PandoraPartyProject

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竜過ぎ去りてⅠ

「報告を」
 静寂漂う議場で静かな声音でそう告げたのは幻想王国の国王フォルデルマン三世であった。
 その背後に立つ『花の騎士』シャルロッテ・ド・レーヌもまた緊張したように表情を強張らせる。
「練達を襲ったとされる竜種はローレットによって撃退されたと――竜はその後、ラサや覇竜領域の上空を越えて姿を消したとの事です」
 席を立ち冷静に状況を報告するのは『幻想大司教』イレーヌ・アルエであった。
 竜の登場が国家を揺らがす危機を考え、嘗て留学していた白き都側との情報を照らし合わせ議場への報告に参じたのだろう。
『黄金双竜』レイガルテ・フォン・フィッツバルディはふと後方を振り返る。彼の側近たるザーズウォルカは静かに頷くのみだ。……大司教の意見をフィッツバルディ家が調べた情報と乖離ないかを確認したのだろう。
「ならば幻想には影響はないのではなくって? 竜が彼方へと尾を巻き退いたのであれば――ですけれど」
 口元を扇で隠して『暗殺令嬢』リーゼロッテ・アーベントロートは問いかけた。
「ラサの商人達も此方へと飛ぶ影は見ていないと証言しています。アーベントロート同様バルツァーレクも此度の竜は幻想に影響を及ぼさないと――……陛下?」
 ローレットのイレギュラーズ達が覇竜領域の亜竜種達と縁を繋いだ事も先に報告され居た。『遊楽伯爵』ガブリエル・ロウ・バルツァーレクは必要あれば亜竜種を招集すれば良いと口を開き書けてから何かを考え込むフォルデルマンに気付いたように首を僅かに傾いだ。
「いや」
 幻想を襲った奴隷事件の一件で旧友を無くした若き王は其れなりに心を入れ替えた、というのがガブリエルの印象だ。
 出来る限り執務机に向かい、僅かでも国を顧みるようになった『馬鹿王』は今や『ちょっとは考えられる王様』に格上げされた筈なのだが……。
「竜を見てみたい」
 言うと思ったと言いたげにげんなりしたレイガルテに興味もなさげに紅茶に口を付けるリーゼロッテ。
 芸術家として優美な竜を見てみたい、あわよくば美食家としてワイバーンの卵を食べてみたいガブリエルは同じくとは言い出せぬまま妙な顔をしたのだった。
「……一先ずは、警戒を怠らないという結論でよろしいですか? 陛下」
「う、うむ……」

「――竜種か」
 そう呟く『鉄宰相』バイル・バイオンは竜が現れたと聞くだけで熱気高まる大闘技場ラド・バウを思い返す。
 竜殺しの誉れとローレットのイレギュラーズ達が口にすることがあるように、この国では脅威である竜も自らの手で降すべき存在でしかないのだろう。
「竜種って、リヴァイアサンより弱いんでしょう?」
 饅頭を頬張る『セイバーマギエル』リーヌシュカに「そういえば戦ったのだったな」とアンドリュー・アームストロングが頷く。
 念には念を入れてバイルがラド・バウ闘士を招集してみたは良いが、今や『竜ってどれくらい強いのだろう?』談議に花が咲く有様であった。
「……多分、ウォンバットより、強い……よ?」
ギエエエエエッ
 饅頭を千切りながら食べていた『ラド・バウの幽霊』ウォロク・ウォンバットに相棒のウォンバット『マイケル』が非難めいた声を発する。
 部屋の隅で筋力トレーニングを続けていた『野生開放』コンバルグ・コングは「ドラゴン オレ クウ!!!!」と突如として叫んだ。
「……食えるのか?」
「……食べたこと、ない……」
 首を振るウォロクにゲルツ・ゲブラーは話が纏まらないと嘆息する。ラド・バウ闘士達は戦う事は出来るが深く考えることは得意ではない事を見せ付けられている気持ちにもなる。
「でも、リヴァイアサンの時は皆で手伝ったのに今回は呼んでくれなかったよね。
 陛下も生きたかっただろうし、ボクだって皆のために頑張ったのになあ。ちょっと寂しい」
「悠長にアタシ達にデートの誘いをしてる暇はなかったのよ。それにあの時は最初からちょっかい掛けてたじゃないの」
 むうと唇を尖らせたパルス・パッションにビッツ・ビネガーはネイルを直しながらそう言った。
「でも、皆が苦戦した相手なんでしょ? そうだよね、宰相閣下」
「無論」
「じゃあ、強いんだ」
 パルスはぐいと身を乗り出してバイルに問いかけた。宰相は静かに頷くだけ。
 竜は強い。この鉄帝国のS級闘士を送り出したとしても勝てるかは分からない。
「陛下も戦いたいかな? ガイウスも戦いたがるよね。ザーバは? ザーバはもう我慢できなくなっちゃった?」
 自身も戦ってみたいと言いたげなパルスを落ち着かせるようにビッツはそっとその方に手を置いた。
「何処に行ったか分からないのでしょ。竜種はね――ね、じゃあアタシ達が出来ることは?」
「勿論、戦闘(うた)って皆に魅せることだね! そう決まったらラド・バウに行くよ! ほら、リーヌシュカもマイケルも急いで!」

「竜種は退けられたと」
『峻厳たる白の大壁』レオパル・ド・ティゲールの報告に頷いたシェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世は「竜種は西へ向かったと」と問う。
 混沌大陸東部に位置する天義にはその影は見ることもなかった。それは幻想王国も同様であるらしい。中央大教会の大司教曰く、其れ等はラサや覇竜領域の上を飛んでいたとのことだ。
 騎士達はいつでも出陣できるように準備を整えている。竜種はこの国を襲った『強欲』よりも脅威であるか果たして――
 シェアキムが思い悩む中、レオパルへと報告に参じたリンツァトルテ・コンフィズリーは「アドラステイアについてのご報告を申し上げます」と傅いた。
「アドラステイア、か」
「都市中層へと潜入する為の準備であります『通行手形』がローレットに届けられたとローレットの情報屋より連絡がありました。
 機会を伺い、中層にて『オンネリネン』の本拠の調査やイコルやティーチャー・マザー等の更なる調査を行えるとのことです」
 アドラステイア――それは天義の頭痛の種の一つでもある。リンツァトルテの報告の大部分は彼の旧友である探偵サントノーレが齎したものだ。
 サントノーレとアドラステイアで魔女の烙印を押された少女ラヴィネイルはあの閉鎖的な都市の調査を騎士団に代わりローレットと共によく行ってくれている。
「しかし、まだ中層なのだろう」
「はい。中央部に当たる上層への潜入はまだ為し得ず漸く中層へと踏み出す一歩を得ただけとなります。
 ……都市への調査も継続的に行っては行きますが、早期の解決は難しいかと」
 苦しげに呟くリンツァトルテにシェアキムは良いと首を振った。『不正義』とまで謳われたコンフィズリーの血を引く青年が国家が為に尽くしてくれているのだ。
 これ以上の我儘を賢王たるシェアキムは口にはしない。
 天義はアドラステイアという問題を抱えている以上、竜による襲来は免れたい一心であった。
「……レオパル、それにリンツァトルテ。これは憶測で構わない。『竜種は何処へ向かったと思う?』」
 問いかけるシェアキムにレオパルはリンツァトルテに先に答えるように促した。緊張したように息を呑んだリンツァトルテは静かに答える。
「恐らくは――深緑かと」
 それは、ラサを越え、覇竜領域をも越えていった竜の行き先。
 新年の吉兆占いで不吉を告げた閉鎖的であった幻想種達の森。天義とは異なる信仰をその胸に宿した長命の種が生きる場所。
「同じく。竜が向かったのはかの地であろうと推測しております。
 練達に我が国と同じ『大いなる災いの者』の気配がしたというならばその気配の薄いあの国こそ、次の決戦の地となる可能性も考えられましょう」
 幻想には『色欲』の影が。海洋には『嫉妬』の影が。そしてこの天義には『強欲』の影があった。
 砂漠と山岳を越え、向かう先に大いなる災いの影が降るならば――それはあの深き森だろう。
 レオパルに重く頷いたシェアキムは「予想が外れることを願うばかりだ」と苦く呟いた。

これまでの覇竜アドラステイア

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