PandoraPartyProject
帝都星読キネマ譚:カフェーの窓辺で
珈琲と木の香りが混ざり合った独特の匂いが鼻腔を擽る。
白いコーヒーカップに揺れる色相が何処か別世界のようで、遮那は小さく息を吐いた。
カランカランとドアベルが鳴り、ブーツの靴音が近づいて来る。
テアドールが言うには新しいクライアントとの顔合わせという事だったが。
どうやら、計られたらしい。
「くそ、テアドールめ」
小さく悪態を吐いた遮那に美しい女性の声が降り注ぐ。
「お久しぶりですね琥珀様」
「お元気でしたか?」
遮那の前に現れたのは小金井正純と隠岐奈朝顔だった。
天香遮那という名前を公の場で出せない現状、正純達は遮那の事を『琥珀様』と呼ぶ。
テアドールの計らいなのだとすれば、正純達の前にもあの妖精は現れているという事なのだろう。
夜妖では無いが、妖刀廻姫や蛇巫女を呼んだのを見るに何か裏がありそうだと遮那は眉を顰める。
テーブルの向かいに座った正純と朝顔はウェイターにコーヒーとメロンソーダを注文した。
コーヒーを一口飲んだ遮那は正純へと視線を向ける。
「何故、連れて来た」
このヒイズルの街は夜妖や神やらの影響が濃く出ていた。
特に四神や豊底比売に仇なすとみなされた遮那に会うことがどれだけ危険か、正純には分かっているはずなのだ。それでも、朝顔を連れて来たのかと責め立てるように遮那は正純を見遣る。
その視線を正純は目を細め正面から受け止めた。
久々に見る遮那の琥珀の瞳は、家を出た時より鋭くなっているけれど。
それでも、正純や朝顔を大切に思う、真っ直ぐな――心配そうな――色は変わっていない。
「私が、お会いしたかったから。正純さんにお願いしたんです」
正純の隣に座る朝顔は天色の瞳で遮那を見つめた。
数年前より大人びた朝顔の表情と喋り方。貴族の令嬢に相応しい所作に遮那は感心する。
だが、美しい射干玉の髪をした『大切な家族』は、以外と強情な所がある。
渋る正純を強引に籠絡して、この場に来たに違いない。
「朝顔……正純を困らせるな。私が何の為に其方を置いて行ったか分からぬ程、愚かではないだろう?」
「琥珀様、もう少しレディには優しく」
正純の指摘に眉を下げて視線を逸らす遮那。どうも正純と朝顔を前にすると調子が狂う。
遮那は落ち着きを取り戻そうとコーヒーを一口飲んだ。
「それで、用事は何だ?」
「決着の時が迫っていると知りました。待っているつもりでしたが……やっぱり少し不安になってしまいました。ごめんなさい」
頭を下げた朝顔の黒髪が肩から流れてテーブルに落ちる。
「テアドールから聞いたか?」
「はい。『黄緑の光』を纏ったテアドール様は詳しい話しは教えてくれませんでしたが、琥珀様とお会い出来るのは、ともすれば最後かもしれないと。だから、いてもたってもいられず」
朝顔の言葉を聞いて長く息を吐いた遮那は「そうか」と零した。
「……必ず、この国の未来を守ってみせる。だから、心配をするな朝顔」
「その未来の中に、琥珀様はきちんと入ってますか?」
遮那は真剣な表情の朝顔に押し黙るまま。
何故なら、此までの道のりの中で、遮那は多くの命を奪ってしまっている。
妖刀廻姫を制御できなかった未熟さ故に、夜妖を祓えず殺してしまう事もあった。
罪の業を背負った自分に、幸せな未来などあっていいはずがないのだ。
楠忠継をこの手で殺した時に、覚悟は決めていたのだから――
これまでの再現性東京 / R.O.O
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