PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<英雄譚の始まり>まどろみの向こう側

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 イヴリスカ半島の東西を隔てる竜骨山脈。
 その文字を目にした時、ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)は微かな違和感を覚えた。
 地図を見比べたなら、違和感は確信へと変わる。
「やはり『あり得ない差異』でしょうね」
「なるほど、『近いのは確か』だが『精度は高くない』と」
 新田 寛治(p3p005073)は資料が開かれたタブレットをスライドする。

 一行は希望ヶ浜のカフェ・ローレットにて、依頼の説明を受けていた。
 簡単に説明すれば『プーレルジールという異世界』が見つかった。
 ゆえに『行ってみて調査しよう』という内容である。

 顔を乗り出したのはマキナ・マーデリックである。
 ディアナと同じく練達依頼筋の人間であり、様々な調査研究を得手とする人物だ。
 ただし少々独特な性格をしている。
 難しい課題を紐解く名人でありつつ、話をややこしくする達人でもあり――
「良い目の付け所だと思うよ歳月の経過による地形の変化や歴史上の事件などから類推するにここまで巨大な差異はあり得ないという点は確かだろうこれは推測だが特に果ての迷宮など境界世界で見られる他世界の吸着が混沌とプーレルジールで異なるが故に発生したとも見える訳でたとえばそもそも幻想中部の山脈周辺地域を混沌ではイヴリスカとは呼んでいない訳でこの仮説を証明するには――」
「マキナ氏!」
 だいぶ早口になっていたマキナを、佐藤 美咲(p3p009818)が押しとどめた。
「マキナ氏、言ってること、たぶん誰にもまったく分からないスよ」
「おっと、いけないいけない。研究者としてあるまじき態度だったね」
「毎度いつもの事スけど」
「えっと、そうですね。もう少しお手柔らかにして頂けると」
 普久原・ほむら(p3n000159)も曖昧に笑いながら同意する。
「では手短に行こうか」
 マキナが一行へと改めて向き直る。
 とにかくプーレルジールは『過去に似ている』。
 けれど明確に差異がある。
「つまり『あり得ない地形』に当れば、そこは『より遠い異世界の破片』である可能性が高い」
「なるほど?」
「さらに外の世界へ踏み出す足がかりになるかもしれない……ということさ」
 だから『行ってみよう』という話である。

「さらに外の世界ってことは――」
 セララ(p3p000273)が言葉を切った。
 この依頼で名指しされたのはいずれも旅人(ウォーカー)である。
 それぞれが異世界に故郷を持っている。
 いずれもこの世界『無辜なる混沌』へ強制的に召喚された者達だ。
 召喚は一方的であり、もとの世界へ帰るすべは、一切存在していない。
 そんな旅人達が過去から連綿と作り上げてきた国家が探求都市国家アデプト――即ち『練達』である。

 元の世界へ帰りたいか、そうでないかは個々人にも寄る。
 たとえばほむらなどは、この世界で暮らしたいと考えているだろう。
 たとえばディアナならば、是が非でも元の世界へ帰りたいと考えている。
 そうした個々人の思いがどうであるにせよ。
 世界と世界を繋ぐ方法、帰還する方法の確立は練達という国家からすれば『悲願』と言えた。

「もうよろしいでしょう。それでは行ってみましょうか、プーレルジールという地へ」
 面倒になってきたディアナが無理矢理話を結んだ。


 果ての迷宮――境界図書館から転移したそこは、美しい平野だった。
 噂通り『幻想王国』と似ている。
 果ての迷宮のあった場所には、不思議なマーケットがあり『プリエの回廊』と呼ばれていた。
 そこには『ゼロ・クール』という機械人形が並んでいる。
「皆さんをご案内します」
 一行を案内してくれるのは『Kト10号』と言うらしい。
「ケイトとお呼び下さい」
 ロリィタドレスに身を包んだ、巻き毛の可愛らしい人形だ。
 ケイトに案内された一行はマーケットを発ち、果ての無い荒野を進んでいた。

「これは確かに、幻想にはないよね」
 セララが指さしたのは、琥珀色の『山』だった。
 文字通りに透明で、宝石のように煌めいている。
「差異と呼ぶならば、これ以上の明確さはないでしょうね」
 寛治も続ける。
 するべきことは簡単だ。
 このあたりを歩き回る。
 一晩のキャンプを試みる。
 魔物などの敵対的存在が現われれば、これを撃退する。
 それから帰還する。ただそれだけのことだ。
「こっちの湧き水は飲めそうスね、もちろん沸騰させたほうが良いでしょうが」
 一行が美咲に頷く。
 巨木と岩に守られた場所がベースとなる。
 片側はある程度ひらけており、たき火も出来るだろう。
 火があれば野生動物ならば、おおよそ避けられる。
「じゃあ、ええと。まずキャンプの準備からですかね」
「そしたら散策だね!」
 ほむらの言葉に、セララが拳を振り上げた。

GMコメント

 pipiです。
 異世界キャンプ。

●目的
 周辺の散策。
 二十四時間を楽しく過ごす。
 敵が出たら追い払う。
 出来れば『さらに外の世界』の手がかりを探す。

●フィールド
 朝から、次の日の朝まで。

 プーレルジールという異世界です。
 平原と林が点在する場所を、近くの山のほうへ進んだあたり。
 だいぶ近くに見えてきた山は琥珀のように透き通って輝いており、不思議な雰囲気です。

 山の手前には森があって、かなり入り組んでいます。

 森の近くに大岩と巨木があります。
 手前はひらけており、キャンプの拠点に出来そうです。

 近くに泉が湧き出ており、水は清涼と思われます。
 沸かせば飲用にも耐えるでしょう。

●時間
 おおざっぱに『昼』と『夜』に分けましょう。
 あとは適当に散策したり見張ったり、狩りやキャンプや見張りのたき火やら水浴びやらを楽しんだりしましょう。
 多少齟齬とかあっても、こちらでうまいことつじつまをあわせます。

●食材
 いくらか山菜や果物があるようです。
 うさぎのような動物をちらほら見かける他、鳥や川魚なんかも居るようです。

●道具
 テント、寝袋、ランタン、マッチ箱、食器や調理器具などは、持っているものとして扱います。
 その他のアイテムや食料の持ち込みも、よくありそうな普通のものならプレイングだけで充分です。
 あまりに特殊なものは装備してください。

●敵
 なんらかの魔物などが出現する可能性があります。
 たぶん『濁った影のような存在』です。
 結構未知数ですが、たぶんなんとかなるんじゃないでしょうか。
 NORMALですし。

●その他
 なんらかの人間的な何かに遭遇する可能性があります。
 これも結構未知数です。

●同行NPC
・ケイト
 ゼロ・クールという魔法人形です。
 ロリィタファッションの人形のような雰囲気です。
 皆さんをここまで案内してくれました。

・普久原・ほむら(p3n000159)
 一応、皆さんと同じローレットのイレギュラーズ。

・ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)
 練達の依頼筋であり、普通に味方です。

・マキナ・マーデリック
 練達復興公社(00機関)の人員です。
 美咲さんの関係者で、説明担当です。

●プーレルジール
 境界深度を駆使することで渡航可能となった異世界です。
 勇者アイオンが勇者と呼ばれることのなかったIFの世界で、魔王の配下が跋扈しています。
 この世界に空中神殿やローレットはありませんが、かわりにアトリエ・コンフィーがイレギュラーズの拠点として機能しています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 実際のところ安全ですが、情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <英雄譚の始まり>まどろみの向こう側完了
  • GM名pipi
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月08日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

セララ(p3p000273)
魔法騎士
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
虹色
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
Lily Aileen Lane(p3p002187)
100点満点
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
航空猟兵
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

サポートNPC一覧(2人)

普久原・ほむら(p3n000159)
ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)
聖頌姫

リプレイ


 あぜ道を抜けた馬車は、ひなびた街道を行く。
 今年の収穫を終えた麦畑は、どこかうらぶれて見えた。
 一行を揺らす馬車は、ギャルリ・ド・プリエのマーケットの外れで、偶然乗り合わせたものだ。
 近頃は魔物が多くなっているらしく、いかにも手練れの冒険者だった一行が招かれた形となる。
 馬車の主である商人ガスケスは、「こんな時こそ世の中助け合いだ」と述べていた。

 停止の慣性に、一瞬、身体が前へのめる。
 そしてロバがいなないた。
「着いたよ、冒険者さん方。しかし本当に、こんな所でいいのかい?」
「大丈夫なのです!」
「そうかい。まあ、こっちも助かったよ。それじゃ良い旅を」
「良い旅を!」
 お礼を一つ。『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)は仲間達と共に馬車を降りる。
 道中では怪鳥が現われたが、簡単に追い払うことができた。
 荷を取られることもあるといい、商人はずいぶん感謝してくれた。
「よいしょ……っと」
 荷物をぱんぱんにつめたリュックを揺らして、メイは両足で硬い土を踏みしめた。
 ブーツの底が触れる大地は、見知った幻想王国レガド・イルシオンと何一つ変わらないとも思える。
 まさか果ての迷宮の先にこんな世界が広がっているとは、思いもしなかった。
(世界は不思議でいっぱいなのです!)
 ここはプーレルジール。
 無辜なる混沌の外側に位置する、異世界である。
「まずは出発進行だね!」
 森と、その奥の不思議な山指さす『魔法騎士』セララ(p3p000273)に頷き、一行は歩き始めた。

「異世界、いいせかい」
 ――とは限らないのだろう。『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)は馬車を見送り、目的地である山の麓のほうを見据えた。
 何しろ商人のほうから誘われたほどだ。
 危険自体は大いにあるに違いない。
 だが出身世界にせよ、混沌にせよ、この世界にせよ。成り行き任せのその日暮らしをしてきた気もする。
 いずれにせよ選択肢というものは多いほうが良く、それに――
(それに偶に羽を伸ばすのも悪くはない。最近、何かと荒事ばかりだったからな)

 異世界に足を踏み入れることが出来たというのは、どんな意味を持つのか。
 無辜なる混沌は様々な世界法則に支配されており『異界への渡航』は原則的に禁じられている。
 どこかの誰かが禁止しているというより、単に何をどうやっても移動出来ないというものだ。
 だがイレギュラーズはいくつかのアプローチから、それを誤魔化す術を手に入れていた。
 一つは果ての迷宮。果ての迷宮なる、異世界の破片が混沌に吸着した領域の踏破。
 一つはライブノベル。異世界へ意識とアバターの投影を可能とするやり方への習熟。
 一つはタワー・オブ・シュペルの『賞品』。
 そして最後に、R.O.Oという世界そのものの構築と、その先にあった領域の踏破。
 様々な試練の果てに、一行はこの地へ立っている。

 それでは。
 さて、どこですごそうか。
(境界図書館から飛べる各所も異世界ではあったけれど、ここはかなり規模がや影響が大きそうねぇ……)
 小首を傾げたのは、『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)だった。
 一行の目的――依頼された内容は、この世界で『一日過ごす』という曖昧なものだった。
「チュートリアルって感じもありまスね」
「結構、核心ではあるんじゃないかな」
「あー」
 ふと述べた『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)にマキナ・マーデリックが同意し、普久原・ほむら(p3n000159)が曖昧に頷く。
「とにかくわたくし達は、この地でめくるめく一夜を共に過ごすのです」
「どうしたのですか……?」
 先程から『いつか殴る』Lily Aileen Lane(p3p002187)へ向けて絡みつくような視線を向けているディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)に、無垢な瞳な瞳を返せば。
「いえ、単に好みだったとしか」
「……!?」
 ディアナの正直すぎる『言い方』はともかくとして。
 一行の方針は散策をして、一晩キャンプし、危険があれば排除するというのがおおよその所だ。
 そして願わくば――
(外の世界の手がかりか……)
 どこか浮かない様子の『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は、深緑の果てに存在する『妖精郷』アルヴィオンのことを考えていた。
 あるいは勇者が誕生していないこの世界に妖精郷は存在するのか。
 なにせR.O.Oでも見つけることは出来なかった。
 手記をめくり、思い出されるのは夜の王に冬の王――妖精郷を取り巻く様々な事件である。
 思い返されるのは、妖精郷アルヴィオンは果ての迷宮の階層と同じく、異世界の結合物であろうこと。つまりアルヴィオンという世界が衝突したゆえに、混沌にはあの空間が発生したという推測だ。
 これが事実ならば、異世界であるプーレルジールには、やはりアルヴィオンは存在しないことになるが。
(……それでも俺は探したい)
 ともかく――ヴァイスは森への入り口を見つめる。
 どこで過ごしても良いのだが、これも何かの縁だろう。
(ちょっと頑張っていろいろやってみましょうか)

 明るい広葉樹の森で、木漏れ日の中を進む。
 赤いキノコは可愛らしくもあり、毒々しくも見えていた。
「異世界とはいえ、未踏の地の探索というのは中々に心が踊りますね」
 振り返った『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)に、一行が同意した。
 代わる代わるに地図を埋めながら、気付いた点を地図上や手記にまとめていく。
 元にするのはプーレルジールと余りに酷似した幻想の地図であり、差異が見分けやすいはずだ。これを利用しない手はないだろう。そして一泊二日を過ごす。
 要するにちょっとした異世界ピクニックではあるのだが――
 森へ向かう一行の中で、とりわけ真剣な表情をしているのは『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)だった。
(俺は、本当にこの境界で生まれたのだろうか)
 ここが境界図書館館長をしているクレカ(p3n000118)の出身世界であるとすれば、同じく秘宝種であるブランシュの出身世界である可能性も非常に高い。
(いや……考えるだけ無駄か。今はやるべきをやるしかない)
「行こうか救世主。少し長い、散歩の時間だ」
 小さく鳴いた凍狼の子犬が、ブランシュの後を追う。

 異世界へ足を踏み入れたということは、何を意味するのか。
 旅人(ウォーカー)が、元の世界へ帰る手がかりというのも、あるのだろうか。
 Lilyは思う。元の世界には家族の墓があるのだと。
 お墓参りには行きたいとは思うが、もしもそれで混沌へ戻れないとするならどうだろうか。
 かなり悩みは深く――
(そうですのね。皆が元の世界に帰る手立てが……)
 めずらしく、『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は寂しげだった。
 つまりその先の未来――『一緒に居られなくなるかもしれない』という可能性が、ヴァレーリヤの胸中をかき乱している。とはいえ故郷であるならば――視界の隅に美咲達の横顔が見え――自身が口を挟むべきでもないのだろうが――
「何かついてまス?」
 視線に気付き小首を傾げた美咲へ「何でもございませんわ」と微笑み、ヴァレーリヤは拳を振り上げた。
「外の世界への手がかりを見つけられるように、頑張りましょう!」

「そろそろかな」
 森を進むと、視界に眩い陽光が飛び込んできた。
 ぽかっと拓けており、地面も草が少なくて硬い。
 ここは大きな岩を背に出来るから、キャンプの拠点になるだろう。
 セララは森の先にある不思議な山を見つめていた。
 遠くからは琥珀の塊にように見えていた山だ。
 なんというかクリスタル質だ。要するに、茶色くて、透明なのである。
「さすがにこれは、幻想にはありませんからね」
 寛治も地図に特徴を書き込む。
「さて、時間は限られています。ならばより多くの情報を求めるのに必要なアプローチは何か」
 そして一行へと振り返った。
「今回の場合は、山に登って高所から世界を見渡すのが最善かと思われます」
「賛成!」
 セララも乗った。そして数名が名乗りを上げる。
「登山組は集合ー!」
「こっちは麓の調査と拠点設営スね」
 セララが元気良く手をあげ、美咲が腰に手をあてながら述べた。
 後は地質の調査や、三角測量やら。
 もしものための鳴子なども設置しつつ、なんだかんだでやることは多い。
「さあ、登頂アタックメンバー、出発しましょう」
「おー!」
「キャンプの方はお任せしました。ご飯期待していますね」
「了解っス」
 こうして拠点を確保した一行は休憩と軽食をはさみ、各々の目的へと向かったのだった。


「其れじゃ、一つ異世界探索といこう」
 まずはイタチのような生き物を使い魔にした愛無が歩き出す。メイも子猫を連れて続いた。
 琥珀の山は、近くに寄ってみれば迷路のように入り組んでいる。
「不思議なのです」
 メイも首をひねる。
「メイの知っている山は、いろんな木々が生い茂っていて、それらは降った雨を根で抱えて――」
 それが少しずつ湧き出して、生き物を潤すものだ。
「ですが、この山に木が生えているのか……わかんないですね」
 現状は、木は生えていないようだ。
 それに足元には砂埃もある。
「滑らないように注意しないとね。あとはい! カメラでいっぱい撮影もするよ!」
「そのあたりは飛んだほうがいいだろうな。なぜ僕を映す?」
「記念記念!」
 三メートルほどの割れ目を飛び越え、一行は山の上のほうを目指した。
 茶色っぽく見えていた山だが、こうして歩いてみると赤や白など、様々な結晶が入り乱れていた。
「なるほど、遠目に見るのと歩くのとでは、ずいぶん違ってみえるものだ」
 愛無が見た限り、明らかに見慣れた自然物とは異なる外観ではある。
「あるいはこれ自体が異世界からの漂着物の可能性も……新田様はどう思われますか?」
「そうですね、あるいはそこから波及した何かという可能性も捨てきれず、今の段階ではなんとも」
 水を向けたディアナに寛治が答えた。
 何らかを判断するには、まだ材料が足りないのは確かだろう。
 とにかく出来る限り見晴らしの良いルートを選定していきたい。
「岩とかもけっこうあるみたいです!」
 メイがみたところ、様々な鉱物が折り交ざっているようだ。
 上のほうはもっとつるつるとしていそうだが、このあたりはまだかなりごつごつしている。
「空間の歪みや魔術的な現象は、今のところ感じられないが」
 愛無もまた、調査しながらの行軍だった。
 かれこれ一時間ほど経過したろうか。
 収穫らしいものはないが――こういうのも、たまには悪くないとブランシュは思う。
 普段は飛行することが多いのだが、地に足をつけるというのは存外悪くない。
 今のところ生き物の気配は見当たらず、ずいぶんひっそりした場所だと感じる。
 救世主に何か食べさせてやるとすれば、森へ戻る帰路がよさそうだろうか。
「この辺りは問題なさそうだ」
 広域を俯瞰した愛無に頷き、一行は小休憩をとることにした。

「途中でお腹がすいたときのために、お弁当とお菓子持ってきたのです! えへん!」
「ありがとう、それじゃあボクのドーナツもお裾分け!」
 メイのバスケットとセララの紙箱を囲み、一行は天然石めいた岩へと腰を下ろした。
 近くには風と大地の精霊を感じる。
 なんというか、死の大地のような場所ではなくて、どこかしらほっとした。
 メイが尋ねてみた限り、ここはずいぶん古くから自然にあるような場所らしい。
 明らかに幻想には存在しないのだが、はてさて。
「鳥が居るな、植生は多少違うようだが」
 愛無が思案する。
「原因は、過去と現代という時間的な差異によるのか、それ以外かは不明か」

 こうして休憩を終えた一行は、山の頂を目指す。
 それほど大きな山ではないのだが、やはり歩くとなるとそれなりの距離は感じるものだった。
「さて、一つだけ明らかなことはありそうだ」
 愛無が見やるその先。
「あれが歓迎してくれる存在とは考えにくいだろう」
 それは――


 そんな頃、サイズは山を西側へ迂回して小さな町へたどり着いていた。
 この時代は、混沌ならばこの辺りでは小勢力が群雄割拠していたと聞くが、はてさて。
 簡素な木の柵で覆われた町は、村のようにも見える。
 立て札には『クルト』と書かれており、村の名なのだろう。
 門をくぐると、一人の男が不審げな表情で槍を構えたではないか。
 一瞬、緊張が走る。
 こちらは単独、逃げるのが安全というものだ。
「おっと、すまんね。最近は物騒なもんでな。しかし旅人とは珍しい。冒険者さんかい」
「ああ、そんな所だ」
「ようこそクルトへ。何もないが、ゆっくりしていくといい」
 中心部には小さなマーケットと、食事処があった。
 情報を聞いてみた限り、西の果てまで何日もあるけば砂漠があるようだ。
 そしてその来たには巨大な森が広がっているらしいと。
「深緑――か」
 だが妖精伝承自体は、混沌世界とはずいぶん違ったものだった。
(やはり)
 それは悪戯者であったり、恐ろしい魔物であったり、様々ではある。
 そこまでは混沌で良く聞くものと同じではある。
 だが明らかに妖精郷が存在していない。
 単なる精霊の一種としか思えない存在だ。
 妖精郷の妖精は、精霊の一種が銀の森の一件により人の内に入ったと言える。
 つまりはグリムアザースであり、もうすこし特殊なケースだ。
 ではこの世界にグリムアザースに成り得る存在が居るかという点だが、それは分からない。
 ともあれ砂漠やその先の森林地帯を目指したとして、一日や二日でたどり着けるような距離ではない。
 そろそろ山の麓まで戻るべきだろう。

 森のほうでは、ヴァイスが木の実を集めながら周辺の様子を記憶していた。
 着眼点は、やはり主に『幻想との差異』だ。
 さきほど琥珀の山で愛無が分析したように、植生自体は若干だけ違っていると思える。
 兎と鹿の気配はあったが、こちらは幻想と変わらないと感じた。
 これらが時代による差なのか、世界による差なのかは、未だ言明しがたい。
「お魚が、とれたの、です」
「こっちは木の実が結構集まったわ、幻想と同じに思えるけれど」
 桶に泳ぐ魚を指すLilyに、ヴァイスは籠の中を見せる。
 少し若いくるみだが、良く炒って塩をふればアクセントやおつまみになるだろう。
 あとはコケモモとイチジクだ。コケモモは少し酸味が強く渋みも気になるが、イチジクは充分甘い。
 Lilyが鮮やかな緑翼の小鳥を見つけている頃、近くからは騒がしい声が聞こえてきていた。
「当然ではありませんの、私の! 出身は!」
 ヴァレーリヤが堂々と胸を張る。
「先進的な! 機器を! 多数取り揃えているゼシュテルですのよ!」
 ゼシュテル鉄帝国の科学力は世界一(ただし練達は――略)。
「いやそのへん否定するつもりはないんスけど、その」
「そのとはなんですの?」
「いやその」
「まあ確かに測量というものにはあまり縁がないけれど、とにかく照らせば良いのでしょう?」
 ライトを振り回すヴァレーリヤに、美咲は「あー」となんとも言えない声を振り絞る。
「やあまあでも、測量はしたことないですけども。角度ってこれでいいんですかね?」
「ばっちりっス。あそこまで百メートルスから……ヴァレ氏ちがいまス」
「こうですの?」
「違うくて、ライト一点に合わせてもらって。角度だしまスので、あー違いまス」
「違うというなら、私とほむらとで態度違いすぎませんこと?」
 そんなこんなで、美咲は地図に測定したおおよその距離を書き込んでいく。
「木々とかはともかく、地形として違うのは、この一帯だとあの琥珀山だけみたいスね」
「そんなまどろっこしい事をせずとも、名案がありますわ!」
「はいヴァレ氏、早かった」
「走れば歩幅で測れますのよ!」
「ざっぱならそれはそうスけど、ってライトもったまま!」
 猛ダッシュしていくヴァレーリヤを、死にそうな表情で美咲が追う。
「え、ちょ、まっ」
 似たような表情で、なぜか付いていくほむら。
 植物のメモをとっていたマキナが、ふと視線をあげ、そんな三人を微笑みながら見送った。


「見て! すごい!!」
 言うや否や、セララは眼下の絶景をカメラに納めた。
 琥珀山の頂上付近はつるりとしており、透明度がずいぶんと高くなっている。
 その反面、足場は確かとは言えない。

 登山組の一行は、魔物を狩った後だった。
 それは無辜なる混沌にも普遍的と思えるほどに生息しているものではあった。
 無論、歴戦のイレギュラーズが後れを取ろうはずもなく。
 一行は今、山頂へのアプローチを試みるころが出来ていた。
「お手をどうぞ、プリンセス……とやるには、少々場違いですね」
「いえ、助かりますわ」
 ディアナを抱えて寛治が飛ぶ。その隣には、救世主を抱えたブランシュがいた。
 今や遠い森には確かに小さく拓けた場所があり、細く煙が立っている。
 炊事の準備が順調な証拠で一安心だ。
 森の外側には、いくつかの村が見えた。
 おおよそを頭に叩き込んだ登山組一行は、再び山の地に足をつける。
 帰り道は印をつけているから問題ないだろうが、もう少し辺りの観察はしておきたい。
「この素材ってなんだろう?」
「んー」
 セララの疑問に、メイもつついてみる。かなりつるつるとしており、割と綺麗だ。
「風雨に削られたのだろうな、材質は鉱物と思えるが。おそらく純度の低い石英か」
 そう述べたのは愛無だった。
 珍しいものではないのだが、やはり異質な点は、それが一山という大きさだった。
「しかしこの辺りが他と違うのは何だろうな」
 ブランシュは頂上付近から全体をぐるりと見渡してみる。
 ここまで登れば多少は気温も低いから、救世主もより鼻が利くはずだ。
 西のほうは幻想でいうバルツァーレク領なのだろう。いくつかの村は見えた。
 南は森ばかりであまり良くわからないが、東は王都の西部辺り、そこから先は――ここからは確認出来ないがフィッツバルディ領。北はこれも山と地平線ばかりが続くが、その先にはアーベントロート領に相当する辺りがあるのだろう。この時代であれば、まだどれもはっきりとは成立していないのだろうが。
 たしか時代的には、諸部族が乱立し、イミル氏族とクラウディウス氏族が争っていたと聞く。
「確かに相違点は、この山そのもの以外には、時代的なものと考えるのが妥当でしょうね」
 地図と地形とを見比べた寛治が述べた。
 川の位置や山の位置なども、おおよそ等しいようにも思える。
「と、すると。この山は――」

 そうこうしてから、一行は再び休憩に入った。
「ねえディアナちゃん」
「何でしょう?」
「ディアナちゃんが居た世界は、どんな世界だったの?」
「……そうですわね」
 それは永遠の黄昏に包まれた世界だったという。
 夕陽が来て、宵が来て、朝焼けが来る。
「昼と夜は、わたくし達が滅ぼしてしまったのです」
 呟き「世界ごと」と続ける。
「……」
 その世界はディアナを女神として祀っていたらしい。
 ディアナは鳥籠の中で永遠を過ごしていた。
 だがある日、守護騎士である少女がディアナを解き放った。
 そして世の理は乱れ、世界中が敵となり、逃避行がはじまった。
 恋人となった二人へ、襲い来る全ての国を滅ぼし終えた時、世界はすっかり様変わりしていたのだ。
 その悠久の薄明かりの中で、二人は果てしない時を過ごして、やがて眠りについたという。
「……そうだったんだね」
「むなしい勝利ではありました。けれど幸せではあったのです」
 まるでおとぎ話のような世界だ。
「ただ一人の愛する方と永遠を過ごせたのですから」
「この世界に召喚されて、その人に会えなくなったなら、会いたいよね」
 召喚が出来たのだから、元の世界に戻れる方法が絶対にあるとセララは言う。
「お優しいですね、小さな勇者のセララ様は」
「セララでいいよ。だってもうずっとボク達は友達なんだから」
 その言葉を聞いたディアナは悲しげな表情を和らげ、確かに微笑んだ。
「ええ、違いありませんわね。セララ」
「うん」
「R.O.Oの開発をしていた時に、私のコピー体がバグの力を得た時には、驚きました」
 それと同時に「嬉しかった」とも言う。
 混沌の法則に支配されて力を失った現実世界のディアナは、卑屈になっていた。
「ただの旅人(ウォーカー)でしたから」
 だから世界なんて、滅ぼすことは出来なかった。
「けれど力を持ったあれが何をしたのかは、皆さんがご存じの通りです」
「でも、あっちのディアナも友達になってくれたんだ」
 セララが笑顔を向けた時、ふいにディアナの瞳から大粒の涙が一つだけこぼれ落ちた。
「どうしたの、ディアナ?」
「いえ、嬉しいのです。あの力を持っていてさえ、あちらのわたくしは立ち直ることが出来た」
 厳密には向こうのコピー体が。
「ならばオリジナルであるこのわたくしが負けていられるものですかと、そう思えたのです」
「うん、分かるよ」
「だから、初めて出会った時から、あなたがたは私の恩人でもあるのです」
「そういうのは、けど、なんか嬉しいかも」
「はい」
 思えば不思議な繋がりだとは、ハンカチを差し出した寛治も思った。
「プリンセス、お美しいお顔が勿体ない」
「言ってくれますわね。ですがご厚意はありがたく」
「あと元の世界に戻るだけじゃなくて、自由に行き来出来るようになるともっと嬉しいよね」
 そうしたらディアナの世界にも遊びに行けるし、セララの世界にも招待出来る。
 それに――
「ずいぶん会ってないし……」
 パパとママ、両親にも。
 ほんの少しだけ、胸が締め付けられる気がした。

 そんな時だった。
「えとえと。何か森に近付いてます!」
 メイが眼下遠くを指さした。
 一行が良くみると、それは武装した集団だった。
 武装は槍(ピルム)と丸盾(スクトゥム)。腰に短剣(グラディウス)、板札鎧(ロリカ)。
 古代の兵士と思える。傍らに居るのは、布と多数の鎖を身体に直接纏った呪術師風の男だ。
 クラウディウス氏族と、そしてイミル氏族と思える。
 両氏族は争っていたのではなかったか。
 だが森へ向かっているとすれば、野営準備組に危険が及ぶかもしれない。
 相手の目的も実力も分からないのだ。
「急いだほうが、いいかも、です」
 メイに頷いた一行は、急いで下山の準備をはじめた。
 そして再び森へさしかかる頃――
「なにか影のようなものが近付いています」
 急いでいるというのに、よりにもよって、新手だ。
 現われたのは、麓方面に見えた古代の兵士然とした者達とは違う、明らかな異形の姿。
 各々が得物を確かめ――
「話が通じれば良いのだが。降りかかる火ならば、振り払わねばなるまい」
 愛無が漆黒を解き放つ。
「どーなつで済めば良いが、さて、どう出る」


 ――麓の森。
 山側で始まった交戦を、こちら側の面々はまだ知らない。
「美咲!」
「なんスか」
 嬉しそうなマキナに、疲れ切った表情の美咲が返事を返す。
「でかいカブトムシのような生き物がいたぞ!」
「そうスか」
「ジオルドがカブトムシは食えると言っていたが、こいつもそうなのかな? 他は!?」
「とりあえずカブトムシは戻してきなさい」
 カレーには合わなかったとおもう。たしか。たぶん。
「ちょっと美咲、折角マキナが取ってきてくれたのに可哀想ではありませんこと?」
「そうだ、そうだ。ヴァレーリヤ君、もっと言ってやりたまえ。ほむら君、ほらカブトムシだぞ」
「いやカブトムシ普通にめっちゃ怖いんですけど私」
「えー」
「良いではありませんの。カレーに入れることが出来なくても、カゴに入れて飼ってしまえば」
「いやまあ、籠に入れるならご自由にって感じですけども」
「深夜のテントに解き放ったら、きっと面白いことになりましてよっ!」
「……いや、テントに放つのも無しスよ!?」
「他の虫も捕まえて来ましょう!」
「いいね、私も賛成だ」
 ヴァレーリヤとマキナが拳を突き合せる。
「ちょ、なんで虫でそんなに無茶しまくるんスか??」
「それでは探索開始ですわ!」
「いくぞ!」
「ヘルプ! ほむら氏ヘルプ! 私じゃ収集つかない!」
「無理無理無理無理無理! 虫は五千兆%無理です!」
 とそんな馬鹿騒ぎをしていた時だ。

「貴様等、そこで何をやっておるのか!」
 現われたのは完全武装した十名程の集団だった。
「何が起きたの?」
「――っ!」
 ヴァイスとLilyも駆けつけ、両陣営がにわかに睨み合う。
 そうこうしているうちに、登山組も走ってきた。
 先程出会ったのはただの魔物ではあった。
(あれは瘴気か)
 愛無達は問題なく蹴散らすことが出来たが、魔物はなにか異様な気配を纏っていたようにも感じる。
(あるいは、終焉の――か)

 そしてちょうどサイズが合流し、一同が再び顔を合わせる。
 なにやら突発的な緊急事態ではないか。
 槍を突き出しながら、兵士達がじりじりと包囲網を狭めてきた。
「地面とお友達になるか、カレーの材料になるか、どちらを選びますの?」
 ヴァレーリヤがメイスを振るって威嚇する。

 そして相手のリーダーとおぼしき男は述べた。
「我が名はマクシムス・アウレリウス・ルキウス! アラウダ軍団十人長である!」
「私はアインバルド、イミルが呪術師だが、いや待て」
 アインバルドとマクシムスが顔を見合わせた。
「魔王軍の手の者には見えんが」
「そうよ。貴方達はお話しには応じててくれるのかしら?」
 ヴァイスの問いに、相対する二人はふたたび顔を見合わせる。
「武器をお納め下さい、隊長様」
 ふりふりのドレスを翻して、現われたのはケイトと呼ばれる魔法人形だった。
 一行に同行し、テントの辺りでずっと立っていたのだが、なるほど役に立ってくれるものだ。
「こちらの皆様は我々の客人、くれぐれも粗相なきよう仰せつかっております」
「これはゼロ・クールの、では……あの噂は本当に」
 アインバルドが眉をひそめた。
「これは失礼した、まさかギャルリ・ド・プリエの客人とは」
 そしてマクシムスが謝罪して、言葉を続ける。
「我々はこの地の安寧を守り、魔王軍と対峙する者。アラウダ軍団と申す」
 彼等は多数の部族がゆるやかな連合を形成して、魔王軍と交戦しているらしい。
 イミルの民と、クラウディウスの民が手を結んでいる。
 そしておそらく近い血族であろう、このルキウス一門もまたその一角。
 魔王を倒し、幻想の内乱をも平定した勇者アイオンは、ただの若者だとすれば――
 一行は互いに目配せしあった。
 明確な『歴史』の『違い』がそこにあったのだ。

 それから一行は再び丁寧な謝罪を受けた。
 ぴりぴりとした空気だったのは、魔物が数多く出現しているためらしい。
 おそらく魔王軍の行動が原因だと推測された。
 そして気になるのが「滅びの気配を感じる」という言葉だった。
 さらにもう一つ――
「イミル族長代理のフレイス姫様にも、お伝えするがよろしいか」
 その言葉に瞳を細めたのは愛無だった。
 二年ほど前、古代の亡霊として甦ったイミルの民、その族長の名ではないか。
 歴史が異なるとすれば、その原因となるキーは何なのか。
「巨人の民――か」
「おお、良くご存じで! ルシウス様もフレイス姫もお喜びになる!」
 いくらか会話を交して、兵士達は去って行った。
「これは『どーなつ』、美味しいよ」
 愛無は友好の証にドーナツを手渡してみる。
 食うということは、概ね世界共通のコミュニケーションだからだ。
「おお、すまない。では我々からはこれを」
 そうしたら、手土産に鹿肉の巨大な塊と葡萄酒まで付いてきたものだ。


「火の加減は、こんなもので良さそうかしら?」
 ヴァレーリヤがたき火に枝をいれ、発火させる。
「魚、結構とれたのです」
「ええ、こっちは遠火の強火でやっていきましょう」
 Lilyが手に入れた川魚は鮎に似ている。ちょうど油の乗った成魚の季節だ。
 波打たせるように枝に刺した鮎へ塩を振り、寛治は石を支えとして丁寧に並べていく。
「……わあ!」
 そんな光景にメイと、いつの間にか仲良くなっている猫達も瞳を輝かせた。
「ねこさんだめです! おとなしくするですよ」
「こっちも、大丈夫だよ! 飯ごう炊さんもしていこう!」
 そしてセララが飯ごうの準備を始めた。
 二合ずつ、いくつかを炊く。
「手伝いまスよ。最近でもやるんスね」
「するよ、林間学校とかあったもの」
 美咲とほむらが手伝い始めた。
 鹿肉は――ヴァレーリヤがひどく渋い表情をしたが――頂き物の葡萄酒を半分ほどいれて漬け込む。
「灰汁めっちゃ出ますね」
「血抜きはしてあるが、ジビエだからな」
「ですねえ」
 鹿肉を煮ながら妙に几帳面に灰汁をすくっているほむらに、ブランシュが答えた。
 なかなかどうして、勝手が難しい。
「さきほど採取したこのハーブは、臭み消しになるだろう」
「あー助かります」
 量は多いから、残りは切って、スパイスをたっぷり振りかけたワイルドなステーキにして。
「こちらに野菜は切っておいた」
 ブランシュは桶一杯の野菜を鍋の近くへ置いた。
 どれも食べやすい大きさに切ってある。
「野営の準備は終わったが、あとは――この肉を焼いていけばいいか」
 すっかりテントの準備を終えたサイズが戻ってきた。
 熱が通り過ぎれば美味しくはない、だが危険性は完全に排除したい。
 繊細な焼き加減が求められるが――問題ない。
 まずは筋切りをして、下味を付ける。
 次に火加減を再度調整したサイズは、焼き網で肉を丁寧に焼いていく。
 辺りに香ばしい香りが漂い始めた。
「肉が余っているようなら、味付けをしていないものを頂こうか」
 ブランシュは切り分けた鹿肉を焼いてから細かく刻み、器に盛って救世主の前へ座り込む。
 目一杯に尾を振った救世主に頷くと、気持ちの良い勢いで食べ始めた。
 頭をひと撫でしてやり、それからゼロ・クールのケイトへ視線を送った。
 ケイトはまるで稼働停止でもしているかのように、表情を変えないまま立っている。
 彼女(?)と比較して、自身のこの感情とも呼べるものは、いったいどこから来るのだろうかと。
「じゃあ私は余った食材で、何か軽く作っていくわね」
 ヴァイスは木の実と果実とを真剣な表情で見つめる。
「あ、ハチミツがあるのよね?」
「ああ、持ってきている」
「少し頂ける」
「構わない」
 コケモモは甘みが少なかったが、ちょうどブランシュが持参していたハチミツと和えれば良いデザートになりそうだ。クルミは塩で炒ってやれば、飲兵衛達(ヴァレーリヤや寛治)が喜ぶだろう。
 いよいよお野菜が投入された鍋をかき混ぜながら、Lilyもまた胸をときめかせていた。
 こうして沢山の人と共に、わくわくそわそわとしながら、いろいろな話を聞くことはとても楽しい。

 そうこうしている内に、カレーの良い香りが漂いはじめた。
 こうなってしまうと、もう堪らない。
 濡らした布で飯ごうをあければ、じわっとした音と共に湯気が視界いっぱいに広がる。
 焼き魚と、ステーキと、たっぷりの甘口カレーと。
 それからちょっとしたデザートに、イチジクと塩クルミが並んだ。
「いただきます」
「キャンプと言えばカレーだよね」
 セララは思う。
 大鍋で作った甘口カレー。キャンプで食べると二倍美味しいのだ。
「ふっしぎー!」
「あー、おこげだ、これ美味しいんですよね」
「ね!」
 鮎にかぶりつけば、ほろほろと身がほぐれ、独特の香りがたまらない。
「美咲。なんですの、それは?」
「おこげおにぎりでス」
「このステーキいけますね、臭みも全然ないっていうか」
 サイズの焼いた肉は上手い具合に生でなく硬すぎず、肉への欲求を十全に満たす仕上がりだった。
 それにしても――ブランシュは思う。
(あきれかえるほど平和な散策だ)


 デザートを食べ終えたら、夜も更けてくる。
 どこか寝ぼけ眼になってきたメイとLily、それからセララは、猫達と共にテントへと引っ込んだ。
 中はサイズによって熟睡出来るように整えられている。
「むふっ、それでは私も失礼してー……何をされますの!?」
 にたにたと笑うディアナの手を引き、美咲はたき火の前に座らせた。
「そう、野外で安全なお水は貴重品――ということは!」
 ここからは、しばし大人の時間――ヴァレーリヤが満面の笑みを浮かべる。
「もちろん持ってきたとも鉄帝名物樽酒!」
 それにマキナが樽を用意したと言うではないか。
「樽とか言いながら完全に金属でスが。蒸留酒スか、まさかそれ」
「乾杯しましょう乾杯! 今日は朝まで呑み通しでございますわー!!!!」
 そんな訳で、「乾杯」と大人達が杯を上げる。

「それでディアナ氏、ケイト氏をどう見ます?」
 美咲がディアナに問う。
「あの造型、はっきり言って一家に一台欲しいですわね」
「自分はあの服装で魔法人形……正直ちょっと感動しました」
「ほんとたまりませんわよね」
「綺麗めの漫画とかから出てきた感じスもんねー……」
「漫画、ですか?」
「ディアナ氏? ディアナ氏はもう『私ら側』ですよ」
「へ、へへ。な、なんですか」
 なぜか美咲が、引き笑いしたほむら(オタク)の腕をひっぱる。
「いやぁ、ヴァレーリヤはペースが合うから助かるね」
「ですわですわ、私達良い友達になれそうではありませんの」
 ヴァレーリヤと肩を組み、マキナが空になった杯を置く。
「私は杯を開けたよ? 次は君の番だ」
 視線が美咲とディアナに注がれた。
「なので。ほら、ディアナ氏もほむら氏も。ヴァレ氏の酒飲みなさいよ」
「ああん、何ですの? もしかして、私のお酒が飲めないとでも?」
「え、え、えええ」
「この量、本気ですの?」
「本気も本気の大マジですわー!」
 ヴァレーリヤの宣言にディアナの笑顔が引きつる。
「そんなはずがありませんわよねー。私達、仲間ですものねー」
「散々鋼鉄帝国で暗躍したんだから私らがアホの軍団なの知ってるでしょ?」
「え、冤罪ですわ」
「あっちとは無関係? ……じゃあ運が悪かったってことで」
「ひっ」
「一緒に死のうぜ☆」
「ええいこのすっとこどっこい! その勝負受けて立ちますわ!」
「それでこそですわー! ほら一気、一気!!」

 ――そんな夜半。
「むにゃ……もう飲めませんわ……」
「う゛ぁれひ、しょうぶは、ひっぐ、まだ」
 死屍累々の山がテントに詰め込まれた頃――
「これはずいぶんと、お強いんですね」
「冗談じゃありませんわ、わたくし途中から水で誤魔化しましたもの」
 ディアナの言葉に、寛治は軽く笑い返した。
「さて、この世界――果たして三千世界へ通じているのでしょうか」
 寛治が問う。
 セフィロトの悲願は元の世界への帰還だ。
 ならば異界であるプーレルジールで得た情報は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
 その価値は計り知れないとも言える。
 彼等の欲しがりそうな情報をこそ重点的に集め、高く買ってもらうという算段も考慮に値する。
「おそらくあの琥珀の山自体が、異世界からの漂流物なのでしょう」
 夕方頃に愛無が分析していたが、物質的な組成自体は不思議なものではない。だが愛無が言うには、たしかにこの世界とは異なる気配もあったというのだ。
 混沌に張り付いた果ての迷宮や虹の迷宮、そして鉄帝国や深緑などに点在する遺跡にように。
 世界同士が衝突した名残だとするならば――
「あるいは――です」
 帰還方法は分からずとも、あの知識欲の都のこと。
 混沌に存在しない異世界の漂流物それ自体にも高い価値が生じるのは間違いない。
「もっとも、貸しにするならセフィロトではなく、ディアナさん個人にお貸ししたい所ですが」
「わたくしは、あまり火傷をしたいとは思いませんが」
「ご安心ください、暴利は取りませんよ。精神的なお支払いも受け付けております」
「な、なんですの? それ???」
 果たして支払いとは何か。
「お話を聞かせていただいても?」
「ええ、もちろんです。プリンセス」

 そろそろ見張り交代の時間だ。
「ああ、起きてたんスか」
 美咲はひどい頭痛へ治癒術をかける。ついでに仲間達へも。
「そりゃ、この通り。我等が帝国の民だものね」
 マキナは伸びをしながら、たき火のほうに歩き出す。
 そして小さな小枝を二本ほど放った。
(――元の世界か)
「職場が異世界に来た以上、私も帰れるなら帰れってなるんでしょうけど……」
 ふとこの世界の――数人の顔が思い浮かんだ。
「まあ、色々ありますので帰りたくありませんよ」
(――その顔を、私は)
「親妹には合わせる顔もありませんし」
 そしてふと、笑った、
(でもなぁ……ジオルド氏とかをどうやって撒くか……)
「美咲、ジオルドには相談したのかい?」
「何の事スか?」
「君は少し彼に偏見を持っている」
「……」
「彼は故国に忠義を誓っているが、それを君に強要するつもりはない」
「言いたいことは、わかりまスけど」
 まったくこの不器用な所は誰に似たのやら。

(……良かった。美咲は、この世界に残るんですのね)
 ぼんやりと目を覚ましたヴァレーリヤは、そっと耳を澄ませていたのだ。
 けれど、美咲の言葉を聞いて安心した。

 眠れないのはサイズもまた同じだった。
 分かってしまってはいるのだ。
 このプーレルジールに妖精郷がないということは。
 自身の――妖精武器としての存在意義と役目は、終わってしまったのだろうかと。そんな焦燥もある。
(くそ……なにやってるんだ俺は……)
 空回りしているとも思えてくる。
 けれど、きっと何かを切らなければならないのだろう。
 誰かの意思ではなく、自分自身の意思で――

 夜は徐々に朝へと移ろう。
 白澄んできた空の下で、ブランシュは一人たき火へ枝をくべていた。
 睡眠は必要ないからずっとこうしていただけではあるのだが。
 けれど考える時間だけは沢山あった。
 思えば最近は、とにかく目の前の全てを刈り取ることしかしていなかったように思う。
 だからこういう時間も必要なのだろうとも。
 立ち上がれば、空には鮮やかな朝焼けが広がっていた。
 新しく新鮮な水をくみ、湯を沸かし――インスタントだが――コーヒーでもいれてやろう。
(……この時代には、まだ博士はいるのだろうか)
 それはブランシュを製造したであろう存在のことだ。
 ブランシュ達、エルフレームシリーズを作る前の博士――ヴィンセント=ラダリウス=リアルト。
 初期型のゼロ・クールが居る時代であるならば、もしかしたら会えるのかもしれない。

「おはよう」
「おはよう」
 仲間達が起き出し、目をこすりながらたき火の前へと座った。
 だからブランシュは、マグカップを差し出す。
(コーヒーの作り方なんて誰に教わったんだろうか)
 ふとそんな風にも思う。
 何故か自身の中の、初期搭載インターフェースに『作り方』が載っていたのを思い出した。

 ――この一杯は、何となく時代を繋いでくれているような。
   そんな温かさが微妙に感じられた。

(俺は機械なのか。人間なのか)

 視線をあげれば――陽光。
 眩いばかりの朝がきた。

成否

成功

MVP

恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣

状態異常

なし

あとがき

 依頼お疲れ様でした。
 異世界キャンプでした。

 MVPはいくつかの重要そうな『点』を見つけた方へ。

 それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。

PAGETOPPAGEBOTTOM