PandoraPartyProject

シナリオ詳細

屍誑し狂い舞台

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「チッ! ザマス!!」
 苛立たしげな舌打ちと共に『悪徳貴族』エイムズ・マカデミアは空にしたグラスを放り投げた。
「随分とご機嫌斜めな御様子で」
 割れたグラスを拾い集めながら訊いて来る執事を、如何にも性根が悪いと言った目付きでジロリと睨む。
「機嫌も悪くなるザマス!!」
 ギリギリ歯ぎしりしながら、おつまみのナッツを鷲掴みにして口に放り込む。
「せっかく御爺様の遺産を手に入れる手段が見つかったザマスのに! 旅団の連中め! 失敗しおってからにザマス!!!」
 ボリボリ噛み砕きながら怒鳴る。
「レミア様……ですか。まさか、カットアント(切り捨てられた働きアリ)達がローレットに駆け込むとは。まあ、アリの結束を甘く見ましたかな……?」
「塵虫の分際で、忌々しい連中ザマス!!」
 察しの通り、エイムズは先のピトフーイ事件の首謀者。賞金稼ぎ『夜行旅団』にとある少女の拉致を依頼した張本人。
「兎に角、次の手を考えるザマス。御爺様がくたばるまでもう幾分。早く後継者を立てて、後見人の権利を得なければ」
「拘りますなぁ。手なら他にも有るでしょうに。そんなにレミア様が『お好み』なので?」
 そう言われたエイムズの顔が、ニタリと。
「まあね、顔は良いザマスね。垢臭いのが難点ザマスが、アタシが手自ら『躾』ればそれなりざんしょ? 守備よく事が済めば、夜酒の選択肢としてキープしてやるザンス」
「相変わらず、良い御趣味で」
 嫌味でもない、無色の言葉。人なりの心情を持ってたら、この男の元では働けない。
「ソレはソレでよろしいのですが……」
「何ザマス?」
「旅団の方は、如何なさいますか?」
「旅団ん?」
「生き残りの死霊術師が、回収された仲間の死体を取り戻して欲しいと申していた筈ですが……」
「ああ、アレ」
 ニヤリと笑む顔は、悪虐そのもの。
「死体を保管してた安置所(モルグ)にはとっくに連絡済みザマス。『この者共、悪虐非道の罪人なるのみならず。怪しき呪い孕みし気配有り。元より主の慈悲受ける資格無し。疾く灰とし野に撒くべし』とね。今頃は何処ぞの野っ原で雑草の肥やしになってるザマス」
「……宜しいので?」
「アイツらも所詮は卑賎の地虫ザマス。それなりの役に立てばこそ、生きてる意味もあったザマスに。それすら成せなかったなら、せめてもそうなるが功徳ざましょ?」
「…………」
 流石の執事も、辟易したのか沈黙する。ソレに悦でも覚えたか、エイムズの舌はさらに調子付く。
「どの道、アイツらは色々知り過ぎザマス。いつかは始末しなきゃならんかったし、まあ好都合と言えば好都合。逃げた三下の雌餓鬼にも、追手は付けたザマス。飼っても良いザマスが、死体臭いのはいただけないザマスからね。身内の元に送ってやるのが、慈悲ざんしょ」
 ペラペラ喋って、ゲラゲラ笑う。
「そう言えば、その追手共を放ってから三日。そろそろ片付け終了の連絡が届く頃合いザマスねぇ?」
「……来ないんよ」
「……え?」
 聞き慣れた声の、聞き慣れない口調にポカンとする。見れば、聞いていた執事が俯いて震えていた。
「何か言ったザマスか?」
「……? 来ないって言ったネ。酒と脂でボケた飼い犬共の遠吠えなぞ」
「いや、何言ってるザマス? お前こそ、安酒で二日酔いでもしてるザマスか?」
「……分からないん? なら、ハッキリ言ってやるネ!!」
 途端、ガクガクと跳ね始める執事。そして。
「来ねえんだよ! テメェの追手共からの連絡なんざ!! 全部ウチが、殺しちまったからなぁ!!!」
 内側から弾ける様に裂ける執事の身体。
 飛び散る血飛沫と肉片の中、呆然とするエイムズ。
 ベチャベチャと降り注ぐ肉雨の中、執事の『中』に隠れていた彼女が笑う。血に染まる、壮絶な顔で。
「你好♡ 『雇い主』様」
「お、お前……は!?」
 漸く我に返ったエイムズが、悲鳴と共に立ち上がる。逃げようとして、床に散らばる肉と血糊で滑って転ぶ。
「ひ、ひぃ! ひぃいい!!」
 無様に踠きながら、必死に助けを呼ぶ。
「だ、誰か……誰かぁ!!」
 答える者はいない。邸宅には、沢山の使用人が
いる筈なのに。もう一度叫ぼうとした彼の髪を、小さな手がむんずた掴む。
「来ない。誰も」
 先と同じ言葉を、別の意味で。
「屋敷(此処)の奴ら、全員殺したネ。もう皆、ウチの虜なん」
 血塗れの身体から溢れる、口調の定まらない言葉。まるで、一つの身体に複数の意思が混在でもしている様に。
「せめても、テテ様アネ様の器ばかりも返してくれりゃあ便宜も図ってん。そんなつもりなら、仕方ないネ」
 部屋の扉が開く。現れたのは、邸宅の使用人達。けれど、その様は既に。
 恐怖に声も出せないエイムズの耳に、彼女は囁く。
「ローレットに助けを求めると良い。アイツらだけは許せないん。もう此の世に未練は無いが、せめても連れ合いくらいは都合したい」
 漂う呼気は、腐り爛れて酷く甘い。
「さあ、どうぞ」
 目の前に落とされる、通信の魔法陣。
「首尾良く済めば、あなた『だけ』はくれてやっても良いネ」
 抗う術も気概も無く。
 エイムズは血の気失せた指を陣に伸ばした。

 ●

「至急だけど、随分と鈍色の話」
 言って、『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)はククッと笑う。
「某所の貴族の館が、テロリストの襲撃にあったわ。で、そのテロリストが『夜行旅団』の生き残り……」
 『屍誑しの荊都』。
 先の事件の事を知る者達が、目を細める。
「邸宅は占拠され、当主・使用人諸共に囚われの身。どうか助けてくれと連絡があったわ。『ローレットに直接』ね」
 普通なら、まずその土地管轄の軍なり官憲なりに伝えるのが筋である。ソレをすっ飛ばしてローレットになど、見え透いている所の話ではない。間違いなく、『ケリを付けよう』のメッセージ。
 誰かが、一応問うた。
 無視したら、どうなる? と。
「『町の者も、皆殺す』だそう」
 苦笑。
 件の貴族からして、先の面倒事の根源であるエイムズ・マカデミア。ほっとくのも一興かと思ったが、端から人質としての価値なぞ無いと向こうも承知らしい。
「さ、どうする?」
「行くしかないわねぇ」
 のんびりとハーブティーなぞ嗜んでいた『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が迷いもせずにそう答えた。
「元から、ほっとけないと思ってたし。丁度良いわ」
「同感じゃ」
 横で聞いていた『メカモスカ』ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)も頷く。
「あの小娘、このまんまじゃ絶対また何かやらかすと思っとったんじゃ。寧ろ、初っ端から四方八方に八つ当たりかまさなかっただけ幸いと言うモノよ」
 他の面子も、頷く。
「思いは一色。決まりね」
 まあ、そうでしょうと言った顔で微笑むプルー。
 皆が席を立つ中、ジルーシャが思い付いた様に尋ねる。
「そう言えば、件の貴族様。まだ無事みたいだけど、今度の事で懲りたりするかしら?」
「……彼の彩は黒よ。真っ黒。どんな色で塗り直しても、塗り潰さない程に」
「あらあら」
「救いようの無いヤツじゃなぁ」
 ビスコッティの呆きれ声。その奥の含みに、プルーはクスリと。
「ええ。だから、此度の件で多少は痛い目でも見ると良いかもね。ソレなりの大事、どんなアクシデントがあるかも知れないし?」
「ああ、確かにそうねぇ?」
「然り、じゃなぁ?」
 そう言い交わし、三人はソレはソレは悪い顔で笑った。

GMコメント

こんにちは。土斑猫です。
今回は前回のアフターアクションとなります。依頼者様方、誠にありがとうございます。

●あらすじ
 先の毒鳥事件での敵、『夜行旅団』の生き残りが一般貴族の邸宅を襲撃。占拠しました。
 件の貴族と、町の住民を人質にローレットとの再戦・決着を望んでいます。

●目標
 賞金稼ぎ『夜行旅団』の生き残り、『屍誑しの荊都』を無力化する事(生死は問わず)
 
●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●ロケーション
 豪華な邸宅の中全体。
 視界良好。
 足場良し。
 階段や家具を使った行動が可能(やりたい事があれば明記)
 
●エネミー
①『屍誑し』の荊都
 夜行旅団の生き残り。死霊術師。
 内に義父・ペテロと義姉・レンフォンの死霊を取り込んでおり、意識が混在している。
 自身は巨大アンデットキメラ『奇沙羅鬼』の中に入って操作している。
 最終的な目的は、ローレットメンバーを巻き込んでの自爆テロ。意識ある状態で戦闘不能にしてしまうと、自爆を決行されてしまう。
  
②『奇沙羅鬼』×1
 体長6m、高さ3m。無数・多種の死体を繋ぎ合わせた身体を大百足の甲殻で包み、二十対の腕で這い回る大蛇。
 アンデット故に凡ゆる状態異常は無効。
 物理防御も高く、鉄棒を握り潰すだけの怪力も持つ。
 胎内の荊都を無力化されると塵に還る。
【攻撃方法】
『腐食毒』
口から吐く遠・多の毒液。受けると毎ターン大クラスのダメージが入る。
『麻痺毒』
爪から分泌する近・単の毒液。受けると回復を受けるまで行動不能となる。
『絞殺』
巻き付いて締め上げる。近・単。大ダメージ。
『尾殺』
尾の先を刃の様に使う。中・単。大ダメージ。
『捕殺』
手で捕まえ、嬲り物にする。近・単。大ダメージ。

③『木霊鼠』
 野球ボール程の鼠の様な魔物。
 攻撃力は無いが、衝撃を受けると爆発する。
 荊都が複数を所持。
 更に後述の『屍』にも一体ずつ埋め込まれている。

④『屍』×50
邸宅に勤めていた使用人達の成れの果て。
意識は無く、攻撃はせずにただ周囲を徘徊している。流れ弾が当たったり誤ってぶつかったりすると爆発。近くにいる者に大ダメージを与える。また、爆発時に他個体を巻き込むと誘爆を起こす。

●NPC
『悪徳貴族』エイムズ・マカデミア
 47歳。人間種。男性。
 どんな人物かはオープニング参照。
 戦闘中は奇沙羅鬼に抱えられて引き摺り回されてる。彼が死んでしまうと失敗判定となる。
 ピトフーイの件からの元凶であり、何なら改心する気も全く無い。

※ご希望であれば、プレイに記述する事で何なりとアプローチ可能です。生死以外は依頼の成否には一切関係ありませんので、お好きな様に。

  • 屍誑し狂い舞台完了
  • 等しく、死ね。
  • GM名土斑猫
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月23日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC1人)参加者一覧(8人)

フェルディン・T・レオンハート(p3p000215)
海淵の騎士
志屍 志(p3p000416)
天下無双のくノ一
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
航空猟兵
ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)
メカモスカ

リプレイ

 件の邸宅は、ひっそりと静まり返っていた。
 それこそ、気味が悪いとしか良い様が無い程に。
 周囲の町も、同じ様子。一瞬、既にやられたかと肝を冷やしたが、幸い血の臭いも死臭もしない。何かしら争った跡も無い。
 恐らくは、既に事の張本人から脅し付けられているのだろう。
 即ち。
 『騒ぐな。逃げるな。邪魔するな』である。
 正味、巻き込まれたのは気の毒とは思うが、その方が此方としてもやり易い。手負いの狂獣相手に、無辜の民の面倒まで見る余裕は無いのだから。
 扉の前に立つと、薄らと臭う。予想通りと言うか、此方ではキッチリと血臭に死臭。
「……生存者は、居ないでしょうか?」
 サポートとして付いてきた『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)が呟く様に。
「……無理だろうね。前回の依頼で良く分かったけど、『彼女』の殺戮衝動は強過ぎる。本当に無関係の町の人達が無事だっただけでも、御の字と思うべきだろうね」
 『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)の言葉を聞いた『海淵の騎士』フェルディン・T・レオンハート(p3p000215)は複雑な顔をする。
「確かに聞くに当たっては如何ともし難い性根の様だけど……」
「……なあ、義父上よ。お気持ちは察するが、今回ばかりは相手が良く無いぞ」
 フェルディン……義父の心を察した『メカモスカ』ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)が溜息つきつき。
「先の件でアヤツの『作品』とやらと死合うて見て分かったが、アレは駄目じゃ。あの歳にして思考が人の分際を外れ過ぎとる。長年の畜生働きの末に、すっかり魂魄が爛れ腐ってしまったのじゃろ。器は小娘でも、中身は話も道理も通じん化生同然よ」
「そうねぇ……。どんな悪人でも、人心が残ってれば人の死体をあそこまで無茶苦茶に弄ったりはしないでしょうねぇ……」
 『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)も思う。
 先の件で見た彼女の『作品』。
 『侃々蛇螺』と『八癪』。複数の死体を組み合わせて造られたアンデット・キメラ。手法自体は外法の死霊術師であれば時たまやらかす代物ではあるものの。彼女の作品達は正直言って度を越していた。
 兎に角、人種やそれに類する神経を持つ者であれば、アレは無理。
 良心とか倫理観とかの問題では無い。
 同一種・類似種であれば本能が忌避するレベルの『陵辱』である。
 つまり、ソレを成せると言う事自体が、彼女がもう『人ではない』事の証明。
 アレの雇い主であるエイムズ・マカデミアも大概だが、所詮自身の欲に忠実なだけの小悪党。
 孕む闇の度合いが違う。
「己の鈍ら具合も知らずに、狂う獣に首輪を着けようとしんしたか。今回助けた所で、どの道長生き出来そうじゃありんせんねぇ」
「まあ、依頼は依頼ですし。周囲の民方まで巻き込む訳にはいきませんから。取り敢えず保護はしておきましょう。まあ、生きてさえいれば問題はないそうですし。改心はせずとも構わないので今後おいたをしないようお話しできるとありがたいですねえ」
「ああ、ソレは結構な事でありんすなぁ」
 建前の依頼主であるエイムズに関しては、些か剣呑な心持ちの『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)と『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)。まあ、無理も無いと言えばその通りだし。何なら明言しないだけでメンバー全員の総意だったりもする。
「とか言う取る内に約束の時間じゃな。さて、かの娘。随分と『良い趣味』の造物をあつらえるそうじゃが、此度はどんな代物が飛び出てくるかのぅ?」
「そう急くな。この扉を開けば、直ぐにでもまみえようさ」
 そっちの方には些か興味ありそうな海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)にそう言って、『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)が扉に手を伸ばす。
 すると。
 バタン。
 ひとりでに開く扉。其処には執事姿の男性が立っていた。
「おや、お出迎えでありんすか? どうもご丁寧に……って、おやおや?」
 男性がフラフラと前に出て来る。その瞳が既に何も見ていない事に気付いた皆が、咄嗟に道を開けた瞬間。背後から飛んで来たダガーが男性の背に突き刺さる。途端。
 男性の身体が鬼火の様な光を放って爆発した。
「……死体を使った爆弾か?」
「皆さん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ〜」
「無問題じゃ」
 ヨゾラと祝音の確認の声に、同様に回避していた他のメンバーが返事をする。
「繰る屍の中に、何やら起爆性のモンを仕込んどる様じゃな。造物に対する愛が感じられんぞ。けしからん」
「……形あるモノ、いつか壊れるのん」
「なら、今際の瞬間くらい派手に散らすが華ネ」
 憤慨するクレマァダに答える声。
 見れば、煌々と灯りの灯る正面廊下。豪奢な造りの階段に小柄な少女が座していた。
 悪性賞金稼ぎ・『夜行旅団』。その最後の生き残り、『屍誑し(しかばねたらし)』の荊都。
「……約束の時間、ピッタリだ」
「そう言うのシッカリした人は好きヨ? 信用出来るネ♡」
「……ソレはどうも」
 好きと言う割には、殺る満々の不意打ち。確かにコレは難しそうだと、フェルディンが眉を顰める。
「ハァイ、久しぶりね。ご指名にお応えして来てあげたわよ」
「この間の件で少しは懲りたかと期待したけど、変わらずの様だね。まぁ、元気そうなのは何よりだよ」
 態とらしく愛想の良い挨拶をするジルーシャと皮肉をかますヨゾラ。見とめた荊都が、嬉しそうに微笑む。
「コレはコレは。先だってのオカマと優男がいるカ」
「ローレットの飼い犬なら誰でも良かったん。
けど、当人がいるなら言う事無しなん」
「……特に優男は俺を殺してくれたからな」
「心からの御礼をお届けするネ♡」
 コロコロ変わる声音と口調。エマが怪訝な顔をする。
「……何か、変でありんすね。そう言う癖って訳でもなさそうでありんすが?」
「ありゃ、娘の器の中に魂魄が複数入っとるな。そいつらが入れ替わり立ち替わり表層に出とる。ソレで、あんなみょうちくりんな状態なんじゃろう」
「へぇ? そりゃまた奇っ怪な。本当に、この世界は飽きさせねえでくれんすねぇ」
 クレマァダの説に感心するエマの横で、ビスコッティが呻く。
「ちゅう事は、入っとるのはヤツの義父(てて)と義姉(あね)か!?」
「察しの通りネ。木偶人形」
「……盃を交わした時から、俺達は一蓮托生……」
「地獄に行く時は、皆一緒ヨ」
「うつけか、己らは……!? 折角生き残った末娘まで、共に引き摺って逝くつもりか!?」
「知った風な口きくなよ。木偶人形」
 憤るビスコッティの言葉に、この上無く不快気な声が返る。声の調子から、恐らくは荊都本人。いつもの鼻に掛かった様な片言でないのは、多分はコレが本性。
「コレがウチ達の決めた『在り方』だ。全てを此の始まり。此の在り様。此の終わりと定めて生きて来た。ウチ達の誇りだ。矜持だ。所詮ハリボテのテメェにゃ解らねぇだろうがな?」
「あ? 『ハリボテ』じゃと??」
「……流石に聞き捨ては出来ないよ? ソレは」
 悪意の言葉に、奇しくも同じくビスコッティと親子の縁を結ぶクレマァダとフェルディンの声に圧が籠る。
「ああ? 何だ? 文句があるのか? なら、さっさとかかって来い。じゃないと、コイツから先に絞めちまうぜ?」
 言葉と同時に、荊都の横の床が爆ぜた。
「ひぃえぇえええ!! ザマス!!!!」
 情け無い悲鳴と共に伸び上がって来たのは、幾つもの人や動物、モンスターのモノを繋ぎ合わせた長大な腕。そして、ソレに鷲掴みにされて泣き喚く鉤鼻の男。
 見た瑠璃が『ああ』と。
「エイムズ卿ですね。生きてましたか。気の利かない事です」
「元気そうねぇ……。残念だけど」
「もうちょい痛めつけられてても良かったんだけどね」
「まあ、弄るにしても華が無いしのぅ」
「悲鳴からして聞くに耐えんしなぁ」
「ふぅむ。ゲテモノで在るのも喰われない為には有効と言う訳でありんすな」
「死神とて刈る相手を選ぶ権利は有ろうからな」
「……あのね、皆……」
「もう少し、歯に衣着せません……? 気持ちは分かるんですけど……」
 舌打ちでもしそうな顔で好き勝手言う皆さん。良識派のフェルディンと祝音のフォローも何か御座なり。
「ちょっと! 貴方達! 何ザマスかその態度は!? 吾輩は依頼主ザンスよ!? 顧客ザンスよ!? お客様は神様ざんしょ!? もっと敬うザマス!!」
「……五月蝿いですね」
「お客様は神様……とか。今時流行らないでありんすよ?」
「嫌ねぇ。時代に合わせたアップデートが出来ない男って」
「あの歳で独り身なのも納得じゃ」
「そりゃ、女子にも選ぶ権利があるからなぁ。皮も身もアウトじゃろ。アレ」
「お……お前ら……ザマス……」
 あまりと言えばあんまりな感じに、今にも頭の血管キレそうなエイムズ。
 何か言おうとした頭を、別に伸びて来た腕がムンズと掴む。
「んぎゅむ!?」
「お前、ガチで人望無いネ……」
 笑う荊都の足元から、バキバキと何かが生えて来る。何本もの巨大な肋骨。纏わり付きながら蠢く肉の繊維。ソレに飲み込まれながら、荊都は言う。
「……こんなモノの為に死なねばならんとは、お前達も大概因果だな……」
「でもまぁ、腐れた世の飼い犬としては本望ネ?」
「なれば、せめても派手に腹ワタぶちまけて……」
 荊都を飲み込んだ骨と肉が、見る見る内に。

『死んでしまえ』

 かくて顕現するは、数多幾多の死の果てに生ぜし大外法。
 名は『奇沙羅鬼(きさらぎ)』。
 屍の山が頂きに座する、腐敗の王。

 ⚫︎

「うわ……やっぱ趣味わっる……」
 顔を顰めるビスコッティに抗議する様に、奇沙羅鬼が腐臭の猛気と共に咆哮を上げる。
 応える様に周りの扉が開き、無数の人影がゾロゾロと。
「邸宅の使用人達!? 無事……じゃないですね……?」
 見回した祝音の顔が、悲しげに曇る。
 現れた人々の顔は、先の男性と同じく死人のソレ。虚な目は何も映さず、ただフラフラと無意に歩き回るだけ。
 暫し様子を伺ったブランシュが言う。
「此奴らもとっくに死人か……。と言う事は、先の奴と同じ様に爆弾仕立てと見るべきか?」
 ヨゾラが適当な個体に葬送曲・黒を投げる。先の様に青白い光を放って爆発。更に巻き込まれた別の個体も爆発する。
「……感度良好。誘爆もしますか。厄介な事で」
 瑠璃の所感に、得意そうに。
『腹ん中に『木霊鼠』を仕込でんのさ。心配すんな。ソイツらからは手は出してこねぇし、衝撃さえ加えなきゃ爆発はしねぇ。もっとも……」

 テメェらが一人でも逃げたら、ソイツら全部。町にばら撒くがな。

 そう言って、ケタケタ笑う。
「……ほんっと、趣味が悪いわねぇ」
「心配しなくても、逃げるつもりなんて毛頭ないよ」
 ルーンシールドとマギ・ペンタグラムを展開するジルーシャの横で、煌めく星空の願望器を発動しながらヨゾラが告げる。
「夜行旅団の生き残り、ここで決着をつけるよ。この後死ぬのは、君だけだ。家族と一緒に地獄に行って、帰ってくるな!」
『吐かせぇ!!』
 奇沙羅鬼の咆哮が館を揺らす。奇蟲を思わせる10対の腕で床を掴み、跳ね上がる。巨大な蛇を思わせる身体が龍の様に宙を泳ぎ、大口を上げて突っ込んで来た。
 紙一重で散開して躱わすメンバー。  
 軽く舞った瑠璃が、蛇体の中に埋まる彼女に語り掛ける。
「雇い主に恵まれない点は同情しますが、気軽に人を殺しすぎるのでは領地に匿う事も出来ませんので。まあ、出来るとして貴女がそれを望むとも思えませんが」
 術を編む。加速していく彼女の舞。
「幸いご家族は先に逝って待っている様ですし、早々に見送って差し上げます」
 ソニック・インベイジョン。音速の刃と化した瑠璃が奇沙羅鬼の首を穿つ。
 けれど。
「む!?」
 硬質の音と共に弾かれ、キリキリと跳ね返る。
「硬い……!」
『ケハハ、一千年の歳経た大百足の甲殻ネ!』
『……硬さだけなら亜竜の鱗に比肩する』
『易々貫けると思うなよ!?』
 首を巡らせた奇沙羅鬼が口を開ける。幾重の牙が並ぶ奥には、炎炎と揺らぐ奈落の腑。其処から、毒しい七色の猛気が渦となって体勢整わぬ瑠璃へと吹掛かった。
「かふっ!?」
 焼け付く様な腐臭にむせ込む。同時に全身に染み渡る悍ましい苦痛。
「毒ですか……!?」
『心尽くしの特注品ヨ!!』
『存分に堪能しなぁ!!』
 ゲラゲラ笑い、大口を開けたまま襲いかかる。歯牙の群が瑠璃を噛み砕く寸前。
 ヨゾラの放った星の破撃が奇沙羅鬼の頭を撃ち、軌道を逸らす。
『ギィ!?』
 6つの赤眼が憎々しげに睨む先で不敵に笑うヨゾラ。
「つれないなぁ、お嬢さん。ダンスの相手なら、僕が居るだろう?」
『あぁ?』
「久しぶりの再会じゃないか? 他の2人を倒した、あの時以来のさ」
 あからさまな挑発に、一斉に細まる六つの目。紅い色が、更なる憎悪に燃える。
『あー、そうだったネ』
『悪ぃ悪ぃ、忘れてたわ。お前が』
 奇沙羅鬼の尾が、ゆっくりと波打って。
『……俺を殺してくれた事をな』
 怖気立つ声と共に、尾が凄まじい速さで振られる。
 横薙ぎ一閃。
 咄嗟に防御したヨゾラの身体が浮く。そのまま流れる様に、上から幹竹割り。宙で無防備となったヨゾラだが、それでも懸命に身体を逸らして直撃を避ける。刃の様な尾のエッジ。掠った額から鮮血が散る。
(この捌きの技術……父親の……!?)
 死んだ二人の技も使える。その事を理解した瞬間。
『ハッハァア!!』
 追い討ちの爪の一撃。流石に躱し切れず、脇腹を裂かれて吹っ飛ぶ。
「いかん!!」
 飛ばされた先に、数体の骸。あの深傷で爆発に巻き込まれれば、流石に不味い。
 気付いたクレマァダが殲光砲魔神で薙ぎ払う。
 受けた骸数体が連鎖爆発。ヨゾラが転がる紙一重で消失する。
『ハハッ! 今ので死んだ方が楽だたネ!!』
 嘲笑と共に奇沙羅鬼がヨゾラに向かって疾る。転がって避けようと込めた力が、ガクリと抜ける。
(さっきのとは、別の毒!?)
『真心尽くしは、多い程良いネ!!』
 勝ち誇りながら開ける大口。そのまま噛み砕こうと。
「させません!!」
 凛とした声のと共に、音速の連撃が奇沙羅鬼の横っ腹を撃つ。我武者羅の手数。幾つかがクリティカルとなり、大百足の鎧を貫いた。
『ガファッ!?』
 流石に耐えかね、身を捩る奇沙羅鬼。
「回復を!」
「はい!!」
 先に治療を受けた瑠璃が、一緒に駆け付けた祝音に促す。
「ありがとう……瑠璃さん……」
「借りは返しましたので」
 そう言って、瑠璃は再び術式を紡ぐ。
 
「うーん。どうにもあの団体様、邪魔でありんすなぁ」
 言いながら、周囲を徘徊する骸の群れを見回すエマ。下手に衝撃を与えれば爆発するばかりか、他個体が巻き込まれれば誘爆すると来ている。威力が大概馬鹿に出来ないレベルで、ソレを気にしていてはおちおち戦闘にも集中出来ない。
 まあ、ソレがアチラの狙いだろうが。
 ヨゾラが展開した保護結界。見る限り骸の爆発にも対応する様で邸宅の倒壊とかのよろしく無い事態を防いでくれているが、逆に言えば遮蔽物が減らないので何処に骸が隠れているか分り辛いと言う事でもある。
 ぶっちゃけ、エイムズが宿無しになるだけなら知ったこっちゃ無いのだが。
「コッチの仕事の邪魔になるなら、ほっとく訳にもいきんせん。一仕事しんすか」
 展開するエレメント・マスター。物理に束縛されない精霊達を使役して、邸宅内に存在する骸達の位置情報を収集していく。
「成程。では、始めんすか。皆様、ご承知くださいよ?」
 言って灯す昏い光はアンジュ・デス。放たれた堕天の呪いが、次々と骸の中の木霊鼠を射抜いて行く。当然の様に爆発が起こるが、保護結界のお陰で建物に被害は及ばない。情報伝達しているので、仲間が巻き込まれる懸念も無い。
「主さん方も難義でありんしたね。ろくでもありんせん主人に仕えたばっかりに、とんだトバッチリで。取り敢えず、酷い辱めは解きんすので。後は来世にご期待なさっておくんなんしな」
 言いながら、エマは哀れな死者達を淡々と処理していく。

「ひぇいあぁあ〜! お助けザマス〜!!」
 奇沙羅鬼の咆哮と死闘の激音に混じって流れるのはエイムズの嘆きの声。
 当のご本人は奇沙羅鬼の腕の一本に掴まれたまま、あっちにこっちにぶん回されている。一応人質なので荊都にも殺す気は無い様だが、かと言って丁重に扱う気もさらさら無い様で。
 何かの拍子で死んだら、まぁそれまでと言う感じ。
「……邪魔ね」
「邪魔だね」
 悲鳴の尾を靡かせながら振り回されるエイムズを見ながら、ジルーシャとフェルディンの意見が合う。
 ぶっちゃけ、エイムズの評価が底値を割ってるのはローレットとしても同じであって。まあ、何かの不幸で昇天あそばされてもそりゃ因果が巡っただけだよなぁ……などと思ってるのは内緒だけど荊都と同じ。
 とは言うものの、依頼主である事には変わりない訳で。流石に死なれてはローレットの信用に関わるのである。
「仕方ないわね。さっさと保護しちゃいましょ」
「そうだね。それに、ジルーシャさん」
「なぁに?」
「彼に、言いたい事があるんだろう?」
 フェルディンの指摘に、一瞬黙り。
 そして、ニコリと微笑む。
「ええ。とっても」
 穏やかな笑みの、目は全く笑っていない。
 フェルディンの背筋を、怖い悪寒がゾゾと走る。
 
「と言う訳だ。ブランシュ殿、ビスコちゃん。援護を頼む!」
 頼まれた二人が頷く。
「我が刃は死神の牙。生かすを助くは得手では無いが、場合が場合。尽力させて貰う」
「良いぞ。良い加減、莫迦共の能書きも喚き声も聞き飽きたわ。特にあの悪趣味の駄々は腹一杯じゃ。黙らせようぞ。だから、事の始めのトンチキは……」
 ジルーシャを見るビスコッティ。
「お主に任せるぞ?」
「オッケイ。任せて頂戴」
 二人の悪い顔、再び。

「ヘックショーイエィエィ!?」
 空気も読まずにクシャミなぞするエイムズ。ブルブル震えて鼻を啜る。
「何か寒気がするザマスね? いや、こんなブンブン振り回されたら身体も冷えて当然ザマス!! やい野良餓鬼! もう少し丁重に扱うザマス!! 大体、私を誰だと思ってるザマスか!? 本来、お前の様な下下下の野郎が触れる事など……」
『……うるせぇな』
『此れでも咥えてるヨロシ』
「んごむ!?」
 喚き散らしてた大口に何かが突っ込まれた。
 女性の拳程の丸い物体。ほんのりあったかい。モゾモゾ動いて、その度に和毛の様な感触が口内をくすぐる。生き物? 小動物? 何ならチィチィ鳴いてるし。
「ふぁんふぁんふ? ふぉれ??」
『……『木霊鼠』だ』
「…………」
 要するに、彷徨いてる骸達の中に仕込んでるヤツ。
『今度五月蝿くしたら、『ドッカン』ヨ?』
「∂※√♂%▽!?★〜〜〜っ!!!!」
 声に出来ない悲鳴が響いた。

「……何か、気の毒な事になってるね……」
「丁度良い。ヤツの喚き声で気が散ってしょうがなかった。これで狩りに集中出来る」
 一応心配するフェルディンと、手心の欠片も無いブランシュ。
 それでも二人の息はピッタリ。
 共に連鎖行動を駆って奇沙羅鬼へと肉薄して行く。
 ヨゾラ達の相手をしていた奇沙羅鬼が気づく。
『あぁ!? テメェらから死にてぇか!?』
 吹き付けられる腐敗毒を躱しながら斬り込んだフェルディンが語り掛ける。
「悪いけど、彼は要救助者なんだ。保護させて貰うよ?」
『あぁん?』
 聞いた奇沙羅鬼、ゲラゲラと嘲笑う。
『ケハハ、こんなゴミ屑の為に死ぬのかよ?』
『救い様の無いお人好しネ? 否、死んでも治らない大馬鹿カ?』
『……カットアントの小娘が晒されたも、毒鳥(ピトフーイ)が死ぬのもコイツの欲故だろうに』
 降り注ぐ嘲笑を浴びながら、ソレでも海淵の騎士は涼しく笑う。
「そうさ。どんな悪党でも、機会は与えられて良い筈だ。彼とて、己の罪を知り後悔に悩む未来があるかも知れない。その為にも、『死』なんて易い罰は後回しにするべきだろう。『許されざる悪』とは、そんなに安くは無い。そしてソレは……」
 フェルディンの身が、高く跳ぶ。
 奇沙羅鬼が20本の腕で掴み掛かるが、エキスパートを用いた戦略眼で奇沙羅鬼の行動・思考を先読みしていた彼は容易く掻い潜る。そして。
 甲高い音が響く。
 渾身の力で突き下ろしたレブンカムイが大百足の甲殻すら貫いて奇沙羅鬼の額に突き立った。
「ソレは、君も同じだ」
『はぁ?』
「もう止めるんだ。こんな事は……」
 愛剣の柄を握り締め、身体を固定したフェルディンが語り掛ける。
「因果応報を繰り返してまで繋いできた命を、結局はその過程で自ら散らそうというのか? キミの様な聡明な者であれば、そんな事をして気が晴れるはずはない事はとうに分かっているだろう。キミの『家族』は『其処』にいる様だけど、果たして本当にキミのそんな終わりを望んでいるのか?」
 刹那の沈黙。
 六つの赤眼がキョトンとして、心底呆れた声が響く。
『お前、ホントの馬鹿か?』
『この期に及んで、何言ってるネ?』
『……甘さも過ぎると罪だぞ?』
「甘い? ああ、確かに甘いさ。けど……」
 否定と拒絶の意思を一手に受けて、フェルディンは尚気高く笑う。
「甘さが無ければ、この世は地獄なんだ」
 また、沈黙。そして。
『……へぇ』
『……其処まで貫けるならば、大した物だ』
『良い男ネ。それなら……』
 奇沙羅鬼が大きく身体を振る。流石に振り落とされるフェルディンの周りに長大な蛇体が跳ね上がる。
『あの世まで、着いて来ておくれヨ!!』
 渦巻く蛇体がフェルディンを巻き潰そうとした時。
「そんなにも死がお好みか?」
 冷たい声が、耳元で囁いた。
『何!?』
 振り向いた先で、漆黒の影が舞う。
 まるで、振り払った手の代わりに差し出される様に。
「俺にそれを任せるならば、応じよう。死神の剣は既にお前を捉えている」
 ブランシュの手から、四条の光が走る。剣型ビット。そんな木っ葉がと嘲笑い、敢えて受けようとする奇沙羅鬼。しかし。
『がっ!?』
 えぐったのは、想定を遥かに上回る衝撃。チラチラと散る火花の向こうで、死神が告ぐ。
「どうしようもない程、塗りつぶされた黒い衝撃を見たことはあるか?」 
 一閃。
『ギッ!?』
「装甲もご自慢で、死なない様な自信がある様だが」
 一閃。
『ギァッ!!』
「それ以上の衝撃と、破壊力の想像をした事は?」
 また、一閃。
『ヒガァッ!!!』
「未知とは新たなる世界への扉。彼方の向こうへ導く八咫の翼』
 掲げたナイフに、四本のビットが合体・結合。生み出すは、遥かの技術。未知の錬金の果てに生まれし神鉄の剣。
「……即ち、『救済』だ」
 振り下ろされる、閃撃。頭の甲殻を割られた奇沙羅鬼が、轟音と共に床に叩き付けられる。
『クソがぁあああ!!!』
 好機と見て仕掛けて来たヨゾラ達を尾の一薙ぎで打ち払い、ガタガタになった頭を跨る。眼孔から落ちかける六つの眼球は、増した憎念になお濃い血色に燃える。
『死に晒せぇ!!!』
 まだ体勢の整わないヨゾラ目掛けて、最高濃度の腐敗毒を吐き付けようと。
「何処を見ておる?」
 静かな圧の籠った声に、怖気が走る。視線を下ろした先には、いつの間にか前に立つビスコッティの姿。
『この木偶! いつの間に!?』
「貴様が易々と義父上方に遊ばれておる間じゃ!! 決まっておろう!?」
 気合いの声と共に、奇沙羅鬼の巨体にぶち当たる。
『ガファッ!!』
 くぐもった呻めきと共に、ガス化し損ねた毒が反吐の様に口から溢れた。
「さあ、押し比べじゃ!! とっときのモスカ相撲をキメてくれるわ!!」
『この出来損ないがぁ!!』
 毒反吐を吐き散らしながら、奇沙羅鬼は自由の効く腕でビスコッティの身体を掴む。
 爪が食い込み、注入される麻痺毒。ダメ押しの様に、口から溢れる毒反吐もベシャベシャと。
 けれど。
「だから、どうしたぁ!?」
 響き渡る、咆哮。悍ましい量の毒に染められてなお、ビスコッティのブロックは崩れない。
『き、貴様……!?』
「分かっておるわ! 行動不能は我が受ける。その分『反』をキメてくれよう!!」
 フル回転するメイドインメイド。身動きの取れない奇沙羅鬼が、焦燥に駆られて爪を立てる。
『放せはなせハナセ放せ!! このガラクタがぁ!!』
「押し比べと言うたじゃろう! 負ける気退く気は元より無し! 母上と義父上、そして先の依頼での戦友達が居る我を抜けると思うな!」
『こ、この……』
「家族が大事なら!」
 傷だらけになりながら、ビスコッティは燻っていた激情を爆発させる。
「最初から守ればよかろう!? 家族が大事なら、なぜ奪う事を選んだのじゃ!?」
『五月蝿ぇ!! テメェに何が分かる!? ウチらの何がぁ!!?』
「正論が効かぬか!? それも良かろう!」
 増す抵抗。ソレでも引かず。
「選びを否定はせぬ! ただ、応報があるのみ! お主の選択が、我らの命運を奪うか見るが良い!!」
『ほざけ! テメェとてウチらと同じ『まやかし』だろうがぁ!?』
 いくら気張ろうと、ビスコッティの身体は大量の毒に侵されガタガタ。察した奇沙羅鬼が、粉微塵にしようと尾を振り上げ。
「悪いけど、ソレは駄目だよ」
 すんででフェルディンが放ったヴァルキリーオファーがビスコッティを癒す。
「サンキューじゃ! 義父上!!」
 攻撃の隙を押し返されて蹈鞴を踏む奇沙羅鬼。その顎を、今度は飛んで来た魔力の束が跳ね上げる。
「そんなモノをモスカ呼ばわりするでないわ! 阿呆!」
 殲光砲魔神を放ったクレマァダが、憤慨した様子でそう言った。

 大きく揺らぐ奇沙羅鬼の巨体。何とか立て直そうとする意識を、違和感が走る。
 見れば、腕の一本が甲殻の節目から切り飛ばされていた。
 その腕は。
「欲しくも無いが、返して貰おう」
 告げるブランシュの影から走る影。
「はい、確保」
 飛ばされた腕に掴まれていたエイムズを、ジルーシャがしっかりとキャッチした。

 ●

「ええと、服の中に木霊鼠は居ないわね」
 点検の為にひん剥いたエイムズをマジックロープで縛り上げるジルーシャ。
 青筋立てて何か言おうとするエイムズの鉤鼻を、指で弾いて黙らせる。
「黙ってなさいな。口にはまだ木霊鼠が詰まってるのよ? まあ、頭が吹っ飛んでも構わないなら喋っても良いけど?」
 そこまで言われて意地を張る度胸など、この男にある筈も無く。青い顔で沈黙するエイムズに、ジルーシャはニッコリと笑いかける。
「良い子ね。なら、ちょっとお話しがあるわ。楽にして聞いてちょうだい」
 そして、彼は話し始める。
 先の事件。
 世捨ての小村、カットアントで起こった凶事。
「ぜ〜んぶ知ってるわ。端から端まで、アンタが黒幕だったって事」
 話は続く。
 『居ない少女』レミアの事。
 『毒鳥』ピトフーイの事。
 欲に塗れた悪意にら理不尽を押しつけられて、それでも諦めずに抗い続けた者達。
 彼女達の痛みを。
 恐怖を。
 少しは、と。
「……アンタに、一つだけ忠告しておいてあげるわ」
 念を捻じ込む様に、ジルーシャは説く。
「アタシたちが今回アンタを助けたのは、それが依頼だからよ。もしもこの先、アンタを死ぬより辛い目に遭わせて欲しいなんて依頼が来ても、アタシたちは一切遠慮しないから……」
 耳に寄せる口。いつも穏やかな声が、この時ばかりは。

「その小さい肝に、銘じておけよ?」

 息を止めない限り、香りからは逃げられない。
 アタシの毒香が、いつかアンタに絡みつくかもしれないわよ?

 今にも卒倒しそうな顔色で、惨めな男は水飲み鳥の様に頷いた。

 ⚫︎

 戦いは、佳境にかかる。
 皆諸共に、満身創痍。
「……そろそろ、終わりとするか?」
 飲み干したハッピー⭐︎エリクサーの空瓶を放り、ブランシュが宣言する。
『ああ……』
『そうアルネぇ……』
『……貴様らが……』
『死んでなぁ!!!』
 ひび入った身体から腐汁と破片を散らしながら、奇沙羅鬼が吠える。腐敗毒を吐こうとした瞬間、視界が悪夢に覆われる。
 クレマァダのダークネス・イリュージョン。
 惑いながらも、尾を振り回そうとする所にゾロゾロと現れる骸達。
「余ってたから、連れて来てみたんだけど」
「何かに使えんすかねぇ?」
 ゼロ・ストームで誘導して来たジルーシャとエマの声に応えたのはブランシュ。
「使えるなら、使うまでよ」
 言って、クリストスペシャルを使用。骸達を奇沙羅鬼と自分の周りへと集める。
「貴様が弄んだ者達の返礼だ。確と受け取れ」
 言って機動力を駆使。次々と奇沙羅鬼に向かって投げ付けた。
 連続して起こる爆発。苦悶の声を上げる奇沙羅鬼の身体に更にひびが入って行く。
『ケケケ……これまでだなぁ……』
 全て察し、己が作品の胎の中で荊都は笑う。
『だが、我らは生者引き逝く夜の旅狼』
『彼岸に渡るに、手ぶらは無いネ』
『……皆諸共、行きの駄賃よ』
 荊都の懐には、その為の木霊鼠が数匹。ソレを握り潰そうと、手を伸ばす。
 途端、全面の甲殻が弾け飛ぶ。ハッとする間もあらばこそ、貫いて来た星の破撃がそのまま荊都の鳩尾を抉った。
「か……!?」
「悪いけど、そうはさせないよ」
 倒れ込む荊都を受け止めるヨゾラ。彼女の位置は、既にジルーシャの天の瞳で看破済みだった。
「皆、今だ!!」
 荊都を引き摺り出したヨゾラが合図を飛ばす。
「恐れるなよ。死ぬ時間が来ただけだ。お前も覚悟していたのだろう?」
 セレニティエンド。
 殲光砲魔神。
 神滅のレイ=レメナー。
 メンバーの最大火力が同時に炸裂し、核を失った奇沙羅鬼は、炎の中で敢え無く崩れて消えた。

 ●

「さあ、お行き」
 エイムズの口から引っこ抜いた木霊鼠を、祝音がそっと放つ。
 あっと言う間に走り去る木霊鼠。元々、攻撃性は皆無に近い小動物である。
「さて、この子はどうしますか?」
 失神したまま横たわる荊都を見ながら、瑠璃が問う。
 どうもこうも無い。凶悪なシリアルキラー。官憲に引き渡す他は無い。まともに裁きを受ければ、極刑は免れないだろうが。
「それでも……」 
 とフェルディンは言う。
「罪を償う必要はあるだろうが、命で贖うと言う道は避けたい。それで済ませるには、やはり彼女の罪は重過ぎる」
「やれやれ、ほんに甘いのう。義父上は」
「ま、ソレが良い所なのじゃがな」
 ビスコッティが呆れ、クレマァダが惚気を晒したその時。
「……馬鹿言うでないヨ……」
 急に響いた声に、皆がギョッと視線を向ける。
 目を閉じたままの荊都の口だけがパクパクと動き、言葉を紡いでいた。
「アタシら、外法に生きる者ヨ。人の法に裁かれるなんざ、真っ平ごめんネ」
 荊都の中のペテロとレンフォンの魂。皆がそう理解した時。
 エイムズの悲鳴が響いた。
 驚く皆の視界を横切る、数体の黒い影。
「コイツらは!?」
「卑猿忌ではないか!?」
 『卑猿忌』。
 荊都の義父、『卑獣使い』のペテロが使役していた夜の魔物。
 何処からとも無く現れたソイツらは、メンバーには目もくれずに走り抜けると、倒れた荊都に飛び付いてその身体を貪り喰い始めた。
「なっ!?」
「コイツらーーっ!!」
「手を出すな!!」
 武器を構えた皆を、荊都の声が制した。
「……コレは、卑猿忌(コイツら)との契約だ。俺達の命を対価に、俺はコイツらを使役してたんだ」
 荊都では無い。喋っているのはペテロだと、皆が気づく。
「……俺達は獣だ。外法と言う名のな。狩りをしくじった獣は、他の獣の糧になる。ソレが摂理だ。そして、ソレに殉じるが獣の矜持。つまりは、『俺達』の矜持だ」
 貪り喰われながら、彼らは笑う。血塗れの、壮絶な笑顔で。
「俺達の誇りだ……生き方だ……入って来るな。薄汚い『人』共が……」
 誰も、何も言えない。
 何も出来ない。
 ただ、喰われ還って逝く摂理を見守るだけ。
「ひはっ、はっ」
 引き攣った笑いが聞こえた。
 エイムズだった。
「野良犬が収まるのは、野猿の腹の中ザマスか!? ハハッ! お似合いザマス!! やっぱり、下衆は下衆なりの……」
 嘲りの笑いは、ピタリ止まる。
 歩み寄って来たヨゾラに、顔を掴まれて。
「エイムズ……」
 冷たい視線と、底冷えする声が愚かな男を竦ませる。
「そう言えば僕も、貴方に良いたい事があったんだったよ……」
 見つめる目が、妖しく光る。
 魔眼。命に枷を課す魔の瞳。
「レミアさんやカットアントに住まう存在達に『直接・間接を問わず』二度と手を出さないって約束してくれる?」
 汚らしい脂汗が指を濡らすが、気にも止めない。
 ただ。
 ただ。
 楔を穿つ。
「その方が、『今回の依頼が終わった後も』生き延びられると思うけどなー?」
 微笑みは、形だけ。
 見つめる皆の目も、また同じ。
 哀れな愚者に。
 選ぶ術なぞ、有りはせず。

 夜の宙。
 魔が外法を還す音。それだけが。

 カリカリ。
 カリカリ。

成否

成功

MVP

ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
航空猟兵

状態異常

志屍 志(p3p000416)[重傷]
天下無双のくノ一
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)[重傷]
【星空の友達】/不完全な願望器
ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)[重傷]
メカモスカ

あとがき

 皆様、お疲れ様でした。
 此度の夢は、如何でしたでしょうか?
 次の語り。
 御縁があらば、またいつか。

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