シナリオ詳細
<アンゲリオンの跫音>『聖槍』
オープニング
●
『ツロの福音書』第一節――
われわれは、主が御座す世界を正しさで溢れさせなくてはならない。
ひとは産まれながらに罪を犯すが、主はわれらを許して下さる。
故に、われらはその御心に応えるべく献身するのだ。
第一の預言、天災となる雷は大地を焼き穀物を全て奪い去らんとするでしょう。
第二の預言、死を齎す者が蠢き、焔は意志を持ち進む。『刻印』の無き者を滅ぼすでしょう。
第三の預言、水は苦くなり、それらは徐々に意志を持ち大きな波となり大地を呑み喰らう事でしょう。
――其の時は近し。
●
天義にゲツガ・ロウライトという男がいた。
既に老齢に至りながらも聖騎士としてある者……彼は、苛烈と言われる程の断罪を行って来た人物でもある。それは全て天義の為。己が信念の為――確固たる意志と共に、この国の騎士として在り続けてきたのだ。
しかし。
「……むっ」
彼の瞼が開かれる――微かな、うたた寝をしていたか。
窓の外を見れば時刻的にはもう夜に至らんとしている。
……まさかこれほど寝過ごしてしまうとは。身体の疲労、と言えばそれまでだが。
しかし彼は――己が体の限界も、感じ始めていた。
「寄る年波、と言えばそれまでやもしれぬが……」
かつての強欲冠位の事件の折はまだ十二分に戦えた。
蓄積された経験、積み重ねてきた武が其処にあったのだ。
されどアレからまた何年も経った。
己も不老ではなければ……これは当然の理なのだ。
体力の衰えは。人にはいつか必ず来るのだ、限界の時が。
若かりし頃より振るってきた剣技と信念。それはまだこの身に宿っていると信ずる、が。しかし……そもそも時代が最早、己を必要としていないのかもしれない。
苛烈な是正。断罪の正義。それらは全て過去。
天義の国の在り方は徐々に温和な方向へと転換している。
己の在り方はもうただ、古いのやもしれぬのであれば……あぁ。
孫娘も随分成長したのだ。新たな騎士団を率いる聖騎士としても。
ならば、あぁ。後は――
「それはどうかな。旧き断罪者よ」
刹那。窓、が開いていた。
視線を滑らせれば――其処に『何か』いた。
白き衣を纏う者。それは……
「――遂行者か?」
「然り。ゲツガ・ロウライトだな?」
「如何にも。知った上で至るとは……死にたいようだな?」
「枯れ木に折られる程、脆弱たる存在ではない。それよりも……ふむ」
天義で暗躍する『傲慢』が勢力の一人。遂行者マスティマであった。
ゲツガにとってソレらはいずれも断罪に値する者達。
言の葉を交わす意味もない。己が剣をマスティマに向けんとし――た、正にその時。
「喜べ――貴様を『遂行者』にしてやろう」
マスティマが、何かをほざいた。
「……私を愚弄するか?」
「貴様は神の尖兵として相応しいのだ。その断罪の傲慢振りがな……
我らの創生の一端を担え。どうせ貴様は、今の天義には合わんよ。
懐古した事もあるだろう――昔の天義の方が生きやすかったと」
大仰に手を振ってマスティマはゲツガを誘おうか。
歴史修復の一端に。あぁお前は此方側の方が『らしい』人物である、と。
来たまえ。さらば力を与えん――
「笑止」
が。ゲツガは、その言を一刀両断する。
「私は、この国が正しいと信じてきた。断罪も全て、それが故にこそだ。
悪を許すまじ。正しきを掲げ、善きに生きよ……
その過程で一つだけ、揺らぎなきモノとして胸の内に刻んだ教訓がある」
「それは?」
「悪の甘言には乗らぬ事だ」
正義だけを信じよ。悪魔の言はそもそも聞くな。
マスティマが何をほざこうが、己が培ってきた信念だけを信ずるのだ。
故にゲツガは剣を向ける。あぁ――
「汝、悔い改めるか――」
月光の騎士と謳われたゲツガは、己がギフトを用いながら。
遂行者を罰さんと闘志を漲らせようか。
とても老齢の人物が出すとは思えぬ気の収束……
「……『悔い改めるか』だと?」
同時。マスティマは――告げる。
「私は正しい。私の行いに間違いはない。
悔い改める事など何一つない。『私が行って来た事は全てが正しい』のだ」
その身に、ゲツガの闘志に劣らぬ程の膨大な殺意を宿しながら。
瞬間――右の手の内に出現したのは、一つの槍で……
「なに? 貴様。その槍は……ッ」
「滅却創生。神罰執行。喜べ、我が手に掛かる事を」
それは光り輝く。奇跡を宿しているかの如く。
あぁ本当に――暖かな光であった。
●
ロウライト領『ラクス・ヒエマリス』
比較的鉄帝との国境にも近しいその地は、ゲツガ・ロウライトを初代の長とする領地であった。水上都市とも言えるその地は川の流れも巧みに利用されており、風光明媚なだけでなく実際の戦いの際の守勢にも強い――
だが、その地が襲われていた。遂行者が率いている『影の天使』に、だ。
東西南北あちこちから敵勢力が波状的に攻め込んできている。
特に狙われているのは住宅街、だろうか。
「――防備を固めて! 絶対に内部には通さないように!」
声を張り上げるのはサクラ(p3p005004)だ。
あんな連中に此処を蹂躙させる訳にはいかないと指揮を執っている――が。
(何か、おかしい……あまりにも攻め方が散発的すぎる……)
彼女は素早く勘付き始めていた。影の天使の襲来の仕方が、妙だと。
攻め方が『弱い』のだ。少数が波状的に次々と襲来してきているが……それは適切に対処すれば各個撃破しやすいという事でもある。更に、ラクス・ヒエマリスは先述の通り守勢に強い地の上、当然として騎士団も在る。
ならば生半可な攻め方でこの地を落とせる筈がない。
勿論住宅街に通してしまえば混乱が予想される為、気は抜けない状態なのだが……
いや、待てよ……まさか!
「これはもしかすると……陽動でしょうか……!?」
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)も気付こうか。そう、これは散発的に攻め込んできているのは守備戦力を常に外へ張り付かせる為のモノだ――こういう時の本命は、少数の戦力で中枢へと忍び込む事――!
まさかゲツガが狙いであろうか? そう言えば戦況報告の為に、ゲツガの邸宅へ伝令に行った筈の者が戻ってこない……くっ!
「――さーて? なんか久しぶりに帰って来たら……とんでもない事になってるわね?」
「……あ、あれ? お母様!?」
「はいはい。鉄帝の方が片付いたからと思ってたんだけどね――それ所じゃない、か」
刹那。視線を街の中央へと向けたサクラ……
に、声を掛けたのはサクラの母親、ソフィーリヤ・ロウライトであった。
色々とあって天義を出奔していたソフィーリヤは鉄帝の動乱の折にサクラとは再会していたが、天義自体には戻っていなかった。鉄帝も落ち着いた今、久方ぶりに――と、また各地を巡りながら歩みを進めた訳だが、しかしなんというタイミングか。
「ゲツガさんなら大丈夫、と言いたい所だけど……あの人ももう随分な歳よね。
――念のため、急いだ方が良さそうだわ。はー、若干会いたくない気もするんだけど」
「お母様……? お爺様と何かあったの……?」
軽い口調で言の葉を紡ぐ、が。確かに急いだ方がいいかもしれない。
外周部や住宅街の守護は騎士団の者に任せるとして――
ゲツガの邸宅へと近付けば、異質な雰囲気が漂い始めている。
間違いない。敵がいる……それも恐らく遂行者の類が、だ!
「この気配――あの仮面野郎かな!? 美咲さんを傷付けたあの野郎……ぶち殺してやる!」
「今度こそあのツラ叩き割らないとね!」
更に彼女らだけではない。ヒィロ=エヒト(p3p002503)や美咲・マクスウェル(p3p005192)も駆けつけてこようか……そして彼女らが感じているのは、以前の戦いで出会った事のある存在――遂行者マスティマの気配だ。
奴には借りがある、と。この先にいるなら上等だ、今度こそぶちのめす。
「だけど、気を付けた方がいい……奴がいるなら、あの槍もまた出てくるはずだからな」
が、同時に紅花 牡丹(p3p010983)は思考を巡らせよう。
マスティマが出した『槍』の一件。調査せねばと思っていたのだ。
強大な神秘性を感じた代物。恐らくは聖遺物だろう、が。
その正体とは一体なんなのか。
「……確たる証拠がある訳ではないが、しかし当たりは付けてある」
牡丹に加えベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)もまた調査をしておいた一人であった。ほんの一時だけ見据える事の出来た槍の特徴から――天義に纏わる槍がないかと書物を漁ってみたのだ。
その結果で辿り着いた一つの結論があった。
ソレは、異世界より訪れた旅人が持っていたモノとも……或いはある教会の建設時に地下から発掘されたモノとも伝えられている槍。尋常ならざる神秘が感じられたが故に、聖都第三禁触保管室に安置され――そしてある日、消えていた槍。
天義から失われた一つの聖遺物。その槍の名は。
「――聖槍ロンギヌス」
それはかつて偉大なる聖人を殺したとされるモノ。
その槍に貫かれてはならない。きっと、耐えられる者などいないから。
- <アンゲリオンの跫音>『聖槍』完了
- GM名茶零四
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年08月25日 22時15分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
――誰だって自らが正しいと信じたいものだ。
●
駆ける。猶予もなければ、一刻も早くと。
「まさか直接お祖父様を狙ってくるなんて……! 遂行者達もなりふり構わないね……!」
「もたもたしている場合では無さそうだな――やむを得ん。強引にでも突破させてもらおう!」
往くは『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)に『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の姿か。領主邸へと至れば内部には影の天使の姿が見える――その剣先より零れている血は、防衛に当たった騎士か。それとも邸宅にいた使用人のモノか。
いずれにせよ時間を稼がれている暇などない。
潰す。領主邸内部を知り得るが故に先導するサクラは抜刀しつつ、即座に一閃。
次いで汰磨羈の一撃も襲いくれば、彼女が纏う重力の力が敵を一気に押し飛ばそうか。
やむを得ないのであれば交戦も行うが、それでも優先すべきは突破なのだから。
「面倒くさいゴミは纏めて焼却するに限るな! さぁ突っ走るぞ!!」
汰磨羈の一声と共に奥へ奥へと目指していく。サクラの先導もあれば的確に邸宅内を駆け抜ける事も叶うか。
「まーったく。いつの間にこんなに入り込んだのかしらね……邪魔極まるわ!」
「お前達の主人の元へは行かせたくないか。
だが──生憎と俺達はその主人に用事がある!
押し通らせてもらうぞ。阻むというなら……命を懸けろッ!」
続け様にはサクラの母であるソフィーリヤや『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)も道を切り拓かんと踏み込もうか。至る斬撃が影の天使へと容赦なく降り注ぐ――やはり時間が惜しいのだ。最速で現場に急行する為にも歩みは止めれぬ。
敵も敵で役目を果たさんと立ち塞がって来る、が。
「不意は打たせねぇ。俺達を仕留めたきゃ、もっと本気で来るこったなッ!」
「ぶはは、最強のロレメン相手に無駄無駄無駄ぁ!
マジこれ無敵じゃん? 鬼バイブスでれつごー!」
襲来を予期しうるのは『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)だ。壁を透視しうる術と優れた視力を併用し、通路の果てより至らんとする影の天使共の動きに先んじる。合わせて撃を紡げば、更に『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)も敵の首を掻っ切らんと往こうか。
あえて目立つ立ち回り。名乗り上げるように敵の注意を引けば、隙を突いて一撃一閃。
敵の陣形が崩れていく――イレギュラーズ達の卓越した力があれば敵の時間稼ぎ狙いなど、正に食い破るが如く。ワールドイーターが魔力を収束させ砲撃を繰り出すも……
「そうはさせっかよ――ここは任せな! お前らはとっとと先に行け!」
「アレは流石に見過ごせんな。斬り捨てさせてもらおうか!」
かの者の一撃を掻い潜りつつ『流浪鬼』桐生 雄(p3p010750)に『薄明を見る者』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)はゲツガの下へ急ぐ者らを先行させんと立ち回るのだ。状況は芳しくないものの、まだだ。まだ間に合うと――連中を足止めする。
――へへ。こんな台詞を言えるなんてな。
雄はある意味感極まるものだ。『後で必ず追いつくからよ』なんて言葉も紡ぎつつ。
影の天使をワールドイーター諸共薙ぎ払わんとする。
同時にブレンダも斬撃数閃。戦場を穿ち貫く全てが其処に在ろうか。
――ここまでにおいてイレギュラーズ達の動きは二つ存在していた。一つは足止めせんとしてくる影の天使達を払いのける者達。そしてマスティマがいると思われる地点へ急行する者達――究極的には敵の中心人物である奴を退けねば事態はきっと好転せぬだろう。
故に送り出すのだ。雄やブレンダなどはその支援に務めんとしている。
影の天使らを薙ぎつつ着実に歩みを進めれば……あぁイレギュラーズ達の戦線からとは異なる戦闘音も聞こえてこようか。間違いない、ゲツガがいる戦場が――近い!
「今だ、行こう! マスティマ――アイツをぶん殴ってやるんだ!!」
「ええ。以前の『御返し』をさせてもらうとしましょうか」
ならばと『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)は跳び出すものだ。彼女の動きに続く形で『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)もまた一気に戦線を超えんとする。当然ワールドイーターはその動きを妨害せんと砲撃を背後より――
「だぁら、させっかよ!」
撃たんとした、ので牡丹が即座に対応した。
まるで天より俯瞰するように周囲を注意していた彼女であればこそ即座に気付けるものだ。片翼による独特な飛翔による突撃がワールドイーターの体制を崩し、砲撃の射線を大きく逸らせようか。更にそのまま自らへと注意を引き付け、奥往く者らの邪魔はさせぬ。
されば辿り着こう。
ゲツガの私室へと。扉を蹴破るように至れば――其処には。
「――見つけた。また会いましたね、マスティマ」
「イレギュラーズ共か。外の天使共と遊んでいればいいものを……」
激戦の跡。私室内に存在していたと思われる机や椅子、調度品の類は全て粉砕され。
中央にはゲツガと交戦していた――マスティマもまた存在していた。
言を紡ぐは『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)。素早く中の状況を把握した彼女は、同時に治癒の術も展開しようか。太陽の光の如き恵みの力を、傷が深い者を中心に降り注がせていく。
であればマスティマは舌打ちと同時に『槍』を向けようか。
その『槍』からは神秘を感じる。極大の神秘を、だ。
アレに刺し貫かれれば恐らくイレギュラーズであろうとただでは済むまい……それでも。
「美咲さんを傷付けられたこの恨み、100倍にして返したってやり足りないよ!!」
ヒィロに恐れはない。むしろその身を占めているのは憤慨の感情か。
なにせマスティマには以前の戦いで――美咲を傷付けられたのだから!
「やり返させてもらうわよ。いつまでも調子に乗らせはしないわ!」
「貴様か。前にも見たな……
命あった幸運を噛みしめ、縮こまって生きていればいいものを――!」
「そういうのは性に合わないのよ、ね!」
直後。ヒィロは一気にマスティマへ至らんと一閃し、同時に美咲は開かれし破滅の魔眼たる力を身に宿していようか。扉を蹴破る前から既に準備は整えていたのだ――
故に全霊を此処に。数多を切断しうる『概念』をもってしてマスティマへと打ち込もう。
あぁ――以前の借りを返す時が来たのだから!
●
「むっ――!? イレギュラーズ、か!」
「お祖父様! ご無事ですか!?」
「うむ丁度良い所へ……ん?」
「はろ~ゲツガさん、お久しぶりです」
美咲らの先手必勝たる一撃。舞い込めばゲツガは援軍の到来に視線を滑らせるものだ。
されば真っ先に声を掛けたのは孫娘たるサクラである。剣撃振るいながら合流せんと……するのはいいのだが、ん。その隣には随分と久しぶりに見た顔があるような……
「……ソフィーリヤ殿か。久しいな」
「あっはっは――随分振りで。まぁ積もる話はまた後と言う事で」
「お母様? なにかお祖父様とあったの?」
『いやぁまぁ、諸々後でね!』とソフィーリヤはサクラの問いかけに誤魔化そうか。まぁ、本当にサクラが知らない頃の出来事で色々あったのかもしれない。なにせソフィーリヤは長く放浪していたのだから。というかもしかして家出るのお祖父様に伝えてなかったとか……?
なにはともあれゲツガには――幾らか負傷は見えるが、しかし重体と言う程ではない状態であるのが窺えた。これもイレギュラーズ達が足止めと強行突破に別れたが故だろう。足止め組は此処には合流できていないもののゲツガを中心とした者達は依然として無事ならば最上の結果といえる。
――あとの問題はマスティマと、彼を中心した敵共をどうやって食い止めるかだ。
「過ちの神の使いめが……まぁいい。まとめて捻じ伏せればよいだけの話だ」
しかしイレギュラーズの介入があっても尚、マスティマに焦りは見られない。
指を鳴らしてワールドイーターへと指示を飛ばせば――魔力の収束を行わせようか。恐らく一瞬の後に至るは、先程と同じ砲撃の嵐……ならば!
「はっはー! そうはさせるかい!!
――戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしない!」
秋奈が即座に対応へと動くものだ。引き続き連中の意識を自身へ向けるべく。
抑え役はまかせんしゃーい! 蛇の如く絡み付く居合の一閃が敵陣へと至ろうか。が、そうなれば当然秋奈へと魔砲たる撃が襲い来るものだ。壁すら貫通しうる高出力の数撃が秋奈の息の根を止めんと放たれる――
「やはり威力は厄介だな。しかしここまで辿り着いたのだ、このまま機は掴ませてもらう!」
「マスティマの槍にも警戒を――アレは些かまずそうです」
故にまずはワールドイーター共を片付けんと、私室内の敵の配置を確認しえた汰磨羈が返しの極撃を放つものだ。自身に魔神の一部を降ろしたかの如き閃光がワールドイーター共を貫かんとし、更にココロはヒィロへと炎の加護を纏わせようか。
それは全てマスティマ対策の為。あぁ奴の槍撃は脅威の一言だ。
まるで『自身の身体の一部』であるかの如く巧みに操ってくる――
鋭く、正確に。針の穴ほどの油断もあらば防御の隙間を縫って心臓へ届かせんばかり。
故にこそマスティマの一撃に対し、少しでもヒィロが対応できるようにと齎したのだ。
「ハッ。相変わらずご立派な槍を振り回してご満悦みたいだねーいくらその槍が強くても、お前が持ってるんじゃ宝の持ち腐れなのに……それともアレかな? すっごい道具持ってたら、はしゃいじゃうタイプ? 明日の遠足楽しみで寝れないタイプでしょ!」
「挑発のつもりか? 真実が何かも知るまい小娘が、大言を吐く」
「真実ぅ? あー『真実』とやらに目も脳も曇ったおバカさんだから、言ってもわからないかぁ」
彼女は敵群を掻き分け、美咲と共にマスティマに相対しているのだから。
怒りで緑に燃える目で奴を見据えながら決して言葉を途絶えさせない。
強引にでも。一秒でも。一瞬でも。奴を釘付けにする為にも、だ!
さすれば美咲も間隙衝かんと動き続ける。やはり切断の概念を齎しながら……同時に行うはマスティマそのものの調査と観察か。
(――ただの魔種とは思えない。いやもしかすると、もっと『別』の何かかもしれない)
マスティマ本人でも、槍でもいい。何か手がかりはないか……!?
あらゆる『目』をもってして彼女は探ろう。
僅かに開いた虹の先に見据える事が出来るモノがあると――信じて。
さすれば、何か。妙だ。
あまりにもその手に持つ聖遺物……『聖槍』の方の輝きが強すぎる。
感じ得る神秘の圧が、と言う事ではない。そもそも生命力のようなもの自体が……
人たるマスティマの姿よりも『槍』の方から強く強く感じるのだ。
(――まさか?)
「ごちゃごちゃとさっきから煩わしい目を――走らせるな」
「くっ――でも、二度もやられてあげる訳にはいかないのよ!」
であれば美咲の思考の片隅に辿り着いた『何か』があったが。
それを言葉として結論が至る前に――マスティマが槍を振るった。
その切っ先には巨大な圧がある。貫かれれば命が削れる予感がある。
故に躱さんとする。故に凌がんとする。
何度も奴にしてやられてなるものかと――強き意志が彼女を立たせ続けるのだ!
イレギュラーズ達が加勢に加わった事により、ゲツガを中心としていた戦場は大きな変化があった。防戦一方だった戦場が、十分戦える程度の数の差にはなっていたのだから。
だがワールドイーター二体の攻勢。更に影の天使達が包囲を狭めんとすれば――それらが徐々にイレギュラーズ達を押し包まんとしていた。秋奈が懸命にワールドイーターの注意を引かんとするが、しかしある程度埋まったとはいえ数は依然敵が有利。自由に動ける範囲が狭く、必ずしも自由自在に動けた訳では無かったが故に連中の砲撃はやはり厄介だった。周囲には天使らの攻勢に抗っていたエノテラ騎士団の姿もある、が。
「滅せよ。我が手に掛かる事を誉れとしてな!」
マスティマの一撃が陣諸共を貫こうとしていた。
かの槍が輝きて数多の者らを穿つ。
迸る閃光は、その槍に詰まった極大の神秘が零れる様か――
「ぬぅ……! この輝き、正に本物の聖遺物……なぜ遂行者如きがソレを……!」
さすればゲツガは大剣を用いて凌ぐも――思わず口にせざるを得なかった。
一瞬、レプリカか何かかとも疑ったのだ。
しかしこれだけ間近で目の当りにすれば最早疑いは無意味。
マスティマが持つ『聖槍』は本物だ。本物だからこそ、何故だ?
「なぜお前がそれを……! 聖都に保管されていた筈だ! どうやって盗んだ!」
「盗んだ? 人聞きが悪いな――『盗んだ』のではないよ。理に気付けぬか?
まぁいい。お前達に我らの本質を教えてやる義理もない――此処で死ね」
直後にはサクラもまた言を飛ばそう。ワールドイーターを一刻も早く無力化せんとしつつ……巡らせる思考は『聖槍』をどうしてマスティマが扱えるか、と言う事。
聖盾は遂行者の紋章を刻まれていたから正当な継承者ではないものが使えるのも理解出来た。しかしマスティマは何故だ? 聖槍にも刻印が刻まれているのか――それとも。
(奴が、正統な使用者だとでも――!?)
信じがたい。遂行者などという、冠位傲慢に与する者が正統なる使用者として選ばれるなど。カラクリがある筈だ――しかしマスティマは応える意味はないとばかりに槍を振るいて――と、その時。
「おいおい人様ん家に勝手に押し入って暴れるたぁ大したろくでなしっぷりだなぁ、遂行者さんよぉ。どうにもお前さんらはマナーやルールってもんをご存じでないらしい」
イレギュラーズ達を包囲せんとしていた天使の一角が突き崩された。
その声の主は――雄だ!
足止めを行っていた者達が全て殲滅しえて、援軍として駆けつけてきたのか!
「俺もろくでなしだが、そーんな悪さはしちゃいねぇ。これだから宗教かかってる奴らは嫌なんだ。自分が正しいって信じたらどこまでも一直線なんだからよ。その先が例え奈落だろうが突き進みやがる」
「待たせたな! 動ける者は引き続き警戒をしつつ、動けない者を下がらせてくれ!
余所見をして戦える相手では無いからな……!」
「――まだイレギュラーズが紛れ込んでいたのか? 使えん影共だ!」
勿論、そうなれば至ったのは雄だけではない。ベネディクトも天使を背後から襲撃するものだ。必殺の槍を天より墜とし、紛い物の天の使いを地へと叩き伏せてやる――ッ!
さすればマスティマの足元に転がって来た影の天使の頭部があらば、マスティマは苛立ったかのように蹴飛ばそうか。使えぬ駒だと吐き捨てるように。折角に形成していた包囲の環が崩され、更にイレギュラーズの戦力が合流果たすとは。
「駒とはいえ部下に当たるとはな。左程大した器でもないらしい」
「だが槍はマジで厄介だな!
全員、アレは気を付けとけよ――命落とすのは冗談じゃねぇだろ!」
直後にはブレンダと牡丹も戦線へ到達。即座にブレンダは状況を把握しながら、再びに斬撃を展開しえようか。マスティマに対しては十分に注意をしている……牡丹の言うように、槍からはあまりにも危険な気配が零れているのだから。
まだ覇竜での一代決戦での傷の癒えは十分とは言えない。
身体が重い。剣先が数ミリブレる。あぁ達人同士での仕合だったら致命的なモノだ。
――だが。
「だからといって戦わない理由にはならんのでな」
「名誉如きで命を捨てに来るか」
「名誉ではない。――私の信念が故だ」
マスティマの言に、ブレンダは口端に笑みの色を灯そうか。
サクラ殿にはしばしば世話になっているからな。こういう時に恩は返さねば。
――騎士であろうと誓ったこの身。この程度のことで折れてたまるか。
振るう斬撃。狙うはワールドイーターや天使を中心に。
更に牡丹も天使らに炎を叩きつけつつ、連中を戦線より引き剥がさんと試みようか。
数の差さえなくなればイレギュラーズ達が自在に動ける範囲も増える。
如何にマスティマが強かろうが――その力の全容が知れなかろうが――
「たった一人で何ができるよ。
ロンギヌスとやらに頼ってみるか? 聖遺物の威光ってヤツにな!」
イレギュラーズが集えば必ず勝てると信ずる。
実際、厳しい状況だったのはイレギュラーズが全員集まっていた訳ではない事に起因していた。ゲツガやソフィーリヤの応戦もあるものの、マスティマやワールドイーターの砲撃能力により纏めて攻勢を仕掛けられれば皆の疲弊がどうしても増えていく為に。
しかしその趨勢も変わった。ベネディクトや牡丹達の合流が全てを覆す。
影の天使は一撃で一蹴出来る程脆弱ではないが、かといって一対一でイレギュラーズに勝てる程強くはない。ワールドイーターは後方からの砲撃能力に富むものの、影の天使らの数が減りて接近されれば至近戦では不利となる。
つまり徐々にだが確実に押し返しているのだ。
ゲツガとの早期なる合流が果たせずもう少し遅れていれば――エノテラ騎士団の数が減っていれば――話は別だったかもしれない。マスティマ個人の戦闘力はやはり強く、ゲツガが大きな負傷をしていれば守護に手を割く必要もあっただろう。
されどそうはならずゲツガは老練なる騎士として剣を振るい続けている。
「聖騎士の意地を見せよ……! 我らの正義を掲げるのだ!」
「――ぉぉお!」
「あー変わんないわね、ゲツガさんは。昔っからずーとああなのよ。ま、想像つくか」
「あれでこそお祖父様だしね、お母様……!」
同時に配下の騎士らを鼓舞し戦意を向上させようか。その姿を見れば天使を薙ぐソフィーリヤは……なんとなし懐かしい記憶に触れるものだ。あの人は幾つになっても変わらないな、と。娘たるサクラに紡ぎながら交戦を続けて。
更にその騎士団員たちもココロによる治癒が齎されれば戦闘力も未だ保つものである――あぁ。遂行者にやられっぱなしでは立場がないでしょう?
「騎士の意地をみせていただきます」
……まぁ。以前の天義も今の天義も、ココロから見ればそこまで大きい変化はないと思っているのだが。自分たちの主張を強化するチェリーピッキングに夢中で足元がまるで見えていない。たまには人の話を聞いてみればいいのに。
だが、それでも遂行者よりは――マスティマよりはマシか。なぜならば。
「貴方の話は何が言いたいのか、まったくもって分かりかねるのです」
何が正しい? 誰が正しい?
何を持ってして『正しい』と言っているのだ? その芯が分からない……
「分からないか。そうか。そうだろうな。過ちの神の使いたるお前達には」
と、その時だ。マスティマがまるで嘲笑うように喉を鳴らす。
「私は正しい。否、私は正しくなければならないのだ」
「なにを……」
「そうでなければ『私』が刺し貫いたあの方は、何の為に死んだのだ?」
それは一体誰の事を言っているのか。しかし聞いたことがある気がする。
ロンギヌスという槍はかつて、ある聖人殺しを成している事を。
『マスティマ』は――それを間違いなどと思いたくない? それが奴の根源?
「私は正しい」
マスティマは告げる。嗤いながら。
その嗤いは嘲笑か。それとも自嘲か。
同時。マスティマは全てを薙ぎ払うような聖槍の一撃を――紡いだ。
●
幾度も生じる剣撃。戦闘の流れは総力戦に至っていた。
最早余剰戦力は無し。残存の影の天使やワールドイーターが全霊を注ぐ。
一方のイレギュラーズやゲツガ、エノテラ騎士団も力を振り絞っていた。
遂行者側の戦力は確実に減っているのだ。ここを凌げば勝機が見えると――
「押し込むぞ! ワールドイーターもマスティマも退け、此処で趨勢を掴む!」
故に告げるはブレンダだ。彼女の狙いは残存の天使やワールドイーター。
「向こうの邪魔はさせたくないのでな。申し訳ないが私の相手をしてもらうよ。
何――退屈はさせんさ。尤も、戦いを楽しむ感情がそちらにも在るならの話だが!」
『――――!!』
「ご無理はされませんように。負傷がみえればマスティマが乗じてきますよ!」
あえて声をかけてから斬撃放つ。あぁ言葉が通じる相手かは知らぬが、何も言わずに斬りかかるというのは――流儀に反するが故に。己に黄金の輝きの加護を齎しつつ討伐を目指そう。
直後にはココロの治癒術も行き渡ろうか。
急速な回復を促す炎の治癒術式が深手を負っている者を中心に齎される――こっちも無傷と言う訳ではないが敵も大分疲弊しているのだ、だからこそ。今この一時をどちらが制すか、凌ぐかで全てが決まる。
「あっちが槍ならこっちは盾か? そんなんカマすしかないっしょ!」
「ちょこまかと小煩い娘だ――」
ワールドイーターにトドメを刺さんと秋奈は刀を振るおう。
紫の輝きが刀身に帯びて奴が砲撃を放つ前に一閃繰り出そうか。同時にマスティマへの警戒も忘れない――あぁどうせイーターをぶちのめしたら次は奴なのだから! そうしていれば案の定、マスティマの槍の切っ先が秋奈に向く。
「うおー! だーが、そーはいかね――!! 私ちゃんの実力見せてやんよ!!」
神速の衝き。捌かんと秋奈の居合が切り結んだ。
その一撃は這い寄り巻き付く蛇の如く。絡み付いて喰らわんとする闇蛇の権化。
「いつまでも他人の敷居で無茶苦茶してんじゃねーよ! とっとと帰んな、変な頭野郎!」
「あぁでも――私の自宅に押し入って勝手までして、ただで帰れると思わないでよね!」
続け様には雄にサクラもマスティマへと言を紡ぎながら攻勢を仕掛けようか。
この不届き者には帰ってもらう。だが一発お返しをぶちこんでからだ……!
雄はワールドイーターの最期の余力を削るべく聖光を纏わせ一撃。完全に仕留めればサクラは欠けた陣の狭間を縫って――その面、叩き割らせてもらうとばかりに剣撃抜刀。
「青いな。貴様、ロウライトの一族か……
呪われた断罪の一族の小娘めが――その姓に誇りを持てるか?」
「私の生まれが何だって言うの。他人にとやかく言われる事じゃない……! お母様!」
「ええ。こんな奴にはさっさと出て行ってもらいましょうか!」
マスティマは槍で受ける。聖剣と聖槍が衝突しえて――神秘の光が瞬こうか。
淡く輝き弾ける、火花のようなモノが舞う。
押し切られる――? 否! サクラの抜き放った居合もまた至高であれば、何度となく切り結んでみせようか。同時にソフィーリヤの蹴撃も舞い込めば、マスティマはそちらへの対応もせねばならぬ。
「鬱陶しい……!」
「――あぶねぇ! 躱せッ!!」
だが巧みに槍を操るマスティマの切っ先がサクラの心臓を捉えて――
咄嗟に、その一撃を庇ったのが牡丹であった。
牡丹は常に警戒していた。命危うい者達を。ゲツガを、サクラを。
故に殺させるかと牡丹は強い意志を瞳に宿すものだ。
「づ、ぉ……! 傷口が、蝕むように痛みやがるな……これがロンギヌスかよ……!」
されば牡丹は見た。自らの肉を抉った槍の一撃は――随分と利く様を。
あぁ流石の聖遺物と言っておこうか。だが。
「テメェは誰なんだよ」
同時に言の葉を紡ぐのも忘れない。
「こんなのがどーでもいい奴に操れる訳がねぇ。テメェは一体どこの誰なんだぁ!?」
「然り。その槍捌き、まるで愛槍を振るうが如しだが」
直後、踏み込んだ汰磨羈は告げる。まさか、と。
「私の知るソレと同じ出自かどうかは知らぬが――
よもや御主、その槍と同じ名を持つ"本来の持ち主"ではあるまいな?」
死角より紡ぎし攻勢がマスティマへと襲い掛かる。
桜花を思わせる無数の炎片。水行のマナを操りし掌握術。
多角的な連続攻撃でマスティマを惑わせんとして――
「"本来の持ち主"だと――笑止」
その時。マスティマは汰磨羈の仕掛けた撃を強引に打ち破らんと槍で薙いだ。汰磨羈の放った撃を受けつつも、彼女自身に返しの一閃を叩き込むつもりなのだ――聖槍が負ける筈がないとまるで信じているが如く。汰磨羈の身にも聖槍の一閃が紡がれて。
蝕む。誰しもの身を。神に、この世界に祝福された特異運命座標の魂を。
「その槍はロンギヌス」
驚異の聖遺物。聖人殺しの槍。
――であるならばそれを操る貴様は何者だ、マスティマ。
ベネディクトは紡ぐ。自らもまた、黒き狼の槍を振るいながら。
「貴様の真の名は!」
マスティマと正面から槍を交差させようか。臆する事なく跳び込むッ――!
「真の名だと。何度となくお前達は、言葉にしているだろう。目にもしているだろう」
されば、あぁ。
やはりそうだ。先程美咲が感じ取った直感は正しかった。
マスティマは、人ではない。
「槍だ。槍の方が――本体だよ!」
彼女は声を張り上げる。そう……
マスティマの本体は『槍』の方だ。
人の形をしているのは偽りではないが、力を割いて顕現している現身のようなもの。
扱った者ではなく。『槍』そのもの。
『意志を持つ聖遺物』
我が名は――マスティマ=ロンギヌス。
それがマスティマの正体。いや、もっと正確には……
「聖遺物自体が……滅びのアークに汚染されたというのか……!」
ゲツガが目を鋭く、険しく細めるものだ。
信じられぬものを見るように。冠位傲慢の使徒には魔種以外に斯様な存在もいたのだ。
マスティマ=ロンギヌス。『聖人殺し』の属性を宿す、神威の殺し手。
故に神――或いは世界の加護と言おうか――パンドラを得ている者に対して特攻性能を宿すのだ。先程汰磨羈や牡丹の身を蝕む痛みはその一環。
「私は正しい。私は存在そのものが正しいのだ」
直後。マスティマはなにかほざいた。
私の道筋は全て『正しい』のだと――そう。かつてある聖人の身を、貫いたのも。
「全て全て正しいのだ。私が間違っている筈がない。あの方の死は正しいものだった」
「アハッ。まるで自分に言い聞かせてるみたいだよね。そんなに自分に自信がないの?」
「小娘には分かるまい。聖人ですらない只人の小娘にはな――
そしてわが身を正しいとしたルストには借りがある。
故にあの冠位傲慢にも従ってやろう。奴の目指す極地が――万民にとっても正しいと信ずる」
ヒィロが再び緑に燃える目力でマスティマを睨みつけながら挑発の言を。
奴の注意だけは必ず己に引き続けてやる。
これ以上誰も……なにより美咲さんには――
「小娘。誰ぞを想いすぎだ。私が気付かぬとでも思うのか」
しかしマスティマは人外にして聖遺物という特級の神秘を宿した個体だ。
ずっと注意を自らに寄せ続けるのは難しい。どころかマスティマ自身もイレギュラーズ達を観察していようか……その結果で気付いていた。ヒィロにはとてもとても大事な者がいるのだなと――
「では死ね」
故に狙う。美咲を。
その一撃を庇ってもいい。それでヒィロに当てる事が出来るならば、そこからイレギュラーズ達を崩せるかもしれぬのだから。どうであれ外しはせぬとばかりに踏み込んだ一撃、を。
ヒィロは一切の躊躇いをも見せず、割り込んで防がんとした。
「ヒィロ――!」
僅か一瞬の出来事。あぁ美咲の方は、覚悟出来ていたというのに。
槍に貫かれて削られるぐらいならば奇跡を願ってでもと――!
でも、ね。
「へっちゃらだよ?」
美咲さんより大事なモノなんて無いもん、だから、ボク。平気だもん――
身を割くような痛みが迸っている。だけどヒィロの顔にあるのは笑顔だけだ。
心配なんてさせない。あぁ、でも後で槍の力は共有しておこうかな。
ただ今だけは――美咲さんを安心させておきたいから。
「まだ息があるのか。苦しかろう。ならばトドメを……」
「おいおいおい調子乗るのはいいけどさー、周り見てみ?
私ちゃん達を差し置いてテンションアゲてんじゃねー!」
「させないよ! マスティマ――これ以上は!!」
「その槍はもう、聖なるモノとは言えないようですね。回収が必要でしょう……!」
直後。二人諸共聖槍で貫かんとした、が。
そこに介入したのが秋奈にサクラ、そしてココロであった。周囲、見渡してみればワールドイーターは朽ち果て、影の天使も数をすり減らしている――マスティマ個人の戦闘力はともかくとして、全体的な数に余力はもう残っていなかったのだ。
故にマスティマを狙い撃ち出来る。剣撃二閃、マスティマに襲い掛かりて。
続け様にはココロの魔力塊がマスティマの腕を狙う――
星のごとき燐光の尾を引く魔力の閃光が的確に戦場を貫いて着弾し。
「その槍は確かに強い力を持っているのだろう。
――だが貴様の使い方は間違っている!」
「小僧。貴様如きが――私を過ちとぬかすか」
「あぁ断言してやろう。何度でもな、お前は間違っていると!!」
更にベネディクトも踏み込んだ。
名を知った、正体を知った。だが恐れる理由などどこにもない。
総力をもってしてマスティマを押し込む。さすれば――
「――ぬぅ!」
その仮面に、亀裂が走った。
槍そのものが本体ではあるが人の方も偽物の類ではないのだ。動きやすい様に力を割いて人の形を取っているのであれば、人に撃を投じてもマスティマそのものへダメージを与える事は叶う。そして猛攻繰り広げられれば、マスティマと言えどイレギュラーズを一蹴するなど出来ぬ、か。
返す一撃でベネディクトにも一撃叩き込んでやった、が。
――この辺りが、限界か。
「ぐ、ぉぉ……!? おのれ……私に……神聖たるこの身に傷を与えるなど……!!」
マスティマは憤慨する。あぁ――なぜなら彼は『傲慢』の滅びを宿しているから。
遂行者とは大なり小なりそういう者達だ。冠位傲慢の下に集ったが故に。
――だからこそマスティマは己が身に。聖槍に亀裂を走らせる事を許さぬ。
紡ぐ『偽・不朽たる恩寵』を……自らの『治癒』に当てよう。
さすれば、先程まで与えた傷が見る見るうちに癒えていく――しかし。
「待て――逃げるの!?」
「チィ……! 影の天使め、身を挺して立ち塞がるのか……!?」
美咲は見た。マスティマが大きく後ろに跳躍するのを。
私室の窓をブチ破ってそのまま逃げるつもりか――もうどうせここまでくればゲツガの始末も付けれぬが故に。咄嗟に美咲は視線を滑らせ、無機物たるマスティマを穿たんと一撃一閃。更に汰磨羈も追撃の一手とばかりに極撃たる魔砲を放つが……最後に残った二体の天使がその道を阻まんとする。
届かない。おのれ、どこまでも……!
「何度も逃げるな卑怯者! 他人を馬鹿にしておきながら、自分から逃げるなんて恥を知れ!! 逃げるな! 逃げるな――ッ!!」
お前だけは絶対に殺してやるッ!
故に、ヒィロ全身に激痛を得ながらも――誓う。
堅く、硬く。己が魂の奥底に響き渡る程に。
……だが、なにはともあれマスティマは撤退させた。
影の天使やワールドイーターもこれで完全に倒し切っただろう。ならば。
「お祖父様、お怪我は……!」
サクラは祖父たるゲツガの下へ改めて駆けつけるものだ――ゲツガからは総じて、重体であるような傷は見受けられない。ひとまず命に別状はないだろう……しかし。
「随分息を切らしてる気がするわね。やっぱり、もう御年かしら?」
「……やむを得まい。私もいつまでも若いころのままでは在れない」
ゲツガも90を超えようか。そもそも長命な幻想種などであればともかく、普通の人間であれば騎士であれる年齢ではない。ソフィーリヤはなんとなし、その点をやんわりと指摘するものだ……
尤も、ゲツガは己が身が動き続ける限り騎士として在り続けるだろう。
それがゲツガ・ロウライトという者の――生き様なのだから。
「ふぅ……やれやれだ。ひとまずは連中の狙いは挫いたって事でいいんかねぇ」
「あぁ。だが……邸宅内の人間には被害が出ちまってるからな。
俺達が此処に来る前の事だし仕方ねぇことではあるが――
遂行者共の根城をぶっ潰さねぇ限り、また似たようなことが起こるかもしれねぇな」
そして雄は念のため潜んでいる敵がいないか周囲を警戒、注意しようか。
同時に牡丹も再び透視の術を用いて敵が残した罠でもないか看破せんとする。
……しかし彼女の言うように、今回は防げたが次はどうなるか。
遂行者達の暗躍はまだまだ続くのだろう。
いつかこちらから敵をぶっ潰す必要があるだろうと――吐息を零すのであった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ありがとうございました。
マスティマを含め、遂行者の一部には『そういう存在』がいます。
遂行者の暗躍も長いですね――しかし失敗続きであれば、変化も見えてくるかもしれません……?
なにはともあれお疲れさまでした。
GMコメント
●依頼達成条件
敵勢力の撃退
●フィールド
ロウライト領『ラクス・ヒエマリス』です。
川の流れを利用した水上都市とも言える風光明媚な地ですが、現在、遂行者戦力による襲撃を受けています。外周部や住宅街などには既に騎士団が対応に動いていますが……どうも敵の本命は指揮官であるゲツガ・ロウライトのようです。
都市中枢に位置する領主邸に急行してください。
邸宅内のゲツガの私室(もしくはその付近)にてマスティマと交戦が既に行われています――邸宅内には『影の天使』も入り込んでいるようです。彼らを排し、マスティマを撃退してください。
●敵戦力
・マスティマ=■■■■■
遂行者の一人です。
その手には恐らくですが『聖槍』ロンギヌスを宿しているとされています――
本人の能力も高いのですが『聖槍』自体にも非常に強力な『力』を感じえます。槍の一撃をマトモに受けると『パンドラが減少する』可能性があります。(必ず、ではありません)
ゲツガや、配下の聖騎士を滅さんと攻勢を仕掛けています。
・『影の天使』×20体
影で構成された兵です。内、10体はマスティマと共にゲツガと相対しています。
残りの10体は邸宅内に存在し、マスティマの戦場に近づけさせまいとしているようです。
攻撃手段は主に影で出来た剣を使ってきます。
・『ワールドイーター』×3体
黒い球体に羽が生えているかのような個体群です。常に低空飛行しています。
非常に強力な神秘貫通攻撃(魔砲の様な)を放ってきます。
二体はゲツガ側の戦場にいて、後方より射撃支援を行っています。
一体は邸宅内にいて影の天使と共に行動しているようです。
・『偽・不朽たる恩寵?』(インコラプティブル・セブンス・ホール)
遂行者マスティマにより開発されている技術です。
詳細は不明ですが、聖遺物が強化されているようであり持ち主に加護を与えます。この場ではマスティマからR2範囲内の、マスティマを除く遂行者戦力に、再生・充填能力を与えているようです。
また『恩寵』全ての力を注ぎ込む事により、一度だけ非常に強力な攻撃か、治癒を行う事が出来る様です。(ただし全力を注ぎこむと上述の恩寵の効果は失われる様です)
●味方戦力
・ゲツガ・ロウライト
『月光の騎士』と謳われる聖騎士です。
現在、領主邸で襲撃して来たマスティマと交戦中です。非常に強力な戦闘力があります、が。老齢でもある為か、体力的な衰えを近頃感じているようです。
・ロウライト配下聖騎士×5名
ゲツガと共に戦っている『エノテラ騎士団』の聖騎士です。古参の騎士が多く、練度は高いのですがマスティマには及ばず、更に多勢に無勢が故か劣勢なようです。
・ソフィーリヤ・ロウライト
サクラさんの母親です。
徒手空拳の使い手で、かつてはラド・バウ闘士でもあったとか?
超接近戦型の人物です。皆さんと共に遂行者戦力と戦うでしょう。
●『歴史修復への誘い』
当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
Tweet