PandoraPartyProject

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『灰色』の思い出

 グラオ・クローネ。
 それはアルティオ=エルムに伝わる御伽噺だ。深緑の大樹ファルカウと共に生きたと言われる『最初の少女』の物語である。
 その御伽噺を耳にする度に『魔女』ファルカウは思い出さずに入られまい。
 真実を脚色するからこそ物語はより愉快になるのだけれど、全てが嘘とは言えまい。
 嘘と真を織り込むからこそ御伽噺は美しい物になるのだ。

 魔女ファルカウは大樹ファルカウそのものではない。だが、ファルカウと同一化した精霊とも呼べよう。
 本来は人の身であった魔女は、その身を捨て、この地の平穏を願ったのだ。
 ファルカウと呼ばれた巨樹は魔女の魔力と、地に根付いた魔的要素が結びついて現在の大樹へと変化した。
 その最中に様々な人々との関わり合いがあった。それこそ、物語の一節のように、美しく輝いたものであっただろう。
「あの日出会ったあの子は罪の存在(あかし)を背負っておりました。それこそ、奴隷と呼ばれた貴賤の者が死すら覚悟するような悍ましい在り方であったでしょう。
 少なくともあの子が背負ったすべては、わたくしの魔法を以てしても振り払えるものではなかった。
 人が生きる上で、背負う欲深さ。それこそ、生きる上で嵌められた枷そのものがその身にあったとも――」
 目を伏せたファルカウは柔らかな萌葱色の瞳を細めた。その髪に、そしてその姿に至るまで女は大樹ファルカウと同等の気配を宿している。
 魔女ファルカウという女はこの地に合った不合理と不条理を呑み併せ、大樹に自らを持って封じることで平穏を齎さんと願った。
 モラトリアムは退屈な時間ではあったが、生きとし生きる同胞ののびのびと笑っている姿を見ればこそ幸せであったのだ。
 時に草臥れ朽ち行く者の姿を見かけたならば、願いを届け信仰のあらましを知らしめる様に天へと捧ぐ言葉を授けたこともあっただろう。
 グラオ・クローネの御伽噺に語られた同胞もファルカウにとってはその一人であった。
 精霊の姿になったファルカウを見ることさえ叶わなかった『友人』は、祈りを受けて喪われた五感に僅かな綻び得た。
「ええ、あの子がわたくしを識る事が無くともよかった。
 わたくしなど、歴史から消え失せるはずのものだったのですから。もう二度とは魔女としては知られず、大樹として生きて行くと願ったのに」
 ファルカウの瞳はゆっくりと、色彩を変貌させる。
 愛する若木の気配も、さざめく木々の囁きも、擦れ合わさった葉の擽る笑い声さえも彼女の眸には映らない。
 赫い色彩。最も忌むべき焔。生命を灰燼と化す死の象徴の色。
「わたくしは、起きてしまった」
 平穏に生きてゆく事を願った。故に、女は眠りに着いたのだ。
 不和を喰らい、不満を呑み伏せ、不義を厭うた。魔女ファルカウは高潔なる娘であった、だからこそ。
「わたくしは、誰にも知られずに大樹として消え失せ子らが生きてゆく事を願ったというのに。
 何と言う浅ましいことでしょう。この世界は戦を知りすぎた。戦乱を愛し、全ての綻びを無理にでも縫い合わせた。
 不出来なパッチワークともなれば、救いなどはないでしょう。灰色の王冠(グラオ・クローネ)に謳われる感謝など、形骸化してしまった。
 わたくしは――世界がこの様に戦乱に濡れることなど、望んでは居なかったのに」
 魔女ファルカウの唇が擦れ合った。音を立て、呻く声がする。
 長らくの封印は綻んだ。冠位怠惰と呼ばれた者が大樹ファルカウを根城にしたその時に、竜種と呼ばれた者が天より飛翔したその時に。
 いいや、迷宮森林と呼ぶ同胞達の里に『余所者』を呼び込んだその時に。
 同胞達は罪を知った。共同体と呼ばれていた者達に個を与えてしまった。
 人とは自我を有し、欲望を持てば爛れ行くだけだ。果実は腐り落ち。木々は枯れ草と化し、全てが灰燼となり風に攫われる。
「わたくしは、悲しくてならないのです」
 ファルカウはまるで幼い子供の様に言った。
「わたくしは、不服でならないのです」
 玩具を取り上げられて癇癪を起こした子供の様に言葉を震わせる。
「だから、全てを取り下げてから、もう一度積み上げねば。
 半端に崩れた積み木の玩具にどのような価値がありましょう。闇世に滴る雨水に何の価値がありましょうか。
 平穏のドレスを纏って踊る時間はお終いですわ、シンデレラ。
 あなたが王子様に焦がれて待っているだけでは、もう何も起きないのですもの――」



 ※深緑に灰色の雪がちらつき始めました。今日はグラオ・クローネです――
 ※ファルカウ西の森メーデイアにてアトロポスが出現したようです。


 ※幻想王国が活気に湧いています。
 ※若手冒険者達の羽振りが良いようです。
 ※終焉獣が襲ってくる気配は遠ざかっています。この国では。
 ※幻想各地にダンジョンが発見されたようです。


 これはそう、全て終わりから始まる物語――

 Re:version第二作『Lost Arcadia』、開幕!

これまでの天義編プーレルジール(境界編)Bad End 8(??編)

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