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シナリオ詳細

<英雄譚の始まり>風前の灯、最期に私の見る景色

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 腕が宙を舞う。体の一部がメシリと音を立てている――きっと砕け散った。
 痛みはない。戦闘用に用意されていたもしもの為の痛覚切断機能が役に立ったのだろう。
 もしもなかったら、私はその痛みで中枢器官がいかれてしまったかもしれない。
 逆に言えば、機能が無ければ今ので私は機能不全(ショック死)になっていたのだろう――きっと。
 分析は演算機能の無事を証明して、私はまだ立てると確信する。
(目標の再捕捉及び戦場からの離脱を――)
 顔を上げたところで視野がジグザグに割れていることに気付いた。
 先程の衝撃で同様に眼球の水晶体が砕け散ったのか。
 景色が見えているのを考えればカメラ自体はまだ何とか無事らしい。
「戦闘用でしたか、しぶといガラクタですねぇ!」
 ケタケタとローブに身を包んだソイツが笑っている。
 そいつの全身から溢れる、言い知れぬ嫌な気配は、どうしようもない終わりを思わす黒。
「ふぅ~~~~む~~」
 不思議な声色でソイツがこちらを見ている。
 足の先から、頭のてっぺんまで、ソイツが私を舐め回す。

 これは、嫌悪と呼ばれるものなのか、あるいは恐怖というものなのか。
 それは初めて設定されていたと気づくそんな感情だった。

「しっかし、健気なものですねぇ! ほほほほ! 弄り回すか、壊してしまうか――あぁ、どちらにしようか!」
 そいつがゆっくりと両手をあげて、こちらに向けた。
 私は走り出す、全てはマスターの下に戻るためだけに。
 ――あぁ、けれど。けれども。
(――マスター、マルタは帰還できないようです)
 高速演算が導き出す答えは『そう』でしかなかった。
 迫りくる感覚は分からないけれど、あぁ、もしかしてこれは『死の恐怖』なのかもしれなかった。


『プーレルジール』――それは『果ての迷宮』より通じし『異世界』である。
 時代は幻想王国が未だ幻想王国として成立するよりも前。
 それでいて、『勇者王』が勇者として奮い立つことのない世界線。
 当然の如く、魔王による侵略を以って世界滅亡に瀕する『IF』の形――
 イレギュラーズはその世界へと訪れていた。
「やぁ、来訪者さんだね、ようこそ。プレールジールへ――なんて、もうそろそろ聞き飽きたかな?」
 アトリエ・コンフィーに訪れた君達に声をかけてきたのは空を思わす青髪に空色の瞳をした女性だった。
 よく似た風貌の女性を知っている者もいれば、知らない者もいるだろう。
「私はアンネマリー、ゼロ・クールたちはもう見たかな? うん。私はあの子らを作る職人の1人だ。
 魔法使い、とも呼ばれるね……まぁ、その辺りのことは置いといて、君達に依頼したいことがあってね」
 ゼロ・クール、魔法使いと呼ばれる職人たちの手で作り出されるしもべ人形だ。
 このゼロ・クールが混沌世界に『飲み込まれて』混沌の物となった者が秘宝種と考えれば、ほぼ同族に近いか。
「君達はたしかこの世界に慣れるために活動中なのだろう? うちの子から緊急信号が来てね、あの子の救援をお願いしたい」
「緊急信号?」
「うん、ゼロ・クールにもしもの為にセットしておいた痛覚切断機能がONになってね。
 これは人間で言うと気絶やショック死相当の損傷を受けた時に自動でONになる。
 まぁ、機能保全のためだね。死ぬのではなく、生きて戻ってきてもらわないと困るから」
「それがONになったということは、それだけの怪我……損傷が発生したわけだね」
「そういうことになるね。だから君達にあの子を回収してきてほしい。
 身体が難しくても最悪『コア』だけでも持ってきてほしい」
「コア?」
「そう。ゼロ・クールにはコアという物がある。
 ここにちょちょいと魔法(プログラミング)を施すことでゼロ・クールは機能してる。
 人間で言えば、脳であり心臓だね。ここが無事であれば、それ以外は最悪、別の身体を用意してどうとでもなる」
 そう簡潔に説明した後、彼女は一枚の地図を君達に差し出した。
「信号があったのはこの辺りだ。ただ、気を付けてほしい。
 普通の怪我なら心配してないんだけど……あの子は『探索用、戦闘用に』魔法を施してある。
 ただドジを踏んだとは考えづらい。つまり」
「……何かしらの敵がいる、と」
「多分、そうなんだろうね。まぁ、それでも君達でどうにかなるだろう程度とは思うけど」
 それじゃあ、いってらっしゃい――とそれだけ言って、彼女は手を振った。


 イレギュラーズが現場に辿り着いた時、既にゼロ・クールの身体は半壊していた。
「ほほほほ、私の邪魔をするのはどこのどなたかな?」
 そう声をあげるのは向かい合う先に浮かぶ何か。
 イレギュラーズの良く知る濃い気配――原罪の呼び声を放つ、ローブとフードに覆われた何か。
「――むむ? なんと! お主らは! ほほほほほ! 面白い!」
 そう言って魔術師が笑い、両手に魔法陣を浮かべたかと思えば、そこから黒い靄の獣が姿を見せる。
「来訪者とでも呼ぶべき者達ですねぇ、なんともはや。面白いモノを見た」
 あぁ、全く。どこかで聞いた覚えがある。
 この世界で魔王と呼ばれた『旅人』の配下達は、『滅び』の気配を宿しているらしい。
 ならば、目の前のこの魔導師は、垂れ流される呼び声はそういうことに他なるまい。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 早速始めましょう。

●オーダー
【1】『ゼロ・クール』マルタのコアが無事
【2】エネミーの撃破または撃退

●フィールドデータ
 古代文明の遺跡と思しき空間の一角です。
 神殿ないし祭壇と思しきエリアだったと思われます。
 戦場の中心に螺旋階段とぽっかりと開いた穴が存在していること以外は遮蔽物のある平地です。

●エネミーデータ
・『魔王達の配下』魔導師
 すっぽりとフードとローブに身を包んだ魔導師風の存在です。
 そもそも中身が在るのかさえ不明。性格は嗜虐主義の傾向が見られます。
 明確な知性を持ち、原罪の呼び声と思しきものを垂れ流しています。

 神秘型。神攻、EXA、抵抗が高め。
 遺跡の奥から溢れ出ていた無数の黒い手のようなものも魔術の一種と思われます。
 黒い手は魔術師の前へと対象を引きずり出す、所謂【怒り】付与に近い効果を持つと思われます。
 その他の攻撃は不明ですが、範囲攻撃は多才と思われます。

・終焉獣×10
 魔導師の作り出した魔法陣から姿を見せた狼型終焉獣です。雑魚。
 物攻型。反応や回避に長け、鋭い牙や爪による攻撃は【出血】系列、【致命】などの効果を持ちます。

●NPCデータ
・『探索式・M003号』マルタ
 ゼロ・クールと呼ばれる魔法使いたちのしもべ人形の1体。
 探索・戦闘用に魔法(プログラミング)が施されたアンドロイドです。
 深い青色の髪と綺麗なサファイアの瞳をした女性型アンドロイド――でした。
 武器であった杖とも十文字鎗とも思しき物は折れ、攻撃を受けた機械の身体は著しい破損状態にあります。

 ゼロ・クールは魔法使いの手でコアに疑似声明を吹き込んで成立します。
 そのため、理論上はコアさえ無事であれば別の人形に入れ替えることも可能です。
 何とかしてコアだけでも回収してあげましょう。

・『魔法使い』アンネマリー
 テレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)そっくりの女性です。
 ゼロ・クールの製造主である職人たちの1人。
 彼女のようなゼロ・クールの職人たちは魔法使いとも呼ばれています。
 その一方で宝石商でもあります。

 何も気にしてない風を装っていますが、ある程度はゼロ・クールに愛着を持つタイプです。
 それが純粋に愛情なのか、商人としての気質由来なのかは不明です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <英雄譚の始まり>風前の灯、最期に私の見る景色完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月05日 23時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
雨紅(p3p008287)
愛星
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
三鬼 昴(p3p010722)
修羅の如く

リプレイ


「ほほ、ほほほほ、くふはははは!」
 影も形も分からぬ魔導師擬きの哄笑が響き渡る。
(果たして、人造の魂に対してどのような感情で接することが正しいのか……
 極めて難解な問題だ。医学的にも、神学的にもね)
 考えながら戦場に姿を見せた『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)はちらりとマルタの方を窺ってから、哄笑をあげる魔術師を見やる。
「御機嫌よう、哀れな仔羊を助けに来たよ」
「ふふふふ、どうやらそのようで!」
 からりと笑う魔術師はどこか楽しそうな印象も受けようか。
「魔王の配下は魔物の類や終焉獣だらけと思っていましたが、言葉が通じる相手もいるようで何よりです。
 魔導師……かどうかは解りませんが……その気配、人では無いのですね。貴方も終焉に属する者ですか?」
 高笑いを聞いた『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)が静かに問えば、魔導師のフードがアリシスの方に向いた。
 洞のような黒がそこにはあった。
「いかにも――流離う麗しの君」
 魔導師は片腕をゆらりと動かしてまるでお辞儀でもしたかのようだ。
「わたくしは終焉の使徒にございますとも。
 わたくし個人としては、獣と呼ばれるのは好かぬので、使徒とでもお呼びくださいませ」
 ゆらゆらと蠢く影のように、魔導師が言った。
「……どうして、こんなかなしいことをするのです?」
 杖を握り締める『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は魔導師へと顔を上げた。
 脳裏に浮かぶのは、ここに来る前の依頼人との会話だった。

『アンネマリー様はマルタ様のことを大切に思っているのですね
 ニルは、ぜったいぜったい、アンネマリー様のところに、マルタ様をつれて帰るのです!
 コアだけじゃなく、元気なマルタ様を……』
『……君は優しいんだね。ありがとう、でも多分、それは難しいことだ。
 そもそも痛覚機能が強制的に斬れた時点で元気とは程遠いだろうからね』

「ほほほほ、どうして、とは。ただの趣味ですよ」
 会話を振り返っていたニルを現世へ戻したのは、そう言って笑う魔導師の声だった。
「……マルタ様をこれ以上傷つけさせはしません!」
 ぎゅっと握る杖の硬い感触が手に伝わってきた。
(理由や程度はどうであれ、アンネマリー様がマルタ様を想う気持ちは好ましく、大切にしたいですね)
 戦場に訪れた『刑天(シンティエン)』雨紅(p3p008287)は魔導師と人形の間に立ちふさがった。
 ちらりと背後を見やれば、ボロボロという表現すら生ぬるい、殆ど壊れつつある人形の姿が見えた。
(あなた様の主様からの依頼で参りました)
 確認するまでもなく、あの様子では聴覚機能とて無事ではあるまいと、雨紅はハイテレパスを試みる。
 ボロボロのマルタが顔を上げたような気がした。
「アンネマリー様もマルタ様も、悲しませるわけにはいきません」
 足を半歩動かし間合いを取れば、魔導師の哄笑が響きわたる。
「マルタちゃんだな!?」
 そう声をかける『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)は目の前にいる――ある『それ』がそうと確信できないでいた。
「……ぁ、」
 片腕はなく、もう片方の腕も千切れていないのが不思議なそれは反応を示すように顔を上げた。
「俺の顔は見えるか?」
 そう声をかけながらもそれが難しいことは眼球相当をみれば分かる。
 反応さえしてくれればそれでよかった。
「……な……た……か」
 声帯に値する部位も損傷がひどいのか、聞こえてきた声は酷くノイズがかっていた。
「返事が出来るなら十分だ! 俺はサンディ、サンディ・カルタだ、覚えといてくれ!」
「……ィ……ま……」
「立てるか……は聞くまでも無いな、少しの間だから触るのを許してくれ」
 そっとお姫様抱っこをするようにしてサンディは彼女を抱え上げた。
「ほほほほ、なんともはや、英雄様らしいご活躍ですな!」
 嘲りを多分に含んだ魔導師を無視してサンディは走り出した。
「マルタ アンネマリー 互イ想ッテル。
 ソノ縁 ココデ終ワラセナイ」
 ゆっくりと真っすぐに魔導師の前へと立ち塞がり『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)はそう宣告する。
「おやおやおやぁ!? これまた面白い個体がお目見えですねぇ!」
 愉快そうに笑う魔術師は確かにフリークライに意識を映したように見て取れた。
「あなたも随分と思いやっておられるようだ! あぁ――その使命が穢れ堕ちたらばどうなるか、ぜひ見てみたいところだ!」
「笑止 我 応エルコト無シ。主命 コノ胸二有リ」
「あははは! 振られてしまいましたねえ!」
 そう言って笑う魔導師が本気で誘いを受ける等と思っていないのは明らかだった。
(コアにプログラムを刻み、機能する。
 やはり、彼らゼロ・クールは、私たち秘宝種にとって、近しい存在のようですね)
 依頼人から言われていたゼロ・クールの特徴を思い起こしながら『愛を知った者よ』グリーフ・ロス(p3p008615)は改めて魔術師を見た。
「フリークライさん、ニルさん、雨紅さん、そして私。ここには秘宝種の方も多くいます。
 秘宝種であり、来訪者である私たちの方が、興味を引きませんか? いかがでしょう?」
 空を舞うファミリアーは既に走り出したサンディとゼロ・クールに着いて行っているようだ。
「私も忘れてもらうと困るな」
 静かに告げた『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)は拳を握り、腰を落とす。
 溢れ出る影のような手に掴まれたら、自分では抵抗のしようもない。
 ならば、こちらから前に出るだけだと。


「獣と呼ばれるのは好かぬ、とのことですが――貴方が何者なのか、興味がありますね」
 アリシスは真っすぐに敵影を見据え、術式を起動する。
 未知を見抜く妖精の眼は揺らめくローブの下を見るか。
 光の刃が凄まじい速度で射出され、魔導師へと炸裂。
 雷光が輝き、バチバチとスパークを立ててローブを這いまわる。
「おぉぉ、なんとも、なんとも!」
 魔導師が楽しそうに笑い声をあげた。
(……人と全くの別物かというと、それはそれで違いそうではある。
 例えば伝承伝説における吸血種や人狼、鬼のような人に順ずる姿形と性質を持ちながら明らかに人とは異なる魔性の種族……或いは)
(……終焉獣の一種、ということも)
 ならばこそ、『獣』と呼ばれるのは好かぬ、の言葉も意味が通じやすいが。
(スゴク 見ラレテイル ナラ)
 フリークライは物珍しいであろうアルティメットレアの存在感が魔導師を引きつけていることを察していた。
 より敵の動きを受け止めるべく、フリークライは術式を起動する。
 両手の宝珠が輝きを放ち、優しく戦場を照らす。
 それは誰かを守るための光、収束する輝きに魅入られたように魔導師のフードがフリークライへとその暗い洞を向けた。
(……デモ 過信セズ)
「とても面白いですねえ!」
 そう笑った魔導師がローブに包まれた足元から何かを零す。
 どろどろとしたヘドロのような何かがその周囲を侵蝕していく。
「ン フリック 効カナイ」
 堅牢なる精神性を持ってそれを弾き、フリークライは真っすぐにそう告げた。
「これはこれは!」
 目があればきっと輝いていたであろうと分かるほどの声の高揚。
(……初見 インパクト 大 コノママ イケレバ)
 注がれる視線を感じながら、フリークライは冷静に分析していた。
「マルタを救うのなら、撃退で充分だろうが――ここで倒すつもりで行かせてもらう」
 昴はもとより最前線にあるべきであった。
 極限まで鍛えられた肉体に宿る荒々しき闘氣はそれその物が武器となろう。
「なんとも恐ろしいことをおっしゃいますねえ! 私としてもここで散るつもりはないのですが!」
 まるで気にも止めぬ様子の魔術師へと、昴は渾身の拳を叩き込んだ。
 壮絶極まる拳は勝利の一撃、必殺すら予感させる一撃に、破砕の闘氣がうねりをあげる。
 踏み込みの勢いに任せた拳が、ローブの腹部を撃ち抜いた。

「あなた達の滅びは私が受け止めましょう」
 静かに告げたグリーフは既にその存在感を発揮していた。
 トレジャー・チャーム。
 輝く光は戦場を包み込み、暗き終焉の果てに住まう獣たちにはあまりにも鮮烈に輝いて見えたことだろう。
 呪いにも等しき魔光の色に包まれ、耐えがたき誘惑に導かれるように終焉の獣たちは遠吠えを重ねていく。
 幾重にも重なるそれは、全てがグリーフへの敵意の証明だった。
「――止まりなさい」
 そのままつなげた呪術は正しく停滞の呪い。
 近づくことを強制され、されど近づくことすらままならぬジレンマが戦場を支配する。
「まずは数を減らすところから……時間を掛けれません!」
 ニルは愛杖を天高く構えた。
 アメトリンが強烈な輝きを放ちながら急速に魔力を生成し、循環させていく。
 輝きは目映く戦場に迸り、数多の終焉獣を包み込みながら纏めてその光の内側に留まらせていく。
 絡め取る混沌の泥、眩く輝く温かな輝きは終焉の獣たちにとってはどうしようもなく不吉な呪いに違いない。
「ええ、全くです。あなた方に時間はかけられません」
 静かに告げる雨紅は槍をくるりと振るい、一気に敵陣へとなだれ込む。
 飛び込むままに披露する舞は戦神の為の舞にして武技である。
 乱打のように見えながらも、強かに、美しい軌跡を描いた連撃は終焉獣たちを瞬く間に斬り伏せていく。


 マルタを抱えて退避していたサンディは木々の間を潜り抜けて戦闘音が聞こえない程度には離れ始めていた。
(……拙いな、身体の破損が大きすぎる)
 ズタボロの身体は回復の魔法どうこうどころの話ではない。
 周囲の木々に結界を張り巡らせ、木々や草花で簡易のベッドを作ってからそっと横たえる。
(……ここまでするか?)
 見下ろす形になったゼロ・クールの破損は厭らしいほどに『致命傷だけを避けている』のが例え素人でもわかる。
 それはまるで、死んでもらっては困るから殺さない程度に甚振る――とでも言うかのように。
「此処でじっとしててくれ、後で必ずアトリエに連れて帰るから」
 未だ辛うじて繋がっている腕を握ってそっとそう告げてから、サンディは戦場へと旋風の如く舞い戻っていく。


「マルタ様を傷つけた、ひどいひと」
 ニルは魔術師を見やる。
 未だに空に浮かび、愉しそうに笑うそれは、邪悪と呼ぶに他ない。
(壊れるのも、会えなくなるのも、かなしくて、さみしいこと……ニルはかなしいのはいやです)
 コアから溢れる魔力が杖に向かって集束していく。
 眩いばかりの光がアメトリンの宝石を輝かせ、握りしめた力のままにニルは飛び込んだ。
 全身の魔力を籠めた輝きを叩きつければ、何かが割れるような音がした。
「随分と悪趣味な方ですね。汚れそうなので触れないで頂けますか?」
 けらけら哂う声の直後、魔導師の両袖から夥しい黒い手が姿を見せ、雨紅を絡め取らんと迫る。
 それを槍で払って構えなおす。
 ありったけの力を籠めて振り払う刺突は弧を描いて魔導師めがけて走り抜けた。
 鋭く、鮮やかに冷たく伸びるその一閃は真っすぐに伸びてローブの内側を穿つ。
 鋭い一戦は確かにその内側、『硬い』身体を撃ち抜いた。
「待たせたな! サンディ・カルタ、参上!」
 サンディはそう告げながら戦場に舞い戻る。
 そのまま握りしめた呪符が燻る再生の炎となって燃え上がる。
 戦いを大きく前に進め、蹴りを付けるための不死鳥の啼く声が響き渡る。
「ン サンディ 来タナラ 負ケルコト無シ」
 フリークライはすぐさま術式を展開していく。
 仲間の支援をより効率的に、より最大に。
 熾天の光輪が空に輝き、鮮やかに仲間の傷を癒していく。
 その上、愛に溺れた熾天使は地上に降り立ちその抱擁を以って更なる癒しを齎していく。
「申し訳ありませんが、今回は彼女を連れて帰る依頼の途中ですので。
 そちらの招待(怒り付与)に応じるわけにはいきません」
 重ねたのはグリーフである。
 獣たちの猛攻を浴びせられた究極的な宝石の輝きはされど色あせぬ。
 閃光は獄門より来る爪となって魔術師を斬り裂いた。
 ローブの一部が切り刻まれ、ふわりと散って内側に覗いたのは――何もない。
 普通ならば脚がある位置ではずなのに。
「『次』があると思ってもらっては困る。何度でも、この拳を叩きつけて粉砕してやる!」
 そう告げたのは昴だった。
 闘志全開、滾るままに踏み込み、撃ち抜く拳は勝利を望む。
 けれど狙うべきはそれではない。
 それはある一手。
 北方の軍事大国に伝わる秘奥、対城絶技。
 只人でありながら城をも破壊する一閃。
 うねりをあげた拳を、渾身の踏み込みと共に撃ち込んだ刹那――その先から、何かが砕ける音がした。
「ふぎょ!?!?」
 ぼろぼろと黒い靄が落ちて――そのうちの幾つかが『機械』のようにも見えた。
「……随分と人を甚振ることが好きなようだな。いや、私はそれでも構わないさ。
 他人にそういった感情を向けるということは――自分の死も同様に取り扱われるだけの覚悟が出来ているのだろう?」
 今だ楽し気に笑う魔術師へとルブラットは静かに告げるもので。
 静かに魔導師を見る男の目には敵の能力が少しずつ見えている。
 とん、と軽く飛び込むようにしてルブラットは魔術師の足元へと肉薄する。
「足はなく、血を吹かず」
 走る切っ先が美しき軌跡を描いて滂沱の海を生む。
「――生むのは靄ばかり、と」
 フードの、袖の、足元の隙間から濃い闇のように靄が零れ落ちていく。
「今度こそ、そのフードの下を見せて頂きましょうか」
 アリシスの放つ浄罪の剣は頭部が吹き飛ぶ位置を駆け抜け、ぱさりとフードが煽られた。
「秘宝――いえ、ゼロ・クール……?」
 確かにそこにあったのは機械的な骨格をした何か。
 ただその頭部はボロボロだった。
(……あの傷、私達が与えた物ではありませんね)
 鈍器で吹き飛ばされたような傷口は少なくともアリシスの技ではなく、もっと言うならば此処にいる誰のものでもない。
「おや……明るく……?
 ほほほほ、わたくしとしたことが……フードが外れてしまいました。失敬失敬」
 笑って、魔導師はもう一度フードを目深にかぶる。
「いやはや、少しばかり遊びすぎたようですねえ!
 このまま殺されるのも面白くはない。ここは一度、お暇させていただきましょうか!」
 ぐるぐると身体を回転させながら、魔導師が空へと舞い上がる。
 黒い靄に包まれたゼロ・クールらしき魔導師は、そのままどこかへと飛び去って行った。


 イレギュラーズは戦いを終え、ほぼ全壊に等しいマルタを連れて帰還を果たしていた。
「壊れてしまった身体の一部も仲間が持って帰ったようだ……治せると思うかね?」
 ルブラットはマルタを見ていたアンネマリーへとそう声をかける。
「そうだね……まぁ、治せなくも、ないね」
 含みを持たせながらも、マルタを動かすアンネマリーの表情は安堵が見える。
(……ふむ。思えば私は、人間の魂を持っていないけれど、エーグルもヒルデガルトも好きではいる。
 今のところの答えは、それだけでいいのかもしれないな)
 親子とも友人とも主従ともつかぬ両者の間の関係性を何となく感じながら、ルブラットはそう思った。
「ところで、アンネマリー様」
 アリシスはふと依頼人でもある魔法使いへ声をかけた。
「なんだい?」
「戦闘用の使い魔として製造しているゼロ・クールに痛覚を与えているのは何故なのでしょう?
 いえ、秘宝種と同源と考えれば、痛覚がある事自体は不思議では無いですが……」
「痛みというのは自身の限界を示すものだ。
 探索という点において、自分の状態すら把握できないようじゃあ三流以下というものだろう?」
「……なるほど」
 そう語るアンネマリーにアリシス頷いて見せる。
「……あの子のパーツを持って帰ってくれたのは君達だね?」
 不意に声を掛けられたニルと雨紅は各々同意を見せる。
「ありがとう、身体は新調することになるだろうけど、持って帰ってもらえたのなら、次に生かせるという物だ」
「……いえ、マルタ様の為ですから」
 それに否定しつつも雨紅が言えば、アンネマリーは少し驚いた様子を見せた。
「マルタ様にとっては、それらも主がくださったものでしょう」
「次あの子が動けるようになったら、その時は仲良くしてあげてほしい」
 そう言って、彼女は微笑んだ。
「もちろんですとも」
 こくりと頷いた雨紅にアンネマリーは更に嬉しそうに笑った。
「……ごめんなさい」
 そう頭を下げるニルに、アンネマリーは不思議そうに首を傾げている。
「元気なマルタ様を連れて帰るって約束したのです。でも」
「たしかに、元気とは言えないだろうけれど、そもそも痛覚がオフになった時点で元気であるはずもないんだ。謝る必要もないさ」
 ニルの言葉にそう言ってアンネマリーが笑みをこぼす。
「もし気になるなら、今度また、あの子と遊んであげてくれるかな?」
「……もちろんなのです」
 こくりと頷いたニルにアンネマリーは笑った。
「君がこの子を運んでくれたんだね?」
 サンディはふとアンネマリーからそんな風に声を掛けられた。
「戦闘領域外に迅速に動かしてくれたおかげで、コアは無事で済んでいるみたいだ、ありがとう」
 そう言って微笑むアンネマリーに、サンディはホッと胸を撫でおろした。

成否

成功

MVP

サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り

状態異常

なし

あとがき

大変お待たせしました、イレギュラーズ。

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