PandoraPartyProject

PandoraPartyProject

フリュムの選取

「今世の勇者も、全く以て侮れんものらしい」
 そう零して豪奢な椅子へと鷹揚げに腰掛けた女――フレイスネフィラは、頬杖をついて瞳を閉じた。
 古代彫刻めく完成された肢体は、あるいは巨匠の名画のようにも感じられる。

 この日のために用意させた極上の茶葉も、優雅な時を約束してはくれなかった。
 シャンデリアさえくすんだように、室内に居並ぶ顔は皆、決して明るいものではない。
 苛立ちの裏に焦燥さえ感じさせるベルナール・フォン・ミーミルンドは、手つかずの焼き菓子を侍女に下げさせ、一枚の羊皮紙を受け取った。幻想王国の地図である。
 クローディス・ド・バランツをはじめ、数名の貴族達の視線が集中するが、ベルナールは地図上に多数示された作戦失敗の印を指先で撫で、「ああ、もう」とだけ呟いた。
 集まった貴族達の議題は『今後の展望』である。彼等が行っていることは、貴族同士の抗争という枠を越え、もはや幻想という国家への反逆にも等しいだろう。

 ミーミルンド派の貴族達はかねてより対抗勢力に目星を付け、力をそぎ落とすための策略を練っていた。古代の魔人フレイス・ネフィラと共に現れた巨人達と、ウィツィロに封印されていた古代獣と共に、波状的な襲撃を行ったのである。結果は誰もが知る通り、対抗勢力――即ちイレギュラーズの大勝であった。
「……赤ワカメの小僧めが。何が勇者選挙か。血迷いおって」
「さすがに言葉がすぎましょうぞ。陛下が頭陛下にあそばされたまでのこと」
「カカカカ! やれ愉快!」
 貴族達はしょうもない密談を交しながら、『敗戦』の傷痕をなめ合っている。
 幻想各地に出現した大量の魔物討伐を支援するため、幻想国王フォルデルマン三世は、あろうことか勇者選挙などというふざけた施策を発布した。結果として、既に幻想国の英雄であったイレギュラーズは、更に勇者などという称号さえ帯びることになってしまったという訳だ。放蕩蒙昧で知られる現国王は暗君の印象が強いが、なぜだかイレギュラーズと行動を共にすると、上手く回ることが多い。そうさせているのは、イレギュラーズの活躍に相違なく、可能性の奇跡という言葉が脳裏を過ぎた。
 勇者王アイオンによって建てられたこの国において、勇者の称号は特別な意味を持っている。権力武力財力といったものと直接的に結びつくものではないが、民の好意を惹き、貴族の後押しを得るならば、それは充分な権威となり得るだろう。
 攻勢を仕掛けたはずのミーミルンド一派は、かくして敵を利する結果を招いてしまったことになる。
 更にはこちらの事情を嗅ぎ回る者も多くなっており、露見さえ時間の問題とも思えた。
 オークランドにせよ、ザヴァリシュにせよ、アスクウィスにせよ、奴隷商共にせよ。味方がどこまで上手く立ち回ってくれるものだろうかといった点においても、不安材料は尽きない。

 話題は暗いが、フレイスネフィラは、余裕のある表情を崩していなかった。
「いずれにせよ、死が足りぬ。特異運命座標の命一つ奪えなんだ無様は、我とて同じ。だが兵や民草を刈ることすら、さして叶わぬとまでくれば頭が痛いもの。なあ盟友殿」
「……そうは言っても、ねえ」
 話を振られたベルナールだが、それ以上は応えず、再び長い溜息を吐き出した。
 ミーミルンド一派は幻想貴族であり、多くは派閥の隆盛を、つまるところ家や自身の権勢拡大を望んでいる。フレイスネフィラの要求が、いかに『人の命』とはいえ、自領からの生け贄だと、安易に差し出す訳にもいかない。下賎な民とて銭は産むのだ。
「勝利の暁には、我等の支配する所、いたずらに国力を落とす訳にも行きますまいよ」
「鉄帝国に漁夫の利など狙われても、面白くありませんからなあ」
 貴族の一人が取らぬ狸の皮算用を述べ、幾人かがそれに賛同した。
 彼等は互いの判断を褒めそやし、家柄を讃えあい、続けてベルナールへのおべっかに忙しい様子だった。
「そも世が世であれば、ミーミルンド家は伯、いえ侯爵家となっていても」
 なにもかも、己に都合のよい方へ解釈するのは、貴族達の悪い癖だ。
 長く続くパワーバランスの帰結を『世が世』などという言葉で片付ける浅慮こそが、頭痛の種に違いない。
 当のベルナールからすれば滑稽にすら見える光景は、文字通りの茶番である。紅茶を注がれた『彼女』は、カップの端へと微かに口づけだけすると、再び地図へ視線を落とした。
 頼みの兵力である巨人とて、有限である。無為に消費する訳にはいかない。次の一手における選択の幅が限られたものになることは、誰にも分かっていることだった。

「しかしやはり、為すべきは為されねばならないでしょう。多数の殺害であれば毒や病を置いて他に」
 沈黙を破ったのは、クローディスであった。
「ならば早々に流せばよろしかろう。『いまどき』に習えば『兵は拙速を尊ぶ』ではなかったか?」
 賛同したのはフレイスネフィラだ。
「執るべき選択が限られているのであれば、致し方あるまいて。
 これ以上の力を使うのは惜しいが。なに、我も毒や病に通ずる呪いの作法には、知見もある」
「何を! ……いや結構。続けて頂こう」
 自身等の出した結論を反故とされ、思わず「無礼」と叫ぼうとした貴族の男は、この女がベルナールの大切な客人であることを思いだしたらしい。
「――知見ですか。何か具体的な案でも?」
 クローディスは、憮然とした表情の貴族を一瞥して鼻を鳴らすと、フレイスネフィラを促した。
「盟友殿におかれては、呪術師の一人や二人でもおれば助かるのだが、如何か?」
「それなら後ほど紹介させてもらうわ。それと――この廃鉱山はご存じかしら?」
 ベルナールは意を決したように、地図を指さす。
 鉱毒によって閉鎖された鉱山だ。崖を崩せば川と交わるだろう。
「なるほど! ご慧眼です!」
 クローディスが勢いよく立ち上がる。
 巌を砕くのは困難だが、巨人ならば実行出来るはずだ。戦に使うほどの消耗もしない。
「そこは結構ですが。しかし他の場所の選定というのも、なかなか難しいものですな」
「候補がなければ自領でもよろしいかと。民草などいくらでも生えてくるものでは?」
 豪奢な室内を、俄に騒然とした空気が包み込む。
 冷淡に過ぎるクローディスの弁には、さすがの貴族達とて慄然とした。
「卿はそう仰るが……。いや、所詮は下賎なる家畜ではあるか」
「財の活用も『高貴なる義務』の内にありましょうぞ」
「たしかに仰る通り!」
 幻想貴族らしい結論に達した者達も居るらしい。戦に財を割くのと違ないという訳だ。
 貴族達の会話が弾む中、ふいにベルナールがクローディスへと向き直る。
「……それから、あの子
「その件であればフィンケルスタインに手配させております。フレイス姫にはお力添えを」
「よかろ。そなたらの描く通りの結果となれば良いが。
 しかして封印の巫女のような何者かが現れたのも気がかりよな」
「封印の巫女とは?」
「はて――詮無き、我が忌々しき追憶のこと故、どうか忘れられよ」

 それから一同は、いくらかの時間をかけて策を練った。
 詳細な計画を詰めた貴族達は、ひとしきり頷き合うと、上質なグラスを掲げたのだった。
「我等ミーミルンドへ集う者達に、勝利の栄光があらんことを!」

これまでのリーグルの唄(幻想編) / 再現性東京 / R.O.O

トピックス

PAGETOPPAGEBOTTOM