PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<英雄譚の始まり>魔法使いの育て方

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『マナセ』
 ただの村人AとBの子供がお姫様に何てなれる筈がないの――

 愛世(まなせ)。村を訪れた旅人が付けてくれたその名前はわたしのお気に入りだった。
 プーレルジールには時折、異世界からの来訪者がやってくる。彼等は皆、世界を旅する冒険者になるのだ。
 そんな彼が村に訪れたのは偶然のことで、そんな彼が旅の途中で手に入れたという本を家に置いていったのも偶然のこと。
 その本を幼い頃から読めてしまったのも偶然のことで、身に着けたのが『迷宮森林』の古語魔法だったのだって偶然のこと。
 そう、全部が全部偶然で出来ていた。
 けれどそこまで来たら必然だって思いたくなるのが人間だ。

「わたし、魔法使いかお姫様になりたい!」

 そんな願いをただの村人AとBの子供が抱いたのだって、当たり前のことだった。
 マナセ・セレーナ・ムーンキーは10歳になったばかりの少女だった。
 プーレルジールの片田舎の街で学士の娘として育てられた。夢見がちな娘に両親は本を買い与えてくれた。
 お姫様という願いだけならば叶えっこないが、魔法使いならば『叶う可能性』があるからだ。
 両親はちょっとした勘違いをしているがマナセのいう『魔法使い』とはゼロ・クールを作る職人のことではない。
 もっと概念的な魔術を駆使し、封印術や攻撃を生身で行なう術士の事である。
 マナセも両親の勘違いには気付いて居たが巧妙に自らの希望をコーティングして隠した。
「どんなゼロ・クールを作りたいんだい?」
「お姫様かなあ」
「あはは、マナセらしいね」
 父はそう言ってマナセの頭を撫でた。齢10にして魔術の素養は卓越したものだった。
 当たり前のことだが、マナセ・セレーナ・ムーンキーは『天才』である。
 ただ――彼女は天真爛漫で明るい娘というわけではなかった。

 こっそりと隠れて行って居た魔法の練習も、古語魔術を駆使できるその姿も街の人々からは疎まれていた。
 黒魔法使いなどと謂れなき非難を受けることだって山のようにあったのだ。
 屹度、いけないことをしている。
 マナセはそう認識していた。――『無辜なる混沌』では妖精郷を救う一助となる魔法使いが、だ。
 屹度、許されざる存在になった。
 マナセはそう認識していた。――『無辜なる混沌』では冠位魔種の権能の一つを抑える一助となる魔法使いが、だ。
 彼女は恵まれた生育環境下に居たが、本人にとって幸せな場所ではなかったのだろう。

「わたし、魔法使いになりたいわ」

 何度も、何度も繰り返した。
 ある日、どうしても読めなかった古語を読み解けたとき、少女はいても立っても居られずに単身で『ギャルリ・ド・プリエ』へと乗り込んできたのだった。


「ごきげんよう!」
 アトリエ・コンフィーの扉を蹴破る勢いで彼女はやってきた。
「わたしはマナセ。プーレルジールの片田舎で学士見習いをしてるわ! まあ本当は魔法使いになりたいのだけど」
 ごにょごにょと呟いたマナセは古びた一冊の本を手にしていた。
 どうやって此処までやってきたのかというのは簡単だ。早朝に村にやってきた馬車に忍び込んで近隣まで運んで貰う。それからは自力でなんとかやって来たのである。
 大凡10歳。そんな幼い彼女は意気揚々とギャルリ・ド・プリエにまでやってきたのは訳があった。
「あなた達の話は聞いているわ!
 アトリエ・コンフィーのお手伝いさん達。他の世界から来たんでしょう? それでね、だからね、お願いあるの」
 異世界からやってきた人に貰った、とマナセはその本を差し出した。
 表紙には何の文字もない。開けば幾つかの記述に注釈が書き込まれている。……読めないのはそれが混沌にも馴染みのないものだからだろうか。
「それ、迷宮森林っていう此処からずっと遠くにある場所で使われる古語なの。
 其処に棲まう人達は自然界との親和して魔法を使うことが出来るそうよ。それを総じて古語魔法って呼ぶのよ。
 わたしは、それを読み解いて利用する事が出来たの。魔法使いになりたいなって思ったのはそういう事なのよ!」
 ……自己紹介をしてくれる。マナセは大きな眸をきらりと輝かせた。
 混沌世界に於けるマナセ・セレーナ・ムーンキーは『勇者アイオン』が「彼女は魔法使いになるべきだ」と村から連れ出したと記述が残っている。
 魔法使いであることで疎まれた彼女の手を引いて、アイオンは「なりたいものになろう」と彼女を連れて出たのだ。
 幼い少女であったマナセは母の手製の洋服を身に着けて快活な娘として勇者一行と旅をし、『深緑』を襲った冬の王を封印、大樹の精霊とも交友関係にあったという――が。
 目の前の少女にはそんな片鱗はない。
 寧ろ、魔法使いですらないという。だが、彼女は『異世界からやってきた人々』を目指して独りで此処までやってきたのだ。
「お願い事って何かしら」
 マナセをまじまじと見詰めたのはフランツェル・ロア・ヘクセンハウスである。
 フランツェルは『深緑』のアンテローゼ大聖堂の司教であり、古き歴史を保管する『ヘクセンハウス』を名乗る魔女の当代だ。
 当然ながらマナセの手にした古語魔法についても多少明るい。
「ふふ。あのね、この本の作者に会いたいの。何処に居るのか、とかが読み解けたから」
「作者?」
 フランツェルはまじまじと覗き込む。
 簡単に読めてしまった――けれど、読めないのも仕方が無いだろう。
 そもそも『この世界の大樹ファルカウはその名前が付いていない』のだから。

「そう! ――迷宮森林の近くに住んでいるって言う、魔女『ファルカウ』!」

 深緑の象徴たる大樹の名を冠した女は古語魔法を認めてこの時代に生きているというのか。
「……行きましょう」
 フランツェルはうずうずとその身を揺らがせた。まだ知らないことが知れる気がする。
 この世界には知らないことが多すぎた。神話はどの様に紡がれるのか。
 イレギュラーズを振り返って誘うフランツェルにマナセは「注意事項があるわ」とはきはきと言った。

「小枝を折ったら腕を折るらしい」

 ――それは、もうちょっと変わっていても良かったのではないだろうか。

GMコメント

●目的
 魔女ファルカウを辿る

●砂漠の旅
 魔女ファルカウの棲まう迷宮森林に向かうためにプーレルジールから『砂漠地帯』(現在のラサ)を超える必要があります。
 点在するオアシスに立ち寄りながら、マナセを連れて旅をしましょう。
 食材やキャンプセットなどを用意してのんびりと数日間の旅となります。
 その間にもモンスターなどは襲い来ますので注意をして下さい。
 また、斯う言ってはなんですがマナセは『攻撃魔法』を得意としていますがその他はてんでダメです。
 マナセと話ながら何らか気になることがあれば、フランツェルと相談して下さい。
 このシナリオでは『未知』を探る事が一番大事なことになって居ます。
 ただしマナセ・セレーナ・ムーンキーの現状は普通の少女です。妖精郷・迷宮森林・勇者アイオンについては何も知りません。それは後世での情報です。

 迷宮森林へと踏込むことに関しては小枝を折っただけで腕を折るという謎の記述が残されているために注意が必要です。
 ……最も、『魔女』は外から名を呼び掛けるだけで返事をしてくれるとも言われていますが。

●『魔女ファルカウ』
 マナセが持っていた魔術書に名前が記載されている魔女。
 魔術書の著者であり、古語魔法の遣い手のようですが……詳細不明。

●『魔法使い?』マナセ
 マナセ・セレーナ・ムーンキー。魔法使いかお姫様になりたい10歳女児です。
 古語魔法を理解し使用することが出来ます。攻撃魔法>回復魔法>>>>封印術です。
 (封印術は後々、勇者一行のフィナリィに教えて貰ったことで現在の深緑で『咎の花』などを使用できるようになったようです)
 食事の作り方や旅の仕方を皆さんに教わりたいと考えて居ます。
 性格的には明るく溌剌。元気いっぱいの女の子です。自信が無いのは「古語魔法をつかったって良い大人になれない」と周りに言われ続けて居るからであり、その辺りは現実世界のマナセとはあまりかわらないようです。
 皆さんとも仲良くなりたいと考えて居ます。是非、色々と教えてあげて下さい。

●フランツェル・ロア・ヘクセンハウス
 深緑のアンテローゼ大聖堂の司教。魔女ヘクセンハウス。深緑に伝わる歴史を編纂し記憶する役割を担います。
 ヘクセンハウスの書庫と呼ばれるアンテローゼ大聖堂の地下にある書庫には『ヘクセンハウス』を継承した魔女がいることで内容を読み解くことの出来る呪いが掛かっています。
 フランツェルにとって古語魔法とは記録の一つですが、マナセが知り得た情報に対して興味が強いようです。
 考察などがあればフランツェルが応じます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <英雄譚の始まり>魔法使いの育て方完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月04日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

サポートNPC一覧(1人)

フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)
灰薔薇の司教

リプレイ


 背筋をピンと伸ばしてもまだ子供としか言いようがないその姿。
 波打つような桃色の髪を結わえた娘は蜜色の瞳を細めて笑う。背中の翼で空を飛ぶのは少しおっかない、そんな少女が快活に笑うのだ。
 マナセ――世界を愛せますように。
 とある異邦の旅人が名付けたというその名前の通りに、娘は世界を愛して伸び伸びと生きてきた。
 まだ見ぬ不思議とまだ見ぬ楽しみがあるならば、好奇心は止められない。
「マナセよ。よろしくね!」
 にんまりと笑みを浮かべて挨拶をした少女ははっとしたように頭を下げる。
「あっ、お辞儀をなさいって言われるところだったわ! お母さんが言っていたわ。挨拶はお辞儀!」
 自慢げに告げるマナセに頷いてから『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は膝を折って見せた。
 目線を併せて屈んだマルクの前に立っている少女は何処からどう見たって好奇心が旺盛で猪突猛進型で無鉄砲な少女だ。
(伝説の魔法使いも、IFの世界では可愛い盛りってトコか……今のところは、ね)
 御伽噺の伝説の魔法使いとは思えぬ天真爛漫さについつい笑みを浮かべてから「はじめまして。僕はマルク。一応、魔術師ってことになるのかな」と伺うように言う。
「えっ、魔術師なの!? わあ、凄いわ! 他の皆さんもそうなの?」
「うーん、そうって言うべきなのかな? マナセさんには教えて貰いたい事が沢山あるよ。
 私はスティア。『偉大な魔法使い』のマナセさんと旅が出来るなんて嬉しいな。私も魔法の心得はあるから教えあったりできると嬉しい!」
 神話の物語を体験できると考えればそれだけで心が躍るのだ。『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はワクワクするねと胸を躍らせる。偉大な魔法使いという言葉はマナセの夢に関することなのだろうと少女は理解して「偉大だなんて~」と嬉しそうに跳ね回っている。
「華蓮なのだわ。礼儀作法についても心得があるのだわよ。
 これから大変な人物に会おうとしているのだもの、しっかり学んで損はないと思うのだわ」
「わあ、有り難う」
 幼いマナセを安心させるように微笑んで見せる『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は嬉しそうに手を叩いて跳ねた後、はっとしたように「ありがとうございます!」と頭を下げたマナセを見てついつい吹き出した。
 素直な少女なのだ。これから長丁場の旅に一緒に出なくてはならない相手には相当思えぬような幼さを感じさせる。
 それでも、彼女は夢の為ならばと自分から踏み出せるのだ。『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は彼女のその前を向かんとする決意も、強かさも驚愕に値すると知っている。
(ン。マナセ自分カラ旅立ッタ。夢叶エヨウトシテイル。トテモスゴイ)
 ならば、敬意を持って接するべきだ。彼女がこれからの歴史上で偉大な存在になるかどうかなど、関係ないのだ。
「フリック。フリークライ。ヨロシク マナセ。フリック レガシー・ゼロ。ゼロ・クール 類似種ノヨウナ存在」
「フリックね。レガシーゼロって言うの? ゼロ・クールに似ているけれど……ふむふむ。
 あなたは、『心なし』じゃないのね。わたし、あの心なしって『魂がない』という意味だと思っているの。なら、あなたは全くの別物だわ!」
 瞳を煌めかせるマナセのその言葉に興味を抱いたかのように『記憶に刻め』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)が眉を動かした。
 ゼロ・クールに対しての考え方も、マナセから見た『世界の様子』も彼女なりの解釈で別物に見える可能性があると感じられたからだ。
(普通の少女……といえばそうだが、斯うして話してみれば、その判断能力も観察力も、まあ『天才魔法使い様』の卵らしいのかもしれないな)
 それでも10歳の少女であることには違いない。夢に夢見て、恋に恋して、微睡むように『幼少期』に佇む娘。
「お姫様になりたいんだったか?」
『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)は膝を付いてから問い掛けた。「ええ」と頷くマナセの頭をぐしゃりと撫でてやる。
「はっ、いいじゃねえか。王子様が来るのを待つんじゃなくて自分の足で歩くお姫様か。
 なっちまおうぜ、魔法使いによ! オレは紅花牡丹、よろしくな、マナセ!」
「なれる?」
「なれるなれる!」
「ふふ! じゃあ、なるわ!」
 くるくると踊るようにターンをして心を躍らすマナセ。『伝承の魔法使いは明るく元気な女の子でした』とはそうそう語られない。
「勇者サマ関連のお話はなんとな〜〜〜く聞いたことあるけど……へぇ、そう、この子がね例の……?」
 まじまじとマナセを眺める『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)に同じように『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)も興味深そうに彼女を見た。
「伝説、か」
「伝説な。そう、伝説だ。勇者王の伝説に出てくるマナセ……伝説の英雄と一緒に旅が出来るってのは心が浮き立つもんがある。
 似た別人みたいなもんだとわかっちゃいるが、それでも憧れたおとぎ話の英雄と旅なんて浮足立っても仕方ねえだろ? 帰ったら琉珂にも自慢するか……」
 良いかもしれないと揶揄うように笑うベネディクトに『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は「ま、将来は英雄かもしれねえが今は10歳のガキだからな」と彼女を守り抜く事を心に誓った。
「……うん、いいじゃない、カワイイカワイイ! モチベーション上がってきたわ!
 どうせ助けるなら、可愛らしい少年少女が一番よね、あっはっはー!」
 明るく笑った京に「かわいい」と呟いてからマナセが頬を抑えた。
「かわいいだなんてー!」
 やだやだと首を振って恥ずかしそうにしたマナセは「本当のこと言っちゃって!」と京をぱちぱちと叩く。
「あはは! 素直だな!」
「わたし、かわいいお姫様っていって育てられたのよ。パ……おとうさんと、おかあさんに!」
 ああ、本当に可愛らしいのだと『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)はふ、と笑みを浮かべて見せた。
「ここまで来るのも大冒険だっただろうに、好奇心旺盛だね。楽しかった? ……これからの楽しみの方に目が入ってるかな」
「どっちもかも。ひとりでの冒険だってドキドキの連続で楽しかったわ。
 けれど、此処からは皆が一緒なんでしょう? なら、嬉しくってたまらないわ! 本当に楽しみだもの」
 戦いなんて知らなさそうな柔らかい掌。傷一つもない体に大切に育てられてきたことが良く分かる艶やかな髪。
 戦わなくても良い少女だろう。此の儘学士として育って、ゼロ・クールを作る職人としての『魔法使い』になれば、安全地帯で過ごしていける。
 戦いを教えることには余り気が進まないと――そう考えて居たが、目の前のマナセを見て「この様子だと、危ないことになる前に教えた方がかえって良さそうだね」と自身の中の考えを修正した。
 京と華蓮の前で『ここに来るまでの冒険』を楽しそうに話している彼女を見れば、アイオンと共に戦う事になる魔法使いとなることが良く分かる。
(まあ、今回は楽しい旅にしよう。マナセ、キミが大人になる前のちょっとした冒険だ――)
 少女が大人になれば、この日だって懐かしかったと笑うだろう。
 幼いからこそ間違いを犯せる。
 幼いからこそ迷うことを許される。
 キミが大人になったなら、どうかこの旅が素晴らしいものだったと思い出して欲しい。


「魔女ファルカウ、か。フランツェル自身はその人物が誰に当たるのかなどは推測がつくのだろうか。
 ……少なくとも書物を残せるのだから樹では無いのだろうが」
 荷物を用意しながらベネディクトは『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)へと声を掛けた。
 旅支度に少々の食糧やマナセを見てからの装備の準備である。マニエラは「まあ、小枝を折れば腕を折る『樹』が居たら困るしね」と頷いた。
「小枝と腕を折るだけで魔女に会えるなら安いが。最終手段だろうね。心象最悪になるだろうし……何より腕だけで済むかもわからんし」
「済まないとは思うわね」
「やっぱり?」
 それは最終手段ともならないかとマニエラは肩を竦めた。フランツェルは実のところ『魔女ファルカウ』と言う存在についての推測が出来ているわけではない。いや、言い方を変えれば『確証』が得られないと言うべきなのだろう。
「ベネディクトさんは本当に魔女ファルカウが存在して居ると思う?」
「それは人であるかどうかという話でか?」
「ええ」
 目を伏せったフランツェルにベネディクトは悩ましげに「難しい話だな」と呟いた。
 彼の使い魔のポメ太郎は商人が押し売りしてきた野菜に腐っているものが有ることを指摘しながら尾をゆらゆらと揺らしている。
『会いに行く魔女さんも怖い人じゃないと良いですねえ。
 優しいお婆さんとかじゃないんですかね? 枝は折らない様に気を付けます! 大丈夫です! 偉いので!』
「外見的に言えばお婆さんじゃないかもしれないわ。だって、リュミエ様とか若いもの」
 もしも、その魔女が幻想種であれば年若い姿を保っていることだろう。年齢的なものを言えばお婆さんと言わざるを得ないのかも知れないが――
「まあ、取りあえず、ポメ太郎君はマナセさんと遊んでいらっしゃいね。これから結構な時間をご一緒するんですもの」
 プーレルジールから砂漠地帯を越えて迷宮森林を目指さなければならない。点在するオアシスを拠点にしながら越えていくことになるだろうがそれなりに過酷な道中だ。
「ン。フリック 猛暑・乾燥 強イ植物 生ヤシテイコウ」
 瑞々しさを保つことの出来るフリークライは食用砂漠などを生やしていた。マナセが「不思議、ねえねえ、お花もさして構わない?」とフリークライの背中に張り付いている様子が目に付いた。
「こーら、マナセさん。色々とお勉強があるのだわよ?」
「華蓮はママみたいだわ。わたしのお母さんも何時もお勉強は大事よ、ご飯は食べなさい、良い子に座ってなさいって言うのだもの」
 頬を膨らませるマナセに華蓮がくすくすと笑った。ああ、本当に小さな少女のように感じられるのだ。
 この砂漠の旅ではフランツェルはそれなりに自衛するかも知れないがマナセはまだまだひよっこだ。彼女を護りながら砂漠を抜ける必要がある。
(ええ、ええ、子供の夢を護って育てる事は大人たちの役割なのだわよ。
 この夢が実ればそれで良い……実らなくたってその経験がいつか彼女の天職に繋がる)
 進んでいくマナセを、見守って好きにさせて、成功したら褒めて祝福し、失敗したらその時は守ってあげるのが『大人』の在り方なのだ。
 それが華蓮が今日為すべき事だと強く感じていたのだから。
 砂漠の道を行く旅路に対して牡丹は馬車を借りた。秘密の隠れ家を兼ねての快適な状態を保つことが必要だと考えての取り組みだ。
 曰く、『か弱いニンゲンさん』に必要な技術を母から教わったということだ。清潔も保ち、医療技術を駆使して日射病や脱水症状なども予防するのである。
 暫く進み、幾度かのモンスターとの接敵を繰返したこともあり、周辺への警戒の手は緩めるべきではないと言うのがイレギュラーズの考えだ。
 ファミリアーを飛ばして先行偵察をするマルクは「少し長い旅になるからね」と優しく声を掛ける。
「マルクはその子をどうするの?」
「ああ、これはね。行く方向に障害や危険があればいち早く察知出来るようにしているんだ。使い魔は色々便利だから、マナセさんも覚えられるといいね」
「そうよね。やっぱり危険は避けなくっちゃよね?
 わたし、そのままずんずん進んでいって危険ならぶん殴っちゃえば良いかも! って思って居たの」
 拳をぶんぶんと振り回すマナセを馬車の荷台に座らせながらマルクは「それじゃ、長い旅だと消耗してしまう」と肩を竦める。
「そっかあ」と呟く少女の傍らにポメ太郎をちょこんと座らせてベネディクトは「ポメ太郎だ。マナセも仲良くしてくれ」と声を掛けた。
「触って良い?」
『あん!』
「ありがとう。今のは良いって事ね? おひざにおいで! ……お、重たい」
 膝の上に座ったポメ太郎をもちもちと触りながらマナセは「結構おでぶちゃんなのね」とポメ太郎を突いた。
 ゆっくりと進む馬車の荷台に座る『英雄譚の魔法使い(未満)』とポメ太郎。その傍を警戒しながら耳を澄ませ、周辺警戒をしていたベネディクトに「ねえねえ」とマナセは声を掛けた。
「この子はベネディクトの使い魔なの? マルクみたいに偵察には行かない?」
「ああ。俺はこのポメ太郎が主な使い魔かな、使い魔というよりは家族の様な物だが。だから、偵察よりも傍に居ることが多いかも知れない。
 そういえば、マナセはいつか使い魔を持ったりする予定はあるのか?」
「うーん……どうだろう。持てたら良いかも。持つならウサギが良いわ。ふわふわで小さいのよ」
 頬ずりをするマナセは「でも犬も良いかもって思っちゃったー!」と笑う。
 勇者王の伝説はある程度ルカ自身も読み囓ったがマナセが使い魔を連れているという情報は見かけたことはない。此処から何らかの変化がもたらされるのだろうか。
「いつかマナセが使い魔を連れ歩く事があったら、友達になって貰えたら嬉しいな。お前もそうだろう、ポメ太郎」
『あん!』
「うふふ、お友達になっていろんな場所に連れて行きたいわ!」
 幸せそうなマナセにベネディクトは頷いた。そんな笑顔を見ていると10歳の少女というのはほんの子供なのだとルカは実感した。確かに、マナセは道中の戦いでも卓越した魔法技術を見せた。
 まだ粗削りではある。魔力を武器に込める事が苦手であるのか適当に掌を振りかざして『遣り過ぎる』事もあった。歴史上のマナセが可愛らしいスティッキを手にふんわりとした衣装を見付けていたのは『魔力を制御するため』だったのだろうとルカは改めて実感する。
 今、自身の前でポメ太郎と戯れている子供は魔法少女を思わせる服装ではなく、シンプルなワンピースだったからだ。
「マナセ、またあっちに敵が居るらしいぜ。オレは硬いし無敵だ! 行ってくるけどよ、マナセはマネするんじゃねえぞ?」
 ひょこりと顔を出した牡丹は快活に笑ってからマナセの頭をぐりぐりと撫でた。不思議そうに、それでいて何処か困った様子のマナセは「なんでえ」と唇を尖らせる。
「マナセは現状は攻撃特化だろ? だから自分流の戦い方を模索しな!
 今回のパーティは色んな奴がいるしてめえにとっていい参考になるだろ!
 てめえなら攻撃は最大の防御、先手必勝大火力っつうのもありかもな!
 一撃で仕留めれば被弾しねえ。仕留めれずとも流れを掴めれば相手は防戦一方だ!」
「確かにー!」
 マナセが手をぱちんと撃ち合わせて瞳を輝かせた。幾度かのモンスターとの接敵の際にはマナセにはフランツェルとの待機をお願いしていた。
 だが、そろそろ暇潰しも減ってきたのだろう。マナセは「いいわよね」と皆を振り返る。
「いいけど、気をつけてよね? 何かあればアタシが傷付くから」
「責任重大だわ!!! 京が怪我しちゃったらわたしは治せないもの! 最悪、突然の死!」
「殺さないで」
「やだ、京のお葬式の時は黒いワンピースを新調するから待っていて! 死なないで! それまで死んじゃダメよ!」
「殺さないでってば」
 慌て始めたマナセに京はからからと笑った。甘えた様子で話すかと思えば、突拍子もない言葉を繰返す。そんな少女の傍で、何かあれば庇うからと揶揄うように告げる京は馬車からマナセを抱き下ろし、敵影を認めたマルクに頷いた。
(マナセ 戦闘慣レスルナラ 敢エテギリギリマデ マナセAP回復温存シテミル)
 フリークライの役割は『攻撃魔法特化』に見える魔法使いのサポート役だった。手厚い支援が出来るパーティー構成であることをフリークライは理解している。マナセならば誰かが集中せずともしっかりと支え楽に旅をさせてやることが出来るが、それでは今後が困ってしまう。
(パーティー組ムニシテモ最初ハ互イ二息合ワセニクイダロウシ。
 力合ワセル大切サヤ役割分担理解シテモライツツモ 一人ノ時 ドウスレバイイカ 一人デ旅スル時 何必要カ 考エテモラエルヨウニシタイ)
 ――きっと、その役目こそ『アイオン』だったのだろう。
 フリークライはマナセに合う前に読んだ勇者王伝説を思い出す。

 魔法使いマナセは幻想の村に生まれた一人の娘だ。産まれた頃より魔法の素養が強く、人一倍に『能力を発揮できた』。
 だが、田舎ではそんな彼女の卓越した技術が厭われたのだ。制御を学ぶことも出来ない彼女は何時だって独りぼっちだった。
 ある時に村を訪れた冒険者の青年が傭兵依頼で相手にしたモンスターを一人で打ち倒した彼女を青年がスカウトしたのだという。
『一緒に広い世界を見に行こう、名前は?』

 本来のマナセに戦い方を、魔法の制御を、生き方を教えたのは勇者アイオンだった。プーレルジールのアイオンにその役目はなく、寧ろ導くのはイレギュラーズなのだ。
「やってみな、マナセ!」
「任せてよね!」
 牡丹に応えてからマナセの指先から眩い雷が走った。大きな音を立てて弾かれ滅される蠍のモンスター。しかし、その音に反応したように『親玉(ボス)』と呼べる存在が地中より顔を出した。
 無論、その気配に関してはイレギュラーズは誰もが理解していた。華蓮は『敢て』マナセを庇っては居なかった。祝詞をあげて神託を得れば華蓮は傷付かない。しかし、先回りしすぎては彼女は停滞のままである。
「待って、何か来たわーー!!! スティアー! ルカー! あれなに!?」
「うーん、ボスって言うべきかなあ」
「ああ、目を覚ましたんだろな。マナセのとびきりの雷で」
「ええっ、どうして!?」
 慌てながら華蓮の手をぐいぐいと引っ張るマナセに「どうしたのだわ?」と華蓮は優しく問い掛けた。
「あれって、殺しちゃって良いの!?」
 ――本当に色々と教えてあげる甲斐のある娘なのだ。


「戦闘ってのは慣れが大きいからな。使える魔法がどの程度敵に有効かは知っておいた方が良いぜ。
 フランツェル、深緑でよく使われるような『魔導書には余り載ってない魔術』って分かるか?」
「ええ。古語魔法ならある程度覚えて居るわ。私は使えないけどマナセさんなら遣えそう」
「なら、あの蠍に合いそうな奴、教えてやってくれ」
 ルカにフランツェルは頷いた。深緑の『記憶』を受け継ぐ魔女は知識の上でのみマナセが追い求めている古語魔法を理解している。
 そもそもフランツェルがそれを知っているのも、『混沌』のマナセがある程度を残しておいたからなのだろう。読み解くのが難解ではあるが霊樹の民達が残した断片的な情報でそれを蓄積させているのである。
「じゃあ、余裕もあるし! あの蠍は私が抑えるからマナセさんは倒してね。
 安全な位置取りは考えなくっちゃ駄目だよ。あれだけ図体が大きいと皆で巻込まれちゃうかも知れないし。連携を考えて欲しいかも!」
「む、難しい。スティア、たいあたりよ!」
「マナセさん……」
 体当たりをして止めておけと行ったのかとスティアは肩を竦める。マナセは考えることが一気に多くなったのだろう。
 技術はあるが、知識が無い。その技術を如何に活かせるかを今から考え始めたのだ。
 これから学んでいくことは多くある。だからこそ、少女の旅は楽しい事ばかりであふれているのだ。
 フランツェルが告げた魔法を何となくの状態でも発動させてからマナセは汗を拭う。
「私は大体のものをそこそこしかやれないヒト、教えれる事は少ないよ」
 マニエラはそう言った。天才には他人の穴埋めなんて教える必要は無いだろうと揶揄うように告げるマニエラをまじまじと見詰めてからマナセは「でもね、大切な事だとは思うわ?」と首を傾げた。
「ほら、例えばね癒し手ではスティアやフリークライ、バッファーは華蓮、魔術師としてはマルクもいる」
 ひらひらと手を振ったマルクは「僕も一応、魔術師の端くれだから。とはいえ古語魔法なんて使えない凡才だけどね」と笑った。
 教導を与える事を意識するマルクはマナセの戦い方をまじまじと見ていた。仲間を巻込まず、適性の射程はどこであるかをマナセに教え込むのだ。
「どんなに強力な魔法でも、小さな魔法でも、それを活かすのは知恵と勇気と、ちょっとの工夫次第、だよ」
 工夫こそ、大切な事だと分かりながらもマナセにとってはどうにも難しいことが多いのだろう。
「マナセ、見える?」
「見える」
 ジェックの傍でマナセは小さく頷いた。適性のある射程と呟いて後方に下がったマナセには後方から敵の間接部に狙いを定めるジェックがやけに印象的に映ったのだ。
「後方からは、ただ火力で押すだけじゃなくて、前にいる味方を戦いやすくさせる戦い方もあるの。この先、共に戦う仲間ができた時のために覚えておくと良いよ」
「ジェックはそういう役割?」
「まあ、それと――火力かもね」
 叩き出された弾丸を追掛けてからマナセは「部位を狙うってのも大事なのね」とぱちくりと瞬く。
 華蓮が「マナセさん、こっちにくるのだわ!」と手招いた。
「はあい。うう……」
「どうかしたか? マナセ」
「あ、暑ーい」
 マナセは太陽の下を何度か往復していたからなのだろう。此処から先は倒しておくとベネディクトは声を掛け、マナセを馬車の荷台へと乗せてやる。
「こんな時、自分の周りを涼しくする事が出来る様な魔法が使えればと思うよ。
 そういった物は存在はしないのかな? マナセはどんな魔法が好きなんだい」
「んー、涼しく出来るかもだけれど、『しすぎちゃう』からダメなのよね」
 確かに加減を知らなさそうな娘だとベネディクトは笑った。マナセは攻撃魔法にばかり特化している。それが覚えやすいからだろう。
「でも、一番好きなのはおまじないよ」
「おまじない?」
「その人を思ってね、お願いするのよ」
 顔をひょっこりと覗かせたマナセは「ベネディクトの戦いを見ておきたいわ!」と瞳を煌めかせた。後ろからの方が戦況を見通せるだろうと彼女に『後方』を任せて全戦で戦うベネディクトの様子をマナセはまじまじと眺めて居たのであった。

「さ、今日はここに泊まろうか。マナセともゆっくり話をしたいからね」
 マニエラは異世界の人間が良くここに来るんだったか、と問うた。
「ええ。来ては帰って行くから、旅の途中に立ち寄る場所かもしれないわ?」
「へえ、ここは自由自在に異世界を渡航できるんだね」
「……ええ。マニエラのところはそうじゃないの?」
 マニエラは肩を竦めた。勿論そうであったならば喜ばしい話ではあるのだが――話をする前に腹拵えでもしようかと提案したマニエラにマナセは「お腹ぺっこぺこだものね!」と笑った。
「マニエラは何がすき? わたしはねえ……」
 ウキウキで話すマナセの言葉にマニエラは耳を傾けた。
 彼女はおしゃべりだ。楽しげに声を弾ませて、いつだって明るく振る舞っている。
(……これが伝説の魔法使いだなんて、言われるだけで驚いてしまうモンだなあ)
 ふと、フリークライは気になっているというようにマナセを見た。 
「マナセ アイオン知ラナクテモ イルドゼギア 知ッテル 思ウ。
 無論 普通ノ少女。誰モガ知ッテル位シカ知ラナイダロウケド。普通ノ少女カラ見タ イルドゼギア ドンナ存在ナノダロウ」
 混沌との差異は『勇者パーティーが不在』であることだ。ならばイルドゼギアが健在でこの世界が滅びるという。
「イルドゼギア、魔王ね。知っているわ。こわいひとだなって思う」
 マナセは唇を尖らせた。その程度しか知らないのだろう彼女が混沌世界では魔王イルドゼギアを倒しているのだ。
 フリークライはその差が世界に与える影響とは多きいのだろうと感じていた。
「どうかしらマナセさん、疲れてはいないかしら? お茶を飲んで休む間、あなたの事を教えて欲しいのだわ」
 安心させるように誘ってから、茶を淹れた華蓮にマナセは「わたしはね、普通の女の子だとおもうわ?」と首を傾げた。
「お家はね、それなりに裕福なの。……小さな村だけど、わたしにお勉強をさせてくれる程だし。
 でも、だからわたしは跡取りでなくっちゃだめで、……分かってるのよ。良い生活をしてきたなら、それ相応の在り方があるって」
 マナセはぽつりと呟いた。大人のような口ぶりである。華蓮は眉を顰めてから「そう、けれど、貴女はいやなのでしょう」と声を掛ける。
 幼い子供らしい夢を抱いていたかと思えば、どこか大人びたように諦観を知る。それがマナセという娘なのだ。
 与えられるが儘に享受してきたが故に、平和な場所で戦いさえ知らずに過ごしてきたのだ。
 マニエラは傍らで聞き乍ら実に『恵まれて戦う必要もない娘』なのだと実感した。それと同様に『天才』と謳われる程の魔力を持って生まれてしまった彼女はその恵まれた生活を捨ててまで旅に出たいと願ったのだ。
(……屹度、家に居るだけじゃこの子は燻るままなんだろうな)
 マニエラはどこか寂しげに彼女を見詰めていた。
「せっかくだから料理をしようかな。食材に限りがあるのでスペシャルは我慢……我慢だね……。オアシスについたらしても良いのかな?」
『わん!』
 ダメですスティアさんと言いたげなポメ太郎に「だめ?」と首を傾げた。ジェックはゆっくりと立ち上がる。
「……追加で狩りに行くか」
 ――そう、出発時に持って行ける食料と一番に睨めっこしていたのはジェックだ。スティアも流石にスペシャルをしないはずだと考えた。
 フランツェルが「あはは~真逆~」などと言って居たが、スティアはするはずだとジェックは信頼していたのだ。その通りだった。
 楽しげな様子を眺めて居たルカが「カレーでも作るか」と料理を始めていた。
「あ、ルカが料理してる。京、わたしもしたい!」
「え? 料理……教える……? アタシが……あなたに???
 ……その、火なら! 火なら任せてちょうだい!!!
 あと食べられる野草とかなら分かるわ、ガキンチョの頃は田舎のじいちゃんばあちゃんの家で山遊びとかしてたし慣れたもんよ!」
 慌てる京に「でも、この辺草がないわ」とマナセが唇を尖らせた。
「料理に茶も任せな。発火もできるぜ。なんなら食材適性のあるモンスターを料理だ!」
「わあ、牡丹はそんなこともできるの?」
「おう、天気予報で明日に備えてもおくぜ。色々教導してやるよ。
 ……オレもこうやってかーさんに色々教わったしな」
「おかあさん?」
 マナセの問いに牡丹が首を振った。はっとした様子でマナセは目を伏せてからごめんなさいねと呟く。
「いいや、いい。かーさんから教わった事が身についてるって事だしな。
 どうだ? 色々できるっつうのはすげえことだろ。だからてめえもすげえんだよ。
 古語読めたり古語魔法使えんだからよ!
 戦闘でも役割分担してたろ。誰かができねえことをできるっつうのは、誰かを助けることもできるんだよ」
「……でも、わたし、まだ弱いわ?」
 牡丹に呟いたマナセの背を京はぽんと叩いた。
「いいかしらマナセちゃんや、可愛いは正義なのよ。
 ただしく活用しなさい、ずるくなんてないわ持って生まれたものだものー、あっはっはー!」
「わたしも京も可愛いものね! これから強くなれば可愛くて強いになって最強なのね?」
「そうそう!」
 明るく笑っているマナセに「カレーが出来たぜ」とルカが声を掛ける。
「えっ、これってルカが作ったの?」
「ああ。食べてみな」
 獣肉を調理するのにも適しているのだとカレーをマナセに振る舞うルカは「どうだ? 美味いか?」と声を掛けた。
 結界術は余り得意ではないと言いながらも基礎は出来るのよとマナセはルカやスティアに教えながらカレーを食べ続けている。
 歴史でも結界術は『フィナリィ』に教わったものだったのだそうだ。旧い魔術やまじないの素となるものはマナセが考案したものもおおいのだと彼女は楽しげに話続けていた。
「ねえ、マナセさん。聞いて琉だけでもわくわくしたんだけど、古語魔法ってどういう風に使うのじゃ貰っても良い?
 誰か守る為の魔法や回復魔法があれば知りたいなー! 私もいずれ使えるようになるかもしれないし!」
「ええ! けど、わたしの魔法とスティアのものはすこし違う気がする。マナが違うのかしら?」
 首を傾げたマナセにフランツェルは「私達はこの世界の人間じゃないからね」と頷いた。
「古語魔法 混沌デモ コチラデモ ドウシテ コノ時代 厭ワレテイルノダロウカ」
「うん、きっと、ちがうものだから」
 マナセは肩を竦めた。違う物だから、厭われるというのはよくあることだ。フリークライはそういうものなのかとこくりと頷く。
 華蓮は「じゃあ、教えてくれた後は礼儀作法について教えてあげるのだわ」と微笑んだ。レッスンはやや時間も掛かったが、十分な出来になっただろう。
「暇つぶしが必要ならカードくらいなら持って来てあるぞ。
 何、最下位がスティアスペシャルを? ……ならば、止めておくべきか」
「作らせないで」
 ジェックが首を振ればベネディクトは「ふむ……」と呟く。怯えたポメ太郎とジェックを見てからベネディクトは「危険だな」と可笑しそうに言ったのである。
「マナセ、魔法使いになったら何がしたいんだ?」
「うーん、まだ決めてないけど誰かの力になりたいわ」
「今回の旅が楽しいなら、俺と世界を救う旅をしてみねえか?」
 ルカをまじまじと見てからマナセは「え、わたしがかわいいから?」と問うた。
 思わず転びそうになるような発言だがルカは「違いない」と笑う。
「理由はお前が好きだからだ。お前は良いやつだし、一緒に旅したのは楽しかったからな」
 自信を持って欲しいというのも本当だ。それ以上に、気に入ったのも確かだ。直向きで明るい『天才』魔法使い。
 彼女を案内だけして放り出すマネはしたくはない。
「ま、考えといてくれよな」
 雑に頭を撫でるルカにマナセは「ふへへ」と楽しげに笑った。
 嗚呼、本当に――此の儘皆とずっと、ずっと旅をしていられたならいいのにな。
「さ、マナセ。もう眠ろうか。
 砂漠の夜は冷えるけど、幸い今回は京がいるから火には困らないね。それでも、砂の上に直接寝ちゃダメ……毛布に包まって眠ろうね」
 毛布でその体を包み込む。ジェックに背をぽんぽんと叩かれてから大きな欠伸を噛み殺したマナセは「楽しいなあ」と呟いた。
「わたしね、女の子だから大事に大事に育てられたのよ。だから……こうやって野宿をしたり、モンスターを沢山倒したり、したことなくって。
 恵まれているのかも知れないけれどね、わたし、とってもとっても、窮屈だったの」
 村の中で過ごすのは『天才』と謳われる少女には辛いものだったのだろう。
「キミの周りの大人は、魔法使いじゃないからいい大人なの?
 ……違うよね。良いことを成すからいい大人なんだ。魔法使いも、いい大人も、両立できる」
「わたし、いい大人になれるかな」
「なれるよ。だからね、マナセ。キミはいい魔法使いになることだって目指せるんだ。応援しているよ」
 ぱちりと焚き火が爆ぜた音がした。ゆっくりと顔を上げた京は「寝た?」と問うた。
 頷くジェックは残り少なくなった旅を思ってから、この小さな小さな魔法使いがこの度で何を得たのだろうかと、そればかりを考えて居た。


「迷宮森林……とは余り思えないね」
 スティアはアルティオ=エルムそのものである迷宮森林を見回した。
 魔女ファルカウと名乗る存在は何処に居るのだろうか。
「普通に考えるとこの人の名前を大樹につけた……だと思うんだけどね。
 私達の世界だとマナセさんが訪ねてきた時には故人だったのかな?」
 混沌世界ではファルカウは樹として存在し、マナセは妖精郷と呼ばれた『精霊種の里』を救う為に活動して居た。
 もしも、名を与えたのであれば魔女ファルカウは偉大なる先人であった筈だ。スティアの問い掛けにフランツェルは「分からないわね」と呟いた。
 森の中に入り込もうと考えるが、大樹との意思疎通を行ないたい『幻想種』のスティアは「声が聞こえないね」と呟いた。
「周辺の霊魂を確認したけれど、まあ……枝を折って死んだ魂とか漂ってないかね? と思ったが」
「枝を折って骨を折ってくるのって幻想種でしょう」
 マナセがこてんと首を傾げればマニエラは「ご明察」と肩を竦めた。ファルカウ以外も骨を折ってくるのだから難しい話かもしれない。
 ファルカウの名前の理由が気になるのはマニエラとて同じだった。鬱蒼と茂る森に簡単に入るのは難しいのだろうかとジェックは呟く。
「ファルカウ! 道を開けてくれねえか!」
 ルカは叫んだ。木々がざわめいている。スティアが耳を澄ませるように『大樹』の意識を手繰った。
「ファルカウよ、もし聞こえていたならお答えください。僕らは未来の魔女マナセと共に訪れた、異世界の者です」
 マルクは静かに告げる。比喩であったとて腕を折られるのは勘弁して欲しいのだ。
 何か――何か、少しでも得る事が出来るならば。

「この森に何の用だというのですか、『外の者』よ」

 静かな女の声と共に、草木がざわめいた。葉が擦れ合うような音がして――巻き上がった葉が人間の形を作る。
 鮮やかな緑色の瞳、射干玉の髪は柔らかな緑へと変化している部分もあるのだろう。
 長耳を有した女がゆっくりとその姿を現した。

「あなたが……『魔女ファルカウ』……」
 スティアがぽつりと呟けばファルカウは「ええ、わたくしはファルカウ。この森の守護者です」と、そう言った。
「本当に――ッ……あ、いいえ、アナタの魔導書を見て、ここまできたの。
 わたしはマナセ。マナセ・セレーナ。古代の魔術をこの体に宿す『魔法使い』です。敢て光栄だわ、ファルカウ」
 華蓮から教わった礼儀作法を、これまでのイレギュラーズ達との関わりで得た『自身』を胸にマナセは静かに言う。
 ファルカウがまじまじとマナセを見詰めた後、「あの本を手にしたのですか」とそう言った。
「……? ええ」
「まさか、わたくしの印(サイン)を見れる子供が居るだなんて。
 ……マナセ、よいですか。この森は深く閉ざされている。何時か、危機が訪れたならばあなたはこの地を救う使命を帯びるでしょう」
「わ、わたしが……」
 不安そうにルカを、ジェックを確認したマナセは「出来ると思う?」とこっそりと問うた。
「マナセなら出来ると思うケド、イキナリ不安になるね」
「え、一緒に来て……」
「マナセ、どうしたさっきまでの威勢は」
 ジェックが揶揄うように笑えば、ルカも同じように幼い少女の頭をぐりぐりと撫でる。
「だって、これって安請け合いしちゃ駄目なことだわ。使命だなんて、そんな……。
 もし、もしよ、親愛なるファルカウ。わたしがこの地を救うことが出来なかったなら――?」
「わたくしはこの森そのもの。何れはその怒りが地を包み込む可能性があるでしょう。
 ……ごめんなさいね、幼い人の子よ。わたくしは、そのようにしか言う事が出来ないの」
 悲しげに眉を顰めたファルカウにマナセは「責任重大よ!? ジェック、ルカ!!!」と勢い良くジェックを掴んだ。
「わ、わ、わ、マナセ」
「ねえ、ジェックどうしよう。小枝折ったことない!?」
「ナイとは言い切れない」
「フリックを此処に埋めとけば、ファルカウ喜ばない!?」
「フリック 埋メナイ」
 首を振ったフリークライにマナセは「ううん」と何度も唸ってから言った。
「親愛なるファルカウ。お話をまた聞かせてくれる。わたしもまだ、何も知らないことばかりなの。
 ……また、この森に詳しい人や、この森のことを愛している人達とも一緒に来る。その時はあなたの森の中に踏み入れることを許して欲しいの」
 マナセはひとつひとつ、言葉を選ぶように言った。
「詳しい……」
 ファルカウが問えばマルクは「先程も言った通り僕達は、この世界の住民ではありません」と静かに告げる。
「……この世界の事、教えてくれませんか?
 僕らはプーレルジールの事しか知らないし、それも『幻想建国前の過去と良く似たIFの世界』と知っているだけ。
 この世界は何のために存在して、どこへ繋がっているのか。
 対価になるような物は無いから……働いて返すか、この世界のどこかで珍しい物を入手し持ってくる、等でしか支払えないけれど。どうでしょう?」
「わたくしは『森を守る』という約束だけで構いません」
 ファルカウはゆっくりとマルクへと向き直る。
 この世界は、そう。この世界は『混沌世界の映し鏡』だ。何処からか分岐して、『廃棄されてしまった世界』なのだ。
 故に、混沌世界の過去に存在した人物は其の儘に存在して居る。同一の魂と称するべきだろうか。そうでありながら、分岐した果てではこうも生き方が変わっている。
「廃棄……って、どういうことなのだわ?」
「もしも世界に管理者がいたならば、その存在がこの世界を維持することを諦めてしまったのでしょう。
 わたくしは大樹の見た世界の意志を何となく感じているだけ。超越した存在など、見たことなどありませんもの」
 目を細めたファルカウは囁いた。何れはこの世界に訪れる滅びは、この世界が維持されるものではなくなったからだろうとそう言った。
 故に、世界には滅びのアークが溢れ、それらは世界を徐々に徐々に侵蝕して行く。
「外から来たと、言いましたね。この世界の住民は異世界から異世界へ、渡り歩くことが出来るのです」
「……異世界から、異世界に」
 呟いたスティアは異世界旅行をする人々の姿を思い描いた。ライブノベルではない、本当の異世界旅行が出来るだなんて、どれ程の素晴らしい事だろう。
「だが、混沌世界はその様な事は出来ない」
「超越した存在が、その世界に未だ手心を加えているのではなくって? ……世界を救うことが出来れば、何れは世界を移動することができましょう」
 ベネディクトは「神が世界を救うために俺達を留めている」とぽつりと呟いた。
 それが何処まで真実であるかは分からない。だが、この森を守るというオーダーを熟すならば『滅びの気配』を払い除けねばならないだろう。
「ごめんなさい、皆。幻想――プーレルジール周辺に終焉獣の動きが活発になったって話があるの。
 ……戻って対応しましょう。それがこの森に手を出さないとも限らないもの。親愛なる魔女ファルカウ、それが今回の対話の『対価』になって?」
 魔女は対価を必要とする。それをフランツェルもよく知っているのだ。
 ファルカウは「ええ」と目を伏せる。大規模に動いた終焉獣の気配を退けた実績を携えればファルカウとのもう一度の謁見は許されるだろう。
「どうぞ、貴方方の旅路に幸あらんことを――」
 祈るファルカウの声を聞きながらマナセは「帰りましょう!」と華蓮の手を引いて走り始めた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 マナセより皆様へ。
 楽しかったわ! 次は何処へ行こうか?

PAGETOPPAGEBOTTOM