シナリオ詳細
<アンゲリオンの跫音>聖別之刻きたれり。地の子らよ、我ら天の使いなり
オープニング
●
水は苦くなり、静かなる海は蠢き始めた。
人々が救いを求め、殉教を願わんとするものが溢れ出る。
これこそは神の試練だと、箱舟を捨てた者の末路だと、そう叫ぶ声がした。
「――今からでも遅くはないから、どうか天の為にその身を捧げましょう。
正義はこの地にあり、天主の名代を務めるは分不相応と言えど、私はその声を子らに伝えます」
それは空にあった。厳かなる声は人のそれとは異なろう。
天より降り注ぐ光は仰ぎ見た人々の目を焼くだろう。
「私は天の使い。子らよ、遅れずに私達の下へ集うことを勧めます」
閃光は瞬くことなく空を焼き、ゆらゆらと揺らめいている。
気配に気づき、熱を知り、迷える子らは空を見る。
――そうして、そこにある者達を見て、畏れるように膝をつく。
「あぁ、天使……天使様だ! 天使様がいるよ!
やった、救いだ! 救いだ! あぁ、良かった! 天使様!」
そう叫んだのは誰だったか。
彼らが見たのは翼を羽ばたかせる先兵にほかならぬ。
「救いあれと願いましょう。そうすれば貴方達を私達が救ってあげるわ」
いつの間にか姿を見せた修道女がたおやかに笑って言う。
極まって目立つブロンドの髪の下で怪しく微笑する瞳は蕩けようか。
「あぁ、修道女様、修道女様! ありがとうございます、ありがとうございます!」
平伏した誰か、1人が落ちれば後はもう、雪崩れ込むように子供達が我先にと膝を屈していく。
逆光に照らされる天使たち、その者らに顔が無いことなど本の些末の事にほかならぬ。
天使達のその後ろ、黒き炎は燃えているか。
――その時だった。
一発の銃弾が空を翔け、錫杖を持った無貌の天使へと炸裂――する寸前で燃え尽きた。
「……何者です?」
「どうやら地の国の……元宣教師だね」
錫杖を持った無貌の天使に静かに答えたのは黒炎の向こう側から聞こえた声だ。
「よく見れば深緑で見たばかりの顔もいくつかあるようだ……パワー、真紅の騎士よ。先鋒は任せるよ」
黒き炎に包まれた声が静かに言えば、文字通り真紅の騎士が真っすぐに降りていく。
「さぁ、行こう。我らが無貌の天使よ――天主の為に」
黒炎の指示に従うように、天使たちが飛び込んでいく。
『ツロの福音書』第一節――
われわれは、主が御座す世界を正しさで溢れさせなくてはならない。
ひとは産まれながらに罪を犯すが、主はわれらを許して下さる。
故に、われらはその御心に応えるべく献身するのだ。
●
『アスピーダ・タラサ』――アドラステイアとも呼ばれた町は、復興の最中にある。
ツロの福音書の広まりに合わせるようにシェアキム六世に齎された3つの預言の1つ。
第三の預言――『水は苦くなり、それらは徐々に意志を持ち大きな波となり大地を呑み喰らう事でしょう』
その現象は『殉教者の森』や『海岸線ハープスベルク・ライン』と並び彼の町でも発生していた。
「分かります、天義など頼れぬというのは」
そう人々を肯定しながらも、避難をするように説得しているのはシトリンを思わす綺麗な髪の女性だった。
頑として動かぬ孤児たちが集められているのはアロン聖堂と呼ばれる場所だ。
イレギュラーズとの激戦により半壊したついでに多くの調度品が破棄された聖堂は静謐な雰囲気を醸し出し、孤児院のような場所の1つになっていた。
「もちろん、これは神の試練であり、此処で果てるのは殉教というのも、正しい考えでしょう……
ですが此度の預言は天義の神によるものです。私達は、あれを否定し、抗うために町を立てた。
ならば、この予言に従い殉教することは、果たして我々の神の為になるのでしょうか」
女性が滔々と人々に語るのは、天義の神を否定しながらの説得だ。
「……歯痒いですが、こればかりは彼女の方が適任ですね」
複雑な表情を浮かべて小金井・正純(p3p008000)はそう言えば。
「……一応、御姉様はプリンシパルでしたし、ここには『聖別』で呼ばれた子達も多いはずですから」
それに答えながら、正純とは異なる意味でシンシア(p3n000249)が苦笑いをする。
「そっか、シンシアさんやファウスティーナ達にここに連れてこられた人が多いんだね」
笹木 花丸(p3p008689)の言葉にシンシアがこくりと頷いた。
アロン聖堂はかつてティーチャーアメリと呼ばれた女性の本拠であった。
彼女が行なっていた聖獣実験『聖別』において、対象者を勧誘する実行部隊。
通称『宣教師』と呼ばれた部隊の指揮官がシンシアやファウスティーナである。
ここに集まっている孤児たちは実験の参加者であった子供達だ。
説得するのには適任でもあった。
「そういえば、2人は仲直りできたのですか?」
そう問いかけた日車・迅(p3p007500)にシンシアはそっと視線を逸らす。
「ジャーダやマーガレットはともかく、姉様は先生に忠誠を誓ってこられたので……やっぱり難しいですね」
そう言った先には同じように人々を説得する翡翠色の髪をした少女やヒナギク色の髪をした少女がいる。
「元通り、とは行かずともまた仲良くなれたらいいねぇ」
そう告げるシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)にシンシアも頷きながら表情を綻ばせる。
その時だった――外が騒がしくなったのは。
顔を上げて外に出れば、そこには多くの貌のない天使が姿を見せる。
「あらあら、地の国の」
そう言いながら、笑みをこぼす修道女がその手に大剣を握る。
「――ふざけないで!」
それはファウスティーナによる激情の叫び。
「それは、先生の物だ。先生が考えて、先生が築き上げた物だ。
見ず知らずのお前達が、それを――ふざけないで!」
激情と共に、ファウスティーナの銃弾が空を翔け――空にあった錫杖を持った顔のない天使へ炸裂する。
「落ち着きなよ、ファウスティーナ!」
ファウスティーナを抑えたマーガレットや、目を瞠ってきゅっと杖を握ったジャーダもいる。
最初に地上に降り立ったのは、真紅の騎士だった。
その後ろに錫杖を持った天使が、その隣には黒い炎の塊が降り立つ。
「――初めまして、地の国の英雄たち」
黒き炎から聞こえる声は、随分と柔和でさえあった。
- <アンゲリオンの跫音>聖別之刻きたれり。地の子らよ、我ら天の使いなり完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年08月24日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
「パワーは兵隊と共に前、シスターは遊撃。ドミニオンは全体を見ながら適度に動いてくれればいいよ。
私は……うん、今回はここで見ているとするよ。見る限り、流石にこっちの方が人が多いみたいだからね」
ふわりと降り立った貌のない天使たちは柔らかに声をかけてきた黒い炎は緩やかにそう語る。
「何を企んでいるのか未だによく分かりませんが、ここはシンシア殿の守りたい人達が暮らす場所です。
何が狙いであれ、思い通りには決してさせません」
「何を企んでいるのか、か。海に呑まれて消える運命にある力のない子供達を救うためだと言ったら、信じてくれる?」
腰を落とし、拳を握る『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)に黒炎がそんな問いを投げかけてくる。
「救うため、ですか。救うだけではないのでしょう。ぼこぼこしてお帰り頂きます!」
「――構えて!」
刹那の内に飛び出した迅がパワーめがけて飛び込む寸前、そんな声があった。
その声に応じて真紅の騎士が動くよりも――半歩遅い。
突き立つような拳が真紅の鎧を貫いた。
「深緑の件からそれほど立って居ないというのに、今度は直接アドラステイアに来ましたか。
アドラステイアと言う都市から解放された子達を再度狙うというのなら容赦はできません」
弓を構える『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は既に動き出している。
「シンシアさんはあちらを。頼りにしていますからね」
視線をアークエンジェルらの方へと向けた正純に、シンシアが少し嬉しそうに笑って頷いた。
「敵の数に少しだけ嫌気がさすけどやれる事をやらないとね」
それに続けて『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)が言えば。
「――――」
ふと、誰かが息を呑むような気配があった。
その感覚がどこから来るものかを考えつつも、正純は矢を放つ。
瞬く星の矢が暗天の空から降り注ぐ流星のように貌の無い天使たちを撃ち抜いていく。
「漸く復興を始めて子供達も少しは安心して暮らせるかもって言うのに……」
握りしめた拳と共に花丸は改めて敵を見た。
「……ファウスティーナさん。あの人達や私達に思う事もあるかもしれないけど子供達の事をお願い。
あの子達にとっても頼れる人達は貴女達だろうから。だから、貴女達が子供達を守ってあげて」
花丸は自分を落ち着かせるように、視線をファウスティーナに向ける。
取り押さえられているファウスティーナはその声に顔を上げ、子供達の方に視線をやった。
黒炎の方から声がしたのはその時だった。
「安心して暮らせる、か。だからこそ、私達はここが海に呑まれる前に手を差し伸べに来たんだけど……」
「――ふざけないでよっ!」
黒炎の向こう側から聞こえた声に、花丸は激昂する。
「そうやって連れて行った先で、子供達をもう一度苦しませるわけにはいかないよ!」
「……そちらからすればそうだろうね」
応じる黒炎の声は穏やかだった。
その声を聞きながら、花丸は一気に飛び出した。
向かう先はパワーでもドミニオンでもない。
「下手に動き回られると困ったことになりそうだしね、止めさせて貰うよ!」
「あらあら、私かしら!」
驚いたように見せるのは声だけ、欠片も驚いた様子なく剣を構える修道女へと。
(私達の世界の神と随分違うのですね、こちらのものは……まぁ私達の世界も神といっても様々でしたが)
愛剣を携えた『悲嘆の呪いを知りし者』蓮杖 綾姫(p3p008658)は胸の内に思う。
「ともあれ、こちらの神なぞ本当にいたとしてもこの身には関係のないもの。
遠慮なく断ち斬らせていただきます。こちとらマジもんの神様に加護をいただく身ですからね!」
刹那、綾姫は一気に戦場を走る。
「神の加護を――か」
肉薄の刹那、真紅の騎士へと剣を払う。
その瞬間、騎士からそんな声が聞こえた気がした。
「救いとは押し付けるものではなく、自らの力で手繰り寄せるものであるとお教えしましょう!」
飛び込んだ『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)は真っすぐにパワーの下へ。
道すがらに放った暗器が戦場を駆け抜け、パワーの肉体に僅かな傷を入れる。
内側に仕込まれた毒にパワーの身体を蝕ませるには、それで充分だった。
「自らの手で手繰り寄せることも出来ぬ力のない子供達へ手を差し伸べ守るために、わたし達はここに来たんだよ」
静かな声でパワーが言うのが聞こえた。
(元宣教師の4人も、他の子供達もやらせない……あんな奴等、早急に蹴散らしてやる!)
魔導書を開き、『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は魔術紋の魔力を活性化させていく。
(それに敵達の狙いは元宣教師さん達や子供達を反転させることかも)
ドミニオンの方から聞こえてくる原罪の呼び声を感じれば、ヨゾラは高めた魔力をそのままに戦場へと叩きつける。
戦場へと揺蕩うは星の海を思わす煌く輝き。
星海は揺蕩い、その輝きを瞬く星々の刹那に潜む闇のように敵の運命を反転させていく。
「本当に天使だっていうのなら、皆を救えるっていうのなら、小細工せずに人の心を動かしてみなさいよ!
人の心を惑わせるものをね、天使だなんて言わないんだよ!」
「こんなところで海に呑まれて死ぬなり獣に憑りつかれるなりよりはましだと思うけど、強権的な事をしてるのは、否定はできないね」
そう叫ぶ『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の視線の先、黒炎は穏やかに自らの所業を肯定する。
そのままアレクシアは視線を巡らせ、取り押さえられたファウスティーナに視線を向ける。
「花丸君も言ってたけど……思うところはあるかもしれないけど、それでも一緒に子供達の護衛をしてほしいんだ。
きっと、この場で一番子どもたちの心を支えられるのは貴女達だから」
「貴女は……」
驚いたように声をあげたファウスティーナと視線を合わせれば、彼女は少しばかり逡巡した後、こくりと頷いた。
「みんなも気をしっかり保って! そしてよく見ておくんだよ! 天使は誰なのか、守ってくれるのは誰なのかってことを!」
そのまま振り返り、子供達の方へと声をかけていく。
ヴィリディフローラはあたたかな青色の花弁を輝かせて子供達に勇気を与えている。
(大人数だけど、こっちも負けてられないね)
愛剣を構える『発展途上の娘』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は落ち着いた声色で指示を与える敵を見据えている。
「シンシアの家族とも呼べる人たちを傷つけさせはしないよ」
「そっちが抵抗しなければ傷つけるつもりもないけどね。それに、彼女の方から喧嘩を売ってきたんだ。
こっちとしても買っておかないと沽券にかかわるんだよ、ごめんね」
シキの言葉に答えたのは黒い炎の向こう側から聞こえる声だった。
まるで知己でもあるかのように落ち着いた声で語るのは、黒い炎の正体の圧倒的な自信から来るものだろうか。
(……油断はできない。それにここである程度は削っておきたいのも事実だ)
宣教師たちがアレクシアと共に動き出したのを見つつ、シキは一気に走り出す。
真っ先に狙うは他でもなく真紅の騎士にほかならぬ。
連続する剣閃は確実に真紅の騎士への鎧へ、剣へと傷を入れていく。
●
イレギュラーズと無貌の天使たちの攻防は拮抗している。
(それにしても六翼の修道女が無貌の天使連れて……何て、嫌な感じ。
あの天使達もさっきから凄く嫌な感じだし……)
拳を握る花丸は遂行者越しに黒い炎の塊へと視線を繋ぐ。
目の前に立つ極まって目立つ金色の髪をした修道女は、一般的な感性からすると美人であろう。
だが同時にどこまでも『そう作られた物』といった雰囲気も感じ取れた。
(戦力は減るけどファウスティーナさん達に下がって貰ったのは間違いじゃない……よね?)
振り下ろされる数多の斬撃を受け止めながら、そう考える花丸の思考は果たして。
「3人とも、よろしくね! みんなが頼りだから!」
改めて声をかけながら、アレクシアはヴィリディフローラに魔力を籠めた。
「大丈夫、みんなの方には近づかせないから!」
天へ掲げた愛杖の先端、魔力が赤き花の姿を形どる。
それはまるで急速に花開くように炸裂し、赤い魔力が衝撃波となって戦場へと伸びていく。
まるで花の香りに引き寄せられるように、花の魔力に魅入られるように、迫る無貌の天使たちの視線がアレクシアへと向いていく。
(シンシアさんも随分と成長したし、きっとひとりでも大丈夫……だよね)
シキはちらりとシンシアの方を見る。
迫る無貌の天使たちを捌きながら対応している少女はまだ問題なさそうだ。
「私達も張り切らないと!」
踏み込みと同時に振り払った愛剣が真っすぐに真紅の騎士へ向かう。
斬撃は鮮やかな軌跡を描き、騎士の握る盾が動く。
それがシキの狙いであった。
刹那に軌道を変えた斬撃は盾の向こうから反撃せんと振り下ろされる剣を撃つ。
天使の翼のような印が描かれた剣からは不思議な気配を感じられた。
「あまり長引くとここが壊れてしまうかもしれません。一気に行きますよ」
迅は周囲へと散りそうになる意識をパワーへと向け直す。
自らの枷を外して、圧倒的な速度を受けるまま、風の如く奔る。
四方より打つ拳は嵐の如く暴れ狂い、獲物を喰らい潰すように衝撃と共に撃ち込んでいく。
苛烈なる連撃の終わり、虎は獲物を空へと放り投げた。
真紅の鎧がふわりと浮かび上がった刹那、迅は追撃とばかりに飛び込んだ。
真っすぐに打ち出された拳は騎士の鎧を剥ぎ取り、昏い闇が溢れ出す。
「その剣は壊させてもらいます」
正純は紡ぎ出された隙を狙い撃つように矢を放つ。
放たれた弾丸の中心は真紅の騎士が立っている。
狙いすました矢は真っすぐに伸びて、騎士の剣を侵蝕していく。
「ふるべ。ゆらゆらとふるべ」
綾姫は静かに祝詞を紡ぐ。
まずは一歩。踏み出すままに紡ぎ出す奉納の舞はその都度に新たなる剣霊を呼び起こす。
そのまま踏み込むままに騎士へと剣閃を紡ぐ。
数多の斬撃その多くを盾を持って受け止めんとする真紅の騎士。
その大きな盾を迂回して、斬撃は幾重も騎士の身体を貫いていく。
剣の巫女、剣軍の主が紡ぐ踊りは真紅の騎士にも捉えきれぬ。
そこへ追撃とばかりに飛び込むトールは真紅の騎士の下へ飛び込んでいく。
踏み込みと同時、振り払った斬撃は執念深く首を刈る動き。
けれどそれは本命に非ず。
「その邪悪な気配、放置はできません!」
踏み込み、放つべきは究極の一閃。
対城奥義たる斬撃は騎士の剣を破砕するべく放たれた。
ひしりと剣に僅かな罅が入る。
「子供達を冠位傲慢の手先にする気だろうけどそうはさせない……!」
ヨゾラは再び魔力を整える。
揺蕩う根源的な魔力へと干渉し、再現するは星の海。
星空のように煌く泥がまたも揺蕩えば、今度こそ真紅の騎士の身体を絡め取る。
内側まで浸透する泥は抗いようのない闇へと引きずり込まんと纏わりついていく。
「くっ――セラフィム様。どうかご照覧あれ」
星の泥に纏わりつかれるパワーが不意に数歩後ずさった。
「ここがわたしの死地――これ以上は、耐えられません」
盾を手放し両手で剣を握った騎士は、真っすぐに剣を振り上げ一閃。
真紅の閃光が戦場を一直線に焼き払った。
●
「この隙を逃すわけにはいきません!」
最初に動いたのは迅だった。
パンドラの光を纏うまま風のように飛び込めば、まだ盾を掲げる前のパワーめがけて拳を突き立てる。
「く――」
何とか対応した真紅の騎士の手薄な鎧へと、拳は真っすぐに突き刺さる。
「こう見えて、意外と頑丈になりまして!」
恐らくは全霊の一撃であっただろうそれを掻い潜り、虎は疲弊しきった哀れな獲物に終わりを与えるべく牙を剥く。
「貴方たちの言う、この都市が目的を達成した歴史が正しいのだとしても。私はそれを認められない。
認めさせる気があるのであれば、その正しき歴史とやらを見せて見て欲しいものです」
正純は引き絞る矢を構え、そのままパワーを、その後ろに立つ黒炎を見据えてそう呟いた。
放たれる一条の矢は夜空に瞬く星の輝きを見せながらボロボロな真紅の騎士を撃ち抜いていく。
「――なるほど。なら、見せてあげようか」
正純の方に一部が僅かに伸びてグルグルと渦を巻き始める。
それは全身を覆っていた黒い炎を剥ぎ取るような物であったのだろう。
「――え」
目を瞠ったのは正純ではなく、無貌の天使たちを抑えていたシンシアだった。
そこにいたのは背中に六枚の翼を生やす貌の無い天使だった。
アメジスト色の髪を揺らす女性――その胸元には翼のような聖痕が刻まれている。
「私はメリッサ。無貌の天使、セラフィム。
あるべき歴史における聖別の最高傑作――自分で言うのは少し気恥ずかしいけど」
「そういえば、ティーチャーアメリが言っていましたね。
本来、シンシアさんは聖別における最高傑作になるはずだったと」
引き絞った矢はそのままに、正純は小さく呟く。
「じゃあ貴女は……『聖別を生き残ったもしも』のシンシアさん、ってこと?」
「シンシア――そうだね。それがそこの少女のことなら、そう言うことになるだろうね」
そう言って、メリッサは笑った気がした。
「随分と趣味の悪い神様ですね」
綾姫が思わずそう言えば、またもメリッサが笑う。否定はできないね、とでも言うように。
「ならば我が剣軍、我が神の加護をお見せしましょう」
権能で創り出した綾姫は、一歩踏み出した。
自らも剣と為す奉納の剣舞は避けがたく、予測困難なままに恐るべき的確さを以って真紅の騎士を切り刻む。
少しでも速く、刹那なれど動揺を引き出された少女の負担を軽くするためにも。
「しかし君達も難儀だね……ただの無貌の天使である限り、まだ彼女を殺さずとも好かったんだけど」
花丸は少しばかり嘆くような調子の声を聞いた。
振り上げられた禍々しい大剣にメリッサを包んでいた黒い炎が集約されていく。
「危ないっ!」
咄嗟に動いた身体、花丸がシンシアの前に割り込んだ直後、黒い炎の一閃が戦場を飛翔する。
「シンシアさん、大丈夫?」
「おかげさまで……ありがとうございます、花丸さんこそ、大丈夫ですか?」
パンドラを輝かせながら問えば、心配そうなシンシアの声が聞こえた。
(これ以上長引かせるわけには……)
同様の始まる戦場、トールは間に合わせの剣を握り締めた。
渾身の踏み込みと同時に振り払った斬撃に合わせられた盾。
もういっそ、剣が砕けても構わないと、全力で打ち込んだ振り下ろしが、騎士の盾を砕ききる。
(本当であれば、そちらの剣を壊したいところでしたが、盾さえ壊れれば十分でしょう。
直撃を避けるなら、もう剣で防ぐ以外にないはず)
仲間の追撃があれば片は着くと、そう確信をつけながらトールは一つ息を吐いた。
「とっとと……消えろぉ!」
刹那、ヨゾラは声をあげて飛び込んだ。
循環する2冊の魔導書から溢れだした魔力が魔術紋へと浸透し、背中の紋章は星の瞬きを示す。
星の魔力は全身を巡り、再び魔導書へと注ぎ込まれていく。
それらは幾重にも重なりながら循環を繰り返し、小さな星を生み出した。
盾を失い、ぼろぼろの剣だけを握り締める真紅の騎士へ、踏み込むと同時にそれを叩き込んだ。
それはまるで星の光が瞬くような輝きを放ち、星が生まれた刹那の如き破壊力を持って真紅の騎士の身体を穿つ。
黒い靄が溢れだし、真紅の騎士の身体に風穴が開く。
「――ドミニオン!」
メリッサが叫ぶ。応じたドミニオンはイレギュラーズ――ではなく、ファウスティーナ達へと杖の先端を向けた。
敢えてそちらを狙いイレギュラーズの意識を別方向へ向けさせんとするのだろうか。
「絶対にやらせないよ! 《アトロファ・ヴェラ》!!」
アレクシアはそれよりも速い。
「何かを壊して、奪って、その先に希望や救いなんてあるはずがない!」
後の先を撃った愛杖の先から放たれた魔女の毒がドミニオンへと炸裂する。
「そうだね。だとしても、その『希望や救い』とやらのために起きる戦争ってそういうものだろう?」
確信しているかのように静かにメリッサが言った。
「今度こそ――壊れろ!」
ガンブレードを握るままにシキは真紅の騎士の懐へ飛び込んだ。
罅どころか折れていないだけでボロボロの剣へ、真っすぐに剣を撃つ。
真紅の騎士が反撃の為に剣を構えた一瞬、シキは引き金を弾いた。
弾かれるように響いた衝撃が斬撃の一閃と共に撃ち込まれ、遂にその剣が圧し折れる。
そのまま滑るように振り抜かれた斬撃は確かに真紅の騎士を斬り伏せる。
「……これが、イレギュラーズかぁ……ふふ、わたしじゃ……勝てないんだ」
真紅の騎士が膝をつき、そのまま文字通りに崩れ落ちていく。
「本当に、すごい……ごめんなさい、わたしは先に――」
小さなそんな呟きを残す頃には真紅の騎士は塵となって風に舞って消えた。
「……これで、民衆の心も解放されたらいいんだけれど」
衝撃の残る掌を握り、ぽつりと呟きを残す。
「……ここまでにしよう。パワーは苦しまなかったみたいだから。それに……うん。流石に中級を2人以上失うのはコスパが悪すぎる」
メリッサは穏やかに語り、空へと舞い上がる。
その声色はどこか自分へと説明して納得させているかのように思えた。
「そう言うことだから、ここは退かせてもらうよ。
私達は貌の無い天使、天主の似姿と共に天主の意向を果たす先兵だ、こんなところで死ぬわけにはいかない」
生き残ったエンジェルたちがラッパを鳴らす。
それを合図に貌のない天使たちは空へと舞い上がり、どこかへと飛び去っていった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
迎撃戦ないし防衛戦と表現されそうなシナリオとなります。
●オーダー
【1】『元宣教師』の無事。
【2】アークエンジェル、エンジェルの全個体撃破
【3】ドミニオン、パワー何れかの撃破
【2】または【3】のいずれか達成に伴いエネミーは撤退します。
●フィールドデータ
アロン聖堂と呼ばれるアドラステイア上層の一角です。
アドラステイアの最終決戦ではイレギュラーズとティーチャーアメリによる激闘が繰り広げられました。
現在は多くの宗教的な調度品が取り除かれた質素な建造物となり、『聖別』関係者を始めとする孤児たちの孤児院となっていました。
戦場自体は聖堂の外に広がる庭となります。
遮蔽物の類はありません。
●開始時状況
聖堂にいる子供達は突如として姿を見せた天使と思しき存在に驚きを隠せていません。
顔が無いとはいえ、どこか神聖さすら感じる存在の説く言葉には原罪の呼び声が含まれています。
パニックが起こればあっという間に暴発するでしょう。
●エネミーデータ
・『熾天』無貌の天使
顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
黒炎が全身を包んでおり、六枚の翼と禍々しさのある大剣以外の外見は不明。
エネミー全体の統率を主体としつつ、攻撃してきます。
敵の大将首らしく、当シナリオエネミーの中で最も強力です。
とはいえ指揮に集中しているためか、『元宣教師』達を殺さないためか、明らかな手加減が見受けられます。
剣を振るい、或いは翼を羽ばたかせて黒い炎を射出して攻撃してきます。
これらの技は非常に火力が高く、シンプルに火力で押すタイプと思われます。
・『遂行者』修道女
遂行者と目される修道服の女。
魔種と思われていましたが、前段シナリオで血ではなく黒い靄を流すなど魔種の類ではなさそうです。
極まって目立つブロンドの髪と美しい純白の六翼が特徴的。
身の丈を超す大剣を片手でぶん回すパワーファイターです。
物理戦闘を主体として単体、近範、近列、近貫などの範囲攻撃をぶん回してきます。
特段のBSはありませんが、素の攻撃力が非常に高め。
堅実、変幻、多重影、一部スキルの必中を駆使して確実に削り落とすタイプ。
守りはHPや防技、抵抗で補い、回避はさほど高くは無さそうです。
・『無貌の天使』ドミニオン
顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
手に燃え盛る錫杖を持ち、聖書らしき書物を携えます。
また書物から広範囲へと原罪の呼び声を放っています。
高い神攻と抵抗力を有し、広範囲への神秘攻撃を行います。
その姿から【毒】系列や【火炎】系列、【不吉】系列などをばらまくと予想されます。
・『無貌の天使』パワー
顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
真紅の鎧と真紅の盾を持つ重装騎士の雰囲気を持ちます。
また、同じく真紅の剣には天使が翼を広げたような聖痕が刻まれており、民衆の精神に何らかの働きかけを行っている様子。
高い物攻、反応、防技を持ちます。
主に【出血】系列、【火炎】系列、【致命】などのBSを用いる他、【反】撃も駆使するでしょう。
・『無貌の天使』アークエンジェル×2
顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
身長が成長した人間(160~180cm前後)ほどあり、手に大剣と大盾を持ちます。
HP、物攻、防技などが高め。
【乱れ】系列、【致命】、【凍結】系列の攻撃が予測されます。
・『無貌の天使』エンジェル×10
顔のないつるりとした頭部を持つ、小さな天使のような聖獣です。
手に角笛を持ち、これを吹いて奏でる音で攻撃します。
その音は【呪縛】、【混乱】、【暗闇】、【呪い】などをもたらすでしょう。
●友軍データ
・『紫水の誠剣』シンシア
アドラステイアの聖銃士を出身とするイレギュラーズです。
皆さんより若干ながら力量不足ではありますが、戦力としては充分信頼できます。
名乗り口上による怒り付与が可能な反タンク、抵抗型or防技型へスイッチできます。
上手く使ってあげましょう。『元宣教師』に含まれます。
・『元宣教師』ファウスティーナ
10代後半から20代前半、シトリンのような淡い黄色の髪が特徴な女性。
武器はシトリンの装飾に彩られたマスケット銃です。
アドラステイア時代のシンシアはお姉様と慕っていましたが、現在は疎遠。
状況が状況の為、旧アドラステイア救援活動に参加しました。
後述する宣教師ですが、忠誠心の向く先は冠位傲慢ではなくティーチャーアメリにのみ向いていました。
そのため、先生の成果を利用するかのような今回の襲撃に不快感を見せています。
一人でも自分の身は守れますが、敵の狙いを考えると油断はできません。
・『元宣教師』マーガレット
ピンク色、より正確にはヒナギク色の髪の少女。
年頃は10代半ば。武器はヒナギク色の宝玉の嵌めこまれた手甲と脚甲。
姉御肌の善きお姉さんです。
ある程度は自分を守れますが、敵の狙いを考えると油断はできません。
・『元宣教師』ジャーダ
翡翠色の髪の少女。年頃は10代前半、武器は翡翠の宝玉を先端に嵌めこんだ杖です。
アドラステイア離脱後、環境に甘えてちょっぴり太りました。
優しく温厚な少女であり救援活動にも積極的。
敵の狙いを考えると庇っておいた方が良いでしょう。
●参考データ
・ティーチャーアメリ
アドラステイアのティーチャーの1人、聖別と呼ばれた実験の最高責任者。魔種であり故人。
フィクトゥスの聖餐でイレギュラーズの手により倒された後、ファルマコンを強化しないために瀕死の状態のまま生かされ、ファルマコン撃破後にシンシアの手で討ち取られました。
当シナリオ友軍NPC達にとっては一応は先生に当たります。
・聖別
アドラステイアにて行われていた聖獣実験の1つ。
勧誘、順応、教化(教育)、選別、投薬の5段階を経て『自ら聖獣になることを望んだ子供』を聖獣に作り変えていました。
教育の内容による影響か、はたまたそれ以外の理由があるのか、聖別により生じる聖獣は多くの場合で顔のない天使の姿で顕現するようです。
教化過程を経た後は聖獣以外には後述の宣教師となる場合が殆どでした。
・宣教師
聖別を行う対象となる人物を勧誘し中層へ送り込む実行部隊及びその構成員の事。
シンシアや『元宣教師』たちはこの部隊の所属でした。
一部を除いて『順応、教化』を経て聖獣にならないことを選んだ子供達です。
そのため、多くはティーチャーアメリや彼女が天主と呼んでいた存在(冠位傲慢)への強烈な忠誠心を持つ戦士たちでした。
●『歴史修復への誘い』
当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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