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ギルドスレッド

劇場亭『レゾンデートル』

異聞:熱砂の恋心 雪花編

3周年記念SSのような何か。
(非公式です。解釈違い等多々あるかもしれませんが、『そういうもの』ということで。
『そういうもの』が許容できない方は、このまま戻ることをお勧めします)

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 アルティオ=エルムに雪が舞う。曇天の空が涙を落とすように降り積もるそれは、半日もしない間に深緑全体を薄い膜で覆う。
 彼の国の中心部にして心の拠所たる大樹ファルカウ、その一角。指導者たる巫女、リュミエ・フル・フォーレの執務室。壁から伝う微かな冷気に触れたのか、署名をする手がふと止まる。
「……冷えてきましたね」
「はい。どうやら外は雪が積もっているようです」
 そうですか、と返して巫女は記憶の奔流に意識を向ける。国境も海境も超えて重くのしかかる曇天は隣国にも影を伸ばしているのだろうか。砂漠の国である隣国――『友人』によもや雪が降るとは思えないが。
「リュミエ様、そろそろお時間なのでは」
 従者の声で意識が引き戻される。「ありがとうございます」と礼を言い、巫女は席を外す。

「よう、元気そうだな」
「……貴方も相変わらずのようですね」
 大樹ファルカウから外に出てすぐに呼び止めるその声は、一国の指導者たるリュミエさ相手でさえもその口調を改めることはない。巫女も巫女で最早慣れているのか諫めることもない。
 赤い髪、それよりやや黒ずんだ外套。鋭利な眼光と飄々とした口ぶり。最早『赤犬』の通り名の方が本名より有名かもしれない。
 ディルク・レイス・エッフェンベルグ。傭兵と商人の国『ラサ』を束ねる実質的頭領にして、現在の深緑、傭兵間の『交友関係』を築き上げたクラウスの子孫。その容姿は恐ろしいほど彼に似ていて、時に時間の概念さえ置き去りにしたのかと思う程。
「冷えるな」
「……やはりラサでは雪景色は物珍しいものでしょうか?」
「少なくても俺は見たことねえ。ただ、俺の爺さんが一度だけ見たことがあるって聞いたことがある。『この世のものとは思えない景色』だって聞いてるぜ」
 傭兵の住人でも深緑へ通う頻度が多いはずの彼でも、舞い降りる白を見る視線には幾許かの憧憬が見て取れる。きっと、海を見たことないものが希うように、厳しい大地に生きる人が肥沃な土地を欲するような思いと似たものがあるのだろう。
「ま、それはそれとして、だ。案内は……アンタ直々に頼めるってことでいいのか?」
「ええ、勿論。それでは参りましょうか」
 さく、さく。口当たりの良い焼き菓子が口の中でほどけるような音を立てつつ、一組の男女が慣れた足取りで迷宮森林を進んでいく。仇なす者には出ることも入ることも許さぬ迷宮森林ではあるが、その国の巫女と友人たる彼を阻むことなどあろうはずもなく。
 やがて二人が辿り着いたのは、迷宮森林の一角。奥深くで――他に訪れる者のない、とても寂しい、だがそれ故にとても静謐な一角だった。
 その一画は完全に手が加えられており、地面は黄色いカーネーションで埋め尽くされている。朽ちた巨木が、更に長い時間をかけて作り上げた空間は、虫食いの穴が採光窓の役割を担い、細い筋が星のように中を照らす。
 どうしても薄暗さは否めないその空間に、『それ』はあった。
「あれか」
「ええ」
 そんな短いやり取り。それだけで互いの意思は十分に伝わる。
『カノン・フル・フォーレ』。ファルカウの指導者、リュミエ・フル・フォーレの妹。同時に様々な不幸とすれ違いの果てに魔種へとなり果て、ディルクに――否、『エッフェンベルグ』に討たれた存在。
 その彼女の墓が、森の息遣いさえ聞こえてきそうな奥部に在る。
「なんだってこんな辺鄙なとこに?」
 赤犬の問いかけに、だがリュミエは一瞬答えに窮した。
 ここはカノンと彼――クラウスが初めて出会った場所、そう言おうと思って、リュミエの喉はその言葉を紡げなかった。
「……妹は、この場所がお気に入りでした」
 代わりに放った言葉に、背後で「ふーん」という返事が響く。先祖に似てしまったのか妙に勘の鋭い男だ、きっと何かを言ってくるかと思ったが意外にも次の言葉はない。
 長身がリュミエの隣に並ぶ。
「これは?」
 彼が指さしたのは、墓前に手向けられた一冊の本。
「それは、ある時私に送られてきた書物です。『妹巫女の墓の前に手向けてやって欲しい』というメッセージが添えてありました」
「こんなとこに置いといたらすぐに朽ちちまわねぇか?」
「それでいいんだそうです。メッセージには『この本は朽ちてこそ完成する』とありました。作者の気持ちを推し量るしかありませんが……。あの本は『そういうため』に作られたんだと思います」
 それが何なのか、リュミエは明言しなかった。彼女自身もわかっていなかった。
 ディルクは『この話はこれで終い』と言うかのように、静かに目を閉じた。リュミエもそれに倣うが、ふと隣に視線がいく。
 そこに映るのは、昨日という遠い時の彼方に去ってしまった筈の彼にとてもよく似た――だが同一人物ではない横顔。遠くで見ると同じに見えるが、近くにあると差異がある。耳の形とか、ふとした時に見える仕草とか。
 時の流れに置いてきた筈のものが、それでも飛び越えて脳裏を過る。甘い記憶、苦い記憶、陶然後悔永遠崩壊熱情――ぐちゃぐちゃのそれに名前はない。飲み込むことも受け入れることも、忘れることも許されない楔。
 その全てが融けてなくなる時があるとすれば、それはきっと――

 ディルクの横顔から目を離し、深い祈りを捧げてから目を開けると、先程とは真逆に自分を見返す彼の姿があった。どうやら、随分と長い事祈っていたらしい。
「行くか」
 ディルクはそう言って踵を返す。普段は流暢に喋る癖に、こういう時は黙して相手の反応を見る。そんなところまでそっくりだ。
 前を行く彼の背中を追いかける前に、最後にもう一度妹の墓に目を落とす。
 かつて、妹はこの木陰で本を読むのが日課だった。その樹が倒れ、こうして朽ちてから彼女の躰を腕に抱くようになってからも、この場所は変わらず静寂にあふれている。
 リュミエの唇が何か言葉を紡ぐように動く。だが音は出ない。声にならない声は、どこにも顕現しない音は静寂を打ち破らないし、誰にも知られない。
 そっとその場を去った彼女の背中に手を振るように、イエロー・カーネーションの群生が花弁を左右に揺らしていた。
「これからどうするつもりですか?」
「……ん?ああ。すぐに戻る。商人ギルドの連中と話をする必要があるからな」
 めんどくせぇけどな、とディルクが付け足す。
「そうですか」
 慣れたもので――何せ彼の先々代から続くのだから当たり前だが――素っ気なく返事をするリュミエだが、その淡白さは彼の手腕と力量を正確に見定めた上で置く信頼の裏返しとも言えるのだろう。
 それではここで、と言い大樹ファルカウへと戻っていく巫女の背中を見届けてから、ディルクは留めておいた馬に飛び乗り、帰路へとついた。
 相変わらず空はどんよりと重く、砂漠を抜ける風も湿気を含んで普段より重く不愉快だ。さっさと戻ろうと馬を走らせる赤犬の面前に、
「……ほう?」
 まるで天からの使いの如く舞い降りる、一片の純白。それは時を追うごとに数を増し、砂漠に一瞬白い閃光を瞬かせ、すぐに大地へと解けていく。さっきまでいた場所とはまるで違う景色。
「なるほど、『夢みてえ』だな確かに」
 雲の切れ間から漏れる一条の光に照らされたその空は、嘘のような現実を淡く照らしている。冷えこんだ砂漠も、こんな景色が見られるのならば上々だ。
 ふと、赤犬の脳裏にある女の姿が目に浮かぶ。自分を慕うあいつは確か、寒さを好まなかった筈だ。この光景を、この天気をどう受け止めているのか。
「後で聞いてみっか」
 そう一人呟く彼の表情はいつもの彼らしいそれで。
 そうと決まれば早速塒に帰らねば。いつの間にか止めていた馬の手綱を引き、再び帰路へつく彼の後ろ。
 
 一輪のホワイト・カーネーション。その隣にはあの場所にあったものと同じイエロー・カーネーション。
 砂漠に咲くはずのないそれらが肩を並べるようにして花を咲かせていた。
 まるで談笑する仲睦まじい姉妹のように。
 

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