PandoraPartyProject

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夜もすがら

 風が吹く。季節の割には温やかな風が、どこぞより。
 豊穣郷カムイグラ。その、一角。久遠なる森と呼ばれる場所がある。
 広い森の果てには何があるか――踏み込めば帰ってこれぬとされる地の、近くに。

「さーてここが久遠なる森って所か……なーにがあるんだかなぁ」

 一人の鬼人種が訪れていた。
 蒼い髪を携えた少年の様な風貌を持つその者の名は――巴。
 巴は豊穣各地で傭兵というか用心棒というか……一言でいえば何でも屋の様な事をしながら日々各地を転々としている者だ。そんな巴がこの久遠なる森へと訪れた理由は、昨今『牛宿大寺』でも話題になっている行方不明事件の調査の為。
 四神玄武を通して神使にも幾つか話は伝えられているが、当の行方不明者となってしまった者の身内から個人的な依頼が既に出されていたりもするのだ……
 あの森の事を調べてほしいと。
 そして巴はそんな依頼を受けた一人である――巴自身、この地の噂は知っていれども今更恐れる様な気質はない。それよりもむしろ誰も見た事がないかもしれぬ未知の領域があるとすれば、己が好奇心を擽られている程である……
 が。辿り着いたのが真夜中であったが故にどうしたものかと思案中だ。
 明日、明るくなってから往くべきだろうか。それとも夜の闇に紛れて行動すべきか。
 少々悩ましいと思考を巡らせていた――その時。

「――待ちなさい、君。その森へと進むつもりかね?」

 巴の背後から声が掛けられた――
 思わず振り向く其方の方へと。さすれば木の陰に佇んでいたは一人の老人……
 誰だ――? さっきまで周囲に気配はなかったはずなのに――?
「……へっ! 爺さんなんだい。近所の村の人か――?」
「うん? うん……まぁそのようなモノか。それよりもこのような時間に森へと足を踏み入れるのは止めるんだ。ここは昼でも多くの妖の類が出てくるのだよ――実に危険だ。戻りなさい」
「そう言われるとむしろ行きたくなっちまう所なんだよなぁ!!」
 ダメと言われたらむしろダメと言われた事をしたくなるものだ!
 巴の内に渦巻く反骨心が燃え盛る――と言うと大げさだが、しかしいずれにせよ機会と時間の問題ではある。依頼を受けた以上、今さら引き下がる選択肢などないのだから、進むこと自体は既定路線だ。後は今行くか明日にするか程度の話であって……
 と、すれば老人はやや大きめの吐息を零すものだ。その理由は。
「……やれやれ。ここ最近、君の様な若人が増えているから困りものだよ。一体全体どうしたことか……」
「んん? あー成程。俺と同じ依頼を受けた連中がもう入ってんのか」
「依頼?」
「なんだ爺さんしらねーの? ここ最近行方不明者が出てんだよ」
 久遠なる森の周辺で、と。緑髪の老人へと巴は簡潔に言を紡ぐ。
 今の所この森で何かが起こっているという証拠がある訳ではないが――しかしこの近辺で頻発しているのならば無関係ではないだろうと。故に老人が言っていた若人達とは巴と同じような目的をもってこの森の中へと進んだ者達の事だろうと話して……
 さすれば。

「……なぁ君、一つ聞きたいのだが――それは今代の『帝』の命なのかね? それとも……瑞か?」

 ――はぁ?
 素っ頓狂な声が思わず出た。
 帝? なぜ帝の名前がここで出てくるのだろうか?
 この豊穣の大地を統括しているのは確かに霞帝ではあるが、しかしだからといってこの国で起こる全ての物事に帝が関与しているとは限るまい――ましてや黄泉津の神の名まで口にするとは――
 何か、おかしい。
 この老人、もしや今起こっている事態に対する事情を……
「いや結構。今の君の表情で分かった……どうやらそう事態は大きくない、個人的な範疇のようだな。
 ……しかし、どうせこれも『いずれ』はの問題か……」
「なんだよ爺さん! アンタ何か心当たりでも――」
 瞬間。突如として巴の頬を――温い風が撫でた。
 それは久遠なる森の奥から運ばれてきた風。
 ……舞い散る木の葉が巴の美しい瞳に絡みつかんとする。
 思わず閉じる瞼。拭う様に葉を除ければ、しかし。
「……あれ? 爺さんどこ行った? おーい! こら、逃げんなー! どこだ――!」
 その短い間に――老人は既に姿を消していた。
 ぬがー! と巴は周囲を駆け巡る。あの老人何やら訳知り顔であった、と……
 何か情報を得られるやもしれぬと――しかしどれだけ探しても結局見つからず。
「はぁ、はぁ、はぁ……もう、いいや、とりあえず、もう、明日に、しとく、か……」
 息を切らして近くの廃屋が丁度あれば、その中へと入り即座に倒れ果て。
 森に一番乗りでないのなら焦る事もないと――巴は蕩けそうな疲れの中で思考しつつ、そのまま爆睡。
 深い眠りへと誘われる。

 温い風が吹いていた。
 まるで巴達の様な外の者を歓迎する様な。
 或いは――『引きずり込まん』とする様な、肌に絡みつく、息吹の如き風が。
 吹いていた。
 ……温い風が吹いていたのだ。


 ※豊穣の地で不穏な気配があるようです……

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