PandoraPartyProject

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もういいでしょう?

「はぁ――はぁ、ハァ――」
 聞かせた事もないような無様な呼吸が闇に弾む。
 よろめいて歩く度にパタパタと零れる鮮血が止まらない。
「クソ、あのクソ野郎……この私に、『冠位色欲』ルクレツィアにこんな……」
 穴の開いた胸を押さえても指の隙間から赤が零れ続けている。
 人ならずとも人を模して造られたかのような冠位魔種の見せる弱味は『彼』の――ローレットの与えた一撃が尋常ならざる痛手となっている事を実に分かり易く伝えていた。
「あの野郎、何をしても――絶対にぶっ殺して差し上げますわ……!」
 掠れた声に見た事も無い位の憎悪が滲む。
 冠位の全身からはもう隠しようも無い位に色濃い魔性が噴き出ている。
 そこには余裕顔で誰をも弄ばんとした性悪な女の姿は無い。
 まるで今の彼女は傷の痛みに怒りを燃やす手負いの獣のようであった。

「――あら、やっぱり酷い目に遭ったのね」

 そんなルクレツィアに意地の悪い蠱惑色の言葉が投げられた。
 からかうような調子で、少し楽しそうに。聞いて分かるわざとらしい『心配』らしきものを纏っている。
「貴女の出る幕ではなくってよ」
「そう? でも言った通りの結果になったじゃない。
 忠告してあげたのにその有様じゃ――私だって一言位文句を言いたくなるというものだわ」
 闇の奥――同色から浮かび上がるように現れた『黒聖女』マリアベルにルクレツィアは歯ぎしりをした。
 イノリ麾下を気取りBad End 8を名乗って混沌中に宣戦布告をしたマリアベルはルクレツィアにとって目下の敵であった。
 兄姉達(ななざい)が敗れた以上、冠位の力を最愛の兄(イノリ)に知らしめるのは自分しかいないのに。
 目の上のたんこぶは仕事の上でも、イノリとの距離を考えてもルクレツィアにとって徹頭徹尾の不倶戴天に違いなかった。
「メフ・メフィートの襲撃は結果的に空振りに終わったのでしょう?
 色欲麾下の虎の子の戦力を振り絞って無理攻めをして。
 その結果が冠位にあるまじき失態だわ。ねぇ、ルクレツィア?
 その怪我はどう? 幾ら相手が『蒼剣』だからってあんまりみっともないとは思わない?」
「――黙れッ!」
 煽るようなマリアベルの言葉にルクレツィアの怒気が弾けた。
「つべこべとたかが人間上がりが、この冠位に……!
 今すぐ黙らないなら、永遠に喋れないようにしてしてやるわ!」
「あらあら。それは奇遇だわ――」
 溜息を吐いたマリアベルの目が爛々とした輝きを帯びていた。

「――『私も丁度同じ事を思っていた所なのよ』」

 言葉と同時に『ルクレツィアの場所』を見えない何かが削り取る。
「……っ!?」
「何時も何時も、貴女は云うわ。人間上がりだの、冠位を相手にだの」
 ぞぶり、ぞくりと生々しく血生臭い音を立ててルクレツィアの肢体を次々に――少しずつ削り取っていく。
「まぁ、それでも別に良かったのよ。貴女がイノリの為になるのなら。
 継母は嫌われるものだけど――愛する人の為なら、連れ子と仲良くしてあげるのも大人の務めじゃない」
 反撃に繰り出されたルクレツィアの爪がマリアベルの眼前で砕け散る。
「――貴様ッ!?」
「分からないかしら。問題なのは『貴女がイノリの為にならない事』なの。
 冠位だ冠位だとその名前を誇るけど――お笑い種だわ」
 ゆっくりと歩み寄るマリアベルに顔を引き攣らせたルクレツィアは『何時もの』逃げを打ちかかる。
 されど。
(馬鹿な……ッ!?)
 冠位色欲の期待は無惨に打ち砕かれ、ゆっくりとした所作で右手を伸ばした黒聖女は狼狽える彼女の顔を掴んでいた。
「いいこと? ルクレツィア。私に言わせればね――」

 ――『たかが冠位』がこの私を相手に一体何を偉ぶっているの?

 鮮やかに毒々しい笑みと共に力が弾け、ルクレツィアの可憐な顔に穴が開く。
『冠位色欲』の名誉の為に言っておくならば、これ程のワンサイドは本来起き得ない事だった。
 正面衝突でぶち当たればルクレツィアは決して簡単な相手ではないからだ。
 しかし、彼女は焦燥し、傷付き、疲れ、そして余りにも『ブレ』ていた。
 冠位の自負さえボロボロになった状態では、適当なタイミングを待ち構えていたマリアベルに抗する術等ありはしなかっただけだ。
「さて? これで良しとして……ふふ。
 使えない子のせめてばかりの仕事は『蒼剣』のことでしたっけ」
 マリアベルはルクレツィアに結果論の致命傷を与えた男の事を考える。
「殺してやる」とルクレツィアは息巻いていたから、きっと彼はまだ。
「そうね、彼、中々面白いタイプみたいだから――
 個人的にもお話をしてみたかったのよね。魔種としても、一人の女としても」
 力を失ったルクレツィアの身体をゴミのように放り捨てる。
「ああ、でも――あんまり過ぎるとイノリがやきもちをやいてしまうかしら?」
 ――そうして華やかに笑ったマリアベルは血濡れた指を赤い舌でペロリと舐めた。


 冠位魔種ルクレツィア戦が終わったようです……


 ※『バグ・ホール』の発生と共に混沌中で魔種による事件と甚大な被害が蔓延しつつあるようです……

これまでの天義編プーレルジール(境界編)Bad End 8(??編)

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