PandoraPartyProject

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月は陰り

 灰紫の影が地面を覆い尽くす。
 小さき塵芥。月明かりに魑魅魍魎が蠢き、烏合の声が辺り一帯に響いていた。
 カランと下駄の音が聞こえ、有象無象が踏み潰され闇に霧散する。
「どうして……」
 掠れた男の声。『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は、その身体を傾がせて、中庭を進んでいた。
 彼の後には、首に呪符が巻かれた『番犬』黒曜が付き従っている。
「……暁月、お前、廻から本霊を抜いたのか」
 呪符に触れた黒曜が忌々しそうに眉を寄せた。
『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)から妖刀『無限廻廊』の本霊を抜くということは、彼の命が危ぶまれる状況に陥っている事を意味する。暁月が廻の命を軽んじるなんて有り得ないと黒曜は歯を食いしばった。
 暁月の様子が明らかにおかしい。

「どうして気付かなかったんだ。簡単なことだったのに……」
 ぷちりと足元を這う蟲が下駄裏で弾けた。
「はは……」
 暁月は口の端を上げて、手で顔を覆う。指の隙間から見える瞳は血のように赤く。
「いっそ愉快だ。なあ、そう思わないか黒曜」
 己の部下に振り向いた暁月は、見た事も無いような狂気じみた笑みを浮かべた。

 妖刀無限廻廊から絶えず立籠める紫色の妖気。
 それに引き寄せられて、夜妖が集まってきていた。
「これまで燈堂の外――イレギュラーズに助けを求めたり、廻が可哀想だと思ったり、色々な事が雁字搦めでどうしようもなかった。でも、そんなのは言い訳だ。自分の弱さを誤魔化していたに過ぎなかったのさ」
 くつくつと嗤い声を上げた暁月は、紺青の空に浮かぶ偽の月に手を翳す。

「――繰切を殺せばいい」

 自らの手でこの地に奉られた真性怪異蛇神『繰切』を屠れば、外部に助けを求める事も、廻の心配をする事もしなくていい。何故、こんな簡単な事にも気付かなかったのだろう。
 この燈堂は希望ヶ浜において夜妖憑きを祓う専門家だ。
 そして、禍ツ神である真性怪異邪神『繰切』を奉り封印している。
 レイラインで繋がった本家深道、分家燈堂、周藤に連なる者達の信仰によって支えられた場所。
 燈堂当主はその重責を背負い、苦悩しながら生きていた。
 平穏の為に禍ツ神を奉る。それはよく在る信仰の形であろう。
 されど、本当にそれは心からの安心を得られるものなのだろうか。
 蛇神である繰切を殺してしまえば、全ては解決するのではないかと、暁月は考えた。
 否、考えずとも知っていた。希望ヶ浜以外の世界に目を向ければそんな話しは捨てる程ある。
 そして、それが自身の崩壊を意味することも理解していた。

「神を殺す事が出来なくとも、力を削ぐ事はできるだろう。弱らせれば良い」
「暁月……何をしようと言うのじゃ」
 苦しげに首の呪符をおさえながら『守狐』牡丹が暁月の袖を掴む。
「やめいっ! お主のそれは、無謀にも程があるぞ! お主も其れを分かっておろう」
 牡丹は駄々を捏ねるように首を横に振った。
 彼女の後には同じように首に呪符を巻いた『護蛇』白銀が立っている。
 眉を下げ心配そうに暁月を見つめる白銀。この首の呪符は燈堂当主が使える、服従の印だ。三妖が暁月と交わした信頼の証。

「もし、私が繰切を倒せなくとも、封呪『無限廻廊』に引きずり込まれるだけだろう? 何が問題なんだ。それで封印が強固になる」
「馬鹿者! お主が死んだら、廻はどうするのじゃ!」
 妖刀『無限廻廊』の力で命を繋いでいる廻は、暁月が居なければ生きている事すら出来ない。
「あの子は……私のものだ。もし、飼い主(わたし)が死んでしまうのならば、一緒につれて行く。それが嫌だというのならば、イレギュラーズがきっと策を打つだろう。それに、私が死んで廻が妖刀を継承すれば生きる事ができる。それで良いだろう?」
 暁月の魂は無限廻廊に取り込まれ、封印は強固になる。
 廻も死にたくないのならば、必死で妖刀を継承するだろう。
「それで全ては上手く行く。私なんかがいなくとも、回り出すんだ」
 暁月は妖刀の柄を握りしめて中庭を歩いていた。
 妖刀に引き寄せられて集まってくる夜妖を集めるためだ。
 其れ等を集め、繰切と対峙する。全てはそれで解決するだろう。
「さあ、行こう。白銀、牡丹、黒曜」
 誰にも邪魔なんてさせやしない。
 この命尽きるその時まで――

「それに、どのみち……燈堂はもう終わる」
 誰かを犠牲にして成り立つ平穏なんて、壊れてしまえばいい。
 自分が死んで、廻も死ねばもう後は崩壊しか残されていないのだから。
 今日ここで死ぬか。後で死ぬかの違いでしかない。
 偽月が群青の空に、寸分違わぬ精密さで、この街に明かりを落としていた。

 それでも、救ってほしいと、願ってしまうのは。
 君(きみ)の顔がもう一度見たいと、思ってしまうのは――


 *――祓い屋『燈堂一門』で不穏な動きがあるようです。

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