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劇場亭『レゾンデートル』

異聞:熱砂の恋心 雪花編

3周年記念SSのような何か。
(非公式です。解釈違い等多々あるかもしれませんが、『そういうもの』ということで。
『そういうもの』が許容できない方は、このまま戻ることをお勧めします)

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 長身がリュミエの隣に並ぶ。
「これは?」
 彼が指さしたのは、墓前に手向けられた一冊の本。
「それは、ある時私に送られてきた書物です。『妹巫女の墓の前に手向けてやって欲しい』というメッセージが添えてありました」
「こんなとこに置いといたらすぐに朽ちちまわねぇか?」
「それでいいんだそうです。メッセージには『この本は朽ちてこそ完成する』とありました。作者の気持ちを推し量るしかありませんが……。あの本は『そういうため』に作られたんだと思います」
 それが何なのか、リュミエは明言しなかった。彼女自身もわかっていなかった。
 ディルクは『この話はこれで終い』と言うかのように、静かに目を閉じた。リュミエもそれに倣うが、ふと隣に視線がいく。
 そこに映るのは、昨日という遠い時の彼方に去ってしまった筈の彼にとてもよく似た――だが同一人物ではない横顔。遠くで見ると同じに見えるが、近くにあると差異がある。耳の形とか、ふとした時に見える仕草とか。
 時の流れに置いてきた筈のものが、それでも飛び越えて脳裏を過る。甘い記憶、苦い記憶、陶然後悔永遠崩壊熱情――ぐちゃぐちゃのそれに名前はない。飲み込むことも受け入れることも、忘れることも許されない楔。
 その全てが融けてなくなる時があるとすれば、それはきっと――

 ディルクの横顔から目を離し、深い祈りを捧げてから目を開けると、先程とは真逆に自分を見返す彼の姿があった。どうやら、随分と長い事祈っていたらしい。
「行くか」
 ディルクはそう言って踵を返す。普段は流暢に喋る癖に、こういう時は黙して相手の反応を見る。そんなところまでそっくりだ。
 前を行く彼の背中を追いかける前に、最後にもう一度妹の墓に目を落とす。
 かつて、妹はこの木陰で本を読むのが日課だった。その樹が倒れ、こうして朽ちてから彼女の躰を腕に抱くようになってからも、この場所は変わらず静寂にあふれている。
 リュミエの唇が何か言葉を紡ぐように動く。だが音は出ない。声にならない声は、どこにも顕現しない音は静寂を打ち破らないし、誰にも知られない。
 そっとその場を去った彼女の背中に手を振るように、イエロー・カーネーションの群生が花弁を左右に揺らしていた。

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