PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<LawTailors>GraceRose

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 懐かしい風が吹いていた。
 今はもう遠い記憶の中にしかない幸せの風景。
 垂れ込める陽光は春の風を連れて頬を撫でていった。
 遠くに見えるのは宝石みたいに輝く広い湖となだらかな丘、そして蒼穹の空だ。
 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は胸の奥にこみ上げる熱に唇を噛みしめる。
 何でよりにもよって『ここ』なのだと、ヨハンナは振り返った。

「気に入って頂けましたか?」
「ヨハネ……お前、分かっててこの風景を見せてンのか?」
 ヨハンナの視線の先には『蒼き誓約』ヨハネ=ベルンハルトが薄笑いを浮かべる。
「おや、不服であると? ここは貴方の思い出の場所だとレイチェルが言っていたのですが……」
 口元の笑みを絶やさず首を傾げたヨハネに舌打ちをするヨハンナ。
「貴様……ッ!」
 目の前に宿敵ヨハネが居るというだけで、ヨハンナにとっては腸が煮えくり返りそうだというのに。
 神経を逆撫でするヨハネの言動でますます怒りが湧いてくる。
 怒りに呼応するようにヨハンナの身体を覆う紋様が赤く染まった。
 歯を剥き出しにして魔力を巡らせるヨハンナは、今すぐにでも焔を打たんと手を翳す。

「まあ、お待ちなさい」
「アア!? 今更腰が引けたか!?」
 苛立ちを隠さないヨハンナはヨハネに怒号を飛ばした。
 その背にそっと抱きついたのは『紅き恩寵』レイチェル=ベルンシュタインだ。
「姉さん、落ち着いて。私がお願いしたの。ここは姉さんと私の思い出の場所だから……」
 うなじに落ちてくるレイチェルの頭の感触。きっと『お願い』したのは事実なのだろう。
 ヨハネはレイチェルの願いを叶えてあげただけ。自分を嘲う為ではないと知り、拳を降ろすヨハンナ。
「はぁ……」
 溜息を吐いたヨハンナは振り返り、妹であるレイチェルの頭を撫でた。
「ン、わかった。レイチェルと俺との思い出の場所だもんな。覚えてくれてて嬉しい」
「もちろんよ。だってヨハンナとの大切な時間だったんだから」
 微笑んだレイチェルにヨハンナも笑みを零す。
 幸せな風景と会いたかった妹の姿に、ヨハンナの目頭に熱いものがこみ上げた。

「さあ、貴方達も好きな所へ座ってください。お茶にしましょう」
 ヨハネは立ちすくむ他のイレギュラーズへと視線をむける。

 ――――
 ――

「えっと、ヨハンナさんがお姉さんで、レイチェルさんが妹さんであってる?」
 フラーゴラ・トラモント(p3p008825)はクッションが敷かれた椅子に座り二人を見つめた。
「ええ、そうよ。私はレイチェル。双子の妹よ」
 にっこりと微笑んだ彼女は隣に座ったヨハンナの腕をぎゅうと抱きしめる。
「でも、アンタ元の世界で死んだって聞いてたわ。それなのに生きてるのは何でなの?」
 レイチェルに問いかけるジルーシャ・グレイ(p3p002246)は以前、ラサで彼らに会っていた。
「簡単に言うと死んでなかったから、かしら?」
 元の世界において、ヨハネとレイチェルは『語り部』という上位存在であったのだという。
「ヨハネと同じく『人間ではないもの』だったのよ。私も、ヨハンナも」
「だから吸血鬼、なの?」
 チック・シュテル (p3p000932)は警戒しながらヨハネへ視線を上げる。
「そうですね。古の赤き血を継ぐ者です」
 ヨハネは紅茶を一口飲んで頷いた。

 ――何故、このようなお茶会になったのか。
 恋屍・愛無(p3p007296)は戦うつもりで此処へやってきたはずなのにと肩を竦める。
 事の発端はヨハネの言葉だった。
『――私達はまだお互いのことを知らなさすぎる。そうは思いませんか?』
 確かに、ヨハネの考えなぞ知らぬ所にある。知った所で目の前に立ちはだかるなら喰らうまでだ。
 だが、目の前の男は『対話』を求めたのだ。

 お互いの目的を知った上で考えてほしい。
 手を取り合えないか、戦う意外に他に道は無いのか。
 敵としてしか認識しなかった相手からの申し出にヨハンナは当然『拒否』を示した。
 追い打ちを掛けたのは妹レイチェルの声だ。
『ヨハンナ、大丈夫。怖がらないで私達も知ってほしいの。私達が何を成そうとしてるのかを』
 だから、ヨハンナは渋々それを承諾した。知らぬ存ぜぬのままでは居られないから。

「それであなたの目的は何なの?」
 小柄な少女オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は真っ直ぐヨハネを見つめる。
 ヨハネとは初めて会うのだ。先入観も敵意もオデットには無い。
 だからこそ真正面から問いを投げかけられる。

「――私は愛する妻を取り戻したいんです」

「どういうことなんやろ?」
 静かに話しを聞いていた十夜 蜻蛉(p3p002599)が思わず聞き返した。
 ヨハネの表情が『口下手な夫』に少し似ていたからだ。

「元の世界で私は最愛の妻を亡くしました」
 ヨハネの表情は本当に辛そうで、ヨハンナでさえ初めて見る顔だった。
「長い年月を掛け、妻を蘇らせようと研究を続けました。繰り返し繰り返し、そしてようやく戻ってくる可能性が高い個体が生まれた。けれど何の因果か、成長過程で二つに分れてしまいました。双子だったのです」
「……は?」
 突拍子もない話に一番目を丸くしているのはヨハンナだった。
「成長過程で二つに分れた個体?」
 ヨハンナには両親の記憶があった。
 優しくて愛情いっぱいに育ててくれた両親の顔ははっきりと覚えている。
「何を言ってるんだ……? 研究? お前が作った? だったら、この記憶は何だってンだよ!」
 動揺するヨハンナの声にアルチェロ=ナタリー=バレーヌ(p3p001584)は心配そうな瞳を向けた。
「それは、私が植え付けた偽の記憶です」
「……嘘だ」
 頭を抱えるヨハンナの背をレイチェルが優しく撫でる。
 ヨハンナは自分が信じていたものが足下から崩れる恐怖に震えた。
「双子であったが故に、その魂は不安定なものとなりました。いずれ遠くないうちに、何方も死んでしまうでしょう。だから私はヨハンナとレイチェルを一つにし、妻を取り戻したい。そう考えていました。
 この世界に来るまでは……」
 憂いを帯びたヨハネの瞳は遠くを見つめる。
「ピオニー博士のもとで研究し、ROOで実験を繰り返し、それでも『この世界』で分かたれた魂を元に戻す方法は未だに見つけられていません。このままではレイチェルもヨハンナも壊れてしまうでしょう。
 元の世界であったなら、長い時間をかけて修復することもできたはずです。しかし、この世界の法則ではそれを成し得ない……」
 眉を寄せたヨハネは深い溜息を吐いた。

「私はヨハンナと一つになりたいのっ!」
 少女のような笑みを浮かべるレイチェルに、チックは身震いをする。
 それはヨハンナが死んでしまうことを意味していたからだ。
 無邪気に笑う少女のようでありながら、狂っているようにも見える。
 ヨハネの言葉を聞いていたのか、いないのかすらイレギュラーズには分からなかった。

 けれど、お互いを知るという目的は大事なことに思えた。

 ――――
 ――

 ヨハンナにも言えない胸の奥、レイチェルはもう決めていた。
 レイチェルには前世の――ヨハネの亡き妻グレイスの――記憶がある。
 ヨハネと愛し合っていた記憶。その気持ちに変わりは無い。
 けれど、ヨハンナやレイチェルの未来も大事なのだ。
 己自身であり、自分達の子孫でもある。つまり子供だ。
 だから、話し合った。
 グレイスである自分とレイチェルである自分で対話をした。
 二人で決めた。ヨハンナを救い、未来を拓くのだと。
 だから、それまで少女のように振る舞い悟らせないようにする。
 グレイスにとってヨハネとの時間も大切なものだから。

 ――別れの時は近い。

GMコメント

 もみじです。ヨハネとレイチェルの思いを知り、自分達の考えを伝える回です。
 決裂するかそうでないかを決めるにも、知る事は大事なことでしょう。

●目的
・お互いを知る

●ロケーション
 幻想国内にある仕立て屋『ロウ・テイラーズ』の敷地。
 工房も併設されているのでかなり広いです。
 広い店内は美しい生地で仕立てられたスーツやドレスが並んでいます。
 その奥は実際に工房となっており、職人がオーダーメイドの衣装を作っています。
 更に進むと、創設者である『蒼き誓約(ブラオアイト)』と『紅き恩寵(グレイスローズ)』の住居があり、イレギュラーズはそこへ招かれています。
 住居は立派な洋館で工房の職人は立ち入ることは出来ないようです。

 イレギュラーズが居るのは魔法で作られたカフェテラスです。
 広い湖となだらかな丘が見える。爽やかな風が吹いて青空が広がる春の陽気です。
 木製の椅子にクッションが置かれ、ゆったりとした時間が過ごせます。
 そこにイレギュラーズ八人と、ヨハネ、レイチェルが座っています。
 テーブルには葡萄や林檎などの果物とシュネッケ、紅茶が置かれています。
 望めばサンドイッチやローストビーフ、ブルストなどの軽食も食べられます。

 個別でお話する部屋はヨハネたちの住居の客間を再現しています。
 ゆったりとしたソファで落ち着いた雰囲気です。

●NPC
○『蒼き誓約』ヨハネ=ベルンハルト
 謎の組織ロウ・テイラーズ序列二位『蒼き誓約(ブラオアイト)』です。
 旅人であり、かつてヨハンナの妹レイチェルを殺し、復讐鬼に仕立て上げた張本人。
 元の世界での役目はあれど、現在の状況を気に入っている様子です。
 数十年前には葛城春泥と共に『ピオニー先生』の技術を教えてもらっていたようです。
 テアドールを壊した人物でもあります。
 様々な場所で暗躍し、きな臭い悪行も沢山行って来ました。

 彼の個人的な目的は『愛する妻を取り戻すこと』です。

○『紅き恩寵』レイチェル=ベルンシュタイン
 謎の組織ロウ・テイラーズ序列一位『紅き恩寵(グレイスローズ)』です。
 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)さんの双子の妹です。
 旅人であり、元の世界で死んだと思われていましたが生きており、無辜なる混沌へ召喚されました。
 元の世界での役割はあれど、現在はヨハネと行動を共にしています。
 天真爛漫で明るい、太陽の様な女性。その性格から、実年齢よりも幼く見られがちです。
 悪意はありませんが双子の姉ヨハンナさんに執着しており少し歪んでいます。

 彼女の個人的な目的は『ヨハンナと一つになること』です。

●出来ること
 基本的にお茶会をしながら皆の居る前でお話をしますが、個別にお話をしても構いません。
 個別にお話する時は魔法で二人だけ(三人や四人も可)の空間に切り替わります。

・ヨハネとの会話
・レイチェルとの会話
・自分の気持ちや思いをヨハネたちに話す

 ヨハネやレイチェルはイレギュラーズがどのような考えで関わってくるのか興味があります。
 お互いを知る為に設けられた場ですので、比較的素直に『答えられるもの』であれば答えます。

 例えばレイチェルだと
・あなたはヨハンナの親しい仲間や友達なの?
・ヨハンナは普段どんな風に振る舞うのかしら?
・ヨハンナったらこう見えて結構抜けてるでしょ? そこが可愛いのだけれど。
・今まで食べた美味しい料理は何?
・好きな人はいるのかしら?
・あなたのお洋服素敵ね。どこで仕立てて貰ったの?
・あなたはこれまでどんな傷を負ってきたの? よかったら教えて?
・その傷は今でも心に残ってる? そうであれば苦しんだのでしょうね。

 ヨハネの場合は
・これは対話です。貴方達は私に何を問いますか?
・宿願であれば先程お話しした通り『愛する妻を取り戻したい』です。
・その上で、どうすれば手を取れるかを模索するのがこのお茶会の目的ですね。
・貴方に大切な人はいますか? それは貴方にとってどのぐらい大切ですか?
・その人が失われたら取り戻したいとは思いませんか?
・仕方がないと諦めきれますか?
・貴方にも覚えがあるのではないですか? 大切な者とそれ以外価値は等価では無いと。
・私は愛する妻の笑顔がもう一度見たいのですよ。
・では、今度は貴方の番です。教えてください。どんな物語(じんせい)を持っているのか。
・そして再び問いましょう。手を取り合うことはできるのか、と。

※この場での戦闘は両者の今後の関係に深い溝を生み出しますのでご注意ください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <LawTailors>GraceRose完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年09月01日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
アルチェロ=ナタリー=バレーヌ(p3p001584)
優しきおばあちゃん
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと

リプレイ


 涼やかな風が遠くの湖畔から吹いてくる。
 小鳥の鳴声と草木が揺れる音に『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は懐かしさを覚えた。もう絶対に訪れることなんて出来ない場所。片割れである妹との思い出の地。
 美しい思い出だけ抱いていたいのに、目の前の男はそれを許さないのだろう。
 つくづく嫌みな男だとヨハンナは『蒼き誓約』ヨハネ=ベルンハルトを睨み付けた。
(死者転生研究、二つに分れた個体、偽の記憶──)
 ヨハネが語った研究とその目的は『妻グレイスを蘇らせること』だ。
 その過程においてヨハンナとレイチェルに魂が分かたれたのだとも彼は告げる。
 それはヨハンナにとって予想もしなかったことだろう。
 否定したいと心の中で叫ぶ。信じたくないと歯を食いしばった。
 されど、ヨハネの表情と混沌での行動を振り返れば、今回ばかりは嘘を言ってるようには思えなかった。
 だから――これは『真実』なのだろう。
(ヨハネと茶会なんざ不快極まるが……レイチェルが望むなら)
 視線を妹へと向ければ朗らかな笑顔が返って来る。死んだと思って居た妹(レイチェル)は変わらず自分へ微笑みを与えてくれる。その真意は分からない。ヨハンナが知らない事ばかりなのは事実なのだろう。

 紅茶のカップに顔を近づければ、ほのかにマスカットの香りが鼻孔を抜けていく。
 温かな紅茶が口の中に広がったあと、ほんの少しの渋みと茶葉の残り香が喉の奥に落ちていった。
 ヨハンナは次にシュネッケを頬張る。マスター特製のシュネッケは思い出の味だった。
「もう、ヨハンナったら。紹介してくれないの?」
「ンン……! このシュネッケ懐かしくて」
 くすりと微笑んだレイチェルの隣でヨハンナが頬を赤く染める。
「えっと、じゃあ紹介するぜ。ここに集まってもらったのは混沌に来てから出来た俺の『大切な人達』だ」
 照れくさそうにレイチェルへと視線を送るヨハンナ。姉のそんな顔が新鮮でレイチェルは目を細める。
「オデットは一緒に鉄帝動乱を駆け抜けた信頼出来る仲間。チックはダチと言うか、何か弟みたいでほっとけない存在だ。アルチェロは皆のおばあちゃんで世話を焼いて貰ってる。ジルーシャもいつも仕事で俺が世話になってる同胞だ。姉上は……」
「姉上?」
 こてりと首を傾げたレイチェルは『暁月夜』十夜 蜻蛉(p3p002599)へと顔を上げる。
「俺の義姉で……いつも凄く優しくして貰ってるンだ」
「そうなの……姉上かぁ」
 少し唇を尖らせたレイチェルにヨハンナはどうしたのだろうと目を瞬かせた。
「センパイは仕事が出来て頼りになる憧れの先輩で、フラーゴラも仕事絡みのダチでいつも頼りにしてる」
 ヨハンナは『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)のことをセンパイと呼ぶらしい。
「一匹狼だったヨハンナがこんなにもお友達に囲まれてるなんて……私嬉しいわ」
 にこにこと楽しげにテーブルに集まったヨハンナの友人達を見つめるレイチェル。

 蜻蛉はレイチェルを月の瞳で見つめ返す。
 ヨハンナの妹の話は聞いたことがあるが、まさかこんな所で逢うことになろうとは。
 義妹の妹であるならば、蜻蛉の妹でもあるということだろう。
 それを感じるとき、心の内から広がるのは慈しみの心だ。この気持ちはきっと大事なものである。
 ヨハンナの一番望む形に寄り添ってあげたいから。蜻蛉は目の前の二人が笑顔を向け合うこの時間が長く続けばいいと願うのだ。
『神をも殺す』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)はヨハンナとレイチェルを見つめ、シュネッケを頬張る。残念ながらシュクメルリは置いていないらしい。けれどこのシュネッケも美味しいとフラーゴラは一切れぺろりと食べてしまった。
 目の前の二人には込み入った事情があるのだろう。それでもフラーゴラがここへ来た理由は。
「レイチェ……じゃなかったヨハンナさんのお手伝いしたいな。レイチェルさんヨハネさんのことはよく知らない。今日知れたらいいなと思う」
 真剣な表情で告げるフラーゴラの口元にシュネッケの欠片がついていた。そのギャップが可愛らしくてレイチェルは微笑みながらハンカチを渡す。
「口元についてるわよ」
「え、あ……ありがとう」
 僅かに視線を逸らしたフラーゴラはごしごしとハンカチで口元を拭いた。その仕草が緊張している時のヨハンナに似ていてレイチェルはくすりと笑みを零す。
 このお茶会は話し合いの場だ。能力を使って相手の心を読み取るようなことはしたくなかった。
 けれど、情報の共有は必要でもある。だからフラーゴラは先に尋ねてみることにした。
「ねえ、ハイテレパス使ってもいい?」
「ええ構いませんよ。この場を設けたのですから、何を聞かれようともお答えしますし」
 ヨハネの返答は予想できた。問題はレイチェルの方である。もし嫌がるようだったらハイテレパスで得た情報は伏せておきたいとフラーゴラは考えていた。
「ヨハネやヨハンナに隠し事なんて無いもの」
 そう答えるレイチェルの瞳の奥、フラーゴラは彼女の本当の声を受け止める。
『ありがとう、心優しい方。でも、少しだけ待って欲しいわ。自分で伝えるから』
『うん。分かったよ』
 優しげな笑顔を浮かべる表情とは裏腹に、レイチェルの声色は真剣だった。
 思い詰めているような声に、フラーゴラは少しだけ心配になる。
「そういえば、ヨハンナさんは真面目でしっかりしてるよね。ローレットの依頼でも沢山意見を出してくれるし。頼りになるんだよ」
「そうなのね! ヨハンナが冒険に出るなんて……想像するだけで楽しいわね」

『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は静かに話しを聞きながら紅茶を飲んでいるヨハネへと問いかける。
「とりあえず……今回は戦う気はないってことでいいのかしらね」
「ええ、この場では戦闘は行いません。何故ならここはレイチェルの思い出の場所です。それを戦いの記憶で塗り替えたくは無い」
 手の平をジルーシャへと向けるヨハネ。武器を持たないという心の現れなのだろう。
「……オーケー、信じるわ。アタシも、アンタたちに聞きたいことがあったもの」
 ふう、と息を吐いたジルーシャは紅茶を一口飲んで、シュネッケへと手を伸ばす。
「んーっ、これ美味しいわね! 後でレシピを教えて欲しいわ……!」
 ジルーシャの声に小さく頷いたのは『雨を識る』チック・シュテル(p3p000932)だ。
 シュネッケを頬張り、美味しいと微笑む。
「まさか、こうして二人とお話……出来るなんて」
「戦いだけが全てではありません。同じ言葉を有しているのだから対話は可能ですよ。ね、ヨハンナ」
「あ?」
 ヨハネとヨハンナは元の世界でずっと戦い続けてきた『敵同士』だ。
 その当時は『対話』など成り立たなかった。其処には戦いだけがあったのだから。
 チックとて『敵』であるヨハネとの対話は複雑な心境だ。けれど、ヨハネ達について知らない事も多いのは事実であろう。だからこそ話し合いは重要なのだ。彼らに、自分自身に向き合う為に。
「おれの名前は、チック。チック・シュテル、だよ。ヨハンナはこれまで、何度か依頼で一緒に戦う……してきた、仲間。とてもかっこよくて、頼りになる人だなって……感じてる」
 改めて家族の前で自分のことを褒めて貰うのは恥ずかしいのだとヨハンナは頬を掻く。
「……レイチェルから見た、ヨハンナは。どんな人、だったの? 思い出の話、聞かせてほしい」
「そうねえ、一見真面目でしっかりしててクールに見えるでしょ? でも、目の前のことに一生懸命になりすぎて子供っぽく怒ったり拗ねたり、寝起きのまま髪の毛がぼさぼさなんてしょっちゅうでね。そんな所が可愛いんだけれど」
「おい、レイチェル。そういうのは求められてないんじゃないか?」
 隣のヨハンナから手が伸びてくる。顔は真っ赤だ。
「そういう話しをしてほしいのよね?」
「……うん、そうだね」
 チックは二人を交互に見つめてこくりと頷いた。

『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は「次は私ね」と手を上げる。
「ヨハンナとは何度か依頼に行った仲で、フローズヴィトニルに対しては一緒に足掻いた仲間なのよ」
「フローズヴィトニル?」
 レイチェルはオデットの話しに目を輝かせる。
「それぞれ名前を付けた凍狼の子犬が一緒にいるのよ。だから私、ヨハンナのためだったら何でもしたいぐらいには思ってる」
「仲良しなのね……」
 微笑みながら姉の腕をツンとつつくレイチェル。
「そう。それでね。以前は『レイチェル』って名乗ってたのよね。だからそっちが本名だと思ってたの。
 でもある時、依頼で自己紹介する時に『ヨハンナ』って名乗ったことがあってね。結構ビックリしたんだけど今こうやってレイチェルと会って、話を聞いて、なんだか納得したわ。うっかりな人だし、それはそれとしてレイチェルのこと大切で、愛情深い人なのね、ヨハンナって」
「待ってくれ? うっかりって?」
 オデットの言葉に思わず目を見開くヨハンナ。
「ええ、そうなのよ。こう見えてうっかりさんなの」
「レイチェルなら分かるが、オデットにまでそういう評価なのか、俺?」
「あら、可愛いって意味よ」
「そうそう」
 くすりと微笑みあったオデットとレイチェルに、ヨハンナは頭を抱える。

 最初は緊張が漂っていたお茶会の空気が和らいだようだと『優しきおばあちゃん』アルチェロ=ナタリー=バレーヌ(p3p001584)は感じていた。
 争いの前に対話がある……それは悪い事ではないように思えた。
 ならば、言葉を尽くす他無いとアルチェロは頷く。
 食事の類いの味は未だに理解していないアルチェロだが、ここに集まった仲間が美味しいというのだからきっとそうなのだろう。小さなクッキーに手を伸ばしたアルチェロは口の中にしっとりとした食感が広がるのが分かった。クッキーはサクサクしたものもあるがこれはしっとりした製法でつくられているのだろう。
「お口に合うかしら?」
「ええ、美味しい料理……私にはまだ味が理解しきれていないのだけれど、孫たちと食べたクッキーはとても美味しかった、と思うわ。それに似ているのかしらね?」
 首を傾げたアルチェロに「どうなのかしら?」とレイチェルは答える。
「ヨハンナは普段どんな風に振る舞うのかしら? 少しクールな感じかしら?」
「そうね、ヨハンナは頑張りすぎなくらいな良い子よ」
 アルチェロの言葉にレイチェルは満足げに笑みを浮かべた。
「そういえば、あなたのお洋服素敵ね。どこで仕立ててもらったの?」
「洋服……仕立ては孫の一人にお願いしているのよ。良い腕でしょう?」
「ええ、ええ……すごいわ。私も此処で仕立てをしているから、あなたのお洋服がとっても素敵なものだって分かるのよ。美しいわね」


 愛無は和やかに過ぎるお茶会をじっと観察していた。
 ヨハネが始めに話した『協力』という言葉を愛無は頭の中で反芻する。
 彼の計画が余程切羽詰まっているか、目的が達成されようとしているのか。
 愛無は紅茶を一口で飲み干す。若干香りがついているが、この渋みは喉の奥に残る。次はミルクと砂糖を入れて飲んでみようかなどと考えながら、何れにせよヨハネを警戒するに越した事は無いと頷く。
 ヨハネの真意が何処にあるのか分からないが、気を許していい相手とは思えなかった。何せピオニー博士の下で葛城春泥と連んでいたのだ。まともである筈が無いと愛無はシュネッケを頬張る。
 次のシュネッケに手を伸ばしながら愛無はヨハネを見遣った。彼にとって他人なぞは利用できるか出来ないか程度に過ぎないのだろう。
「……そう。大切なのは優先順位だ。君も言うようにね。その点において君の主張など僕にとって何の価値もない。そもそも君の言を証明する物もない」
 愛無は三つ目のシュネッケを頬張りながらヨハネへと語りかける。
「それは否定しません。価値というものは個々人によって違うものですから」
「何にせよ混沌肯定下において為しえる事ができなかったという事であれば、それを覆す事は困難を極めるという事だろう。仮に僕らの協力があってもね」
「……」
 僅かに視線を落したヨハネを横目に愛無は立ち上がる。
「そうだな。それを踏まえてヨハネ君と二人で会話がしてみたいな。折角の機会ではある」
「ええ、構いませんよ。部屋を用意しましょう」
 ヨハネが手の平から展開した魔法陣が光の粒子を帯びて、何も無い場所へ木製のドアが現れる。
「ドア?」
「まあ、何でも良いんですけど。ドアの方が分かりやすいでしょう?」
 外界との隔たりを表す象徴してのゲートであるのだろう。

 ドアを潜り、愛無は大きな一人掛けのソファに腰掛ける。対面にはヨハネが座った。
 この二人だけの空間も何らかの監視があるやもしれないと愛無は警戒をする。ヨハネの注意を自分に引きつけることができれば何かしらレイチェルからの情報も聞き出せるかもしれない。
「さて、本題だが。僕は他の子とは違うのでね。僕の興味は」
「どうぞ、何なりと」
 愛無の言葉へ耳を傾けるヨハネ。

「一つ。君が具体的に僕らに何をさせたいのか。
 二つ。それに対して支払われる対価さ。
 僕は傭兵だ。仕事とそれに見合った報酬が支払われるのか。それが全てだ。僕は君に興味もないが因縁も無いのでね。その二つが適切に用意されるなら協力する事に是非も無い。信用ではなく利用。君にとっても解りやすいだろう? で、君は僕に何を望んで。何をくれるのかな?」

「そうですね。あなたの疑問は尤もでしょう」
 愛無の問いにヨハネは頷いて見せた。傭兵であるのならば対価によって『利用』できる。
「実際の所、このお茶会にこそ意味があるのです……あなたも知ることの重さを十分に承知しているのではないですか? 相手の事を知るのは背負うことと同義です。あなたのように強い者ばかりではない。特にヨハンナはああ見えて『弱い』ですからね。だから、利用しているといえば、まさにこの場こそ『そう』であるのですよ。対価はご依頼の報酬と……シュネッケと紅茶でどうでしょう。美味しかったですか?」
「……美味いが食べ足りない。あと紅茶はミルクと砂糖を入れてくれたまえ」
「ええ、シュネッケもまだありますから。戻ったら出しますよ」
 ヨハネの興味は『愛する妻を蘇らせる』ことにあるのだろう。だからこそ、ヨハンナの心の揺らぎは可能性を掴む手がかりとなると考えているのかもしれない。
「ふむ……」
 意味も無く他者に共感を求めるタイプでも、他者の言葉で揺らぐようにも見えないと推察した愛無の考えは正しいのだろう。どうしたって満たされないものではあるが。
 だからこそ、レイチェルが最後の希望であるのだろう。
「二つに分かれたモノを一つにしたら、それは同じモノなのかって話にはなりそうだけど。結局、君の知らないモノになりそうだがね」
「……そうかもしれませんね。もし、『可能性』を探してほしいなんて言ったら、あなたは請け負ってくれるんですかね
「相応の対価は必要だが……」
 ヨハネの瞳はそれでも諦め切れないと足掻いているようだった。

 愛無の次にドアを潜るのはアルチェロだ。
 大きな一人掛けのソファは柔らかく、しっかりと身体を包み込む。
 アルチェロもヨハネと同じく長い年月を生きる『人ならざる者』である。
 だからこそ聞いてみたいことがあった。
「私にとって、魂は巡るもの。循環する大きな輪で安寧を得るもの。アナタの愛が留める事なら、私の愛は諦める事。どんなに優しい子等でも、私の瞬き一つの間に私を置いて循環へと戻っていくわ。けれど、それは新たな旅立ちへの一歩だと思うの」
 アルチェロの言葉に僅かに視線を落すヨハネ。諦めることは自分には出来そうにないと溜息を吐く。
「全ての命は等しく、儚いわ。他人が価値を付けられるものではない……というのが、私の意見よ」
「あなたの言葉は正しいのかもしれません。私は諦めが悪いのでしょう。固執していると分かっています。けれど、私にとってはそれが愛なのです。可能性が目の前にあるなら何としても掴みたいのですよ」
 アルチェロとヨハネの考えは平行線なのだろう。
 どちらの信念が正しいなどと判断することは難しい問題だ。アルチェロもそれは理解している。
「そうね……だったら、これだけは聞きたいの。
 アナタの愛しい人は、子孫を犠牲に蘇って、アナタの愛した笑顔を浮かべる人なのかしら。
 ちゃんと夫婦で対話はした? 最善の解決策を、彼女の想いを、アナタは正しく知っている?」
 アルチェロの言葉はヨハネの胸に棘となって刺さっただろう。

 オデットはヨハネの対面に座り、出された紅茶を一口飲んだ。
 彼と個人的に話しがしたかったからだ。オデットにとってヨハンナとヨハネの確執は詳しく聞き及んでいない。ローレットの報告書で交戦したことを知っている程度だ。
 だからあくまでフラットに物事を捉えられるだろうとオデットは考えた。
 一歩引いた視点から見られる景色はまた違った考えが生まれるものだ。
 それにやりたいことはあまり他人事とは思えないのだ。
「私にも大事な人がいる、その人の為にこの世界に来るまでは村一つ滅ぼす覚悟だったわ」
 オデットは大切な彼の事を脳裏に思い浮かべる。その笑顔と声はまだ胸の中に存在している。
「それで嫌われたって、代わりに自分の命を失ったって、構わないと思ってた。
 だからどうしても大切な人を取り戻したいと願うヨハネのことを責められないの。
 ただ、手を取れるかどうかはわからない。だってヨハンナは私にとっては大事な存在だから」
「……そんなにヨハンナのことを好いてくれているのですね」
 ヨハネの言葉にオデットは確りと頷く。
「フロースヴィトニルの為に考えて戦い抜いた、そんな彼女が変わってしまうかもしれない。知らない存在になってしまうかもしれないというのは、嫌だと思うから」
 ヨハンナと仲良く成ったつもりでいた。けれど、きっと彼女のことを何も知らなかったのだろう。
 其れ其れに考えや想いがあることは理解している。それでも、オデットはヨハンナの味方でいたかった。
 レイチェルとヨハンナが一つになって消えてしまうのだとしたら。それは本当に幸せなことなのだろうか。ヨハネにとっても幸せだと言えるのだろうか。
 底知れぬ男の真意は、本当に揺るがないのだろうかとオデットは思い馳せた。

「まずはアンタの問いへの回答を……」
 ジルーシャはヨハネとの密談の場でそう切り出した。
 大切な者とそれ以外価値は等価では無いと問うたヨハネへの答えだ。
「……そうね、絶対に同じ価値にはなり得ない。命の優劣は明確に『ある』のよね。誰もが胸に秘めているだけで」
 ジルーシャの心の中にも誰よりも優先したい命がある。
 彼女を思うだけで胸が満たされ同時に揺らいでしまう。
「でもアタシは欲張りだから。誰も犠牲にせずに大切な人を取り戻す方法を探すわ。
 大切な人だからこそ胸を張って会いたいもの」
「あなたは真っ直ぐで眩しいですね。私が抱く悲願はもっと泥臭くあるのでしょう。
 私もそんな風に思っていた日がありましたよ。ただ悲しみに暮れるだけではなく、何とかしてグレイスを取り戻そうとしたのです。それは私にとって正しかった。正義であった。諦めるなんて出来なかったんです」
 僅かに眉を寄せてヨハネは足を組み替える。それは願望に縋っているようにも見えた。
「本当に、ヨハンナとレイチェル、二人とも生きていられる方法はないの?」
「そうですね……」
「100%の絶対に? 愛する人に誓って『ない』と言える?」
 ジルーシャは前のめりにヨハネへと視線を向ける。
「全ての事柄において100%絶対になんて『ある』も『ない』もありませんよ。それを観測することすら出来ないものに対して『ない』ことの証明なんてできるわけがない」
 それでも、レイチェルの身体は既に弱ってきている。それが『ない』ことの証明にはならないのかもしれないけれど、焦りはどうしても出てくるものだ。
「でもそれって、可能性はあるってことよね?」
 ほんの少しでもあるなら。それを掴みとることだって出来るはずだとジルーシャはヨハネの前襟を掴む。
「この世界に来たことで、ほんの少しでも可能性が生まれたかもしれないなら――アンタの望み通り、手を取れると思うわ」
 ジルーシャの強い瞳に「はぁ」と盛大に溜息を吐くヨハネ。
「可能性の低い方に賭けるのは考え物ですけどね」
 それに賭けてヨハンナもレイチェルも喪うことは避けたかった。

 蜻蛉はレイチェルを誘って二人きりでドアを潜る。
 パタリと閉められたドアから振り返った蜻蛉はレイチェルへと微笑みかけた。
「初めまして、レイチェルちゃん。うちは蜻蛉。逢えて嬉しいわ、よろしゅうね」
「ええ、私も嬉しいわ。蜻蛉さん……どうぞ座って?」
 柔らかなソファへと腰掛ける蜻蛉は向かいに座ったレイチェルを見つめる。
「ヨハンナちゃんとは、仲良くさせてもろとります。ありがたいことにお友達言うか、この世界での姉代わりみたいに慕ってくれとります。やから、貴女が知らずに過ごしてきた、うちから見たヨハンナちゃんの事を伝えに来ました」
「ヨハンナのお姉さんってことは、私のお姉さんでもあるのかしら……!」
 指を組み目を輝かせるレイチェルは幼い少女のようだった。
 蜻蛉は「そうやねぇ」と目を細め、机の上にある葡萄を一粒摘まむ。
 黄緑色の宝石みたいな粒は皮ごと食べられるものらしい。皮の食感と口の中に広がる甘さに思わず「美味しい」と口にする蜻蛉。
「ヨハンナちゃんは、何に対しても真面目で一生懸命で……頑張り屋さんやなぁて。
 でも、ほら……前しか見えてなくて、周りが見えんようになることも多々ありました」
「そうなのよ! ヨハンナったらこう、一直線でしょう?」
 蜻蛉から見ても危なっかしいと映るのだろう。
 けれど、出会いと別れを繰り返し、少しずつ変わってきている。
「誰かを想う事にかけての気持ちの強さなら、きっと誰にも負けない人やと思います」
「そうね……真剣に考えるあまり相手にもそれを求めちゃうのよ。想いの比重が大きいの」
 誰だって大切な人を想う気持ちは大きく深くなるものだ。蜻蛉にだって覚えがある。
「レイチェルちゃんもヨハンナちゃんの事、好き? うちも好きよ。不器用やけど、可愛らしい人」
「ええ、もちろんよ! 一途で不器用で、周りなんて見えなくなっちゃうけど、実は後悔もしてて、どうしたらいいんだろうって迷いながら、それでも前に進んでる。大好きなお姉ちゃんよ!」
 笑みを零すレイチェルに蜻蛉は「よかった」と口角を上げる。
「ヨハンナちゃんは、きっと誰よりも貴女の事を想ってる。今日はそれを、知って欲しかったんよ。
 そしてうちは、ヨハンナちゃんを失いたくないの。この気持ちも伝えておきたかった」
「私も同じ気持ちだわ。蜻蛉さん」
 ヨハンナを喪いたくない。その気持ちは蜻蛉もレイチェルも同じだった。

「あら、あなたはチックくんね」
 蜻蛉の代わりに入って来たチックをレイチェルは笑顔で迎える。
「うん……ねえレイチェル聞きたいことが、あるんだ」
「なあに?」
 こてりと首を傾げたレイチェルにチックは真剣な眼差しを向けた。
「……もし、二人が一つになったら。一つの身体に、レイチェル達が一緒にいる事に……なるの?
 それとも……どちらかの意識は、いなくなる……しちゃうの、かな」
「元の世界では、グレイスになるとされていたのだけれど。この世界ではそうじゃないのかもしれない。本当のところね、私にも分からないの。でも、この身を差し出せばヨハンナは生きられるかもしれない」
「……そんな!」
 チックは「だめだよ」と首を振る。
「ふふ、なんてね。冗談よ? でも……ヨハンナには生きて欲しいのは本当。どうすればいいのかしらね? チックくんはその方法が分かる? ヨハンナが死なない方法が分かるのかしら? 知ってたら教えてほしいぐらいだわ」
 レイチェルの問いにチックは首を振った。けれど、もしその方法を見つけ出すことが出来たなら。
 ヨハネの悲願を退けることさえできれば、二人は生きて居られるのではなかろうか。

 そんな想いを胸にチックはヨハネとの密談に望む。
 緊張感を張り詰めたチックの瞳をヨハネは真正面から受け止めていた。
「……君がラサで、ネイト達にした事は、今も許す……出来ない」
「まあ、そうでしょうね。それを簡単に許せる人では無いでしょう、あなたは。別に許されなくとも構わないのですが……」
 チックの精神を揺さぶるようなヨハネの言葉。それをチックは飲み込んで想いを紡ぐ。
「けれど、大切な人を想う気持ちが本物……なのは、信じる。……うん。おれにも、大切な人……いるよ
 もっと一緒にいたくて、幸せを沢山あげたくて。……絶対に、失いたくない人」
 それを喪ってしまえば誰だって自分のようになるとヨハネはチックに投げかけた。
 どろりとした嫌な感情がチックの胸に広がる。それをぐっと堪え視線を上げるチック。
「もしも、失ってしまったら……おれはきっと、『おれ』で無くなる……してるかも、しれない。
 そのぐらい、つらくて苦しいって……思う」
 楽しげだったヨハネの表情が僅かに歪められ、溜息と共に視線が落ちる。

(失いたくない。──絶対に、奪われてなるものか)

 チックは胸の中に渦巻く強烈な想いを押し込めて、言葉を続けた。
「……失う痛みは、とても大きい。それは、おれも同じ。でも、例えばもし……おれが蘇らせる、出来たとして。それで大切な人が悲しむ、したら。もっと苦しいかも……しれない」
 自分の為に他人を犠牲にした事実を受入れることが出来ないとチックは首を振る。
「そうかもしれませんね。グレイスは優しい人でしたから」
「だったら……」
「それで諦めきれるなら……反魂になんて縋ってませんよ。最初はそうでもいつかは理解してくれるかもしれません。もう一度、グレイスの笑顔が見たいんです。ここで諦めたら今までの全ての犠牲も想いも時間も無駄になってしまうでしょう」
 譲れない信念は何時しか執着となり、歪んでしまうのかもしれないとチックは唇を噛む。
 戻って来たチックはヨハネとレイチェルから受けた言葉を、ヨハンナへと伝えた。
 少しでも二人が良い未来を辿れるようにと祈りながら。


 フラーゴラは戻って来た皆を見つめ、紅茶を一口飲んでから言葉を紡ぐ。
「ねえ、いいかな」
「どうぞ」
 ヨハネはフラーゴラの声に耳を傾けた。
「ワタシは死者が復活を望んでいるか確証が持てない。だからワタシが二人の立場だったら自信を持って蘇らせるなんて出来ない。でも二人は自信があるように見えた。何かあるの?」
「そうですね……あなたには自信があると見えるのでしょう。諦めきれないだけなのですが。
 此処までの時間と犠牲、信念を曲げることができないだけなのですよ」
 案外素直に答えが返ってきてフラーゴラは「なるほど」と感心する。
「んー、ヨハネが蘇るというのなら、そうなのかも?」
 ふわふわと幼子のように振る舞うレイチェルはこてりと首を傾げた。
「ワタシに好きな人はいるよ。アトさんって言うんだ。だからヨハネさんが奥さんが一番大事だってのもわかる。でももし好きな人が死んで蘇らせたいかって言うと……」
「まあ、それは正常な思考であると思いますよ。あなたの考えを否定はしない」
 ヨハネはフラーゴラの言葉を正面から受け止める。

「蘇らせるのに何かを対価として必要ならワタシはしないと思う。
 好きな人も大事だけどお友達やまわりも大事。
 知らない人に無関心ではあるけど奪ったりはしたくないかな。
 好きな人もそれを望まないと思うから」

 清廉潔白であるフラーゴラの言葉はヨハネにとって眩しいものであっただろう。
 昔は、誰も犠牲にならない方法なんてものを信じていた。それを探していたこともある。
「レイチェルさんとヨハンナさんはまた昔みたいに仲良くしたいみたい。
 ヨハネさんは色々いっぱい迷惑かけてるみたいだね……ヨハンナさんから聞いたよ」
「あなたは美しいですね。けれど、何かを成すには犠牲は必要なのですよ」
「でも、犠牲にならない方法を探すこともできるよ」
「ええ……それが在ればの話しではありますが」
 ヨハネはレイチェルとヨハンナを見つめる。
「あるの?」
 首を傾げたレイチェルはヨハネを見つめ返した。
 それに対する返答をヨハネは迷っているようだった。
 無いと否定するのは簡単である。では在ると肯定することは……それも簡単ではあった。
 されど、その何方をも証明することなど出来なかった。故に答えを出せない類いのものであるのだろう。

「アタシたちにとっても、ヨハンナちゃんは大事な友達よ。失いたくない、大切な仲間」
 ジルーシャはレイチェルへと笑みを浮かべる。
「そんなヨハンナちゃんの大切な妹のアンタも――大事にしたいって思ってるわ、レイチェルちゃん」
「……まあ! 嬉しいわ! ジルーシャさん!」
 だからこそ諦めたくないと告げるジルーシャ。その言葉にレイチェルは目を潤ませる。
「諦めたくない。アンタたち二人が一緒にいられる未来を!」
 本当にそんな未来が訪れるのだろうか。レイチェルの胸の奥で熱い何かが広がった。

「……俺達の生まれや現状については理解した。
 んで、何でヨハネは『レイチェル』だけ選んで傍らに置いたンだ? 理由あるンだろ」
 ヨハンナの問いに、ヨハネは「はあ」と溜息を吐く。
「逆に聞きますが、あなた、私の元へ来る事を選ばないでしょう? 元の世界では逢えば即座に攻撃してきたじゃないですか。私としては可愛い『我が子』が噛みついてきた所で楽しいなとしか思わないのですが」
「は?」
 ヨハンナの冷たい声に場の空気が凍る。ヨハネは其れすらも楽しんでいるように思えた。
「おや、久々にやり合いますか?」
「上等だ、テメエ……」
 椅子から立ち上がり個室のドアへと向かうヨハネの後をヨハンナが追う。
 ドアが閉まるのを見届けて、ヨハンナはヨハネへと赤き焔を叩きつけた。
「やはり、元の世界に居たときよりも威力も練度も上がっていますね。流石は我が血族」
 燃え上がる焔は怒りを孕み、暗がりの広い空間を煌々と照らす。
 されど一向に反撃をしてこないヨハネを見遣り、ヨハンナは舌打ちをした。
「やんねーのかよ」
「まあ……あなたが二人で話しをしたいと申し出るには恥ずかしいかなと思いまして。これでも気を使ってあげたんですよ」
 自分の性格をレイチェルと同様に『知られている』のは癪に障ると眉を寄せるヨハンナ。
「レイチェルから聞いたンか」
「……まあ、それもありますけど。あなたの幼い頃の記憶は偽りではありますが、その全てが嘘だったわけではないということですよ」
 どういうことだと問いかけるヨハンナに眉を下げる。
「全て上書きよりも、差替えた方が記憶の齟齬が起こりにくかったんです。
 例えば父親との会話。あなたの父親は敬語で話していたでしょう。こんな風に……」
 ヨハネが指先をくるりと回せば、暗がりの空間が見覚えのある場所へ変化する。
「ここは……俺の家?」
「ええ、あなたが自立するまで過ごした生家ですよ。これも嘘ではない。
 私の研究施設の中にあった、私達の家です。培養槽だけで過ごすと色々と問題も生じますし。
 それなりに愛着もありましたよ。特にあなたは慧眼で、よく私の正体に疑問を覚えるんです。その度に記憶を塗り替えたりしましたけれど……あれもまあ楽しい思い出ですよ」

 ヨハンナは首を振って手で頭を抱える。この記憶のことに関しては後で考えるとして。
 伝えねばならぬことがあるのだ。
「俺はレイチェルが何より大切な存在だ。大切な人を喪ったら──見ての通り俺は復讐に走った訳だ。
 だが、蘇らせる手段があるのなら其れに縋ってた。
 確認したい。俺が死ねば魂を一つに戻せて、レイチェルを助けられるのか?」
「そうですね。だとしたら、あなたは命を差し出せますか?」
「……」
 簡単に答えられるものではない。けれど、妹が助かるならこの命を燃やしても構わないのではないか。
「……そのはずだったんですよ。元の世界ではそれで何ら問題がなかった。
 そして、この世界に呼ばれ絶望しました。あなたもレイチェルも居ませんでしたからね」
「そうなンか? 最初から一緒だと思ってたけど」
 ヨハンナの問いにヨハネは首を振った。
「随分と探しましたよ。何年も彼女は現れなかった。けれど、やっぱり諦め切れなくて。
 見つけ出した時はそれはもう嬉しくて、必ずグレイスを元に戻すと再び誓いました。
 あなたが現れた時は、やはり間違っていないのだと確信したものですが……肝心の方法は見つけられていないのですよねそれが。けれど、確実に崩壊は近づいてきている。困ったものです」

 ――――
 ――

「ヨハネってどんな奴なんだ? レイチェルだけに見せる顔を知りたい」
「ええー、ヨハンナったら、そんなに気になるの?」
 二人だけの部屋でヨハンナとレイチェルは話し込んでいた。
 その空間は『実家の二人の部屋』を模したものらしい。
 ヨハンナのベッドへ寝転んでよく話し込んだものだ。けれどこの記憶も紛い物なのだろうか。
 自分の中の『偽りの記憶』がどれなのかヨハンナは分からなかった。
「大丈夫? ヨハンナ」
「ああ……俺は、さ。こうやって二人で少しでも長い時間を共に過ごしたい」
 レイチェルに触れれば、柔らかな肌の体温が感じられる。生きてると実感できた。
 あの夜の絶望は無かったのだと、ようやく安心できる。
「一つになるって何方かが死ぬ事なんじゃないか?」 
「ヨハンナ……」
 ベッドの上で抱きしめる腕に力がこもった。その背を優しく撫でるレイチェル。
「私の身体……というか精神のようなものもそうなんだけど、崩れてきているらしいの。そして。それはヨハンナも一緒なのよ。だからね、私グレイスとお話してこの命をあなたにあげようと思ってた」
「俺は嫌だ。またレイチェルを喪うのは絶対に嫌だ!!」
 歯を食いしばって駄々を捏ねる子供みたいに、首を振るヨハンナ。

「それしかないと思ってたのよ……でも、本当に可能性は無いのかしらって。あなたたちを見てると思ってしまうのよね。何故かしら……何処かに方法があるんじゃないかって信じてみたくなるのよ。ヨハネに言わせれば根拠のないものに振り回されるのは嫌だといいそうだけれど。
 ねえ、ヨハンナ。このまま散りゆくだけで……」
「いいわけ無いだろ!」

 もし、可能性が一欠片でもあるのなら――
 それが例え闇の中から一粒の石を見つけるようなものだとしても。
 手を伸ばさずにはいられない。
 奇しくも其れは、ヨハネの悲願への想いと同種のものだ。

 前へ、前へと突き進んだ先、追い求めた可能性を掴むその日まで。
「絶対に、諦めねえからな――――!!」
 ヨハンナの声が部屋の中に響き渡った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 敵対する相手との対話と、進むべき可能性を探して。
 ご参加ありがとうございました。

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