PandoraPartyProject

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深淵スコル・ハティ

「やぁ手間をかけさせたね」
「ああ全くな事だよ、道中喧しいったらありゃしない……さっさと処置してくれ」
 幻想で起こっている動乱に巻き込まれし少年、アンジェロ・ラフィリアは暗闇の中にいた。
 耳に聞こえてくる二つの声――一つは己を此処へと連れてきたレヴォンなる貴族だが、もう一人は誰だろうか。今のアンジェロにソレを確認する術はない。
 なぜならば全身を拘束されているから。
 目は塞がれ、口元には猿轡を。
 何か寝台の様なモノに横にされ四肢と首も完全に固定されている――
 手首に感じる鉄の冷たさはどれだけ力を籠めようと欠片も動かず。
 声を発しようとしてもくぐもった掠れ声が零れるのみ。
 顔を横に動かすもままならぬ程の厳重な拘束……その、耳元で。
「安心したまえ。我々は君に危害を加える気はない――
 そう。ただ君には少しばかり協力してほしいだけなのだよ」
 レヴォンではない、別の男の声が囁かれた。
「聞いている。君はスラン・ロウの扉を開けたそうじゃないか。
 王族の血を引く者にしか反応しない扉を、ね」
「――――」
「我々はそんな君にしか出来ない事を頼みたいのだ」
 何の話なのか、アンジェロには一切読めなかった。
 今アンジェロに話しかけている人物が――『過去に存在した人物』達の記憶を特殊な技術により現代に蘇らせている組織『レアンカルナシオン』の頭領であると理解していれば、ある程度話は読めたかもしれないが……囚われ、そして強引に連れてこられたアンジェロにそこまでの推察が行き着く筈もない。
 アンジェロがスラン・ロウの――本来、王族――より正確には勇者王に連なる血を持つ者でなければ開かない扉を開けたのは事実だ。
 そしてアンジェロは遥か以前より両親から、自らは『尊き血族』の血を引いているとは――教えられていた。
 しかし認識としてはそこまでだった。
 アンジェロは奴隷として囚われ、体付きも特段優れているとは言えず。
 今まで本当に自らに『血』が流れているのか……疑問に思ったことが無かったわけではない。
「――ッ、ぅ?」
 瞬間。腕に軽い痛みが走る――注射か?
 何かを入れられている。さすれば、段々と生じるのは全身の脱力だ。
 ――力が入らない。
 筋肉そのものが弛緩する様な感覚。

「君の中に流れている『偉大なる祖先』の血こそが必要なのだ――そう。
 幻想の英雄、勇者アイオンの復活の為に」

 ――同時にアンジェロの脳髄が『回る』様な感覚を得る。
 激しい悪路を走り、今にも横転しそうな馬車に乗せられているが如き酩酊感。
 直接頭を何度も揺さぶられるが如き嘔吐感。
 なんだこれは――瞼の裏に。閉じている筈の暗闇に幾つもの光景が映る。
 知らぬ光景。知らぬ世界。知らぬ『記憶』とばかりに。
 まるで己が脳髄を塗りつぶさんと――いや、強引に『張り付かん』としている様で――
「ぉ、ぅ、ぇ」
 喉の奥から何かがこみあげてくる。猿轡の所為で吐き出す事もままならぬが。
 いつまで続くのかこの感覚は。
 目の奥が焼かれる。体が内から弾けんとする程の感覚があれど、拘束具の中では無力な小鳥の如く。
 一瞬とも、永遠とも思われる時間を過ご――せば。

「ぁ あぁ アアアアア――ッ!!」

 響き渡る絶叫が――喉の、いや腹の奥底から吐き出された。
 同時、猿轡の端から零れるは唾液の雫。
 窒息してはならぬと、男がすぐさま轡を取り払え、ば。
「やぁ――『君』が『誰』だか分かるかい?」
 声を掛ける。
 口端を指で拭いながら。さすれば荒れている息は徐々に、徐々に落ち着いていき。
「ああ……」
 そして彼の瞳には力が宿る。
 見える。見えた。見えたんだ。かつての勇者の軌跡が。かつての尊き血族の歴史が!
 ――彼の脳髄に到達せしはまるで穴ぼこだらけの写真の数々。
 行った事のない場所を『知っている』
 話した事がない人物との会話を『覚えている』
 この様に剣を振ったことがあるのだと脳裏に過る――
 それらを『妙』だと思う事もなく彼の心は確信に、充足感に先に満たされつつあった。
 ああやはりそうだった。そうだったのだ! 『己』は! 『己』に流れる血は!!

「――アイオン」

 かつて両親から伝えられていた通りに尊かったのだと。
 そう『アンジェロ』は確信した。
 ああ――やっぱり自分には力があったのだ。だから、これで彼女が。
 リルが守れるのだと。
 今までに、かつてない程の高揚感に包まれながら……


 ……『ソレ』が。
 本来たれば残存の意思を『上書き』する術式であり。
 本来たれば以前の記憶に『上乗せ』する様な状態にはならぬものだと彼は知らない。
 継ぎ接ぎだらけの、脆く崩れる砂の城に座しているとは気付かぬままに。
 アンジェロ・ラフィリアは高揚感に包まれていた。

これまでのリーグルの唄(幻想編) / 再現性東京 / R.O.O

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