PandoraPartyProject
揺らぐビフレスト
「――ああ、もう!」
呻いたのは『月』と謳われる美貌のかんばせの男であった。カールした長い睫が縁取った熟れた林檎色の瞳には焦りが滲む。
男――ベルナール・フォン・ミーミルンドの傍らでは困った顔をしたクローディス・ド・バランツが彼の苛立ちを宥めるように立っていた。
各国で領地を賜っている『勇者』達の活躍で『魔物共のパレード』が早期に解決されたのだ。
その『作戦立案者』としては此程までに早く解決されることは予想外で――
いや。それ以上に、フォルデルマン三世に苛立ったとでも言おうか。彼は暢気に彼らの活躍を讃え続け、周辺諸貴族の動きなど目もくれない。
――そうでしょうともね、『マルガレータが死んだ』時だって貴方は「そうか」だけでしたもの!
フォルデルマン三世は若くして玉座を譲り受けたこともあり、貴族の傀儡だという印象がベルナールには強かった。
事実、此の国は貴族がのさばり腐敗の一途を辿っている。更なる『権力』を求める者達は王政を牛耳るために『お飾りの妃候補』の椅子取りゲームを水面下で繰り広げているのだ。
ベルナールにとって『椅子取りゲームへと強制的に参加させられ、強制的に脱落させられた』妹の存在を思えば、この国の貴族など根絶やしにしたい気分であった。
権力など必要とせず、王権など興味も無い。平穏に家族だけで暮らしていければ良かったのに。
のうのうと暮らす国王陛下とその周辺貴族達への怨恨だけが彼を突き動かし、彼の元に集った『ミーミルンド派貴族』に凶行を行わせ続ける。
故に、国を揺らがすような魔物の凱旋を行ったはずだった。そして、其れによって『儀式』を行おうと――だが、それさえ容易く、食い止められたとなれば。
「ああ……ああ、もう! 全く持って『足りやしない』のに!」
「はい、ですが、大丈夫ですよ。ベルナール様。直ぐに何とかしますから」
うっとりと感情を滲ませて微笑んだクローディスがベルナールの背を撫でる。
ぱしり、とその手を叩いたベルナールは「触らないで頂戴!」とヒステリックを起したように叫んだ。
錯乱していても美しい――倒錯的な趣向を有するクローディスはベルナールのその表情を見ても尚、笑みを崩すことはなかった。
ミーミルンド派に属するクローディスにとって、『ミーミルンドの再興』は必要不可欠なことであった。勿論、彼が個人的に男爵や『彼の家族』に対して焦がれる感情はまた別だ。
「ベルナール様」
呼ぶクローディスのかんばせをまじまじと見遣ってからベルナールは何かを思い出したように彼を睨め付ける。
「そういえば、貴方……私の可愛い子達に手を上げているそうね。リルもアンジェロも……『私達にとっては家族』ではないの」
「あれは『躾』ですよ」
「躾ならそれでもいいって? ああ、もう……貴方ってとんだ大馬鹿だわ!」
「お怒りの表情も美しいですよ、ベルナール様」
うっとりと微笑んだクローディスにベルナールは「貴方は人の命など興味が無いのね!」と叫んだ。
作戦は失敗し、イレギュラーズの名声を高めるばかり。此の儘では『目的』は果たせない。
そろそろ、タイムリミットだろう。此の儘のんびりとしていては足踏みして居るだけだ。
彼女との約束もあると言うのにクローディスは悠長に笑っているばかり。
ああ、どうにかしなくては。
彼女に愛想を尽かされる前に早く――
「失礼致します。ベルナール様、『お客様』がいらっしゃいました」
そう秘書が告げるよりも早く、一人の女が執務室へと滑り込んだ。
鬱蒼と茂る草木よりも尚、陰湿で湿っぽい『死の気配』を纏わせたその女は「愉快な顔ではないか」と男達をせせら笑って――
これまでのリーグルの唄(幻想編) / 再現性東京 / R.O.O
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