PandoraPartyProject

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バルドルの夢

バルドルの夢

  ――マルガレータ! ああ、どうして……。
 僕が、僕が悪かったんだ。君を陛下の婚約者になどと担ぎ上げたばかりに。

 ――マルガレータさまはどうして眠ってしまったのですか? ご主人様。

 ――……ああ、バッシュフル。違う、違うんだよ。眠っているのではなくて……。


 ――――――さま。

「ベルナールさま、お客様のご準備が整ったようでございます」
 夢を見ていたのだろうか。長い睫を震わせてゆっくりと目を開けたベルナール・フォン・ミーミルンドは「ああ」と小さく唸った。
 パールの散ったアイシャドウで粧した花瞼は重く、疲労が蓄積しているのだろうかとも感じられた。
「シュピーゲル、今日も私は美しい?」
「ええ、とっても」
 目覚めの際の決まり文句を忘れずに。ベルナールは「そう」と自信満々の笑みを浮かべてみせる。催花雨降注ぐこの頃は身を包む陽の光も暖かくつい転た寝をしてしまう。
 欠伸を噛み殺したベルナールはゆっくりと立ち上がり「お客様の元に行くわ」と傍らに立っていた秘書へと告げた。

 ――ミーミルンド男爵家。
 王家の相談役であったとされるサテュロス・ミーミルンドを祖にする由緒正しき文官の一族である。
 今や其の栄光は遠く、男爵の座に甘んじる彼等の伝統を支持する者は其れなりに存在するらしい。近年、彼等が表舞台に上がったのはフォルデルマン二世が崩御し、王太子が即位を求められた際のことだ。
 王太子妃決めに難航していた状況で、担ぎ上げられたのがミーミルンド家の令嬢・マルガレータであった。
 だが『不慮の事故』によりマルガレータが身罷ったで社交界では様々な憶測が飛び交った。
 例えば――マルガレータは王太子妃候補となったことで殺された、と。

 不幸な一族として語られることの多いミーミルンド男爵家は『奴隷市』に乗じて断捨離でも行うかの如く、自身の保有する使用人待遇の奴隷達を売り払った。
 マルガレータ嬢の遊び相手として高度な教育を施された奴隷達の『家族となってくれる素晴らしい方へ』、そんな幻想王国では夢のまた夢たる理想を求むるが如く。
「……無理だったけれどね」
『月の男爵』とも呼ばれた美貌を曇らせるベルナール。今の彼の呼び名は『厭世の男爵閣下』である。

「ごめんなさいね、随分とお待たせしたかしら? レディは支度に時間がかかるものなの。お許し頂ける?」
 扉を開き笑みを浮かべたベルナールを一瞥した後、ソファーに腰掛けていた女は「構わぬ」と静かに告げた。
「ふふ、嬉しい。『貴女が目覚めてくれた』事をミーミルンド家の代表として感謝を伝えますわ。
 早速だけれど、……聞いても? ムードも何もありませんけれど、私には時間が惜しいのよ」
 空気が変容する。シャンデリアの薄明かりが弾け、室内に落ちたのは夜のとばりにも似た恐怖感。
 傍らに立っていた秘書の娘は蒼褪め、その細い身体を震わせる。ベルナールも確かに感じていた。此の体を包むのは――恐怖か。

「貴女が求める対価には、まだ遠い?」

 ベルナールの問い掛けに女は――フレイス・ネフィラとその名を持った女は「さあ」と首を振って見せた。
「この力はかの忌まわしき勇者に奪われて久しい。それをわたし個人でどうにか出来よう訳もない。
 言ったであろう。取り戻すことが叶えば、この力を振るうこともやぶさかではない――と」
 くつくつと喉を鳴らして笑った女にベルナールは「ええ、ええ」と何度も頷いた。
「これは契約だもの。私はアナタの求めるものを与えると決めたわ。アナタと私なら出来るわ。
 私は私の目的のために生きている。アナタだって、私の目的が叶う時に、希う目的に手が届くんですもの」
 膝を突いて震える使用人の娘の肩に手を置いてからベルナールは女へと手を伸ばした。
 この世界の人ならざる気配を発する女へと。臆することは無い。
「フレイス・ネフィラ――私に全てを任せて。私なら上手くやるわ
 ミーミルンドは賢者の一族。王家に担ぎ上げられ、期待外れと思われたら直ぐに首を撥ねられた哀れな一族。そうして踏み躙られた尊厳は……煮え湯を飲まされ続けた一族の歴史は、やっと陽を浴びることを赦されるでしょう!」

 愉快だと、女は静かに笑った。
 ――恍惚に笑みを灯した男の美しいかんばせに「期待しておるぞ」と囁いて。

これまでのリーグルの唄 / 再現性東京

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