PandoraPartyProject

PandoraPartyProject

深き森より微睡みを

 眠れ、眠れ、眠れよ、我が子よ――

「ご機嫌だにゃあ」
 少女の歌声を聞き、欠伸をかみ殺してそう言ったのは和装に身を包んだ黒猫であった。
 丸く身を縮めていた彼はごろりとクッションの上で身動ぎをする。
「あ、煩かったです? すません、マジでちょーぜつ嬉しくなっちゃって。
 同じ冠位だか知りはしませんけど困ってたおっさんに助言してやったんでしょ?
 アタシの主さまはどこぞの変態錬金術師なんかよりもっと素敵な人だって事が分かりましたからねえ」
 黒猫を主さまと呼んだ少女は空色の髪をした少女であった。彼女は普通の少女などではない。
 魔種と呼ばれた不倶戴天の敵、この世界を破滅に導く存在。ローレットにとっての宿敵。その一人である『ブルーベル』だ。
「一応『弟』にゃ」
「まあ、そうっすね……冠位の事は分かんねーけど、そういうワケなら弟思いで素晴らしい主さまだ」
 幸福そうに微笑んだブルーベルは黒猫――『煉獄篇第四冠怠惰』カロン・アンテノーラの云う通りご機嫌だったのだろう。
 いつかの日、ブルーベルがカロンの謁見に訪れて横槍を入れた相手にするのも面倒くさい乙女は今日は居ず、平穏と呼ぶに相応しい時間が流れている。
「そんで、ジャバーウォックって竜はどうなったんです?」
 ブルーベルの問いかけにカロンはふうむと首を傾げた後「どうなったかにゃー」と暗がりに声を掛けた。
「帰ってくるように伝えておきましたからな。そうですなぁ……六匹の竜には身を休めるように命じましたが、ジャバーウォックだけはカロンに挨拶させましょうかな?」
「面倒くさいにゃ」
「そう言わずに」
 暗がりから顔を出したのは竜の翼や角、尾を有した紳士であった。その外見は覇竜領域で見られた亜竜種にもよく似ている。
 だが、明らかに違う。
 何故ならばこの場に居る存在が全員『魔種』と呼ばれる存在なのである。
 そして、カロンとこの紳士――ベルゼー・グラトニオスがブルーベルよりも遥かに上位、更に云えば魔種を束ねる冠位と呼ばれる存在だ。
「竜のおっさんは覇竜領域が『ナワバリ』じゃねーんすか? なんで深緑(ここ)に?」
「にゃーに会いに来たにゃあ。助言したから手伝ってくれるそうにゃ
 こいつは覇竜領域を破滅に追い込みたくにゃいにゃんて甘えたことを言ったからにゃあ。
 フリアノンの亜竜種を可愛がりすぎたにゃ。あの里長の娘……琉珂だったかにゃ? と限られた人間しかベルゼーのことは知らにゃいだろうけど」
 それでも、フリアノンへと情を傾けすぎたベルゼーには覇竜領域を襲うことは憚られた。
 それ以上にベルゼーに付き従う竜種『以外』も多く存在するかの領域では支配するのも骨が折れる。
「でも、動かにゃいとそろそろドヤされるにゃ。負けたのは兎も角、ルクレツィアはちょこちょこ動いてアピールしてるし、他は……」
「まあ彼らはね、気難しいところがありますからなあ」
 濁したベルゼーにカロンは「にゃあ」と頷いた。言葉を濁す主さまも可愛いなどと考えながらブルーベルは二人の話に耳を傾ける。
「だから内乱で崩壊気味の練達に狙いを定めてジャバーウォックを放ってはみましたが、いやあ、参った。今回は敗北とも言えますなあ」
「……いや」
「どうしましたかな? ブルーベルくん」
「いや、ホントに狙うなら自分が行けば良かったじゃねえっすか。そうしなかったのって――」
 続く言葉を紡ごうとしてからブルーベルは「やっぱいいっす」と首を振った。そもそも彼女はベルゼーには興味は無い。
 全ては命を救ってくれた主の為に。奴隷としてラサで拐かされ、命辛々逃げ込んだ深緑の森で拾い上げてくれた愛しくてもふもふした主さまにだけ忠義を発揮するのだ。
「それで、カロンくん。これからの事ですが……」
「にゃーは眠いにゃー。一眠りしてから話すにゃあ」
「……」
 怠惰(マイペース)にも程のある冠位魔種はクッションの上で小さくなる。
 彼を手伝おうと決めたベルゼーは早速何をすれば良いのかと意気込んでは見たが、今は話す気は無いのだろう。
「じゃあアタシも昼寝しよ。主さま、何時起こします?」
「グラオクローネってイベントがあるそうにゃ。ブルーベル、あの甘いお菓子が欲しいにゃー」
「あ、はい。用意しまーす!」
 マイペースすぎる怠惰魔種達を眺めてからベルゼーはやれやれと肩を竦めた。
 ジャバーウォックは覇竜の上を越え、この地までやってくるだろう。

 屹度、覇竜領域ではジャバーウォックの姿が確認される。
 イレギュラーズが彼を撃退したのだと知れば闘志に燃えるものも出てくるだろう。
 ……愛しい同胞達が『特異運命座標(しゅくてき)』になる可能性は避けられぬだろうが――

「まあ、これも宿命ですからなあ……」

これまでの覇竜アドラステイア

トピックス

PAGETOPPAGEBOTTOM