PandoraPartyProject

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リトゥルギア

 薔薇の花が似合うその人が好きだった。臆することもなく自信に溢れたその態度が好きだった。
 飾らない言葉で言えば、そもそも顔が好きだった。女の子というのは『そういうもの』かもしれない。
 聖女ルゥーロルゥーと『ルル』に違いがあるとすればそういう所なのだろう。
 私は聖女に何て慣れっこない。何処からどう見たって普通の女の子なのだ。
 だから――
「ルスト様に会いに行く!? 待って、ツロ、待って」
「待たない」
「待ってってば……! 私も行く! 最近、お顔を拝見してないわ。ツロばっかり狡い!」
「俺はそういう役目だからね」
 前を行くその人の背中を追掛けた。『神託の乙女(シビュラ)』と呼ばれるカロル・ルゥーロルゥーは「ツロ!」と眼前の男を呼ぶ。
 遂行者の纏う白ではない。何処からどう見たって商人然とした男はぴたりと足を止めて振り返る。
「静かに出来るなら」
「静かにする」
 まるで幼子にでも言い付けるかのような言い草だとカロルは唇を尖らせた。
 眼前のその人は『預言者ツロ』と呼ばれる男だ。遂行者の中でも特別力が強く、表舞台には中々姿を現さない『冠位傲慢』ルスト・シファーの代理人でもある。
 男の言葉は絶対であり、神たる『ルスト』の言葉を届ける存在だと遂行者の中では認知されていた。
 そんな彼がアリスティーデ大聖堂を急ぎ脚で行く。
 屹度、ルストとの謁見だ。カロルにとってのルストは『王子様』であり『神様』であり、至高の存在だ。
 一目で良いからその顔を……嘘だ、本当は穴が開くほど見詰めて、あわよくば指先の一つにでも触れたいと願っている。
 強欲にも程があるとルストに一度笑われたが、「そんなに傲慢なら妹(あいつ)の真似事でもしてみろ」と言われてからは『冠位強欲』ベアトリーチェの『月光劇場』の真似事をしてきたのだ。
 彼の一声がカロルの中の全てを変える。
 それ程に恋い焦がれる相手なのだから、逢いたい。その思いに嘘は無い。
「んふふ」
「鼻歌を歌わない」
「だって、ああ、うれしい。ルスト様は何て言うかしら? 私の名前を呼んでくれるかしら?
 カロルって一声呼んでくれれば、ルルでもいい。一声だけでも良い。私をその瞳に映してくれれば……!」
「……紛い物の名なのに?」 「それでも、いいのよ」
 カロルは呆れた表情の男の背中を見ていた。
 紛い物の命と、張りぼての心。この際、形振りなんて構ってやいられない。
 せめて、息をしているのならば愛する事だけでも許して欲しかった。馬鹿みたいな女の我が侭だ。

「ツロ、来たか」
 かつり、と靴を慣らしてから複翼の青年は振り向いた。
 黒髪に、涼しげな眼差し。浮かぶ笑みには何か含みがあるようにも思える。
「イノリが言って居たが、神託(あれ)のフェーズが変わってたった数年で『救う為』の可能性(パンドラ)が溜まり続ける一方だ。
 実に遣えない弟妹ばかりで嫌になる。知っているだろう?」
「承知して居ますとも、ルスト様。ですが、『黒き聖女』の悪戯に『妹君』は慌て自らの力を行使したとも聞いている。それに関しては?」
「実に下らない」
 ルストは鼻を鳴らした。可能性(パンドラ)の力を行使して『暴食』を権能から切り離したと聞いたときは愉快そのものだった。
 唯一腹立たしいのは、あの弟(ベルゼー)が離反した事だろう。自らを自らで終らすというのだから低レベルと言わざるを得ない。
 そもそも、男は弟妹達を己と同等の存在だとは認識していない。
 彼等も予想だにしない数奇な運命を辿っているとは思うが、特異運命座標にしてやられる程度なのだ。
 そもそも、神(やつ)の悪足掻きの結果があの有象無象だったではないか。その程度の存在で、『誰かを犠牲にして永らえる』という合理性(いきぎたなさ)に不意を突かれただけだろう。
 ルスト・シファーはあの様な者には決して敗北しない。
 どのみち、滅びの時(最期)が来たならば彼等は頭を垂れて赦しを乞う事だろう。
「ルスト様。提案は覚えていらっしゃいますか?」
「特異運命座標を遂行者に、という話だったな。ああ、一応耳には入れてやった」
「……有り難うございます。如何でしょう? 何せ、竜種(伝説)を倒す程度の力量は有しているのですから」
 ルストはじろりとツロを見た。何処まで本気で言っているのかは定かではない。
 だが、数少ない信用できる相手であるとも認識している。この男は決してその忠誠を違えない。喩え、世界が滅ぼうともルストの傍に居るはずだ。
「誘いに乗るとは限らないが?」
「その時は処分してしまえば良い。神(あれ)は随分と大勢を召喚してくれました」
「……好きにしろ」
 ルストはそこまで言ってからツロの背後から覗くカロルをちらりと見た。
 視線一つで女は肩を跳ねさせて頬を赤らめる。その姿は普通の少女そのものだ。惚け者そのものである。
「貴様は?」
「えっ、あ、……ル、ルスト様。
 影の領域から終焉獣や太古の魔物達の姿が観測されたのはご存じですかッ!? あ、知ってますよね、あの……え、えへ」
「イノリが動いた?」
 呟いたルストにツロは「イノリ様が、というよりも『黒き聖女』が傍に居るからこそ影響を受けたのでは?」。表情を変えず言う男にイノリは眉だけを動かした。
「興味が無い。イノリも、あの女も勝手にするだろう。私の『神託(ねがい)』は?」
「あっあ、はい! ちゃんと、ちゃんと降ろしています。フェネスト六世もとっ捕まえましょうか」
「悪くはない話だ」
「うふふ、褒められた……。じゃあ、準備をします! ツロ、やるわよ。釣りしましょ、釣り」
 くるりくるりと踊り出すカロルを見詰めてからツロは傅いた。
「それでは、『お借りします』よ。ルスト様」
 男の手を取ってから、その手の甲に口付ける。カロルが「ぎゃあ」と叫んだが、ツロは咎めることは無かった。
 これは忠誠だ。決して違えることはない。
 もうずっと、そうやって『ルスト・シファー』に遣えてきた。
 男の身を包んだ『冠位魔種』の権能は無慈悲なる色彩をしていた。

 ――滅びに向かうこの世界は、いつの日にか懺悔する。この世界の在り方を、最も傲慢な『神』の在り方を。

 ※天義に何らかの動きがありそうです――
 ※希望ヶ浜で『マジ卍祭り』が開催されました!

これまでのシビュラの託宣(天義編)プーレルジール(境界編)

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