PandoraPartyProject
<勇者幻想>
<勇者幻想>
「……やれやれ、じゃな」
藍の着物を纏った鋭利な美貌が月下にこそ際立っている。
抜身の刃を背負った男――死牡丹梅泉は然して面白くもなさそうに呟いた。
たった今、縦横無尽に暴れ回ったばかりだというのに呼吸の一つも乱さずに『益体も無い狩り』に溜息を重ねるばかりであった。
「久方振りの動乱と聞き、はるばると来てみれば――やはり大して面白き事もなし。
これが『裁決』とは聞いて呆れるわ」
梅泉の嘲りは、この程幻想を騒がせる魔物の出没事件を指している。
かのフォルデルマン三世の大いなる思い付きで始まった『勇者選挙』とやらは暗澹たる境遇を抱える国民にとっては良い薬になるのだろうが。
それはこの事件――『ヴァーリの裁決』のあくまで表面をなぞった程度に過ぎないと言える。
――バイセン、実に興味深い事件だとは思わないかい?
何せ私はね。『今回、何一つ糸を引いていないんだ』。
(――は。必要は有象無象の始末に、こそ泥の追跡か?
……クリスチアンめ、わしを何だと思っておる)
『サリューの王』ことクリスチアン・バダンデールは暇を持て余す食客に体のいいお使いを押し付けたのだ。
古廟スラン・ロウに眠るとされる『幻想の王権(レガリア)』が盗み出されたという話は幻想の支配層には既に知れ渡りつつある話であった。
建国勇者王の遺品は血統権威主義の蔓延る幻想においては神聖にして侵さざるべき至宝なのだから、その価値は莫大である。金銭等には代え難いし、その使い道は政治的にも山程ある。無論、真っ当に奪還して点数稼ぎをするにもこの上ない最高効率という訳だ。
――むくれるなよ、バイセン。今回の件は如何にも怪しい、如何にも臭うとは思わないか?
唯の泥棒は『レガリア』を手に掛けられないだろうしね。
都合よく大量に湧いて出た魔物が事件と無関係とは思えないな。
今回の話はきっと――そうだな、最初から見えてる以上に愉快になるぜ。
だから君もとっとと噛んでおくべきなんだ。使い走りの理由としてはこれで上等過ぎるだろう?
天才クリスチアン・バダンデールの勘の良さは魔的な程に異常である。
確かに梅泉はそれを良く知っているから――懐疑的でありながらも様子を見に来たのだ。
(どうだかな。しかし『勇者』か。それに頼るか。
この期に及んで――つくづく正面からモノを見るのを嫌う連中よな)
煌めく光が強ければ差す影も深くなろうというもの。
世界を帳が包んだならば、切り裂く光も鋭利さを増そうというものだ。
病巣塗れの大国は酷い根腐れを起こして久しいが、この死に体は中々にしぶとい。
建国の勇者王を戴いたこの国だからこそ、最後に頼るべきはそんな『幻想』という事なのだろうか?
「……まぁ、良い。乗りかかった船なれば――
退屈な話ならばクリスチアンめに責任を取らせるとして、もう少し追うだけは追うてやるか」
こんな時に出会いそうな顔――ローレットの誰ぞを思い浮かべて梅泉は幽かな笑みを浮かべた。
『ヴァーリの裁決』が精々始まったばかりである事を『祈って』梅泉はゆらりと闇を行く。
言うまでも無く彼の望みは多くを幸福にしないが、少なくとも自身と雇い主だけは例外だ。
彼等は何時だって、大いに大いなる『騒乱』ばかりを望んでいる――
これまでのリーグルの唄 / 再現性東京
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