PandoraPartyProject

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彼岸花を背に天色紡ぎ

 星読キネマは鹿ノ子が遮那を庇いテアドールの光槍に貫かれて命を散らす事を予見していた。
 されど、イレギュラーズ達が鹿ノ子の運命に介入したのだ。
 結果として、テアドールが放った光槍は弾かれ、軌道を変えて地面に落ちた。

 今から紡ぐ一幕は、有り得なかった道筋だ。
 特異運命座標が手繰り寄せた、奇跡の分岐。
 変更された未来への道筋。

 ――――
 ――

 水の加護が満ちた柊遊郭の前で遮那は膝を着いた。
 朱雀と白虎との戦いは熾烈を極め、水の加護が無ければこの色町は焼き尽くされていただろう。
 されど、神使の助けにより四神の二柱を退ける事が出来た。それも、被害を最小限に抑えてだ。
 崩れた家屋は直ぐに元通りになるだろう。
 これも其れも全ては神使のお陰だった。

「ありがとう皆。本当に助かった」
 遮那は神使達に労いの言葉を掛ける。
 その隣に鹿ノ子が身を寄せた。『隣』に立っていた。
「もう、いいッスか?」
「ああ。私の為すべき事は大方、片付いた」
「本当は貴方を守って散る事ができればと思ってたッス。でも、みんな優しいから」
 テアドールの光槍は神使によって弾かれた。だから鹿ノ子はこの場に立って居られる。
「鹿ノ子……」
「約束です。どうか僕の事を『忘れてください』」
 見上げてくる鹿ノ子に視線を落す遮那。
 唇を噛んで、息を吐いて。震える声色。
「ああ、其方との時間は、掛け替えの無いものだった」
 言わねばならぬその言葉。次句を告げたくないのだと瞳が語る。
「だが、この先へは連れて行けぬ。私が落ちるは地獄だからな。――其方の時間を解く
「はい」

 鹿ノ子は夜妖憑きとして遮那に斬られ、死ぬ寸前で『忘れないで』と願った。
 それは遮那の願いでもあった――忘れたくないと想ってしまった。
 だから、ヴェルグリーズの因果を結ぶ呪いによって時間を止める事となったのだ。
 鹿ノ子の髪が色を変え黒翼を持っているのは夜妖憑きになった後に時間を止めてしまったから。
 だから、それを解くということは、止まった時間を正常に戻すということ。
 ――鹿ノ子が死ぬということ。
 彼女を戦場に出さなかったのは、儚く散ってしまうかもしれないと危惧したから。
 毎夜、睦言を重ねたのは終わりがある事を知っていたから。


 星読キネマが映し出した未来では、神使は何も知らされず。
 テアドールの光槍に貫かれて鹿ノ子が散ってしまうはずだった。
 そして、戦場に響き渡る遮那の慟哭を聞く予定だった。
 暗躍していたテアドールの思惑はその道筋を描いていた。
 けれど――『そうはならなかった』のだ。
 これは、神使達が掴んだ未来。
 妖刀廻姫がひび割れ、所有者が仮だとしても星羅に移った事で『因果を結ぶ』力が弱まった。
 遮那がヴェルグリーズの権限を星羅に委ねたからこそ、引き寄せることが出来た結果。
 神使達は導いたのだ。在るべき姿への回帰の道を。

「ここで、お別れッスね。遮那さん……愛していました」
「私もだ鹿ノ子。――其方を愛していた」
 曼珠沙華の花が一面に咲き乱れる。
 鹿ノ子の輪郭が薄らと滲んでいく。

 これから遮那は動乱の責任を負って斬首されるつもりなのだろう。
 人は『首謀者』が討たれなければ心の安心を得られない。
 だから、鹿ノ子は生きろとは言わない。それが遮那の意志であるならば。
 それでも、彼の周りには心優しい人ばかりいるから生きる道もあるだろう。
 自分が『隣』に居る事は叶わないけれど。
 終わりを迎えるなら貴方の腕の中がいいと鹿ノ子は微笑んだ。
 曼珠沙華の死を刻んで。
 鹿ノ子の身体が弾けて彼岸花が一面に咲く。

 もしも、生まれ変わるのなら。
 今度はあなたの隣に居たい。


 ――――
 ――

「星羅、妖刀廻姫を此処へ」
 遮那は零れ落ちる涙を拭い、振り返った。
 その琥珀色の瞳には悲嘆は無く、強い意思を宿している。
「何処へ行こうというのですか」
 ヴェルグリーズを差し出した星羅は眉を寄せ問うた。

「帝の元へ。この剣と対になる鞘を持って居るのだ。そして、私が成さねばならぬ事はまだある」
 市井の者が神の狂化を信じるはずがない。
 ならば、人の身である『首謀者』が必要なのだ。
 それを討つ事で、市井の人々は安寧を得る。心から安心する事が出来る。つまり、夜妖の存在も減るということなのだ。
「だから私は帝にこの首を差し出す」
「そんな! 遮那兄様!」
 遮那の元へ駆け寄って来た瑠々を抱き留めて「よくやった」と頭を撫でる。

「首を差し出すって易々と」
 口調を直す余裕も無く、伽羅太夫は遮那に詰め寄った。
 その後ろには正純が困った顔をしている。
「正純もタイムもよく持ちこたえてくれた。ありがとう」
「遮那様……」
「安易な考え等ではない。私がこの命を賭して誓ったのだ。この国の為に闇を纏うと」
 忠継を討ち、鹿ノ子を斬った時から既に覚悟はしていた事。
 ヴェルグリーズもそれに納得して傍に居てくれた。
「そんなのっ……」
 伽羅太夫も正純も理解している。だからこそ否定することが出来ない。
 その為に覚悟を持って悪を背負ってきた事を、伽羅太夫は一番身近に知っているから。
 溢れそうになる涙を正純の肩に押しつける。

「遮那様……ッ」
 決戦の地である帝の元へ向かう遮那の背に抱きつく朝顔。
 必死に放すまいと離れまいと天色の瞳から涙を流す。
「朝顔。今日を以て婚約は破棄だ。優しい亭主でも見つけて幸せに暮らすが良い」
「……嫌です! 私は天香遮那の婚約者です! 貴方が罪を背負うというなら、私も地獄へ行きます」
 遮那が覚悟を持って死を選ぶというのなら、伴侶となる自分が連れ立たなくては意味が無い。
 生涯を共にするとはそういう事なのだ。
「朝顔よ。私は其方が大切だ。だから、連れて行けぬ」
「遮那様……っ!」
 朝顔に振り向き、その小さな手を取り跪く遮那。
「私は本懐を遂げる。これは変わらぬ信念だ。だが……」
 琥珀の瞳が朝顔を見つめる。

「――もし、世界が私を生かすのなら。必ず、其方の夫となろう」
 新たな誓い。
 この世界に問う、眩い未来への分岐。
 遮那と朝顔の物語へ続く一歩。

 それは、神使が運命に光を灯した結果だ。
 鹿ノ子の死を納得の行く形で終えられたからこそ。
 終わらせてくれた神使達が居たからこそ。

 紡がれる道筋なのだ。
「分かりました。私は良い知らせを待っています。信じています。だから、必ず『本懐を遂げて』下さい」
 朝顔は諦めていない。遮那を信じているから。
 だから、真っ直ぐな天色の瞳で送り出せる。
「ああ、必ず」

 咲き乱れる彼岸花の赤涙を越え。
 因果を紡ぐ妖刀廻姫を以て、鞘を持つ帝の元へ。
 結実の時が訪れる――

 ※神異の戦況報告が届いています――!!

これまでの再現性東京 / R.O.O

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