女です。
 自衛が可能です。灰の霊樹を運んでいます。また、現状を認識することで知識として蓄える事が目的のようです。
 祖母が病に伏せたことを心配しています。また、リュミエが『不安そうにしている』とも認識しており現況の解明を行ないたいようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <クロトの災禍>灰燼の縢り完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年10月12日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
一条 夢心地(p3p008344)
殿
セチア・リリー・スノードロップ(p3p009573)
約束の果てへ
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

サポートNPC一覧(1人)

フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)
灰薔薇の司教

リプレイ


 まるで漆で塗りたくったような鬱蒼とした空気がその地には満ちていた。天より降る光を遮ったメーデイアの地を進むのは11人の使者である。
 ざらざらと音を立て擦れ合わされる葉の音を聞きながら重い足取りで進むのは『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)。柔らかな雲色の髪を撫でる秋風は涼やかな気配を宿している。
 指先を撫でて昇り行く風の涼やかさよりも尚も、緊張とこの森に起きた異変に対して少女の指先は冷え切って行く。
「……霊樹がリュミエさまを拒むなんて、よっぽどのことだと思うです……」
 ぽつりと呟かれた言葉に眉を顰めたのは数人のイレギュラーズだった。そう、現状は想像だにしない方向に向かっている。
 形を得て幾許か、メイの有する知識はこの近隣に眠る『ねーさま』の教導に寄る部分も大きい。ベンチに腰掛けた彼女の膝に頭を乗せてブランケットに包まりながら教えてくれた旅の物語――『幻想種と木々は互いに慈しみ合っている』のだと。深緑(アルティオ=エルム)は国ではなく森と幻想種の共同体であるのだと。
 そう教えられているからこそアルティオ=エルムの指導者であり大魔導、大樹の巫女であるリュミエを拒絶する木々の気持ちは計り知れない。
「……ねーさま」
 彼女に会いに行く。
 彼女の眠りを妨げる者など居ないように――彼女に胸を張れる自分であるように。
 さくさくと落ち葉を踏み締めて行くメイの背を見詰めてから『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)は周囲を見回した。
「同じ森でも神聖なファルカウ周辺と空気が違うな。
 ……今の俺には過ごしやすいが、これが滅びの気配というやつなのだろうか」
「あら、滅びちゃだめよ」
 揶揄うような声音で言った『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)にクロバはやや眉を吊り上げてから「滅びんが?」と返した。
 相変わらずの様子である『叡智の書庫(ヘクセンハウス)』の当代の魔女はお使いという名目でイレギュラーズと共にやってきたのだ。
 旅人達の実験の結果、産み出された狂気をその身に取り込んでから黒かった髪は白く、その瞳も真紅に染まってから彼の性質は随分と『そちら』側に寄ってしまったのだろう。
 フランツェルからすれば確かに今のリュミエにとってはクロバの様子は刺激が強いとも思える。……まあ、それは兎も角揶揄うのは揶揄うのだけれど。
「けれど、重苦しい空気なのは確かね。こんな森は初めてだわ」
「はは。ご機嫌斜めのレディってのも中々手を焼くもんだよな。ま、今回の森が男か女かってのはちょっとわからんけど」
 木々や車、意思の疎通を可能とする存在を『女性』と表すのは通説だろうと『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)はフランツェルを振り返った。
「レディの傍が心地良いってクロバさんが言ったって事?」
「おっと」
 サンディが大仰な反応を見せればクロバは「フランツェルは絶好調だな」と痛んだ頭を押さえた。その様子はリュミエにより迷宮森林西方に位置するメーデイアの調査を求められた時と大きく違う。
 彼女がいつも以上に軽口が多く楽しげである理由に行き当たってから『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はくすりと笑って見せた。
「ジルベールさんの前だと、フランさんもなんだかちょっとかわいらしいよね……なんて」
 フランツェルの肩が跳ねた。ジルベール・ロア・アズナヴェール。幻想貴族であるアズナヴェール男爵であるその人がフランツェルの父親に当たるらしい。
 アレクシアも此れまでのフランツェルとの関わりで良く分かったことがある。彼女は大概自身の出自をぼやかしている嘘つきだ。
「フランチェスカさん」
「……虐めないでちょうだいな」
 肩を竦めるフランツェルにアレクシアはくすりと笑った。ジルベールの年齢を鑑みるにフランツェルの実年齢はアレクシアと大差は無いだろう。
 ただ、お役目と『叡智の書架』を引き継ぐことになった際に得た膨大な知識が彼女自身のプロフィールにやや影響を及ぼしたと言うべきか。
 肉体こそまだ年若い女のものであっても脳に刻み込まれた知識は永きを生きる幻想種と同等という事か。
 そんな彼女の実に『年齢相応』な姿は珍しかったのだ。それを誤魔化すようにクロバを揶揄うのもまた、フランツェルが普段のペースを取り戻そうとしているだけに過ぎないか。
「兎も角、メーデイアの調査をしましょう! ね! 色々とあるわよ。未開の地みたいなもんですから」
「未開か。確かにファルカウより西方はあまり踏み入れた事も無かったかも知れない。
 このあたりは遺跡が多くて良いねぇ。学者の端くれとしてはじっくり調査をさせてもらいたいが、そういう空気でもないんだよねぇ……」
『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)はきょろりと周囲を見回してから重苦しい空気に嘆息した。
 正直、この空気の理由には行き当たっている。森には森のしきたりがある。幻想種達の忌避する行いにさえ手を掛けてしまったのだから。
(……まあ、森を焼いたのは確かだ。それも否定できない。だが……なぜ今になって、とは少し思うかな。話が出来るなら教えてもらいたいものだね)
 例えば。
 ――それを恨む者が現れた、ということだろうか?


 まるで立ち入ることを拒むように木々がざわざわと擦れ合わされた。
 扇で緩やかに己を仰いでから、ぱちんと閉じてから『殿』一条 夢心地(p3p008344)は「なぁるほど!」と頷いた。
「ふむ、ふむ。どうやら森が怒っておるようじゃの。────理由は単純明快」
 夢心地が告げれば嫌な予感を感じ取ってから『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は「何?」と片眉を吊り上げながら聞いた。
 鬼の形相にまでは行き着かないように堪えて居る『次代の玲瓏公』。大精霊の血を引いた娘は取りあえずの優しさを見せた。
「大樹へのお中元を忘れたな、リア・クォーツよ。そなたにはハム担当としての自覚が足りておらぬ! お歳暮は忘れるでないぞ」
「お歳暮にはまだ早いだろうが」
 思わず毒づいたリアに夢心地は「ほっほっほ」と笑いを漏す。全くと呟いてからリアは「それにしたって、嫌な音色ね」と呟いた。
 ハム担当の自覚は此処には有してきていないが玲瓏公の次代を担う者としてはやってきた。
 そも、あの刹那でさえたまゆらの命であった母をその身に取り込んだ時点でリアの性質にはやや変化が生じていたのだ。
 だからだろうか。この森の叫びが、苦しみが痛いほどに分かって仕舞ったのは。
(……あの人なら深緑は絶対に守る。だから子であるあたしが代わりを務めなければいけない。あたしが、やらないと……)
 俯いたリアに「大丈夫?」と声を掛けたのは『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)であった。
「え、ええ」
「森が怒っている気配がするよね。……声が聞こえる」
 呟くスティアは滅びの気配が現実でも近いんだろうと耳を澄ませた。異世界プーレルジールでの『探索』を経た彼女にとって、彼方の迷宮森林と現状がリンクして仕方が無いのだ。
「……これって、プーレルジールと同様の危機が迫っていると考えた方が良いのかな?
 きっと何かを伝えようとしているはずだし、サインは見逃さないようにしないとね」
「ええ。きっとその為に私も呼ばれてきたんだわ」
『あの人』は森の嘆く声も、怒る声も聞こえるのだろうか。プーレルジールでのことを思うに森の木々を傷付けることは厭われ、火は禁忌であった。
 それに触れた現状が今だというならば。
「西部森林というと、大陸の外側を向くファルカウ以西の奥まった場所にある迷宮森林……。
 深緑に点在してる古代遺跡の事もありますし、何かが起きている以前に何が潜んでいるか知れたものではないか」
 悩ましげに呟いた『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)に「そうね。ここって余り立ち入る場所でもないのよね」と『約束の果てへ』セチア・リリー・スノードロップ(p3p009573)は周囲を見回す。
「私は深緑の事をよく知らない。けど……深緑に何かが起きているのなら知りたい。クェイスが目覚めた時に笑って欲しいもの」
 セチアは大樹ファルカウで眠る『友人』を思い浮かべてからさくさくと地を踏み締めた。
 森林の様子を見る限りは分断するのは避けたい。故に全員で纏まって行動することに決めたイレギュラーズは精霊の声に耳を傾け、植物たちと対話する。
 魔の気配を敏感に感じ取るクロバは身体へのリスクは度外視にしていた。非常に干渉を受けやすくなるのは難点ではあるが、それも顔に出さねば良いことだと彼は考えて居る。
「……向かう先は、危険だよ」
 アレクシアはぽつりと呟いた。木々の声を聞き選ぶのは敢て『安全ではない』道だ。正常ではない場所を目指さねばならないのだ。
 踏込んだ相手を帰そうとしない時点で、森は敵意を抱いている。木々そのものの意志を汲み拒絶される方向に行かねば『目的』は果たせない。
「精霊達、酷く怯えているようね。それにクオリアは駄目ね、アシェラさんの音色を探すどころじゃない。
 音が多過ぎるのもあるけど、何よりも……サンディちょっと……いや、なんでも無い、ごめん」
「ん?」
 どうかしたのかと振り返ったサンディにリアは首を振った。酷く痛む頭を押さえてからリアは最悪と独り言ちた。
(本当に最悪……サンディが居なければまだもう少しだけ頭痛もマシなのに)
 そんなことを思ってしまった己が酷く不甲斐なく感じた。サンディと、あの子。
 蒼穹を目指し共に過ごす大切な人を護るために強くなることを誓ったというのに。そんな二人の旋律が酷い痛みになるのだ。
(……いや、これはあたしの問題よね)
 リアは息を吐いてから頬をばちんと叩いた。勢い良い音に「ぴゃ」とメイが肩を跳ねさせる。
「ど、どうしたです?」
「ああ、大丈夫よ。やる気を注入しただけ」
 にんまりと笑ったリアに夢心地は「塩気を注入とな?」と扇で口元を隠しながら問うた。
「違うが」
「ほっほ。さてさて、仕方あるまいな。森が麿達を拒絶しておるが殿的存在として森を鎮めに往こうではないか。
 迷宮森林というだけあって、闇雲に進むのは避けたいところ。しかし、精霊も怯えているとなれば民の心を守るのも! そう! 殿の在り方じゃ!」
 天晴れと手を叩くフランツェルに「こいつら、元気ね」とリアは夢心地とフランツェルを指差してメイを振り返った。
「はい。でも、明るく居る事は大事なのかもしれないです。ここは暗くなってしまうから……ねーさまも、ビックリしているかも」
 メイの不安げな表情を見詰めてから「そうね」とリアは呟いた。クラリーチェ――深緑でその性質を反転させた一人の修道女は静かに眠っているはずだった。
 彼女にとっても穏やかな森が一番に心地良いはずだったのに。明るく笑い声の絶えない場所で過ごしていた筈の彼女の上に重くのし掛かった滅びの気配を払い除けねばならないのだ。
「アシェラさんを探したいのに……向こうから来るのは『別もの』ばっかりだわ」
 セチアは呟いてから鞭を握り締めた。森を守りたいと願うが如く守護の結界を展開させるセチアの目が捉えていたのは無数の獣達の姿だ。
 それが終焉獣であるか。もしくは大樹の憤怒であるか。出来れば可能な限りの戦闘は回避していきたかったが森に入った時点で彼方にはこの動きが見通されていたという事か。
「……仕方有りませんね。応戦準備を整えましょう」
 リースリットが肩を竦め、風の囁きを頼りに敵影を避けていても追い縋る終焉の獣達を見据える。
 先進むファミリアーを派遣していたゼフィラとメイは頷き合った。
「森そのものの調査にも深く関連しそうだね。何せ、森の木々には何ら変哲はないというのに精霊達の様子がおかしいときたのだから」
 ゼフィラは学者として『森の変化』と『動植物の生態系の移り変わり』を確認していた。どの様な変化が起こっているのかを知るには目で見るのが一番だ。
 こうして獣達が姿を見せたこととて生態系の大きな変化だろう。ゼフィラは問う、「そもそも、この地には終焉獣なんていなかったろう?」と。
「そうよね。本ッ当に不本意ながらちょっと落ち着いたあたしが居るもの。腹が立つ」
 リアは思わず毒吐いた。美しい音色が頭を掻き混ぜるから、どうしたってサンディ達の音色を聞くよりも不協和音でも安心できてしまう自分がいた。
 ぎりぎりと奥歯を噛み締めて、終焉獣を睨め付ける。飛び込んでくると言うならば相手にするのみだ。
 精霊の力を励起する。星鍵(せいけん)の切っ先に乗せられた魔力が終焉獣達の視界を覆い尽くす慈光となった。
 地を蹴って駆けるは『次代の玲瓏公』。その身が宿した精霊の気配と共にあの『優しい玲瓏公』とは打って変わって攻撃的な気配を宿したリアの眼光が鋭く獣を射貫いた。
「この森を、母さんが守っていたこの地を穢させないわ」
 遠慮なんてしてやるものか。この地は『母』の守り抜いた場所なのだから


 姿を見せたのは終焉獣だけではないか。襲われたならば応戦し、至急、救助に向かわねばならないと耳澄ますセチアは「あっちよ」と声を上げる。
 頷きながらもすらりと引き抜かれた太刀に乗せたのは夢心地による夢心地の為の素晴らしき一撃。
「潜んでいる敵はおらぬか、比較的新しい足跡は残ってないか、そしてなんらかの理由でアシェラが身を隠していないか、等をチェケラ!
 あっちじゃな!? ならば、ヌンッ! 感謝の気持ちを忘れたこちらの不手際ではあるが……人ひとりの身の安全がかかっておるのでな」
 そう――森の全容を解明するだけが此度の目的ではない。
 達成すべきはアシェラ・イラ・レンラ。ファルカウの神官でありリュミエの付き人である女の救出だ。
 アシェラの事を心配するリュミエの横顔を思い出す。貌を合せられなかったことは不甲斐ないが――フランツェルは顔を見せてやりなさいよ、とせっついていた――彼女の憂いを払い除けてやりたいものである。
「フランツェル! 精霊の力で怒ってるものなのか? あれは」
 サンディの問い掛けに「少なくともプレーンな終焉獣とは言えなさそうよね」とフランツェルは頷いた。
 フランツェルと共に事前に対策を書けてきていたが、終焉獣はモンスターとは言い切れず、かと言って精霊とも言えやしない。
 喩えるならば滅びそのもの。例えば、肉腫(ガイアキャンサー)と呼ばれていた存在が大地の癌だと囁かれていたように。それらもそうだとしか言いようがない。
「リア」
 びくり、とリアの肩が跳ねた。サンディは一度足を止める。「リア?」と呼び掛ければ彼女は難しい顔をしながら「大丈夫よ」とそう言った。
 まだ彼女の真意は知れない。此れだけ傍に居たって、気付くことが出来ないのだ。
 彼女が『突っ走って仕舞わないように』と兄貴分として気遣っているサンディの傍らでリースリットは考え続ける。
 先程ゼフィラは『元から此処に居たわけではない』と問うていた。ああ、そうだ。居るはずがないのだ。
「終焉獣が何故此処に? 海を渡って来た……いや……遺跡から出てきた?
 例えば南に湾を挟むあの土地と地下で繋がる遺跡……有り得ない話でもないか」
 呟くリースリットにメイは「あのう」とそろそろと唇を震わせる。
「もし、例えば……終焉獣が滅びのアークを元にしていて、それが、此の辺りには濃くて、自然に発生していたら……?」
「有り得ない話ではない、か。そもそも影の領域にだけそれが存在して居るわけではない。西側から、じわりと世界を侵蝕しようとしている可能性も捨てきれない」
 リースリットは眉を顰めた。滅びに瀕した世界だというならば、呼応するように『何か』が目覚め、その気配に蠢き始めていたって道理は通る。
 喩えば、冠位魔種がこの地を蹂躙した際に、何らかの綻びが出来て、それがじわじわと蓄積して今があるとしたって、可笑しくはないのだ。
(……これは、プーレルジールで戦った奴らと同じ……?)
 似ている。本当に、その類似点があったことだけでもアレクシアは大きな情報を得たとも感じられた。
 スティアとアレクシアは敵を自らに引き寄せる。同じように敵陣に飛び込んだリアは先程の敵意とは打って変わった静かな声音で大樹より産み出されたのであろう精霊達に向き合った。
「玲瓏公の名において、あなた達を鎮めます」
 どうして、と。問いたかった。それはこの場においての誰もが同じだったのだろう。
「何があったのです。何故そのように!」
 真っ向から向き合うリースリットはそれだけでは言葉が通じないと唇を噛んだ。
「話し合いで分かり合えないとしても、その場はどかさなきゃいけないとしても。
 俺たちは精霊を懲らしめるためにここに来たわけじゃないんだからさ。……伝えたいよな」
 サンディは出来うる限り殺さないことを徹底していた。そうでなくては、これ以上の敵対は無用だ。
 悔しげに眉を寄せるサンディの傍らを駆けながら夢心地は「これ! 話をせんか!」と真っ向から立ち向かう。
 メイはひしひしと感じる痛々しいほどの怒りに震えを抑えながら息を吐いた。
「どうして怒っているの? 手伝える事があるかもしれないから教えて欲しいな。私達はファルカウを害する為に来た訳じゃないから……」
 語りかけるスティアははっとしたように振り返る。自身達だけではない。誰かが近くに居る。
 セチアは頷き、メイのファミリアーが走り出す。ゼフィラの警戒を察知して、夢心地が大声を発した。
「麿が! 参ったぞ!!!!!」
 堂々と発するその声音にがさりと草木が揺れる。『そこ』か。
 リースリットはそちらへと敵を逃さぬように精霊の魔力を宿した細剣を振り上げた。地を蹴って走るクロバが真っ先にその地点に到達したか。
 茂みに身を屈めていたのは杖を手にした女だ。長く伸ばした髪を一纏めにしていたのだろうか、近くには髪飾りが落ちている。
 その髪飾りから感じられた清らかな大樹の気配にメイは「ファルカウの加護」と呟いた。
「じゃあ、あなたが……」
 アシェラ・イラ・レンラ。ファルカウの神官か。
「迎えに来たぞアシェラ。さぁ、帰ろう。リュミエも心配している」
 アシェラの前へと滑り込む。退けない理由を胸にやってきた。リュミエは彼女を大切にしているのだろう。
 心配ばかりを募らせている彼女の憂いを払う為、アシェラを無事に連れ帰らねばならないのだ。
 目を見開いた娘はまじまじと白髪の青年を眺めて居る。
「アシェラさん! 大丈夫だね? 迷子にならないように帰るから、ちょっと待って居て!」
 手を伸ばすスティアにこくこくと頷いた。リアは軽い応急手当をしながらも未だ襲い来る獣達の姿に歯噛みする。
「ああ、もう! しつこいわね!」
 アシェラの体を受け取って、傷を癒やしながらもアレクシアは何があったの問うた。
「リュミエ様が霊樹と対話できなくなったので……その原因究明のために此方まで向かいました。
 目指すのはメーデイアの更に奥に存在する霊樹です。アリアドネーと呼ばれています。その地に……行こうとしたら……」
 行く手を遮られてしまったのだとアシェラは絞り出した。
 此れより先に向かうことを大樹はよしとしていないのか。それとも。
「対話をして貰わなくてはならないのだがな?」
 クロバがぎろりと睨め付ければ終焉獣達が声高に叫ぶ気配がする。それらはこの地より先に向かわせぬと言う強き意志を発しているか。
「会話にはなりそうにない、か」
「……大樹の気配だって、プーレルジールで見た『防衛機構』そのものだった。
 意志がある存在は、きっとこの子達じゃない。もっと、形を得て、心を得た存在なら何かを分かって居るのかもしれないけれど」
 アレクシアは今現在では理解出来ないかと呟いて眼前を睨め付ける。
 依然として襲い来る其れ等から遁れなければアシェラの身の安全は保証されない。ゼフィラの支援を受けながら淡々と敵を受け流していたスティアはふと一点を見詰めた。
「何か居るよ」
 見通すように真っ向から睨め付ける。精霊の気配を手繰るようにサンディは「なあ!」と叫んだ。
「俺達は傷付けに来たわけじゃない。戦う理由なんてどこにもないだろう!?」

 ――お前等が傷付けたのだろう!

 叫ぶ声にセチアは歯噛みした。
 在り方を否定されたって構わなかった。それでも、戦う理由はない。イレギュラーズは対話のためにやってきた。

 ――お前達は森を傷つけ、我らの行く道さえも防がんと言うのか。
   退け、お前達と我らは分かり合うことの出来ぬ存在だ。   

 それら全てを受け止めて彼女は叫ぶ。「それでも!」と。
 『……まぁそういう面もあるという事を覚えてはおこう。『納得』するとは限らないがな』
 彼は、クェイスはそう告げて居た。
「貴方達と同じように深緑を燃やした者に殺意を抱いた大樹の嘆きが居た。
 きっと正気に戻っても、彼も森を燃やした事は納得してない。
 それでも眠っても尚、こうして私に力を貸して……彼との思い出が、言葉が、私に教えて、導いてくれている。
 どんなに可能性が低くても叶う事はあると、願わなくては可能性は絶対に0だと。
 この先にクェイスと生きる道があるように――憤怒とも共に居られる可能性はあるはずだって!
 私は貴方達の事を知りたい。貴方達と共存の道を探してみたいの!」
 周辺の気配が変わった。牙を剥く獣達は控え、怒りを露わにした大樹の精霊達は一同に静まり返る。
 滅びを思わす黒霧は形を作り徐々に『人間』を模して行く。その様子をクロバは不吉の象徴を見るように眺めた。

 ――共存? 可笑しな事を。それさえもお前達が力を持って捩じ伏せたのだろう。

「ッ、違う……!」
 セチアは首を振る。分かり合って、そして、再会を誓い合ったのだ。
 それさえを否定される謂れはない。唇を噛み締める少女に影は囁く。

 ――ならば自然に帰れば良いではないか。朽ち行く草木は土を肥やし、全ては一つに還り行く。
   それが共存の在り方でしょう。お前達が生き延びるために何れだけの木々が、命が犠牲になったか理解をしているのか。

 響く声音にセチアがぴたりと足を止めた。アレクシアはその声を知っている気がした。リースリットも、スティアもだ。
 懐かしい気配を感じ取ってからリアは「え?」と呟く。その傍に立っていたフランツェルの青褪めた表情に夢心地が「大丈夫かの?」と声を掛ける。
 引き摺るように後方へと離脱させられたフランツェルの唇が戦慄いた。守られるように立っているアシェラもへたり込む。
「ファル、カウ……」
 艶やかな黒髪の魔女。美しく嫋やかな乙女の瞳には憤怒の炎が宿されていた。
 それがファルカウだと認識したのはこの地で過ごし、この地で生まれた者だから。そして、『その記憶』があったからだ。
 大樹ファルカウと同じ名を有する魔女。彼女がどうしてファルカウであるのかは知れない。プーレルジールに存在した旧き魔女は滅びのアークがより固まってその姿を顕現させた。
「どんな事情であれ俺達が森を焼いたのは事実、森そのものが怒るというのも道理だ。だが解せないな、何故貴方たち自身が焔を象る?」
 睨め付けるクロバに女は、『ファルカウ』と呼ばれた幻影はくすりと笑う。

 ――……何故? ああ、……そう問われてやっと分かった。

 アレクシアが身構え、メイは「何を」と声を上げる。
「何を、分かったというのですか」
 応えぬまま女は唇を吊り上げて笑う。悍ましい程の美しさを有した女はセチアを、イレギュラーズを睨め付ける。

 ――身勝手な人間よ。
   お前達は、自らが生きる為に森を犠牲にした。その事に違いはなかろう。
   人間は木々に生かされ、木々と共に暮らしてきた。
   わたくしたちの犠牲の上に立っているというのに理解しろと? 共存をしろと?
   馬鹿なことを。なら、全て滅びてしまえばいいではないか。『種』はわたくしが連れていく。
   ……全て終りなさい。わたくし達の浴びた苦しみをお前達にも与えてやろう。
   これ以上、森を好きになどさせやしない。
   お前達が生きているだけで、わたくし達は傷付き、痛み、朽ちていくのだから。

 靄が消え失せ、その姿は無とかした。呆然とその様子を眺めて居るセチアは「理解し合うのは、難しいの?」と呟く。
 もしも彼女が此処でその言葉を口にしていなければ『森の真意』を問うことはできなかっただろう。
 呆然とその様子を眺めて居たフランツェルはくるりと振り返ってから「アレクシアさん」と呼んだ。
「……どうしたの? フランさん」
「どう、思った?」
 アレクシアは小さく頷いた。待ってましたと言わんばかりにフランツェルの顔を見て「お願いしたいことがあるんだ」と口を開く。
 幸いなことに旧き時代を類似した場所へと移動することも出来る。それだけではない。アレクシアの目の前に居るのは『記憶書架』の番人なのだ。
「……フランさん、また『ヘクセンハウスの書架』に行けないかな。
 もし今回の件が古くから森に根ざしてることなら……何かの形で記録が残っていてもおかしくはないと思うし」
 アレクシアを一瞥し、そしてクロバを真っ向から見詰める。
「俺はリュミエたちの心配を払拭するべくフランツェルと共に現状の解明に役立ちそうな検体とかはできるだけ蒐集しようと考えて居たが。
 それ位で、立ち入る対価になるだろうか?」
「十分よ。どちらかと言えば目で見たものの考察が一番のお代だわ?」
 フランツェルはアシェラに手を伸ばしてから「ほら、あの人が帰ろうって言って居るわ」と囁いた。
「……え、あ……はい」
 のろのろと立ち上がったアシェラは乱れた髪を整えてからこそりとリアに問い掛ける。彼は誰なのか、と。
「あの人? クロバよ。クロバ・フユツキ。アシェラあなた、どうし――」
「……あっ」
 スティアとリアが顔を見合わせた。なんたって、一目惚れというのは恐ろしいもので。リュミエの傍に居る神官が彼を好ましく思ったのは偶然ではある。
 何とも言えない空気が流れる中、こほんと咳払いをしたフランツェルはメイの背を押した。
「あ、あのあの……。ほんの少しだけ、時間をくださいなのです。ねーさまに、挨拶してきたいです」
 メイはリアと共にクラリーチェの墓前へとやってきた。周辺を散策し、荒れていないかを確認しに行くという仲間達に礼を言ってからメイはほっと胸を撫で下ろした。
「ねーさま、ここは荒れてなくってよかったのです」
「……本当ね。綺麗なまま。もしかして、精霊様が守ってくれていたのかしら」
 リアはきょろりと周辺を見回した。フロースという精霊は、彼女の傍で共に眠っているのだろうか。
 メイは花冠を一つ持ってきた。墓石へとそっと被せてからにこりと笑う。弔いに植えた樹は小さな芽を見せていた。
「ねーさま。メイ、つよくなれましたか? いつかどこかで巡り合えたら、頭を撫でてほしいです」
 訥々と言葉を並べてからメイは目を伏せる。その小さな背中を見詰めてからリアは改めて決意した。
 大切なものは何時だってその手をすり抜けて溢れていく。
 だから――
 これ以上は喪いたくはない。喪わないように、全部、守らなくてはいけない。
(クラリーチェ、どうか見守って居て)
 柔らかな風に煽られてリアは髪を押さえた。
 無理ばかりをなさるから、と笑っているかのような声がどこかから聞こえた気がしていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
一体何が起こっているのでしょうね……。

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