PandoraPartyProject

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狂乱

「――ルクレツィアさまッ!」
 普段から掴み処の無い飄々とした女である。
 一流の死霊術士(ひきょうもの)であるに関わらず騎士道を口にしたり。
 誰よりも主人の悪辣さを知っている癖に、誰よりも彼女を肯定している――
 そんなアタナシアが駆け付けた現場は彼女にとってあまりにも耐え難い位に『惨過ぎる』ものだった。
「……ルクレツィア、さま……?」
 横たわった彼女の肢体はビロードのように広がる赤い絨毯の真ん中に在った。
 ルクレツィアのお気に入りのドレスはそういえば赤だった。
 だけど、目の前の風景はそんなドレスの赤よりずっとずっと毒々しい。
「ルクレツィアさま!」
 駆け寄ったアタナシアの両目が見開かれ、その端正な美貌がぐんにゃりと歪んでいた。

『ただ、彼女に傷が付くだけでもぼくは耐えられやしないのさ』。

 彼女はここに到る前の戦いでイレギュラーズにそう告げたが、言葉は一片の嘘をも抱いていなかった。
 美しい女のなりで主人を守る騎士(だんせいせい)を自認する。
 真っ直ぐな愛を抱きながら、彼女の為ならばどんなに歪な最悪をも厭わない。
「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 元より矛盾の塊であるアタナシアという女は獣のような声で此の世のものとも思えない慟哭を上げていた。

 ――気持ち悪いですわよ、貴女。

 どんなに尽くしてもつれない彼女が好きだった。

 ――全く使えない。この程度のお使いも出来ないなんて、この駄犬!

 犬と詰られようとこの際物理的に踏まれたってそんなものは御褒美に過ぎなかった。

 ――まぁ、今日は機嫌が良いから許してあげます。

 ――アタナシア、お菓子を用意なさい。お茶は特別に私が淹れてあげるから。

 アタナシア、アタナシア。
 翡翠の瞳からボロボロと零れ落ちる大粒の涙は止め処なく。
 山の天気より移り気で、雑でいい加減で他人の心なんて分からない――唯、美しい彼女を愛していた。
 自覚していたかは知れないが、彼女が他の名前を呼ぶ事は多くは無く。
 耳の奥をくすぐるその蠱惑の響きはまるで天井の音楽に違いなかったのに。
「……ルクレツィアさま、ルクレツィアさま」
 倒れた主人を跪いて抱いたアタナシアは滅茶苦茶に壊された可憐な美貌に何度も何度も頬擦りをした。
 自身もまた彼女の血に塗れ、赤に溶けて。
 全身を永遠の主人の香りに包まれて――彼女はやがて、辛うじて『残った』ルクレツィアの片目の瞼を優しくそっと閉じさせた。
「……てやる」
 許せない。
 愛らしいあの唇が天使の音色を紡ぐ事は二度と無いのだから。
「殺してやる。滅茶苦茶に――もう何もかも知るもんか」
 許される筈が無い。
 自分から永遠の主人を奪った全てが憎い。
 アタナシアの全身に悍ましいまでの悪意が漲っている。
 この女にとって魔種である事は、色欲麾下である事に比べて今更毛程の意味さえ持ちはしないのだ。
「――あのクソ女だけは絶対に許さない!」
 まるで壊れものを扱うように、姫にそうするように愛しい亡骸を抱き上げたアタナシアは「いや、違う」と訂正した。
「どいつもこいつも許さない。魔種も人間も、この混沌も。全て貴女に捧げます。
 貴方の無念の前に、ぼくが全部――ええ、全部捧げてみせますとも!」


 冠位魔種ルクレツィア戦が終わったようです……


 ※『バグ・ホール』の発生と共に混沌中で魔種による事件と甚大な被害が蔓延しつつあるようです……

これまでの天義編プーレルジール(境界編)Bad End 8(??編)

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