シナリオ詳細
<アンゲリオンの跫音>スイートグレイパンキッシュ
オープニング
●完璧で完全な
私はイーリン。イーリン・ジョーンズ。
あらゆる努力をしてきた私。あらゆる苦難を乗り越えた私。あらゆる戦いに勝利してきた私。でも足りない。まだ足りない。明日には怠惰に流されるかもしれない。明日には膝をつくかもしれない。明日には敗北するかもしれない。明日には、不完全に、なるかもしれない。
怖い。
どうして、どうして、未来なんてものがあるの。どうして、どうして、私は有限なの。どうして、どうして、私は私を超えられないの。私は完璧で完全であらねばならないのに! ああ無数の羽音が聞こえる。私は時間のベルトコンベアに乗せられている。終点では大きな獣が口を開けて待っている。ぽっかりと空いた破滅の裂け目。しかし私はどうにもあがくことができないのだ。いつかくる。必ず来る。失敗する。失敗する。そのとき私は、きっと死んでしまうのだ。イーリン・ジョーンズというこの魂が死んでしまうのだ。一度折れてしまえば、もはや割れ砕けるだけ。もとあった強さを取り戻すことなどできない。そのままずるずると落ちぶれて、死んでしまう。死ぬのは怖い。死ぬのだけは死んでもごめんなのに。
「マスター」
私は主人を呼んだ。主人は編み物をしていて、何に使うのかわからないマフラーを作っている。独創的な色合いのそれへ目をやりながら、私はもう一度主人を呼んだ。
「どうしました、イーリン?」
マスターは立ち上がり、私の頬へ手をやった。化粧の香りが私を酔わせる。
「私は、完璧でいたい。明日も明後日も、その先もその先も」
マスター、あなたならば、私を、導いてくださるのでは? 私のすがりつくようなまなざしに、マスターはうれしげに微笑んだ。
「怠惰なのですね、イーリン。人は移ろっていくもの。山河だけが残り、それすらも風化していく。でも、そうですね。私にあなたの望みをかなえるだけの力はないけれど、あなたの望みをかなえる力添えは出来ます」
そう言ってマスターは、胸の谷間から切手を一枚取り出した。古い切手だ。紅茶のシミが見えたし、オークションにも出せないくらい変色している。
「『偽・不朽たる恩寵』(インコラプティブル・セブンス・ホール)。これをあなたにあげましょう。身につけなさい。あなたの能力を。あなたの技能を。強化してくれます。うまくやれますよ。なにもかも」
マスターは私へ密着すると、スカートへ手をかけた。するするとふとももを撫であげながら、スカートをめくりあげていく。
「タイツが邪魔ね」
マスターはうっそりとそういい、私のタイツへも手をやった。私の秘所が暴かれていく。マスターはゆっくりと私をベッドへ押し倒した。そして私は、マスターのものになった。マスターに忠誠を誓い、盲目のマスターの「目」として働く、マスターだけの騎士になった。安寧という言葉の意味を、私は初めて知った気がする。マスターは私へ「オクニリア」と洗礼名を送ってくれた。
寝物語に、マスターは聞かせてくれた。
『ツロの福音書』第一節――われわれは、主が御座す世界を正しさで溢れさせなくてはならない。ひとは産まれながらに罪を犯すが、主はわれらを許して下さる。故に、われらはその御心に応えるべく献身するのだ。
「世界は再建されなくてはならないの? わかる? イーリン・オクニリア? わかりますか?」
「はい」
薄がけの布団にくるまり、豊かな胸へ頭を預けて、私はマスターの鼓動を聞いていた。
●十全で充足した
天災となる雷は大地を焼き穀物を全て奪い去らんとする。天義法王。シェアキム六世が受けた第一の神託だ。その神託どおり、聖都フォン・ルーベルグ近郊は悪天候に見舞われた。
「イーリン。みえてきましたか?」
「はい、マスター。衛星都市クオルガの城壁が見えています」
「上出来です」
魔種、アリシア・フィンロードはイーリン・オクニリア・ジョーンズに横抱きにされていた。改変前世界の汚らわしい土が靴へ着かないようにするためだ。イーリンは忠犬のように献身的に、アリシアへ接していた。
「やはり『目』があると違いますね。イーリン、あなたを選んでよかったです」
「恐縮です」
「では、一切合切を叩きつぶしましょう。」
「かしこまりました」
城壁が、破壊された。もうもうと土埃があがるなか、イーリン・オクニリアとアリシアは進んでいく。
衛星都市クオルガが、魔種の遂行者と、それに準ずる致命者によって占拠されたのは、わずか30分後のことだった。
●急行
あなたへ衛星都市クオルガが陥落したと知らせが入ってきたのは、ちょうど天義ローレット支部にいるときだった。襲撃者はわずか二名。にもかかわらず、圧倒的戦力だった。
さらには町を守る騎士団が、呼び声に駆られて狂気状態になったのが痛かった。現地では、多くの人々が狂気に駆られて傷つけあっていると、情報屋は悲痛な顔で訴えた。このままでは、クオルガは呼び声による内紛によって、自滅してしまうだろう。
「ふぅん」
恋屍・愛無(p3p007296)はそうとだけ返した。
「暴動がクオルガ全域で起きている。その原因は、遂行者こと色欲の魔種『アリシア・フィンロード』である、そういうことだね?」
愛無は顎へ手をやると、視線を横へ流した。
「アリシア君とはよろしくない縁がある。今回のこれも、結局は僕を誘い出したいのだろう」
愛無は、敵戦力についてもうすこし情報をだすよう情報屋へうながした。情報屋はややおびえた顔で、イーリン・ジョーンズ(p3p000854)を見つめた。
「私にそっくりの、致命者」
そう、とイーリンは顔を伏せた。今回も苦戦は免れ得ないだろう。なにせ、自分の、ある意味において、上位存在なのだから。
「侵入者の場所はわかっているの?」
それが不明なのだと情報屋は肩を落とした。まず城壁を破壊し、クオルガへ入り込んだ。そこで騎士団と相対した、そこまではわかっている。だが騎士団が呼び声で壊滅したことで、通信が途絶してしまったのだそうだ。
「行ってみるしか、ないってことね」
イーリンは覚悟を決めた。
- <アンゲリオンの跫音>スイートグレイパンキッシュ完了
- アリシアさんのおはなし
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年08月24日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「マスター」
「どうしたのオクニリア」
紅茶をいれたアリシアは、薔薇の花弁をむしってカップへ浮かべた。ほんのりと薔薇の香気がただよい、オクニリアはうつむく。
「こんなにゆっくりしていて、大丈夫なのでしょうか。もしよろしければ、私が斥候をいたします」
「いいえいいえ、私のかわいいオクニリア。あなたは私の目なのですから、そばにいてくれなければ。それに」
スコーンをちぎると、アリシアはオクニリアへ口移しで食べさせた。
「あの人たちの方から、私を見つけてくれるわ。のんびりいたしましょう?」
「はい……」
オクニリアは不安そうな面持ちでいる。外は暗い。窓ガラスに雨が打ち付けている。
●
「とんでもねぇ嵐だな。こんなのが神の国ではあたりまえってわけか?」
『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は、バケツをひっくりかえしたような雨に辟易した。まるでいきとしいけるものすべてを憎むかのように、絶え間なく雨は降り続く。前も見えなくなるような雨だが問題はない。御者の『紅風』天之空・ミーナ(p3p005003)は透視を得意としたし、「視る」に優れた『闇之雲』武器商人(p3p001107)もいてくれるからだ。
「そこの角を曲がって、そうそう。その調子。この勢いで元凶までたどり着けるといいねぇ」
ときおりドレイク・チャリオッツ内部から、クェーサーアナライズをうつ武器商人。そのたびに呼び声の狂気から回復した人々が、うめいて地に横たわる。ミーナはにがにがしげに口をひん曲げた。
「呼び声に魅了された人々か……。むごいことをする。やはり元凶は、町の中央部にいると見た方がいいだろうか」
「そう、ね」
思慮深いまなざしのまま、ロレイン(p3p006293)が応える。
(世界中に拡散していた割に、今度は天義本国での活動が活発化したのね……遂行者たち。もはや隠れる必要はないということかしら?)
ロレインはひたと前方のみを見据えていた。もしも、とロレインは思考を続けた。もしもこの考えが正しければ、遂行者たちになんらかの準備が整ったのでは?
神の国。正しい歴史。異常な行動。帳。
これらがひとつにつながるピースへ、ロレインは手をかけようとしていた。
「それにしても、やけに広い呼び声ね……。広げた分効力も薄いようだけど……遂行者側の『準備』が整ったことで、力が増したと考えるべきかしら……」
町を一つすっぽりと覆い隠すほどの呼び声。ロレインの思考は、『ヴァイス☆ドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)のたからかな叫びによって中断した。
「みんな、助けに来たわ! この道の先に拠点作ったから避難して! まっすぐ行って! 大丈夫よ!」
愛馬リットへ騎乗したまま、レイリーは騎士の矜持を体現するべく走る。ロレインは思考を切り替え、リピートサウンドでレイリーの声を録音し、設置した。
助けに来たわ、みんな……拠点……この道の先に……。
人々は助け合い、重い体を押しながらも避難先をめがけて歩き出す。
『今年も水着ガチャ爆死した』佐藤 美咲(p3p009818)の体から、青い燐光が零れ落ちていく。クェーサーアナライズの重ねがけによる、確実な魅了の解除が目的だ。
美咲はちらと隣の『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)を見た。
(最近こっちとあっちのイーリンを見て気づいた気づいたんスけど、イーリンって女の趣味が……)
視線を受けたイーリンがふしぎそうに美咲へ顔を向ける。美咲はあわてて取り繕った声を出した。
「いや何でも無い、何でも無いスよ」
「なにが?」
「だから何でも無いっス」
「そう……」
イーリンはというと再び思考の海へ沈んだ。紫苑の妖精姿の彼女は、今日も美しい。凛としたおもざし、深く澄んだ瞳。まちがえてまちがえて、間違い続けてなおも立つ人の美しさだ。
(敵が布陣するとしたら、どこ? 完璧な私が布陣するとしたら? そこに魔種がからむとしたら?)
自尊心をくすぐる中央部。それはたしかだ。まちがいない。呼び声も発しやすいし、理にかなっている。
(不完全な私でもピースさえ揃えば、見抜いてみせる)
『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)は、人差し指を唇へ押し当て、まぶたを中ほどまで落としていた。
(冠位傲慢、ルスト・シファー。すべての遂行者の糸を引く存在。そして預言者ツロ)
考えるべき事柄は山ほどある。けれど、愛無にとっては些末なことにすぎない。
(僕の知らない所で僕の知らない人間がどれだけ死のうが興味はない。だが「仕事」というなら是非も無い。僕は傭兵。依頼を受け、依頼が成功するよう尽力する。それだけだ)
今回の依頼は、致命者の撃退とクオルガ住民の8割以上の生存。そのためには魔種をさっさとこの地から立ち去らせればいい。シンプルだ。愛無にとって、常に、物事はシンプルだ。傭兵らしく己の身すら手段としかみなさない愛無だ。研ぎ澄まされた刃のように、愛無の思考は鋭利だ。
雨の中、戦車は走り抜けていく。
●
クオルガ中央部、教会。
大きく分厚い扉を、愛無が蹴破った。跳ねとんだ扉が、大理石の床を滑り長椅子へ引っかかって止まる。そこから視線を上げれば、聖堂内奥に立つふたつの影が見える。ひとりはイーリンにそっくりで、こちらを敵意のこもった目でにらんでいる。もうひとりはボロボロの黒衣をまとった女だ。背を向けているから顔はわからないが、豊満な肉体の肉感的なラインは、はっきりと見て取れる。
「アリシア君」
愛無は一歩踏み出した。魔種がふりむく。
「やっときましたか、そこな怪物」
愛無はさらに歩を進める。
「『あぷろーち』は、もっと情熱的な方が僕の好みだ。どうせ狙うならば僕一人だけにしてくれたまえ。僕は『よそ見』をされるのは好きではないのでね」
雨で濡れた前髪をはらいのけ、愛無はまるで雨宿りをしにきたとでもいいたげな軽い口調でアリシアへ言葉の牙を向けた。
「相手の好みは大切だぞ? それが友情のための第一歩だ」
「友情?」
ケケケとアリシアが笑いだした。
「おさなごを貪り食った怪物がそれを言うのですか? 彼らは確かに友情をあなたへ抱いていたでしょうに」
「そうだ。僕はヒトデナシだ。よって、友情の深め方も一般的とはいい難い」
とてもオイシかったよ、あの子達は。
愛無は首を傾け、アリシアと視線を合わせる。
「そうだ。友情を深めるためにゲームをしよう。一寸したクイズさ。色欲たる君の『罰』についてだ」
アリシアが怪訝そうに目を細める。愛無はかまわず続けた。
「一つは『姿形』。一つは『愛』。大切なのは後者かな? 力を持ちながら孤立する。其処で君は考える。足りない物『天から与えられたモノ』、己でどうしようもない物、それが足りない。だから自分は愛されない」
カツン。愛無が踏み出すたびに、大理石が鳴った。固い音が、愛無の足元から聞こえる。
「自分が愛されないのはおかしい。世界は間違っている。君はそう考えている」
愛無が歩みを止めた。チェックメイトだとでもいいたげに、口元へ笑みをはく。
「当たったかな?」
「……おだまりなさい、そこな怪物」
アリシアの返答は、なによりも雄弁な回答だった。アリシアが天井を指差す。空気が膨れ上がる。衝撃が発せられ、教会の天井が吹き飛んだ。一瞬遅れて、雨が雷とともに降り落ちてきた。うるわしい宗教絵画も、人々が祈りを重ねただろう長椅子も、歴史も重みもある聖堂が守ってきたなにもかもが、雷に打たれ吹き飛んでいく。けれども愛無は揺らがない。
「ブラックスライムは、とてもまずかったよ。背負うものがないから、当然だ。さて」
愛無の脚を粘液が包み、獣のそれに変じる。愛無はその脚で床を蹴り、一気にアリシアへ肉薄した。
君は、どんな味かな。
すべてを食する怪物の、言葉にしなかった内心は、アリシアにとどいただろうか。アリシアが鎌をふりかざす。愛無の首を狩らんとしたそれは、寸前で大きく弾かれた。
よろめくアリシア。ギリギリで愛無の反撃を交わす。アリシアの瞳が、愛無の後ろで長銃をかまえる姿を映す。彼女はスコープ越しにアリシアを見ている。
「貴女の相手は私達よ、遂行者。楽しく踊りましょう?」
彼女、ロレインは、引き金を引いた。充填された魔力が唸り、長銃から閃光がほとばしる。まっすぐに進んでいったそれをアリシアは叩き落とそうとした。だが。
「余所見は嫌いだと言ったはずだがね」
愛無によって足元を払われ、アリシアは閃光を鎌の柄で受けた。鎌が大きくきしみ、音を立てて折れる。
「もう一手!」
ロレインによってまたも放たれる光はまるでレーザーキャノンだ。あまりの威力にアリシアはずりずりと後退していく。折れた大鎌を二本の鎌に変え、アリシアはクロスさせて砲撃を分散させる。にいと笑ったアリシア。
「ダンスのお相手は、あなたたちだけですか? 私も、舐められたものですね」
すさまじい呼び声が場を覆った。それを受けて、オクニリアが白と黒の戦旗をひるがえす。
「来たのね私。ずいぶんとたくさん、お仲間を連れてきたわね」
オクニリアは冷たい視線で一同を薙いだ。
武器商人はオクニリアとイーリンを順番に見て、指先を頬へあてた。
「ジョーンズの方、またそっくりさんと喧嘩してるの? 違う? そっかァ……」
なら滅ぼそうねぇと、ソレは危険な笑みをひらめかせた。
「完璧で完全でないが故に多くの人間を惹きつけて率いるキミも、信仰をただ1人に捧げるキミも等しく愛しいけれど。それでも、走り続ける方が先へ行くしキラキラ魅力的なのは道理だよね?」
ところでさァと武器商人はオクニリアを見た。
「ずいぶんと投げやりな名前をつけられたものだね。洗礼名がそれなんて、いっそかわいそうだ」
「俗人め。いいのよ。意味なんて。マスターが私を祝福してくださった。それがすべて。マスターがもたらしてくれたものは、神から与えられたに等しい。私は、神を信じる。マスターを信じる」
きっぱりとした宣告に、イーリンは苦い笑みをもらした。
(無垢で正しくあり続ける。真にヒトに必要なあり方。嗚呼痛い、痛い。久しく忘れていたわ)
オクニリアの戦旗には、大きくモミジの紋様が入っていた。アリシアの聖痕だ。イーリンと同じ顔で、イーリンと同じ声で、オクニリアは言う。
「信じ続ける限り、私は完璧で完全。行動する時は、神の御言葉に従えばいい。迷う時は、神の慈悲にすがればいい」
「くくっ」
レイリーに視線が集まる。吹き出した笑いを収め、彼女は首を振った。
「完璧ね~。自分が完璧と思ったらそこで終わり。少しでも完璧に近づく努力をする方が私は好き。オクリニア、貴女はどうかしら?」
「努力は、して当然なもの。十全に、充分に、神の御言葉をこの不完全な世に実現させるためには、私のような者が身を粉にする必要がある」
「あら、意外とがんばりやさんなのね、あなた。ならば聞くわ、貴女の神を信じた先に、未来はあるの?」
「未来こそ神が定め給うべきことがら。私はそれに従うだけ」
「話にならないわね」
レイリーは肩をすくめた。
「そう思わない? ミーナ」
「そうだね」
ミーナも呆れたように床を蹴った。
「何がどうなって今に至ったのかは知らないけど、一つだけ確かなことはあるよね。……『私達のイーリンは、今ここにいる一人だけ』なんだってこと」
イーリンを振り返ったミーナは、その横顔をうっとりと眺めた。
「どうにもならないことにも、全力でぶつかって、泣いて、わめいて、それでも立ち上がる。私達のイーリンは、そういう女」
「そそ。だいたいっスね。本当に完璧で完全なんてものができたら誰も苦労しないと思うんスけどねー……」
美咲が言葉を続ける。
「神にすがりつけばなんとかなるって、もう思考停止じゃないスか。そうやって得た完璧と完全は、まあ、氏の神が保証してくれるとして? その崇め奉ってる神の完全性は、誰が保証するんスかね?」
「神を疑うと言うの。冒涜よ」
オクニリアがまっすぐに突っ込んできた。
「あー、速いでスね。でも」
美咲が左の義腕でオクニリアの攻撃をしのいだ。叩き上げられた戦旗と、美咲の目潰しが交差する。急所を狙った一撃に、オクニリアは体をそらした。
「私のほうが速いんで」
美咲をはじめとするメンバーが攻撃を仕掛ける。雷が轟くたびに、オクニリアは劣勢に追い込まれていった。不安定な足場、さらには連続攻撃、オクニリアへ数々の不調がかけられていく。それでもなお、オクニリアは士気高いままだった。
「私はまちがわない、私は正しい! だから私に敗北はない!」
「……ったく、ひでぇ有り様だ」
レイチェルが毒づく。魔種の力とはいえ、ここまで盲信に陥るとは。レイチェルは右目を閉じ、まぶたをなぞってまた開いた。
「俺の右目は病を見る魔眼。診断してやろう、致命者。アンタの病名は『盲目』。……本当に見えているなら、物事の本質や真の姿も見えるはずだぜ?」
「だまれ!」
悲鳴のような声で、オクニリアが否定する。心が波打っているのがわかる。レイチェルは黄金の舞踏でもって、オクニリアからの攻撃をかわす。
「アンタの大好きな完璧な神様の御加護があるってンなら、なんでいまアンタは劣勢なンだ? 信仰が足りないンじゃないのか」
「か、かみは、神は常に正しい。私が足りないだけ。私が……私が……」
負けるというの私は。
オクニリアの脳裏に、恐怖が蘇った。
……いつのまにか私は、ただおびえるだけになった。完璧でなくなることに、完全でなくなることに、築き上げたものが積み重なる都度、私は弱くなっていった。あれもこれも。それもどれも。すべて手に入れたいと願ったのに。闇雲に手を伸ばして、なにがなんでも掴み取ってきた。いつか果てがくるとわかっていながら、私、は……。
スローモーションになる世界。流れ行く走馬灯にはただ、空白だけが映る。足を滑らせ、受け身も取れずオクニリアは無様に転んだ。
「そろそろわかった? 私」
むりやり顔をあげた先には、自分のオリジナルがいた。
「完璧な私は、私の想像を超えられない……そうよね?」
戦旗を支えに、どうにか立ち上がったオクニリアを、イーリン・ジョーンズは憐れむようなまなざしでみていた。ぼろぼろで、血まみれで、めっきのはげた、自分にそっくりな女。おさなごのようにまっすぐな瞳が、いたいたしい女。まだ現実を受け入れられない女の姿は、いつの日かの自分にそっくりで。
「ここで終わりにしましょう。最後に、私の奥義を見せるわ。完璧なら持ち得ない、友達の分よ」
女の口が動いた。
いや。
いや。
いや。死にたくない。
「それでも、助けてとは言えないのね、そうよね、貴女は、『完璧』だから」
イーリンは躊躇せず、みぞおちをえぐりぬいた。絶海拳・珊瑚。片手で振り抜いた剣が、オクニリアへとどめを刺す。
(嗚呼――完璧なオクニリア。私も始めからそうでありたかった。終生神に従う者であればよかった。けれど私は間違い続け、それゆえに貴女では手に入れられないものを手に入れ、そしてここへ立つ)
万物は流転するのよ、オクニリア。貴女は勘違いしてしまったの。貴女が望んだのは、停滞。貴女が欲したのは、永遠という名の静止。時よ止まれおまえは美しいと叫んだだけなの。だから貴女を看取るのは私。時を止めてあげるのは私。
イーリンはふと視線をあげた。
サバクタニがおびえた瞳で彼女を見ている。ゆっくりと崩れ落ちていくオクニリアを見ている。したしたと血がこぼれていく。それすらも雨に洗い流されていく。
「……怖がらせてしまったかしら」
イーリンの言葉に、サバクタニはふるふると頭を振った。
「さようならオクニリア。眠りなさい」
そっと青白い頬へキスを落として、イーリンはまぶたを閉じた。
「神がそれを望まれる」
●
「もうすこしいい女だったら、いっしょにワルツを踊りたかったわ」
アリシアが立ち去ったあと、レイリーたちはオクニリアの墓を作ってやった。呼吸を止めたオクニリアは、眠っているかのようだった。深く埋め、土を被せ、簡素な墓標を立てる。
「だけど、出会ってみれば貴女は完璧でも天才でもなかった。ただの、未来という恐怖におびえる女だった。残念ね。生きていく限り、人はいつだってその恐怖に襲われ続けるのよ。生きていく限り、人は戦い続けなくてはならないのよ。それから逃げた貴女は、負け犬にしかなりえなかった」
皮肉ね、とレイリーは、イーリンへ視線を移す。
「完璧で天才を求めた結果、成長もなく変化もない、お人形になってしまうなんてね」
「そうね」
イーリンはじっと土を見ている。
「私はずっと、もっと何かできたんじゃないかと、自分に問いかけ続けてきた。けれどすべてに正解し続けていたら、私から未来が剥がれ落ちて、可能性が狭められて行って、どんづまりでへたりこむしかなくなったのかも。オクニリアはたしかに私の怠惰の化身」
「そうやって」
レイリーがイーリンの手を取る。
「自分を振り返って、反省して、失敗しても努力して頑張って、いつも皆のことを考えて……」
そんな貴女だから。
「私は好きなのよ、イーリン」
きゅっと手と手を握りあい、イーリンとレイリーは笑い合う。彼女らを、ミーナが後ろからハグする。
「私が愛したイーリン・ジョーンズは、ここ」
ねえ、本当に、世の中ままならないよねとミーナは笑う。
「人は不完全だから、先へ、未来へ歩める。例え怖くても、仲間がいるから乗り越えられる。完璧も完全も、過ぎてみれば、そのとき一瞬のことでしかないし、常勝も不敗も、移ろうもの。生き続ける限り、パーフェクトなんて存在しない」
どんなに悩んでも苦しんでも、口にはしないのだ、イーリン・ジョーンズという女は。ミーナはそれがすこしくやしくて、たまらなくいとおしく思う。
レイチェルと武器商人が、それぞれ重症になった愛無とロレインを背負ってきた。
「すまない、逃げられた」
端的に用件だけ告げると、愛無は意識を失った。美咲があわてて回復を施す。
「ねえ、イーリン」
「なに、レイリー」
あのね、とレイリーは耳打ちをする。
終わったら、遊びに行きましょ。何もかも忘れてさ。ただのイーリンとレイリーで。だから……。
「生きて帰りましょ? どんな戦場からだって」
約束。
レイリーが立てた小指へ、イーリンは……。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
おつかれさまでしたー!
アリシアさんには逃げられましたが、オクニリアは討伐となりました。れんさこうどうつよいね。
またのご利用をお待ちしております。
GMコメント
みどりです! 対戦よろしくお願いします!
狂気にかられた人々を救い、魔種アリシアと致命者イーリン・オクニリア・ジョーンズを撃退しましょう。
やること
1)クオルガ住民の8割以上の生存
2)イーリン・オクニリア・ジョーンズの撃退
※オクニリア(リプではこのように表記)を撃退すると、アリシアも退きます。
●エネミー
『完璧な』イーリン・オクニリア・ジョーンズ
アリシアさんから洗礼名を授かったイーリンさんそっくりの致命者です。現時点で戦い方は不明ですが、非常に強化されており、魔種並みの力を持ちます。アリシアさんと共に行動しています。
『盲目の遂行者』アリシア・フィンロード 愛無さんの関係者
強烈な呼び声を発します。戦場、すなわち衛星都市クオルガ全域へ呼び声を発し、住民を狂気に陥れています。開始時点で居場所はわかりません。色欲の魔種ですが、神の使徒も称しています。そのへんに手がかりがあるかもしれません。
●戦場 衛星都市クオルガ
3キロ四方の正方形に近い城塞都市で、天義の首都のベッドタウンです。町の中心には教会と広場、市場、住宅が、規則正しく碁盤目状に配置されています。町全体に呼び声が拡散しており、PCは毎ターン開始時に【魅了】の判定を受けます。この判定はあまり強力ではありませんが、油断は禁物です。
約500人もの人々が、【魅了】されてお互いに傷つけあっています。いちど解除すると、呼び声の魅了にはかからなくなります。また、簡単な命令を聞いてくれるようになります。
空は暗く横殴りの雨とともに雷が落ちてきます。視界や身のこなし、飛行にペナルティを受けます。
アリシアさんと遭遇すると、雷は一層激しくなり、PCは毎ターン開始時、ランダムでひとりが、物中ダメージ、【塔】【雷陣】【体勢不利】を確定で受けます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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