PandoraPartyProject

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帝都星読キネマ譚:琥珀刻風

 四神の眷属による粛清。強すぎる太陽の光は均衡を崩し侵食が始まる。
 遮那は資料を机に投げて大きく溜息を吐いた。
「次はどう出てくる……?」
 苛立ちを露わにした遮那は考え事をするように深く椅子に腰掛ける。
 部屋の隅に佇む巫女アーマデルを見つめた。
「お前は軍艦一隻と同等の金を積んでサンドストームから買った」
「はい」
「ならば、其れだけの働きをして貰わなければならない。分かるな?」
 遮那の言葉にこくりと頷くアーマデル。それだけのお金があれば村は安泰であろう。
 この身に何が起きようとも大丈夫だと自分に言い聞かせるアーマデル。
「そう思い詰めた顔をするな。取って食う訳じゃ無い。お前を此処に呼んだのは戦力としてだ。その依代たる器と中身。私達と共に戦って貰う」
 薄衣に包まれた褐色の肌は美しいが、生憎と遮那は女の方が好みだ。

「今日も僕を連れてってくれないッスか?」
 椅子に座る遮那の背後から鹿ノ子の細い腕が伸びてくる。
「……だめだ」
「僕はそんなに弱そうに見えるッスか?」
 頬が触れあい、じんわりと暖かさが伝わって来た。同時に寂しさも。
「其方は来なくて良い。此処に居れば良いのだ」
「どうして?」
 こんなにも傍に居るのにと鹿ノ子は遮那の首筋に抱きつく。
「……」
 唇で遮那の首筋を食んだ鹿ノ子は自分を置いて行ってしまう恋人に憤る。
 一度は振り払われた手を、掴んだのは鹿ノ子自身。
 だから、後悔などありはしない。傍に居られればそれで良いのに。
 されど遮那は鹿ノ子を戦場から遠ざけるのだ。

『――連れて行けば良いではないか』
 地の底から這い出たような威圧感が部屋の中に響いた。
 アーマデルの背中から黒蛇が一匹顔を見せる。
 彼に宿った蛇神『クロウ・クルァク』の声だ。
『己が傷付く可能性があろうとも、共に在りたいと願うのだ。其れを連れて行かぬとは、好いてくれる女に恥をかかせるつもりか? まあ、其れも一興だがな』
 くつくつと笑うクロウ・クルァクに遮那は鋭い視線を向けた。
「黙れ。悪しき夜妖め」
『ほほう。その悪しき夜妖の力を頼らねば事を成す事も出来ぬ小僧が、我に指図するか? 其れに我は悪しき夜妖などと下等なものではない。信仰を得た『真性怪異』と呼ばれるもの』
 黒蛇から天井に届きそうな程背の高い人の形へと変幻したクロウ・クルァクに遮那の眉が寄せられる。視線を傍らに控える廻姫へと流した。
「では、この廻姫に憑いた『白鋼斬影』もそうであるのか?」
 夜妖である妖刀廻姫に憑いた夜妖――白鋼斬影。
『この我と対を成すのだぞ? まあ、とんだじゃじゃ馬だがな』
 遮那はクロウ・クルァクの応えに口の端を上げる。
「成程。どちらも軍艦一隻の価値はあったようだな。無駄金にならなくて済んだ。テアドールの言葉は間違ってはいなかったらしい……まあ何を考えてるか分からんから信用できんがな」

『黙って聞いていれば……私を馬扱いですか?』
 廻姫の隣に白光の粒子が集まり、やがて人の形を成形した。
『戯け。言葉のあやだろうが。それぐらいで腹を立てるな。依代が潰れるぞ? キリよ』
 美しい銀髪の長い髪。怪しく光る金瞳。『キリ』と呼ばれた線の細い青年は優しげな微笑みを浮かべる。
 紫色の着物を着て、顔にはまあるい眼鏡が掛けられていた。
『まあ、依代に潰れて貰っては困りまるのは事実ですからね――話しを戻しましょう』
「そうだな。だが、やはり神使を頼るしか無い、か」
 遮那は眉を寄せて唇を噛む。
 自分達の力では『未来視』までは及ばない。事を未然に防ぐという事が出来ないのだ。
 されど後手に回り、取り返しのつかない状況になるのは避けなければならない。
 藁にも縋る思いというのは今のような事を言うのだろう。
「テアドール、居るのだろう?」
 遮那の前に『黄緑の光』が現れた。黄金の粒子を煌めかせ『妖精』の姿を取る。
「はい。ここに居ますよ」
「朝顔と正純を秘密裏に柊遊郭の伽羅太夫の元へ避難させてくれ。あと、瑠々には三人の守りを任せる。いざとなれば『封縛を解いて構わない』と伝えろ。雷神の子ならば多少の時間は稼げるだろう」
「時間稼ぎの駒として使うのですか?」
 テアドールの言葉に遮那は口の端を上げた。
「ぬかせ。その様な事は愚問だ。……あれは『私の妹』だぞ。信頼してこそ、だ」

 遮那は立ち上がり掛けてある外套を羽織る。
「では、行くぞ。アーマデル、廻姫。軍艦一隻の以上の真価を発揮してみせろ」
「御意」
「……分かった」
「僕を忘れないでくださいッス!」
 遮那の手を握った鹿ノ子は少しふくれっ面で恋人を見上げた。

 九重葛の一夜の恋は十六の頃。
 最上級太夫の馴染みになど成れはしない。
 されど、二十を超え知った『愛』は何よりも大切で。
 忠継と安奈の終焉をしっているからこそ。
 鹿ノ子を戦いから遠ざけたい思いがあった。

 けれど、きっとこの戦いは『最後』になる予感がする。
 最後まで立って居られるように、挫けないように、この背を見張っててほしい。
「行くぞ、鹿ノ子」
「はいッス!」

 決着をつける時はすぐそこまで――

「遮那兄様。必ず、瑠々は皆を守ってみせます」
 皆で無事に生きて帰る。
 その為には、封縛を解き、この身を雷神の子として再び顕現させても構わない。
 天から追放された自分を『妹』として迎えてくれた『兄』の為ならば。
「だからどうか……」
 必ず、勝って――

これまでの再現性東京 / R.O.O

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