PandoraPartyProject

シナリオ詳細

Mens agitat molem.

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 それは、遠い昔の記憶。

 ――ギルオス。貴方、疲れてるんじゃないの?
 ――いいや、僕は大丈夫だよ。

 イラス・カリスチーノは知っていた。ギルオス・ホリスという男を。
 常に誰かを救わんとする男の事を。
 誰かを救おうと藻掻いて足掻いて、でも成せない男の事を。

 ――救えなかった者の数だけ数えるのは、悪癖よ。
 ――そうかなぁ。

 彼は誰も救えなかった。親しい友人たちは、皆死んでいった。
 救おうと思って努力して奮闘して手を伸ばせば伸ばす程、むしろ被害は広がった。
 お前はそういう星の下に生まれたのだと、部外者なら言うのは簡単だろうが。

 ――もう何もかも止めて逃げれば?
 ――いいや。きっと次は、次こそは――

 近くで見た者にとっては――そんな事口が裂けても言えなかったんだ。
 だから、私は。


『――やぁキミか。どうしたのかな、僕は忙しいのだけれども』
「暇でしょ。力を貸しなさい」
『強引だなぁ……♪』
 イラス・カリスチーノは誰ぞと話していた。
 ――が。話す先に相手の姿は見えない。魔術を用いた念話の類だろうか?
 紡がれる声色に宿るのは面白がるような含み笑い。或いは嘲笑とも感じられようか。
 しかしイラスは意にも介さぬ。
 この男はいつもそうなのだからと――諦め半分かのように。
『悪いんだけど僕は本当に忙しいんだ。プーレルジールの方でね♪
 だから――まぁ、そうだなぁ。手駒ぐらいなら、またあげようか。
 WCTHSの時にヴィッターに連絡を取っただろう? また彼に』
「そういう話になると思って此処にいるよ」
『なぁんだ、なら話は早いじゃあないか……♪
 終焉獣や肉腫共の制御は出来るだろう? 適当に持ち運んで好きにしなよ』
 同時。イラスの傍にいた別の男……ヴィッター・ハルトマンがにこやかに語ろうか。
 彼もまた旅人(ウォーカー)の一人だ。だがイラスと同じ世界から召喚された訳ではなく、ローレットに属している訳でもない。自由に、己が儘に生きている者。
 この世に召喚されたからと全員がローレットに所属する決まりはなく、それ自体は決して珍しい事ではないだろう。ただ、それならばイラスとヴィッターの繋がりははたして何、か。

『僕は君達が大好きだ。自らの心の底に目を逸らせない欲望を秘めている――
 だから手を貸してあげよう。僕は手段を君達に与える。
 君達は、自分に正直になればいいんだ♪』

 それがこの念話の主なのだろう。
 誰かは分からぬ。念話越しであれば声も掠れて聞こえようか。
 しかし只人では無さそうであった。そも、終焉獣などを制御しうるとは一体……
「どうも。それで今はなんと名乗っているのかしら?
 ナハッター? ミスウォル? 呼び辛いから統一してほしいのだけど」
『さぁ? なんだったかなぁ、あんまり興味ないからなぁ……』
「ハハハ。ま、なんでもいいだろうさ。僕達、仲良しこよしという訳ではないんだ。
 ――目的が果たせればソレでいい。そうだろう?」
『あぁその通りさ♪ ヴィッターは良い事を言った、百点満点の花丸をあげよう』
「嬉しいなぁ。泥水に浸かる気持ちだ」
 いずれにせよイラスにもヴィッターにもそれぞれの望みがあって『その者』と組んでいた。
 ヴィッターは元なる世界の――つまりは同郷たる、ある少女を。
 イラスも元なる世界の――こちらも同郷たる、ある男を。
 それぞれの事情と想いをもってして狙っているのだ。
 例え『声の主』が悪であろうが善であろうが関係ない。
 目的を達しうる為ならば。己に力を貸してくれるのならば組むのみ、と。
 その貪欲たる姿勢を、また『声の主』も好んでいた。
 あぁ――己にとっての■■達は、どこまでも面白いと。
『ま、だが予定だけは聞いておこうか。何をするつもりなんだい?』
「何の事は無いわ。今度は本気と言うだけ。邪魔が入っても殺せるように戦力が欲しいのよ」
『成程。それならイイのがあるよ……♪ ヴィッター、アレを持っていくといい』
「物事を話す時には主語を用いてくれ。どれの事かな?」
『アレだよアレ――『花火』だよ』
 さすれば声の主は一段と声の抑揚を目立たせながら紡ぐものだ。
 良いアイディアを思いついたとばかりに。
 死ぬほど迷惑な案を――イラス達に与えるのであった。


「先日、ちょっと襲われかけてね」
 平然と。まるで『傘を持ってなかったら、通り雨に見舞われた』程度の口調で命の危機を語るのはギルオス・ホリス(p3n000016)だ。苦笑気味に語っているが、とんでもない。
「大丈夫――ではあったんだろうけれど、何があったの?」
「この前の、イラスがね。また現れたんだ」
「あの女……私達に正面からじゃ無理だからって闇討ちしようとしてきた訳……!?」
 一早くギルオスの身を案じて駆けつけてきたのはハリエット(p3p009025)に郷田 京(p3p009529)か。彼女らは先日、練達での事件の折にイラスにも出会った者達……あぁ顔は覚えている、と。
 去り際にまた会おうとは言っていたが、こんな形でとは。
「彼女はどうも僕を殺したいらしい」
「どうして?」
「僕が生きていても苦しむだけだから、だってさ。
 ……でもそういう訳にはいかない。そこで悪いんだけど。
 率直に言うが――皆、僕を助けてほしい」
 ギルオスの話はこうだ。彼女はまた近い内、必ず己が命を狙ってくる……
 であるからこそわざと隙を作り、おびき出した上で――彼女を無力化したい。
「無力化、ね。分かったわ、とっ捕まえてやればいいって訳よね?」
「ああ――無茶を言ってるのは分かる。だけど彼女は僕の昔の……知人でね。どうしても殺すのは僕自身にも抵抗がある。それに僕だけの事情ってだけじゃあないんだ……イラスは何か、知っていそうでね」
「知っていそうって、何を?」
「『元の世界に帰りたいか?』と尋ねていた。『その時は近い』とも言っていた。
 大きな変革がもうすぐ訪れようとしていると……」
 頷く京を見据えながら、ギルオスは語ろうか。
 イラスが誰に、何を吹き込まれたかは分からない。
 だけれども元の世界云々と言えばプーレルジールの一件でも似たような話を聞いたことがある。これは――このタイミングは偶然なのか? イラスの言っていた『大きな変革』とはなんなのか。彼女が『知っている事』を、尋ねたい。
 その為にも彼女を無力化しておきたいのだと……
「……元の世界、か」
 同時。ハリエットは言の葉を零そうか。
 元の世界――旅人にとっては故郷たる地。
 あまり、良い想い出が多いとは言えないけれど。
 もしも帰れるかもしれないという選択肢が生じたならば――己はどうするか。
 思案を巡らせた、と。
「とにかく僕は明日、依頼の情報収集の為にゴーストタウンになっている地を調べる……という名目の予定を立ているんだ。イラスが確実に来るとは限らないけれど殺しに来るなら絶好のシチュエーションだろうから、そこで――んっ?」
 その時。
 幻想の、ローレットの支部がある小さな町で作戦を立てていたギルオスが気付いた。
 ――外が騒がしい。
 人の、悲鳴が聞こえた気がする。
「まさか」
「嘘でしょ――こんな強引に来る!?」
 駆け抜ける。正面扉を荒々しく開け、ば。
 ――どこぞで『爆発』の音が響き渡った。


「……やりすぎじゃない?」
「いいやまさか。むしろこれじゃ手緩いぐらいと言える――
 君は既にしくじっているんだ。
 向こうは警戒態勢で当然。なら『抉じ開ける』ぐらいで丁度いい」
 『花火』が炸裂した様をイラスとヴィッターは見据えていた。
 ――『花火』とは特殊な終焉獣の事。
 身を炸裂させ、周囲に甚大な被害を齎す個体なのである。故にこそ『花火』
 あぁ悪趣味な名付けだ――しかし確かなる効果が生じている
 住宅街の一角で炸裂させれば混乱と混迷は渦となろうか。
 機を見て第二、第三を生じさせれば……悲鳴はより深く、より甚大に。
 斯様に広がればローレットには救援の依頼が舞い込むだろう。
 ――それが『隙』となる。
「あとは上手くやる事だね。僕も僕の用事があるから、好きに動かせてもらうよ」
「……勝手にしなさい」
 ヴィッターとイラスはそこで別れようか。
 元より二人は共通の知り合いがいる繋がりはあるものの、目的は完全に『別』なのだから。
 ……それよりもイラスは確信している。例えギルオスがこちらの動きと意図に勘付いていようと、自分の身を優先してどこかに逃げるような者ではないと。確実に救援の依頼に従って皆を助けようとするはずだ。
 誰かを見捨てる、そんな器用な事が出来るのなら……
「貴方はもっと幸せに生きる事が出来た」
 でも。幸せに生きれないのなら。
「せめて楽に」
 終わらせてあげる。
 それがきっと一番の幸福だと――イラスは信じているのだ。

GMコメント

 ご縁があればよろしくお願いします。

●依頼達成条件
・敵勢力の撃退。
・イラス・カリスチーノの無力化(努力目標)

●フィールド・シチュエーション
 幻想東部の小さな町の住宅街付近です。時刻は夜ですが、それなりに町に灯りはある為、光源は特別に必要はありません。突如の爆発に周囲は混乱が生じています。
 ローレットには救援依頼も舞い込んでいます。
 後述の魔物を打ち倒しつつ――イラスやヴィッターの襲撃にも注意してください。

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●敵戦力
●イラス・カリスチーノ
 ギルオスの知古たる女性です。曰く『元カノ』との事ですが、ギルオスは否定してます。
 混乱に乗じギルオスを殺害せんと動いています。詳細な戦闘力は不明ですが、ギルオス曰くは「前の世界では徒手空拳で戦っていた」との事で、近接に優れている事が窺えます。
 シナリオ開始時の行方は不明です。ただしギルオスを狙ってるのは間違いないでしょう。
 また『元の世界』に対する言及が多いなど、何か知っている様子も見られます……?

●ヴィッター・ハルトマン
 柔和な笑顔を浮かべている男性です。ハリエットさんの知古たる人物です。
 銃を所持しています。こちらも詳細な戦闘力は不明ですが、少なくともある程度戦える力は見受けられます。彼の狙いはイラスとは異なっているようで、彼女とは連携せずに独自に動いている様です。
 シナリオ開始時の行方は不明です。

●肉腫『フラワレム』×10体~
 『花火』とも呼ばれる個体群です。姿はその名の通り、まるで花火玉です――それなりに大きめの球体が宙に低空飛行しています。(低空飛行しているだけで、それ以上の高度に富んだりする事は無いようです)

 HPを10%消費し強力な爆発攻撃(物中範)を周囲に仕掛けています。
 残存HPが30%以下になると残存HPを全て用いて自爆を行います。
 この自爆は残存HPが少なければ少ない程、威力が弱まるようです。

 町のあちこちで混乱を広がらせるように蠢いています。
 なぜかイラス達の指示に忠実に従っているようです。

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●味方NPC
●ギルオス・ホリス(p3n000016)
 今回、同行します。この騒動の裏にイラスがいると思っているようです。
(無関係な一般人を巻き込んでまでやるか? とやや懐疑的なようですが)
 普段は情報屋ですが、ある程度自衛する能力はあります。イラスの事はかつての世界における知古の間柄ではありますが、長く縁が切れていた事もあり、今は皆さんの方が大事です。イラスの言う通りに死んだりする側に傾いたりする事はないでしょう。

●町の住民
 逃げまどっている住民がいます。
 依頼の成否自体には関係しませんが、出来る限り避難誘導して助けてあげてください。
 それがローレットに持ち込まれた依頼であり、ギルオスも受諾した依頼です。

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●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • Mens agitat molem.完了
  • 「精神は大塊を動かす」
  • GM名茶零四
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年10月03日 22時50分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC16人)参加者一覧(10人)

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
冬越 弾正(p3p007105)
終音
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
マッチョ ☆ プリン(p3p008503)
目的第一
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール

サポートNPC一覧(1人)

ギルオス・ホリス(p3n000016)

リプレイ


 想いが、人を生かし。
 想いが、人を殺すとすれば。

 ――想いとは罪なのだろうか?


 ――爆発音。あちらこちらから響き渡る音は、苛烈さを増そうか。
 ここまで過激な事をするとは……しかし。
「ギルオス殿。どこに身を狙う者が潜んでいるか分からない――
 俺も出来る限りのことを成すが、ギルオス殿も自身の事も常に考えておいてくれ」
「勿論だ。油断はしない……皆も気を付けておいてくれ!」
「まずは街の保護からだ――ギルオス殿、頂いた情報は存分に使わせてもらうぞ」
 イレギュラーズ達がいるのだ、好きにはさせぬ。
 ギルオスに言の葉を紡ぐのは『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)や『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)である。天より俯瞰するような観察眼と共に、アーマデルは周辺情勢を把握。逃げ遅れている者や重傷を負っている者がいないか確認しよう――同時に弾正はギルオスの、情報屋としての知恵を借りてこの地帯の地理を頭に叩き込む。
 そうして周囲に巡らせるのは、保護なる結界だ。
 街の被害を抑え込み護る為にも必要な一手。肉腫の姿が見えれば其方には――
「京、ハリエット! ギルオスのこと、お願いしますわね!
 私たちは――連中を必ず止めてみせますから!」
「まっかせて! ギルオスさんの事は、しっかり掴んでおいてあげるから!」
「うん――ヴァレーリヤさん達も、どうか無事で」
 『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が向かおう。ギルオスに関しては頼りになる『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)や『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)に任すのだと、一瞬だけ視線を合わせて。
 直後には跳躍し、住民らに襲い掛かろうとしている肉腫へと接近しようか。
「――助けを求める無辜なる民に、手出しはさせませんわよ!」
 彼女は人々の救いを求める声を聴いたのだ。
 啓示のように。であれば歩みを緩ませる理由がどこにあろうか。
 穿つ。己がメイスで吹き飛ばすように襲い掛かれ、ば。
「街中でこれほど無差別に、事を成すとは……
 しかしあまりにも派手が過ぎて目的も透けて見えます。
 ――それこそが突破口となり得るかもしれませんね」
 更に『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は耳に届く爆発音を聞きながらも、冷静に敵の狙いを推察していた。この事態、人々や街を護ろうとすれば否応無く動かされる……が、だからこそ『意図』が見えると。
 この爆発騒動自体は誘導に過ぎぬ。狙いはギルオスだと――
 ならばと今は精霊に呼びかけを行おう。
 風の精霊達の力を借り、低空ながら飛行を行いて――肉腫達を探索。
「……それにしても、元の世界に帰る方法、ですか」
 と、その時だ。『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は、齎されていた情報の一つ……『帰還』なる単語が、脳裏の片隅に引っ掛かっていた。旅人が元の世界に帰れないというのは混沌の世界法則――望んだとしても成せぬ理だ。
 今の所は眉唾……だと思われるが、しかし。
 もしも本当に斯様な手段が存在するのであれば――有益な情報と言える。
「確認させて頂きたい所ですね。如何な根拠があるのか」
 ……もし帰れるとわかった時にご主人様はどのような反応をされるでしょうね。
 刹那。瞼の裏に一人の顔が映るが――あくまで一瞬の事。
 次なる時には眼前の事態に意識を集中させようか。
 まずは保護なる結界を展開。少しでも被害を抑えんとしつつ。
 肉腫があらば撃を加え。怯え竦む民衆とは異なる敵意持ちし輩がいないか警戒。さすれば。
「イラス……また現れたんだね……!
 しかもこんな事までするだなんて、覚悟は出来てるんだろうね……!」
「ギルオス、狙いがお前なら、一番注意しておくんだぞ!
 いつどこから来るともしれないからな!」
「勿論さ、プリン。ヨゾラもすまない――今回は、頼むよ……!」
 続け様に動きを見せたのは『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)に『特異運命座標』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)だ。ヨゾラも弾正と同様に周辺を保護する結界を張り、敵の被害を少しでも食い止めんと奔走している。勿論、優れし感覚をもってして『敵』を探す事も忘れない。
 肉腫や――それらを操っている者を倒さねばきっとこの騒動は終わらぬのだから。
 故にプリンは周囲を最大限警戒しつつ、高速の儘に肉腫らへと襲来せしめよう。
 許さない。街を壊して、誰かを傷付けて、そうしてまでギルオスを殺しに来て……
「――どうしてこんな事が出来る」
 プリンは、奥歯を噛みしめる。ともすれば噛み砕かんばかりに力を込めて……
 ――だが怒りのままに行動はしない。ギルオスを護る必要もあるのだから。
 ヨゾラにプリン、そしてハリエットはギルオスの傍に在りながら肉腫を倒し、民の避難支援を行わんとしていた。そして――
「少し気になる事がありましてね。この場はお任せします。
 なに。ご安心ください……必ず力になってみせますよ、ギルオスさん」
「寛治。ああ、君がそう言うなら、きっとそれが一番正しい道なんだろう。任せたよ」
 『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は、あえて別行動をとらんとしていた。
 彼の言う『気になる事』……それはこの騒動がどうにも派手すぎるが故の事だ。
 ギルオスから聞いたイラスが、斯様な行いを短絡的に行うだろうか?
 ――別の。また別の『何者』かがいるのではないか?
 寛治は、自身の持つ独自のコネクションに引っ掛かっている情報を、脳裏に浮かべていた。
「敵が一人とは限りません……ね」
 寛治は紡ぐ。己が、心の嗅覚が警報を鳴らしているのだと。
 ――闇に紛れる悪臭が、近くに潜んでいる気がしたのだ。


 未だ爆発音は続く。この事態に対し、イレギュラーズ達は三手に別れていた。
 避難支援を行うギルオス。それを守護せんとするヨゾラ、プリン、ハリエット、京。
 肉腫の殲滅を優先するヴァレーリヤ、リースリット、弾正、リュティス、アーマデル。
 そして気配を殺し独自に動く寛治――
 距離が離れれば当然連携は容易くは取れぬ、が。そこへの対抗手段も勿論用意しているものだ。それが、それぞれのファミリアーの使い魔の経由。ヨゾラ、ヴァレーリヤ、リュティス三名が常に使い魔越しの情報を把握していれば、急変たる事態が訪れてもすぐに駆け付けられる訳だ。
「お肉は大人しく、精肉機にでも叩き込まれてなさい!
 イヤだと言っても叩き込んで差し上げますけれども、ね!!」
「この手合いに時間を稼がれる訳にはいきません。一気に落としましょうッ……!」
 そしてヴァレーリヤにリースリットは肉腫の討滅を急いでいた。
 奴らの無差別攻撃を防ぐのは早急なる攻勢以外に他は無い――
 聖句を唱え、万全をもってしてヴァレーリヤは炎纏いしメイスで一閃。繋ぐ形でリースリットは跳躍、接近からの風撃を放とうか。風の精霊が味方する一撃は精霊術の極撃へ至りて、肉腫を穿とう――
「今ですッ動ける方、あちらの方は安全です。落ち着いて移動してください!」
「聞こえるか!? 俺達はローレットの者だ。街に出た魔物の討伐を行う! 誘導に従い、速やかに避難してくれ! 動けない者はいるか――? 大丈夫だ、必ず助けてみせるからな!」
 直後には声を張り上げる。周囲では未だ混乱の状況下にあるが故に。
 弾正も説得の声を飛ばそう――人々の混乱を抑え避難を促す為にも。
 視線を滑らせれば一部では爆発の影響か負傷している者もいる。比較的落ち着いている一般人が助けたりもしているが……彼らだけではスムーズに、とはいかぬだろう。故に弾正は近付かんとしている肉腫共に牽制の一撃を放ちながら、同時に負傷者を運搬せんとするのだ。さすれば。
「さぁ、こいつに乗りな。ちゃんと安全な場所まで送り届けてやるからさ。しかも今日は無料ときた! この機を逃すかい? ハハ、自分の命のチップに自信があるなら結構だが!」
「一般人の避難誘導、だね。了解。数が多いけれど――なんとかしてみよう」
 救援に駆けつけてきてくれた『甘い香りの紳士』朝長 晴明(p3p001866)や『グレイガーデン』カティア・ルーデ・サスティン(p3p005196)らがその動きの支援を行おう。晴明が用意していたのは亜竜車……多くの人員を一気に移動させる為のものだ。
 正直、儲からない仕事はあまりしない主義なのだ、が。
「――前に。Mr.ギルオスは護った事があるからな」
「ハハッ。随分前の事だが、覚えておいてくれたのか」
 折角守ったのにくたばられちゃ、何の為の護衛だったのかってなっちまう。
 始末が悪いのだと――皆のサポートに務めようか。
 カティアもパニックに陥らんとしている民衆の統制に務めんとしていて。
「また新手の肉腫の姿だ。此処で自爆させる訳にはいかんな……!
 それにしても花火と言うより、まるで破裂寸前の風船スライムのような連中だ。
 ――このような人を害する為だけの構造の魔物など、悪意の塊にしか思えんな」
「今少し大人しくしてもらうとしましょうか――押し流します」
 しかし救援の手があっても、やはり肉腫の脅威は健在。
 周囲の状況を俯瞰視点から的確に判断したアーマデルは即座に情報を共有。
 そして神酒の力を用いて肉腫の動きに変調を齎してくれようか――動きが微かにでも鈍ればリュティスが見逃さない。神秘の塊にして根源たる泥を顕現させ、肉腫の身を包んでみせよう。
 さすれば肉腫らの爆破行動による被害は齎されど、その数は確かに減りつつあった。
 逃げ遅れている民に関しても――
「傷を負っているでござるか?
 ご安心なされよ、ちょいと揺れるでござるが、すぐにお助けいたす!」
「ここは危ないからこっちへ! 妙な魔物がいたら、絶対近付かないでね!
 大丈夫! 貴方の命も、大事なものもきっと私が守るから!」
 『跳躍する星』糸巻 パティリア(p3p007389)や『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)が救いに駆け巡っているものであった。フォルトゥナリアは結界を張り、建物が崩れる余波を最小限に食い止めんとしつつ、周囲に治癒の術をも展開する。
 誰も彼も救って見せるのだと。
 そしてパティリアは傷を負った者を優れた視力で発見せしめ、超越の移動力をもってして接近、脱出を迅速に繰り返す。彼女に祝福として宿りし能、紐状の触手を射出し移動の助力とすれば尚更に早くなろうか――
 当然、肉腫も近くにあらば爆破の力を駆使せんとしてくる、が。
「ん~させないにゃー! 人を巻き込むような偽花火なんてお断りですにゃー!」
「うーむあっちこちおるのじゃ。一つずつ潰していく他あるまいか」
「街中でこんな危ないものを爆発させたらどれ程の被害が出るか……! 絶対だめーだよ!」
 そこは『ひだまり猫』もこねこ みーお(p3p009481)が先手を打って立ち塞がるものだ。名乗り上げるように連中の注意を引けば、住民がいなさそうな地域へ誘導を試みる――そうしていれば『うどん100杯頼みます』御子神・天狐(p3p009798)や『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)らが肉腫の姿を捉え、一撃放とう。
 なるべく爆破が行われる前に一気に轢くのだ。これ以上やらせはしないとばかりに。
「――街の者らは無辜なる者ばかりだろう。なすすべもなく死ぬのは避けねばならぬ。
 不要にして無用なる上に多すぎる死は……悲しい事だ」
 次いで救援として『影編み』リースヒース(p3p009207)も騒ぎを聞きつけ駆けつけてきたか。生存者がどこにいるか確認せんとし――使い魔を使役して他の者達とも情報共有を果たそうか。主犯たる者がどこにいるか知れねども。
「――このようなことを仕掛けてくる輩の鼻を明かさねばな」
 見逃せぬのだからと。生存者を庇う動きを見せながら――彼女は往く。
「全く、黒子も人外遣いが荒いな……
 まぁ。ギルオスも市民もやらせるわけにはいかない。
 出来る範囲でやらせてもらおう――此処にいるのは私だけと言う訳ではないしな」
「なに、幸か不幸かこの状況、長丁場にはならないでしょう」
 それだけには留まらず『天翔の鉱龍神』ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)や『群鱗』只野・黒子(p3p008597)も戦場に到着しようか。ギルオスを狙ってこれほどの事を仕掛けてくるとは……
 気に入らない気に入らない。黒子は、己を賭けた【ヒト】が死ぬのが気に入らない。
 更にそれが他人のためであるなら――
「尚更だ」
 潰すぞ。全部。
 黒子の内に宿りし闘志は尋常に非ず。人民の危機を察し、先手を打って行動しよう。
 黒子の呼びかけに応じた者達もいてくれるのだから――例えば先のェクセレリァスもその一人。ェクセレリァスは天を飛翔しつつ皆に情報を伝達しようか。そして。
「……ああ勿論だ。人を巻き込むならば、愉快に、痛快に。その目論見ごと潰してやるまでさ。成した事の大きさを悔やむ事だな。主犯に聞こえているか、知らないが」
「──OK。承知した、黒子。汝が作戦に協力しよう。
 同じ裏方好きの誼だ、軽く筆を執るくらいは付き合ってやる」
 『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)や『敗れた幻想の担い手』夢野 幸潮(p3p010573)も、共に戦う仲間である。黒子から齎されし加護を受け取りて続けざまに『夢野幸潮』は進む。
 敵がいるならば阻み、困窮せし人民には分かりやすき避難経路を――示そうか。
 そしてカイトは周辺情勢を天から眺めるように把握しつつ、肉腫がいれば一撃一閃。
 誰も近寄らせぬと奮闘するのだ。あぁ爆破の衝撃来ようと、この程度で臆せるかと。
「ギルオスさん、か。彼とは初対面だけど……
 成程。黒子さんが片っ端から招集するワケだ」
 連携して動く黒子達に更に続く姿を見せたのは『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)である。人の良さが伝わってくる者を――むざむざ殺させてやる事なんて出来ない、と。
 動く。カイトらと共に、肉腫を穿つのだ。
 自身に宿りしあらゆる技能を活用し――この事態を打破せんと!
「僕が守るから……安全な場所まで、一緒に行こう。今を乗り切れば、きっと良い明日が来るよ」
「――救いを求める声があちらこちらに。これは、成さねばなりませんな」
 まだだ。続け様には『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)に『与え続ける』倉庫マン(p3p009901)達も現場へと歩みを進めようか。助けを求める声を感知し、両名は人々を誘導していく。必要とあらば治癒の術を掛け、避難の脚の助けとなろう。
 何が起きているか分からなくても、倉庫マンにはたった一つだけの真理が分かっている。
 それは――『助け』という需要が、此処に数多に生じている事。
 それだけ分かれば十分だと……彼の魂には火が付くのである……!
「……ハリエットさま達も心配ですが。
 皆様の助けになる為にも、私は……此処でお力とならせて頂きますね……!」
 直後には『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)も避難の手助けを行おう。
 ファミリアーの使い魔を飛ばし戦況と被害を把握して。
 皆の作戦が円滑に回るように支援するのだ。
 特に、お年寄りや子供がいれば優先して救いの手を差し伸べよう。
 混乱を鎮められるように。戦う者達、知古なる者達が安堵して――戦えるように!
 更にはアーマデルの知古たるイシュミル・アズラッドなる者も来てくれていた。
 イシュミルは『人使いが荒いな』と吐息を零すが。
「だが致し方ないね、事態が事態だ。避難誘導と治療行為に専念するよ。それと――ギルオスさんには後でよく効く胃薬を処方してあげようか。うんうん、これは以前深緑でね、ウサミッミーという薬草があってね……?」
「なんだか凄く嫌な予感のする名前だなぁ……!?」
 冗談めかして笑いながら、しかし避難誘導はしっかりと。
 負傷者がいないかも確認して見て回ろうか――

 斯様に、多くの者達の強力によって被害自体もかなり抑えられている……故に。
「ギルオスさん、約束して。
 絶対に一人にならないこと。肉種が見えたら下がること……
 これはギルオスさん狙いなのは間違いないんだから」
「しかし――」
「ダメ。貴方を守るためにたくさんの人が動いていることも、忘れないで」
 私を盾にしたっていいんだからと、ハリエットは告げようか。
 ギルオスの気質をよく知っていればこそ無茶をするだろうから、彼女は先んじる。 リュティスより預かっている使い魔からの情報によって戦況も把握出来ているのだ――決して無茶をしないでと念を押して。
「あっ。向こうから来る、肉腫だよ……!」
「ハハ、全く。良いカラダしてる割になよっちい所があるんだから、しっかり守ってあげてねハリエットちゃん!」
「み、京!」
「明日も朝のランニング、付き合ってもらうんだからね――
 こんな所でつまらない怪我負わないでよ!」
 直後。懸念していた肉腫の姿が、ハリエットにも確認できた。
 ならばとギルオスの傍にいる護衛は彼女に任せると、京は軽口と共に駆け抜けるものだ。
 ――近寄らせない。五指に力を、握りしめた結晶は力となりて肉腫を穿とう。
 されば吹き飛ばす。全筋力を乗せた一撃が凄まじい衝撃と共に肉腫を打ちて――
「まだ終わらないぞ! ここから――打ち上げてやる!」
「一気に潰そう。こんなのに、これ以上街の人を傷付けさせたりなんて出来ないよ!」
 立て続けにプリンが連撃をぶち込むものだ。
 アッパーの形で肉腫を天へと。上の方で爆発すれば、被害は少ない筈。それでも倒し切れないのであればヨゾラやハリエットがダメ押しの一撃だ。ハリエットが引き金引き絞り銃撃一閃、更にヨゾラの星空を司る魔力が肉腫を呑めば――天にて炸裂させるのである。
 斯様に倒し切れば地上での被害は軽微。順調。順調、だ。
 ギルオスは無事で、肉腫を倒すのも順調。
 ――しかし、きっと『そろそろ』だろうとも思うものだ。『これだけ』で終わる筈がなければ。
 絶対に、絶好の機会を見計らっているから。ほんの微かな隙も見せぬようにと……
 その時。

「……やっぱりそう簡単にはいかないわ、ね。でも」

 声が、した。
 闇に紛れて、しかし。聞いたことのあるその声は確かに……!
「イラス!」
「ッ! ギルオスさん、離れて!」
 ハリエットが即座に反応する。銃を構えて彼女に先んじようと。
 しかし周囲の民衆の混乱。それに紛れていたイラスの姿が、見えづらい。下手をすれば一般市民に当たってしまうかもしれない――その一瞬の隙を突き、イラスがハリエットへと掌底一つ。ハリエットを吹き飛ばさんと、その腹を打った。
「か――っ」
「ハリエットちゃん! ――させないわよ、イラスッ! このメンヘラッ!!」
「邪魔よ、どきなさい。あと誰がメンヘラよ」
「アンタ以外に誰がいるっての!」
 されどハリエットが身を挺した時の狭間が、京の反応を間に合わせた。
 鬱陶しいアマめ! と互いに似たような感情を抱きながら激突する。
 拳の応酬。京の超速のストレートを、しかし読んだのかイラスが捌く。代わりとばかりにイラスは手刀の返しを彼女の首筋に叩き込まんと――した、が。京も読み切りて更に踏み込むことで直撃の軌跡を躱そうか。
 そのまま勢いで頭突きをぶちこんでやる。
 脳髄に衝撃。
 互いの視界の世界が揺らぐも、意識手放さず蹴りを、これまた互いの腹へ一閃。
「ぐッ――!」
 苦悶の声はイラス側から零れたものだったか。
 交戦して分かったが、イラスは例えるなら一撃必殺型だ。致命傷を狙いて一気に趨勢を握らんとするタイプ――であるが故にこそ致命を躱し応酬の度合いが互角ならば京に分がある。勿論それは一瞬たりとまだ油断出来ないという事である、が。
「お前がイラスか! こんな事したら……ギルオスはもっと苦しいだけだろ! なんでソレが分からない!」
「僕も……結構怒ってるんだからね! 肉腫も呼んで事件なんて起こしてさ――!」
 それでも機先を潰せたのであれば、プリンやヨゾラもいるのだ。彼らもイラスの位置を認識し対応に動けるのであれば――ギルオスへ殺意の手が及ぶ可能性はかなり低くなる。ハリエットにしろ掌底で吹き飛ばされこそしたものの、倒された訳ではないのだ。
 態勢を立て直せばイレギュラーズ側が有利になるのは間違いなかった――
 ただし。

「あぁハリエット。ようやく、ようやく――会えたね」

 この場にある意図は、イラスだけではなかった。
 壁に吹き飛ばされ、立たんとしていたハリエットを見据えるのはヴィッター。
 ハリエットの世界の同郷の者にして彼女を狙っている男が、彼女を見ている。
 殺すつもりはない。ただ、今はその綺麗な足を撃たせてもらおう。
 あぁ随分身綺麗になったね。本当に、幸せな日々を送ってきたんだろう。だから。
 ヴィッターは引き金に指を掛ける。彼もまた闇に潜んで絶好の機会を窺っていたのだ。
 誰にも気づかれていない一瞬の隙を突かんとした――
 その、瞬間。

「はじめまして。隠れていても、魂に蔓延る闇の臭いまでは隠せないものですよ――ミスタ・ヴィッター・ハルトマン」

 ハリエットを見据えるヴィッターを――更に狙う者がいた。
 寛治だ。彼は気配を殺し、見通しの良い尖塔の上へと至っていたのである。
 そして探し続けていた。
 ギルオスの傍にいるハリエットを狙う事が出来る絶好の位置を。
 其処にきっとヴィッターが現れると踏んでいたから。暫し機を狙っていたのだ。
 故に――丁度、風が吹き止んだ刹那。
 ヴィッターの銃撃よりも早く、寛治の引き金の方が先に絞り上げられた。


 窓ガラスが、激しく破砕する音がした。
 その音の方向へとギルオスが振り向けば、直後に二発程また銃撃の音が鳴り響く。
 ――ヴィッターは三階建ての空き家の一角に潜んでいたのである。
 それはギルオスを――正確にはその傍のハリエットをいつでも狙う事が出来る位置であった。当然として灯りなど非ず、ヴィッター自身も簡単には見つからぬ様に息を潜めていただろうが……しかし仮説として初めから『いる』と確信し、更に仕掛けるに適する場所はどこかと推察すればこそ――彼の位置を絞り込む事は不可能では無かった。
「なに……チィッ!」
「そこから退きますか? それならば好都合。
 今更移動して新たなる狙撃ポイントを見つけられる自信があるのならば」
 狙撃せんとしたヴィッターを、逆狙撃。
 されば咄嗟にヴィッター側からも返しの銃撃が放たれ、寛治の頬に一筋の傷が刻まれる――が。彼は動じず、更に追加たる一撃を放とうか。逃すまい、此方が上を抑えているのだと、あえて伝わる様に。
「!? なんだ、まさか寛治か……!?」
「ギルオスさん、上は任せときましょ! 今は――こっちよ!」
 あそこに敵がいたのか――! 思えども、しかし眼前には猛攻加えんとするイラスがいる。押し留めるのは、京だ。イラスの実力は強すぎるという事はないが、弱いとも言えぬ程……しかし接近戦の妙手ではある。京などが率先して抑えるのが最も適していた。
「チッ……邪魔ね、本当に、どこまでも!」
「ああ邪魔する為に来ているんだからな――! なぁイラス! お前の事情、全部は分からないけれど……ギルオスはお前の『特別』だって事は何となくわかった。だから、言いたい事もはっきりした。だが! 勝手にお前の諦めに、ギルオスを巻き込むな!」
 イラスに続いて襲来する肉腫があらばプリンが高速に至りて打ちのめそう。
 誰も近付けさせないとばかりに。そうしながらイラスへと言を紡ぐ。
 生きても苦しむだけだから殺す? そんなの――
「お前は、ギルオスが死ぬ所を見たいのか!? それは絶対、違うだろ!
 愛情があるのなら、不幸になる事を望むな! 希望を抱いてやれ!
 もしも――もしもオレなら! オレは、ギルオスなら笑ってる所が見たい!」
「知った口を聞くわね。私がどれだけその男の事を見てきたと」
「知らない! 知らないからこそ言ってやる! そんなの関係ない!!」
 間違っていると、断言するように。イラス――ギルオスの事を口にしながら、しかし……一番ギルオスの事を考えていないのはお前だ! 怒りを乗せ、イラスにも一撃叩き込もう。ただし殺意は乗せずに、だ。
「……なんのつもり? 殺そうとしてる者を、殺さずにすませようとでも?」
「それがギルオスさんの望みだからね――感謝した方がいいよ!」
 次いでヨゾラも、ギルオスへの道を閉ざしながらイラスへと立ち塞がろうか。
 星空のように輝く泥を形成し、彼女の動きを留めんと放つ――
 あぁ正直ボクとしてはぶん殴ってやりたいぐらいなものなんだけど!
「そもそも分かってるのかな!? 今のギルオスさんを殺したって、彼を二度と戻れない最悪の不幸に突き落とす事にしかならないんだよ! それに沢山の人まで巻き込んでる時点で、身勝手すぎる! 君がギルオスさんを不幸にしてどうするんだよ、イラスの大馬鹿野郎が――!!」
「くっ……! 延々と続く不幸から解き放つには、もうこれしかないのよ!」
「分からず屋め! ギルオスさんは、僕等に『僕を助けてほしい』って言ったんだ! ギルオスさんを……大切な仲間を殺そうとするなら! 例えギルオスさんの知り合いでも加減しない! ぶん殴ってぶちのめす! ――僕の仲間を二度と傷つけるな!」
「全く。ギルオス殿も大変だな……過去の鎖に縛られ、追い縋られるとは」
 分からず屋のイラス。彼女に猛烈な攻勢を仕掛けるヨゾラに続いた一撃は、アーマデルのモノであった。肉腫対処に向かっていた者達が駆けつけてきたのである――!
 イラスには妖精殺しの力があったのだが、しかし。妖精殺しによってファミリアーの機能が阻害されればソレだけで襲来が分かるものだ。歩みを転じて急速に戻って来たアーマデルは、周囲の状況を把握しながら一撃一閃。
 ギルオス殿は救う。これ以上労を掛けさせてたまるか。
「……いや、妙な件に巻き込んだ事がある俺が言うのもなんだが、な」
「ははは、アーマデルとも、色々あったね」
「ああ――だが、ギルオス殿が居なくなるのは困るし」
 寂しいのだと、アーマデルは口端に微かに笑みの色を灯そうか。
 ――故に自身も出来る限りのことを成すと、イラスに立ち塞がりて。
 そして彼が至ったという事は――
「避難誘導は、大丈夫! もう遠慮はいりませんわよ!
 あとはちょろちょろと動いている者達にお仕置きをするだけですわ……!」
「遂に主犯の姿を捉える事が叶いましたか。救援には間に合った様ですね」
 当然、共に行動していたヴァレーリヤやリュティスも至るものである。
 リュティスは道中においてイレギュラーズの治癒行動も試みていた。彼女の卓越した行動力あらば不可能ではない――さすれば肉腫フラワレムらとの戦闘によって負った傷も、かなり治癒されている。イラスの下に辿り着くまでに万全に近い状態であったと言えよう。
 故に恐れるモノはなにもない。イラスの傍に残留していた肉腫を打ちのめし、ヴァレーリヤは一気に跳躍し接近しようか。リュティスもまた、肉腫が自爆する前に一気にその身を削り取らんと命刈り取るが如き舞の一撃を、此処に。
「――花火なら花火らしく在るべき空に還るがいい。天に咲かせろ、其の命をッ!」
「ギルオスさん、無事ですね。後はこの地を処理すれば……!」
 万一に仕損じた場合でも弾正やリースリットの処置が行われれば問題ない。
 リースリットは俯瞰するような視点から敵の位置を把握し、撃を一閃。
 そして弾正は飛空探査艇を駆り、勢いの儘に肉腫へと突撃しようか――
 そう。連中を上空へと打ち上げてやるのだ。砕け果てろ、誰の迷惑にもならぬ場所で。
 咆哮と共に弾き飛ばして――炸裂。
 幾体も相手取っていれば慣れてきたものだ。もう、左程数に余裕もあるまい!
「イラス、諦めろ。イレギュラーズの皆の対処の方が強い――君に勝機は無い!」
「勝機が無ければ貴方は戦いから逃げるのかしら? それが応えよ」
「――イラスさん。貴女は……そうまで分かっていながら……」
 さすればギルオスは、警戒は解かずにイラスへと言を飛ばそう。
 されどイラスの瞳に『諦め』は宿らない。
 イラスに勝機があるとすれば、正しく混乱の最中にギルオスへと一気に接近する事であった。しかしそれは阻まれた。更には肉腫と戦っていた弾正たちも駆けつけてきた。数の上でも不利極まる……このまま戦い続けてもギルオスの言うように勝機があるようには思えない。
 それでも、彼女が成さんという意志を持ち続けているのは――
「貴女は、辛そうにしているギルオスさんを『自分が』見ていて辛いんだよね」
 ハリエットが紡ぐ。イラスの眉が急激に顰められようと、構わずに。
 彼女の脳裏に浮かぶのは、今までの想い出。
 ギルオスと語らい。そして紡いだ自分の夢も含めて……
「私は彼の力になりたいと思った。どんなに苦い道であろうとも」
 いつか、安寧たる平穏を手にするまで。
 だから。だから――
「彼を楽にしたいと願うのが貴女の愛ならば」
 ああ、そうか。
 今わかった。やっと腑に落ちた。
 ずっと心のどこかに引っ掛かっていた事。自分の望み。自分の感情。それは――

「彼の望みを叶えたいと願うのが私の愛だ」

 口にしよう。言霊のように。
 それはイラスの対極。苦しみを厭うから殺そうとするイラスに対し。
 幸福であってほしい、楽にしてほしいから共に生きると望むのがハリエット。
 決して交わらぬ想いが其処に在るのだ。だから。
「――貴女も不幸になるわよ」
「迷わない。私はもう、決して」
「そう。なら好きにすればいいわ。私も好きにするから」
 イラスになんと返されようと揺らぐものか。
 銃口構え、ハリエットはイラスの望みと敵対の意志を示して。
「イラス。俺も、守りたい人を救えなかった。一度だけじゃない、何度もだ。
 その度に心に亀裂が走る様な――どうしようもない感覚を得たものだよ」
 更に弾正も告げようか。だがイラスに同調はせぬ、と。
 置いていかれた側は確かに傷つく。その気持ちは、分かる。
 だが。それを周囲の人間が可哀相だと?
「イラス、君のやっている事はギルオスの為ではなく、ただのエゴだ。
 自らの心の慰みこそが主体となってしまっている――そこを自覚する事だな」
「そーよ! アンタなんか、そもそも眼中になかったんだけど、ね!」
 さすれば京もだ。べーっ! と舌を出してイラスを挑発するように。
 京は――昔のオンナになんて興味なかった。大事なのは今だって思うし。
 ギルオスさんが語らないなら過去を詮索する気だってなかったわよ。でも。
「まぁ色々考えるわよね。流石に」
 今まで何があったとか。どうしてそうなった、とか。
 ……ああだけど勘違いしないでよね。
 それを踏まえても、昔の事はアタシにとって重要じゃないわ
 大事なのは今。大事なのは『先』。大事なのは『未来』!
「アタシってば未来に生きるオンナだから。過去ばっかり見るのは性にも合わないのよ――って訳で、ギルオスさん子供何人欲しい? 野球チーム出来るくらい??? アタシ頑張るよ!!」
「ちょ、ちょちょちょ、何を言ってるんだ君は!」
「うっさい! あの女に私達の未来を見せつけてやりましょ!」
「――暫く見ない間に変態にでもなった?」
 蔑むような表情をギルオスへと向けるイラス。
 だが軽口の応酬にこそ見えど――未だ闘志はそのままにある。
 イラスは命を狙い、京らは守らんという意志に一切の崩れは無い。
 次なる一手はどちらが動くのか……と、その時。
「チッ。どこまでもしつこいものだなぁ」
 破砕音。しかしそれは肉腫達の自爆による音ではなく、窓が破られる音だ。
 ある空き家の窓を破りて跳び出して来た人影があったのである――それは。
「――えっ」
「おっと。やぁハリエット、久しぶりだね」
「ヴィッター、さん? こんな危ない所で、なにを――」
「ハリエットさん。其方に近付きませんように――彼は敵です」
 ヴィッターだ。その顔には、あぁ柔和な微笑みが張り付いているか。
 昔見た時と同じ顔、同じ表情――
 同時。ヴィッターと熾烈な銃撃戦を繰り広げていた寛治も、尖塔の上から移動し駆けつける。現在地は家屋の屋根部分だ、此処からならヴィッターだろうがイラスだろうが狙える絶好の位置。そしてその銃口は今現在、ヴィッターを捉え続けている。
 驚きながらも近寄らんとしたハリエットだ、が。
 その足が止まる。彼女の魂は、警戒の色を示していたから。
 ――そしてその判断は正解だった。直後にはヴィッターの傍に肉腫も落ちてくる。
 傍に控えていたのか。或いは、予備の戦力として備えていたのか――?
「今更そんなモノを繰り出した所で、この戦況は打開できませんよ」
「やれやれ。ご高名な新田寛治につけ狙われるとは、光栄極まりない……
 しかし勝利は無理でも、敗北の回避ぐらいには繋がるだろう――退こうか、イラス」
「待ちなさい。私はまだ」
「無駄だよ。それとも、捕らえられるかい?
 どうもあちらに君を殺す気はないらしい。ずっと見ていたんだ、分かるさ。
 ま。捕まりたいってのが趣味なら止めないが」
「……くっ」
「ぬあー! この、逃がしませんわよ! 私の脚にかけてでも――!!」
「ヴァレーリヤ、無茶はするな! 自爆に巻き込まれたらまずいぞ!」
「チィ、流石に倒し切るのを容易にはさせてくれんか……!」
 その肉腫達が爆破せんと動き出す。その隙に退こうと言うのが彼らの考えか。
 備えていた寛治が即座に肉腫らへと狙撃を行い、更にヴァレーリヤが追いかけんと試みるが肉腫達の阻みがそれを是とせぬ――ギルオスが制止し、直後にはアーマデルが肉腫達へと怨嗟たる一撃を放とうか。
 ――ヴィッターはイラスの執着に関してはどうでも良かった。己が望みを叶える為の一助となるなら援護ぐらいはしてやっても良かったが――しかし全ての状況が想定を超えてイレギュラーズ達の奮闘により阻まれた。
 イラスはほとんど近寄れていない。影に潜んでいたヴィッターも寛治により阻止。
 更にサポート支援として駆けつけているイレギュラーズの数も想像以上に多い。
 避難が完全に完了すればこの辺りは包囲される事だろう。
 退くならば今しかない。連中は完璧だったと。
 しかしイラスは逡巡する。
 戦力を整え、絶好の機会だと思って来た今がダメなら次の可能性があるか?
 次は絶対に警戒される。今以上に不利な状況しか待っていないだろうと……
 何をするにしてももう一度『あの男』に頼み事をしなければならない事だろう。それが癪に障るし、なにより借りを作りすぎるのは非常に良くない何かがある気がして……だが捕まれば二度と何も出来まい。それぐらいならば……!
「肉腫といい終焉獣といい、元の世界に戻る方法を知っているのが何者なのか興味はありますね――いえそもそも。一体どうやって肉腫達を制御しているのか。これらは知性無き魔物と同一でしょう」
 瞬間。肉腫達へと風の精霊の撃を加えながら、リースリットが告げる。
 そうだ。イラスやヴィッターは旅人であるというのなら、イレギュラーズでもある筈。
 ならば肉腫が……イレギュラーズに付き従う筈がない。
 彼らもまた滅びのアーク側の存在。
 世界を保持せんとするイレギュラーズとは犬猿どころの相性ではないのだ。
 勿論何か裏技的に制御する術を持っている可能性はある、が――
「どこの誰に甘言を齎されたのか知りませんが、アークの使徒であるのは間違いなさそうですね」
「――アークの使徒。ええそうね、あの男……ナハッターだかミスウォルだかとかいう男は実際『そう』なのかもしれないわ。でも――ある意味でアークの使徒というのは違うわね」
「ナハッター? あの行方知れずのナハッター卿?
 ……いえ、ともあれそれはどういう根拠でしょうか?」
「あの男からは――呼び声を感じなかったから」
 リースリットは、どこかで聞いたことのある名が出てきた事に眉を顰めるが――ともあれ情報を引き出さんとイラスに言を投げかけ続けた。さすればアークの使徒のようでありながら、呼び声を感じない――? 『イラス』とヴィッターが諫めんとする、も。
「隠してるとかいう事ではない。あの男の内には、呼び声は宿ってない」
「……名前も知らない。よく分からない男が、元の世界に帰れる手がかりを持っている、と?」
「ええ。なんだかプーレルジールでコソコソしてるみたいよ。随分前から」
「プーレルジール――前から?
 そんな筈はありません。プーレルジールが発見されたのは最近です」
「その辺りまでは知らないわ。でも確実にここ最近じゃないわね、アイツの動きは」
 次いでリュティスも『元の世界に戻れる』情報の手がかりを得んと、言の葉を一つ。
 さすればイラスは口を滑らせるものだ――或いは、意図的に。
 プーレルジールで何者かが活動している。
 そしてその者の活動が――元の世界に戻れるかもしれぬ事に関わっている?
「アイツは言ってた。『旅人が帰れないのは、神がそう定めているから』だってね。なら」
「イラス」
 肉腫達が時間を稼いでいる間に、イラスとヴィッターは路地裏の闇に消えんとするものだ。ここからなら寛治の射線も通ってはいないだろうと……直後、自爆の炸裂。強烈な音が鳴り響くも、イラスの声はしっかりと届こうか。

『――神の定めた法則を壊せばいい』

 不穏なる言葉を、残して。
 ……やがて完全に気配が消える。ギルオスは視線を凝らすが、しかしもういないか。
 彼女の事だ。どうせ諦めはしないだろう――が。
「あの言い方だと……協力者の男にまた接触するか、な。
 ――ともかく、皆。本当にありがとう。皆のおかげで……助かったよ」
「でもイラスが逃げてしまった。また来るかな……」
「ああきっとね。でも彼女の今の実力は見えた。次は完全に対処できる、と思う」
「ギルオス。死ぬなよ。これから何があっても、だ。お前が死ぬと……オレは悲しい」
 ともあれとギルオスは皆に礼を告げるものだ。
 周囲。まだ肉腫が潜んでいないかとヨゾラやプリンは警戒を解かぬようにしながら、ギルオスと語ろうか。そして。
「市民の被害も最小に抑えられたと信じたいですね――さて、しかしギルオスさん。これはもう少し詳しいお話を伺いたい所です。今回の件と得られた情報も含めて……えぇ。トゥデイ・トゥモロー辺りでいかがですか?」
「トゥデイ・トゥモローか……そうだね、あそこなら落ち着いて話せそうだ」
 寛治もギルオスと、これからの事で打ち合わせを行わんと提案しよう。
 イラスの事や、ハリエットを狙っていたヴィッター。
 ……色々な事情が込み合っていそうなのだから。
「ふぅ。一段落、ですかね……まったくギルオスも妙な相手に狙われるものですわ」
「ヴァレーリヤ」
「御礼は今度の酒代で結構ですわ――ええ。払って頂かないと困るから、死んだりしないでくださいましね。誰かの想う命を無為に散らす事は、美しい事でもなんでもないものです」
「……あぁ、そうだね。僕も、勝手には死ねないよ。もう」
 半ば冗談めかしながら。しかし命を大事にしなさい、と。
 ヴァレーリヤは瞳に意志を込めながら告げようか。そして。
「旅人が元の世界に帰る方法、か」
 弾正は一瞬、アーマデルへと視線を向けるものだ。
 もしも選択があのならアーマデルは混沌に残ると言ってくれている、が。
 ……なんだか胸がざわつく。
 少なくともイラスの告げていた方法は危険が伴うのでは、と。
「ご主人様にもお伝えしておくべきでしょうか……眉唾でなければ、ですが」
 そしてリュティスも肉腫がもう残っていないか注意しつつ、思考を巡らせる。
 イラスの言に嘘はなさそうだった。彼女がどこまで『真』として知っているかはともかく。
 不穏な感じの単語ばかりだったが――ただ。
「ギルオスさん。あのね。さっきのは……」
「ギルオスさん! 本気で言うんだけど、粉かけるオンナ選んでくださる?
 勝手に人様の生き死に決めるようなメンヘラだけはダメよ。割りとホントに!!」
「あぁ――全く、そうだね京、肝に免じておくよ。それとハリエット」
「ん」
「――ありがとう。僕の幸せを願ってくれて、嬉しかったよ」
 ハリエットや京は、ギルオスの無事を確認するものだ。
 あぁ彼が無事でよかったと。
 そう――ただ今は、喜びに浸る事にしておこうか。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ。
 あらゆる不足に対応出来た方針と作戦だったかと存じます。
 イラス達はほぼ攻め切れませんでした。御見事でした。今回イラス達は強襲したに関わらず失敗した事によって、自身らの目的から遠ざかってしまった事でしょう。イラスの口から語られた『男』とは……恐らく、近い内に。
 多くのサポートの皆様もありがとうございました……!

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